「暇ぢゃな…」
美しく手入れされたカイゼルヒゲを撫ぜつけながら
ドワーフのカールがつぶやく。
彼は戦斧派で、ここ
セダル・ヌダの炉に配置されている守備隊の隊長である。
この炉(実際には火山の形をとっているが)は鍛冶神の作った聖遺物の一つであり、非常におぞましい創造の力を持っている。
帝政時代にタイタンを模した鉄巨人を創り、動かすためにこの炉に捧げられた命は数知れず、現在の議会によって封印され、立ち入りが禁止されているばかりか、悪用を恐れて専属の守備隊がこの炉を守っている。
しかし、現在以上の技術力を持ち生活水準も高かったが、人命を軽視しすぎた帝政時代を嫌うものが多く、その悪名が国内外に広く知れ渡っている炉を使おうとする者は実際には殆どいない。
したがって、守備隊はいつも開店休業状態で、殆ど名誉職となり果てている。
カールも元は軍で大佐まで上り詰めた生粋の軍人だったが、血気盛んな武闘派で現場に出ることの方が好きな上に議会や司令部と折り合いが悪かった。
しかし、数々の暴動や災害を抑えた功績は民衆に高く評価されており、准将に上がる代わりに半ば無理矢理この名誉職につかされるはめになったのだ。
「ああ、暇ぢゃのう…王冠派のアホどもでも攻めてこんかのぅ」
「大佐、物騒な事言わんで下さいよ。暇なら新兵訓練でも参加されたらいかがですか?今年は生きの良いウジ虫共が集まってますよ?」
ノームの伍長に嗜められた所で退屈なのは変わらない。
窓の方を見ながら
「アオビョウタン共の訓練相手は飽きたわ!
こんな事なら飛ばされる時に軍を辞めて、実家の材木問屋でも継げば巨木相手に自慢の斧が振るえたのにのぅ…」
そう憂鬱そうにつぶやいていると
『伝令!炉に続く道を巡回中の隊員2名が昏倒しているのを発見。侵入者に攻撃を受けた可能性アリ』
風の精霊を使った伝令が響き渡る。
「…おお!久しぶりに面白そうになってきたのぅ!!」
カールは愛用の戦斧を肩に担ぎ、嫌そうな顔の伍長を小脇に抱えながら、楽しそうに詰所の扉を蹴破って出動した。
「さぁて、カワイイカワイイ獲物ちゃんはどこかのぅ?」
「被害出てるんですからもうちょっと真面目にやって下さいよ大佐…」
二人は軽口を叩きながらヒョイヒョイと炉へ続く悪路を登っていく。
他の種族と比べて速力に劣ると見られがちな
クルスベルグの種族達だが、こと山場などの悪路に於いての走破性は侮れない。
カラッ…
小石が崩れる音に反応し、即座にそちらへ跳ぶ二人。
少し離れた岩陰に隠れた人影を発見し、それぞれの得物を取り出し一気に人影に詰め寄る…
「…おや?これは本当に可愛い獲物ちゃんじゃな」
追い詰めた人影が侵入者らしからぬドレスを着た女性だったので、はたと動きを止めるカール。
「異人か?ここは民間人の立ち入りが禁止されている場所だ。一体何の目的でどこから入った?」
武器を手に詰め寄った二人に怯える女性を、職務から詰問する伍長。
怯えながらも女性がその問に答える。
「み、見逃して下さい兵隊さん!わ、私は、恋人のアルバートに会いに来ただけで…」
おどおどと答える女性の言葉を聞いて
「茶番はナシにしようやお客さん」
巨大な戦斧の柄で肩をトントンと叩きながらカールが言う。
「酒場通いしまくっとるアルバートって奴は確かに火口付近の巡回に行っとるが、そもそもドレス着た普通の女の足でここまでの悪路を登れるわけないからの…
それに、アンタからはワシらと同じ鉄と油の臭いがする…わっ!」
と言い終わると同時に一瞬で斧を女性に叩きこむカール。
ガンッ!
