第30話 プリンス・オブ・ウェールズ、咆哮
1482年 7月1日 午前0時5分 グラーズレット南南西160マイル沖
敵艦隊の接近に、TF26司令部は色めき立った。
「潜水艦部隊はなぜ、この艦隊を見つけられなかったのだ?」
「そもそも、スパイ情報には敵艦隊南下の報告はなかったぞ!」
幕僚たちは、こぞって哨戒中の米潜水艦や現地のスパイを罵り始めた。
しかし、いくら罵っても仕方が無かった。実は、米潜水艦は首都とケベングの港にも派遣されていたが、
本国沿岸は敵の哨戒活動が厳しく、マオンド艦隊の出港を確認する事が出来なかった。
マオンド側は多数の駆逐艦や哨戒艇、それにワイバーンを飛び回らせ、潜水艦狩りに励んでいた。
このため、敵の探知を恐れる米潜水艦は、軒並み制圧されていた。
つまり、マオンド側は米潜水艦の封じ込めに成功していたのだ。
無論、その封じ込めが永遠に続く事は無く、時折米潜水艦は潜望鏡深度に浮上して周囲を哨戒している。
だが、運悪く、マオンド艦隊は米潜水艦が制圧されている時刻に出港していたのだ。
これでは分かるはずが無かった。
敵が現れた今、幕僚達の意識はこの敵とどう当たるかに移っていた。
そしてまず、サマービル中将はイラストリアスを避退させる事にした。
それから15分後、
「イラストリアス、第34駆逐隊のエレクトラ、エンカウンターと共に西に向かいました。」
戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上で、第26任務部隊司令官であるジェイムス・サマービル中将は、
その報告にただ頷くだけであった。
「それよりも、敵艦隊は今、どこまで迫っている?」
サマービルは気になる敵艦隊の動向を、参謀長のシャンク・リーガン少将に聞いた。
「水偵の報告によれば、我が艦隊北方20マイルの海域に戦艦3を含む艦隊が、25ノットのスピードで南南東に向かっているとの事です。」
「ふむ。」
サマービルは、頭の中で彼我の位置を確かめてみた。
第26任務部隊は、イラストリアスを分離させるまでは、ひたすら西に向かっていた。
しかし、15分前に、水上レーダーが捉えた敵艦隊はTF26の北方28マイルの距離におり、針路は交錯していた。
敵に謀られたのか、それとも偶然出くわしてしまったのか。
それは定かでは無いが、敵はTF26を見つけたのか、急にスピードを上げてTF26との距離を詰めている。
「艦隊が全速力で逃げようとしても、今の位置だと敵の針路と交錯してしまう。
いずれにせよ、一戦交えなければ、母港には帰れんと言う事だな。」
サマービルは艦橋の右舷側。北方の海域を眺めた。
闇の向こうには、TF26を逃がすまいと敵艦隊が全速力で向かいつつあるのだろうが、ここからだと、その様子は全く見れない。
その時、遠くの洋上で青白い光が煌いた。
その数秒後には、高射砲の炸裂らしき小さな光が、頻々と浮かんでは消える。
「偵察機より報告。敵は戦艦らしきもの3隻に巡洋艦4隻、駆逐艦12隻で編成される艦隊なり。
敵戦艦は、ジュンレーザ級と酷似せり。」
「ジュンレーザ級か。」
サマービルは小さく呟いた。
ジュンレーザ級戦艦は、シホールアンル海軍の保有する中速戦艦であり、艦形はニューメキシコ級に似ているという。
その類似艦を、マオンド側は押し立ててきたのだ。
「14インチ相当の砲を8門装備している戦艦だな。太平洋では、旧式戦艦がそれの発展型とやり合っているが、
なかなかに頑丈な艦だったと聞く。これが3隻もいるとは、ちとしんどいかもしれんな。」
サマービルは不安気な口調で言ったが、
「戦艦の数では不利ですが、我々には魚雷があります。雷撃力を生かせば、勝てぬ相手ではありません。」
現在、第26任務部隊は、イラストリアスを分離させた後、単縦陣に移行しつつある。
単縦陣は、プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンで編成する主力と、巡洋艦4隻で編成する機動打撃部隊、駆逐艦12隻で編成する水雷戦隊の3つになり巡洋艦部隊と駆逐艦部隊は、主力を挟むようにして進んでいる。
単縦陣の移行は既に終えつつあり、後は戦闘開始を待つのみだ。
「それにしても、敵艦隊はレーダーを保有していない筈なのに、何故こちらを捕捉できたのでしょうか?」
リーガン少将は怪訝な口調でそう呟いた。
「ミスターリーガン。この世界は元いた世界と違ってファンタジー的な要素がてんこ盛りだ。レーダー以外にも
使えるものがある。恐らく敵艦隊には魔道士とやらが乗っているのだろう。その魔道士が、探査系の魔法を使って
こっちを探知したのかもしれん。」
「探知魔法ですか・・・・」
リーガンも話で聞いた事はある。
この世界の海軍には、夜間は専門の魔道士が幾人か乗り組み、周囲を生命反応探知魔法で捜索していると言う。
魔法に関してはミスリアル王国とやらが、世界一らしいが、シホールアンルは魔法の応用技術でミスリアルや
南大陸諸国に迫る勢いであり、魔法の使い手もシホールアンル軍には多数いるようだ。
その魔法を使える兵を、シホールアンルの同盟国であるマオンドが育成して使わぬはずが無い。
「使い手によっては、レーダーの探知範囲すらも上回る、と言う事ですか。」
「その通りだ。最も、」
サマービルは不敵な笑みを浮かべた。
「それだけで我が艦隊が負けるとは、限らんがね。」
第2艦隊がそれを探知した時、司令官のルーギエ・ウルーブ中将は仰天した。
「敵の空母機動部隊がいるのか!?」
彼は、報告にやって来た魔道士に問い質した。
「はい。南10ゼルド付近に多数の生命反応を探知できました。あの海域に、現在行動中の味方艦隊はおりません。」
ウルーブ中将の決断は早かった。
「なら話が早い。敵の退路を断つ!我がマオンドの土を踏みにじった蛮族共を皆殺しにするぞ!」
彼はそう言うなり、探知魔法で見つけた第26任務部隊の退路を断ち、撃滅する事に決めた。
グラーズグレットの惨状は、同地から発せられた魔法通信で既に分かっている。
特に、戦艦オールデイク爆沈の悲報には、誰もが青ざめた。
オールデイクは、第2艦隊の戦艦3隻建造の下地となった軍艦であり、レーフェイル大陸統一に
最も貢献した艦の1隻と言われている。
いわば、マオンド海軍の顔のようなものであった。そのオールデイクが、突然の奇襲によって撃沈された!
しかも、夜間とはいえ、多くの住民の居るグラーズレットで!!
早朝に、占領国の拠点を敵機動部隊に奇襲された挙句、国民の目の前で貴重な戦艦を無為に失ったのだ。
これえは、マオンド海軍の面目は丸潰れである。
「その汚点を少しでも和らげるには、敵の血が必要だ。」
ウルーブ中将は、化け物のような面で呻くように言う。
「今に見ておれ。貴様らの血を、一滴残らず絞り取ってくれる。」
艦隊は既に戦闘態勢に移行している。
戦艦部隊は戦艦のみの単縦陣を、巡洋艦は巡洋艦部隊の。駆逐艦は駆逐艦部隊の陣形を作っている。
敵艦隊に向けて突進し始めてから20分ほど経ち、彼我の距離が8ゼルドあたりまで迫った時、上空に青白い光が放たれた。
「司令、敵飛空挺です!」
主任参謀が、うろたえるような口調で彼に言った。
「うろたえるな。あれは偵察だ。雑魚には構わんでよい。」
ウルーブ中将は視線を前方に向けたまま、吐き捨てるように言う。
「敵艦隊、針路変えました!こちらに向かってきます!」
魔道士が新たな報告を伝えてきた。
「どうやら、敵も一戦交えぬと生きて帰れないと思ったのでしょう。」
「自ら死地に向かうか。面白い。」
ウルーブ中将は笑みを浮かべた。
「司令官、射撃はまだでありますか?」
艦長がウルーブ中将に聞いてきた。
「まだだ。せめて6・5ゼルドほどまで距離を縮める。」
第2艦隊に所属する戦艦3隻は、ジャーガルンダ級と呼ばれる艦であり、全てがマオンド産の戦艦である。
基準排水量14500ラッグ、全長98グレル(196メートル)幅18グレル。
武装は12・8ネルリ(32.8センチ)連装砲4基8門、4・8ネルリ(12.3センチ)高射砲8門に魔道銃32丁を搭載している。
速力は12・6リンル出せる。
砲撃力、速力はシホールアンルのオールクレイ級に劣るが、防御力に関しては同等である。
シホールアンルの払い下げ艦よりはずっと頼りがいのある戦艦と言える。
旗艦ジャーガルンダの他に、キーリンルグ、グラーズレッドが、第2艦隊の中核を成している。
これらが、巡洋艦、駆逐艦を従えて、今しも向かいつつある敵艦隊と決戦を行う。
「及び腰で撃っては当たるものも当たらない。今は必中距離まで発砲を控える。だが、敵艦隊の陣容を知る事は
必要だな。艦長、こちらも照明弾を撃とう。」
「分かりました。」
ジャンガルーダ艦長は頷くと、砲術科に指示を下す。
艦橋の前にある第1、第2砲塔では、兵員達が照明弾を装填し、次に装薬を方針に入れる。
「照明弾、装填完了しました。」
「うむ。距離は?」
ウルーブ中将は魔道士に聞いた。
「7・2ゼルドです。」
「もうそろそろだな。艦長、照明弾発射。敵艦隊の陣容を確かめる。」
ウルーブ中将が指示を下し、艦長が発射命令を出した。
右舷前方、敵艦隊の方向に向けられていた第1、第2砲塔が照明弾をぶっ放した。
やや間を置いて、アメリカ艦隊の上空で赤紫色の閃光が走った。
「敵艦隊視認!」
見張りがそう次げた時、敵艦隊の方角で発砲炎が広がった。
「敵艦発砲!」
ウルーブ中将や幕僚達の表情が変わった。
「発砲、だと?」
マオンド海軍は、戦艦での夜間砲戦の際には距離を6・5ゼルドまで詰めてから戦闘を開始するのが通例である。
今、彼我の距離は7・2ゼルド(21・6キロ)で、ジャンガルーダ級の射程内ではあるが、今砲戦を開始しても
命中精度は良いとは言えない。
「どうやら、アメリカ軍の奴らは相当慌てているのでしょうな。夜間砲戦の際はもっと近寄らねばいけませんのに。」
主任参謀はせせら笑うような口調でそう言った。
「焦りは禁物だな。」
ウルーブ中将も、敵艦隊の“拙劣な発砲”に嘲笑を浮かべた。
やや間を置いて、砲弾の飛翔音が木霊した。
「来た!」
誰かがそう呟いた時、先頭を行くジャンガルーダの左舷に水柱が立ち上がった。
「敵弾、左舷400グレルの位置に着弾!」
見張りの声が聞こえるが、その言葉に誰もが耳を疑った。
「400グレルだと!?間違いではないのか?」
「いえ、確かに400グレルです。」
ウルーブ中将は愕然とした表情で言うが、艦長は怜悧な口調で相槌を打った。
本来、砲戦での最初の射撃は弾着観測の意味合いが強く、外れるのは当たり前だ。
最初の弾着を元に、砲の向きを修正して精度を高めていく。
マオンド海軍は、最初の砲撃は大体が、目標の周囲に800か、最低でも600グレルの位置に落下する。
所が、アメリカ戦艦はそれよりも近距離に砲弾を落下させた。
「まぐれだろう。そうに違いない。」
そう言ってウルーブ中将は気を落ち着けようとした。その時、前方の敵艦隊が第2射を放った。
しばらくして、今度はジャンガルーダの前面に水柱が立ち上がった。
砲弾の水中爆発の余波は、ジャンガルーダの艦体を叩き、僅かに艦が揺れた。
「敵弾!前方420グレルの位置に着弾!」
その言葉に、ウルーブ中将の顔が少しばかり青くなった。
「司令官、発砲許可を!」
艦長が進言してきた。しかし、
「まだだ。及び腰では当たらんぞ。」
ウルーブ中将は艦長の進言を一蹴する。その直後、敵艦はみたび発砲を行う。
砲弾の飛翔音が鳴り響き、再びジャンガルーダの前面に幾本もの水柱が吹き上がった。
「敵弾、右舷より390グレルの位置に着弾!」
その直後の第4射も、ジャンガルーダの右舷に着弾。この時の着弾位置は400グレル。
「その及び腰の砲撃を撃つアメリカ艦は何故、連続で400グレル圏内に着弾を集中できるのです?
