男は混乱のさなかにあった。
世界が逆転する。
既に上下左右の区別すらない。
色はネガ反転を繰り返してドロドロと混ざり合っていく。。
音はドップラー現象のように行き来を繰り返して唸りをあげている。
まるでこの世をグルグルと掻き混ぜたかのような風景が、ひと筋の稲光と共に収束していった。
そして男が我に返った時、何故か彼は荷台でゆれていた。
そもそも何があったのだったか。
男は必死に出来事を回想し始める。
まずは名前だ。
オレは誰だ。
犬塚勇人。
25歳。
職業フリーター。散々食品関係で転職を繰り返して、こないだまでラーメン屋。
うどん県代表との麺合戦に敗北して失業して、
新天地を求めて・・・
ゲート?
そう、ゲートだ。
瀬戸内海のゲートから、11門世界とやらに来られるんじゃなかったのか。
確か
ミズハミシマとか言ったか。
冗談じゃない。
全然安全じゃないじゃないか。
どう考えたって、ゲートで移動している最中に事故に遭っている。
そうじゃなければ、うう、具合が悪い。
まだ目眩がする。
目眩と揺れとで勇人が嘔吐しかけた時、頭上から炭酸の抜けたコーラのような
フワフワとして生ぬるくて甘ったるい声が聞こえてきた。
「やあ、目が覚めたんやね。
ウチもそんな長生きしとらへんのやけど、
空から星天大聖が降ってくるなんて聞いたことも無いわぁ
アンタやっぱり仙術とか使えますのん?」
甘ったるい声の主は、丸っこい手を器用にクルリと返しながら、
足元にあった布袋の中からまんじゅうらしき物を2つ取り出して、
ひとつは自分の口に放り込み、もうひとつは勇人へと差し出した。
人間では・・・無い。
「おいひいんやえ。ふぉのニフハン」
もう何を言っているのかも不明だが、なんとなくは認識できる。
これは日本語だ。
勇人は驚いて跳ね起きると、さらに我が目を疑う場面に出くわした。
流暢に日本語を話す、目の前に居る珍妙な生き物の存在だけではない。
自分が何の荷台で揺れていたのかを認識したからだ。
「タヌキと・・・竜?」
そうか。自分は異世界にたどり着いていたのか。
「タヌキトリウ?なんやのそれ。
ウチは狸人やよ。マミ族と呼んでほしいとこやわ。
これでも宮中を牛耳る邪悪な一族なんやでぇ。なんつって。
って、痛いわ!なにしますのん・・・それホンマの耳やて」
本来あるべきところに耳は無く、頭頂部に大きな耳らしきものがある。
勇人は思わずそれを引っ張りあげてみたが、どうやら本物らしい。
「あ、ああ悪ィな。
まさか本物だとは思わなくて」
あらためて目の前の珍獣を見る。
全体的には人のそれだ。
肌は茶褐色というかチョコレート色に近く、赤い目はやや垂れ下がっている。
髪の毛は焦げ茶とシルバーのまだら模様で、これがタヌキを思わせる。
その髪に埋もれて大きな耳らしきものがあり、あげく尾まで生やしている。
この珍獣だけの特徴なのか、背は低く丸い。そう、丸いという表現が適切だ。
オレンジを基調とした、どこか大陸的なデザインの民族衣装を着ている。
この服もまたブカブカなもので、余計に丸い印象がある。
年齢はまったく不詳。強いて言うなら、14、15のガキといったところか。
「まったくもう。
それが行き倒れていたアンタを助けたった恩人への態度なんかいな。
いくらウチかて仕舞いには怒るでしかし」
珍獣は、まるで子供のように甲高くて甘ったるい声で抗議してきた。
不貞腐れた態度も、その見かけのせいか妙に可愛いらしく見える。
「まあ、そう怒ンなよ。悪かったって言ってンだろ?
