食神祭という祭がある。
それは大延国の神である金羅に捧げる料理を決める祭であり、
その頂点を目指して大延国中から腕利きの料理人が集結するという、群雄割拠の大祭典なのである。
優勝者には『神膳厨師』の称号、神の力宿りし宝具、そしてなにより代えがたい栄誉が与えられる。
大延国に生まれたならば、老若男女一度はその高みを目指すもの。
それが食神祭なのである。
大延国大都にある緑碧市街の中央にある広場は、普段は小さな子供や老人たちがノンビリと過ごし、
そんな彼ら彼女らの空腹を満たすための屋台がゾロリと立ち並ぶ空間であるのだが、
食神祭予選会場となった今日だけは、まったくそんな様子を見せていなかった。
この街にこんなに人が居たのかと驚かされるほどに、狸人、狐人、龍人、狗人・・・
ありとあらゆる獣人が集結していた。
目的は皆一緒で、これから始まる予選会での料理を一目みてみたいという思いと、
そいつを一口味わってやろうという思いである。
「しかしまあ、アレだな。
こんだけの人が集まる由緒正しき大会に普通に<地球人>が参加出来るってのも、まあ太っ腹な話だよな」
犬塚勇人は集結したイヤシンボな獣人たちの姿を見て、若干呆れ返りながらもつぶやいた。
「前々回の大会から、人種項目が撤廃されとるからね。
昔むかしは狐人しかダメやったって話やわ。
それを料理の腕前でとっぱらったのが、偉大な狸人料理人の火和尚シロチンなんやね」
自分の手柄でもあるまいに、妙に威張ってファンナが解説を入れる。
「シロチンって・・・なんか可愛い名前だな。
そう言えばさ、人種項目は撤廃されても、参加項目に大延国人に限るってあっただろ。
あれ結局どうやってパスしたンだ?
お前が大丈夫だっつーから任せっきりにしちまったけどさ。
まあ、予選参加のパスが届いてるから、手続きは問題無かったンだろうけどさ」
手のひら大の紙に、何やら複雑な文字が書き込まれている参加許可証をヒラヒラとさせながら
不思議そうに勇人はファンナに尋ねたが、ファンナは何故か顔を真っ赤にして
「あぅ・・・企業秘密や」と言ったきり、詳しく答えようとしなかった。
「それより!応援用の座席確保に急いで行きましょう!
本当に盛り上がってくるのは第三予選からとは言え、最初が肝心ですから!」
ガチャガチャと背負った調理器具を鳴らしながら、狸人娘のマオが訴える。
緑碧市街での予選は4段階に分けられている。(これは予選会場によって異なる)
いわゆる足切り予選の初回と2回目が終わると、いよいよ料理人の腕が問われる3回戦が行われ、
そして緑碧市の代表者を決定する最終第4回戦が行われるのだ。
ちなみに第1回戦は書類選考と筆記試験であり、勇人は既にパスしている。
会場で実施されるのは、第2回戦からという事になる。
「座席なら私がもう手配済みですわ。
そもそも、予選とはいえ食神祭の座席がこんな時間から会場入りして確保出来る訳がないでしょう。
このノンビリ狸」
フフンと鼻を鳴らし、手に持った半券を3枚ヒラつかせながら、狐人娘のローランが言う。
「あー!もしかして、ローラン早起きして座席取りしてくれたの!?さっすがローラン!」
「ホンマなん?ローランは気が利く娘やね」
「なンだよ。教えてくれりゃあ、俺が座席取りに行ったのに。
とりあえずアリガトな。後で美味いモンを食わしてやるからな」
口々に褒められて調子の狂ったローランは、言葉にならない声を漏らした後で、すっかり押し黙ってしまった。
「問題は、このパスに書いてある文字がまったく読めないってコトなんだよな。
予選で筆記試験があったってのも意外っちゃあ意外だったけど、今度は暗号解読か何かなのかね」
勇人は許可証を太陽に透かせながらボヤいた。