しかし斧は、跳ねるように後ろに下がった女性のドレスの胸元をかすっただけで、女性を屠る事無く岩場を砕く。
「…やあ、
ラ・ムールで報酬に貰った一張羅が台無しだ。
思ったより対応が早かったから、からめ手で行こうと思ったんですが、僕はこういうの向いてませんね」
「もったいないのぅ…なかなかの器量ぢゃのに」
「それはどうも…」
はだけた胸を隠そうともせずドレスの隠しポケットからリボルバーを出し、構えつつジリジリとカールから間合いを離すが、ノームの伍長が長剣を構えて上手く退路を塞ぐように位置取っていて思うように間合いを離す事ができない。
「巡回のお二方もなかなか勘が良い方々でした。
酒場でお飾りの部隊だと聞いていたんですが、聞いていた話とは大違いですね。」
「暇に飽かして実践式で鍛えとったからの。うちのはそこらのひょうろく玉とはわけが違うアオビョウタン共ぢゃ」
「おしゃべりはここまでにしましょう大佐。こいつを捕まえた後、仲間や背後関係を吐かせないといけませんので…」
伍長が突撃の体勢を取る。
僕は
ミズハミシマでゴードンさん達から餞別に貰ったモノに手をかけようと左手を腰の隠しポケットに忍ばせる。
…と
ズン!!
大きな縦揺れが辺りを襲った。
「な、なんじゃ!?」
「火口には異常ありません!一体…」
「…街が!!」
電灯もなく仄かな飲み屋や宿屋の明かりだけで静かだった街に幾本もの紅蓮の火柱が突き立っている。
そして、その背景には10mを軽く超す黒い人影が…
街の外に突如現れた黒い巨影は吠え猛り、その歩を街に進める。
手には爆薬を持っているようで時折それを街に放って火柱を上げさせながら狂ったように前に進む。
「帝国時代の鉄巨兵?いや…あの巨大さと生物的な所作、武器を使う能力…アレはまさかタイタンなのか?」
「聞いたこと無いぞい?あのようなケダモノのようなタイタンなんぞ…」
大佐と伍長が話している間にも古代の巨人は街に向かって行進する。
「諸君!!ついに我々が堕落した議会が独占する神から賜った宝物を取り返す時が来た。
我々には議会派を打倒するために鍛冶神とその御子であるタイタンの加護が付いているぞ!!
総員戦闘準備!国と技術を愛する我らの手に神の炉を取り戻せ!!」
「「「「「我らに新しき技術を!!!我らに究極の進化を!!!我らに今一度、輝かしき王冠の時代を!!!!」」」」」
その頃、タイタンの侵攻とは逆方向に隠れた王冠派の部隊が密かに進軍を始めた。
彼らは彼らなりの正しさを御旗にし、各々の武器を持って炉へ向かって突撃する。
「さて、我らの駒はどれぐらい残ると思うかね?軍曹」
「は!中尉殿、敵は腰抜けの守備隊員共と言えど、隊長はあの戦斧派のカールです。数は倍とは言え短期訓練しかしていない我が方のウジ虫共は3割残ればいい方でしょう」
「まあ、どうせ急造の捨て石共だ。
最後に我らが欲するモノが手に入ればそれでいい。おまけで邪魔なロートルにご退場頂ければなお良いがな…」
街を焦土にせん勢いで暴れるタイタンを見ながらそう中尉はつぶやく。
プロトタイタンは、数年前に山奥の忘れられた鍛冶神の神殿付近に打ち捨てられていたのを偶然王冠党の探索隊が発見した物で、発見された時には経年劣化だけでなく手足は引きちぎれ、かろうじて頭部と胴体が残っているというひどい有様だった。
しかし、幸いクリスタルにヒビが入っているものの『生きて』おり、それを掘り起こした鉄巨兵の部品などで補修し、やっと数ヶ月ほど前に動くようになったものである
「準備は整った。後はしっかり我らが駒が働いてくれれば目的は達せられるだろう…」
ドワーフの大佐とノームが鋼の巨人に気を取られている内に僕は岩場に隠したライフルなどを引っ張り出す。
「お前さん肝が太いのぅ…この状態でワシらとやる気か?…それとも、これはお前さん方の企画した事か?」
すぐに僕の喉元によく研がれた斧の刃が当てられる。
「あんなの僕は知りません…僕は元々、個人的に加工したい物があるのでここに来ただけですから。
それより、早くアレを街から遠ざけないと、町の人達がクリスマスのターキーみたいにローストされてしまいますよ」
刃を避けようともせず、散弾銃の弾を込めながらそう言う。
「クリスマス?ターキー??