明らかに敵戦艦の乗員は手練です!今すぐ砲撃すべきです!」
「まだ6・8ゼルドある。もう少し待ちたまえ。」
その直後、第5射が降って来た。
それはジャンガルーダの左舷200グレルの海面に落下し、今まで以上に艦体を揺さぶった。
流石のウルーブ中将も、敵の射撃の正確さに不審を抱いた。
そして、彼は距離が詰まりきるのを待たずに艦長の進言を受ける事にした。
「砲撃開始!敵を叩き潰せ!!」
「敵1番艦、発砲しました!」
見張りが告げてきた。マオンド艦から発砲炎が見え、そのシルエットがあらわになる。
20秒ほどが経って、飛翔音が鳴り響き、それの音が最大に達した時、プリンス・オブ・ウェールズの左舷側に
4本の水柱が立ち上がった。
「敵も撃ち返してきたか。」
サマービル中将は小さく呟く。先ほどから、プリンス・オブ・ウェールズは敵に射弾を与えているが、
現在、彼我の隊形は正面から向かい合う反航戦の形になっている。
反航戦の場合、常に敵艦の位置が変わるから命中弾は思ったより出ない。
実際、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの射弾は敵1番艦の周囲に落下しているだけで命中弾は無い。
「参謀長、イラストリアスは今どこにいる?」
サマービル中将はリーガン参謀長に聞く。
「はっ。イラストリアスは現在、我々より西15マイルの所を全速力で離脱中です。」
「まだ近いな。」
サマービル中将は顔をしかめた。敵の狙いが空母である事は疑いが無い。
もし、敵艦に突破されるような事があれば、イラストリアスは多大な危険に晒される事になる。
「敵駆逐艦部隊!敵艦列より突出します!」
その時、マオンド艦隊の右翼を形成していた敵駆逐艦が、艦列から突出し始めた。明らかにこちらを振り切ろうとしている。
そればかりか、左翼に展開していた敵巡洋艦までもが、速力を上げて艦列から飛び出し始めた。
「巡洋艦部隊、駆逐艦部隊はこれを迎撃せよ!イラストリアスに1隻たりとも近づけさせるな!」
サマービルは大音声で巡洋艦群、駆逐艦群に指示を与える。
両翼の巡洋艦、駆逐艦群が待ってましたとばかりに速力を上げ、敵艦に突っかかっていく。
先に撃ち始めたのは味方駆逐艦であった。
先頭の駆逐艦が主砲を猛然と撃ちまくる。
それに対し、マオンド側も激しく撃ち返して来る。
マオンド側も意外と統制の取れた動きで味方の駆逐艦に勝負を挑んでくる。
その傍ら、巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡ケニア、ナイジェリアが敵の巡洋艦と
同航戦の態勢になって撃ち合いを開始した。
図らずも、双方の主力艦は互いに護衛を引き離された状態で相対することになった。
「艦長、取り舵一杯。敵に誘いを掛けてみよう。」
サマービルは敵将を試してみようと思った。
レーダーを用いた砲撃は、良好な成績をたたき出しているが、互いに位置を変えている事もあってなかなか命中弾を得られない。
それよりかは同航戦に入り、敵戦艦との勝負を一気に決めようとサマービルは思った。
敵艦が乗って来たらこのプリンス・オブ・ウェールズ、レナウンの主砲に物を言わせて一気に叩き潰す。
敵艦が乗らず、そのまま無視するようならば、そのまま後ろに回りこんで撃ちまくる。
いずれにせよ、手はある。後は敵将がどのような判断に出るかだ。
プリンス・オブ・ウェールズの艦体が左舷に回頭を始める。回頭をした瞬間、右舷側の海面に水柱が吹き上がった。
位置からして、プリンス・オブ・ウェールズの未来位置だ。
「敵もうまいな。あのまま進んでいたら、1発は食らっていたかも知れんな。」
傍らで、リーチ艦長が感嘆したように呟いた。
敵戦艦は発砲を7回繰り返した。いずれも命中弾を得るには到らなかったが、砲撃精度は発砲のたびに良くなっていた。
こちらより性能の劣る船とは言え、マオンド側にもできる奴はいるようだ。
「敵戦艦回頭!」
サマービルの誘いに、敵将は乗ってきた。3隻の敵戦艦は、2隻の戦艦と真っ向から勝負を挑むと決め、右舷に回頭する。
2隻の戦艦と、マオンド戦艦3隻が並び合うまで、そう時間はかからなかった。
彼我の戦艦が並びあい、互いの距離が17000メートルに縮まった時、
「よし。撃ち方始め!」
リーチ艦長がそう命じ、マオンド艦が発砲する前に、プリンス・オブ・ウェールズの14インチ砲が火を噴いた。
4連装砲のうち、1番砲と3番砲、連装砲のうち1番砲が14インチ砲弾を砲身からはじき出した。
その20秒後に、別の5門の主砲が砲弾を放つ。この時になって、敵戦艦もようやく主砲を撃つ。敵戦艦は全主砲を用いた斉射だ。
第1射が敵戦艦に落下する。
14インチ砲弾は敵戦艦を飛び越えて、右舷側の海面に水柱を吹き上げた。
続いて、第2射が敵戦艦の右舷側と左舷側に落下し、水柱を吹き上げた。
「夾叉です!」
見張りが喜びの混じった声音で報告した。
「第2射で夾叉とは。」
サマービルは驚いたような口調で呟いた。
「本艦には水上レーダーがあります。敵艦は水上レーダーではっきり捉えており、位置や速力の変化を常に、
砲術科に伝えてあります。そのデータを元に、我々は敵艦に砲撃を加えているのです。」
「私も話には聞いていたが・・・・電子の目は、魔法使いに勝る・・・・か。」
そう言うと、サマービルは内心で苦笑する。
子供の頃から、親から聞かされた御伽噺には魔法使いが出てくる事が何度もあった。
童心の頃の彼としては、その魔法使いの持つ驚異的な能力に驚き、憬れたものだ。
その憧れの魔法使いが乗る敵戦艦を、科学が生み出したレーダーというもので探し出し、巨弾をぶち込む。
(複雑なものだな)
サマービルはそう思った。第3射が放たれる寸前、敵弾がプリンス・オブ・ウェールズを飛び越して左舷側の海面に落下する。
弾着位置は艦より1200メートル付近。先の精度の良い射撃と比べ、あまりにもお粗末である。
「あの薄気味悪い照明弾が消えた今では、正確な射撃も望めんか。」
リーチ艦長が呟く。先の反航戦のさい、プリンス・オブ・ウェールズの上空に照明弾が煌いた。
だが、今はそれが無い。おそらく照明弾の助けが無い今では、先のような的確な射撃は望めないのだろう。
マオンド側も馬鹿ではない。主砲の代わりに、今度は舷側から発砲炎がいくつも見えた。
20秒後には、またもや赤紫色の光が辺りを照らし出した。そのバイオレンスな色合いは、見る者の心を、邪悪なものを植え付けようするかのようだ。
「いくら色が気味悪くても、射撃の手は緩めんさ。」
リーチ艦長は、挑戦的な笑みを暗闇の向こうの敵戦艦に向けて浮かべる。第4射が放たれ、艦体が揺れた。
そして、敵戦艦の中央部に異なる閃光が発せられた。
「よし!」
その閃光を視認したリーチ大佐は、思わず拳を強く握った。
敵戦艦の射撃精度が甘いうちにこちらが先鞭をつけたのだ。
まだ序盤とはいえ、プリンス・オブ・ウェーズルは敵1番艦に対して優位に立っている。
「一斉撃ち方用意!」
すかさず、リーチ艦長は次の指示を下した。右舷に向けられている14インチ砲がしばらく鳴りを潜めた。
その直後に、プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に16本の水柱が立ち上がった。
水柱によって、うっすらと見えていた影が隠れてしまう。
「敵は、本艦に対して、2隻で殴りかかっているのか。」
サマービルは、異様に多い水柱の数を見てそう呟いた。さきの斉射では、8本の水柱が上がったのみだが、今の水柱は16本。
2倍に増えている。マオンド側の戦艦はいずれも連装砲4基8門である。
敵艦の主砲が、アメーバのように分離増殖しない限り、単艦で多量の砲弾を撃てるはずが無い。
「恐らく、そうでしょう。先の反航戦といい、今の同航戦といい。本艦は常に正確な射撃を実施しています。
敵の指揮官は、まずは本艦を重点的に叩こうと思っているのでしょう。」
リーガン少将の言葉に、サマービルは頷く。
「合理的な判断だ。だが、こっちとしては、敵さんに潰されるつもりはない。」
その次の瞬間、10門の14インチ砲弾が一斉に放たれる。
グワガァーン!という雷鳴が至近で鳴ったような轟音が海上に木霊する。
やや間を置いてから、サマービルは言葉を続ける。
「逆に、こっちが奴らを叩き潰してやるだけだ。」
その時、敵1番艦の周囲に次々と水柱が吹き上がり、次いで前部と後部辺りに閃光が走る。
発砲炎ではない。
「敵1番艦に2弾命中!」
見張りの報告が艦橋に届けられた。
プリンス・オブ・ウェールズの放った14インチ砲弾は、2発が敵1番艦に突き刺さった。
まず艦首甲板に突き刺さった砲弾は最上甲板をぶち破り、第2甲板の兵員室で炸裂し、無人の兵員区画を叩き壊した。
2発目は後部の第4砲塔の横に着弾し、その場で炸裂。
最上甲板を大きく抉り取り、内部の砲塔要員をもみくちゃにした挙句、砲の旋回機構に故障を生じさせた。
敵も撃ち返して来る。プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に主砲弾が落下して、敵艦の姿が見えなくなる。
「レナウン被弾!」
見張りの声が聞こえた時、サマービルはハッとなった。
レナウンは敵3番艦を相手取っているが、プリンス・オブ・ウェールズと違って一向に命中弾を得られていない。
やっと夾叉弾が出た時、敵3番艦の12.8ネルリ砲弾が直撃した。この直撃弾は、後部甲板を襲った。
だが、レナウンの15インチ砲は全て健在で、最初の斉射をお返しとばかりにぶっ放した。
レナウンの第1斉射は敵3番艦を捉えた。
中央部に1発、後部に1発ずつ叩きつけられ、束の間、敵3番艦がびくっと震えたように見える。
しかし、流石は戦艦である。
自艦よりも口径の大きい砲弾を受けているにも関わらず、速力を落とす事も無くマオンド戦艦は次の斉射を放つ。
レナウンも、中央部に新たな1弾を叩きつけられた。
中央部に敷かれた高角砲が叩き潰され、1基の40ミリ8連装機銃が破片に銃身を叩き切られる。
それでも、レナウンは6門の主砲から、砲弾をいきり立つ猛獣の如く撃ち出した。
レナウンと敵3番艦が互いに砲弾をぶち込みあっている間、プリンス・オブ・ウェールズと敵1番艦の戦いはやや様相が異なっていた。
轟然と、10門の14インチ砲が咆哮し、放たれた第3斉射弾が敵1番艦に降り注ぐ。
敵1番艦は第6斉射を放つが、その直後、10発の14インチ砲弾が降り注いだ。
戦艦ジャンガルーダの艦橋が、被弾の衝撃で激しく揺れた。
「うおぉ!?」
ウルーブ中将は、司令官席から放り出されそうになるのを、必死で堪える。
ジャンガルーダの艦橋の前面が、炎の色で染まっていた。
艦長は、艦橋の前面を見るなり、呆然とした表情になった。
敵1番艦の放った砲弾は、ジャンガルーダの第1砲塔を叩き潰した。
天蓋を貫通した14インチ砲弾は砲塔内部でそのパワーを解放し、砲塔内で作業をしていた兵を皆殺しにした後、
砲の設備諸々を全滅させ、その1秒後には砲塔自体が綺麗さっぱり消え失せた。
後に残ったのは、土台の上で燃え盛る炎と、赤熱した砲塔の名残のみだった。
