自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

042 第34話 真相

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第34話 真相

1482年 8月2日 サンディエゴ西300マイル沖 午前9時

戦艦ワシントンは、寮艦サウスダコタと共にサンディエゴを出港後、時速12ノットのスピードで
ヴィルフレイングに向かいつつあった。
サンディエゴを出港してから1日足らず。アメリカの大地は、既に水平線の彼方に消えていた。

「兄さんや親父、妹、おふくろとも、しばらくは会えないな。」

ワシントンの甲板上で、リューエンリ・アイツベルン大佐は淡々とした口調でそう呟いた。
年は36を数えるが、顔立ちは大人にしてはどこか子供のようにあどけなく、口元に生やしている立派な
コールマン髭がなければそのまま大学生としてもやっていけそうなほどである。
身長は180センチで、体格は海軍軍人らしくがっしりしている。それなのに、肌は白い。
彼は、元々フィンランドに住んでおり、昔は名のあった貴族であったが、アメリカに移住時には没落貴族となっていた。
10歳のころ、リューエンリは家族や使用人と共にアメリカバージニア州、ノーフォークに移住し、
そこで薬局を開いて新たな生活を送った。
今では彼の兄が継いだ薬局の経営は軌道に乗り、ニューヨークに支店を出そうという話も出ている。
兄が薬局、妹3人が自動車会社や航空会社に務めたに対して、リューエンリは18歳に海軍兵学校に入学し、今に至る。

やあ参謀長、どこか具合でも悪いのかね?」

後ろから声を掛けられた。振り向こうとすると、傍らにとある人物が現れた。

「あっ、リー司令。」
「家族の事でも気になるのかな。」

第5戦艦戦隊司令官である、ウイリス・リー少将は微笑みながら彼に語りかける。
外見はどこぞの大学教授のように見え、痩せ気味である。
遠くから見れば、アイツベルン大佐とリー少将は学校の教え子と先生の関係に見えるだろう。

「まあ、少しばかり。」
「少しばかりか。正直だな。」

リー少将はそう呟きながら、ずれかけた制帽を被り直した。

「だが、気になるのは他にあるのではないかね?例えば、慣れぬ仕事を任された事に対する不安、とか。」
「ハハハ、見透かされていましたか。」

アイツベルン大佐は苦笑しながらリーに言い返す。

「分かるさ。顔に書いてある。まあ、無理も無いな。」

リー少将は彼の肩を叩きながら言った。

「いきなり戦艦部隊の参謀長という大役を任されたのだから、仕方ない。」

アイツベルン大佐は、リー少将によって第5戦艦戦隊参謀長に抜擢されたが、その前は軽巡洋艦セント・ルイスの艦長だった。
リューエンリは兵学校で砲術を専攻し、卒業後は地上勤務と洋上勤務を均等にこなしていた。
洋上勤務では、卒業後に戦艦ペンシルヴァニアに乗り組み、その後は駆逐艦ジョンDフォード、重巡洋艦ペンサコラ、
ソルト・レイクシティ、軽巡洋艦ラーレイ、メンフィスに乗り組み、1940年10月から軽巡洋艦セント・ルイス艦長に就任した。

卒業以来、様々な事を学んだリューエンリは、初めての艦長となったセント・ルイス勤務時に乗員をよく鍛え抜き、
その結果は11月12日の海戦で現れた。
その時はセント・ルイスも大破同然の被害を受けたが、敵巡洋艦1隻をウィチタと共同で撃破し、2隻を単独で撃沈破するという
獅子奮迅の戦いぶりを見せている。
修理を終えた後、セント・ルイスは第23任務部隊に復帰し、リンク・ショック作戦では、終盤に
マオンド軍のワイバーン5機の急降下爆撃を受けたが、卓越した舵さばきで全弾回避している。
地道ながらも実績を重ねたリューエンリは、ノーフォークに帰港後、突然第5戦艦戦隊の参謀長に抜擢され、
7月20日には戦艦ワシントンに乗り組んで、戦隊司令部の一員となった。
傍目から見れば、一介の巡洋艦乗りが、主力の座から落ちたとは言え、強力な戦艦で編成される戦隊の司令部要員に選ばれるのは
見事な栄転と言える。
しかし、本人の気持ちはどこか晴れなかった。

