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【住めば都の十津那荘①~人魚姫のいる部屋~】

「っしょっと」
 引越し代をケチる為自分で梱包した段ボール箱の山を崩し終わり、俺はホッと一息ついた。
 ここは瀬戸内海沿岸、地球の日本と異世界のミズハミシマを繋ぐゲート近くにあるとある県。
 そこにある十津那学園と呼ばれる地球人と異世界人が通う異文化交流学校の近くにある安アパートである。
 いや、安アパートと言うより激安アパートと言うべきかな。とにかく超格安なのだ。
「俺ってラッキーだよな~こんな近くに格安物件見つけられるなんてさぁ」
 そんな独り言が口から出てしまう程、この物件は破格の安さなのだ。相場から言っても安い方のアパート。その部屋の中でも一層安い部屋。それがこの部屋だ。
 曰く付き何じゃないかって?多分誰もがそう思ってこの物件に手を付けなかったのだろうけど、俺は違う。
 異世界や神やアンデッドが現実に居たこの世界。しかし幽霊は未だ見つかっていない。
「つまり、エルフも鬼もケンタウロスも、伝承の存在はどれも実在したけれど、幽霊だけは居なかったと言う結論なのだー! わーはっはっはっはっ! な~はっはっはっは」
 ド ン !
「わーごめんなさい」
 と言う訳で、これからお隣さん達に引越しソバを渡しに行かなければならないのだ。
「……二個持ってくか」
 そして俺は自分で食べようと思っていた分のソバを引越しソバの山に積み、部屋を出ようとした。

 ピ チ ョ ン 

「え?」
 その時、部屋の奥から物音が聞こえたような気がした。
 実はこの部屋に来てからまだ荷解きしかしておらず、他の部屋を回っていない。
 と言っても四畳半一室に台所と風呂場と便所が付いただけのこの部屋だ。選ぶ時に見た以上の物などない。今更改めて見る必要も無いだろうと思っていたのだが……。
「……き、気のせい気のせい!」
 俺は一瞬頭を過ぎった嫌な考えを振り払うように、引越しソバを持って急いで部屋を飛び出した。


 【住めば都の十津那荘】


「こんにちは~隣に越してきた大下ですー」
 と言うわけで俺はまず先程壁を叩かれた隣の部屋に挨拶に来た。
 俺の部屋が203号室なので隣は202号室になる。呼び鈴も無い貧乏アパートなのでドアをノックして声をかけたが返事が無い。
「あの~引越しソバ持って来ましたー。先程はすいませーん」
「……入れ」
 やっぱり怒ってるのかなと恐いおっさんを想像して腰が引けたが、挫けずまた声をかけたら意外にも返って来たのは若い女の声。
 入れの声に従いドアノブに手をかけゆっくりとドアを開けてゆくと……。
「お、おじゃましまーすっておわぁ!?」
 玄関に立ちはだかっていたのは頭が天井くらいまである大男のピエロだった。
 俺は驚き思わず持ってきた引越しソバ二つを落としそうになり慌てて体勢を立て直す。すると奥から出てきたのはどう見ても小学生か中学に成り立てくらいの小さな女の子だった。
「わっとと」
「な~にをやっとるんだ君は」
 放たれたその声は歳相応の可愛らしさがあるものの、口調は妙に大人びていると言うか、どうにもちぐはぐな印象を受ける。
 このピエロの人の子供かと思い俺はもう一度ピエロを見やると、そのピエロはどうも人ではなさそうだ。等身大の人形?のように見える。
 この子の持ち物か?変な物を持ってるななどと考えながら部屋を見やると何やら色々な機械部品が散乱していて酷い有様だ。
 どうにも考えがまとまらない内に目の前までやってきたその子は、余った袖を折り上げた白衣の裾を引きずりながら俺に挨拶をしてくれた。
「あ、あの」
ノームのユッコ・ベルテだ。君は今何歳だ?」
「え? あ、16歳……です?」
「そうか。なら私の方が年上だな。これからは私の事はユッコさんと呼ぶがいい」
「は、はい」
 エヘンと胸を張る動作が子供っぽい。お隣さんがいきなり異世界人のノームだった事は驚きだが、この子供っぽさは小柄なノームと言う事が理由では無い気がする。
 いきなり歳を聞いて上下関係をハッキリさせたがるとは、何か年齢についてトラウマでもあるのだろうか。
 そんな失礼な事を考えているとユッコさんが話しかけてきた。
「では、これから宜しくな。大下~……」
「大下勇次です。こちらこそ、宜しくお願いします」
「ユージか。なら私は炎髪灼眼のCV釘宮で対応すれば良いのかな。それともベタに浅野温子……いやいや、あの役柄は私のキャラではない。私はむしろもっとこう大人っぽい……ブツブツ」
 昔からよくあのドラマのあの役と名前が同じと言われるがそれ以外の事を言われたのは初めてだ。
 それにしても何の事を言ってるのか解らない。解らないがその後もユッコさんは何やら俺に解らない独り言をブツブツと続けている。
 終わりそうも無いので俺は次の部屋に行く事にした。
「あの~それじゃあコレでおいとましますんでー……」
「……ブツブツ……」
 最初の壁バンといい謎の人形といい部屋の乱雑さといい謎の呟きといい、どうも気難しそうな人でこれからが心配だ。
 俺は「絶対こいつ連コインした上に台バンして最後はリアルファイトしかけてくるタイプだ」と思いながら202号室を後にした。