「敵1番艦を夾叉しました!」
ここでようやく、ジャンガルーダとキーリンルグの砲弾が敵1番艦を包み込んだ。
「勝負はこれからだぞ、アメリカ人!」
ウルーブ中将は、照明弾に照らされたアメリカ戦艦を睨みつけながら叫んだ。
その5秒後に第8斉射が放たれた。
第1砲塔と第4砲塔を使用不能にされたとは言え、依然として4本の主砲が残っている。
それに、敵2番艦は度重なる被弾であちこちから火災を起こしている。
3番艦のグラーズレットも敵弾7発を受けて大破同然だが、最悪でも相討ちに持っていける。
そして、あの敵戦艦を撃沈すれば、辛くも敵を撃退したとしてマオンドの面目も立つ。
第8斉射が放たれた時、敵戦艦も新たなる斉射を放って来た。
しかし、敵弾が飛翔音を轟かせる前に、ジャンガルーダ、キーリンルグの砲弾が周囲に落下した。
水柱が敵艦の後ろ半分を取り囲み、続いて敵1番艦の中央部と前部あたりで、合計3つの閃光が走った。
「やったぞ!」
ウルーブ中将は顔に喜色を浮かべた。だが、喜びも一瞬だった。
その次の瞬間、ギャガァン!というけたたましい金属音と、轟音、そして衝撃がジャンガルーダを襲った。
先の衝撃よりも、今の物はかなり大きい。
「第3砲塔に被弾!砲塔使用不能!」
「中央部に敵弾命中!第3甲板魔具室から火災発生!」
敵1番艦の正確な射弾は、ジャンガルーダを容赦なく蝕んでいる。
使える主砲はついに2門のみとなった。
そして、敵1番艦からは新たな斉射が放たれる。
「何故だ!?」
艦長の叫び声が聞こえた。まるで信じられぬと言った口調だ。
「確かに砲塔を直撃し、砲弾は炸裂した。なのに何故撃てる!?」
理由は簡単である。だが、艦長はその簡単な理由さえ分からぬほど、心身は痛めつけられていた。
確かに、敵1番艦には3発の主砲弾が命中した。
中央部では、火災炎らしきものが吹き上がり、敵1番艦も手傷を負った事は確かだ。
しかし、敵1番艦は砲塔部にも被弾したにも関わらず、斉射を放った。
第2砲塔が次の斉射を叩き出すが、最初の斉射に比べると、その発砲音は頼りなさげに聞こえた。
その直後、飛翔音がいつの間にか聞こえ、既に経験済みとなった凄まじい衝撃がジャンガルーダを襲う。
しかし、衝撃は収まるどころか、余計に大きくなった。
ウルーブ中将は、唐突に艦橋が持ち上がったの感じがして、ジャンガルーダが空に浮いたのかと思った。
度重なる被弾で、炎上していた敵1番艦の前部と中央部に1発ずつが命中した。
その直後、ハンマーでぶちかまされたような衝撃が、プリンス・オブ・ウェールズの艦体を揺さぶる。
ジャンガルーダ、キーリンルグから放たれた砲弾は、1発が艦橋横の甲板で炸裂し、2発目が第2煙突横の
甲板に着弾し、ポンポン砲や13.3センチ両用砲、28ミリ4連装機銃を破壊した。
この時、サマービルは信じられぬ光景を目撃した。
先ほどまで、炎上しながらも、25ノットのスピードで主砲を撃ちまくっていた敵1番艦が、
なんと艦首と艦尾を逆立てていた!
上がり方はやや上向いている、という感じであるが、中央部からは爆発と火災炎が高々と吹き上がり、
おびただしい破片が舞っているのも遠望できた。
サマービルやリーチ艦長、いや、艦橋に詰めていた者達は、誰もがこの突然の事態に呆然としていた。
それも、長くは続かない。
「敵1番艦、撃沈!」
見張りの声に、艦橋内で歓声が爆発した。その歓声をリーチ艦長は制した。
「浮かれるな!」
突然の怒声に、歓声に沸いていた艦橋は、瞬時に静まり返る。
「まだ敵2番艦がいる!それまでは浮かれてはならん!」
リーチ艦長の言葉に、誰もがばつの悪そうな顔を浮かべる。
しかし、次の瞬間には、それぞれの顔が戦闘時のそれへと変わった。
皆が普通の状態に戻った事を確かめたリーチ艦長は、電話で砲術科に指示を下す。
「敵1番艦は沈黙した。目標を敵2番艦に変更。」
「目標、敵2番艦アイアイサー!」
砲術長は弾んだ声で返事した。先の敵1番艦撃沈に、砲術科は士気が向上している事だろう。
敵2番艦は、旗艦爆沈というショックを味わったにもかかわらず、依然としてプリンス・オブ・ウェールズに砲撃を加えてきた。
新たに1発が、プリンス・オブ・ウェールズの第3砲塔と、艦橋横の甲板に突き刺さった。
第3砲塔に命中した12.8ネルリ砲弾は、分厚い天蓋を破る事はできず、その場で炸裂する。
艦橋横に命中した敵弾は、やはり装甲を貫く事ができず、その場で炸裂して破片を撒き散らした。
その時、プリンス・オウ・ウェールズに災厄が降りかかった。
「艦長!レーダーブラックアウトです!」
「何だと・・・」
リーチ艦長は顔をしかめた。
この時、プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上には対水上レーダーが配置され、闇夜の向こうの敵艦を常に捉え続けていた。
ところが、立った今の被弾で、吹き上がった砲弾の破片が艦橋の側面を傷付けた。
それだけならばまだ蚊に刺された様なものだが、破片は側面のみならず、レーダーアンテナまでもをズタズタに切り裂いていた。
レーダーが使えないとなれば、後は光学照準に頼るしかない。
「光学照準射撃に切り替えよ!」
すかさず、リーチ艦長はレーダー射撃から光学照準射撃に切り替える。測的が終わるまでの間、敵2番艦は畳み掛けるように斉射を放つ。
第12斉射の1発が中央部に命中する。対空機銃や13.3センチ両用砲がまたもや破壊されて小火災が起きた。
第13斉射弾は艦尾に襲い掛かり、ポンポン砲を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「敵3番艦落伍します!」
見張りの声が艦橋に聞こえてくる。敵3番艦はレナウンと打ち合っていたマオンド戦艦である。
「レナウンは?レナウンはどうなっている?」
リーチ艦長は最も気掛かりな事を見張りに聞く。
「レナウン健在です!あっ・・・・・」
最初は弾んでいた声音が、途端に力ないものに変わった。
「レナウン、落伍していきます!」
側でやりとりを聞いていたサマービル中将は、その言葉が聞こえるなり表情を曇らせた。
レナウンは、敵3番艦と壮絶な殴り合いを演じていた。
敵3番艦は13発の15インチ砲弾をぶち込まれ、4基の主砲は全て粉砕され、艦首を大きく沈み込ませながら、
這うような速度で避退しつつあった。
だが、レナウンも17発の12.8ネルリ弾を受け、主砲塔3基は依然健在であったが、後部艦橋を破壊され、
被弾の集中した右舷中央部から大火災を起こしていた。
それのみならず、艦尾に受けた命中弾で、1発が推進器系統の区画の真上に命中。
砲弾はその区画までに達しなかったが、爆発の影響で推進器の1つが致命的な故障を起こし、レナウンのスピードは急激に落ち始めた。
このため、29ノットを出せる高速艦は、今では20ノットを出せるかも分からぬ状態に追い込まれていた。
「レナウンがやられたか・・・・・こうなれば、敵2番艦との一騎打ちだな。」
サマービルは挑むような顔つきで敵2番艦を見据えた。
米海軍のニューメキシコ級や、レナウン、プリンス・オブ・ウェールズと似た艦影を持つマオンド戦艦。
敵1番艦は既に没し、3番艦も大損害を受けて退場したが、敵2番艦はなお退く事無く斉射を放ってくる。
(マオンド海軍が二流海軍という見識は、改めたほうがよさそうだ)
サマービルは敵2番艦の闘志に感嘆の念を覚えた。
「測的、完了!」
砲術科から報告が届けられる。それに頷いたリーチ艦長は、いつも通りの指示を下した。
「目標、敵2番艦、撃ち方始め!」
それから数秒後、プリンス・オブ・ウェールズの主砲が咆哮する。先と同様交互撃ち方からだ。
敵艦の舷側が閃光を発し、やや間を置いて赤紫色の光が沸き起こる。
敵は絶えず照明弾を打ち上げ、プリンス・オブ・ウェールズを照らし出している。
その敵艦の左舷側に水柱が立ち上がり、束の間敵2番艦が覆い隠される。
その水柱が崩れ落ちる前に敵2番艦が斉射を放つ。
何度聞いても聞きなれぬ飛翔音が木霊し、衝撃がプリンス・オブ・ウェールズを揺るがす。
「後部に命中弾!火災発生!」
砲弾は、後部甲板の非装甲部に命中して第2甲板で炸裂し、火災を発生させた。
「敵も上手くなってきたな。」
サマービルはうめくような声で言う。
プリンス・オブ・ウェールズは既に何発もの敵弾を受けているが、今の所傷は浅く、小破レベルに留まっている。
しかし、これ以上被弾が続けば大損害を受けてしまう危険は高い。
プリンス・オブ・ウェールズは、現世界の祖国であるイギリスで作られた、キングジョージV世級戦艦の2番艦だ。
竣工当初は、既に14インチから16インチ砲の時代に移っており、竣工早々、時代遅れの戦艦と酷評された。
だが、防御に関しては、16インチ搭載艦に匹敵する重装甲艦であり、14インチ搭載艦にしては極めて打たれ強い。
現に、プリンス・オブ・ウェールズは、ビスマルクと撃ち合った際に9発の38センチ砲弾を叩きつけられ、避退したが、
機関部には損傷は無く、全速力で避退出来た。
避退するまでの間ビスマルクに5発を命中させ、ビスマルクの行動力を著しく阻害させている。
しかし、いくら重装甲で覆っていようが、口径の弱い敵弾とは言え繰り返し当たり続ければ強度は落ちる。
マオンド艦の射撃は正確であり、容赦なく12.8ネルリ弾をプリンス・オブ・ウェールズに叩き込んでいる。
敵が有効弾を得る前に、早めに無力化させる必要があった。
プリンス・オブ・ウェールズが第2射を放つ。
入れ違いに、敵弾が殺到し、そのうちの1発が第1砲塔に命中して弾ける。
「第1砲塔に命中せるも、損害軽微!」
それに対して、プリンス・オブ・ウェールズの射弾は、敵2番艦を飛び越した。
更に第3射が放たれるが、今度は敵艦の手前で空しく水柱を吹き上げる。
対する敵の斉射は、2発がプリンス・オブ・ウェールズの後部と、中央部を叩いた。
「後部甲板に被弾!火災発生!」
「中央部に被弾!クレーン全壊!」
敵弾は、内部までには達しないが、上部構造物に対しては確実に被害をもたらしている。
プリンス・オブ・ウェールズが舐めるなとばかりに第4射が放たれるが、今度は敵2番艦を全弾が飛び越える。
そして、入れ違いに飛来する敵弾は、またもや2発が前部と、後部の第3砲塔に突き刺さる。
「前部甲板より火災発生!」
「第3砲塔より報告。兵員2名負傷、補充要員を使います!」
まるで、魔法使いの黒魔術を受けたように、プリンス・オブ・ウェールズの弾は命中しない。
それに対し、敵2番艦の砲弾は次々と命中する。
第5射も動揺、空振りに終わる。そして、敵の斉射は新たに1発が中央部の甲板を叩く。
「くそ、一方的に叩かれるとは!」
リーチ艦長の避退に、脂汗が滲む。
相手はプリンス・オブ・ウェールズより性能の劣る艦だ。それなのに、射弾は正確で、刻一刻と、こちら側を痛みつけている。
「早く、命中弾が出ないものか?」
サマービルもまた、焦燥の念を浮かべていた。
第6射が放たれ、それから20秒近く経った時、敵2番艦を4発の砲弾が飛び越え、1発の砲弾が手前に落下して水柱を吹き上げる。
