「こちら側」の海は、主要な移動の道程であると同時に、未知と危険にも溢れた浪漫の領域でもある。 「向こう側」の海がヒトの知恵と力でほぼ制覇されているのとは違い、「こちら側」には今だ余人の立ち入らぬ海域も広く残っている。
海の危険といえば悪天候による転覆や強大な海生生物というのが相場だが、そのほかにもある。それは「海賊」。
「海賊」という存在は、「向こう側」では今や浪漫を追い求める創作の産物か、現実的な意味では海上を主な活動場所とする反政府・犯罪組織の別称であるが、「こちら側」では浪漫を求める海運業兼破壊活動集団として世に広く知られた存在である。
そんな海賊達の根城は、雪に覆われた北の諸島群。 戦神であり闘神である
ウルサを信奉し、浪漫と無法を愛する者達の楽園、
ドニー・ドニー。
水夫と海賊は紙一重、というのは「こちら側」の常識。 渡航客を乗せることのなくなった船が船員ごと即日海賊船に転向することも日常茶飯事なこの世界、旅客船に乗ったと思ったら、旅程半ばで海賊に転向されて身包み剥がされ海に放り捨てられる、ということもない話ではない。
そんな海賊だが、本家本元ドニー・ドニーの由緒正しき海賊達は、生まれながらにして男も女も海賊気質。 仁義と義侠に溢れた気骨者の集団である。 それゆえに、味方であれば頼もしく、敵であれば恐ろしい。 水夫崩れとは一味も二味も違う奴ら、それこそドニー・ドニーが誇る真の海賊。
・・・ではあるのだが、悲しいことに、それでも略奪専門の職業海賊もまた存在してしまい、なおかつそれすら許容する度量があるのもまた事実。 さもありなん、究極的に言ってしまえば「力こそ全て」「力こそ正義」、まさに戦神の寵愛を受ける地ならではの志向である。
そういうわけで、主要国家を臨む内海地域にあっては、海上の脅威として海賊は猛威を振るっているのだ。
しかし、そんな海賊達の、誰もが恐れる事象、そして存在というのが、確かに<こちら側>にはあるのだ。
星と月が燦然と輝く宵闇の海上にあって、その場に集ったすべてのものが、ただ一つの事象から、目を離すことが出来なくなっていた。
その場に満ちるのは、海を激しく波立たせるに飽き足らず、割らんとするほどに迸る、神威の力。
常人であれば、遠くにあって正気を失い、近くにあれば狂死しかねない、濃密にして濃厚、絶大なる破壊の意思の発露。
逃げなくてはならない。 己の、そして仲間の持ちうる力の全てを以ってして、この場から立ち退かねばならない。 その意思はあっても、肉体と本能が「それは不可能だ」と諦観に縛られる。
ひとりの鬼人が剥製の如くに動かなくなってより、時間にすれば僅かな間だが、その場に居た者からすれば永劫にも感じられた時間の果て。 剥製に皹が入り、内より破られる。
闘神の顕現。 ヒトは己の死を覚悟した。
未来王と海賊船
エリスタリアは春の国の港より、ラ・ムールを経由し
イストモスへと向かう旅客船舶が出航して二日。 ルミコーブ大河の河口にあるラ・ムール最大の貿易港コマルクル・カ・ムールへの海路は順調であった。
「・・・いや、これは何かの罠だな。 ここまで順調だとすれば、近々面倒があるはずだ」
「デルさんは考えすぎなんですよぉ。 そんなに気を張ってたら疲れちゃいますよ?」
国境を越えたというのに小
ゲートに未だに呑まれていないまま二日が過ぎたという事実に警戒の色を隠せないディエル=アマン=ヘサー(16)と、エリスタリア王妃ユミルムからの依頼にて同行の徒となり冒険旅行に心躍らせる妖精の少女チカ=シズニペリ(79)は、まるで対照的な心持で潮風に身を晒していた。
「にしても、この『びーふじゃーきー』とかいう肉はアレだな、保存食としてはいいんだろうが、こう何時までもガジガジ齧ってるとさもしさを感じてくるな・・・」