「戦艦という艦種は、自分も砲術を志す身ですから憧れではありましたが、主に巡洋艦に乗っていた身としては、
しっかり状況を把握できるか?これからも他の幕僚の意見をきちんと理解できるか?とか、色々不安です。」
「確かに。勝手が違うからな。だが、私から見れば、君はじきに慣れると思う。若いながらも、君の技量は
他に引けを取らんし、部下の使い方も上手い。セント・ルイスがいい見本だ。あの艦の連中は君に鍛えられたお陰で、
大西洋艦隊所属の巡洋艦の中でも優秀な乗員が乗っていると、あちこちから言われているぞ。
その事からも、君はこの戦隊でも充分にやっていける。」
「はっ、恐縮であります。」

リューエンリは体を固くして頷いた。
リー少将は、アメリカ海軍の中でもレーダー射撃の権威として広く知られているが、人に対しての評価は
容赦が無い事でも知られている。
あいつが良いのならば良いと判断するが、使えぬ奴ならその者の内心を深く抉るような言葉も平然と言う。
そのリー少将が、自分を良い方向に評価している事に、リューエンリは身が引き締まるような思いになった。

「私もプロだが、君もプロなのだ。そう固くならず、リラックスしながら仕事をしよう。
仕事は楽しくないとやっとれんからな。」

リーはそう言って、笑い声を上げた。

「ところで参謀長、この間の視察の際にみたあの艦、君はどう思うかね?」

リー少将はひとしきり笑った後、リューエンリに聞いてきた。

「あの艦ですか。」

リューエンリはそう呟きながら、1週間前に行った視察を思い出した。


その日、リー少将とアイツベルン大佐はニューヨーク造船所に視察に赴いた。
造船所は、建造中の空母、戦艦等の新鋭艦が何隻かあった。
その中の1隻に彼らは注目した。
建造ドックにあった大型艦は、船体部分が7割型完成しており、今年中には船体は完成し、来年1月までには
進水式を終え、6月に完成、43年9月か10月頃には2番艦と共に艦隊に編入できる、とドックの責任者は言っていた。
ドックの大型艦を見せられた後、2人は造船所の事務室に入り、そこで様々な話を交わした。
そんな中、とある艦の話題に移った時、彼らは2つの模型を見せられた。

「この模型は、こっちが前案で建造した場合の完成模型、こっちが改定案で建造した場合の完成模型です。」

造船所の所長はそう言って2つの模型を並べた。その模型は、大型巡洋艦案のアラスカと、巡洋戦艦案のアラスカだった。
その姿からして、2つの模型の形はどこか違っていた。

例えば、大型巡洋勘案では、長い割にほっそりとしていた船体が、巡洋戦艦案では狭い幅が幾らか太くなり、
全体的にバランスが整っている。
主砲は前案より大きなものになり、所長は旧式戦艦と打ち合っても互角以上の戦いを見せると太鼓判を押した。
次に、5インチ連装両用砲の配置で、前案ではクリーブランド級、ボルチモア級のように前部艦橋、後部艦橋の前に
連装両用砲が配置されていた。
巡洋戦艦案では、前案の配置を廃し、左右両舷に4基ずつの連装砲を配置した。
又、艦橋はアイオワ級戦艦に採用されたものとほぼ同じものを使い、前案で指摘された艦橋の視界の悪化が改善された。
航空兵装に関しては、思い切って全廃し、空いたスペースに対空火器を増やす事に決まった。
巡洋戦艦案では、連装両用砲の配置は、ほぼ新鋭戦艦に準ずる形となり、全体的なイメージでは、
艦橋が大きく様変わりしたことで、アイオワ級戦艦の縮小艦にも見えた。
この模型を見た時、リューエンリは思わず見とれてしまっていた。


