第292話 蛙飛び作戦
1486年(1946年)2月某日 午後1時 レスタン・ヒーレリ北部国境
この日の天候は、1月末より続く天候不順の影響もあって空は雪雲に覆われており、大地は降りしきる雪のため、真っ白に染まっていた。
木材の卸売りを生業としているドヴィクロ・ミハルクは、馬車の御者台に座り、隣の少年と雑談を交わしながら雪中の平原を走っていた。
木材の卸売りを生業としているドヴィクロ・ミハルクは、馬車の御者台に座り、隣の少年と雑談を交わしながら雪中の平原を走っていた。
「シホールアンルの連中が北に逃げて、ようやく本業に復帰できた訳だが……こうも天気が悪いとやり難くていかんな」
「ですが親方、雪の量はまだ多くないですよ」
「ですが親方、雪の量はまだ多くないですよ」
ミハルクは確かにそうだなと返しつつ、腕時計に目を向けた。
「……本当、羨ましいですよ」
「まーた同じ事をいいやがる。そんなに時計が欲しいか?」
「だってカッコイイじゃないですか。それに、時間を管理できるとなんか、偉くなったみたいでいいじゃないですか!」
「まーた同じ事をいいやがる。そんなに時計が欲しいか?」
「だってカッコイイじゃないですか。それに、時間を管理できるとなんか、偉くなったみたいでいいじゃないですか!」
少年は目を輝かせながらミハルクに言う。
それを彼はまあまあと小声で呟きながら、両手を上げて制した。
それを彼はまあまあと小声で呟きながら、両手を上げて制した。
「まぁしかし、知り合いになったアメリカ兵から酔った勢いで貰ったコイツだが、確かに便利だな。時間が管理できるようになったおかげで、仕事もより計画的にできるようになったし。しかも名前まで付いているとはね」
「ロレックスと言ってましたっけ?」
「ああ、確かそんな名前だったな。アメリカ兵からは、前にいた世界では結構高価な代物だったと聞いている。そんな物をポンとくれるとはね、相当に気前が良かったな」
「ロレックスと言ってましたっけ?」
「ああ、確かそんな名前だったな。アメリカ兵からは、前にいた世界では結構高価な代物だったと聞いている。そんな物をポンとくれるとはね、相当に気前が良かったな」
ミハルクは数ヵ月前の酒席での出来事を思い出していたが、それは少年が彼の肩を叩いた所で唐突に中断された。
「親方、例の場所です」
「おっと。あと少しで踏切か」
「おっと。あと少しで踏切か」
ミハルクは、真っ白に彩られた地面の中で、若干高めに吹き上がった白線のような物を見つめた。
その線の上には、鉄の棒が置かれており、それは左右に広がっている。
その線の上には、鉄の棒が置かれており、それは左右に広がっている。
「あっ、丁度向かって来ましたよ」
少年はある方向……南側を指差した。
それに触発されたかのように、指を指した方角からけたたましい音が響き渡ってきた。
それに触発されたかのように、指を指した方角からけたたましい音が響き渡ってきた。
「チッ、しばらくは踏切の前で待たんといかんな」
ミハルクはタイミング的に踏切を渡れないと思い、雪で見え辛くなった境界線の前まで、そのままの歩調でゆっくりと馬車を進ませていく。
境界線に着くまでに、アメリカ製の列車は警笛を鳴らしながら踏切を通過し始めた。
先頭を機関車と呼ばれた動力車が、白煙を吐きながら独特の轟音と共に走り去り、窓の付いた有蓋列車が機関車に引っ張られていく。
有蓋列車は6両ほど続いた後、無蓋貨車に変わっていく。
境界線に着くまでに、アメリカ製の列車は警笛を鳴らしながら踏切を通過し始めた。
先頭を機関車と呼ばれた動力車が、白煙を吐きながら独特の轟音と共に走り去り、窓の付いた有蓋列車が機関車に引っ張られていく。
有蓋列車は6両ほど続いた後、無蓋貨車に変わっていく。
「戦車が1、2、3、4……毎度毎度、とんでもない数だな」
ミハルクは、貨車の上に搭載された戦車の数を10まで数えたが、その後も続いたため、数えるのをやめた。
「アメリカさんの軍用列車……最近やたらに多いと思いませんか?」
「ああ。妙に多いな」
「ああ。妙に多いな」
ミハルクは少年にそう答えつつ、目の前を通り過ぎる列車を見つめ続ける。
レスタン民主共和国には、シホールアンルが敷設した鉄道が残っており、昨年初春にレスタンが連合国に占領されてからは、戦闘で破壊された鉄道をアメリカ軍が修理して復旧させ、夏の終わり頃から物資の輸送に使っている。
レスタン民主共和国には、シホールアンルが敷設した鉄道が残っており、昨年初春にレスタンが連合国に占領されてからは、戦闘で破壊された鉄道をアメリカ軍が修理して復旧させ、夏の終わり頃から物資の輸送に使っている。
鉄道の使用量は普段から多いが、ここ1週間程前からは、軍用列車の通過本数がかなり増えていた。
特に南から北へ向かう列車が多く、その多くは戦車や軍用車両を搭載していた。
今回は戦車の他に、布で覆われている物の、細長い棒状のような物。
明らかに野砲と思しきものが多数積載されていた。
特に南から北へ向かう列車が多く、その多くは戦車や軍用車両を搭載していた。
今回は戦車の他に、布で覆われている物の、細長い棒状のような物。
明らかに野砲と思しきものが多数積載されていた。
「戦車に大砲に、トラックと……北でまた何かやるのかな」
「親方、俺はあの貨車に乗っているトラックが欲しいですね」
「親方、俺はあの貨車に乗っているトラックが欲しいですね」
少年の声を聴いたミハルクは、思わず眉を顰めた。
「また言うか……俺達がトラックを持てる訳ないだろう。あれはアメリカ軍しか使えんぞ」
「でも、あれが使えれば俺たちの仕事は結構楽になると思いませんか?」
「そりゃ楽になるさ。でも、今は使えんよ」
「でも、あれが使えれば俺たちの仕事は結構楽になると思いませんか?」
「そりゃ楽になるさ。でも、今は使えんよ」
ミハルクは物憂げな口調で少年に言ったが、少年は物欲しそうな表情で軍用列車を見つめ続ける。
「……いつか、トラックやジープを買えるようになりたいなぁ」
(いや、買えるだけじゃなくて、俺達が車が作れるようになれば、レスタンはもっと楽になるかな)
(いや、買えるだけじゃなくて、俺達が車が作れるようになれば、レスタンはもっと楽になるかな)
少年は心の中でふとそう思った。
軍用列車の列は思いのほか長く、永遠に続いているようにも思えた。
軍用列車の列は思いのほか長く、永遠に続いているようにも思えた。
2月16日 午前10時
ヒーレリ共和国 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ
「第5艦隊の指揮を、お渡しいたします」
フランク・フレッチャー海軍大将は、テーブルを挟んで立つ将官に向けて、事務的な口調でそう告げる。
「第5艦隊の指揮を継承いたします」
第5艦隊司令長官に任命されたレイモンド・スプルーアンス大将は、幾分小さな声音でそう返した後、互いに席に座った。
「さて、これで私の役目は終わったな」
ホッとしたような表情を浮かべながら、フレッチャー提督はそう言い放つ。
「昨年9月から半年間か。長い間ご苦労だった」
スプルーアンス提督はやや微笑みながら、ねぎらいの言葉をかけた。
「いやはや……長いようで短い。それでいて、短いようで長い半年だった気がする。それに酷く疲れてしまった」
「敵の主力艦隊を、犠牲を払いながらも完膚なきまでに壊滅させた上に、更に何ヶ月もの間、作戦行動を行って来たのだ。疲れない方がおかしい」
「うむ、それもそうだ」
「敵の主力艦隊を、犠牲を払いながらも完膚なきまでに壊滅させた上に、更に何ヶ月もの間、作戦行動を行って来たのだ。疲れない方がおかしい」
「うむ、それもそうだ」
フレッチャーは苦笑しながらそう返しつつ、顔を顰めながら自らの肩を揉んだ。
「敵の機動部隊や水上部隊を叩きのめした後はやや気が楽になったが、人間、少しだけの休みを取っただけでは疲れを取り切れん物だな」
「しかし、シホールアンル海軍はこれで主力の海上打撃部隊の大半を一挙に失った。太平洋戦線でも第3艦隊が敵水上部隊を軍港ごと壊滅させている。海上作戦に関してはこれまで以上に良い環境になったと言えるだろう。その一端を担った貴官は、堂々たる凱旋になる訳だ」
「なに、私は大した事はしておらんさ」
「しかし、シホールアンル海軍はこれで主力の海上打撃部隊の大半を一挙に失った。太平洋戦線でも第3艦隊が敵水上部隊を軍港ごと壊滅させている。海上作戦に関してはこれまで以上に良い環境になったと言えるだろう。その一端を担った貴官は、堂々たる凱旋になる訳だ」
「なに、私は大した事はしておらんさ」
フレッチャーは頭を振りながらそう言い放つ。
「第5艦隊の司令部スタッフや、各母艦航空隊や艦の将兵達が優秀だっただけだ。あの大勝利は彼等の努力のお陰さ」
「なるほど……しかし、それは貴官の指揮無くして果たせなかった事でもある。だから、あの大勝利は貴官の功績でもある。あまり過度な謙遜はやらぬ方が良いだろうな」
「確かに。肝に銘じておこう」
「なるほど……しかし、それは貴官の指揮無くして果たせなかった事でもある。だから、あの大勝利は貴官の功績でもある。あまり過度な謙遜はやらぬ方が良いだろうな」
「確かに。肝に銘じておこう」
フレッチャーは苦笑を浮かべながら、スプルーアンスの指摘を受け入れた。
「ところで、ニミッツ長官がレスタン共和国の首都で主立った連合軍将官と合同会議をやっているそうだな」
「うむ。今後の合衆国陸海軍、連合国軍の作戦行動の確認といった所だ」
「うむ。今後の合衆国陸海軍、連合国軍の作戦行動の確認といった所だ」
フレッチャーの問いに、スプルーアンスは答えながらも、数日前に見たニミッツの顰めっ面を思い出していた。
「今頃はファルヴエイノの一室で陸軍の将星達と話し合っておるんだろうが……ニミッツ長官は今どんな気持ちで会議に参加しているんだろうな…」
「ん?ニミッツ長官に何かあったのかね?」
「ん?ニミッツ長官に何かあったのかね?」
スプルーアンスが眉を顰めるのを見たフレッチャーは、すかさず問いかけて来る。
「いや、特に何も無い……という事は無いな。貴官は聞いているかね?本国で新しい艦の建造が決まった事を」
「ジャクソンヴィル級軽巡の事か?あの艦の建造なら既に決まっていた事だ。それで別にニミッツ長官が気に止むことでは無いと思うが」
「ジャクソンヴィル級だけならそうであったさ。だが、本国ではもっと大きい艦の建造が決まって、近日中に報道される手筈になっている」
「もっと大きい艦だと?リプライザル級を量産するのかね?」
「ジャクソンヴィル級軽巡の事か?あの艦の建造なら既に決まっていた事だ。それで別にニミッツ長官が気に止むことでは無いと思うが」
「ジャクソンヴィル級だけならそうであったさ。だが、本国ではもっと大きい艦の建造が決まって、近日中に報道される手筈になっている」