「ウチの国の人たち以外は不便ですねぇ、ご飯食べなきゃ生きていけないなんて」
「俺らからすれば、日光浴だけで生きていけるっつーお宅らの体のつくりに、疑念を感じずにはいられんがなぁ」
ふよふよと浮ぶチカの、背中に生える翠玉の煌き放つ羽をしげしげと見ながら、ディエルは引き続き干し肉を齧る。
「『えげれす』っていう<向こう側>のお国からいらした学者さんは、『ふぉとしんせしすのきせきだー!』とか何とか言ってましたよ。 よくわかんないですけど」
「まぁ学者のセンセが奇跡だとまで言うんなら、オマエに理解出来るレベルの話じゃないだろうからなぁ」
「かっちーん! まるでヒトを馬鹿呼ばわりしてるみたいじゃないですかぁ!」
「違うのか?」
「違いませんけど!」
「なら何の問題もないな」
「ですね!」
船舶の旅二日目も、甲板でこんな間抜けな話を繰り広げつつ、日暮れの海を眺めながら、過ぎていくのであった。
そして日が暮れる。
豪華客船ではない一般的な民間船舶であるため、食堂などといった小洒落た設備などあるわけもなく、乾物中心の仕出し弁当とチカ用に蜂蜜少々(渡航費内で支給される最低限の食事だが)を手に客室へ戻ったディエルとチカは、少々早めの晩餐を摂る事にした。
「ミズハに寄ったときに異人のおっちゃんが持ってたみたいな釣具でもありゃ、魚釣って食えるんだけどなぁ・・・向こうに着くまでは、生肉焼肉はまだまだお預けかぁ」
「お肉って、そんなにオイシイんですか? 私なんかだと、体のつくり的に食べられないので分からないんですけど」
「そりゃまぁ、俺らは肉食ってナンボな生き物だからな。 <向こう側>だと・・・確か『べじたりあん』っつったかな? 野菜果物以外は食べねぇ!肉なんて以ての外だ!なんて言ってるヤツもいるらしいけど」
「ふ~ん・・・ところで、毛玉ちゃんは何も食べないんですか?」
「ああ、コイツは動物霊の霊的進化体《エヴリム》だからな。 羽虫を齧るのは好きだがメシはいらんっつー、実に有り難いヤツだ」
「ほへ~・・・」
蜂蜜を頬張って満腹になったのと、日が落ちて生命維持に必要となる日光浴の効率が落ちてきたことで、妖精種であるチカは休眠状態に陥りつつあるのを、ディエルは察する。
「む、眠いならとっとと寝ろよ?」
「はいなぁ~・・・」
眠気で意識朦朧としてきたチカを、戦装束《ヴァルカ・トラジェ》備え付けの、半ばチカ用移動家屋と化したウェストバッグに誘導してやる。
チカがバッグの中に設えた寝袋に包まって眠りに付いたの確認し、ディエルはバッグの口を閉めて客室から出ることにした。
「さて、っと。 夜風にでも当たってくるかね」
甲板より夜空をディエルが見上げれば、そこには満天の星空に、紅月が浮かび上がり、星神の加護に満ち満ちた光景が繰り広げられている。
「確か<向こう側>だと、あの星ひとつひとつがウチュウとかいうところに浮んでるんだっけか・・・でっけぇ鉄の船とか鉄の箱の巨人とかがいっぱいいるって話だもんな。 すげぇもんだね」
「左様に御座いますな、カー・ディエル」
「それに比べてこっちの星は、言ってみりゃ
テミランの目だわな。 ま、どっちにせよ、あの星が掴める距離まで行ってみたいもんだね。
世界樹のてっぺんより遥か上なんて、ワクワクするな?」
「・・・成程! それは素晴らしい試練に御座いますな! では早速」
「しねぇよ!」
「何故にで御座いますか!? ご自身より申し出られた試練だというのに!」
「おいハリム、コロナが遊んでくれって言ってるぞ」
「言っておりませ・・・わ、や、やめ、ふぎゃ、むぐ」
どんなときでも一に試練二に試練な神霊コロナにかかれば、行住坐臥、生きること全てが試練である。 無論、毛玉に齧られじゃれ付かれるのも試練である。