「こんにちは~今日越してきた大下ですー」
「は~い……」
 次に俺が来たのは201号室だ。
 例によってドアをノックし挨拶をすると、中からは昼間なのに気だるい眠そうな女の人の声が返ってきた。
「あ、すいません起こしてしまいましたか? ごめんなさい。これ、引越しソバです」
「あ~お気になさらずぅ。私ぃアンデッドなのでぇ」
 ドアを開けるなり顔色の悪い人が出てきたので、二日酔いか体調不良なのかと思ったらアンデッドと来たものだ。
 202に続き201も異世界人の住人とは、ゲートが開いて以来こちらに住む亜人も増えたが、それでも珍しい割合の高さだ。
 アンデッドは異世界では太陽光に当たれない為昼夜逆転の生活を送るのが普通と聞く。
 だとすると、俺はこの人が睡眠中に起してしまった事になるではないか。
「それは本当に失礼しました! 俺、知らなくて……」
「い~のい~の。気にしないでぇ」
 大きなあくびを手で隠しつつ、アンデッドの人は俺の非礼を許してくれた。
 優しそうな人で良かったと思ったのも束の間、俺はある事に気が付く。そう、相手はアンデッドなのだ。引越しソバは食べられないかも知れない。
「そう言えば引っ越し祝いソバなんですけど……食べれますか? 無理なら今度別の物を」
「引っ越し祝いくれるのぉ? じゃあ遠慮なくぅ」
「え?」
 そう言うが早いか突然アンデッドの人は俺の首筋に牙を立て噛み付いて来た!
「かっぷんちょ」
「痛ぁっ!?」
 犬歯が首肉に食い込み刺さる痛さに、俺は思わずその人を突き飛ばしていた。
 真っ暗な部屋の中、玄関に倒れこむその人に俺は襲われたショックと痛みの感情をぶつけるように怒鳴る。
「きゃん」
「はぁ……はぁ……いきなり何するんですか!?」
「だってぇ引っ越し祝いぃ、くれるって言うからぁ」
「血はダメー!」
「え~~~?」
 何を勘違いしたのか非常識にも程がある行動に抗議した俺だが、相手はいまいち俺の怒る理由が解っていない様子。
 俺は考える。確か異世界の死者の国ではアンデッドは貴族様で、その領民の生者は家畜のようなものだとか。ならば今の行動や反応にも納得がいく。
 だが……と思い巡らせていた矢先、このアンデッドは突き飛ばされた玄関先でそのまま寝ようとし始めた。
「じゃあ~あたしもう寝るぅ~。おやすみなさぁ~~~い……むにゃ」
「あああ、もう。こんな所で寝たらダメですってほら」
「むにゃむにゃ……あぁ……この後ぉきっと私ぃ「うへへ、可愛い娘だな。死体なら何しても許されるよな? 矢追町成増みたいな事しても」ってぇ言われてぇ、酷い事ぉされるのねぇ……死にますぅ。そうなる前に私ぃ、舌噛んでぇ死にますぅ」
「もう死んでるでしょ貴女!」
 フリーダム過ぎる兎人のアンデッドを引きずり何とか部屋の中に戻してあげた俺は、この生物危険空間を脱出するように玄関を出る。
 とりあえず表札にシルキー・ブランネルと書いてあったので、俺は挨拶と自己紹介は済んだものとしてこの部屋を後にした。


