【未来王の空中散歩】

「野上、助かったわ! これで何とか遅れずに済む!」
「いえ、そんな・・・暁さんのお役に立てたなら、私はそれだけで」
「それじゃまた明日、学校でな!」
「は、はい! また明日、です」
 暁 太陽(16)は、同級生の野上 愛夢が登下校の際に乗る自家用車(0の数はかなり多そうだ)から勢いよく飛び出し、バイト先へと駆け出す。

「こんちゃーっす! 遅くなりましうぉあ!?」
「ちぃ! スカしたか! またずいぶんとあわただしーな、たいよー!」
「はいはいバンチョー、後で遊んでやっからちょいと退いててな」
「おー! ぜったいだぞー!」
 太陽がバイトする十津那《とつくに》幼稚園の園舎に入ってくるなり奇襲してきたのは、潤紗《うるさ》ちゃんのフランケンシュタイナー。 太陽はこれを寸での所で回避して、奥の教員室のタイムカードへ駆ける。
 バンチョーとは、やたらと活動的かつ暴力的な潤紗ちゃんに太陽が付けたあだ名であるが、当人も気に入っているようだ。
「よし、間に合っ」
「てません。 バイトとは言え、君も子供たちにとっては先生なんですよ? 子供たちの模範となるように、余裕を持って時間を守れるように行動するように。 いいですね?」
「うぃーっす、すんません、乙姫《たつき》先生」
 年長者として太陽を指導する乙姫先生は、若いながらもしっかり者。 太陽としては先輩保育士の中でも何かと頼れる相手として相談に乗ってもらったりしている手前、頭が上がらないのだ。
「まぁまぁ乙姫先生、太陽君も元気が有り余ってるんでしょう。 元気なのはいいこと、そのあたりにしておいてあげなさいな」
「由実先生がそう仰るなら・・・暁君、ちゃんと時間には遅れないようにするんですよ?」
「うぃっす!」
 助け舟を出してくれた由実先生は、今日もにこにこ笑顔で青春の樹と金のなる木の2鉢と謎の小型バイオケミカルプラントに水をやっている。
 太陽は一度だけ謎のバイオケミカルプラントについて言及を試みたが、凄まじいまでの威圧感を伴う穏やかな微笑の前に、断念せざるを得なかった。 ほかの保育士たちも、それが何なのかは知らないらしい。
「そういや黎妓《れぎ》園長は今日も不在?」
「ええ、お忙しい方ですからね。 今日も園の運営のためにいろいろなところを回ってくださってますから」
 由実先生のいうように、太陽は黎妓園長とは面接のときくらいしかまともに顔を合わせていない。 忙しい人だとは聞いていたが、かれこれひと月近く顔を出さないほどだとは予想していなかった、大人って大変やなぁ、と太陽はしげしげと思うのであった。
「んじゃ、裏のクロに餌でもあげて、出珂迦石《でるかかいし》の掃除でもしてきますわ」
「ええ、お願いしますね」
 ストックから取り出したドッグフードを器に盛って、太陽は園舎脇の犬小屋へ向かうことにする。

「おや、どうした輝観《てるみ》ちゃん。 何か御用時かな?」
 園児の一人、輝観ちゃんが太陽の下を訪れるなり、不可思議なことを言い出す。
「にいちゃはここにいちゃ、だめ。 いるべきところに、かえるの」
 輝観ちゃんはどういうわけか失せ物探しが異様なほど得意な他、たまに不可思議なことを言い出すことがある、というのは太陽も他の保育士から聞かされている。 しかして現場に立ち会うと、やはり訳が分からん、というのが太陽の感想であった。
「おう、そうかそうか。 輝観ちゃん、にいちゃが帰るべきところって、どこなんだい? 教えてくれるかな?」
「とっても、とっても、とおいところなの」
「そっかぁ、遠いところかぁ。 行くのは大変そうだなぁ」
「でも、にいちゃはかえらなきゃいけないの。 がんばって」
「お、おう。 わかった、にいちゃは頑張るぞ! おー!」
「おー!」
 正直良く分からないが、園児と張り合ったところで意味はないので、太陽は輝観ちゃんの言に賛同の意だけ示して分かれることにした。