…しかし、そんな芋のつるみたいな得物でタイタンをどうする気だ?異人さん」
「芋のつるでも、ここからアレの興味を引く事は出来ます」
次にライフル弾を装填しながら答える。
「異人さん、何か考えがあるんかのぅ?
実際アンタの言うとおり、なかなかにまずい状態でな。ここに王冠派のアホ共の別働隊でも来た日にゃ…」
大佐が言いかけた時、ノームが腰に付けていた巻貝のような物から大きな叫びが聞こえた。
『敵襲!!王冠派と見られる武装集団が鉄巨人と逆方向から炉に向かって侵攻中!かなり数が多い!指示を請う!』
「おいでなすったか…」
「第1から6隊までは巨人の対処に出ろ!7から12は裏から来たアホ共への対処だ」
「待って!それじゃジリ貧になるだけです。
…巨人はこっちが受け持ちましょう。隊の方々は住民の避難を最優先に、裏から来た団体さんには援軍を呼びましょう。そのために……」
真剣に計画を語るドレスの女の目を見てカールは
「かかかか!面白い!アンタの作戦に賭けよう!!」
「ちょっ!大佐!そんな侵入者の意見を軽々と…」
「しかし、あんな規格外相手じゃ、このお嬢ちゃんの案意外に上手く行きそうな案は思いつかんからな。やってダメなら結果はどちらでも同じじゃわ。くかかかかか!」
そう豪快に笑いながら伍長の背中をバンバン叩く。
「…協力して下さいますか?ではまず、僕が言う所に風の精霊で連絡を取って下さい」
「軍曹!我が部隊が押し戻されています!!」
「…何があった?あの街の守備隊にはそこまで戦力は無いはずだぞ」
「そ、その…住民たちが…」
「あっはっっは!みんなどんどんぶっ放しな!在庫一斉処分だ!!」
ミサイルを王冠党の兵隊にぶち込みながらミーミルが他のAKなどの武器を持った住民に叫ぶ。
「住民の自衛のために武器の買取と支給をしてくれるなんてね!議会の犬はみんな渋ちんのバカだと思ってたけどなかなか剛毅なバカもいたもんだ!」
弾が尽きたランチャーを捨てグレネードを建物の影に隠れた兵隊に投げつける。
そこらで吹き飛び倒れる王冠党の兵隊、数で劣る街側だったが現代兵器と武器の扱いに長けた住民の参加で侵略を食い止めている。
「そっちはどうだい?」
トランシーバーで違う地区の工房の親方に連絡するミーミル。
「おう!こっちは極楽だぞ!滅法界強い異人さんが二人も頑張ってくれとるし、怪我しても可愛い魚人さんが手当してくれるしな!」
「いい年こいたおっさんが鼻の下伸ばしてんじゃないよ!」
尻を蹴飛ばすように言葉を返すミーミル。
未曾有の危機に陥った街は、クルスベルグのヴァイタリティあふれる住民たちの手で守られようとしている。
「相手もなかなかやるな…さすが古狸と言ったところか。
だが、我々の目的を達成する障害には成り得ない。そうだな?軍曹」
「イエッサー!あちらが釘付けになっている内にこちらの部隊を出しましょう。
今なら小煩いカトンボに気付かれずに炉まで登れます」
軍曹の命令を受けて王冠党の精鋭兵が行動を開始する。
事態は転がる。色々な人の思惑を巻き込みながら…
街に耳を覆いたくなるような咆哮が上がる。
咆哮を上げたタイタンは狂っていた。
何故狂っているのか?
水晶の心臓がひび割れ模造クリスタルで無理やり補強と制御をされている事も確かに理由の一つだったが、何よりもタイタンは悲しかったのだ。
父に捨てられた事、自分の弟達がヒトに追い出されて一人ぼっちになってしまった事、出来損ないの体が力に耐え切れずどんどん崩れてくる事…
ありとあらゆる事が悲しくて呪わしくて身を引き裂かんばかりだったのだ。
だからタイタンは、自身の体に対して非常に脆い精神が壊れないように暴れているのだ。
ガンッ!
特殊な金属とガラスでできた自分の目に何かがぶち当たった。
そのまま進もうとするとまた
ガンッ!ガンッ!ガンッ!