「貴様……見ていたぞ。今その部屋の婦女子を暴行しようとしたな?」
「へ?」
 今度は1階の人達に挨拶しようとボロ階段をカンカン鳴らしながら下りると、101号室の前に警察、それもダークエルフの婦警が立っていた。
「とぼけても無駄だ! 本官そう言うのすぐ分かるんだからな! お前の体から出るその、エロオーラ的な何かとか!」
「はぃ?」
 言っている事は良く解らないが、どうやら俺は現行犯的な何かで逮捕されそうになっているらしい。
 さっきのシルキーさんを突き飛ばした後部屋に戻してあげた所を見ていたのだろうか?それなら酷い勘違いだ。
「とにかく部屋まで来なさい。そこでじっくり生しょ、取調べするから」
「ま、待って下さい! 誤解です、俺本当に何も――」
 こっちの事情を聞く前に警察署ではなく何故か101号室に連れて行こうとするダークエルフの婦警さん。
 女性なのに結構凄い力だ。
 俺はその力に抵抗しようと相手の引っ張る手をどけ様としたのだが――。
 プ ニ ョ ン 
『あ』
 あろう事か婦警さんの胸を触ってしまった!
 不可抗力とは言えこんな役得、いやいや悪い事するつもりは無かったのに。
 怒られるか叩かれるかと思い身構える俺。だが何故かダークエルフの婦警さんは俺の払おうとして胸を触ってしまった手を掴み、胸に当て続けた。
「うわー……とうとうやったな。現行犯だな。終身刑……だな」
「ちょ、だったらこの手を離して胸からどかして下さいよ! と言うか何で!? 何でこの人ブラしてないの!?」
「それはその方が気持ち良――貴様のような変態を捕まえやすいからだ!」
「お巡りさーーーん! 痴女でーーーす!」
「お回り産地所だと!? くそぅ所構わず発情しやがってさすが人間の雄と言った所か!? これはもう本官も本気出すしかないな!」
「誰か助けてー!」
 もう何が何だか分からない状態でもみくちゃに且なし崩し的に101号室に連れ込まれそうになった俺を、温かくてモフモフしたものが助けてくれた。


「助けて頂いてありがとうございます」
「どう致しまして。困った時はお互い様だもんね」
 今俺は102号室に居た。
 ダークエル婦警に部屋に連れ込まれそうになった瞬間、目にも止まらぬ早業でこの猫人の女の子が俺を助けてくれたのだ。
「エローラさんも悪気があってやった訳じゃないと思うんだ。驚かせちゃってごめんね。許してあげて?」
「あ、はい」
 エローラ、それがさっきのダークエル婦警の名前か。
 そんな事を考えながら俺はこのアパートの異世界人率の高さに驚いていた。2階建て全6部屋中、今の所4部屋までが異世界陣在中だ。
 不動産屋もオーナー兼一応管理人の婆さんもそんな事言ってなかったが、確かにこれは言い難い。
 今まで挨拶した3人全員、言ってしまえば色物揃いだったからだ。幸いにして皆可愛いか綺麗だった事が唯一の救いか……。
 今までの怒涛の展開に少し精神をトリップさせていると、猫人の娘が台所からコップに水を入れて俺に差し出して来た。
「私はナイア。ラ・ムールから来た猫人だよ」
「俺は大下勇次。これ、引っ越し祝いです」
「わぁ、ありがとー♪ 食べ物をくれるなんて良い人だね」
 俺は水のお返しとばかりに袋に入れてきた引越しソバをナイアに渡す。するとナイアはパッと明るい表情で嬉しそうにそれを受け取ってくれるのだ。
 こんな素直で可愛い反応……うぅ、今までの事を思う何だか涙がちょちょぎれそうだった。
 と、俺はやっと見る事が出来た普通の反応普通の女の子に感動していたのも束の間、ソバを受け取ったナイアの手に傷が出来ている事に気が付く。
「あの、その傷はまさかさっきの」
「うん、ダークエルフは戦闘民族だからさっきの一瞬に、ね。でもへっちゃらだよこのくらい。試練と思えばへっちゃらへっちゃら。えへへっ」
 そう言って太陽のような笑顔で傷口を舐める姿は可愛い猫そのものだ。
 ニコニコ明るい笑顔を振りまいて、今俺は猫耳が可愛いと言う奴の気持ちが解った気がした。
 すると、ナイアは何か思い出したようにタンスの引き出しから何かを持って俺の所に帰ってきた。
「そうだ、お近づきの印にコレ、あげるね」
 そう言ってナイアが手渡してきたのは一枚の紙切れ。何か文字が書かれているようだが読めない。
 何かお守りのような物なのかもしれないと思い俺は質問してみた。
「何だいコレ?」
「試練の精霊出張サービス券だよ」
「ぶーーーーー!!」
 試練の精霊と聞いて俺はゾッとする。だって試練の精霊と言えば噂に名高き……。
「これがあの悪名高いあの!?」
 折角のナイアからのプレゼントなのに俺はついそんな事を言ってしまう。
 その俺の言葉と態度から俺が嫌がっている事を知ったナイアは、それまでの笑顔を失いしゅんと悲しそうな顔を見せた。
「ご、ごめんね……私、貧乏だからそれくらいしかあげられる物が無くて……」
「あああ、嘘嘘! わー、嬉しいなー! これでいつでもどこでも試練出来ちゃうんだー!」
 彼女の笑顔を曇らせる事に罪悪感を感じた俺は、とって付けた様だったが大げさに喜んで見せた。
 するとその様子を見てナイアは、少し顔を戻し始めた。
「……ホントに? 嘘じゃない?」
「ホントにホント、マジほんと! 生まれた時からマジ本当!」
「良かった。これで私達お友達だね」
 やっと元の笑顔に戻ったナイア。俺は何とか彼女の笑顔を取り戻せた事にホッとした。
 だがホッと出来たのは一瞬、俺とナイアの間に一人の小さな人間、いや、精霊が居る事に気づいた。
 そう、試練の精霊である。
「ああ、友達……って、ん? わーーー!! 早速来たー!?」
「大下くん行ってらっしゃーーーい」
「うわぁぁぁぁ……」
 試練の精霊の「こんにちは! こんにちは! こんにちは!」と言う声を聞きながら、俺は何処か謎の試練フィールドに飛ばされるのであった。