<翻訳の加護>を正式に受けてこないで大延国に漂着したからか、勇人は会話こそ問題なくこなせたものの
今でこそスラスラと読みこなせるものの、当初まったく文字を読むことが出来なかった。
この許可証に書かれた文字は、まさにその頃の感覚に似ている。
「簡単な話ですの。それ『躍字』ですのよ。
素人にそうそう『躍字』を読みこなされても困りますわ。
おそらく許可証の偽造が出来ないように、一人一人に『躍字』で書かれたものが配布されているのですわ」
ローランが許可証をチラリと覗き見して答えた。
「おお、これが躍字ってヤツか。初めて見たぜ。
で、これ何て書いてあるンだ?」
許可証をマジマジと見つめながら勇人が言った。
彼の目には、そこに書かれているものは到底文字には見えず、むしろ巧緻繊細な絵画のようにすら見えた。
「本当に読み上げていいんですの?知りませんわよ。
『緑碧市在住 狸人ファンナノ夫イヌヅカユート 予選参加ヲ許可ス 第四会場ニテ腕ヲ試セ』ですわ。
後は個人情報がズラズラと並んでる感じですの」
その言葉を聞き、慌ててファンナがローランのくちを塞ぎにかかる。
「あー!あかん!そないな事を言うたらあかん!無しで、今のは無しで!」
「まあまあ姐さん。時間の問題ですからいいじゃないですか。
それにしてもローランは偉いよね。躍字なんてわたし読み書き出来ないよ。
そう言えば、まだあの子にも躍字のこと教えてるの?
名前は何て言ったっけ。狼人の書生さんでさ。ローランの幼馴染の。
ローランはあの男の子の事が好きなのよね」
ニヤニヤしながらくちを塞がれていたローランは、マオの一言を聞くと激昂して言葉を遮った。
「ボケ狸ー!何で余計な事を言うのですか!ばッッ~~かじゃないの!!!!!
アイツとは何でも無いのですわ!ただの腐れ縁だし躍字の才能無いし散々ですわ!
あー!もうほんっとうに頭きた!!!」
プンスカと怒りながら、ローランは第四会場にそそくさと足を向けた。
そんな姿を見て、マオがニヤリと笑いながら言った。
「こういうところが可愛いですよね。ローランは」
第四会場には2回戦であるにも関わらず、もの凄い人数のギャラリーが集まっていた。
そこには勇人たちの店の常連客や、ライバル店の関係者やその常連客、そしてまったく関係ない野次馬・・・
人種も性別も年代もメチャクチャに集まっていた。
「んそれでうぁ~ 第四会場2回戦うぉ~ 開始しまぁ~す」
緊張しすぎなのか、声に抑揚をつけすぎな狐人の司会によって予選開始宣言がなされた。
会場の調理台は全部で8つ。この中で1位になった者だけが、代表選考の最終予選へと勝ち上がれる。
勇人はまるで戦闘用の衣服のような漆黒の調理着を着込み、調理台の前に立っていた。
「2回戦でぇ~ 勝ち上がれるのはぁ~ 上位4名のみでぇ~す。
審査項目はぁ~ これでぇ~す」
狸人の司会者がテーブルの上にかけられた白い布をパラリとめくると、中には野菜の山が積まれていた。
「ん私の記憶が確かならばぁ~
このぉ~
エリスタリア林菜とぉ~
エルフの玉葉を~ 千切りにしていただきまぁ~~す。
この砂時計が落ちきった時にぃ~ 積み重ねてぇ~ 一番高かったものがぁ~。
あ、予選勝ち抜けとぉ~ なり んまぁ~~す。
んそれではぁ、料理 んはじぃめぇ~~~~」
その瞬間、8人の狸人、狐人、ニンゲンの料理人が野菜確保に走った。
少ない量を確保して確実に刻む作戦を取るもの、とにかく大量に持とうと懐に抱えるもの、
曲芸さながら空中に野菜を放り投げて調理台へと飛ばすものなど様々である。
そんな中、勇人は慌てる事なく少数の野菜を調理台に持ち帰った。
「何で旦那さんは、あんな量しか持ち帰らないんでしょう?