「おーよしよし、クロ~、メシだぞ~!」
 わふわふと寄ってくるクロは、園で飼っている大型犬である。 基本的には園児たちにとってはいいマスコット兼遊び相手なのだが、どういうわけだか喪瑠甜《もるて》ちゃんだけは異様にクロを毛嫌いしている。
「よし食え! メシだぞ!」
「おおっ! くいものじゃ! わしのぶんは? なぁ、わしのぶんはどこじゃ!」
「はいはい金羅ちゃん、ドッグフード食べたらおなか壊すから、ちゃんと中に戻って待ってなさい」
「ぶーぶー、はやくおかしをだすのじゃぁ!」
「ええい、分かったから離せ! ほれ、飴ちゃんをやろう」
「さすがじゃ! でかしたぞたいよー! ほむほむうまうま♪」
 みかん味の飴にご満悦の金羅ちゃんは、ほくほく顔で園舎へと戻っていく。

 クロの犬小屋とちょうど園舎を挟んで反対側にある出珂迦石の掃除に向かおうといったん園舎に戻ろうとしたところで、凄まじい勢いと共に尊《みこと》君がラグビーボールの如き横回転をしつつぶっ飛んで、頭からきれいに小池に着水するのが目に入る。
「ま、どうせ毎度のように乙姫先生のケツでも触ってギャラクティカ乙姫ファントム食らったんだろ」
 バイトに入って以来日に数回は見る光景なので、太陽としてはもう慣れたもの。 どうせ5分もすれば勝手に這い上がってくるのでスルーを決め込む。
 園舎への戻り際、砂場に目をやれば、瀬樽《せだる》君と羅亜《らあ》君が遊んでいた。 瀬樽君は明らかに砂場遊びのレベルを超えた造形のタージ・マハールを建造しており、一方羅亜君は毎度の如く蟻んこ数匹捕まえて水責めにして悦に入っている。
「あのガキどもの砂場センスは良く分からん・・・」
 最近のチビッコはすげぇなぁと感心しつつ、太陽は掃除道具を手にして出珂迦石に向かうのであった。

「ふぅ、こんなもんかな」
 一通り出珂迦石の掃除を終えて園舎へ引き返そうとした太陽が見たのは、ジャングルジムの上にたたずんで空を見上げる幸福《はっぴー》君の姿であった。
「ようはっぴー、そろそろおやつの時間だが、こんなところでどうした? 何か見えるのか?」
 同じくジャングルジムによじ登り、幸福君の隣に座った太陽は、幸福君が見ているものが自分にも見えるだろうかと、空を眺めながら尋ねてみる。
「ぶーん」
「お、どうした? もっと高いところがいいのか?」
「ぶーん」
「そかそか、よっ、っと・・・ほれ、これでどうだ」
「ぶーーん」
 太陽はジャングルジムの上に立ち、幸福君の小脇を抱えて高い高いをしてやる。
「ほれ、どうだ! みえるかー?」
「ぶーーーん!」
 幸福君は御満悦の様子できゃきゃとはしゃぎ始める。
「ぶーーーん! ぶーーーん!」
「ちょ、おま、っとと、そんな暴れんな、わ、あ、げ!」
 幸福君のはしゃぐ勢いに身を振られた太陽は、ジャングルジムという不安定極まりない足場にも翻弄され、足を踏み外し・・・
「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!」






「うわあああああああああああああああああああいってえええええええええええええええ!!!!!!!」
 悪夢の絶叫と共に飛び起きたディエル=アマン=ヘサー(16)は、全身から迸り駆け巡る激痛に悶絶するより他無かった。


未来王の空中散歩



 そんなこんなで、ウルサ(適度な手抜きモード)との死闘後の心神喪失状態からようやく立ち直ったディエルを介抱していたのは、オルニトの神官イブライト。
 いまよりおよそひと月ほど前、突如帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》上空を航行しオルニトに接近した嵐神ハピカトルより吐き出された『落し物』と共に、ディエルも吐き出されたのだという。
 吐き出された『落し物』と共に救助されたディエルは、第一発見者であるイブライトがそのまま保護し、彼の実家にて介抱を受けることとなった。
 保護されて1週間が過ぎたころ、先の絶叫と共にディエルは目覚めることとなった。