「……ぁぁぁぁああって痛っ!?」
 謎時空を抜け俺が現れたのは、どこかの部屋のようだった。
 硬いようで柔らかいようでもある地面。畳の上に落下したお陰で怪我をせずにすんだようだ。
 そう、ここは畳の敷かれた四畳半ほどの広さの部屋なのだ。
「あれ? ここは……」
「危ない所だたネ」
 と、急に後ろからかけられた声にびくりと反応し振り返る俺。
 そこにはピンと尖った動物耳と細い目が印象的な女の子がいた。
「あなた試練的精霊にも少しで連れてかれる所だたヨ。それを私、仙術で助けた」
 この狐目の少女(と言うか狐人か?)は俺を仙術で助けたと言った。仙術、つまりこの娘は仙人だと言うのだ。
 仙人とはハイエルフや上級アンデッドのように限定的神の力を行使する存在と聞く。
 そんな凄い人がこの界隈に?と驚きながらも、俺は仙人なら試練の精霊から助けられて当然かなどと変に納得してしまった。
「あ、危ない所をありがとうございます。あの、ところで此処は」
「ここ103号室。あなたの部屋の真下ヨ」
 何とここは俺のいるアパートだと言うのだ。
 つまりアパート最後の住人は異世界から来た仙人だったと言う事である。レベル高すぎだろうこのアパート。
「え!? そうなんですか? 挨拶が遅れてすいません。俺、大下勇次って言います。今日からここに引っ越してきました」
「知てるヨ」
「え?」
「私、仙人。仙人何でもお見通しネ」
 本当にお見通しか否かは別として、何だか無闇に凄そうに見える。これが仙人のオーラと言うものなのだろうか。
 とにかく俺はこの仙人と会話を続ける事にした。
「私、ウキツコンス言う。修行のため延から来た」
「へぇ、修行の為なんて偉いですねー。俺なんて今まさに試練から逃げた所だってのに」
「ん? やぱり試練、やりたかたか?」
「いえいえいえ! やりたくなかったです!」
「そうか。ならいい」
 ところで何故この人はさっきから中国人風日本語を喋っているのだろう。などと思っていると、ウキツさんが急に俺の顔をジロリと見上げこう訊ねてきた。
「今、私の声変思ただろ」
「え!? べ、別にそんな事」
「嘘つくの止めるヨロシ。仙人に嘘、通用しない」
「う……ごめんなさい」
 まさか本当に仙人は何でもお見通しなのだろうか。
 いや、きっと本人もこの喋り方を自覚してるから鎌をかけてきただけだ。しかしもし読心術や未来予知のような事が出来るとしたら……。
 とりあえず謝ってはみたものの、もし仙人を怒らせちゃったら大変だなぁ、などと考える内、ウキツの顔がパッと笑顔に戻った。
「冗談ヨ。あなたとても嘘下手。仙人じゃなくても分かるヨ」
 へぇ、仙人でも冗談とか言うんだ。俺は一気に気が抜けてしまってリラックスする事が出来た。
 そんな俺の様子を見ていたウキツは安心したように、再び俺に話しかけてきた。
「私、修行のためここ来てる。翻訳精霊、使てない」
「え!? 普通に日本語勉強してそんなに喋れるんですか!?」
 何とこの仙人は翻訳精霊無しで地球の日本語を喋っていると言うのだ。
 それは凄い事だ。翻訳精霊と言う便利なものがあるせいで地球と異世界間の言語伝達は遅々として進んでいない。
 つまり本当の意味の通訳など地球側にも殆どいないのだ。それが彼女は今それをやってのけていると言う。
「すっごいな~。ウキツさんてホントに凄い仙人なんですね」
「お、煽てても何もでないヨ」
 俺に褒められたウキツさんは照れくさそうに耳を弄った。
 そして俺が挨拶回りも終わり部屋に帰ろうとした時、再び顔を赤くして「また会おう」と言ったんだ。
「でも、ちょっと嬉しかたヨ。ありがとユージ。謝謝。再来」