オレは犬塚勇人ってンだ。
日本人だよ。わかるか?日本人。
お前らミズハミシマの連中と友好関係にあるンだよ。
フレンドな、フレンド。通じてンのかなこれ」
犬塚勇人は極めて友好的な表情を作って珍獣に話しかけた。
だが、珍獣は怪訝な表情を浮かべ、勇人を見た。
「ここ、ミズハミシマやなくて、大延国やで」
犬塚勇人はバクリと3つ目の肉まんを頬張った。
どうやら、食い物に関しては大差無いようだ。
これが何の肉なのかは、今は考えないでおこう。
そう決意して食べ続けている。
竜車は揺れる。のんびりゴトゴトと音を立てて進む。
元もとは木牛竜馬と言ったようだが、そんな豆知識が何の役に立つのか。
珍獣は、理由はよくわからないがご機嫌な様子だ。
こっちはお目当ての国に到着しないで、ツアーからはぐれたってのに。
「なあ、おい。お前の名前は何て言うんだ」
何とは無しに聞いてみる。
理由は不明だが、日本は通じるようだ。
「どっちの名前?ユートは本当の名前?」
珍獣はクルリと勇人の方を振り返って言った。
どっちとは、どういう意味だろうか。
「ウソなんてついてどうすンだ。
オレは正真正銘、犬塚勇人だよ。
何だったらアダ名で呼んでもいいぜ。
ユウとか勇の字とかテキトーに呼ばれてっから」
勇人が困惑していると、何かを察したように珍獣が言った。
「ウチ、環奈(ファンナ)って言いますのん。
土地詣のファンって地元では名乗ってますのんよ。
ホンマの名前は、ホンマは秘密なんやよ」
珍獣はそういうと、心なしか頬を赤らめた。
「ファンナ・・・なぁ
どっかで聞いた覚えのあるような無いような。まあいいか。
でさ、オレらは今、どこに向かってンだ?
出来ればミズハミシマの方に行って欲しいンだけど」
珍獣、ファンナはちょっと困った表情を浮かべた。
「ユート、実はな。ウチら今、まるきり反対側に向かってるんや。
ミズハミシマに連れてったりたいんやけど」
反対側って・・・勇人は絶句した。
「都に向かってるんよ。ウチの行き先やからな。
大都に着いたら、なんぼでもミズハミシマに行く方法もあるわ。
そこは心配せんでもええよ。その前にその。
商売のほうもちゃんとせんと、親方に怒られるさかい」
とりあえず一安心した。都がどんなだか想像も出来ないが、帰れなくなるコトはなさそうだ。
それにしても商売か。そうか。この荷物は商売道具ってコトか。
勇人は自分の背後に積まれた荷物をあらためて見渡した。
そこには山盛りの食材に、なにやら調理器具らしきものがあった。
「なにこれ。お前もしかして屋台でもやってンのか?」
道具は日本で使っているものと大差ないように思えた。
包丁や鍋がそうそう複雑になったりもしないだろう。
加熱器具だけ何がどうなっているのか不明だったが、あとは概ね理解の範疇だ。
「これから始めるんやよ。
大都で屋台を出してな。
ほんで有名になってな。
ほんでほんで食神祭に出てな。
ほんでほんでほんで、国一番の料理人になってまうんやぁ・・・ほあぁ・・・」
まあ良くわからないが、東京で店を出して料理の鉄人に勝つようなモンなんだろう。
「で、屋台でやる料理は決まってンのかよ。
なんなら相談に乗ってやってもいいぜ」
するとファンナは、我が意を得たりという顔をして、得意げに語り始めた。
「ウチだけの料理があるんよ。ナイショやで?
あんな、後ろに積んどる銀麦粉を水で溶いてな。
ほんでそこにみじん切りにした
エルフの玉葉を入れてな。
ほんで竜肉の燻製を薄く切ったんを鉄板で焼いてな。
ほんでほんでクラーケンの足だの海竜のヒゲだのを混ぜ込んでな。
うまーく全部の味が混ざるように丁寧に鉄板で焼き上げてな。
ノーマンジンジャーにマミ族伝統の揚げ玉をふりかけて。
仕上げにミズハミシマから伝わった辛子タレを塗れば!もう!