「もっと大きい艦だと?リプライザル級を量産するのかね?」
大型空母なぞこれ以上必要ないだろうが、と、フレッチャーは心中で付け加えた。
しかし、スプルーアンスは即座に否定した。
しかし、スプルーアンスは即座に否定した。
「いや、空母ではない。戦艦だ」
「戦艦だと!?なぜ今更……!」
「戦艦だと!?なぜ今更……!」
フレッチャーは困惑した。
「本国にいた時、名前の決まっていない設計中の大型戦艦が一応計画されていると聞いておったが、まさか、建造が決まった戦艦というのはそれかね?」
「そうだ。1番艦東海岸のドックで近々起工式が始まる予定だ。名前も既に決まっていて、1番艦ジョージアと付けられるそうだ。建造数はあくまで予定だが、最低でも4隻は作るらしい」
「そうだ。1番艦東海岸のドックで近々起工式が始まる予定だ。名前も既に決まっていて、1番艦ジョージアと付けられるそうだ。建造数はあくまで予定だが、最低でも4隻は作るらしい」
それを聞いたフレッチャーは、ますます困惑した顔を浮かべる。
「今は空母の時代だ。確かに、アイオワ級を始めとする新鋭戦艦群はよく任務をこなし、強大な敵水上部隊を破り、地上部隊の支援に大きく活用されてきたが、空母機動部隊が全盛となったこの時期に、新たに4隻の新鋭戦艦を作るとは……非効率極まりない事かと思うが」
フレッチャーは静かながらも、ハッキリとした口調で指摘する。
新造戦艦……もとい、ジョージア級と呼ばれたこの戦艦は、まさに合衆国海軍最大最強の戦艦と言えた。
全長は285メートル、全幅は37.2メートルとなっており、武装は48口径17インチ3連装砲4基12門に5インチ連装両用砲10基20門を有し、この他に3インチ連装両用砲や40ミリ4連装機銃、20ミリ機銃といった多数の対空火器も搭載する予定である。
装甲部は舷側で450ミリ、甲板で190ミリ、主砲防盾は520ミリで、司令塔は550ミリを予定している。
基準排水量は空荷状態でも63000トンで、通常時70000トン、満載時には80000トンを超える想定である。
装甲部は舷側で450ミリ、甲板で190ミリ、主砲防盾は520ミリで、司令塔は550ミリを予定している。
基準排水量は空荷状態でも63000トンで、通常時70000トン、満載時には80000トンを超える想定である。
大きさ、武装、重量共に、前級のアイオワ級を凌いでおり、対空火力もかなりの物だ。
ただ、これだけの巨大戦艦となると、大幅な速力減となる事が想定されるが、ジョージア級戦艦に搭載される機関もまた進化している。
艦の深部には、バブコック&ウィルコックス式重油専焼ボイラー8基、GE式蒸気ギヤードタービンが4基4軸搭載される。
エンジン部分の表面だけを見ればアイオワ級と大差ないように思えるが、中身は1945年以降に作られる最新の機関部であり、予定では240000馬力の出力を発揮し、満載ともなれば80000トンの大台に達するジョージアを時速28ノットから30ノットのスピードで航行させる事が可能と言われている。
これには、艦首下部に装着されるバルバスバウの効果も見込まれており、実現すれば、アイオワ級を凌ぎながらも、ほぼ同等の快速を得る大型戦艦が登場するという事になる。
艦の深部には、バブコック&ウィルコックス式重油専焼ボイラー8基、GE式蒸気ギヤードタービンが4基4軸搭載される。
エンジン部分の表面だけを見ればアイオワ級と大差ないように思えるが、中身は1945年以降に作られる最新の機関部であり、予定では240000馬力の出力を発揮し、満載ともなれば80000トンの大台に達するジョージアを時速28ノットから30ノットのスピードで航行させる事が可能と言われている。
これには、艦首下部に装着されるバルバスバウの効果も見込まれており、実現すれば、アイオワ級を凌ぎながらも、ほぼ同等の快速を得る大型戦艦が登場するという事になる。
だが、フレッチャーから見れば、ジョージア級のような大型戦艦は、時代遅れの産物にしか見えなかった。
「仮に、今在籍している旧式戦艦群を全艦退役させるにしても、アイオワ級も含めて11隻の大型戦艦を有し、サウスダコタ級やアラスカ級といった戦艦、巡戦も加えると、計17隻もの戦艦を抱える事になる。ただでさえ、多数の正規空母を始めとする膨大な数の艦艇が海軍籍に編入されているのだ。戦後は、この大海軍が財政を大きく圧迫する事は火を見るよりも明らか。それなのに、使い勝手の良い空母ではなく、戦艦を4隻も新造するのは……ニミッツ長官はもとより、キング提督も重々承知し取ったはずだ。それなのに何故?」
「どうやら、大統領閣下が関わっているらしい」
「大統領閣下が………ううむ、訳が分からんぞこれは。まだジャクソンヴィル級やデモイン級を幾らか増産した方が現実的だと言うのに」
「どうやら、大統領閣下が関わっているらしい」
「大統領閣下が………ううむ、訳が分からんぞこれは。まだジャクソンヴィル級やデモイン級を幾らか増産した方が現実的だと言うのに」
フレッチャーは半ば頭を抱えたい気分に陥っていた。
ちなみに、先に出てきたジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、老朽化したオマハ級軽巡の代替艦として計画された物である。
武装は6インチ連装両用砲6基12門を艦の前甲板、並びに、後部甲板に3基ずつ配置する予定で、対空火器として3インチ連装砲を8基16門、近接火器に20ミリ機銃を配置した設計となっている。
武装は6インチ連装両用砲6基12門を艦の前甲板、並びに、後部甲板に3基ずつ配置する予定で、対空火器として3インチ連装砲を8基16門、近接火器に20ミリ機銃を配置した設計となっている。
ジャクソンヴィル級軽巡洋艦は、形状的には準ウースター級として見られているが、5インチ砲24門搭載という常識外れの装備を誇るウースター級に比べ、対空火力に関して大きく見劣りするように感じられる。
だが、新設計の6インチ連装両用砲は5インチ砲よりも対空戦闘時の危害半径が大きく広がっているほか、3インチ両用砲を前級の4基8門から、8基16門に増やしている。
また、6インチ連装砲を採用した事により、水上打撃部隊への編入もし易いと言う利点も出てきている。
前級のウースターは、5インチ砲を採用した事で、艦隊の防空戦闘で神懸かり的とも言える奮闘を見せた物の、水上部隊への戦闘では、逆に、その“豆鉄砲”がネックとなって巡洋艦以上の敵艦には有効打を与え難い事が容易に想像されたため、対空戦にしか使えぬ単能艦という声も方々から上がっていた。
しかし、ウースター級以上の強力な防空艦のみならず、6インチ砲を搭載した事により、水上砲戦にもある程度対応できるジャクソン・ヴィル級は空母機動部隊の護衛艦は当然ながら、水上打撃部隊の一翼を担う万能艦として期待できた。
今後の予定では10隻が建造されるようだ。
また、6インチ連装砲を採用した事により、水上打撃部隊への編入もし易いと言う利点も出てきている。
前級のウースターは、5インチ砲を採用した事で、艦隊の防空戦闘で神懸かり的とも言える奮闘を見せた物の、水上部隊への戦闘では、逆に、その“豆鉄砲”がネックとなって巡洋艦以上の敵艦には有効打を与え難い事が容易に想像されたため、対空戦にしか使えぬ単能艦という声も方々から上がっていた。
しかし、ウースター級以上の強力な防空艦のみならず、6インチ砲を搭載した事により、水上砲戦にもある程度対応できるジャクソン・ヴィル級は空母機動部隊の護衛艦は当然ながら、水上打撃部隊の一翼を担う万能艦として期待できた。
今後の予定では10隻が建造されるようだ。
「決まってしまった物は致し方がない。私としても戦艦4隻新造は非常に不満に思う所ではあるが、事は動いてしまっている以上、後は任せるしかあるまい」
スプルーアンスは半ば諦めた口調でフレッチャーに言った。
「それに、状況次第では建造自体も取りやめる事もあるだろう。場合によっては、レキシントンやサラトガのように途中で大型正規空母に変更される可能性も無きにしも非ずだ」
「……戦後の事も考えるのならば、膨大な金のかかる戦艦の建造は控えるべきであろうが、この際はもう仕方あるまいな」
「……戦後の事も考えるのならば、膨大な金のかかる戦艦の建造は控えるべきであろうが、この際はもう仕方あるまいな」
スプルーアンスの言葉を聞いたフレッチャーは、そう言いながらこの話題を終える事にした。
「さて!私はもうこの艦隊を指揮する立場では無くなった。ここで長居しては君らに迷惑をかける事になるから、おいとまする事にしよう」
フレッチャーは最後に右手を差し出した。
それを、スプルーアンスは力強く握った。
それを、スプルーアンスは力強く握った。
「スプルーアンス、第5艦隊をよろしく頼むぞ」
「無論だ。このまま、最後の総仕上げに入らせて貰おう」
「無論だ。このまま、最後の総仕上げに入らせて貰おう」
2月17日 午前8時 リーシウィルム沖 第5艦隊旗艦 重巡洋艦インディアナポリス
第5艦隊司令長官レイモンド・スプルーアンス大将は久方ぶりに艦上でのウォーキングを終えた後、汗で濡れた服を着替えて艦橋に上がった。
それから2時間後の午前10時には、スプルーアンスは艦隊参謀長のカール・ムーア少将をはじめとする主要な司令部スタッフと共にリーシウィルム市内にある施設に向かっていた。
内火艇を降りたスプルーアンスは、ムーアと共に会議が開かれる施設に向かう車に乗り込む。
車の後部座席に乗り込み、車が発進した所でムーアが口を開いた。
それから2時間後の午前10時には、スプルーアンスは艦隊参謀長のカール・ムーア少将をはじめとする主要な司令部スタッフと共にリーシウィルム市内にある施設に向かっていた。
内火艇を降りたスプルーアンスは、ムーアと共に会議が開かれる施設に向かう車に乗り込む。
車の後部座席に乗り込み、車が発進した所でムーアが口を開いた。
「それにしても、急な会議となりましたな」
「うむ。全くだ」
「うむ。全くだ」
スプルーアンスは頷きながら言葉を返す。
「とはいえ、合同会議を終えたミニッツ長官がすぐに私と会議を行いたいと言うからには、何かしらの作戦を伝えようとしているのかもしれん」
「何かしらの作戦……でありますか」
「どのような作戦かはまだ何も分からんが……リーシウィルム港には港内と港外、それに近隣の大小の港に各種の輸送船や輸送艦が待機している。また、ここは一大補給地点でもある。君も知っているだろうが、この港には、今後予想される各種作戦に備えて大量の物資が集積されている。1個軍ほどの部隊が行う大規模な上陸作戦はすぐにでも行えるほどだ」
「確かに……」