「いい艦です。姿形は野暮ったい船ばかりを作る合衆国の軍艦にしてはかなり綺麗ですし、砲力は巡洋戦艦にしては申し分なく、
おまけにスピードも速い。問題のほうは後々出てくるでしょうが、模型を見た時は、チャンスがあれば一度は乗ってみたいと
思いました。」
「同感だ。前案に比べれば、より洗練された感があったな。もしかしたら、君のような巡洋艦乗りには合うかもしれないぞ。」

リー少将は笑みを浮かべながら彼に言う。

「君も知っていると思うが、巡洋戦艦というものはな、元々は巡洋艦の特性も持ち、戦艦の特性も持つ艦種なのだ。
だが、余りにも欲張りな艦種だから失敗も多かった。しかし、あの造船所に行ってからアラスカ級こそ、巡洋戦艦という
艦種の完成した形なのだと、私は思ったのだ。攻・防・走があれほどバランス良く整った巡洋戦艦は、
恐らくアラスカ級ぐらいだろう。」
「なるほど。そうなると、ますますあの艦に乗ってみたくなりました。」

リューエンリは笑みを浮かべながらそう言ったが、内心としてはそう簡単には願いは叶わないと思っていた。

「だが、その前に我が戦隊で頑張ってもらわねばな。これから君に期待しているぞ、ミスター・アイツベルン。」

リー少将は微笑みながら、彼の背中を叩いた。それにリューエンリは身を引き締め、

「ご期待に添えるよう、微力を尽くします。」

と、改めて決意した。


1482年 8月7日 アメリカ合衆国サンディエゴ 午後12時

キンメル大将は、久しぶりに南大陸特使派遣団のリーダーであるレイリー・グリンゲルと再会した。
ドアから現れたグリンゲルを見るなり、キンメルは表情を緩めながら出迎えた。

「やあ、久しぶりだね。」
「こちらこそ、キンメル提督。」

キンメルは執務室にあるソファーにグリンゲルを座らせ、彼は向かい側に座った。

「3ヶ月ぶりか。」
「ええ。前回は5月に会いましたから、そうなりますね。」
「早いものだな。所で、今日はどのような用件があって、来たのだね?」
「ええ、南大陸の現状報告を伝えに来ました。」

レイリーは表情を引き締めてから、キンメルに報告を始めた。

7月23日、首都を占領されながらも、残存軍が粘っていたヴェリンス共和国が、シホールアンルの
大攻勢によって残っていた領土を完全に占領され、敵の支配勢力がミスリアルの国境までに迫った。
ミスリアル側は、このままシホールアンル軍が勢いに乗じて越境攻撃を仕掛けてくると思ったが、
予想に反して進撃はストップし、シホールアンルはミスリアルと睨み合う形で膠着状態となった。
7月29日にはカレアント公国の被占領地で住民の暴動があったものの、シホールアンル軍はこれに
2個師団を投入して鎮圧し、スパイ情報によると500人が殺害され、1000人が連行されたという。
一方でアメリカ軍もここ数日で手痛い損害を受けていた。
7月30日には、シホールアンル軍の後方兵站基地を空襲していたB-25の編隊が、突然現れたワイバーンの大群に
襲撃され、作戦に参加した30機のP-38と70機のB-25のうち、P-38が6機、B-25が10機未帰還に
なるという大損害を受けた。
8月3日にはB-17の編隊にもワイバーンの大群が突如として現われ、60機のB-17のうち、
実に8機が未帰還となり、7機が使用不能になる損害を受けた。
航空戦では、シホールアンル側はアメリカ側を意外と苦しめており、第3航空軍では近々、
戦闘機のみで編成した攻撃隊を持って、敵戦闘ワイバーンの撃滅に乗り出す腹である。