ウチはこれを大都焼きと名づけようと思う。
これは流行る」
ファンナはえっへん!という感じで胸を張っているが、勇人は冷静に分析していた。
これ、お好み焼きだな。
何だ?そんくらいで天下取れるような、チョロい世界なのか?ここは。
「ファンナ。一宿一飯の恩って言葉がある。
お前は偶然にも、さすらいのフリーター生活の末に、
十津那界隈の飲食店全ての調理を会得したオレを拾ったンだ。
お前の考案した料理は、多分オレも作れる。
ミズハミシマに向かう旅賃くらいは、オレが手伝ってやンよ」
勇人は、ニヤリと笑ってそう言った。
「なーンて大口叩いたのが1ヶ月前か。早いモンだ」
せわしなくヘラを動かしながら、勇人は感慨深げにつぶやいた。
「ユーノジはぁん、やなかった店長~
リウタマ追加で4人前~」
客席のほうから、炭酸の抜けたコーラのような甘ったるい声が響く。
言うまでもなくファンナの声だ。
大都に着いてからは、驚きの連続だった。
まずその都市規模に驚かされた。
食の都どころの話ではなかった。比喩などではなく、全てが食の為に機能していた。
そんな都市など、勇人の理解の範疇を超えていた。
次に驚かされたのは、ファンナの料理センスの無さだ。
完全にアイデア先行で、味付けも調理もまったくの論外であった。
放っておいたらこいつは死んでしまう。
そんな危機感から、勇人は延々とファンナの屋台で料理をし続けている。
屋台の名前は、ファンナが勝手に『犬塚飯店』の名を掲げていた。
とりあえず今のところ、商売が順調な事だけが救いだ。
それともうひとつ。
「出来たぞタヌ子!お客を待たせンな!」
着膨れていたからわかりづらかっただけで、ファンナは大延国に住む狸人の女の子で。
それで、この国では家族や恋人など親しい者以外に自分の本当の名前を語らないそうで。
で、環奈ってのはどうも。ね。その本当の名前のようでね。
やれやれ。とりあえず食神祭とやらで頂点くらいとってやるか。
見知らぬ異世界に流されたあげく、料理で天下を取るという。
犬塚勇人の無謀な挑戦は、まさにここから始まるのである。
(おまけショートショート)
「やっぱコンロに着火する時って、魔法とか使うンか?こう、ファイヤー!ってさ」
「普通にライター使っとるけど」
「!?」
「ゲートが開いてもう20年やで?日用品くらい来とるわ」
「マジか…まて。なら何でお前らお好み焼きを知らねェんだ?」
「大延国に来るの、チューゴクジンばっかりなんやもん
中華料理なら多少は知っとるけど、日本食なんて知らんがな」
「それもそうか」
「でもこれ、
ドワーフのオッチャンに作ってもろうた丈夫なライターなんやて」
「あ、その辺は異世界っぽいな」
「竜が踏んでも壊れへんねん」
- 確かにタヌ子ちゃんKAWII! 会話のテンポが軽快で楽しいです -- (名無しさん) 2012-06-03 11:07:34
- 端々に細かい設定が入ってて色々と想像が膨らむ。 丸い丸いと表現されるので思わずどら@も@的な造形を想像してしまった -- (名無しさん) 2012-10-26 21:35:43
- 料理を軸にしたゆるい日常交流が和みます。今までの旅行者や地球人の中でも少し年齢が高い勇人と丸い狸少女環奈の息があっているのも微笑ましいです。後に作品が控えているので導入と思っていたらゴールまでいってしまいました -- (名無しさん) 2013-07-12 18:49:46
- ゲート移動事故というのがいかにもありそうでいい。本当の名前ってのもストレートで感情が伝わってきた -- (名無しさん) 2014-03-29 10:27:22
- 祭りでの優勝という明確な目標を最初に立てるのは後の構成を考えると中々勇気がいるような気がしました。勇人とファンナの成長あってこその物語ですね -- (名無しさん) 2014-03-30 18:50:41
- 異世界との遭遇だった。バイタリティ持ってる人間ならこうなるんだろうなってわくわくしながら読めた。手に職持ってるって強い -- (名無しさん) 2014-07-04 23:24:31
- 手に職あるとどこの世界でも強い。勇人がダメ出ししたファンナの味覚が気になる -- (名無しさん) 2018-11-11 13:10:04
最終更新:2014年08月31日 01:33