「ま、そんなことはともかく、だ・・・なーんか、懐かしいような、あんまり嬉しくないような、そんな気配がしてきたな」
気が付けば、あたりには薄っすらと霧が立ち込め始めている。
「この空気の臭い、感触、これは確か・・・」
ディエルは旅程を想い、身に纏わりつく空気の正体を確かめる。
「お嬢! 前方に客船と思しき船影が見えましたぜ!」
「ふっふっふっふっふ・・・今日はちょっと無理して足を伸ばしてみた甲斐があったわね! それと、私のことは御頭か姉御と呼びなさい、って何度言ったら分かるのよ!」
「へい、了解しやしたぜ、お嬢!」
「絶対了解してないわよね、あんた・・・ま、いいわ。 船員に通達、『だいいっしゅせんとうはいび』よ!・・・どういう意味かよくわかんないけど、これ一度、言ってみたかったのよねぇ!」
「つまりはいつもどおり、ってことでやんすね! ところで、御客人はどうするので?」
「・・・加減を理解してるのかが気になるところだけど、まぁ大丈夫でしょ。 せっかくの御招待にイベントもなく遊覧だけじゃ、本人はともかく、あの方にも面子が立たないわ!」
「では、事の次第を伝えてきやすぜ、お嬢!」
「よろしく頼むわ!」
結局『お嬢』と呼ばれていることについてはどうでもいいのか、『お嬢』と呼ばれた少女は、自前の船の甲板へと歩を進める。
「あ、見て見て! 向こうにお船が見えるよ! おーい!」
なぜか甲板の船首付近で、御客人が声を張り上げつつぶんぶか両手を振っている。
「アンタ、なんでここにいんのよ・・・?」
「お部屋の中じゃタイクツだから、おさんぽしてたの! そしたらお船が見えたから!」
「どんな目してんのよ・・・船なんて私にゃ見えないけど。 つか聞こえやしないし、聞かれたら困るから大声は禁止!」
「ほへ? でもでも、パパも『しゅくじょたるもの、ごあいさつはしっかりできるようになるのだぞ』って言ってたよ?」
「・・・他所のお宅の教育方針に口出しする気はないからどうでもいいけど。 ま、いいわ。 さて、これからひと暴れするんだけど、アンタも付き合いなさい」
「わーい! それじゃ、おにもつとってきまーす!」
ぴょんこぴょんこと飛び跳ねた後、御客人の少女は猛烈な健脚で客室へと向かいだす。
「お嬢、全員揃いやしたぜ!」
御客人が船室に戻ってより少しして、舵を預かる操舵長を除く船員一同が甲板に集う。
「揃ったわね、やろーども! 久しぶりに暴れるわよ!」
『お嬢』の檄に、船員も檄を以って返礼とする。
「さぁ行くわよ! アニー海賊団、全速前進! よーそろー!」
「御頭、前方に客船と思しき船が見えやすぜ」
「ふっふっふっふっふ・・・久しぶりの獲物だなぁ、おい?」
「ですねぇ・・・商売あがったりで倒産寸前のところで、ようやく手頃な獲物が見つかりましたな」
「これも戦神様の思し召しだな。 よし、寝ているやつが居たら叩き起こせ! 我々バーハン海賊団は、これより略奪行為に移る!」
「アイサー!」
斜陽ながらも何とか機動船舶一隻分は動かすのに問題ない程度の人員は残ったハーバン海賊団。 もしこれで成果無く帰港するとなれば、お声掛けを貰っている他所への移籍や下船を検討する船員も多く、このメンツで暴れるのもこれが最後かもしれないという思いは、誰しもの中に潜んでいた。
団長ハーバンの召集に応じ甲板に集まった団員達を前に、ハーバンは声高らかに叫ぶ。
「お前ら、たとえ他所に移るとしても、手土産の一つでもあったほうがいいだろう! 違うか?」
団員は無言を以って返答とする。
「オーケーオーケー、分かってる。 ま、これが俺たちの最後かも知れねぇ。 こんなだらしねぇオレに今日まで付いて来てくれたお前らに、オレは本当に感謝してるんだぜ」