夾叉弾だ。
続いて、第7射が放たれる。その直後、敵弾が後部に1発命中する。
命中した砲弾は後部甲板の火災をより拡大させ、ダメージコントロールチームがこれまで以上に懸命に被弾区画に消化剤や水をぶちまける。
その時、敵1番艦の周囲に水柱が、そして、中央部に閃光が走る。命中弾である。
「一斉撃ち方!」
リーチ艦長は次のステップに移らせた。しばし、主砲が沈黙する。
斉射が放たれる前に敵弾が落下してきた。だが、敵弾はプリンス・オブ・ウェールズを夾叉するが、一発も当たらない。
「この期に及んで外すとは。」
リーチ艦長はぼそりと呟いた。その次の瞬間、めくるめく閃光が前甲板、後部甲板を覆った。
プリンス・オブ・ウェールズの放った斉射弾は3発が敵2番艦の前部と、中央部に命中した。
吹き上がる火炎が敵2番艦の姿を照らし出した。
その10秒後に、敵2番艦も斉射を放つ。しかし、前甲板の光量は、先のものと比べて明らかに小さい。
「まずは砲塔を1つ、か。」
リーチ艦長はそう呟いて、頷く。その直後、敵弾も周囲に落下し、被弾の衝撃が艦を揺さぶった。
「第2砲塔に命中弾!損害なし!」
敵弾は第2砲塔の天蓋に命中したが、分厚い装甲板に阻まれて、これまで同様その場で炸裂する。
第1斉射から40秒後に第2斉射が放たれる。
今度は2発が敵2番艦の後部甲板と中央部に命中し、新たな火災炎が沸き起こった。
敵2番艦もその20秒後に斉射を放つ。今度は1発が前部の非装甲部に命中して、おびただしい破片を吹き上げた。
「前部甲板に新たな火災発生!」
「応急班、消火急げ!」
リーチ艦長は、新たな被害報告に対してすかさず指示を下す。
プリンス・オブ・ウェールズが新たに第3斉射を放った。
今度は3発が命中した。1発は後部に命中し、爆炎が沸き起こる。その中に細長い棒状のようなものが空中に浮かんでいた。
2発は中央部と艦橋横の甲板にぶち込まれて、そこからも新たな火災炎が上がる。
「敵2番艦は、確実に戦闘力を失いつつあります。」
「うむ。」
リーチ艦長の言葉に、サマービルは頷く。
双眼鏡の向こうの敵2番艦は、あちこちから火災を起こし、艦上構造物も酷く傷ついている。
だが、速度は相変わらず25ノット程度を維持し、まだ諦めてはいないとばかりに新たな斉射を放つ。
「異世界の軍艦とはいえ、敵は軍艦の作り方をよく分かっているようだ。」
サマービルは小さく呟いた。第4斉射が放たれ、プリンス・オブ・ウェールズがまたもや揺れる。
敵2番艦の弾着を確認する前に、敵の砲弾が落下してきた。ガーン!という音と衝撃がなり、艦体がわなないた。
「後部艦橋に命中弾!死傷者多数!」
「!!」
誰もが顔を見合わせる。
敵弾は、後部艦橋の側面に命中して炸裂し、表面を大きく抉り、後部艦橋に詰めていたダメージコントロールチームの
班長他、24名全員をなぎ倒し、後部艦橋は破壊されてしまった。
「おのれぇ・・・・・」
リーチ艦長は、火を噴くような眼つきで敵2番艦を睨み付けた。
更に、第5斉射、第6斉射と主砲がぶっ放される。
第5斉射では2発が、第6斉射では新たに4発が敵2番艦をまんべんなく叩いた。
だが、それでも、敵2番艦は速力を衰えさせる事無く、相変わらず斉射を放ってくる。
「くそ、なんてしぶといのだ!」
サマービルは思わずそう言った。既に、敵戦艦は各所から火災と黒煙を吹き上げ、満身創痍の状態だ。
2基の連装砲と艦橋は無事なようだが、もはや正確な照準は望める状態にはない。だが、それでも敵2番艦は撃つ。
敵の斉射弾がプリンス・オブ・ウェールズに殺到した。周囲の海面にドカドカと砲弾が落下し、プリンス・オブ・ウェールズが覆い隠される。
その直後、後部の辺りでガァン!という衝撃が艦体を揺さぶった。既に幾度も味わった被弾の衝撃だが、慣れる事は無い。
「これで16発目ですな。」
リーガン参謀長が、顔を強張らせながら言ってきた。その直後に、第7斉射が放たれた。
第7斉射の発砲音は、先のものと比べて、どこか小さいように感じられた。
「異世界の国でも、あのような艦には粒選りの精鋭を乗り組ませてあるんだろう。道理で射撃の精度が良い訳だ。」
サマービルは苦笑しながら言うが、その苦笑も、艦橋に届けられた報告によって消えた。
報告を送って来たのは副長であった。
「第3砲塔に命中弾!第3砲塔使用不能!」
「何ぃ!?」
リーチ艦長は思わず目を剥いた。
「第3砲塔が破壊されたのか!?」
「いえ、砲塔に直撃弾は受けましたが、砲自体は破壊されていません。ですが、被弾の影響で装填、旋回機構が破損し、
砲の操作が不能となりました。」
思わず、リーチ艦長は頭が痛くなった。
実を言うと、キングジョージV世級戦艦の4連装主砲塔はよく故障を起こしやすい。1番艦であるキングジョージV世は、演習中にも4連装主砲塔の装填機構が度々故障を起こし、実戦となったフランス沿岸の艦砲射撃でも、わずか7斉射でまたもや装填機構故障を起こして慌てて帰投している。
そして、当のプリンス・オブ・ウェールズも、ビスマルク追撃戦の際には同様の故障を砲撃戦の最中に起こしている。
そしてそれよりも悪い故障が、第3砲塔で起きてしまったのだ。これで、プリンス・オブ・ウェールズの仕える主砲は、前部6門のみ。
「こんな大事な時に!!」
リーチ艦長は、忌々しげに喚いた。
「今しがた、応急修理班を向かわせています。後でその詳細をお知らせします。」
「分かった。」
そう言うと、リーチ艦長は受話器を置いた。
「敵2番艦、速力低下!」
第7斉射のうち、1発を後部に受けた敵2番艦は、それがきっかけとなったのか、ゆっくりとスピードを落とし始めた。
しかし、それでも斉射を放って来た。
お返しだ、とばかりに第8斉射がぶっ放される。
敵の斉射弾は、プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に落下して水柱を上げ、しばし敵2番艦の姿が見えなくなった。
そして、水柱が崩れ落ちた時、敵2番艦は大きく速力を落とし、もはや這うようなスピードでしか航行していなかった。
1分待っても、2分待っても、敵2番艦からは発砲の閃光は無い。
もはや、戦闘能力を喪失した事は、誰の目にも明らかであった。
「巡洋艦部隊より報告です。敵巡洋艦2隻撃沈、2隻大破。我が方の損害はカンバーランド中破、ナイジェリア中波です。
駆逐艦部隊からも、敵部隊撃退の報告が入っています。」
通信参謀が、たった今入って来た味方部隊の通信を、サマービルに報告した。
「駆逐艦部隊の損害は?」
「駆逐艦部隊は、エスキモーが大破。ヴァンパイア、ラーンが中破。モホーク、ラフォーレイ、セイバーが小破です。
戦果は5隻撃沈、3隻大破です。残りの敵艦隊は、グラーズレット方面に向けて遁走を開始しました。」
「そうか。」
サマービル中将は、ようやく安堵したような表情で答えた。
敵艦隊を遭遇して以来、常に緊張の連続であったが、その敵艦隊は護衛艦艇の応戦によって撃退された。
第26任務部隊は、イラストリアスを守り抜くという任務に成功したのだ。
「こっちも、敵戦艦2隻撃沈、1隻大破の戦果を挙げた。予想外の海戦だったが、これで敵の主力艦は3隻が沈み、
1隻が大破する損害を受けた。我々はこの海戦に勝利した。だが、」
サマービルは艦橋のスリッドガラスの所まで歩き、後ろに視線を送る。
彼の位置からは見えぬが、後方には、速力を低下させたレナウンが続航している。彼の気掛かりはそれにあった。
「戦いはまだ終わっていない。敵ワイバーンの制空権外に出るまでは安心出来んぞ。」
1482年 7月1日 午前5時 フェルレンデ岬沖西南西160マイル沖
空は、朝焼けの美しい色合いを見せながら、ようやく夜の闇を払拭しつつあった。空模様は晴れ。
普通の人ならば気持ちの良い天候だと、誰もが気を良くする。
しかし、日差しに照らし出された海上を航行する一群の船の乗員達には、誰一人として気を良くしているものはいなかった。
マオンド艦隊の予想外の襲撃を退けた第26任務部隊は、午前3時頃にイラストリアスと合流し、一路会合点に向かった。
「くそ・・・・・これじゃあまずいかもしれんな。」
イラストリアス艦長のスレッド大佐は、艦橋の張り出し通路で、TF26の寮艦を見渡しながらそう言った。
「艦隊速力が遅すぎる。敵ワイバーンの航続距離外に出るまでに、1度か2度は空襲があるかもしれない。」
昨日の夜戦で、TF26の護衛艦艇は、敵の襲撃艦隊を撃退したが、こちらも浅くない手傷を負った。
TF26旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズは砲塔1基が使用不能になり、中破の判定を受けた。
巡洋戦艦のレナウンは、右舷側の対空火器が全滅し、被弾の影響で速力が23ノットまでに低下して大破の判定を受けている。
このレナウンの速力低下は、艦隊速力の低下と言う副作用を起こしてしまい、今、マオンド側のワイバーンの航続距離圏内を、
TF26は脱出しようとしている。
「その時は、本艦が積んでいるシーハリケーンとワイルドキャットが頼りになりますな。」
副長のケニー・ダニガン中佐がどこか気楽な表情で言い返す。
「頼りにはなるだろうが、それでもわずか24機だ。大多数のワイバーンに襲われたら、24機ではあっさり突破されてしまうぞ。」
「でも、ワイバーンに比べて、優速のシーハリケーン、ワイルドキャットなら敵の数を減らしてくれますよ。
太平洋で起きた諸海戦では、敵の攻撃隊は直衛隊に必ず数を減らされています。」
「減らしても、完全に阻止する事はできなかった。だが、私としても、戦闘機隊は大いに頼りにしている。」
スレッド艦長は、飛行甲板に並べられているシーハリケーン、ワイルドキャットを見た。
戦闘機隊のパイロット達は、ほとんどが実戦を経験したばかりの猛者ぞろいだ。
敵のワイバーンがやって来たら、彼らは獅子奮迅の活躍を見せるだろう。
「何はともあれ、敵さんのワイバーンには来てもらいたくないね。」
スレッド艦長はそう言って、苦笑した。
「艦長、旗艦より通信です。」
唐突に、背後から通信兵が声をかけてきた。スレッド艦長は振り向く。
「何かな?」
「TF23、24、25が救援のため、わが艦隊に急行中との事です。」
その報告に、スレッド艦長は思わず顔を和ませた。
「そいつは朗報だ。頼りになる仲間が来るとなれば、荒んだ気分も落ち着くものだ。」
と、艦長は安堵したように言う。
仲間の来援に、TF26全体が気を緩みかけた時、1騎のワイバーンが、TF26がいる海域に向かって飛行していた。
1482年 7月1日 午前0時5分 グラーズレット南南西160マイル沖
敵艦隊の接近に、TF26司令部は色めき立った。
「潜水艦部隊はなぜ、この艦隊を見つけられなかったのだ?」
「そもそも、スパイ情報には敵艦隊南下の報告はなかったぞ!」
幕僚たちは、こぞって哨戒中の米潜水艦や現地のスパイを罵り始めた。
しかし、いくら罵っても仕方が無かった。実は、米潜水艦は首都とケベングの港にも派遣されていたが、
本国沿岸は敵の哨戒活動が厳しく、マオンド艦隊の出港を確認する事が出来なかった。
