【帰還不可能の森と創生の樹】

 エリスタリアの象徴にして、大いなる11柱のひとつ、世界樹
 生命を育み、慈しむ大いなる大樹であり、エリスタリアに住まうエルフ種や妖精種、樹人種らにとっては大母にも等しい存在である。
 この世界樹だが、同様の役を負う存在がほかにも存在していることを、この世界に住まう多くのものは知らない。


 創生樹《クレウェボル》。
 その樹を知る者はそう呼ぶ大樹は、新天地オルニトの遥か東、余人の立ち入りを許さぬ地の奥深く、茂る密林の奥に聳えている。
 その密林はあまりに険しく、そこに生きる生命も基本的には生命力に溢れ、かつ凶暴獰猛。 余人の世界で手練れと呼ばれ、「東部未踏破地域」などと呼ばれることに野心と英名を期待し踏み込んだ冒険者を次々と糧とした。
 ときに鳥人、あるいはクルスベルグ帝政期の空戦技師、あるいはグライフリッター、あるいは仙人。 空よりの道を選ぶものも多かったが、『樹龍』と伝承される存在によりその悉くが撃滅された。

 踏み入れば誰一人戻る者がいない、それ故に未踏破。 その地に秘法や冒険、栄光を夢見る者は後を絶たないが、その地にある存在を確かめたものは居ない。



「・・・『世界樹が呼んでやがる』などと言い出して飛び出して、半月して戻ってきたと思ったら東大陸に渡るなどと」
「しゃーねーだろ。 ディオマー候やユミルム候を飛び越して直接指名だし、行かないとめんどくさそうなんだよ。 まぁ結局行ってもめんどくさかったんだが」
「やれやれ・・・奥方達も『帰還不可能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》』に向かうと聞いて顔を青くされてらしたというのに」
「じゃあ何だ、後で世界樹から要らんことでネチネチ言われてもいいってか」
「知るか。 だが何故貴公へ世界樹から依頼が来るのだ?」
「いろいろあったんだよ、昔に」
 狼人と猫人の武人二名は、並び語らいつつ『帰還不能大森林』を奥へと進んでゆく。
 狼人の武人とて自慢の得物とその身を頼りに漫遊にて武芸を磨いていた身、『帰還不能大森林』の話は幾度か聞いたことがある。 その地に今こうして足を踏み入れることになろうとは思ってもいなかったことだが。
 それよりも彼が釈然としないのは、
「『帰還不能大森林』に躊躇なく足を踏み入れられるあたり、豪胆というか不遜というか・・・」
「ま、いろいろあったんだよ、昔な」
 猫人の武人からの短く曖昧な返答。 だが、狼人の武人はそれだけで事情を察するに値する回答であったようで、それ以上追及することはなかった。


「それにしても、これほどに獰猛で強靭な獣が生息していようとはな・・・『帰還不可能』などと呼ばれるのも然り、だな」
 周囲には、土着の生物の遺体が転がる。 地下から、樹上から、地を駆け、迫りくる「食欲」に縛られた権化の群れは、二人の武人の攻勢の前に、物言わぬ肉塊と化していた。
「このデンカラクビトス、殻は堅いけど身は煮るとウマいんだぜ? さすがに煮るには準備が足りないから炙って食うか。 炙りもなかなかウマいんだよなぁ。 で、あっちのグランドレアスドロプトは腿のあたりの肉を焼くと絶品だが、尻尾の肉が生でもイケるんだわ。 よし、いくらか積んで土産にすっかな。 あ、向こうのマンダスクアーは血液の毒性が強いから食えないぜ。 絞め殺さねぇと血液中の毒素が散るから厄介なんだわ。 放置しときゃグーステッドが勝手に食うから、何もすんなよ?」
「その名前、今付けたのか? それに土産とは?」
「土着の龍人《ドラグ》の集落でこの辺の食える生き物に付けてる名前。 創生樹の麓に世捨て人の集落があってな、そこで一時期世話になってたことがあんだよ」
「・・・貴公は真に苦労しておるのだな。 それにこのような地で揉まれていたというのであれば、戦の手管にも納得がいくというものだ」
「馬鹿言え。 単に生きていくのに必死だっただけだっての」
 狼人は猫人の生きてきた道程については多少は聞いてはいただけに、「生きていくのに必死だった」という言葉が真に迫るものであることを良く分かっている。 それ故に、特段の追及もせず、甲殻から引きずり出されほぐされた身を差し出されるままに食することにした。
「ふむ、仰るようになかなかの美味。 だが・・・ここまで来るのであれば、彼女らにも事情を話して連れてくるべきだったかな」
「やめとけやめとけ。 それに今回は守護樹龍《ガルディオ・ナガス》に会えれば事は済むんだ。 土産とかは守護樹龍に運んでもらうしな。 それに、創生樹がお仲間さんたちの御目かねに適うかも分からんしな」
「それはそうかも知れんが」
「こういうのは他人の手を借りるよりも、自分で苦労して結論を見つけるべきもんだ。 楽して結論得たっていいことはないしな」
「ふむ・・・まぁ、貴公にそういう意向があるならば、それに従おう」
「よしじゃあ、気を取り直して行くぞー」
「心得た」
 狼人は、出向で籍を置いている隊の顔見知り達のことを思い浮かべつつ、猫人の後を追うことにした。