「ただ、先ほども言った通り、ニミッツ長官が何を話されるのかはまだ分からん。機動部隊で従来通り沿岸部分を荒らし回りつつ、シュヴィウィルグ運河の完全破壊命令を伝えに来たか……はたまた、上陸作戦絡みの作戦行動を取るように命じるか……いずれにせよ、あと10分少々でわかる事だ」
「そう言えば、ニミッツ長官は陸軍からも何人かが同行するとおっしゃられておりましたな。まだ名前はわかっておりませんが」
「陸軍の将校か……その将校の所属部隊次第といった所だな」
「何かしらの作戦……でありますか」
「どのような作戦かはまだ何も分からんが……リーシウィルム港には港内と港外、それに近隣の大小の港に各種の輸送船や輸送艦が待機している。また、ここは一大補給地点でもある。君も知っているだろうが、この港には、今後予想される各種作戦に備えて大量の物資が集積されている。1個軍ほどの部隊が行う大規模な上陸作戦はすぐにでも行えるほどだ」
「確かに……」
「ただ、先ほども言った通り、ニミッツ長官が何を話されるのかはまだ分からん。機動部隊で従来通り沿岸部分を荒らし回りつつ、シュヴィウィルグ運河の完全破壊命令を伝えに来たか……はたまた、上陸作戦絡みの作戦行動を取るように命じるか……いずれにせよ、あと10分少々でわかる事だ」
「そう言えば、ニミッツ長官は陸軍からも何人かが同行するとおっしゃられておりましたな。まだ名前はわかっておりませんが」
「陸軍の将校か……その将校の所属部隊次第といった所だな」
スプルーアンスは意味深な言葉を吐いた。
15分ほど走った後、車はリーシウィルム港から5キロほど離れた飛行場横の建物の側に到着した。
スプルーアンスら一行は、陸軍の兵士に案内され、コンクリート造りの2階建て倉庫のような施設に入った後、1階の広い室内に入室した。
そこには、既に長テーブルが2列、向き合う形で、その2列の右側の間に別の長テーブルが配置されている。
直角で隙間のあるCの字型のような物だ。
Cの字型に配置されたテーブルの向こう側には、黒板が設置されていた。
スプルーアンスら一行は、陸軍の兵士に案内され、コンクリート造りの2階建て倉庫のような施設に入った後、1階の広い室内に入室した。
そこには、既に長テーブルが2列、向き合う形で、その2列の右側の間に別の長テーブルが配置されている。
直角で隙間のあるCの字型のような物だ。
Cの字型に配置されたテーブルの向こう側には、黒板が設置されていた。
(あそこに何か書くか、紙を貼り付けて説明するつもりだな)
スプルーアンスは心中でそう呟いた。
彼は、真ん中の縦に配置されたテーブルから最も近い席に座った。
程なくして、ニミッツ長官と同行の陸軍軍人一行が到着したと聞き、スプルーアンスらは席を立って彼らの入室を待った。
1分ほど立って待っていると、ドアが開かれた。
案内役の兵に促されて、太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥が入室してきた。
彼は、真ん中の縦に配置されたテーブルから最も近い席に座った。
程なくして、ニミッツ長官と同行の陸軍軍人一行が到着したと聞き、スプルーアンスらは席を立って彼らの入室を待った。
1分ほど立って待っていると、ドアが開かれた。
案内役の兵に促されて、太平洋艦隊司令長官を務めるチェスター・ニミッツ元帥が入室してきた。
「やあレイ。久しぶりだな」
「ニミッツ長官。こちらこそ、お久しぶりです」
「ニミッツ長官。こちらこそ、お久しぶりです」
ニミッツは悠々とした足取りでスプルーアンスに近づき、にこやかな表情でスプルーアンスと握手を交わした。
一足遅れて入室した太平洋艦隊参謀長のフォレスト・シャーマン中将も軽く挨拶をしてからスプルーアンスと握手をする。
スプルーアンスは、その直後に入室してきた陸軍軍人に視線を向けた。
一足遅れて入室した太平洋艦隊参謀長のフォレスト・シャーマン中将も軽く挨拶をしてからスプルーアンスと握手をする。
スプルーアンスは、その直後に入室してきた陸軍軍人に視線を向けた。
「レイ、紹介しよう。こちらは第2軍集団司令官のマーク・クラーク大将だ」
「初めまして。クラークです」
「初めまして。クラークです」
クラーク大将は、硬さの残る笑顔でスプルーアンスに微笑みかけながら、握手を求めた。
それに応えつつ、スプルーアンスは心中で何か大掛かりな作戦があるのではないかと思い始めた。
マーク・クラーク大将は、以前は第5軍司令官として第2軍集団隷下にあり、1月末まで同部隊の指揮していたが、第2軍集団の前司令官であるドワイト・ブローニング大将が航空機事故で重傷を負ったため、急遽本国に後送されてしまった。
ワシントンのジョージ・マーシャル参謀総長は、唐突な第2軍集団司令官負傷という異常事態に幾分戸惑ったものの、以前より第2軍集団内では堅実な指揮で知られる第5軍の存在を知っていた事もあり、クラーク大将ならば後任として最適と判断した。
事故から翌日の2月1日には、早速クラーク大将が軍集団司令官へ任命され、2日からは早くも旧ヒーレリ領北西部の攻略作戦を指揮している。
2月の中旬からは自由ヒーレリ軍団も戦闘に参加しており、旧ヒーレリ領の完全制圧は間近に迫っていると言われている。
スプルーアンスは、クラーク大将と軽く握手を交わしつつ、更に入室してきた2人の陸軍将官に目を向けた。
それに応えつつ、スプルーアンスは心中で何か大掛かりな作戦があるのではないかと思い始めた。
マーク・クラーク大将は、以前は第5軍司令官として第2軍集団隷下にあり、1月末まで同部隊の指揮していたが、第2軍集団の前司令官であるドワイト・ブローニング大将が航空機事故で重傷を負ったため、急遽本国に後送されてしまった。
ワシントンのジョージ・マーシャル参謀総長は、唐突な第2軍集団司令官負傷という異常事態に幾分戸惑ったものの、以前より第2軍集団内では堅実な指揮で知られる第5軍の存在を知っていた事もあり、クラーク大将ならば後任として最適と判断した。
事故から翌日の2月1日には、早速クラーク大将が軍集団司令官へ任命され、2日からは早くも旧ヒーレリ領北西部の攻略作戦を指揮している。
2月の中旬からは自由ヒーレリ軍団も戦闘に参加しており、旧ヒーレリ領の完全制圧は間近に迫っていると言われている。
スプルーアンスは、クラーク大将と軽く握手を交わしつつ、更に入室してきた2人の陸軍将官に目を向けた。
「それからは、こちらは第2軍集団参謀長のコンスタンティン・ロコソフスキー中将と、第15軍司令官のヴァルター・モーデル中将だ」
「初めまして」
「初めまして」
ロコソフスキー参謀長はほぼ無表情のままスプルーアンスと挨拶する。
それに対して、モーデル第15軍司令官はロコソフスキーとは対象的であった。
「これはスプルーアンス提督ではありませんか!初めてお目にかかります。私が来たからにはこの度の作戦は成功間違いなしですぞ」
モーデル中将は自信に満ちた口調でスプルーアンスと熱く握手を交わした。
「頼もしい限りだ。と言われても、私はまだ何も聞かされておりませんが」
スプルーアンスは平静な声音で言い返すと、ニミッツが苦笑しながら謝った。
「それに関しては申し訳ないことをした。君にはまだ何も伝えておらんかったからな」
ニミッツはそう言ってから、陸軍側の将官達をスプルーアンスらの反対側に面したテーブルに座らせた。
ニミッツは第5艦隊側と陸軍側の真ん中左側に設置されたテーブルに座った。
ニミッツの左隣にはシャーマン太平洋艦隊参謀長、そして、そのまた左隣にクラーク第2軍集団長が座った。
ニミッツら一同の真ん前(第5艦隊側からは右前、陸軍側からは左前)に設置された黒板には、随行してきた陸軍兵らが何枚もの地図を貼り付けている。
程なくして、地図の貼り付けが終わると、ニミッツは徐に立ち上がった。
ニミッツは第5艦隊側と陸軍側の真ん中左側に設置されたテーブルに座った。
ニミッツの左隣にはシャーマン太平洋艦隊参謀長、そして、そのまた左隣にクラーク第2軍集団長が座った。
ニミッツら一同の真ん前(第5艦隊側からは右前、陸軍側からは左前)に設置された黒板には、随行してきた陸軍兵らが何枚もの地図を貼り付けている。
程なくして、地図の貼り付けが終わると、ニミッツは徐に立ち上がった。
「それでは、これより新作戦について会議を行いたいと思う。本題に入る前にまず、先日の合同会議で決まった陸軍主体の冬季攻勢についての説明をお願いしたい」
ニミッツはそう言ってから、クラークに顔を向けた。
クラークは顔を頷かせてから口を開いた。
クラークは顔を頷かせてから口を開いた。
「先日、レスタン共和国首都ファルブエイノで合同会議が開かれました。合同会議には各国派遣軍の首脳部と主立った軍司令官、アメリカ海軍からはニミッツ提督とシャーマン参謀長も参加されました。その会議では、近日中に始まる冬季攻勢においての各軍の進行目標の確認や、航空隊の担当割り当て、配置などの確認等が行われました。この冬季攻勢において主力となるのは、パットン大将の第1軍集団であり、我が第2軍集団は助攻として行動する事になりました」
(第1軍集団が主体で動くとなると……狙いは敵の首都か)
スプルーアンスはクラークの説明を聞いた後、黒板に貼られた大きな地図を見ながらそう確信した。
地図には、東から連合軍の各部隊が青い凸印の形で順繰りに配置されており、東の一際大きな凸印は第1軍集団を記している。
この第1軍集団は、猛将と知られるジョージ・パットン大将が指揮する部隊であり、昨年12月より始まったカイトロスク会戦では、第2軍集団と共同でシホールアンル南部に布陣する敵主力150万の包囲を成功させている。
その後、敵軍包囲部隊は解囲攻勢に失敗して戦力を消耗し、防御に転換した。
敵包囲部隊には、敵本土南部の南に布陣した第3軍集団と同盟国軍、更に、アメリカ本国より新たに送られてきた2個軍で対応可能となったため、第1軍集団は包囲作戦に参加していた隷下部隊を再び北に前進させ、シホールアンル領の更に北に全部隊が食い込んだところで、一旦は前進をストップさせている状況だ。
第1軍集団は現在、第1軍、第3軍、第4軍、第28軍の4個軍を有しており、戦闘で消耗してはいるが、いまだに50万以上の将兵を有している。
その消耗も補充兵の到着で回復しつつあるため、攻勢開始時には56万の将兵が敵陣に向かっていく事になる。
第1軍集団の現在地からシホールアンル北東部にある首都ウェルバンルまでは、直線距離にして800キロ程になるが、ウェルバンル近辺までの地形は平野部が続くらしいと言われているため、防御に当たるシホールアンル軍はかなり厳しい状況にあるようだ。
地図には、東から連合軍の各部隊が青い凸印の形で順繰りに配置されており、東の一際大きな凸印は第1軍集団を記している。