マオンド側は多数の駆逐艦や哨戒艇、それにワイバーンを飛び回らせ、潜水艦狩りに励んでいた。
このため、敵の探知を恐れる米潜水艦は、軒並み制圧されていた。
つまり、マオンド側は米潜水艦の封じ込めに成功していたのだ。
無論、その封じ込めが永遠に続く事は無く、時折米潜水艦は潜望鏡深度に浮上して周囲を哨戒している。
だが、運悪く、マオンド艦隊は米潜水艦が制圧されている時刻に出港していたのだ。
これでは分かるはずが無かった。
敵が現れた今、幕僚達の意識はこの敵とどう当たるかに移っていた。
そしてまず、サマービル中将はイラストリアスを避退させる事にした。
それから15分後、
「イラストリアス、第34駆逐隊のエレクトラ、エンカウンターと共に西に向かいました。」
戦艦プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上で、第26任務部隊司令官であるジェイムス・サマービル中将は、
その報告にただ頷くだけであった。
「それよりも、敵艦隊は今、どこまで迫っている?」
サマービルは気になる敵艦隊の動向を、参謀長のシャンク・リーガン少将に聞いた。
「水偵の報告によれば、我が艦隊北方20マイルの海域に戦艦3を含む艦隊が、25ノットのスピードで南南東に向かっているとの事です。」
「ふむ。」
サマービルは、頭の中で彼我の位置を確かめてみた。
第26任務部隊は、イラストリアスを分離させるまでは、ひたすら西に向かっていた。
しかし、15分前に、水上レーダーが捉えた敵艦隊はTF26の北方28マイルの距離におり、針路は交錯していた。
敵に謀られたのか、それとも偶然出くわしてしまったのか。
それは定かでは無いが、敵はTF26を見つけたのか、急にスピードを上げてTF26との距離を詰めている。
「艦隊が全速力で逃げようとしても、今の位置だと敵の針路と交錯してしまう。
いずれにせよ、一戦交えなければ、母港には帰れんと言う事だな。」
サマービルは艦橋の右舷側。北方の海域を眺めた。
闇の向こうには、TF26を逃がすまいと敵艦隊が全速力で向かいつつあるのだろうが、ここからだと、その様子は全く見れない。
その時、遠くの洋上で青白い光が煌いた。
その数秒後には、高射砲の炸裂らしき小さな光が、頻々と浮かんでは消える。
「偵察機より報告。敵は戦艦らしきもの3隻に巡洋艦4隻、駆逐艦12隻で編成される艦隊なり。
敵戦艦は、ジュンレーザ級と酷似せり。」
「ジュンレーザ級か。」
サマービルは小さく呟いた。
ジュンレーザ級戦艦は、シホールアンル海軍の保有する中速戦艦であり、艦形はニューメキシコ級に似ているという。
その類似艦を、マオンド側は押し立ててきたのだ。
「14インチ相当の砲を8門装備している戦艦だな。太平洋では、旧式戦艦がそれの発展型とやり合っているが、
なかなかに頑丈な艦だったと聞く。これが3隻もいるとは、ちとしんどいかもしれんな。」
サマービルは不安気な口調で言ったが、
「戦艦の数では不利ですが、我々には魚雷があります。雷撃力を生かせば、勝てぬ相手ではありません。」
現在、第26任務部隊は、イラストリアスを分離させた後、単縦陣に移行しつつある。
単縦陣は、プリンス・オブ・ウェールズ、レナウンで編成する主力と、巡洋艦4隻で編成する機動打撃部隊、駆逐艦12隻で編成する水雷戦隊の3つになり巡洋艦部隊と駆逐艦部隊は、主力を挟むようにして進んでいる。
単縦陣の移行は既に終えつつあり、後は戦闘開始を待つのみだ。
「それにしても、敵艦隊はレーダーを保有していない筈なのに、何故こちらを捕捉できたのでしょうか?」
リーガン少将は怪訝な口調でそう呟いた。
「ミスターリーガン。この世界は元いた世界と違ってファンタジー的な要素がてんこ盛りだ。レーダー以外にも
使えるものがある。恐らく敵艦隊には魔道士とやらが乗っているのだろう。その魔道士が、探査系の魔法を使って
こっちを探知したのかもしれん。」
「探知魔法ですか・・・・」
リーガンも話で聞いた事はある。
この世界の海軍には、夜間は専門の魔道士が幾人か乗り組み、周囲を生命反応探知魔法で捜索していると言う。
魔法に関してはミスリアル王国とやらが、世界一らしいが、シホールアンルは魔法の応用技術でミスリアルや
南大陸諸国に迫る勢いであり、魔法の使い手もシホールアンル軍には多数いるようだ。
その魔法を使える兵を、シホールアンルの同盟国であるマオンドが育成して使わぬはずが無い。
「使い手によっては、レーダーの探知範囲すらも上回る、と言う事ですか。」
「その通りだ。最も、」
サマービルは不敵な笑みを浮かべた。
「それだけで我が艦隊が負けるとは、限らんがね。」
第2艦隊がそれを探知した時、司令官のルーギエ・ウルーブ中将は仰天した。
「敵の空母機動部隊がいるのか!?」
彼は、報告にやって来た魔道士に問い質した。
「はい。南10ゼルド付近に多数の生命反応を探知できました。あの海域に、現在行動中の味方艦隊はおりません。」
ウルーブ中将の決断は早かった。
「なら話が早い。敵の退路を断つ!我がマオンドの土を踏みにじった蛮族共を皆殺しにするぞ!」
彼はそう言うなり、探知魔法で見つけた第26任務部隊の退路を断ち、撃滅する事に決めた。
グラーズグレットの惨状は、同地から発せられた魔法通信で既に分かっている。
特に、戦艦オールデイク爆沈の悲報には、誰もが青ざめた。
オールデイクは、第2艦隊の戦艦3隻建造の下地となった軍艦であり、レーフェイル大陸統一に
最も貢献した艦の1隻と言われている。
いわば、マオンド海軍の顔のようなものであった。そのオールデイクが、突然の奇襲によって撃沈された!
しかも、夜間とはいえ、多くの住民の居るグラーズレットで!!
早朝に、占領国の拠点を敵機動部隊に奇襲された挙句、国民の目の前で貴重な戦艦を無為に失ったのだ。
これえは、マオンド海軍の面目は丸潰れである。
「その汚点を少しでも和らげるには、敵の血が必要だ。」
ウルーブ中将は、化け物のような面で呻くように言う。
「今に見ておれ。貴様らの血を、一滴残らず絞り取ってくれる。」
艦隊は既に戦闘態勢に移行している。
戦艦部隊は戦艦のみの単縦陣を、巡洋艦は巡洋艦部隊の。駆逐艦は駆逐艦部隊の陣形を作っている。
敵艦隊に向けて突進し始めてから20分ほど経ち、彼我の距離が8ゼルドあたりまで迫った時、上空に青白い光が放たれた。
「司令、敵飛空挺です!」
主任参謀が、うろたえるような口調で彼に言った。
「うろたえるな。あれは偵察だ。雑魚には構わんでよい。」
ウルーブ中将は視線を前方に向けたまま、吐き捨てるように言う。
「敵艦隊、針路変えました!こちらに向かってきます!」
魔道士が新たな報告を伝えてきた。
「どうやら、敵も一戦交えぬと生きて帰れないと思ったのでしょう。」
「自ら死地に向かうか。面白い。」
ウルーブ中将は笑みを浮かべた。
「司令官、射撃はまだでありますか?」
艦長がウルーブ中将に聞いてきた。
「まだだ。せめて6・5ゼルドほどまで距離を縮める。」
第2艦隊に所属する戦艦3隻は、ジャーガルンダ級と呼ばれる艦であり、全てがマオンド産の戦艦である。
基準排水量14500ラッグ、全長98グレル(196メートル)幅18グレル。
武装は12・8ネルリ(32.8センチ)連装砲4基8門、4・8ネルリ(12.3センチ)高射砲8門に魔道銃32丁を搭載している。
速力は12・6リンル出せる。
砲撃力、速力はシホールアンルのオールクレイ級に劣るが、防御力に関しては同等である。
シホールアンルの払い下げ艦よりはずっと頼りがいのある戦艦と言える。
旗艦ジャーガルンダの他に、キーリンルグ、グラーズレッドが、第2艦隊の中核を成している。
これらが、巡洋艦、駆逐艦を従えて、今しも向かいつつある敵艦隊と決戦を行う。
「及び腰で撃っては当たるものも当たらない。今は必中距離まで発砲を控える。だが、敵艦隊の陣容を知る事は
必要だな。艦長、こちらも照明弾を撃とう。」
「分かりました。」
ジャンガルーダ艦長は頷くと、砲術科に指示を下す。
艦橋の前にある第1、第2砲塔では、兵員達が照明弾を装填し、次に装薬を方針に入れる。
「照明弾、装填完了しました。」
「うむ。距離は?」
ウルーブ中将は魔道士に聞いた。
「7・2ゼルドです。」
「もうそろそろだな。艦長、照明弾発射。敵艦隊の陣容を確かめる。」
ウルーブ中将が指示を下し、艦長が発射命令を出した。
右舷前方、敵艦隊の方向に向けられていた第1、第2砲塔が照明弾をぶっ放した。
やや間を置いて、アメリカ艦隊の上空で赤紫色の閃光が走った。
「敵艦隊視認!」
見張りがそう次げた時、敵艦隊の方角で発砲炎が広がった。
「敵艦発砲!」
ウルーブ中将や幕僚達の表情が変わった。
「発砲、だと?」
マオンド海軍は、戦艦での夜間砲戦の際には距離を6・5ゼルドまで詰めてから戦闘を開始するのが通例である。
今、彼我の距離は7・2ゼルド(21・6キロ)で、ジャンガルーダ級の射程内ではあるが、今砲戦を開始しても
命中精度は良いとは言えない。
「どうやら、アメリカ軍の奴らは相当慌てているのでしょうな。夜間砲戦の際はもっと近寄らねばいけませんのに。」
主任参謀はせせら笑うような口調でそう言った。
「焦りは禁物だな。」
ウルーブ中将も、敵艦隊の“拙劣な発砲”に嘲笑を浮かべた。
やや間を置いて、砲弾の飛翔音が木霊した。
「来た!」
誰かがそう呟いた時、先頭を行くジャンガルーダの左舷に水柱が立ち上がった。
「敵弾、左舷400グレルの位置に着弾!」
見張りの声が聞こえるが、その言葉に誰もが耳を疑った。
「400グレルだと!?間違いではないのか?」
「いえ、確かに400グレルです。」
ウルーブ中将は愕然とした表情で言うが、艦長は怜悧な口調で相槌を打った。
本来、砲戦での最初の射撃は弾着観測の意味合いが強く、外れるのは当たり前だ。
最初の弾着を元に、砲の向きを修正して精度を高めていく。
マオンド海軍は、最初の砲撃は大体が、目標の周囲に800か、最低でも600グレルの位置に落下する。
所が、アメリカ戦艦はそれよりも近距離に砲弾を落下させた。
「まぐれだろう。そうに違いない。」
そう言ってウルーブ中将は気を落ち着けようとした。その時、前方の敵艦隊が第2射を放った。
しばらくして、今度はジャンガルーダの前面に水柱が立ち上がった。
砲弾の水中爆発の余波は、ジャンガルーダの艦体を叩き、僅かに艦が揺れた。
「敵弾!前方420グレルの位置に着弾!」
その言葉に、ウルーブ中将の顔が少しばかり青くなった。
「司令官、発砲許可を!」
艦長が進言してきた。しかし、
「まだだ。及び腰では当たらんぞ。」
ウルーブ中将は艦長の進言を一蹴する。その直後、敵艦はみたび発砲を行う。
砲弾の飛翔音が鳴り響き、再びジャンガルーダの前面に幾本もの水柱が吹き上がった。
「敵弾、右舷より390グレルの位置に着弾!」
その直後の第4射も、ジャンガルーダの右舷に着弾。この時の着弾位置は400グレル。
「その及び腰の砲撃を撃つアメリカ艦は何故、連続で400グレル圏内に着弾を集中できるのです?