「はぁ、ホント色んな人が居たなぁ」
 全ての部屋を回り終わり近所のコンビニで夕飯の弁当を買ってきた俺。
 両手包帯ぐるぐる巻きで顔色の悪い美人エルフの店員さんにドキっとしながらも、この街の異世界人の多さに少々不安を感じ始めていた。
 しかし良く考えればここは地球人と異世界人が共に通う『十津那学園』のお膝元。俺が元居た、と言うか他の地域に比べて異世界人率が半端無く高い事も当然か。
「今日からここに一人暮らしか……ちょっと心配になってきた――ん?」
 そして重苦しい気持ちのまま部屋のドアを開けた俺の目に飛び込んできた光景は――。
「ええぇぇぇえ!?」
 最後に見た時と配置が変わり明らかに多く開けられているダンボールの山。そしてその周りに広げられた品物の数々。
 そう、荷物を他者に物色された形跡がありありと見て取れるのだ。
「な、何この何!? まさか泥棒? こんな引越し初日から!?」
 今までの人生で泥棒に遭った事などない俺は焦ってしまった。だって鍵もしっかりかけて出た筈なのに!
 まさか「これも試練ですよ!」って感じで試練の精霊の仕業じゃあるまいな!?
「シャワーの音……くそっ、なんて図々しい泥棒なんだ! 盗みの後一っ風呂浴びていくとは良い度胸してんじゃん。とっ捕まえて警察に突き出してやる!!」
 その時俺は気付いていなかったんだ。
 この物件が超格安だった理由が幽霊でも何でもなかった事を。そして……。
「こらーーー!! どろぼ――え」
「きゃあああああああああ!!」
 パ ン !
「いってぇー!」
 この時の出逢いが俺にとってあんな……。