団員達は無言のまま。 だがそれは、口に語ることも憚られる雰囲気を感じていたからだ。
「さぁ行くぜ、全速前し」
振り替えるや否や目の前に突如現れたありえない光景に、ハーバンは声を詰まらせる。
進軍の号令を発しようとしたハーバンと、彼より先にそれを見て絶句していた団員達の前に現れたのは、自分達の乗る機動船舶にも匹敵する、巨大な虎。
「よっと、邪魔するよ。 アンタが船長だな?」
「お、おう・・・?」
巨大すぎる虎が消えるのと同時に、猫人の少年が飛来する。 浮世離れした事象に、ハーバンの思考は半ば停止していた。
「おうおう、物騒なモン構えちゃって。 ひょっとして、これからこのちょっと先にいる客船でも襲おうとしてたか?」
「ぐ、ぬ・・・!」
図星にも程がある猫人の指摘に、ハーバンは返答せずとも悟られるような態度が表に出てしまう。
「お・・・おうおう、坊主、ここが何処だか分かってんのか!」
正気に戻った船員達が、再び得物を構えなおし、猫人の少年に向き直る。 その中で、声を荒げた
オーガの男がひとり、猫人の前に歩み寄る。
「おい、何とか言ってみろや小僧!」
「なんでこう、オーガの皆様は喧嘩っ早いのかね。 だったらその血気盛んなところを、チンケでロクな見入りのない客船より、もっといいトコロにぶつけてみないか?」
「・・・話を聞こう」
即答するバーハン。 猫人を挟んでバーハンの対岸に位置する団員からは、当然批難の声が上がるが
「お前らもちょっとは考えてみろ。 さっき見たクソでっかい虎、あんなデカいヤツが船首ギリギリに来るまでに気付いたヤツ、この中にいるか?」
の一声に、団員は沈痛な面持ちで返す。
「つまりだ、『殺る気になりゃあえて身を晒すまでもなく殺れた』のにそうしなかったって事は、今の俺たちゃこの小僧に『生かされてる』んだよ。 さて・・・すまねぇ、話の続きを聞こうか」
「物分りが良くて助かるわ。 さて、そいじゃ船長、早速『びじねす』の話をしようぜ?」
猫人の少年は、懐から光り輝く鉱石をいくらか手に握り出し、改めてバーハンと相対した。
怪しい黒き霧が客船を取り囲むと同時に、甲高い声が響く。
「さぁさぁさぁさぁ来た来た来たわよぉ! 我ら、名高きアニー海賊団! これより略奪を開始いたしまsきゃー!」
客船お抱えの武装船員のひとりが、口上が長くなりそうな空気を察して炎精術の炎をアニーに撃ち込むのを以って、客船とアニー海賊団との船上戦の火蓋は切って落とされることとなった。
「ちょっとちょっとちょっとぉ! ヒトが名乗りを上げてるときは黙って聞くのがルールってもんでsきゃー!」
甲板に集結した武装船員が、とりあえず手近なところにいるアニーから掃討するため、得意とする攻撃的精霊術の掃射を開始する。 アニーが無駄に頑丈なのは良く分かっているためさして気にも留めることなく、アニー海賊団員は次々と客船へと飛び移る。 水棲生物の特性を持つ死徒は船底より攻めるために次々と闇夜の海へ潜り始める。
武装船員が甲板でアニー海賊団の第一陣と交戦する間に、一般の船員は客室の一室一室へ、事の次第を伝えると共にドアに込められた防護の術式を展開していく。 死徒には彼ら特有のルールである死殺罰《マーダー・ペナルティ》が課せられているが、だからといって船員や客の身の安全が保障されているわけではない。 「死ななきゃ何したっていい」的な思考を持つ者が居た場合、身を護る術を持たない者は、最悪命以外の全てを奪われることにもなる。
そんな中、一般船員のひとりがとある客室へと向かう。
「お客様、失礼致しま・・・す?」