明らかに敵戦艦の乗員は手練です!今すぐ砲撃すべきです!」
「まだ6・8ゼルドある。もう少し待ちたまえ。」
その直後、第5射が降って来た。
それはジャンガルーダの左舷200グレルの海面に落下し、今まで以上に艦体を揺さぶった。
流石のウルーブ中将も、敵の射撃の正確さに不審を抱いた。
そして、彼は距離が詰まりきるのを待たずに艦長の進言を受ける事にした。
「砲撃開始!敵を叩き潰せ!!」
「敵1番艦、発砲しました!」
見張りが告げてきた。マオンド艦から発砲炎が見え、そのシルエットがあらわになる。
20秒ほどが経って、飛翔音が鳴り響き、それの音が最大に達した時、プリンス・オブ・ウェールズの左舷側に
4本の水柱が立ち上がった。
「敵も撃ち返してきたか。」
サマービル中将は小さく呟く。先ほどから、プリンス・オブ・ウェールズは敵に射弾を与えているが、
現在、彼我の隊形は正面から向かい合う反航戦の形になっている。
反航戦の場合、常に敵艦の位置が変わるから命中弾は思ったより出ない。
実際、プリンス・オブ・ウェールズとレナウンの射弾は敵1番艦の周囲に落下しているだけで命中弾は無い。
「参謀長、イラストリアスは今どこにいる?」
サマービル中将はリーガン参謀長に聞く。
「はっ。イラストリアスは現在、我々より西15マイルの所を全速力で離脱中です。」
「まだ近いな。」
サマービル中将は顔をしかめた。敵の狙いが空母である事は疑いが無い。
もし、敵艦に突破されるような事があれば、イラストリアスは多大な危険に晒される事になる。
「敵駆逐艦部隊!敵艦列より突出します!」
その時、マオンド艦隊の右翼を形成していた敵駆逐艦が、艦列から突出し始めた。明らかにこちらを振り切ろうとしている。
そればかりか、左翼に展開していた敵巡洋艦までもが、速力を上げて艦列から飛び出し始めた。
「巡洋艦部隊、駆逐艦部隊はこれを迎撃せよ!イラストリアスに1隻たりとも近づけさせるな!」
サマービルは大音声で巡洋艦群、駆逐艦群に指示を与える。
両翼の巡洋艦、駆逐艦群が待ってましたとばかりに速力を上げ、敵艦に突っかかっていく。
先に撃ち始めたのは味方駆逐艦であった。
先頭の駆逐艦が主砲を猛然と撃ちまくる。
それに対し、マオンド側も激しく撃ち返して来る。
マオンド側も意外と統制の取れた動きで味方の駆逐艦に勝負を挑んでくる。
その傍ら、巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡ケニア、ナイジェリアが敵の巡洋艦と
同航戦の態勢になって撃ち合いを開始した。
図らずも、双方の主力艦は互いに護衛を引き離された状態で相対することになった。
「艦長、取り舵一杯。敵に誘いを掛けてみよう。」
サマービルは敵将を試してみようと思った。
レーダーを用いた砲撃は、良好な成績をたたき出しているが、互いに位置を変えている事もあってなかなか命中弾を得られない。
それよりかは同航戦に入り、敵戦艦との勝負を一気に決めようとサマービルは思った。
敵艦が乗って来たらこのプリンス・オブ・ウェールズ、レナウンの主砲に物を言わせて一気に叩き潰す。
敵艦が乗らず、そのまま無視するようならば、そのまま後ろに回りこんで撃ちまくる。
いずれにせよ、手はある。後は敵将がどのような判断に出るかだ。
プリンス・オブ・ウェールズの艦体が左舷に回頭を始める。回頭をした瞬間、右舷側の海面に水柱が吹き上がった。
位置からして、プリンス・オブ・ウェールズの未来位置だ。
「敵もうまいな。あのまま進んでいたら、1発は食らっていたかも知れんな。」
傍らで、リーチ艦長が感嘆したように呟いた。
敵戦艦は発砲を7回繰り返した。いずれも命中弾を得るには到らなかったが、砲撃精度は発砲のたびに良くなっていた。
こちらより性能の劣る船とは言え、マオンド側にもできる奴はいるようだ。
「敵戦艦回頭!」
サマービルの誘いに、敵将は乗ってきた。3隻の敵戦艦は、2隻の戦艦と真っ向から勝負を挑むと決め、右舷に回頭する。
2隻の戦艦と、マオンド戦艦3隻が並び合うまで、そう時間はかからなかった。
彼我の戦艦が並びあい、互いの距離が17000メートルに縮まった時、
「よし。撃ち方始め!」
リーチ艦長がそう命じ、マオンド艦が発砲する前に、プリンス・オブ・ウェールズの14インチ砲が火を噴いた。
4連装砲のうち、1番砲と3番砲、連装砲のうち1番砲が14インチ砲弾を砲身からはじき出した。
その20秒後に、別の5門の主砲が砲弾を放つ。この時になって、敵戦艦もようやく主砲を撃つ。敵戦艦は全主砲を用いた斉射だ。
第1射が敵戦艦に落下する。
14インチ砲弾は敵戦艦を飛び越えて、右舷側の海面に水柱を吹き上げた。
続いて、第2射が敵戦艦の右舷側と左舷側に落下し、水柱を吹き上げた。
「夾叉です!」
見張りが喜びの混じった声音で報告した。
「第2射で夾叉とは。」
サマービルは驚いたような口調で呟いた。
「本艦には水上レーダーがあります。敵艦は水上レーダーではっきり捉えており、位置や速力の変化を常に、
砲術科に伝えてあります。そのデータを元に、我々は敵艦に砲撃を加えているのです。」
「私も話には聞いていたが・・・・電子の目は、魔法使いに勝る・・・・か。」
そう言うと、サマービルは内心で苦笑する。
子供の頃から、親から聞かされた御伽噺には魔法使いが出てくる事が何度もあった。
童心の頃の彼としては、その魔法使いの持つ驚異的な能力に驚き、憬れたものだ。
その憧れの魔法使いが乗る敵戦艦を、科学が生み出したレーダーというもので探し出し、巨弾をぶち込む。
(複雑なものだな)
サマービルはそう思った。第3射が放たれる寸前、敵弾がプリンス・オブ・ウェールズを飛び越して左舷側の海面に落下する。
弾着位置は艦より1200メートル付近。先の精度の良い射撃と比べ、あまりにもお粗末である。
「あの薄気味悪い照明弾が消えた今では、正確な射撃も望めんか。」
リーチ艦長が呟く。先の反航戦のさい、プリンス・オブ・ウェールズの上空に照明弾が煌いた。
だが、今はそれが無い。おそらく照明弾の助けが無い今では、先のような的確な射撃は望めないのだろう。
マオンド側も馬鹿ではない。主砲の代わりに、今度は舷側から発砲炎がいくつも見えた。
20秒後には、またもや赤紫色の光が辺りを照らし出した。そのバイオレンスな色合いは、見る者の心を、邪悪なものを植え付けようするかのようだ。
「いくら色が気味悪くても、射撃の手は緩めんさ。」
リーチ艦長は、挑戦的な笑みを暗闇の向こうの敵戦艦に向けて浮かべる。第4射が放たれ、艦体が揺れた。
そして、敵戦艦の中央部に異なる閃光が発せられた。
「よし!」
その閃光を視認したリーチ大佐は、思わず拳を強く握った。
敵戦艦の射撃精度が甘いうちにこちらが先鞭をつけたのだ。
まだ序盤とはいえ、プリンス・オブ・ウェーズルは敵1番艦に対して優位に立っている。
「一斉撃ち方用意!」
すかさず、リーチ艦長は次の指示を下した。右舷に向けられている14インチ砲がしばらく鳴りを潜めた。
その直後に、プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に16本の水柱が立ち上がった。
水柱によって、うっすらと見えていた影が隠れてしまう。
「敵は、本艦に対して、2隻で殴りかかっているのか。」
サマービルは、異様に多い水柱の数を見てそう呟いた。さきの斉射では、8本の水柱が上がったのみだが、今の水柱は16本。
2倍に増えている。マオンド側の戦艦はいずれも連装砲4基8門である。
敵艦の主砲が、アメーバのように分離増殖しない限り、単艦で多量の砲弾を撃てるはずが無い。
「恐らく、そうでしょう。先の反航戦といい、今の同航戦といい。本艦は常に正確な射撃を実施しています。
敵の指揮官は、まずは本艦を重点的に叩こうと思っているのでしょう。」
リーガン少将の言葉に、サマービルは頷く。
「合理的な判断だ。だが、こっちとしては、敵さんに潰されるつもりはない。」
その次の瞬間、10門の14インチ砲弾が一斉に放たれる。
グワガァーン!という雷鳴が至近で鳴ったような轟音が海上に木霊する。
やや間を置いてから、サマービルは言葉を続ける。
「逆に、こっちが奴らを叩き潰してやるだけだ。」
その時、敵1番艦の周囲に次々と水柱が吹き上がり、次いで前部と後部辺りに閃光が走る。
発砲炎ではない。
「敵1番艦に2弾命中!」
見張りの報告が艦橋に届けられた。
プリンス・オブ・ウェールズの放った14インチ砲弾は、2発が敵1番艦に突き刺さった。
まず艦首甲板に突き刺さった砲弾は最上甲板をぶち破り、第2甲板の兵員室で炸裂し、無人の兵員区画を叩き壊した。
2発目は後部の第4砲塔の横に着弾し、その場で炸裂。
最上甲板を大きく抉り取り、内部の砲塔要員をもみくちゃにした挙句、砲の旋回機構に故障を生じさせた。
敵も撃ち返して来る。プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に主砲弾が落下して、敵艦の姿が見えなくなる。
「レナウン被弾!」
見張りの声が聞こえた時、サマービルはハッとなった。
レナウンは敵3番艦を相手取っているが、プリンス・オブ・ウェールズと違って一向に命中弾を得られていない。
やっと夾叉弾が出た時、敵3番艦の12.8ネルリ砲弾が直撃した。この直撃弾は、後部甲板を襲った。
だが、レナウンの15インチ砲は全て健在で、最初の斉射をお返しとばかりにぶっ放した。
レナウンの第1斉射は敵3番艦を捉えた。
中央部に1発、後部に1発ずつ叩きつけられ、束の間、敵3番艦がびくっと震えたように見える。
しかし、流石は戦艦である。
自艦よりも口径の大きい砲弾を受けているにも関わらず、速力を落とす事も無くマオンド戦艦は次の斉射を放つ。
レナウンも、中央部に新たな1弾を叩きつけられた。
中央部に敷かれた高角砲が叩き潰され、1基の40ミリ8連装機銃が破片に銃身を叩き切られる。
それでも、レナウンは6門の主砲から、砲弾をいきり立つ猛獣の如く撃ち出した。
レナウンと敵3番艦が互いに砲弾をぶち込みあっている間、プリンス・オブ・ウェールズと敵1番艦の戦いはやや様相が異なっていた。
轟然と、10門の14インチ砲が咆哮し、放たれた第3斉射弾が敵1番艦に降り注ぐ。
敵1番艦は第6斉射を放つが、その直後、10発の14インチ砲弾が降り注いだ。
戦艦ジャンガルーダの艦橋が、被弾の衝撃で激しく揺れた。
「うおぉ!?」
ウルーブ中将は、司令官席から放り出されそうになるのを、必死で堪える。
ジャンガルーダの艦橋の前面が、炎の色で染まっていた。
艦長は、艦橋の前面を見るなり、呆然とした表情になった。
敵1番艦の放った砲弾は、ジャンガルーダの第1砲塔を叩き潰した。