 目覚めてすぐのディエルは、先の戦で心身共に酷使と疲弊の極みに達し、最後の最後に強行した秘術・霊身装具の反動で全身各所から血を吹いていたこともあり、指先ひとつ動かすことすら敵わぬほどの状態であったが、徐々に心身の状態を慣らしていくことで、順調に快方に向かってる。
 ちなみに、ディエルが身にまとう戦装束《ヴァルカ・トラジェ》の鞄に収まっていたチカは、密封された鞄の中という環境が幸いしたのか、睡眠の延長で半ば種子体に戻りかけてはいたものの、水分と蜂蜜の補給により元気を取り戻し、表を風精と共に飛び回っている。

「チカ共々世話になってばっかりで、ホント申し訳ねぇっす」
「いえいえ、お気になさらず。 それにしても・・・」
 ディエルの謝辞にお決まりの返礼で応えるイブライトだが、これまでずっと疑念を抱いていたことをようやく口にすることを決め、尋ねてみる。
「前にもお話ししたように、ディエル君は我らが主神、嵐神ハピカトルの御身より『落し物』と共にこの地に降ってきたわけですが」
「どうやら、そういうことらしいっすね」
「我々が永代に渡り書き綴ってきた史書を読み解いても、貴方のような例はこれまでにないんですよ」
「そりゃまた一体、どういうこって?」
「・・・少なくとも、史書に記されている限りの話ではありますが。 ハピカトル様と対面された方が今なお正気を保っていること。 ハピカトル様の御身の激しい乱流に呑まれ負傷はすれど五体満足で吐き出されたこと。 このどちらも過去に例のないことです」
「うんまぁ、ありゃ確かに酷いからな。 ヘタに自我を保って対することのほうがむしろ危険だわな。 アレは俺らの考えうる次元の遥か上、遥か先から物を見てる」
「それは神であれば当然のことなのでは?」
「それがそうだというのなら、ミズハのオトヒメさんなんざ嫁だぜ嫁? それに世界樹ディルカカだって、あんだけデカけりゃ目が少し良ければこの国からだって見ることが出来んだろ」
「え、ええ、そういえば」
「まぁどっかの戦神とか死神とかお天道様は、性根からしてある一方向に向かって突き抜ける形でイカれてるから別として、だけどな」
 そのいずれとも何らかの形で接触しているディエルとしては苦笑が零れるところだが、その真意はイブライトには伝わらなかったようだ。

「では、あなたから見たハピカトル様とは?」
「そうだな・・・言ってしまえば、やっぱりアレは『風』であって、『流れ』なんだよ。 風ってもんは<向こう側>の言葉で言えば『千変万化』ってやつでさ。 過去から未来、未来から過去、今から過去、今から未来、アレはどういう方向にも流れてるわけだ。 アレ自体が風であるのと同時に、あの中には時間の廻りすら収まっている、っていうと直感的っつか主観的すぎて分かりにくいかな。 風も時間も、ヒトがいかな手段を以てしてもその流れや動きを遮れるもんじゃない。 それこそ自由そのものだ。 時間も空間も超越したアレの考えてることなんざ、『今』以外の時間も空間もありえないヒトには理解しようとしてもまず無理だろうな」
「風であり流れ、時間を超越する存在、ですか・・・」
「ま、寝てたり借りてきてもらった本読んだりしてる間に、そんなことを考えたりしたわけだよ」
「だとして・・・であれば何故、ハピカトル様と相対した者は正気を失い、呑まれたものはヒトとして生きるのに必要な器官を欠落してなお生き続けることになるのでしょう?」
「気が狂っちまうのはアレだ、理解しようと思っても出来ない思考や概念っつーのを強引かつ大量にに頭に叩き込まれるからだな。 多すぎる情報量に脳みそが焼き切れちまうわけだ。 で、内臓ぶっこ抜かれるのも似たようなもんだ。 単に莫大な情報の奔流を流し込まれるのが脳みそだけから全身に変わっただけで、ぶっこ抜けた部分にアレの神気《オーラ》が溜まって、それが残ってる間だけは『死んでない』状態のままで固定されるってこったな」
「では、貴方はなぜ御無事でいるのでしょう? 貴方の説明と、貴方の今は矛盾している」
「そこはアレだ。 一度死んだときに死生の向こう側ってヤツをちょろっとばかし覗いてきたし、二度ほど死ねば流石に三度目はないかなってところで。 あとはまぁ・・・コイツのおかげかな、と」
 そういうディエルは、左目をイブライトに見せてやる。 それを見ただけでイブライトとしても合点がいった、という表情になる。
「あえて名乗り出ないことには意図がおありのようですから、私からその事を他人に言うのは控えましょう。 それにしても・・・ハピカトル様の本質、と申しますか、そういうものについて語り聞かせていただける機会があろうとは」
「お役にたてたのなら何より。 ま、アレについては制御するとかそういうのは無理だから、俺らからアレの見てるところまで行けるように進化しなきゃならんわけだが」
「それは果たして何年後になるやら」
「さぁ? ま、<向こう側>には『諦めたらそこで試合終了』っていう格言があるらしいし、とにかく行くしかないわけだな」
「そう考えると、君のところの太陽神ラー様に通じるところがあるようにも考えられなくもないですね。 ラー様は試練を通じて我々ヒトの肉体そのものの成長、ハピカトルが我々の内面の成長を期待しておられるとすれば」
「・・・あのお天道様にそんな崇高な考えがあるとは、全くもって思えんのだが。 ありゃ絶対楽しんでるだけだって」
 ディエルの左側頭部のあたりから「異国の神官にも伝わる我らが主の御威光を御理解いただけないとは、なんと嘆かわしいことか・・・」などと非難がましい羽虫の鳴き声がディエルの耳にだけ届くが、そのへんは毎度のこととばかりに、ディエルは器用にスルーを決め込む。