もぬけの殻だ。 客室内には私物と思しき物も残っている様子はない。 ここには確かに客がいるはず、なのに何故・・・? 思いを巡らせる時間も惜しいを思い直し、次の客室へと向かおうとした船員だが、運が悪いことに武装船員の精霊術の砲火を潜り抜け船室へ侵入してきた死徒と鉢合わせとなってしまう。
船員たるもの乗客の安否を最優先に考えるべきではあるのだが、死の臭いを撒き散らす死徒を目の前にして、そうそう平静で居られるものでもない。 喉が詰まり、声を発することも出来ない。
じりじりと詰まっていく船員と死徒の距離。 だが、不意に死徒は動かなくなる。 心の臓が埋まっているべきあたりに刃が突き抜け、死徒は活動を停止する。
「ふぅ、間に合ったか。 よっしゃ、オル、ダリ、お前ら俺に付いて来い。 他に船室に入り込んだヤツを始末すんぞ! ドク、負傷者がいたら治療を頼む! 他は全員表で暴れろ、但しこれ以上船室には入れるなよ!」
「「アイサー!」」
鬼族の男が、
ゴブリンのお供に声をかけ、船室の奥へ向かおうとする。
「あ、あの、あなた方は・・・?」
すっかり腰の抜けてしまった船員は、なんとか疑問を口にする。
「あ? ああ・・・俺らはハーバン海賊団。 義によって助太刀しに来た!」
「会計屋ぁ!」
ハーバンは、猫人から差し出された奇怪な鉱石を手に、ハーバン海賊団及びプロパーダロブ商会の会計であるアバコを呼びつける。
「何でしょう、御頭?」
「その小僧が『前払いの報酬だ』っつって寄越してきたブツだが・・・コレ、何だか分かるか」
「へいへい、ちょっとお借りしますぞ・・・」
アバコはルーペを取り出し、しげしげと鉱石を角度を変えたり、叩いてみたり、金の音を聞いてみたり、色々と試した結果、出た言葉は
「小僧、コレを何処で手に入れた!?」
「ゴブのおっちゃん、そんな事言うくらいなんだから、察しは付いてるんでしょう?」
猫人の少年は直接的な返答を避けたが、既に目検討が付いているアバコとしては、半ば回答を得たようなものである。
「おいおい会計屋、ソレ、何なんだ?」
「御頭、コイツは・・・日長石《ヘリオライト》でさぁ。 それも神の御業級に高純度。 テミランの落し物である隕鉄《メテオライト》と並ぶ、神鉄《Gマテル》のひとつですぜ」
「で、それは会計屋がそんなびっくらこくほどの価値があるのか?」
「簡潔に言えば、たったこれっぽっちに見える量でも、需要のあるところに売りに出せば、豪級艦一隻、資材費に建造費、処女航海までの費用を全部捻出して釣りがきますぜ・・・?」
「な、なんだとぅ!?」
アバコの言葉に、バーハン含め、金銭価値を理解している船員全員が慄く。
「・・・いやぁ、挑みかからなくてよかったっすね、御頭。 ウチラみたいな海賊風情にぽいっと投げて寄越すことに何の躊躇いもないほどにこんなもの持ってるってことは」
「ことは?」
「この猫人、我らの及び至れないレベルの試練を、それも恐ろしい数突破しているってことでさぁ。 日長石がなぜ価値が高いかと言えば、高難度試練の褒章だから売りに出そうなんて考えるヤツ自体が居ないってのと、贈与されるに足る試練を果たせるヤツがそうそう居ないからでさぁ」
「・・・なぁ小僧、ホントにコレ、俺らに寄越すってのか?」
内輪話を中断し、ハーバンは猫人に尋ねる。
「やるとは言ってないって。 ソレを報酬に一仕事受けてくれって話。 何、単純な話さ。 お宅らが目をつけた客船に、別のご同輩が目をつけてるから、ちょっとあしらってくれってだけさ」
「俺らに他所の海賊団と殺り合え、ってのか」
猫人の返答に、特に反目する理由もなく報酬のみで同輩と矛を交えろと要求された怒りを、バーハンは真正面からぶつける。
「おっと、これは失礼。 正確に言えば、お宅らの真似事してる死徒の船団と、だな」
「成程、南海を縄張りにしてるヤツらが偶に口にしてるアレか。 よし乗った! 会計屋、念書を書いて小僧に渡してやんな!」