天蓋を貫通した14インチ砲弾は砲塔内部でそのパワーを解放し、砲塔内で作業をしていた兵を皆殺しにした後、
砲の設備諸々を全滅させ、その1秒後には砲塔自体が綺麗さっぱり消え失せた。
後に残ったのは、土台の上で燃え盛る炎と、赤熱した砲塔の名残のみだった。
「敵1番艦を夾叉しました!」
ここでようやく、ジャンガルーダとキーリンルグの砲弾が敵1番艦を包み込んだ。
「勝負はこれからだぞ、アメリカ人!」
ウルーブ中将は、照明弾に照らされたアメリカ戦艦を睨みつけながら叫んだ。
その5秒後に第8斉射が放たれた。
第1砲塔と第4砲塔を使用不能にされたとは言え、依然として4本の主砲が残っている。
それに、敵2番艦は度重なる被弾であちこちから火災を起こしている。
3番艦のグラーズレットも敵弾7発を受けて大破同然だが、最悪でも相討ちに持っていける。
そして、あの敵戦艦を撃沈すれば、辛くも敵を撃退したとしてマオンドの面目も立つ。
第8斉射が放たれた時、敵戦艦も新たなる斉射を放って来た。
しかし、敵弾が飛翔音を轟かせる前に、ジャンガルーダ、キーリンルグの砲弾が周囲に落下した。
水柱が敵艦の後ろ半分を取り囲み、続いて敵1番艦の中央部と前部あたりで、合計3つの閃光が走った。
「やったぞ!」
ウルーブ中将は顔に喜色を浮かべた。だが、喜びも一瞬だった。
その次の瞬間、ギャガァン!というけたたましい金属音と、轟音、そして衝撃がジャンガルーダを襲った。
先の衝撃よりも、今の物はかなり大きい。
「第3砲塔に被弾!砲塔使用不能!」
「中央部に敵弾命中!第3甲板魔具室から火災発生!」
敵1番艦の正確な射弾は、ジャンガルーダを容赦なく蝕んでいる。
使える主砲はついに2門のみとなった。
そして、敵1番艦からは新たな斉射が放たれる。
「何故だ!?」
艦長の叫び声が聞こえた。まるで信じられぬと言った口調だ。
「確かに砲塔を直撃し、砲弾は炸裂した。なのに何故撃てる!?」
理由は簡単である。だが、艦長はその簡単な理由さえ分からぬほど、心身は痛めつけられていた。
確かに、敵1番艦には3発の主砲弾が命中した。
中央部では、火災炎らしきものが吹き上がり、敵1番艦も手傷を負った事は確かだ。
しかし、敵1番艦は砲塔部にも被弾したにも関わらず、斉射を放った。
第2砲塔が次の斉射を叩き出すが、最初の斉射に比べると、その発砲音は頼りなさげに聞こえた。
その直後、飛翔音がいつの間にか聞こえ、既に経験済みとなった凄まじい衝撃がジャンガルーダを襲う。
しかし、衝撃は収まるどころか、余計に大きくなった。
ウルーブ中将は、唐突に艦橋が持ち上がったの感じがして、ジャンガルーダが空に浮いたのかと思った。
度重なる被弾で、炎上していた敵1番艦の前部と中央部に1発ずつが命中した。
その直後、ハンマーでぶちかまされたような衝撃が、プリンス・オブ・ウェールズの艦体を揺さぶる。
ジャンガルーダ、キーリンルグから放たれた砲弾は、1発が艦橋横の甲板で炸裂し、2発目が第2煙突横の
甲板に着弾し、ポンポン砲や13.3センチ両用砲、28ミリ4連装機銃を破壊した。
この時、サマービルは信じられぬ光景を目撃した。
先ほどまで、炎上しながらも、25ノットのスピードで主砲を撃ちまくっていた敵1番艦が、
なんと艦首と艦尾を逆立てていた!
上がり方はやや上向いている、という感じであるが、中央部からは爆発と火災炎が高々と吹き上がり、
おびただしい破片が舞っているのも遠望できた。
サマービルやリーチ艦長、いや、艦橋に詰めていた者達は、誰もがこの突然の事態に呆然としていた。
それも、長くは続かない。
「敵1番艦、撃沈!」
見張りの声に、艦橋内で歓声が爆発した。その歓声をリーチ艦長は制した。
「浮かれるな!」
突然の怒声に、歓声に沸いていた艦橋は、瞬時に静まり返る。
「まだ敵2番艦がいる!それまでは浮かれてはならん!」
リーチ艦長の言葉に、誰もがばつの悪そうな顔を浮かべる。
しかし、次の瞬間には、それぞれの顔が戦闘時のそれへと変わった。
皆が普通の状態に戻った事を確かめたリーチ艦長は、電話で砲術科に指示を下す。
「敵1番艦は沈黙した。目標を敵2番艦に変更。」
「目標、敵2番艦アイアイサー!」
砲術長は弾んだ声で返事した。先の敵1番艦撃沈に、砲術科は士気が向上している事だろう。
敵2番艦は、旗艦爆沈というショックを味わったにもかかわらず、依然としてプリンス・オブ・ウェールズに砲撃を加えてきた。
新たに1発が、プリンス・オブ・ウェールズの第3砲塔と、艦橋横の甲板に突き刺さった。
第3砲塔に命中した12.8ネルリ砲弾は、分厚い天蓋を破る事はできず、その場で炸裂する。
艦橋横に命中した敵弾は、やはり装甲を貫く事ができず、その場で炸裂して破片を撒き散らした。
その時、プリンス・オウ・ウェールズに災厄が降りかかった。
「艦長!レーダーブラックアウトです!」
「何だと・・・」
リーチ艦長は顔をしかめた。
この時、プリンス・オブ・ウェールズの艦橋上には対水上レーダーが配置され、闇夜の向こうの敵艦を常に捉え続けていた。
ところが、立った今の被弾で、吹き上がった砲弾の破片が艦橋の側面を傷付けた。
それだけならばまだ蚊に刺された様なものだが、破片は側面のみならず、レーダーアンテナまでもをズタズタに切り裂いていた。
レーダーが使えないとなれば、後は光学照準に頼るしかない。
「光学照準射撃に切り替えよ!」
すかさず、リーチ艦長はレーダー射撃から光学照準射撃に切り替える。測的が終わるまでの間、敵2番艦は畳み掛けるように斉射を放つ。
第12斉射の1発が中央部に命中する。対空機銃や13.3センチ両用砲がまたもや破壊されて小火災が起きた。
第13斉射弾は艦尾に襲い掛かり、ポンポン砲を木っ端微塵に吹き飛ばす。
「敵3番艦落伍します!」
見張りの声が艦橋に聞こえてくる。敵3番艦はレナウンと打ち合っていたマオンド戦艦である。
「レナウンは?レナウンはどうなっている?」
リーチ艦長は最も気掛かりな事を見張りに聞く。
「レナウン健在です!あっ・・・・・」
最初は弾んでいた声音が、途端に力ないものに変わった。
「レナウン、落伍していきます!」
側でやりとりを聞いていたサマービル中将は、その言葉が聞こえるなり表情を曇らせた。
レナウンは、敵3番艦と壮絶な殴り合いを演じていた。
敵3番艦は13発の15インチ砲弾をぶち込まれ、4基の主砲は全て粉砕され、艦首を大きく沈み込ませながら、
這うような速度で避退しつつあった。
だが、レナウンも17発の12.8ネルリ弾を受け、主砲塔3基は依然健在であったが、後部艦橋を破壊され、
被弾の集中した右舷中央部から大火災を起こしていた。
それのみならず、艦尾に受けた命中弾で、1発が推進器系統の区画の真上に命中。
砲弾はその区画までに達しなかったが、爆発の影響で推進器の1つが致命的な故障を起こし、レナウンのスピードは急激に落ち始めた。
このため、29ノットを出せる高速艦は、今では20ノットを出せるかも分からぬ状態に追い込まれていた。
「レナウンがやられたか・・・・・こうなれば、敵2番艦との一騎打ちだな。」
サマービルは挑むような顔つきで敵2番艦を見据えた。
米海軍のニューメキシコ級や、レナウン、プリンス・オブ・ウェールズと似た艦影を持つマオンド戦艦。
敵1番艦は既に没し、3番艦も大損害を受けて退場したが、敵2番艦はなお退く事無く斉射を放ってくる。
(マオンド海軍が二流海軍という見識は、改めたほうがよさそうだ)
サマービルは敵2番艦の闘志に感嘆の念を覚えた。
「測的、完了!」
砲術科から報告が届けられる。それに頷いたリーチ艦長は、いつも通りの指示を下した。
「目標、敵2番艦、撃ち方始め!」
それから数秒後、プリンス・オブ・ウェールズの主砲が咆哮する。先と同様交互撃ち方からだ。
敵艦の舷側が閃光を発し、やや間を置いて赤紫色の光が沸き起こる。
敵は絶えず照明弾を打ち上げ、プリンス・オブ・ウェールズを照らし出している。
その敵艦の左舷側に水柱が立ち上がり、束の間敵2番艦が覆い隠される。
その水柱が崩れ落ちる前に敵2番艦が斉射を放つ。
何度聞いても聞きなれぬ飛翔音が木霊し、衝撃がプリンス・オブ・ウェールズを揺るがす。
「後部に命中弾!火災発生!」
砲弾は、後部甲板の非装甲部に命中して第2甲板で炸裂し、火災を発生させた。
「敵も上手くなってきたな。」
サマービルはうめくような声で言う。
プリンス・オブ・ウェールズは既に何発もの敵弾を受けているが、今の所傷は浅く、小破レベルに留まっている。
しかし、これ以上被弾が続けば大損害を受けてしまう危険は高い。
プリンス・オブ・ウェールズは、現世界の祖国であるイギリスで作られた、キングジョージV世級戦艦の2番艦だ。
竣工当初は、既に14インチから16インチ砲の時代に移っており、竣工早々、時代遅れの戦艦と酷評された。
だが、防御に関しては、16インチ搭載艦に匹敵する重装甲艦であり、14インチ搭載艦にしては極めて打たれ強い。
現に、プリンス・オブ・ウェールズは、ビスマルクと撃ち合った際に9発の38センチ砲弾を叩きつけられ、避退したが、
機関部には損傷は無く、全速力で避退出来た。
避退するまでの間ビスマルクに5発を命中させ、ビスマルクの行動力を著しく阻害させている。
しかし、いくら重装甲で覆っていようが、口径の弱い敵弾とは言え繰り返し当たり続ければ強度は落ちる。
マオンド艦の射撃は正確であり、容赦なく12.8ネルリ弾をプリンス・オブ・ウェールズに叩き込んでいる。
敵が有効弾を得る前に、早めに無力化させる必要があった。
プリンス・オブ・ウェールズが第2射を放つ。
入れ違いに、敵弾が殺到し、そのうちの1発が第1砲塔に命中して弾ける。
「第1砲塔に命中せるも、損害軽微!」
それに対して、プリンス・オブ・ウェールズの射弾は、敵2番艦を飛び越した。
更に第3射が放たれるが、今度は敵艦の手前で空しく水柱を吹き上げる。
対する敵の斉射は、2発がプリンス・オブ・ウェールズの後部と、中央部を叩いた。
「後部甲板に被弾!火災発生!」
「中央部に被弾!クレーン全壊!」
敵弾は、内部までには達しないが、上部構造物に対しては確実に被害をもたらしている。
プリンス・オブ・ウェールズが舐めるなとばかりに第4射が放たれるが、今度は敵2番艦を全弾が飛び越える。
そして、入れ違いに飛来する敵弾は、またもや2発が前部と、後部の第3砲塔に突き刺さる。
「前部甲板より火災発生!」
「第3砲塔より報告。兵員2名負傷、補充要員を使います!」
まるで、魔法使いの黒魔術を受けたように、プリンス・オブ・ウェールズの弾は命中しない。
それに対し、敵2番艦の砲弾は次々と命中する。
第5射も動揺、空振りに終わる。そして、敵の斉射は新たに1発が中央部の甲板を叩く。
「くそ、一方的に叩かれるとは!」