司会者の説明がヘタッピだから、意味がわからなかったんでしょうか」
マオが心配そうに言うが、ファンナは焦らずに見つめていた。
「ユーノジが料理で何かを間違う事なんてあらへんよ。
黙って見とき」
会場いっぱいに野菜を刻む轟音が鳴り響く。
次々に野菜が皿に盛られ続ける中、会場にどよめきが広がった。
信じがたいほどの高さまで積み上げた者が居たからである。
犬塚勇人である。
調理台に持ち帰った野菜は全て極細に刻まれてフワリと皿に盛られていた。
千切りの葉の重量が軽い分、他よりも高く積み重ねる事が出来たのだ。
そしてそのままタイムリミットまで彼が独走し続けた。
「とんかつ屋の下積み時代に毎日キャベツの千切りばっかやってた経験が活かせたってコトか。
やれやれ・・・人生ってヤツぁ、あんま無駄なコトが無ぇモンだなぁ」
結局、予選通過の4名は、犬塚飯店の犬塚勇人、望桜亭のロウ大人、大樽酒家のコーレン、星宿飯店のイハクであった。
「ユーノジ、いくら顔見知りだからって、手加減はせんからな。
今回こそは決勝も勝ち抜いて、ワシが緑碧市の代表となるんだからの。
優勝作品をご馳走してやるから、あとで嫁と一緒にワシの店に来い」
ロウ大人がニヤリと笑いながら、隣にいた勇人に話しかけてきた。
「望桜亭のメシは俺もタヌ子も大好きだし、ロウ大人の腕も認めています。
でも俺は食神祭で優勝するってタヌ子に約束しちゃったんですよ。
だから負けません。先に謝っておきます。申し訳ない」
勇人も笑いながら、そう答える。
どよめきのおさまらない会場で、司会から次の課題が伝えられた。
「んそれでうわぁ~ 第四会場3回戦を行ないますぅ~
課題はぁ~ っとその前にぃ~ 料理人の皆様にはこのクジを引いていただきますぅ~」
司会の手には4本のハシが握られていた。
それぞれ1本づつ引いて行き、勇人は最後の1本を受け取った。
ところが、勇人にはその文字が読めなかった。
「ってコトは、これは躍字で書かれてるってコトか。まいったな」
「ハシに書かれた数字をご確認くださぃ~
んそれでは、その数の台に乗せられた食材を受け取りに行ってくださぃ~
食材の上にかけられた布にはぁ~ まだ手をつけないで下さいねぇ~」
ああ、それなら最後まで残った台が自分のものだってコトか。
勇人は若干安堵して、最後の台が確定するまで待った。
残った台は随分と、いや、尋常ではなく巨大なものであった。
一言で言うならば、家一軒分は余裕であるであろう大きさだ。
「ん私の記憶が確かならばぁ~
その布に隠された食材をぉ~
料理に使える大きさまで捌いていただきまぁ~す。
捌ききるのが最も早かった者がぁ~
あ、決勝戦進出とぉ~ なり んまぁ~~す。
んそれではぁ、料理 んはじぃめぇ~~~~」
予選通過の4名が一斉に布をはぎとった。
他の3名は、草原竜、大鉄鳥、海甲と一筋縄ではいかない食材ばかりであった。
が、勇人はその比ではない。彼の台に置かれていた食材。それは。
「
ミズハミシマ水竜・・・ねぇ」
ミズハミシマ水竜とは、名前の通りミズハミシマ近海を生息域とする水竜で、
脂肪が乗りつつも淡白で上品な味わいのあることから、おめでたい席での定番メニューの食材である。
ただ、その大きさたるや一人で捌く規模ではなく、一言で表すなら地球のジンベイザメと同規模である。
「くくく・・・やっぱこういうのが無くっちゃなぁ
<地球人>の俺が、そう易々と予選をさせて貰えるワケが無ェんだよな。