「さて、そいじゃ図書館から借りてきた本返してきますわ」
「気を付けて行ってらっしゃい」
 一日の終わりの始まりは図書館への書籍の返却、というのが、体を動かせるようになったディエルのオルニトでの日課となっていた。

 オルニトは「飛ぶことが出来る」鳥人の国である。 さらに言えば、いかな原理かは人知の及ばぬ所ではあるが、国土の大半が浮遊島であり、島々を渡り歩くにもやはり飛べることがほぼ必須となる。
 そんな環境下であるが故に、オルニトの住人の中には、飛べないヒトの総てを蔑視するほどの凝り固まった思想の持ち主もいるほどである。
 鳥人の国であり、浮遊島の上に国土の大半が築かれているが故に、国土の整備も鳥人の利用が前提となっている。 浅慮な者にこの不便を問えば「足場がなければ飛べばいいじゃない」と平然と返答されるほどもあるくらいに、彼らにとってはこの環境が自然である。

 そんな国オルニトを訪れたディエルにとっても、この環境は当然ながら厄介極まりないものではあったのだが、療養の身であることとこの環境が、逆に功を奏することとなる。
 というのも、先の海上戦でも行っていた神気発露による飛翔について、より無駄なく、より効率的に扱えるようになる訓練と(本人の意思とは無関係に)なったからである。
 その甲斐あって、御近所では「空飛ぶ猫野郎」と渾名される程度にはオルニト暮らしにも順応出来るようになっていた。

<それにしても、いいところに目を付けましたな、カー・ディエル>
「何の事だ?」
<いえ、図書館の事に御座います。 あの図書館は智の宝庫としては中々のもの。 そこの書で学才を得ようとするとは>
「体がロクに動かないなら、暇つぶしに本でも読むしかないだろ。 幸い量的にも中身的にも、いい退屈しのぎになるしな」
<左様に御座いますか、そうで御座いますか>
「ちっ、何が面白いってんだ」
<いえ別に>
 身体への負担と無駄な消耗が抑えられるようになり、オルニトでの生活にある程度の不便が無くなったころから、イブライトの勧めと伝手もありディエルは足しげく図書館に通っていた。
 それが1か月弱も続き、図書館で一般的な閲覧希望者に貸し出される書物の大凡を読み終えている。
 元々は学才とは無縁な唯の悪ガキであったディエルだが、先に氷壁牢獄《ゲウル・ディ・シエタ》で臨死体験した際、これまでの臨死体験をしたラ・ムール王(ラ・ムール王の臨死体験率は実に9割以上に及ぶのだが)同様に、無意識領域下にではあるが、「武王」ハグレッキに武道の心得について伝授されるのに併せ「賢王」サリエからも学知の本質についても教授されており、学知の取得にむしろいい機会を得たとすらディエルは考えていた。
「あ、デルさんだー!」
 明日読む本を考えているところで、能天気極まりない呼ぶ声が聞こえてくる。 ディエルが声の主の方に目を向ければ、妖精種がふよふよと寄ってきていた。
「おうチカ、まだ帰ってなかったのか。 表で寝こけて落ちてったら拾ってやれんぞ?」
「まだまだ大丈夫でぇす!」
「そか、じゃ日が落ちる前に帰るとするか」
「りょうかいです!」
 こうして、頭上にチカ、右肩にハリム、左肩にコロナというお馴染みの配置が揃って、ディエルはイブライト宅への帰路を急ぐのであった。