リーチ艦長の避退に、脂汗が滲む。
相手はプリンス・オブ・ウェールズより性能の劣る艦だ。それなのに、射弾は正確で、刻一刻と、こちら側を痛みつけている。
「早く、命中弾が出ないものか?」
サマービルもまた、焦燥の念を浮かべていた。
第6射が放たれ、それから20秒近く経った時、敵2番艦を4発の砲弾が飛び越え、1発の砲弾が手前に落下して水柱を吹き上げる。
夾叉弾だ。
続いて、第7射が放たれる。その直後、敵弾が後部に1発命中する。
命中した砲弾は後部甲板の火災をより拡大させ、ダメージコントロールチームがこれまで以上に懸命に被弾区画に消化剤や水をぶちまける。
その時、敵1番艦の周囲に水柱が、そして、中央部に閃光が走る。命中弾である。
「一斉撃ち方!」
リーチ艦長は次のステップに移らせた。しばし、主砲が沈黙する。
斉射が放たれる前に敵弾が落下してきた。だが、敵弾はプリンス・オブ・ウェールズを夾叉するが、一発も当たらない。
「この期に及んで外すとは。」
リーチ艦長はぼそりと呟いた。その次の瞬間、めくるめく閃光が前甲板、後部甲板を覆った。
プリンス・オブ・ウェールズの放った斉射弾は3発が敵2番艦の前部と、中央部に命中した。
吹き上がる火炎が敵2番艦の姿を照らし出した。
その10秒後に、敵2番艦も斉射を放つ。しかし、前甲板の光量は、先のものと比べて明らかに小さい。
「まずは砲塔を1つ、か。」
リーチ艦長はそう呟いて、頷く。その直後、敵弾も周囲に落下し、被弾の衝撃が艦を揺さぶった。
「第2砲塔に命中弾!損害なし!」
敵弾は第2砲塔の天蓋に命中したが、分厚い装甲板に阻まれて、これまで同様その場で炸裂する。
第1斉射から40秒後に第2斉射が放たれる。
今度は2発が敵2番艦の後部甲板と中央部に命中し、新たな火災炎が沸き起こった。
敵2番艦もその20秒後に斉射を放つ。今度は1発が前部の非装甲部に命中して、おびただしい破片を吹き上げた。
「前部甲板に新たな火災発生!」
「応急班、消火急げ!」
リーチ艦長は、新たな被害報告に対してすかさず指示を下す。
プリンス・オブ・ウェールズが新たに第3斉射を放った。
今度は3発が命中した。1発は後部に命中し、爆炎が沸き起こる。その中に細長い棒状のようなものが空中に浮かんでいた。
2発は中央部と艦橋横の甲板にぶち込まれて、そこからも新たな火災炎が上がる。
「敵2番艦は、確実に戦闘力を失いつつあります。」
「うむ。」
リーチ艦長の言葉に、サマービルは頷く。
双眼鏡の向こうの敵2番艦は、あちこちから火災を起こし、艦上構造物も酷く傷ついている。
だが、速度は相変わらず25ノット程度を維持し、まだ諦めてはいないとばかりに新たな斉射を放つ。
「異世界の軍艦とはいえ、敵は軍艦の作り方をよく分かっているようだ。」
サマービルは小さく呟いた。第4斉射が放たれ、プリンス・オブ・ウェールズがまたもや揺れる。
敵2番艦の弾着を確認する前に、敵の砲弾が落下してきた。ガーン!という音と衝撃がなり、艦体がわなないた。
「後部艦橋に命中弾!死傷者多数!」
「!!」
誰もが顔を見合わせる。
敵弾は、後部艦橋の側面に命中して炸裂し、表面を大きく抉り、後部艦橋に詰めていたダメージコントロールチームの
班長他、24名全員をなぎ倒し、後部艦橋は破壊されてしまった。
「おのれぇ・・・・・」
リーチ艦長は、火を噴くような眼つきで敵2番艦を睨み付けた。
更に、第5斉射、第6斉射と主砲がぶっ放される。
第5斉射では2発が、第6斉射では新たに4発が敵2番艦をまんべんなく叩いた。
だが、それでも、敵2番艦は速力を衰えさせる事無く、相変わらず斉射を放ってくる。
「くそ、なんてしぶといのだ!」
サマービルは思わずそう言った。既に、敵戦艦は各所から火災と黒煙を吹き上げ、満身創痍の状態だ。
2基の連装砲と艦橋は無事なようだが、もはや正確な照準は望める状態にはない。だが、それでも敵2番艦は撃つ。
敵の斉射弾がプリンス・オブ・ウェールズに殺到した。周囲の海面にドカドカと砲弾が落下し、プリンス・オブ・ウェールズが覆い隠される。
その直後、後部の辺りでガァン!という衝撃が艦体を揺さぶった。既に幾度も味わった被弾の衝撃だが、慣れる事は無い。
「これで16発目ですな。」
リーガン参謀長が、顔を強張らせながら言ってきた。その直後に、第7斉射が放たれた。
第7斉射の発砲音は、先のものと比べて、どこか小さいように感じられた。
「異世界の国でも、あのような艦には粒選りの精鋭を乗り組ませてあるんだろう。道理で射撃の精度が良い訳だ。」
サマービルは苦笑しながら言うが、その苦笑も、艦橋に届けられた報告によって消えた。
報告を送って来たのは副長であった。
「第3砲塔に命中弾!第3砲塔使用不能!」
「何ぃ!?」
リーチ艦長は思わず目を剥いた。
「第3砲塔が破壊されたのか!?」
「いえ、砲塔に直撃弾は受けましたが、砲自体は破壊されていません。ですが、被弾の影響で装填、旋回機構が破損し、
砲の操作が不能となりました。」
思わず、リーチ艦長は頭が痛くなった。
実を言うと、キングジョージV世級戦艦の4連装主砲塔はよく故障を起こしやすい。1番艦であるキングジョージV世は、演習中にも4連装主砲塔の装填機構が度々故障を起こし、実戦となったフランス沿岸の艦砲射撃でも、わずか7斉射でまたもや装填機構故障を起こして慌てて帰投している。
そして、当のプリンス・オブ・ウェールズも、ビスマルク追撃戦の際には同様の故障を砲撃戦の最中に起こしている。
そしてそれよりも悪い故障が、第3砲塔で起きてしまったのだ。これで、プリンス・オブ・ウェールズの仕える主砲は、前部6門のみ。
「こんな大事な時に!!」
リーチ艦長は、忌々しげに喚いた。
「今しがた、応急修理班を向かわせています。後でその詳細をお知らせします。」
「分かった。」
そう言うと、リーチ艦長は受話器を置いた。
「敵2番艦、速力低下!」
第7斉射のうち、1発を後部に受けた敵2番艦は、それがきっかけとなったのか、ゆっくりとスピードを落とし始めた。
しかし、それでも斉射を放って来た。
お返しだ、とばかりに第8斉射がぶっ放される。
敵の斉射弾は、プリンス・オブ・ウェールズの右舷側海面に落下して水柱を上げ、しばし敵2番艦の姿が見えなくなった。
そして、水柱が崩れ落ちた時、敵2番艦は大きく速力を落とし、もはや這うようなスピードでしか航行していなかった。
1分待っても、2分待っても、敵2番艦からは発砲の閃光は無い。
もはや、戦闘能力を喪失した事は、誰の目にも明らかであった。
「巡洋艦部隊より報告です。敵巡洋艦2隻撃沈、2隻大破。我が方の損害はカンバーランド中破、ナイジェリア中波です。
駆逐艦部隊からも、敵部隊撃退の報告が入っています。」
通信参謀が、たった今入って来た味方部隊の通信を、サマービルに報告した。
「駆逐艦部隊の損害は?」
「駆逐艦部隊は、エスキモーが大破。ヴァンパイア、ラーンが中破。モホーク、ラフォーレイ、セイバーが小破です。
戦果は5隻撃沈、3隻大破です。残りの敵艦隊は、グラーズレット方面に向けて遁走を開始しました。」
「そうか。」
サマービル中将は、ようやく安堵したような表情で答えた。
敵艦隊を遭遇して以来、常に緊張の連続であったが、その敵艦隊は護衛艦艇の応戦によって撃退された。
第26任務部隊は、イラストリアスを守り抜くという任務に成功したのだ。
「こっちも、敵戦艦2隻撃沈、1隻大破の戦果を挙げた。予想外の海戦だったが、これで敵の主力艦は3隻が沈み、
1隻が大破する損害を受けた。我々はこの海戦に勝利した。だが、」
サマービルは艦橋のスリッドガラスの所まで歩き、後ろに視線を送る。
彼の位置からは見えぬが、後方には、速力を低下させたレナウンが続航している。彼の気掛かりはそれにあった。
「戦いはまだ終わっていない。敵ワイバーンの制空権外に出るまでは安心出来んぞ。」
1482年 7月1日 午前5時 フェルレンデ岬沖西南西160マイル沖
空は、朝焼けの美しい色合いを見せながら、ようやく夜の闇を払拭しつつあった。空模様は晴れ。
普通の人ならば気持ちの良い天候だと、誰もが気を良くする。
しかし、日差しに照らし出された海上を航行する一群の船の乗員達には、誰一人として気を良くしているものはいなかった。
マオンド艦隊の予想外の襲撃を退けた第26任務部隊は、午前3時頃にイラストリアスと合流し、一路会合点に向かった。
「くそ・・・・・これじゃあまずいかもしれんな。」
イラストリアス艦長のスレッド大佐は、艦橋の張り出し通路で、TF26の寮艦を見渡しながらそう言った。
「艦隊速力が遅すぎる。敵ワイバーンの航続距離外に出るまでに、1度か2度は空襲があるかもしれない。」
昨日の夜戦で、TF26の護衛艦艇は、敵の襲撃艦隊を撃退したが、こちらも浅くない手傷を負った。
TF26旗艦であるプリンス・オブ・ウェールズは砲塔1基が使用不能になり、中破の判定を受けた。
巡洋戦艦のレナウンは、右舷側の対空火器が全滅し、被弾の影響で速力が23ノットまでに低下して大破の判定を受けている。
このレナウンの速力低下は、艦隊速力の低下と言う副作用を起こしてしまい、今、マオンド側のワイバーンの航続距離圏内を、
TF26は脱出しようとしている。
「その時は、本艦が積んでいるシーハリケーンとワイルドキャットが頼りになりますな。」
副長のケニー・ダニガン中佐がどこか気楽な表情で言い返す。
「頼りにはなるだろうが、それでもわずか24機だ。大多数のワイバーンに襲われたら、24機ではあっさり突破されてしまうぞ。」
「でも、ワイバーンに比べて、優速のシーハリケーン、ワイルドキャットなら敵の数を減らしてくれますよ。
太平洋で起きた諸海戦では、敵の攻撃隊は直衛隊に必ず数を減らされています。」
「減らしても、完全に阻止する事はできなかった。だが、私としても、戦闘機隊は大いに頼りにしている。」
スレッド艦長は、飛行甲板に並べられているシーハリケーン、ワイルドキャットを見た。
戦闘機隊のパイロット達は、ほとんどが実戦を経験したばかりの猛者ぞろいだ。
敵のワイバーンがやって来たら、彼らは獅子奮迅の活躍を見せるだろう。
「何はともあれ、敵さんのワイバーンには来てもらいたくないね。」
スレッド艦長はそう言って、苦笑した。
「艦長、旗艦より通信です。」
唐突に、背後から通信兵が声をかけてきた。スレッド艦長は振り向く。
「何かな?」
「TF23、24、25が救援のため、わが艦隊に急行中との事です。」
その報告に、スレッド艦長は思わず顔を和ませた。
「そいつは朗報だ。頼りになる仲間が来るとなれば、荒んだ気分も落ち着くものだ。」
と、艦長は安堵したように言う。
仲間の来援に、TF26全体が気を緩みかけた時、1騎のワイバーンが、TF26がいる海域に向かって飛行していた。