この第1軍集団は、猛将と知られるジョージ・パットン大将が指揮する部隊であり、昨年12月より始まったカイトロスク会戦では、第2軍集団と共同でシホールアンル南部に布陣する敵主力150万の包囲を成功させている。
その後、敵軍包囲部隊は解囲攻勢に失敗して戦力を消耗し、防御に転換した。
敵包囲部隊には、敵本土南部の南に布陣した第3軍集団と同盟国軍、更に、アメリカ本国より新たに送られてきた2個軍で対応可能となったため、第1軍集団は包囲作戦に参加していた隷下部隊を再び北に前進させ、シホールアンル領の更に北に全部隊が食い込んだところで、一旦は前進をストップさせている状況だ。
第1軍集団は現在、第1軍、第3軍、第4軍、第28軍の4個軍を有しており、戦闘で消耗してはいるが、いまだに50万以上の将兵を有している。
その消耗も補充兵の到着で回復しつつあるため、攻勢開始時には56万の将兵が敵陣に向かっていく事になる。
第1軍集団の現在地からシホールアンル北東部にある首都ウェルバンルまでは、直線距離にして800キロ程になるが、ウェルバンル近辺までの地形は平野部が続くらしいと言われているため、防御に当たるシホールアンル軍はかなり厳しい状況にあるようだ。
「この冬季攻勢の目標としては、第1軍集団は夏頃に開始する首都攻勢の準備をしつつ、泥濘期までに敵本土中東部の要であるロイストヴァルノまで進軍。第2軍集団はポルストヴィンまで進出。第3軍集団は引き続き敵包囲部隊の対処に当たる予定です」
クラークの説明を聞きながら、スプルーアンスは地図上に書かれた、各軍集団の凸印より伸びる青い矢印を見つめる。
第2軍集団から伸びる矢印はさほど大きく無い事に対して、第1軍集団が伸ばす矢印はかなり大きい。
第2軍集団から伸びる矢印はさほど大きく無い事に対して、第1軍集団が伸ばす矢印はかなり大きい。
「第1軍集団の航空支援は、第15、第8航空軍が担当します」
クラークは一瞬険しい表情になりつつも、平静な言葉のまま説明を続ける。
「第1軍集団の正面には、敵3個軍、推定で20~30万前後の兵力が配置されているようです。我が第2軍集団はシホールアンル軍2ないし3個軍、20万前後の兵力が配置され、防御を固めているとの事です」
クラークは言葉を終えると、ニミッツに目配せした。
「陸軍部隊は3月末から4月初めにかけて一気に前線を押し上げる予定だ。この間、我が太平洋艦隊だが……」
ニミッツは一際声を張り上げながら言った。
「第5艦隊を中心に、敵国本土西部沿岸を引き続き叩き、沿岸部に配置されている敵地上部隊を牽制する予定となっている」
スプルーアンスの隣に座るムーア参謀長は幾分不満気に思ったが、スプルーアンスは心中で妥当な案ではあるなと思っていた。
今度の作戦では、主役は間違いなく陸軍部隊だ。
陸軍部隊の役目は、他の連合軍地上部隊と共同で支配地域を広げ、将来的には敵国首都ウェルバンルを制圧する事を目的としている。
それに対して、海軍の役目は、主立った敵艦隊が壊滅した今となっては、敵本土沿岸部を艦載機などで攻撃するしかやる事がない。
つまり、ただの脇役にしかすぎないという訳だ。
しかしながら、宿敵と言えたシホールアンル帝国海軍がほぼ壊滅状態となった今では、致し方ないと言える。
その点、スプルーアンスは重々承知していた。
今度の作戦では、主役は間違いなく陸軍部隊だ。
陸軍部隊の役目は、他の連合軍地上部隊と共同で支配地域を広げ、将来的には敵国首都ウェルバンルを制圧する事を目的としている。
それに対して、海軍の役目は、主立った敵艦隊が壊滅した今となっては、敵本土沿岸部を艦載機などで攻撃するしかやる事がない。
つまり、ただの脇役にしかすぎないという訳だ。
しかしながら、宿敵と言えたシホールアンル帝国海軍がほぼ壊滅状態となった今では、致し方ないと言える。
その点、スプルーアンスは重々承知していた。
「牽制とはいえ、敵を動けなくさせるという点については重要な作戦と言えるだろう。第5艦隊には、思う存分敵の沿岸部を荒らし回って貰おうと思っている」
その言葉を聞いたスプルーアンスは、無表情のまま軽く頷いた。
「ただ、それだけでは色々と足りぬかもしれん。特に、クラーク将軍はそう考えておられる」
そこで出てきたニミッツの言葉に、スプルーアンスは一瞬真顔になった。
「足りぬ……と?」
「足りぬ……と?」
(どの辺りが足りぬというのだろうか)
スプルーアンスは、先ほどの説明を心中で反芻しながら疑問に思った。
第1軍集団は練度も申し分なく、補充も順調に受けており、戦闘力は抜群と言っていい。
それに加えて、2個航空軍の航空支援も受けられ、後方の補給体制も盤石な物にしている。
シホールアンル軍の前線を突破し、目標地点へ到達することは十分に可能な筈だ。
また、第1軍集団の司令官は勇将と知られるジョージ・パットン大将であり、麾下の軍部隊も優秀である。
不安な点は無い筈であった。
第1軍集団は練度も申し分なく、補充も順調に受けており、戦闘力は抜群と言っていい。
それに加えて、2個航空軍の航空支援も受けられ、後方の補給体制も盤石な物にしている。
シホールアンル軍の前線を突破し、目標地点へ到達することは十分に可能な筈だ。
また、第1軍集団の司令官は勇将と知られるジョージ・パットン大将であり、麾下の軍部隊も優秀である。
不安な点は無い筈であった。
「それについては、私が現状の説明をしたいと思います。よろしいでしょうか?」
「参謀長、よろしく頼む」
「参謀長、よろしく頼む」
ロコソフスキー参謀長が手を上げて状況説明を提言すると、クラークは頷きながら許可した。
「それでは……不躾ながら、私めが現状説明を始めたいと思います」
ロコソフスキーは立ち上がると、指示棒を片手に持ちながら複数の地図を貼り付けた黒板の前まで歩み寄った。
「まず、クラーク司令官もお話しされた通り、第1軍集団はロイストヴァルノ、第2軍集団はポルストヴィンまで前進して前線を200~400キロ以上押し上げる事を目標にしております。特に第1軍集団の目的地ロイストヴァルノは、攻撃発起地点から実に420キロも離れております。距離としてはかなりの物がありますが、1週間前まではロイストヴァルノまでの土地はほぼ平原で、途中幾つかある複数の地方都市を除けば妨げる物は無いと判断されていました」
ロコソフスキーは待機していた兵に例の物を、と一言告げると、兵士は複数の大判の写真を取り出し、それを黒板の空いているスペースに貼っていった。
「こちらの写真は、5日前に第1軍集団より譲って頂いたロイストヴァルノに至る複数の地点の航空写真です。こちらは攻勢発起地点より60キロ離れたテペンスタビ地区の写真ですが、見ての通り平原です。しかしながら、その平原の中に明らかに塹壕と思しき物が存在しております。また、こちらの写真は…」
ロコソフスキーは次の写真に指示棒を向ける。
「テペンスタビ北方30キロ離れたウィンテオと呼ばれる地区ですが、こちらは以前の情報では無かった……いや、未だ把握できていなかった広大な森林地帯が広がっております」
ロコソフスキーは更に別の写真に指示棒を当てる。
「そして、ウィンテオ北方50キロには、広大な森林地帯に加え、丘陵地帯と思しき地形が広がっている事も確認されており、この地に陣地構築と思しき作業を行う一団の存在も確認されています」
ロコソフスキーは体を一同に向け直してから説明を続ける。
「このような地形は、この3地区のみならず、ロイストヴァルノに至る道中で頻繁に見られています。今はこの場にありませんが、更に険しい地形の地区や、明らかに広い湿地帯と思しき地形もありました」
彼は一呼吸置いてから、冷徹な言葉を言い放った。
「これらの地形で電撃戦を行う事は無理だと、小官は判断しております」
一瞬、室内の空気が凍り付いたように思えた。
「しかしながら、戦争とは相手がある事ですが、同時にそれまでの流れに沿って動く物でもあります。どのような有利な地形に籠っていようが、事前の戦闘や決戦で敗北し、負け癖がついた軍隊は、侵攻する敵対軍の進撃を阻む事は難しい。特に支援態勢に差のある我が軍と敵とでは、それが顕著に出ると思われるでしょう」
ロコソフスキーはここで、声の調子をより重い物に変えた。
「ですが、敵に何らかの変化……徹底した意識改革や、こちらの予想だにしていなかった兵力展開などが生じた場合、戦局に影響を与える可能性も出てくるでしょう」
ロコソフスキーは再び黒板の地図に指示棒の先を当てた。
指示棒は敵国の首都、ウェルバンルを指していた。
指示棒は敵国の首都、ウェルバンルを指していた。
「私は既に、何らかの変化が起きていると確信しております。その一つが、ここです」
「敵国の首都?」
「敵国の首都?」
スプルーアンスは小声で呟く。
「現在、ウェルバンルの敵陸軍の総司令官は昨年末に交代しており、現在の陸軍総司令官は、ルィキム・エルグマド元帥が就任したとの情報が入っております。エルグマド元帥は、スプルーアンス提督も参加された、マーケット・ガーデン作戦でレスタン領侵攻作戦の際、同地の陸軍部隊を指揮しておりますが、甚大な損害を受けながらも我が軍の攻勢に耐え、戦線を崩壊させぬまま後退を成し遂げております」
(あの時の陸軍部隊司令官か……)
スプルーアンスは心中でそう呟きながら、今から一年前に行われた激戦に思いを馳せる。
マーケット・ガーデン作戦は、主戦線の連合軍主力部隊の攻勢と、主戦線を迂回して側面に別動隊を上陸させ、新たな戦線を形成する事でシホールアンル軍に勝利した戦いだったが、敵に大損害を与えてレスタン解放を成し遂げた代償は余りにも大きかった。
迂回部隊を指揮したスプルーアンスの第5艦隊だけを見ても、レーミア湾を巡る戦いで主力の第58任務部隊が9隻の空母を撃沈破された上、敵水上部隊との砲戦で更に戦艦2隻を始めとする多数の艦艇を失い、後の上陸部隊の援護にも支障を来たしかねない状況に陥った。
スプルーアンスは、同海戦を辛勝という形で乗り切った後、敵機動部隊の追撃を放棄して上陸部隊の援護に集中する形で作戦の完遂に努めたが、これが本国で敵主力艦隊の逃亡を招き、決定的な勝利を逃したという意見を出す事にもなり、スプルーアンスにとっては事後も後味の悪い戦いとなった。
海軍部隊が青息吐息で任務をこなしたと同時に、主戦線の陸軍部隊や迂回部隊の海兵隊、同盟軍部隊も地上戦で優位に立ちながら少なからぬ損害を受けており、レスタン戦終結時には、地上部隊の損害は死傷20万名にも上る膨大なものとなっていた。
陸軍としても、レスタン領攻防戦は苦味の含んだ勝利と言っても過言ではなかった。
迂回部隊を指揮したスプルーアンスの第5艦隊だけを見ても、レーミア湾を巡る戦いで主力の第58任務部隊が9隻の空母を撃沈破された上、敵水上部隊との砲戦で更に戦艦2隻を始めとする多数の艦艇を失い、後の上陸部隊の援護にも支障を来たしかねない状況に陥った。