何度も何度も目のガラス部分にそれが当たる。
タイタンは立ち止まりそれが飛んでくる方向に目を向ける。
ガンッ!
小高い山の方からそれが飛んできている。
目の倍率を上げ、そこから鉛の礫を放つドレスを着た女がタイタンの視覚野に入った。
どうやら、風の精霊や火の精霊などを使って礫の射程と威力を上げているようだ。
ガンッ!ガンッ!
そちらに気付いた事で明らかにタイタンを挑発するように礫を放つ女。
ガンッ!ビキッ…
何度も何度も同じ場所を撃たれたガラスに大きくヒビが入り、タイタンの視界が怒りで真っ赤に染まった。
金属が軋むような重く高い雄叫びが響く。
タイタンはそのまま膝を曲げ、背中の推進装置に点火、体を沈めると一気に山まで跳躍した!
「っ!?」
「うほっ!おい!娘さん、デカブツが飛んで来よったぞ!」
「言ってる間に逃げましょう大佐!!」
こちらへ向かって体のバネや背中の推進装置を使って大跳躍するタイタンを見て、その場にいた全員が山頂へ向かって走って逃げる。
少し遅れて山が崩れるような大音響と地震が起き、逃げた三人が地面に転がる。
見ると、今いる位置から少し下にタイタンがベシャリと着地したようだ。
「まさかあの巨体でここまで飛ぶとは…」
「奴さん、なかなかやるもんじゃのう」
「…陽動は成功しましたが残念ながら視界は塞げませんでした。すぐに来ますよ。早く仕掛けのある所まで登りましょう」
彼女の言う通り、着地したタイタンが体から装甲や部品を落としながらも身を起こそうとしている。
それを見て、三人とも一目散に山頂に向かって走りだした。
「少尉!!タイタンが炉に…」
「やはり、鉄巨兵に使っていた模造クリスタル10個程度で制御をかけるのは無理があったか…
こちらの部隊はもう炉に着いているのか?」
「はい、各班配置についている途中です」
「急がせろ。ちょうどいい機会だ…アレのデータも一緒にとらせたらいい」
「イエッサー!!」
ズズズ…ズズズ…と大きなモノが這う音が周囲に響き、その度に周囲が小さく揺れる。
先ほどの跳躍で脚部を破損したタイタンが山を這いずって少しづつ登っているのだ。
そして、先ほど戦略的撤退をした三人は山頂で下のタイタンを観察しながら打ち合わせをしていた。
「おっとろしい景色じゃの…準備の方はいいかの?お嬢ちゃん」
「取り敢えずは…下の方の人達の避難は?」
「避難は完了している。それより、そろそろ始めないと巻き込まれるぞ?」
ノームの伍長が急かす。
「…では、行きましょう」
「おっと、その前に嬢ちゃんの名前を聞かせてもらえるかな?
なんてったってこれから命がけの勝負をせんといかんからの」
ニヤリと笑いながらそういうカール。
ドレス姿のガンマン志願者はため息をついて答える。
「…シャーリーです。シャーリー・ベル。この世界でガンマンになるために旅を続けています」
「可愛らしい名前じゃのう」
「…だから嫌なんですよ」
ボソリとつぶやくシャーリー。
「?そっちばかりに名乗らせても具合が悪いのぅ。
こっちも名乗らせてもらうぞ…ワシはカール、カール・ギュスターブ。この山で防衛隊の親分をしとる。で、こっちが…」
「グラーフ伍長であります」
ノームの伍長・グラーフが不機嫌そうに言う。
「これでワシらは一蓮托生じゃ!短い間じゃろうがよろしく頼むぞい?シャーリーのお嬢ちゃん」
「…子供扱いしないで下さい。では、今度こそ行きますよ…」
僕はライフルを構えて少し下の巨大な岩の出っ張りの根元のソレを狙ってゆっくりと引き金を引き絞った。
- クルスベルグはヌダの炉からの位置関係によって町の治安や雰囲気が変わっていく国なのかなと思いました。炉に近ければ近いほど渦中か火中に入ると同じで危険を省みず目的と意思を持った人とただ単に何も知らずにいる人に別れるのかなと -- (名無しさん) 2013-08-17 19:20:23
- クルスベルグって裏表や山ごとの雰囲気の温度差が凄そうだ -- (名無しさん) 2013-11-19 23:19:39
最終更新:2013年08月17日 19:16