「さて、会談場に着いたぞ」
「・・・よく地図もなく来れたものだと感心するよ。 それで、相手は? 守護樹龍と言ったか」
「おう、目の前にもう居るぜ? 久しぶりだな」
 周囲に低く、怪音というか異音が響く。 狼人には聞こえる音の通りにしか感じられなかったようだが、猫人はそうではないようで、頷いたり首を振ったり、コミュニケーションを取ってるようだ。
「・・・ああ、すまん。 念話でないと共通の言語で意思疎通できないもんだから放置になっちまってすまんな。 もうちょい待っててくれな」
「心得た。 だが・・・誰と話をしているのだ?」
「だから目の前にいるコレさ。 後でビックリすんなよ?」
 猫人はそういうと、再び「コレ」と指し示した巨木に向かい合い、コミュニケーションを再開する。

 しばし後、猫人は道中で狩ってきた土着生物の肉と、懐から出した果実ひとつを巨木の前に差し出す。
 すると、巨木は突如バキバキを音を立て、唸りを上げ、徐々にその姿を巨木から獅子へと変貌させる。 口に相当する部位で肉や果実を丸呑みにして、大森林のさらに奥へと向かって行く。
「ま、あれが『帰還不能大森林』が帰還不能である最大の所以のひとつ、守護樹龍の1体だ。 あれ一匹でも下手すっとそんじょそこらのドラゴンなんか一撃でオダブツってくらいのヤツだぜ?」
「・・・なんとも、面妖な。 よもや樹木があのように姿を変えようとは」
「そんなビックリすんなって。 今オマエが寄りかかってるその樹もそうだが、このあたりの樹木は全部樹龍なんだぜ? 必要がない限り変態しないけどな」
「なん・・・だと?」
「ああ、世界樹が秩序ある生命の生成の末に真理へ至る目的を持つとすれば、創生樹は混沌の中にこそ生の真実があるというスタンスで、生物の生態的特性を特化させて極限環境で進化させることが目的の一部だからな。 この周囲とか、西部未踏破とか、暗礁海域のめんどくせぇ生き物は大概創生樹が作ったブツの子孫なわけだ」
「何ともはや・・・ところで、最後に出したあの果物は何だ? あんな果実は見かけなかったが」
「ああアレ? 世界樹の実だけど」
「何ィ!? 御禁制中の御禁制ではないか!」
「この前世界樹に行ったときに、『創生樹と情報共有を図りたいので、持参の上、創生樹へ預けて欲しい』って頼まれたんだよ。 ったく、最近またハイランダーの視線が厳しいから、問題なく登れるようになるまで面倒だったんだぜ? またユミルム候に手間かけさせちまったしなぁ」
「いやだが、だとして、うむむ・・・」
「何も言わずに出て行ったのは悪かったと思ってるよ。 んじゃ、とっとと帰ろうぜ?」
「それもそうだな。 だが、この地のことは学者に伝えなくていいのだろうか? 貴重な品になるのではないだろうか」
「調べたきゃテメェで来いってこった。 さっきも言ったが楽すんのは良くないぜ? そいじゃ、行きは新天地側から来たしオルニトに出ると境界線でまたひと悶着ありそうだから、帰りはマゼバ側に抜けてこうぜ」
 猫人の提案に従い、二人の武人は帰路に就いた。


「やはり戻ってこなんだか・・・」
「前途のある若者がまた、天へ召されました。 神よ、どうか彼らに安息を・・・」
 新天地内、最も未踏破地域に近い村落に建てられた慰霊塔では、神官が慰霊碑に帰らぬ若人の死後の安息を願い、祈りを捧げていた。



  • 世界樹の兄弟なのか子供なのか複製なのかは興味のあるとこと。異世界用語と冒険は合いますね -- (名無しさん) 2013-10-27 18:13:40
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最終更新:2013年10月27日 18:11