スプルーアンスは、同海戦を辛勝という形で乗り切った後、敵機動部隊の追撃を放棄して上陸部隊の援護に集中する形で作戦の完遂に努めたが、これが本国で敵主力艦隊の逃亡を招き、決定的な勝利を逃したという意見を出す事にもなり、スプルーアンスにとっては事後も後味の悪い戦いとなった。
海軍部隊が青息吐息で任務をこなしたと同時に、主戦線の陸軍部隊や迂回部隊の海兵隊、同盟軍部隊も地上戦で優位に立ちながら少なからぬ損害を受けており、レスタン戦終結時には、地上部隊の損害は死傷20万名にも上る膨大なものとなっていた。
陸軍としても、レスタン領攻防戦は苦味の含んだ勝利と言っても過言ではなかった。
その時対峙した敵の指揮官が、今では帝国陸軍全軍を自由に動かせる立場にいるのである。
当然、戦い方もこれまでの物と比べて変わっていた。
当然、戦い方もこれまでの物と比べて変わっていた。
「これまで、敵軍は好機あれば攻勢を仕掛けて来ました。先のカイトロスク会戦の折、包囲下に陥った敵部隊が盛んに解囲攻勢を挑んだり、北上中の軍部隊の頭を押さえんばかりに機を制して攻勢を行った事もありました。この結果、前線の敵軍は急速に戦力を消耗し、帝国本土領や旧ヒーレリ領の敵部隊は後退を重ねざるを得ませんでした。しかし、エルグマド元帥が陸軍総司令官に就任すると、敵の反撃はパタリと鳴りを顰め、今では各地で防戦のみに努めている状態です」
ロコソフスキーは指示棒で第1軍集団の作戦予定区域をなぞった。
「偵察機の報告では、既に敵は幾重もの防御陣地を構築中であり、中には市街地を中心とした防御陣地も着々と構築しつつあることが確認されています」
彼は攻勢発起地点から到達目標地点までの間を、指示棒の先で何度も円を描く。
その動きは、まるで、パットン軍の目標到達は不可能であると言い放っているかのようであった。
その動きは、まるで、パットン軍の目標到達は不可能であると言い放っているかのようであった。
「そして、ここからが、新たな変化の一つになります」
ロコソフスキーは指示棒の先を、帝国首都付近に近い帝国本土東部から、西部付近までなぞった。
「1月中旬頃まで、我が軍が攻勢に当たるにつれて、シホールアンル軍は西部付近に点在する予備の師団を東部への増援として送るであろうと推測しておりました。これを妨害するため、前線に近い我が陸軍航空隊を始めとする連合軍航空部隊は、東部から西部にかけて点在する鉄道施設や道路、橋などの通行インフラを徹底的に叩き、相当数の戦果を挙げました。これによって、敵増援部隊の東部戦線の派遣は困難になり、我が軍の攻勢開始時には、敵はせいぜい1、2個師団程度しか前線に送れぬであろうと思われておりました」
彼は無言で指示棒の先を、第1軍集団の攻勢発起地点であるマルツスティに向けた。
「話は過去に戻ります。去る2月7日、第1軍集団指揮下にある第4軍が総力を上げて攻撃していたマルツスティを占領しました。同地は1月末に攻撃が始まり、1週間に渡る激戦の結果、我が軍が手に入れましたが……当初の予定では、ここは2月2日までに占領が完了する予定でした」
それを聞いたスプルーアンスは、ロコソフスキーが言わんとしている事に気が付いた。
「しかし、予定は遅れ、2月7日に占領しております。この原因は、敵部隊の戦力が予想以上に多かった事あります。攻撃前の偵察では、マルツスティには消耗した敵3個師団、戦力では2万から3万弱の敵部隊が薄く配置に付いていると想定されており、対して、我が方は第4軍の6個師団が総力を上げて攻撃に当たり、機甲師団が側面に回って包囲を行う事も計画されておりました。しかしながら、蓋を開けてみれば、敵部隊は4ないし5個師団が配置についており、機甲師団の包囲機動は対応してきた敵の石甲部隊に阻まれ、丸1週間激戦を繰り広げた末、敵は整然と後退していきました」
ロコソフスキーは顔を一同に向ける。
「第4軍はこの一連の攻防戦で死傷1万2千名にも上る大損害を受けました。同時に、敵も相当数の損害を受け、捕虜も少なくありません。その捕虜ですが……複数の兵士が」
ロコソフスキーはすぐに顔を地図に向け直し、帝国本土西部に指示棒を向けた。
「この西部地域から鉄道輸送されて来たと、尋問官に証言していたと、私は第1軍集団の情報参謀から聞きました。しかも、ここには石甲部隊を含む2個師団が西部から急送された…と」
ロコソフスキーはすぐに顔を地図に向け直し、帝国本土西部に指示棒を向けた。
「この西部地域から鉄道輸送されて来たと、尋問官に証言していたと、私は第1軍集団の情報参謀から聞きました。しかも、ここには石甲部隊を含む2個師団が西部から急送された…と」
彼がそう言うと、会議室はにわかにザワついた。
すかさず、スプルーアンスが質問を投げかけた。
「ロコソフスキー将軍。陸軍航空隊や連合軍航空部隊は、盛んに敵のインフラを叩き、部隊移動を困難にさせたと先ほど言われていたが、今の話を聞く限りでは、敵の部隊移動は完全には阻めていないように思えるが、その点については何か思い当たる節はおありか?」
「はい」
「はい」
彼は即答し、シホールアンル本土の地図を大きく撫で回した。
「原因は明らかにここ……東部戦線から西部付近に延々と伸びる、広大な森林地帯です。昨今の偵察で判明した事ですが、シホールアンルは、国土のかなりの部分を森林地帯で覆われております。特に大陸北部から、この南に位置する西部から東部……シュヴィウルグ運河の西方から起点とするこの地域からは森林地帯の密度が濃く、途中の開けた土地や都市部を除けば、ほぼ緑のカーペットが敷かれているといっても過言ではありません」
「捕虜はどのようなルートを通って来たのかね?ルートさえ掴めれば、いかな森林に隠れた道であろうが、特定して爆撃できるはずだが」
「私もすかさず問いただしましたが、敵兵は窓を木の板で覆われて外が見えぬ状態で移送されたと証言しているため、ルートの特定はできませんでした」
「徹底しているな……」
「捕虜はどのようなルートを通って来たのかね?ルートさえ掴めれば、いかな森林に隠れた道であろうが、特定して爆撃できるはずだが」
「私もすかさず問いただしましたが、敵兵は窓を木の板で覆われて外が見えぬ状態で移送されたと証言しているため、ルートの特定はできませんでした」
「徹底しているな……」
スプルーアンスは、敵側の徹底した秘匿に感心の念を抱いた。
「このように、東部戦線は既に、予想外の敵部隊増援が確認されております。無論、我が軍が負ける事はあり得ぬかと思われますが、敵の防衛体制が急速に整いつつある現状では、以前のように機甲部隊で敵前線の奥深くへ電撃的に突破する事は難しくなりつつあると言えるでしょう」
「制空権はこちら側にあります。航空支援の手厚い我が部隊なら、敵の増援がいくら現れようと、思う存分に叩いて敵戦線の崩壊を狙えるかと思われますが」
「制空権はこちら側にあります。航空支援の手厚い我が部隊なら、敵の増援がいくら現れようと、思う存分に叩いて敵戦線の崩壊を狙えるかと思われますが」
カール・ムーア少将が指摘した。
「確かにその通り……しかしながら、ここ最近は再び天候不良の日が続くと見込まれており、攻勢開始日までに天候が回復する事はほぼ無く、第1軍集団はしばらくの間、薄い航空支援を受けるだけになると予測されている」
「航空支援が薄ければ、敵はさほど戦力を削がれぬまま、ほぼ健在な状態で我が軍を迎え撃つことができる。第1軍集団は合衆国陸軍の最精鋭で士気も高い、が……」
「航空支援が薄ければ、敵はさほど戦力を削がれぬまま、ほぼ健在な状態で我が軍を迎え撃つことができる。第1軍集団は合衆国陸軍の最精鋭で士気も高い、が……」
スプルーアンスはそう言いつつ、目を細めながらロコソフスキーの背後にある地図。
シホールアンル帝国本土の全体図を眺めながら言葉を続ける。
シホールアンル帝国本土の全体図を眺めながら言葉を続ける。
「士気が高いのは敵も同じ。敵にとっては、祖国防衛の本土決戦でもある。それに加え、地の利は敵にある」
「スプルーアンス提督のおっしゃる通りです」
「スプルーアンス提督のおっしゃる通りです」
ロコソフスキーはそう言いながら頷いた。
「また、これは情報部の推測ですが、敵の予備役動員、錬成スピードは当初の予定よりも早くなっており、敵軍の勢力は今年の中旬までには約100万近く増勢される可能性があるとも言われております」
「100万!?それはたまた多いですな」
「100万!?それはたまた多いですな」
ムーアは驚きの声を上げる。それにスプルーアンスが答えた。
「彼が先程言っただろう。これは、敵にとっての本土決戦だ。危ないと分かれば取れる選択肢は全部使う。戦争とはそういう物でしょう?」
スプルーアンスはニミッツに問いを投げかける。
「その通りだ。国家の存亡がかかっている時に、わざわざ縛りを付けながら戦う国は無い。それをやったら愚かだ」
「問題は、この100万でも、シホールアンルの人口的には、現在前線で戦闘中の全軍を合わせても未だに部分動員レベルに留まるという点です。敵がもし、総動員令をかければ……人口1億の規模を誇るシホールアンルの事です。500万……いや、1000万……女性兵も積極的に採用するシホールアンル軍の事です。2000万以上の軍を編成する事も可能になります」
「シホールアンルは、それをやりかねない国です。そうなれば、更なる長期化は必至」
「問題は、この100万でも、シホールアンルの人口的には、現在前線で戦闘中の全軍を合わせても未だに部分動員レベルに留まるという点です。敵がもし、総動員令をかければ……人口1億の規模を誇るシホールアンルの事です。500万……いや、1000万……女性兵も積極的に採用するシホールアンル軍の事です。2000万以上の軍を編成する事も可能になります」
「シホールアンルは、それをやりかねない国です。そうなれば、更なる長期化は必至」
ロコソフスキーの発言に、クラークも付け加える。
「1年、2年どころか、10年単位で続く事もあり得ますな」
「いくら合衆国とはいえ、そこまでやるには経済が持たん」
「いくら合衆国とはいえ、そこまでやるには経済が持たん」
ニミッツは憂鬱めいた口調でそう呟いた。
「話を元に戻します。先程申しました、2つの変化点ですが、更なる変化が2月より見られています。その変化が、航空戦力の運用です」
ロコソフスキーが片手で指を三本立てながら説明を続ける。
「敵部隊は先月、大規模な航空反撃を実行しましたが、我が軍の最新鋭戦闘機、P-80シューティングスターに敵航空部隊が粉砕されて以降、敵側の地上部隊に対する航空攻撃や、我が航空部隊に対する迎撃戦闘は、前線付近では非常にまばらになりました。しかし……全くの不活発に陥った訳ではありません」