 ~第一話 人魚姫のいる部屋~


「スケベ、変態、痴漢、覗き魔、痴れ者、変質者」
「ふざっけんな! 思いっきり殴りやがって……て言うかお前誰だ!」
「私はこの部屋の主よ! あんたこそ誰なのよこの不法侵入者!」
「俺がこの部屋の家主だー!」
 引っ叩かれて赤く手形が付いた頬を押さえながら、俺は今脚が魚の女と向かい合っていた。
 事の顛末はこうだ。
 俺が自分の部屋に帰ってきたら荷物のダンボールが漁られていて風呂場から音がしたので泥棒かと思って踏み込んだら入浴中の人魚にビンタされた。
 そしてその人魚は俺の部屋を自分の部屋と主張している。開けられていたダンボールも人魚の物だったらしい。
 人魚は尾っぽを乾かした後薬を飲んだら尾っぽが人間の足になった。そして今俺はその人魚と言い争っている。説明終わり。
「嘘つくんじゃないわよ! ここは私が超格安で見つけたお宝物件なんだから、それを横取りしようったってそうは問屋が卸さないわよ!?」
「それはこっちのセリフだっての! この契約書が動かぬ証拠だー!」
「こっちだって契約書くらいあるわよバカにしないでくれる!?」
 俺と人魚は同時にこの部屋の契約書を出して相手に見せ付けあった。
「むむむむむむ……え?」
「うぬぬぬぬぬ……ん?」
 相手の契約書と睨み合った後、あるおかしな文言を見つけ続いて自分の契約書を読み直してみる。
 するとあった。相手の契約書にあったおかしな内容と正反対のおかしな内容が。
『ああぁーーーーーーーー!!??』
 はもる叫び声。それは全くの同時だった。
 俺達は互いの顔を見返した後、このふざけた契約書をかざしてこう言った。
「私のこれ! お風呂と台所だけ借りる契約になってるぅ!」
「俺のはこの四畳半だけだ! こんな契約有り得るのか!?」
 向かい合った状態からそのまま後ろに倒れこんだ俺と人魚。全くアホらしい落ちだ。こんな事で俺はこんな状態になっちまってたと言うのか?
「どーりで安すぎると思ったのよ……確かに安ければ何でも良いって言ったけど、いくら人魚でも風呂場で寝泊りしろって冗談きついわ」
「あのボケババァ、俺は幽霊が同居でも良いからとは言ったが生きてる人魚が同居なんて良い訳ないだろ」
 お互いこんなインチキ契約を結んでいた事に気づかず浮かれていたと知って、俺達はそれまでの事が急に馬鹿らしくなり溜め息をついた。
『はぁ……』
 しかし実際問題この二重契約、いったいどうしろと言うのか。
 お互い契約範囲内の場所だけでは生活できない。かと言って見ず知らずの相手といきなり同居生活など不可能だろう。
 男としてはこの人魚結構可愛いし、女と一緒の生活は悪くはないのだが……いかんせんいきなりビンタするような、しかもその後男の俺と一歩も引かず言い争いするような気の強い可愛くない女と同居などごめんだ。
 120%ケンカになる。上手く行く筈がない。つまり平和な生活を送る為にはどちらか一方しかこの部屋には残れないのだ。
「で、あんたどうするのよ?」
「どうするもこうするも、今更金も無いのに出て行けねぇよ。嫌ならあんたが出てってくれ」
「はぁ!? か弱い乙女に出てけって言うの!? 冗談じゃないわよこの裸猿が! 男のあんたが出てきなさいよぉ!」
 予想通りの反応に辟易する。
 やっぱり無理だ。この女とは仲良くなれそうに無い。
「嫌なこったパンナコッタ! お前出てけよ荷物外に放り出すの手伝ってやっから!」
「最低! あんた最低! どこまで最低なのこの男は!? 私の裸見た慰謝料100万円払えこのドスケベ猿ー!」
 ド ン !
『すいませーん!』
 再びヒートアップする言い争いに隣のユッコさんが怒ったようだ。
「とにかく、もーこんな所に居られないわ! 私は出て行く!」
「おーおー好きにせい」
 推理小説なら死亡フラグになるようなセリフを言い、人魚は部屋を出て行く準備をし始めた。
 和服と洋服を足したような独特の服を着て、バッグを手に持ち玄関へと向かう。
「この封筒に入ったお金は慰謝料兼家賃として取っとくから」
「な!? それは俺の――返せ!」
 この性悪人魚!やっぱり人の荷物漁ってやがったな!?落とした時の事を考えて財布と生活費を分けておいたのが仇となったようだ。
「アハハハハッ! また会おう明智くん!」
「こらーーー! 返せーーー!」
 何で異世界人の女が怪人20面相なんか知ってるんだ!と言う突っ込みは置いといて、人魚はそう言い残すと足早にここを去っていった。
「くっそー、後で絶対取り返すからな! マジで警察に被害届出してやるからな覚えてろよ!」
 次の生活費が入るまで2週間を1万円で過ごさねばならないとは……出来そうな出来なさそうな微妙な金額だ。一日二食なら可能か。
 それにしても……。
「……どこか伝手があんだろ。知った事じゃねー」
 あの人魚、異世界から越してきたばかりなのにどこか泊まる伝があるのだろうか?
 いや、人のなけなしの生活費を盗むような奴に同情などいらねー。俺はあの性悪人魚の事は忘れて荷解きを進める事にした。
 時刻は夕方を回りじき夜になる。それまでにせめて寝れる位にはしておかないといけない。俺は人魚の荷物を部屋の隅にどかし作業を始めた。