「あいさー・・・坊主、コレに署名を書け。 先に言っとくが、この証文に偽名は通じないぞ。 然るべき手法で作られた、躍字の証文だからの」
「りょーかい、っと・・・ほい、これでいいかい?」
「ふむ、流石はラ・ムールの子だの。 しっかり書けとる。 ウチには自分の名前も書けないから血判で代用するヤツもいるというのにのぉ」
「よっしゃ、多分もう現地じゃ始まってるだろうから先行くわ! 待ってるからなー!」
猫人の少年は、船首から闇夜の海原へ向けて飛び降りて行く。
「なんだかよく分からんが、念書がちゃんとあるってことは、現実の話だってことだよな?」
「ええ、間違いございやせんぜ」
「なら、念書があるならやるこたぁ一つだ! 路線変更、これから
スラヴィアの真似っ子どもを叩きに行くぞ!」
ハーバンは船員に改めて檄を飛ばす」
「たとえ落ちぶれたといえど、俺らも一角の海賊団だ! 死に腐れ野郎どもに、真の海賊の心意気と腕っ節、見せ付けてやろうじゃねぇか!」
「「「「オォーーーーーーーーーーー!!!!」」」」
ハーバン海賊団は一丸となり、スラヴィアンの海賊気取りどもに一撃くれてやるべく、暗海に帆を張り、風精に頼り、機動船舶を進める。
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・全く、酷い目にあったわ! ええい、やろーども! とっととやってしまいなさい!」
精霊術の一斉掃射から、持ち前の不必要なまでな頑丈さを生かして離脱してきたアニーは、部下どもを叱咤する。
「あ、アニーちゃんだ! やっとみつけたよぉ~」
「ちょっとアンタ、今まで何やってたの! ま、いいわ。 アンタも行くわよ!」
「がってんだ!」
アニーはようやく合流した御客人と共に、再度客船への進攻を開始する。
その一方、客船の甲板上では
「いやはや全く、『饗宴』に似た空気がしてきたと思ったら、ホントにヤツらの海賊船だったとはねぇ。 何にしても、手近なところに金銭契約できる相手が居て助かったわ」
死徒相手なら勝手知ったる何とやら、生身で「饗宴」に出場したこともあるディエルとしては、そこが船上であろうとやるべき事は変わらない。
適度にあしらって追い返してやれば、あとはバーハン海賊団に客船を護衛させてラ・ムールまで行けばそれで万事終了、というわけだ。
船一隻分の死徒を相手にするとして、参加者以外には原則被害の及ばない『饗宴』と違い、闘うことが出来ない者が同じ土俵に立っている上に、狭い船上でろくな逃げ場もない以上、手数には手数で対するのが一番の策である。
日長石《ヘリオライト》をダシに交渉をしかける点について当初コロナは反対したが、ディエルは「先にそれをしたオマエが文句言うな」で黙らせた。 ろくすっぽ金の持ち合わせもないディエルとしては、あの場だけでも凌げればと思って出したアレのウケが想像以上によかったのは幸いだった。
「さて・・・やっこさん方のお船はアレだな」
蜘蛛人死徒が数人がかりで繰り出した糸により作られたネットが、両船を繋ぐ足場として形成されている。 蜘蛛の糸はその特性を十分に理解している蜘蛛人でなければ絡め捕られるのは必定、安易に渡り歩くのは芳しい手ではない。
「ふむ・・・あのネットは足場にならんし、アレを落としちまうと戻れなくなった連中はこっちで処理せんといかん。 おそらくは向こうの頭目が制御権を持ってるんだろうが、戻れなくなったから制御権放棄しましたー、とかなったら夜明けまで面倒だし」
両船舶間の距離を見比べつつ甲板上の死徒を薙ぎ倒したディエルは、
「よし、跳ぶか!」
甲板を駆け、縁に足をかけ踏み込み、両脚に脚力と熱風の神気を溜め、一気に飛び立つ!