彼は前線一体を大きく指示棒の先で撫で回した。
「敵航空部隊は明らかに出撃回数を減らしましたが、これは、我が軍の戦闘機……特にP-80を警戒しての行動である事が判明しています。敵はこちらの戦闘機との接触は可能な限り避け、逆に、戦闘機の護衛が薄い場合や我が方の地上部隊の航空援護が薄い場合はすかさず地上攻撃に入り、少なからぬ打撃を与えております」
「要するに……前線の敵航空戦力がほぼゲリラ戦に近い動きを示している、という事か」
「要するに……前線の敵航空戦力がほぼゲリラ戦に近い動きを示している、という事か」
スプルーアンスがそう言うと、ロコソフスキーも深く頷いた。
「敵側の航空戦力は、総数で2000機前後との情報を聞いております。連合軍航空部隊の総数に比べれば余りにも少なすぎる。正面切って決戦を挑めば、自殺するのに等しい。それが嫌なら、こうする……敵ながら、いい戦い方ですな」
そこで、初めてモーデルが口を開いた。
「勝つ事はできんが、逆に負ける事もない。敵の総大将は狡猾だ」
彼はしたり顔でスプルーアンスを見つめた。
「それに加え、敵は未だに、航空部隊の再建を目指して、こちらの手の届かない後方地域でワイバーンや航空機の訓練に励んでいるそうですな。確実な劣勢下に置かれても、やるべき事はしっかりやれておるようです」
「陸軍航空隊にはB-36が配備され、シホールアンル本土の大半が爆撃範囲に入ったと聞く。そのB-36で後方の訓練拠点は叩けぬものかね?」
「陸軍航空隊にはB-36が配備され、シホールアンル本土の大半が爆撃範囲に入ったと聞く。そのB-36で後方の訓練拠点は叩けぬものかね?」
スプルーアンスはモーデルを見つめ返しながら、ロコソフスキーに問いかけた。
「無論、陸軍航空隊は2月の初めに、敵本土北西部にあるワイバーン養成所を叩きましたが。しかしながら、高高度での爆撃のため、戦果は今一つだったとの事です。その上、敵のワイバーン養成所は1箇所のみではなく、未だに未確認の養成所が複数あり、それが大陸中に分散しております。現在は各所に偵察用のB-36を飛ばして所在の確認に努めているところですが、範囲が広く、また天候に優れない事もあって、如何ともし難い状況にあると……」
「ふむ。では、敵航空戦力の策源地を数ヶ月以内に全滅させることは困難、であると」
「こういった敵には、何がしかの餌が必要になりますな」
「ふむ。では、敵航空戦力の策源地を数ヶ月以内に全滅させることは困難、であると」
「こういった敵には、何がしかの餌が必要になりますな」
モーデルがモノクルを取って、ハンカチで拭きながら言う。
「ただし、どのような餌がいいのか……そこの所は小官もまだわかりかねますが」
「いずれにせよ、判断を誤れば戦争の更なる長期化を招きかねない。その発端となりかねないのが、第1軍集団の行動だ」
「いずれにせよ、判断を誤れば戦争の更なる長期化を招きかねない。その発端となりかねないのが、第1軍集団の行動だ」
クラークはそう言いつつ、ロコソフスキーに視線を向ける。
「無論、第2軍集団は可能な限り行動する。だが、現状の作戦では、既に前線へ移動しつつある敵増援の牽制や、我が戦線への敵戦力誘引はやり辛い。そこで……」
クラークの声音が変わった。
ここからが本題といった口調である。
「ここは……太平洋艦隊にひとつ、お願いを申し上げたい」
クラークはニミッツに体を向けた。
「率直に申し上げます。第2軍集団所属の部隊を、帝国本土西部沿岸に上陸できるよう、援護をお願い致します」
「西部沿岸への……上陸作戦か」
「西部沿岸への……上陸作戦か」
スプルーアンスは小声で呟く。
「ワシントンのキング作戦部長は、この件について何かお知らせされておりますか?」
「キング提督には全て伝えてある。返事としては、まずは実行可能かどうか、第5艦隊側に聞くように……と」
「キング提督には全て伝えてある。返事としては、まずは実行可能かどうか、第5艦隊側に聞くように……と」
(キング提督は西部沿岸の上陸に乗り気のようだ)
スプルーアンスは心中でそう確信していた。
「実行可能かどうかと聞かれれば、できると言えるでしょう。既に敵主力の残存部隊は大陸の北岸に退避し、第5艦隊の向かうところ、敵無しです」
彼はそう言いながら、ロコソフスキーに聞いた。
「どこに上陸を予定されておられるのか、そこをお聞きしたい」
「は。我々としては……ここ。ヒレリイスルィの東10マイルにあるトヴァリシルィと呼ばれる地区を予定しております」
「は。我々としては……ここ。ヒレリイスルィの東10マイルにあるトヴァリシルィと呼ばれる地区を予定しております」
ロコソフスキーが説明する間、陸軍兵が黒板に航空写真の写しを黒板に貼り付けていく。
「ここは未開の地ではありますが、上陸に最適な浜辺が広がっております。また、1キロほど離れた内陸部は平野であり、ここに飛行場を建設する事も可能でしょう」
彼は、貼り付けられた航空写真を指示棒の先で指しながら説明していく。
「上陸は、モーデル将軍の第15軍に行ってもらう予定です」
「同地の敵軍の配備状況はつかめているのかね?」
「トヴァリシルィには、航空偵察の分析の結果として、1個師団弱の敵部隊が配備されていると推測されています。防御陣地も構築されていますが、今の所、軽微な物に止まっているとの事です」
「同地の敵軍の配備状況はつかめているのかね?」
「トヴァリシルィには、航空偵察の分析の結果として、1個師団弱の敵部隊が配備されていると推測されています。防御陣地も構築されていますが、今の所、軽微な物に止まっているとの事です」
ロコソフスキーはスプルーアンスの質問にすかさず答える。
「第15軍は6個師団を有しているから、事前の砲爆撃さえしっかりしておれば、上陸作戦は成功するか」
「ただし、捕虜の尋問によりますと、ヒレリイスルィやその周辺には、推定で8個師団が配備されているとの事です。うち2個師団は先のマルツスティ攻防戦に投入されておりますから、同地には5ないし6個師団が駐留していると推測されます。上陸作戦に手こずった場合、敵はヒレリイスルィから大規模な増援を行うでしょう」
「となると、上陸前に一工夫せねばなるまいな」
「となると、上陸前に一工夫せねばなるまいな」
スプルーアンスはロコソフスキーにそう返しつつ、腕を組みながら作戦を練り始めた。
「上陸作戦は、我が第15軍が行う事は決まっているが、私は指揮下の部隊をどこまで前進させれば良いのかまだ聞いていない。第2軍集団司令部としては、第15軍の進出範囲はどの辺りまで予想しているかな?」
モーデルは気掛かりとなっていた点を質問してみた。
「進出範囲は、上陸地点から半径20マイルまでと予想している。そこから先は戦況次第だが、できる限り過度な進出は控えてもらいたい」
「20マイルか……飛行場の安全さえ確保できれば良いと言うことかね?」
「20マイルか……飛行場の安全さえ確保できれば良いと言うことかね?」
モーデルの問いに、ロコソフスキーは深く頷いた。
「本作戦の目標は、主に2つです。一つは、ここに有力な部隊を上陸させた後、可及的速やかに飛行場を建設。そして……」
ロコソフスキーはトヴァリシルィから北300マイル……ちょうど、西部の主要都市であるオールレイング市にまで指示棒の先をなぞり、その周囲一体に大きな円を描いてから叩いた。
「敵戦力移動の拠点であるこの一帯の鉄道、橋、練兵施設等の各軍事拠点、並びに交通インフラを、進出した基地航空隊で持って一気に叩きます」
「進出予定の航空部隊は、どの舞台になるかな?」
「第7航空軍を予定しております」
「進出予定の航空部隊は、どの舞台になるかな?」
「第7航空軍を予定しております」
ロコソフスキーは澱みなく答えた。
第7航空軍は、開戦から1年後に米本土で編成された航空隊であり、編成当初から45年の中頃までは、主にアリューシャン列島の防衛を陸軍の地上部隊と共に担当していた。
1943年中盤に発生したアムチトカ島沖海戦では、ウナラスカ島ダッチハーバーを空襲したあとも、近海を行動中であったシホールアンル機動部隊に対して、海軍の空母機動部隊や海兵隊航空隊と共に航空攻撃し、撃退した実績を持っている。
45年中盤からは、レーミア湾海戦で敵主力艦隊の戦力が削がれ、敵海軍の脅威が大幅に減少した事もあって順次アリューシャン列島から北大陸戦線に送られた。
46年1月からは第8航空軍と入れ替わりで第2軍集団の担当区域に編入され、今は消耗した機材やパイロットの補充に当たっていたところであった。
1943年中盤に発生したアムチトカ島沖海戦では、ウナラスカ島ダッチハーバーを空襲したあとも、近海を行動中であったシホールアンル機動部隊に対して、海軍の空母機動部隊や海兵隊航空隊と共に航空攻撃し、撃退した実績を持っている。
45年中盤からは、レーミア湾海戦で敵主力艦隊の戦力が削がれ、敵海軍の脅威が大幅に減少した事もあって順次アリューシャン列島から北大陸戦線に送られた。
46年1月からは第8航空軍と入れ替わりで第2軍集団の担当区域に編入され、今は消耗した機材やパイロットの補充に当たっていたところであった。
「第7航空軍の使用機材は、P-47サンダーボルトにP -51マスタング、A-26インベーダー、B-25ミッチェル軽爆撃機がメインとなっております」
(ほう……インフラ等を叩くには最適な機種ばかりだ。なるほど、敵からしてみれば非常に厄介な構成と言える。作戦の立案者はいい判断をしたと言えるな)
スプルーアンスは第2軍集団が選定した航空部隊に対して、素直にそう評価した。
陸軍航空隊は現在、大型の爆撃機としてB-17、B-24、B-29、B-36を、中型の爆撃機としてB-25、B-26、A-26を運用している。
このうち、鉄道や道路、橋といったインフラ施設の爆撃には主にB-25、B-26、A-26が割り当てられ、この他にP-47やP-51もロケット弾や爆弾を抱いて参加する事もある。
これらの機種によるインフラ爆撃は一定の成果を上げており、シホールアンル軍の前線部隊は補給面で常に懸念を抱える事となっている。
だが、懸念は米側も抱いていた。
その最大の懸念事項は、航続距離であった。
インフラ爆撃に最適な軽爆撃機や戦闘爆撃機は、大型の重爆よりも機動性が高く、狭隘な場所も条件次第で爆撃が可能であったりするが、手近な目標は全て叩いた上、新たな主目標となる西部付近は、一番近い西部ヒーレリ地区の前線飛行場からでも最低で700キロ以上も離れている。
軽爆撃機の航続距離は2000キロ程であるから充分に往復可能と思われる距離だが、武装をフル搭載した状態だと、航続距離はカタログスペックよりも落ちる上、天候の状態によっても燃料消費の度合いが変わってくる。