「しかし、カレアント公国は航空戦のみで、地上戦は小さな小競り合い以外に起きていない。
シホールアンル海軍も鳴りを潜めている。正直言って、我が太平洋艦隊司令部でも敵が何を考えているか
分からずじまいだよ。」

キンメルは苦笑しながら、レイリーに言った。

「それは私もです。」
「ミスリアル王国には、そちらの皇女殿下が指揮する情報機関があるようだが、そちらからは
何か最新情報は入っていないかな?」
「いえ、特に目立った情報はありません。シホールアンル側は相変わらず、前線に大軍を貼り付けたまま、
こちらの反撃に備えているのみです。」

「うーむ・・・・・・ここ最近は、敵側のほうでも増援部隊を後方に待機させているし、航空兵力も
続々と送られて来ている。陸軍航空隊も、以前のように楽に戦いを進められなくなってきている。」
「シホールアンルも学んでいます。強い敵に対してはどう対応すれば倒せるか、常に学習しています。
そして、対処法を見出せば彼らは一段と強くなります。」

キンメルは顔をしかめながら、その言葉に頷いた。

「全体的にはこちらが優勢。しかし、目を凝らせば所々でシホールアンルは差を埋めつつある、と言う事か・・・・・
アイゼンハワー将軍もきっと、悩んでいるに違いない。」
「バルランド王国では、一部で反撃に移るべきとの意見が上がっているようです。」
「それはいかん。」

キンメルがはっとなってレイリーに言い放つ。

「確かに、シホールアンル側は前進をストップさせているが、敵の出方が分からん以上、こちらから打って出るべきではない。
太平洋艦隊も、南西太平洋軍も、敵に装備こそ勝るが、数は多いとはいえない。太平洋艦隊は続々と新鋭戦艦や新型艦が
配備されているが、主役たる正規空母は、はっきり言ってこれで充分とは言えぬ。南西太平洋軍にしても、今配備中の
増援3個師団を合わせてまだ6個師団分の地上軍しかいない。航空兵力も充分じゃない。そんな中、こちらから
打って出ようというのは危ない。」
「私も同意見です。シホールアンルは、カレアントに80万の大軍を貼り付けており、ワイバーンの数も、以前よりも
増大しています。それに対して、南大陸連合軍は数こそありますが、装備は劣っています。アメリカ軍の援護があるにしても、
反撃作戦を行えば、これまで以上の犠牲を払うのは明確である、と私は確信します。」
「参ったものだ。連合のリーダーであるバルランドがそのようでは、太平洋艦隊、いや、我が合衆国は困るな。
せめて、来年の8月、遅くても10月あたりまでは大規模な反攻作戦は待ったほうがいい。来年になれば、
ワイバーンを圧倒しうる航空機も、陸軍の装備も充実する。海軍も、新鋭空母を艦隊に編入して、敵の反撃に備えられる。」

現在、キンメルの指揮する太平洋艦隊の主力は、旧式戦艦4隻、新鋭戦艦3隻、正規空母4隻である。
この他に配備されたばかりの新鋭巡洋艦や在来の巡洋艦、駆逐艦等を合わせればかなりの規模になる。
今後、派遣されてくるであろう大西洋艦隊の3空母を加えれば戦力は飛躍的に向上する。
しかし、敵シホールアンル軍も、竜母を6隻保有し、つい1週間前には2隻の小型竜母が艦隊に加わった
との未確認情報があり、原状は予断を許さない。
今後、続々と就役してくるであろう敵の新鋭竜母に対抗すべく、アメリカはエセックス級正規空母、
インディペンデンス級軽空母の建造を急ピッチで進めており、43年の夏にはエセックス級空母3隻と
インディペンデンス級軽空母2隻が艦隊に配備される見通しだ。
10月になれば新たにエセックス級空母2隻にインディペンデンス級軽空母2隻が配備される予定だから、
シホールアンル軍に対する備えは万全になるだろう。