 時刻は夜10時過ぎ。先程から降ってきた雨は安アパートの屋根にぶつかり雨音の音楽を奏でている。
 雨漏りしないだけありがたいが、正直五月蝿くて作りが安普請な事を強調している。
「大丈夫かな……あいつ」
 ふとそんな言葉が口をついて出てしまう。ああは言ったものの俺も鬼じゃない。正直本当に出て行くとは思って居なかったのだ。
 それが勢い任せなのか何なのか、あっさり出て行くものだから、お金を取られた怒りも相まって行かせてしまった。
「少し心配……かな。やっぱ」
 見ず知らずの他人だが女の子だ。こんな夜中にふらつくのは危ない。何かあってはやっぱり可哀想だ。
「異世界人、かぁ。異世界に住むってどんな気持ちなんだろう」
 俺はここに引っ越してくる時、同じ日本国内なのに結構ドキドキした。上手くやっていけるか、良い所か、不安だったからだ。
 それを文化も人も食べ物も、何もかも違う異世界に移り住むと言ったらどうだ。外国に住むだけでも想像するだに大変そうなのに、想像もつかない。
 きっと凄い勇気が必要だと思う。それなのに俺は異世界の人に、それも女の子に「出て行け」などと言ってしまったなんて……。
「……やっぱ気になる。このままじゃ寝れねー」
 見慣れない異国の町を夜彷徨うのは不安だろう。どんな人が住んでるかも解らない国で一人ぼっちは恐いだろう。
 俺はジャンバーと傘を引っつかんで、まだ肌寒い雨の中部屋を飛び出した。


「人魚? ここには来ていないぞ」
「来なかったわねぇ。なぁにぃ、彼女さん~?」
「来ていないが……もしや事件か!?」
「来てないけど、ニ、三日居なくなるなんてラ・ムールじゃ日常茶飯事だから大丈夫だと思う。試練的な意味で」
「人魚的女人? 来てないネ」
 とりあえず他の部屋にあいつが来ていないか聞いてみたが、案の定訪ねていなかった。
 一体どこに行ったと言うのか。知り合いがいればそこなんだろうけど、居るのだろうか? 知り合いが。
「とりあえず自分ならどこに行くか考えてみよう」
 突然泊めてくれと言って泊めてもらえる知り合いとなると余程親密な相手しか居ない。
 そんな親友や恋人が居なければ俺ならどこで時間を潰すか。
 夜中中やっている所となればまずコンビニ。ここならただで何時間でも居られる。次にファミレス。ドリンクバーでも頼めば朝まで居られるだろう。
 眠りたければ漫喫か。ここも有料だな。他に安い所と言えばカプセルホテル……ってこの街にあるのだろうか?
 とにかく俺は思いつく限りの場所を訪ねてみる事にした。
 こんな夜中に歩き回る羽目になるとは……けど仕方ないか。何かあったら夢見が悪いからな。
 俺はブツブツ文句を言いながらコンビに向かった。


 2時間ほど歩き回り時刻は12時半。
 結果、あいつはどこにも居なかった。コンビニにも、ファミレスにも、漫画喫茶にも、カプセルホテルは教えてくれなかったが多分居なさそうな気がする。
「知り合い……居るかもな。いや、きっと居るだろう。居る筈だ」
 そう言って自分を納得させようとした。
 夜中夜中と思っていたが、本当に真夜中になってしまった。もう流石にこれ以上は探せない。
 降りしきる雨は止む気配なく、夜風はますます冷たくなってゆく。
「う~寒っ。何かあの時を思い出すなぁ」
 春先のこんな寒い雨の夜。俺は昔動物を飼いたいと駄々をこねて家出した事があった。
 その時も確か引越しした直後で、寂しさからペットが、友達が欲しかったのだ。だが来たばかりの土地で行く当てなどない俺は……。
「あっ、もしかして」


「こんな所に居たのか」
「何よ? 何か用?」
 あいつが居たのはアパートの近所の公園だった。
 公園の屋根のあるベンチで、足を尾っぽにして一人座っていたのだ。
 俺は傘も差さずびしょびしょのこいつに、今更とは思ったが傘を差し出した。だがあいつは無反応だ。
 そう言えば薬で尾っぽを足に変える時、足をよく拭いていたのを思い出す。もしかして足が水に濡れると人間の足を維持できないのかもしれない。
 街灯に照らされて光る尾っぽは、よく見ると尾っぽのまま帰ろうと試みたのか傷だらけだったから……。
「さっきは悪かったよ。ごめん」
「何それ。まさかそれ言う為にこの雨の中来たって言うの?」
「まーな」
 謝りたかったのは本当だ。だが本当はそれだけじゃない。
 こいつが心配だったから……などと言える筈もない。
 今更雨に冷やされたせいか冷静になってきた俺の頭は、見ず知らずの男が心配だったから2時間以上も探し回ったなどキモイことこの上ない事に気づく。
 恥ずかしいは自分キモイは、俺は平静を装うのに必死で「まーな」の一言しか言えなかったのだ。
「ま、覗きの件は許してやるわ。責任は取らなくて良いから」
「へいへい」
 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、人魚は少し冗談めかして声を返してくる。
 向こうも少し照れているように見えるのは俺の願望だろうか。
 とにかくもうこうして雨の中意地を張り続けている必要は無くなったわけだ。俺は人魚に「帰るぞ」と言い、人魚はそれに「うん」と答えた。
「よっ、くっ……この……え?」
 とは言え尾っぽのままでは歩けない。
 人魚がそれでも頑張って動こうとしているのを見て、俺は黙って人魚に背中を向けしゃがみ込んだ。
「ほら、誰も見てねーから」
「なっ!? 誰があんたなんかに――」
 それはおんぶして帰ってやるぞと言う意思表示だった。
 その意図を読み取った人魚は今度こそ赤面して恥ずかしがったが、俺が黙って真剣な顔で背中を向けていると、やがて背中にずしりと重みを感じた。
「ありがとう」
 そう言った人魚の体は冷え切っていて、俺は自分の体温が熱く感じられていると思うと何だか妙に恥ずかしい気持ちになった。