また、行きは良くても、燃料タンクに被弾すれば飛行場に帰還できる可能性は劇的に減ってしまう。
現状の戦線では、目標までの距離は最適と言えないのだ。
それなら重爆隊……B-17やB-24ならば可能となりそうだが、これらの重爆は高度3000から7000メートルからの水平爆撃が基本であるため、目標の完全破壊には必然的に時間がかかってしまう。
その間、敵が拠点の移動や防御体制の強化などの対応を取れば、こちら側の損害も累積し、結局は中途半端な結果を残すだけとなってしまう。
だが、トヴァリシルィを奪取し、ここに航空基地を建設して軽爆撃機隊や戦闘爆撃機を駐留させれば、敵インフラの破壊は効率よく進む。
その結果、東部戦線への増派は非常にやり辛くなる。
陸軍航空隊は現在、大型の爆撃機としてB-17、B-24、B-29、B-36を、中型の爆撃機としてB-25、B-26、A-26を運用している。
このうち、鉄道や道路、橋といったインフラ施設の爆撃には主にB-25、B-26、A-26が割り当てられ、この他にP-47やP-51もロケット弾や爆弾を抱いて参加する事もある。
これらの機種によるインフラ爆撃は一定の成果を上げており、シホールアンル軍の前線部隊は補給面で常に懸念を抱える事となっている。
だが、懸念は米側も抱いていた。
その最大の懸念事項は、航続距離であった。
インフラ爆撃に最適な軽爆撃機や戦闘爆撃機は、大型の重爆よりも機動性が高く、狭隘な場所も条件次第で爆撃が可能であったりするが、手近な目標は全て叩いた上、新たな主目標となる西部付近は、一番近い西部ヒーレリ地区の前線飛行場からでも最低で700キロ以上も離れている。
軽爆撃機の航続距離は2000キロ程であるから充分に往復可能と思われる距離だが、武装をフル搭載した状態だと、航続距離はカタログスペックよりも落ちる上、天候の状態によっても燃料消費の度合いが変わってくる。
また、行きは良くても、燃料タンクに被弾すれば飛行場に帰還できる可能性は劇的に減ってしまう。
現状の戦線では、目標までの距離は最適と言えないのだ。
それなら重爆隊……B-17やB-24ならば可能となりそうだが、これらの重爆は高度3000から7000メートルからの水平爆撃が基本であるため、目標の完全破壊には必然的に時間がかかってしまう。
その間、敵が拠点の移動や防御体制の強化などの対応を取れば、こちら側の損害も累積し、結局は中途半端な結果を残すだけとなってしまう。
だが、トヴァリシルィを奪取し、ここに航空基地を建設して軽爆撃機隊や戦闘爆撃機を駐留させれば、敵インフラの破壊は効率よく進む。
その結果、東部戦線への増派は非常にやり辛くなる。
「そしてもう1つですが、それは、現地に駐留する敵地上部隊の戦力誘引です」
ロコソフスキーは、第15軍の部隊が展開する20マイル範囲内を指示棒の先でなぞっていく。
「第15軍はこの範囲内まで進みますが、敵の大規模な増援が送り込まれた場合は、一歩下がって、17~18マイル付近に防衛線を敷いて防御に移ります」
「ほう……ちょうど丘陵地帯や森林地帯に位置するラインだな。そして、後方は幾分開けていて、いざと言う場合には部隊を融通しやすい」
「ほう……ちょうど丘陵地帯や森林地帯に位置するラインだな。そして、後方は幾分開けていて、いざと言う場合には部隊を融通しやすい」
モーデルは地図と、大判の航空写真を交互に見つめながら頼もしそうに呟いた。
「この配置なら、敵が6個師団……いや、10個師団ほど攻めて来ても充分に耐えられる。そして、耐えている間に、第7航空軍が敵の兵站路をズタズタに引き裂いていくと。うむ、実に嫌らしい作戦だ」
モーデルが楽しげにそう言っている側で、スプルーアンスが口を開く。
「ふむ。敵海軍の主力が壊滅した今だからこそ、実行できる作戦だな。制海権を失った敵にこれを止める術は無い。ちなみに、この作戦は誰が立案したのかね?」
「最初に言い出したのは私であります」
モーデルが幾分誇らしげな口調でスプルーアンスに言った。
「私の提言を基に、ロコソフスキー参謀長が手を加えて作りました。まぁ、この作戦のきっかけは、マッカーサー閣下のある言葉を思い出したことにありますが」
「マッカーサー閣下と言うと、今はレーフェイル大陸で戦後処理にあたっている、あのダグラス・マッカーサー大将か?」
「マッカーサー閣下と言うと、今はレーフェイル大陸で戦後処理にあたっている、あのダグラス・マッカーサー大将か?」
スプルーアンスの問いに、モーデルは頷く。
「私はレーフェイル大陸から去る前に、マッカーサー閣下と小話をしましてね。その終わりに少しばかりアドバイスを貰いまして……」
それは、モーデルがレーフェイル大陸を離れ、太平洋戦線に転戦する前の事だった。
別れ際に、マッカーサーの執務室を離れようとしたモーデルは、最後にあるアドバイスをもらっていた。
別れ際に、マッカーサーの執務室を離れようとしたモーデルは、最後にあるアドバイスをもらっていた。
「そうだ、モーデル将軍。一つだけアドバイスがある」
「アドバイス、と、申しますと……?」
「アドバイス、と、申しますと……?」
唐突なアドバイスに、モーデルは怪訝な表情になりながらも、それを聞く事にした。
「まぁ、あまり多くの言葉は使わんが……兵の犠牲を少なくしたいのなら、戦線を蛙飛びするかのように飛び越して良い。レーフェイル戦線ではそのような事は起きなかったが、敵の強力な太平洋戦線なら、蛙飛びのように沿岸伝いで迂回する必要もあろう。例え迂回する敵地が重要拠点であっても、迂回先にそれ以上の重要拠点を作ってしまえば良い。要するに、敵に嫌がらせをして、場合によっては拠点ごと飢えさせてしまえば良いのだ。合衆国軍は、それができる軍隊だ。向こうで使えそうな機会があれば、迷わず提案すれば良いだろう」
「なるほど……言いたい事はわかりました。しかし、その機会は巡って来ますかな?」
「それは、太平洋戦線での頑張り次第だ。武運を祈る」
「なるほど……言いたい事はわかりました。しかし、その機会は巡って来ますかな?」
「それは、太平洋戦線での頑張り次第だ。武運を祈る」
あの時、モーデルは半信半疑で聞いていたが、現在の状況は、まさにマッカーサーのアドバイスの通りの状況になっていた。
ファルヴエイノで開かれる合同会議の前に、モーデルはロコソフスキーを呼び、マッカーサーから得たアドバイスをもとに、即興ながら今回の西部沿岸の上陸作戦を披露した。
その前に、第1軍集団の攻撃が予想以上に困難な物になりつつあると確信し、半ば悶々としていたロコソフスキーはすぐにモーデルの提案に乗り、第2軍集団司令部にもこれを上げてより細かい作戦の立案に当たった。
合同会議終了後には、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ元帥も招いて同作戦の提案を行っている。
ニミッツ元帥の反応は上々であり、すぐさまワシントンにも報告された。
その結果、モーデルの提案は第2軍集団の正式な作戦として、太平洋艦隊の主力である第5艦隊も動かせる段階にまで迫っていた。
ファルヴエイノで開かれる合同会議の前に、モーデルはロコソフスキーを呼び、マッカーサーから得たアドバイスをもとに、即興ながら今回の西部沿岸の上陸作戦を披露した。
その前に、第1軍集団の攻撃が予想以上に困難な物になりつつあると確信し、半ば悶々としていたロコソフスキーはすぐにモーデルの提案に乗り、第2軍集団司令部にもこれを上げてより細かい作戦の立案に当たった。
合同会議終了後には、太平洋艦隊司令長官であるニミッツ元帥も招いて同作戦の提案を行っている。
ニミッツ元帥の反応は上々であり、すぐさまワシントンにも報告された。
その結果、モーデルの提案は第2軍集団の正式な作戦として、太平洋艦隊の主力である第5艦隊も動かせる段階にまで迫っていた。
「良い提案だ。ニミッツ長官……私は此度の作戦実行に賛成いたします。敵が硬ければ、柔らかいところを衝く。作戦の常道に沿った堅実的な案であると判断いたします」
「うむ。幾ら部分動員を掛け、部隊を編成したところで、その輸送路が破壊されてしまえば兵隊も移動できなくなる。無論、動員は西部だけではなく、東部でも行われるだろうが……100万の増勢と50万の増勢では、話が大きく違ってくる」
「うむ。幾ら部分動員を掛け、部隊を編成したところで、その輸送路が破壊されてしまえば兵隊も移動できなくなる。無論、動員は西部だけではなく、東部でも行われるだろうが……100万の増勢と50万の増勢では、話が大きく違ってくる」
ニミッツの言葉に、一同は深く頷く。
「この作戦で西部付近の敵残存兵力を拘束し、同地のインフラを根こそぎ破壊すれば、敵本土西部は分断状態に陥る事は確実と言えるでしょう」
クラークも付け加えるように言った。
「とすると、現地の攻撃を担当する機動部隊と、上陸部隊を運ぶ輸送船団の手配を行わねばなりませんな。上陸部隊の輸送に関しては、リーシウィルムとレスタン共和国沿岸で待機している各種輸送船や輸送艦を使えば問題なく行えます。次に、先鋒を務める機動部隊と輸送船団の護衛部隊ですが」
スプルーアンスは、脳裏に各任務部隊の編成図を浮かべながら説明を続けていく。
「第58任務部隊は現在、リーシウィルム港に戻り、艦上機の補充と艦の整備にあたっており、2週間以内に次の作戦行動が可能になります。TF58は正規空母9隻、軽空母7隻を4つの任務群に分けて従来と同様に運用する予定です。輸送船団護衛部隊には、第54任務部隊と第56任務部隊を当てます」
第54任務部隊とは、旧式戦艦を中心に編成された船団護衛、上陸援護が主任務の水上打撃部隊である。
戦力は、最近戦線復帰したばかりの戦艦アリゾナを始めとして戦艦7隻、巡洋艦4隻、駆逐艦20隻で編成されている。
元々は戦艦8隻であったが、アリゾナの姉妹艦であるペンシルヴァニアが、リーシウィルム沖海戦で敵戦艦との砲撃戦の末に撃沈されたため(同海戦では共に行動したアリゾナも撃沈寸前まで追い込まれた)、戦艦戦力は減ったままとなっている。
同任務部隊の指揮官には、本国召喚後に第7艦隊司令長官に任命されたトーマス・キンケイド中将に代わって、ダニエル・キャラガン中将が任命され、2月より指揮を取っている。
第56任務部隊は複数の護衛空母部隊をまとめた艦隊であり、6つの護衛空母部隊で構成されている。
1つの護衛空母部隊には、5隻、または6隻の護衛空母を中心にし、それを16隻の護衛駆逐艦が護衛している。
任務部隊指揮官にはトーマス・ブランディ中将が任命され、キャラガン中将と共に2月より指揮を取り始めた。
これらに護衛されるのが、計1500隻の各種輸送船、輸送艦群であり、輸送部隊は第53任務部隊として構成され、これをノーマン・スコット中将が指揮する。