「ちっ、なんつーおぞましい神気を垂れ流してやがんだ、アイツら・・・!」
 天上の祭壇に舞い踊る三人の美神。 その容姿や所作の壮麗さとは真逆に、周囲を支配する神気は、「吐き気を催すほどの邪悪」という表現以外に当てはまりそうなものはないであろう。
「なぁ、帰っちゃダメかな」
<何故にで御座いますか!?>
「いやだって別に、ホレ、あいつら楽しそうだし、近づくとヤバそうだし。 面倒なことになる前に帰りたいんだが」
<ですが、主ラーを御救いしなければ、陽光の恵みが遮られたままになってしまいますれば! 地上の民たちが苦しんでしまいましょう!>
「だよなぁ・・・ったく、後の事は後任に託してポックリ逝けるかと思ったらコレだよ。 何で死んだばっかりだってのにこんな面倒事に駆り出されなきゃならんのだ」
<仕方ありますまい! あのアバズレどもが主ラーを捕縛するなどという愚行に走りやがったのですから!>
「オマエにも死徒ども以外に嫌いなやつがいたんだな」
<そんなことは今はどうでもよう御座います!>
 そんな会話が聞こえてしまったのか、美神たちは舞を止め、こちらに向き直る。
「あらあら、お客様ですわよ御姉様?」
「そうですわね」
「ラー様と私たちの愛の巣に、何の御用かしら?」
 見てくれは笑顔だが、それがまやかしであることは、例えヒトの顔から機微を伺うのに疎い者であろうとも、容易に察することが出来るほどである。
「あー、出来れば俺としても邪魔はしたくなかったんだけどさ。 そこの簀巻きを持って帰らないと困るヒトが居るんだわ」
「あらあら、何か仰っておりますわよ、御姉様?」
「私たちの愛の巣を荒らそうって魂胆かしらね?」
「嫌だわぁ、ヒトの分際で分別も付かないのね?」
 美神たちはくすくすと笑いながら、祭壇からこちらへ近づいてくる。 その一挙手一投足から、激烈なまでの悪寒を悍ましいまでの瘴気が溢れ出る。
「アレをやるわ、御姉様!」
「ええ!」
「よろしくってよ!」
 美神は息を合わせて飛翔し、空で逆三角を描く。
「「「フォーム、幸せな結婚生活の形!!」」」
 掛け声と共に迸る邪悪の神気はさらに密度を増し、世界すら書き換えるほどの密度を持ち始める。
「純愛!」
「合体!」
「GO!」
「「「セレニアコス!!!」」」
 空間はあたかも邪神の胎内ででもあるかのように、瘴気に満ち、悍ましく、余人の筆舌には尽くせぬ異形へと姿を変える。
 世界すら書き換えかねない邪気の本流の源泉より、三神合一の神が姿を現す。
「セレニアコス・フォリア!」
 新たなる美神の姿は、三神のそれぞれの特徴を踏まえつつ、それを洗練させた、見てくれだけならまさに美の女神そのものである。
「・・・オイどうすんだこれ。 属性的に近いはずの神殺《インヘストレア》もドン引きしてんぞ」
<とりあえず、ごりゅごりゅっと殺ってしまうのが宜しいのではないかと>
「殺るかどうかはともかく、あの簀巻き持って帰るまで、真面に死ぬことも許されないってオチなんだよな、どうせ」
<流石はカー・ディエル。 察しが早くて助かりますれば>
「しゃあね、ならこの世との別れ、文字通りの『冥土の土産』に月神退治の話でも持っていくとしようかね!」



「・・・とんでもねぇ夢を見た気がする」
<お早う御座います、カー・デイエル。 本日も素晴らしき試練日和に御座いますれば>
「あーそうだな、雨が降ったって吹雪いたって試練日和だもんなー。 どうせ何が降ったって試練日和なんだろーなー。 さて、と。 おいチカ起きろ、朝だぞ」
「にゅう、おはようござまふ・・・あふあふ」
 まだハピカトルの神気が思考のどこかに残ってるのか、と考えつつ、ディエルはチカを起こして朝の鍛錬へと向かうことにした。