「来年になれば、新鋭艦が続々と配備されるが、今年一杯は現状の戦力でやりくりしないといけない。」
「ではキンメル提督。」

レイリーがずいと、前に身を乗り出してキンメルを見つめた。

「もし、シホールアンルが全力で攻めてきた場合、現有勢力で撃退できると思いますか?」
「もちろんだ。」

キンメルは自身ありげに即答した。

「敵を叩きのめして、追い返す事は可能だ。だが、」

束の間、キンメルの目が鋭く光った。

「敵も死に物狂いで来るだろう。陸でも海でも、シホールアンルはこれまで以上に戦い抜くだろう。
特に、海軍は厳しい戦いを強いられるだろう。憎らしい事に、敵もいい海軍を装備している。
南大陸では、我が合衆国を無敵、無敵と騒ぎ立てているようだが、あまり過剰な期待はせぬ事だ。
これは、大統領閣下の意見でもある。」

彼は、冷淡な口調でレイリーに言う。

「分かりました。」

レイリーは抑揚の無い口調で返事した。

「話を変えるが、君の携わっている例の物はどうなっているかな?」
「正直、難しいですね。」

レイリーは頭を掻きながら言う。

「今までやった事の無い仕事ですから、未だに慣れないものです。」
「もう1人のお連れさんはどうしたかな?」
「ああ、ルィールですか。彼女は今ロスアラモスですよ。アインシュタイン博士と一緒に研究中です。
私も、この後ロスアラモスに戻って缶詰になるんですが。」

そう言ってから、レイリーは苦笑を浮かべる。

「君たちには苦労かけるな。相手の魔法通信を傍受できる無線機開発というのは、かなり難儀な事だろう。
難しい仕事ばかりやっているから、夢の中でも研究してるのではないかな?」
「あいにく、夢の中では普通ですよ。」

キンメルも微笑んでから、コップの水を一息に飲んだ。

「普通か。まっ、夢の中ぐらいはたっぷり遊びたいものだな。おっ、そういえば・・・」

キンメルはしばしの間、視線を宙に浮かせてから言った。

「不思議な夢を見た覚えがあるな。たしかいつだったかな。」
「不思議な夢・・・・・ですか?」

レイリーは無表情でキンメルに聞く。

「そうだ。去年の後半、確か、アメリカがこの世界に呼ばれた時だったかな。」

キンメルの表情が、どことなく複雑なものになっていく。

「私もハッキリとは分からないのだが、夢の内容はこうだ。どこかの廃屋で、目の前に男が立っているんだ。
どこにでもいそうな女たらし、といったイメージのある優男だな。で、私はなぜか女の視線で男を見ていた。」
「女の視線ですか。」
「そうだ。で、女は泣きながら優男を罵倒していたよ。その優男がまた訳の分からぬ事を言うのだよ。
こっちに来いとか、鍵は1人で勝手に逃げないとかな。」

キンメルがおぼろげな記憶を頼りに言い続けていたその時、レイリーは背中に電撃が走ったような錯覚に見舞われた。
(鍵!?)
レイリーは、務めて平静を装うが、内心ではなぜこのキンメル提督がその話を知っているのかと、激しく動揺していた。

「で、女は泣くことをやめたと見るや、今度は怒り出して男に襲い掛かった。夢はそこで終わりだ。
どうも馬鹿にリアルだったものでな。ん?どうしたのかな?」

キンメルは、レイリーの表情がやや暗い事に気が付いた。

「い、いえ。何もありません。」

すぐに、元のレイリーに戻った。どうやら、気のせいであろう。

「そうか。ならいい。しかし、あのようなリアルな夢は今までに見たことが無かったな。まっ、それはともかく。
我が太平洋艦隊としては、当分は受身のままだな。バルランドの馬鹿貴族共は、私達を腰抜けと抜かすかも知れんが。」