まったく想定内だよ。こんなコトもあろうかとってヤツだ」
勇人はそうつぶやくと、十数本の包丁を収めた革製の収納バッグを手に取った。
その中から出刃包丁を取り出すと、ミズハミシマ水竜の全身に包丁をザクザクと突き刺し始めた。
会場からは落胆のため息と、勇人を嘲笑う声があがったが、勇人はその作業を止めようとしなかったし、
そんな彼を見て、ファンナも一切不安そうな表情すら浮かべなかった。
「姐さん、もしかしてあの包丁って・・・」
「あの南蛮具足が購入出来るくらい高額の包丁ですの?」
「そうみたいやね。
ウチにはまったくアレが何なのかわからんかったけど、ユーノジの顔を見とると安心するわ。
勝てるんやねって」
「ぃよしッ!下ごしらえ終了!」
ドワーフの研ぎ師、メッサー・メッサー・シュヌルバルト謹製の特別な出刃包丁10丁及び、
愛用の包丁あわせて10数本をミズハミシマ水竜の全身くまなく差し込んだのち、
胸の前で両手をパンッと合わせて、拝むように勇人は叫んだ。
「包丁の皆!いつも美味しい料理を作らせてくれて、まことにありがとう!
今日も皆に美味い料理を食わせてやりてェんだ!頼む!手伝ってくれ!」
その叫びを聞き、その姿の滑稽さと内容の愚かさ加減に、会場中が爆笑で包まれた。
だが、笑いは次の一瞬で全てかき消された。
出刃包丁の柄の部分から、幼い子供のような声が響いたからだ。
『おおおーーーー!やってやんよーーーー!!!』
『ユートの頼みなら仕方ねー!!!」』
『ファンナ姐を泣かせるワケにゃあいかねー!!!」』
『メッサーの親父殿に恥ぃかかせるわけにゃあいかねー!!!』
それは、メッサー・メッサー・シュヌルバルトによって包丁の柄に刻み込まれた、
風精霊を呼び込むルーン文字に呼応して集まった精霊の群れの声であった。
風精霊だけではない。普段の調理場に居る炎の精霊や水の精霊、石の精霊、様々な精霊たちが終結していた。
「いけ!地雷包丁!」
勇人がそう叫ぶと、メッサー作の包丁10丁の柄が虹色に輝き、バスンッ!と音を立てて弾けた。
次の瞬間、ミズハミシマ水竜の全体に衝撃波が走り、血煙があがった。
血煙がおさまった時、調理台にはあれだけ巨大であった水竜の姿は無く、残ったのは食べごろの大きさの肉塊だけであった。
勇人が行なった捌き方とは、水竜の筋や関節部分を見極めた捌きのツボに包丁を突き刺し、
風精霊達が生み出した衝撃波を包丁によって水竜の肉に伝播させ、水竜を肉のブロックにしてしまう方法だったのだ。
彼はこれを、古い漫画をヒントにして生み出したのである。
それは<地球>の街中にある、小さな洋食店に置かれていたもので、彼が修行時代に読みこんでいたものであった。
そして言うまでもなく、勇人がトップで予選を通過していた。
「調理完了」
第四会場の喧騒を苦々しい表情で睨む一人の狸人がいた。
大都緑碧市の長であるアオイナンである。
彼は側近の一人を呼びつけると、激しい口調で問い詰めた。
「話が違うではないか!チキュウジンは水竜など捌けないと言ったのは貴様であろう!
決勝戦はどうなっておるのだ!このままもしアヤツが代表となれば、
ハンキョウ様との
お約束が果たせぬではないか!
ええい!決勝戦にも罠をはれ!何ならワシ自ら出向いてやるわい!」
フウフウと鼻息も荒く、怒れる狸人は血走った目で勇人の姿を睨みつけていた。
最終更新:2014年08月31日 14:41