「一体何なのよ、もう! なんでこう私ばっかり狙い撃ちされるのよ!」
またしても精霊術攻撃の雨霰にしてやられて自船に戻ってきたアニーの愚痴は止まらない。
「それになんでドニーの海賊がいきなり横槍入れてくるのよ! はっ、まさか、あの船には奪い合いになるほど魅力的なお宝が!?」
アニーの思考回路に突如火が灯る。 お宝発見!⇒持ち帰れば大手柄!⇒でもレシエお姉さまにあげちゃう!⇒ステキよアニー!こっちへいらっしゃい・・・
「えへ、えへ、えへへへ・・・」
思考回路がピンク色に染まり完全に自分の世界に没入したアニーには、周囲の喧騒や「邪魔だ、どけぇ!」と叫び迫る猫人の声など、もはや耳にも入らない。
「ああ、だめおねえさま、そこはグホアァッッ!?」
アニーの緩みきった顔面に、飛来猫人もといディエルの着地の足が見事にクリーンヒット! そのまま縁まで持っていかれ、ディエルの足と甲板の縁のサンドイッチとなったところでようやく停止する。
アニーの顔面からバック宙で降り立ったディエルは、さっそくアニー海賊団員に包囲される。
「邪魔だっつったのに・・・ま、頑丈みたいだしまぁいいか」
目を回して昏倒するアニーを尻目に、ディエルはアニー海賊団員に相対し
「さて、こちらの船長さんはどちらかな? それとも向こうに行っちゃってる?」
と質問すると、アニー海賊団員は皆指でディエルの背後を指差す。
「・・・へ? コレ? ・・・マジで?」
「マジ」
居合わせたアニー海賊団員全員からの肯定の返答に、ディエルは頭を抱えざるを得ない。
「う~ん、あのさ、今さっき思いっきり顔面に蹴りブチこんで、ここヘコむくらい派手に後頭部激突させちまったんだけど、大丈夫かな?」
「そりゃ大丈夫でさぁ」
「お嬢は不必要なくらいに頑丈やし」
「お味噌もないから問題ないで、あんさん」
「そか、それはよかった」
どうやらこの変な船長ルックというか船長の少女死徒は、<向こう側>風に言えば「ユルかわ愛され」船長というやつらしい。 まぁ無事というのなら、起きた所で脅しかけるなり交渉するなりでとっとと引いてもらおう。 あるいは客船はバーハン達に任せて、日の出まで長期戦に持ち込む覚悟を見せてやるのもいいかもしれない。
そんな中、アニー海賊船の中央マストの天辺から
「とぉぉぉぉぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
という迫力の微妙に足りない裂帛の掛け声と共に、豪斧が振り下ろされる!
「うぉあぁ!?」
「どっせぇぇぇぃやぁぁぁぁぁぁ~~・・・・・・」
寸でのところで爆音張り上げて甲板に激突した豪斧を避けたディエルは、船舶の中でも特に丈夫な甲板の床板を豪快にブチ抜いた穴に戦慄すると共に、
「・・・誰だか知らんが、大丈夫か」
開いた穴にそのまま落ちて行った豪斧の主の安否を、穴からのぞいて気遣う。
アニー海賊船の甲板の上には、妙な空気が漂っていた。
とある世界の境界線。
『うむ、前に頼んだ例の件、良い頃合なので宜しく頼む』
『にゃはは、先に上質の謝礼を貰った以上、やらずにおるわけにもいくまい。 万事わらわに任せておくがよいぞ!』
『うむ、試練だ』
『にゃふふ、試練試練、大いに結構! では、ひっさびさに大殲滅祭《デストラクト》としゃれ込むとしようかの! 腕が鳴るのう! にゃあっはっはっはぁ!』
相手方のネットワーク接続と共にSkypeの通話も終わり、男は別のゲームを開始する。 そのタイミングを見計らっていたように、背後で休むことなく規則的に続いていた判子を捺す音が一時止まる。
「主よ、今どなたかと話をされていたようですが、何かなされるのですか」
「試練だ」
「左様でございますか。 試練であれば仕方ありますまい」
また判子を捺す音が鳴り、男はゲームに没頭する。
世は事もなし。
- ディエル諸国放浪記ですが彼並みかそれ以上にフットワークの軽さと広さを見せ付けるアニーの作品を越えた活躍は凄いですね。体育会系なディエルは相手も同じ体育会系であればすぐに通じ合える資質を感じます。あと食べ物に弱い -- (名無しさん) 2013-10-06 17:47:47
最終更新:2013年10月06日 17:46