キンメルの言葉に、レイリーは苦笑しながら頷く。
その一方で、彼の脳裏には、あの日の出来事が思い浮かんだ。


その日、外は雨だった。
今から2年以上前、シホールアンルの勢力圏は、北大陸の大半を覆い、北大陸の南に矛先を転じようとしていた。
北大陸の南に位置する町、ルイヒナスは、迫り来るであろうシホールアンルの脅威に、住民の誰もが怯えていた。
そんな中、レイリー達は、郊外の山奥でとある少女を待っていた。

「来るのかな。」

ルィールが、冬の冷たい雨に打たれながらも、平然とした口調でレイリーに聞いた。

「さあ、分からんね。先方の指示に従って、ここまで来たんだが。」

レイリーは淡々とした口調でルィールに返した。
その時、

「来てくれたのね。」

しわがれた女の声が聞こえた。背後から聞こえた声に、2人は後ろを振り向いた。
そこには、女性がいた。肩まで下ろした緑色の髪。全体的にはスタイルも整っており、男が見れば
誰もが抱きしめたくなるような、そんな儚さがあった。
しかし、その大きな紫色の目は、覇気が無い。厳しく言えば、目が死んでいた。

「あなたたちに、これを渡します。」

その女性は、懐から布袋を取り出し、レイリーに渡した。
それから、女は手短にだが、自分がこうなったいきさつを彼らに話した。

「シホールアンルの野望の塊が、そこに入っている。
南大陸でも有数の魔法使いならば、きっと分かるはず。」

そう言って、女性は踵を返し、立ち去ろうとした。

「待ってくれ!」

レイリーは立ち去ろうとした女を呼び止める。

「君の、名前は?」
「・・・・・・・・・・・」

女はしばらく黙ったが、やがて、呻くように言葉を吐き出す。

「鍵・・・よ。赦されざる、魔の鍵よ。それが、私の名前。」


あれから2年以上経った。
シホールアンルは、表向きは南北大陸の統一を旗印に、南大陸に攻め入ってきたが、本音は鍵が北大陸にいなかったために、南大陸に捜査範囲を広げるために軍を進めてきたのだ。
しかし、勢いのあったシホールアンルも、アメリカという強敵の出現で勢いを削がれている。

「当分はこのままだ。敵さんが出てくれば、我々は全兵力を持って叩き潰し、シホールアンルの無知蒙昧な
理想は実現不能であると、改めて教えるだけさ。」

そう言って、キンメルは微笑む。

「分かりました。」

レイリーは頷きながら言った。その後は、とりとめのない話を30分ほど続けた。


レイリーが執務室を去った時から、いや、その前からキンメルは何かに疑問を思っていた。

「彼は、いつもと様子がおかしかったな。」

彼は腕を組みながら、先ほどの談話を思い出した。
話の最中に、レイリーはほんの一瞬だけだが、表情を変えた。
まるで、隠し事を暴かれた幸無き罪人のように。

「どうして・・・・・・・」

キンメルは考え込んだが、答えは浮かばない。

「いや、やめておこう。友人を疑うのは恥だな。」
彼はそう呟いて、思考を止めた。

「さて、遅いが昼食でも取ろうかな。それにしても、シホールアンルの奴らは、うたい文句はなかなか立派だな。
まっ、あれだけ優秀な装備があれば、適当に理由を言い繕って他の地域を併合しようと思うのも無理は無いのだろう。」

キンメルは苦笑しつつも、そう呟いた時、自分の言ったある一語が気にかかった。

「適当な理由・・・・・・適当な理由・・・・・・」

彼は5分ほど黙考したあと、再び歩み始めて執務室から出て行く。

「南太平洋部隊司令部と、連絡を取ってみようか。」

彼はドアを閉めながら、小さい声でそう言った。
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