 それから穏やかな日々を過ごすこと2ヶ月。
 延べ3ヶ月近く静養と適度な鍛錬に知的財産の吸収という日々を過ごし、身体の完全復調と図書館の一般開放図書全巻読破の2つを完遂したところで、改めて帰郷の途に就くことをディエルは決意する。
「随分と長いこと世話になってしまって、すいませんでした」
「こちらこそ、君のおかげで貴重な話も聞けたし、異界や未開地の面白い話も聞かせてもらったから、御相子ということにしようじゃないか」
「そう言ってくれると助かります。 それじゃ、俺はここで。 立派な神官長になってくださいね」
「そちらこそ、王として座に就いた折には、御祝いの手紙を書いて寄越しましょう」
「やめてくれって、こっぱずかしい。 さて・・・それじゃ、あまり別れの時間が長いのもアレなんで、ここで」
「・・・そうですね。 それでは、次に会うのはお互い目指す道に真に踏み出したとき、となれるよう」
「お世話になりましたぁぁぁぁぁぁぁぁぁ・・・・・・・・」
 言うが早く、別れの挨拶と共にディエルは垂直方向に消えて居なくなる。
「なるほど、アレが太陽神様の『試練』というものなのですね。 神の御業、改めて目にさせていただくと共に、別れの名残を見事に断ち切って頂いたこと、感謝いたします」
 イブライトは天を仰ぎ、煌煌と照る朝日に向かって一礼をした。







「・・・・・・ぁぁぁぁぁチッキショーまたコレかよぉ! っつか何処だここ! また落下か!」
<下は一面緑で御座いますな>
「てっめ冷静だなコノヤロウ! チカはちゃんと付いてきてるか!」
「はいですよー!」
 腰の鞄の中から無駄に元気な声が聞こえてくるなら大丈夫、と結論付けて、オルニトでの日常に順応する形で習熟した安定的な神気発露に従い、落下速度を制御、制動を抑制し、緑の絨毯の上にディエルは着地する。
「・・・よし、到着っと。 なんだここ? 世界樹みたいだが・・・そうでもなさそうな」
 ディエルは周囲を振り返ってみるが、濃くも清浄なる神気に満ちた大気と足元から広がる緑葉の絨毯しか目に付き感じられるものはない。
「やっぱり、世界樹とは違うな。 ヤツが出てくる気配がない、が・・・何か、来る?」
 かつて新天地の港町から世界樹の直上に落とされた際に出会った世界樹の神霊イルミンスールの気配がしない代わりに、何か別のもの、それも巨大なモノが迫るヒリつくような感覚がディエルの肌を、ヒゲを刺激する。

 ほどなくして、ソレは来る。
「なんじゃ、こりゃぁぁぁぁ!?」
 世界樹にいた樹獣にも似たようだがまるで違う、氷壁牢獄で戦った氷原龍《ジメジテーハ》や実家に泊まった<向こう側>の家族の子供が見せてくれた漫画に載っていた「ドラゴン」というバケモノに似たような容姿を持つ、巨大な翼を1対持ち、大空を羽ばたき滑空する巨体。
 巨体ではあるが、それはどう考えても樹木。 幹に枝葉が広がり、蔓が絡み、葉が茂る。 ドラゴンの形をした樹木がそのまま飛んでいる、そう形容するしかない異形が、そこにいた。

 深緑の暴君。 翠竜のはらわたに住まう化生。 樹木生命の極致のひとつ。
 守護樹龍《ガルディオ・ナガス》。 帰還不能大森林《ケンバリ・ヴォイマーツ》をその名たらしめる最大の要因。

 ディエルはまだ、自分が再び人跡未踏と呼ばれる地に立っていることを知らない。



  • もしかしたら地球を体験するために小さな肉体を作って使っているのが幼稚園では?と思ったり。際限なく賑やかになっていくディエル回りも面白いですが行く先々で関わる人に変化を起こしているのが面白いですね未来王シリーズ -- (名無しさん) 2014-01-04 20:35:55
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最終更新:2013年03月08日 23:31