 アパートへの帰り道、街灯に照らされ人っ子一人居ない道を俺は人魚を負ぶって歩いていた。
 途中「重い?」「別に~」「嘘。今絶対重いって思ってたでしょ?」「女の子一人ぐらい軽いもんだよ。マジで」「そう……結構力あるのね」「そりゃどーも」と言う会話があったが、それ以外は終始無言で家の玄関まで着いてしまった。
 正直言って気まずかったが、それもこの玄関を開けて部屋に入れば終わりだ。またもとの他人同士に戻る。
 そう思っていると、玄関を開ける時人魚が急に口を開いた。
「ウツホ」
「え?」
 ウツホ、と言った気がする。ウツホとは何だろうか。一瞬何の事か解らなかったが、次いで出た人魚の言葉で俺は全てを理解できた。
「ウツホ。私の名前よ。あんたの名前は?」
「勇次。大下勇次だ」
「ふーん」
 人魚――ウツホを玄関に下ろしてタオルを取ってきて渡してやる。
 それを受け取ったウツホは部屋を濡らさないよう体を拭き、そして今度は両手を伸ばし何かを訴える様な視線を俺に送るのだ。
 俺はそれに無言で答え、ウツホを抱えて風呂場の前まで運んでやった。
 風呂場の戸を閉める間際、ウツホはこちらを見ないまま俺に言ってきた。
「その……これから宜しくね、ユージ」
「こちらこそ宜しくな、ウツホ」
 昨日まで赤の他人だった。
 いや、正直さっきまで、公園でウツホを見つけるまでは他人のままだった。
 しかし今は知り合いくらいにはなった気がする。少なくとも俺はそう感じた。
「でもあんた、いくら私が可愛いからって夜這いかけて来たら殺すから」
「そんな事しねーよ」
 戸を閉めた向こうからそんな悪態をついてくるウツホだが、今はもう最初の時みたいに腹は立たない。
 こいつはきっと、別に悪気があって言っている訳じゃないんだ。そう思えるから。
「バカ」
「へいへい」
 そう言った扉の向こうのウツホの顔は、俺には見えなかった。


 ―終わり―


  • koredake -- ( ) 2012-06-09 05:15:35
  • 失敬、これだけキャラが出てきてどれもがガッチリ立っているのは驚き楽しい。毎日がお祭り状態になりそうで身が持つのか??とちょっと心配した -- ( ) 2012-06-09 05:18:26
  • どう考えても部屋の間取り以上の広さになっている異次元部屋とかありそう -- (名無しさん) 2012-06-09 08:05:03
  • ユッコさんって何歳なんだろう?もしかしてユッコさんって外典シリーズと関係アリ? -- (名無しのとしあき) 2012-06-11 12:03:25
  • 実は~ともったいぶる程の事じゃありませんが、ユッコユッコ=ユーゲン=ユベルテ略してユッコ=ベルテとして出しました。この頃はまだ弱いです -- (作者) 2012-06-12 02:32:08
  • ユッコさんが人形遣いだというなら大男ピエロもkeywordの可能性アリかな。ユッコさんの年齢については質問祭で回答あったの見落としてました。スマヌ。 -- (名無しのとしあき) 2012-06-12 13:26:46
  • 気をつけよう妙に安い賃貸物件。どの住民もフレンドリーなのですがこの嵐にもみくちゃにされるような現実を謳歌できる人だけが残っていった結果が今の荘なのかなとも思えました -- (名無しさん) 2014-08-03 19:44:57
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最終更新:2012年06月04日 01:44