モーデルの第15軍6個師団、計14万の輸送は滞りなく実行できる布陣だ。
戦力は、最近戦線復帰したばかりの戦艦アリゾナを始めとして戦艦7隻、巡洋艦4隻、駆逐艦20隻で編成されている。
元々は戦艦8隻であったが、アリゾナの姉妹艦であるペンシルヴァニアが、リーシウィルム沖海戦で敵戦艦との砲撃戦の末に撃沈されたため(同海戦では共に行動したアリゾナも撃沈寸前まで追い込まれた)、戦艦戦力は減ったままとなっている。
同任務部隊の指揮官には、本国召喚後に第7艦隊司令長官に任命されたトーマス・キンケイド中将に代わって、ダニエル・キャラガン中将が任命され、2月より指揮を取っている。
第56任務部隊は複数の護衛空母部隊をまとめた艦隊であり、6つの護衛空母部隊で構成されている。
1つの護衛空母部隊には、5隻、または6隻の護衛空母を中心にし、それを16隻の護衛駆逐艦が護衛している。
任務部隊指揮官にはトーマス・ブランディ中将が任命され、キャラガン中将と共に2月より指揮を取り始めた。
これらに護衛されるのが、計1500隻の各種輸送船、輸送艦群であり、輸送部隊は第53任務部隊として構成され、これをノーマン・スコット中将が指揮する。
モーデルの第15軍6個師団、計14万の輸送は滞りなく実行できる布陣だ。
「上陸部隊の輸送態勢は万全であると断言いたします」
「よろしい。敵に主立った脅威が存在しない以上、上陸作戦は間違いなく成功すると言って良いな」
「私もそう思いますが……しかしながら、不安がないと言うわけではありません」
「よろしい。敵に主立った脅威が存在しない以上、上陸作戦は間違いなく成功すると言って良いな」
「私もそう思いますが……しかしながら、不安がないと言うわけではありません」
ニミッツが幾分楽観的な発言をした所に、スプルーアンスはすかさず懸念点を申し述べる。
「上陸作戦は、天気との付き合い如何で成功すると言っても過言ではありません。仮に、予報で晴れと言われても、当日が嵐の場合は目も当てられません」
「なるほど……最大の敵は天気、と言うことか」
「それから、敵航空戦力の動きも気になります」
「なるほど……最大の敵は天気、と言うことか」
「それから、敵航空戦力の動きも気になります」
スプルーアンスとしては最も気掛かりであった、敵航空部隊の対応についても懸念点を述べる。
「ロコソフスキー参謀長は、敵はゲリラ的に航空部隊を運用していると言われていたが、それでも2000機ほどの航空戦力が残っているという点は、私としても気掛かりです。先にも言われていた通り、これは敵の本土決戦であり、地の利は敵にあります。我が軍が強大な敵軍を連戦連勝とも言える形で次々と打ち破って来たのは、敵の占領地での戦い……つまり、元々は外地であり、時にはその地の住民の全面協力を得ながら、敵と比べて比較的優位に我が軍が戦えた事にあると思います。ですが、今度は我々が、敵本国で戦う……つまり、敵にとっての侵略者になります。当然、住民に協力は望めず、場合によってはこちらの状況が筒抜けになるかもしれません。そこに敵が航空戦力を結集して地上部隊を攻撃した場合、上陸作戦に影響を及ぼす可能性も出てくるでしょう」
「第5艦隊は相当数の航空戦力を有していますが、完璧に敵航空部隊の攻撃を防ぐ事はできませんか?」
「第5艦隊は相当数の航空戦力を有していますが、完璧に敵航空部隊の攻撃を防ぐ事はできませんか?」
ロコソフスキーが聞くが、スプルーアンスは即答した。
「完全に防ぐのは無理だ。穴は必ず生じる」
「提督のおっしゃる通りです。特に空母部隊の艦載機は天候に左右されやすいから、その懸念も常に付きまとう。第7航空軍が建設した航空基地に配備されれば、敵航空部隊にも陸軍独力で対応できるようになりますが、それまでがこの作戦の正念場といえますな」
「提督のおっしゃる通りです。特に空母部隊の艦載機は天候に左右されやすいから、その懸念も常に付きまとう。第7航空軍が建設した航空基地に配備されれば、敵航空部隊にも陸軍独力で対応できるようになりますが、それまでがこの作戦の正念場といえますな」
モーデルも眉に皺を寄せながら、スプルーアンスの懸念に同調する。
「航空基地には、最初に第7航空軍の部隊のみならず、海兵隊航空隊の戦闘機も配備しては如何でしょうか。作戦予備の第1海兵航空団は実戦経験豊富です」
これまで発言していなかった、第5艦隊作戦参謀のジュスタス・フォレステル大佐もそう進言した。
「それは良いな。ぜひ編成に加えよう」
「それから長官、ひとつ妙案を考えたのですが……説明をしても宜しいでしょうか?」
「許可しよう」
「それから長官、ひとつ妙案を考えたのですが……説明をしても宜しいでしょうか?」
「許可しよう」
フォレステル大佐はスプルーアンスから許可を得ると、すぐさま説明を始めた。
「先ほど申されておりました、敵航空戦力の懸念点についてですが……要は、上陸前に敵の航空戦力の減殺すれば宜しいのですね?」
「理想としてはそうなる。貴官はその点について考えがあるようだが……」
「はい。少々お待ちを」
「理想としてはそうなる。貴官はその点について考えがあるようだが……」
「はい。少々お待ちを」
フォレステルは立ち上がり、ロコソフスキーから指示棒を借り受けた。
「敵航空部隊は総出でゲリラ戦に転換し、こちらの大部隊の攻撃は避けて、狙いやすい目標を攻撃する傾向があると言われておりました。話は戻りますが」
フォレステルは指示棒を西部沿岸付近と、先月襲撃したノア・エルカ列島に向ける。
「つい最近まで、我が第5艦隊は敵西部沿岸付近と、この辺境の島々に航空攻撃を仕掛けておりますが、この際、各任務群に分かれて、ほぼ同時に攻撃を行なっております。我が任務群は、それぞれが正規空母、軽空母5隻程を有する有力な艦隊ですが……これは同時に、戦力を分散している状況になります。言うなれば、古来の兵法より禁忌とされている戦力分散をあえて用いている事になります」
「それは、自軍艦隊の不備を指摘されているのかな?」
「それは、自軍艦隊の不備を指摘されているのかな?」
ロコソフスキーはすぐにそう尋ねたが、フォレステルは首を縦に振らなかった。
「そう言われればそうでしょうが、現状の圧倒的戦力差を鑑みれば、効率の点から見て妥当の判断です」
フォレステルは幾分、張り上げた声音で言葉を続ける。
「それと同じ事を、事前空襲で繰り返すのです。それも、敵に仄かに見せつけるように」
その瞬間、モーデルがハッとなった表情でフォレステルを見つめた。
「大佐……もしや、貴官は餌を作り上げようとしているのかね?それも、空母機動部隊という極上の囮を」
「そうなります」
「そうなります」
一瞬だけ、場の空気が固まったように感じた。
それに構わず、フォレステルは続ける。
それに構わず、フォレステルは続ける。
「分散状態にある空母機動部隊は、長年苦しまれてきたシホールアンル軍から見れば格好の標的であり、しかも……機動部隊には“ジェット戦闘機は配備されていない”!言うなれば、それなりに通用する相手と、敵は必ず見るはずです。そして、相次ぐ敗報でパッとしたい戦果をあげたいと考える敵は、もしかしたらここに目をつけるかもしれません」
フォレステルは指示棒の先を西部沿岸沖に叩きつけた。
「軍艦は沈むからわかり易い!舐めた敵を叩いて一泡吹かせる!と、敵が思い付き、ゲリラ戦から一時的に、本来の戦いへと戻る。そこで我が機動部隊は、なけなしの部隊をかき集めて、悠々と出撃して来た敵航空戦力相手に航空決戦を挑み、一気に雌雄を決する!それが……私の考えた作戦であります」
「……いいだろう。流石はミスターフォレステルだ。出て来んのなら誘い込んで叩く。それで行こう」
「スプルーアンス提督……作戦の骨子は理解できました。ですが……攻撃を受ける艦隊に犠牲が出るのではありませんか?」
「スプルーアンス提督……作戦の骨子は理解できました。ですが……攻撃を受ける艦隊に犠牲が出るのではありませんか?」
ロコソフスキーは、彼には珍しく、躊躇いがちな口調で聞いてきた。
陸軍が手こずっている敵航空部隊を、海軍に対応させる形になり、負い目を感じているのだ。
陸軍が手こずっている敵航空部隊を、海軍に対応させる形になり、負い目を感じているのだ。
「犠牲は出るだろう。だが、攻撃を受けるのは慣れている。合衆国海軍が戦ってきた海戦はいつもそうだった」
スプルーアンスは静かだが、確信めいた口調で返答する。
「そして、今回も受けて立ち、乗り越える。それだけの事だ」
「長官……」
「長官……」
隣にいるムーア参謀長は、スプルーアンスの固い決意を感じ取っていた。
「第5艦隊は、ハルゼーの第3艦隊に勝るとも劣らぬ優秀な艦隊だ。天候次第だが、第15軍は気兼ねなく、敵地の上陸を行ってもらいたい」
スプルーアンスはそう言った後、ロコソフスキーとモーデルの顔を交互に見る。
「それでは、席に戻ります」
フォレステルはロコソフスキーに言ってから、席に戻った。
「さて、改めて聞くが…クラーク将軍としては、この作戦の実行に異論は無いかね?」
「異論はありません。むしろ、すぐにでも実行して、敵の度肝を抜きたいぐらいです。皇帝陛下はさぞ驚くでしょうな」
「異論はありません。むしろ、すぐにでも実行して、敵の度肝を抜きたいぐらいです。皇帝陛下はさぞ驚くでしょうな」
ニミッツの質問に対して、クラークの口から出てきたその一言に、室内の一同からどっと笑い声が上がった。
ひとしきり笑い声が響いた後、唐突にムーア参謀長が手を上げた。
ひとしきり笑い声が響いた後、唐突にムーア参謀長が手を上げた。
「ムーア参謀長。如何した?」
「いや……今し方思い浮かんだのですが……長官、発言しても宜しいでしょうか?」
「いいだろう。言ってくれ」
「いや……今し方思い浮かんだのですが……長官、発言しても宜しいでしょうか?」
「いいだろう。言ってくれ」
スプルーアンスに発言を促されたムーアは、幾分緊張した面持ちで話し始めた。
「常連の部隊を使う予定はありませんか?蛙飛びのように行くなら、あの辺りにも……」
翌日、シホールアンル帝国西部沿岸上陸作戦が立案され、作戦案は本国に提出された。
その2日後、統合作戦本部は帝国西部上陸作戦の実施が可能と判断し、太平洋艦隊司令部並びに、第2軍集団司令部に向けて、正式に作戦準備命令が伝えられた。
上陸作戦実施予定日は3月15日となり、蛙飛び作戦と名付けられた一大作戦は、こうして幕を上げる事となった。
その2日後、統合作戦本部は帝国西部上陸作戦の実施が可能と判断し、太平洋艦隊司令部並びに、第2軍集団司令部に向けて、正式に作戦準備命令が伝えられた。
上陸作戦実施予定日は3月15日となり、蛙飛び作戦と名付けられた一大作戦は、こうして幕を上げる事となった。