自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

330 第243話 フェルベラネイン解放

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第243話 フェルベラネイン解放

1485年(1945年)7月31日 午後6時 ヒーレリ領ジヴェリキヴス

ジヴェリキヴス地方の中心である都市、フェルベラネインを包囲していたシホールアンル陸軍第299歩兵師団は、
連合軍のヒーレリ領侵攻が開始された後も、共に任務に当たっていた第319歩兵師団と第302歩兵師団、
第92旅団と共同で、町の制圧任務を解かれぬまま包囲の姿勢を崩さずに居た。
だが、この包囲部隊の背後には、今、包囲下にある反乱勢力よりも恐ろしい敵が迫りつつあった。
第299歩兵師団第3連隊に所属しているヴァイノ・ウィステニク軍曹は、20分程前に、何かに急き立てられる
ように299師団の陣地へ逃げ込んで来た、傷だらけのキリラルブスを思い出し、連隊本部の天幕をちらりと見やった。
連隊本部のすぐ側には、件のキリラルブスが止まっており、そのすぐ近くでは、衛星隊員の腕章を付けた魔道士が
乗員の治療を行っていた。

「分隊長。あのキリラルブス……」

分隊付き魔道士であるフェイミ・ルシトナル軍曹が、彼の腕を掴みながら聞いて来た。

「やはり、敵にやられたのでしょうか?」
「だろうね。」

ウィステニクは、やや軽い口調で答える。

「前線では、西部領境付近で2個軍。頭部領境付近でやはり2個軍が、敗走すら出来ぬまま包囲されたらしい。
主力の殆どを包囲した敵さんは、戦力の一部を北上させて来ているようだ。」
「もはや、戦線崩壊ですね。」
「ああ。全く、不甲斐無いね。」

ウィステニクは、半ばあきれ顔でそう呟いた。
司令部天幕の出入り口が唐突に開かれ、中で連隊長の話を聞いていた各大隊長や中隊長が慌てる様に出て来る。

「小隊長が中隊長に呼び出されたぞ。」

彼は、中隊長の側に駆け寄った小隊長を見つめる。
中隊長は、何かを小隊長に話しており、小隊長の顔色がみるみる内に青くなって行くのが分かった。
やがて、中隊長から話を聞き終えた小隊長は、顔を強張らせたままウィステニクらの待つ小隊に戻って来た。

「各分隊長!兵をここに集めろ!急げぇ!!」

小隊長の指示を聞いた各分隊の兵員達は、何事かとばかりにざわめきながら、小隊長のもとに集まった。
ウィステニクは視線を周囲に巡らせた。
よく見ると、ウィステニクの小隊と同じに様に、幾つかの場所で兵士が集まり、何らかの説明を聞いている。

「傾注!今から説明を行う!」

小隊長は眉を震わせながらも、声は震わせまいと必死に声音を低くしながら説明を開始した。

「先程、我が師団の陣地に、損傷した味方のキリラルブスが逃げ込んで来た事は諸君らも知っているであろうが、
そのキリラルブスの乗員から重大な情報を伝えられた。」

小隊長は一旦言葉を切り、口に溜まった生唾を飲み込んでから説明を続ける。

「我が軍団の10ゼルド南方に、バルランド軍の部隊が前進しつつある事が判明した。我が軍団は、包囲を行っている
戦力の一部を、包囲陣外縁部の部隊に増援として送り込む事を決定した。前線の防衛には、我が大隊が向かう事が先程
決定している。これより、我が小隊は、第2連隊の陣地に移動し、敵の攻撃に備える。説明は以上だ。」

小隊長の説明が終わると、29名の部下達は、誰もが言葉を失っていた。
だが、その中でも、ウィステニクだけは素早く反応していた。

「小隊長、質問があります。」


「何だ?ウィステニク。」
「敵はアメリカ軍では無いのですか?」
「いや……キリラルブス乗員の話だと、進撃中の敵はバルランド軍のようだ。」
「バルランド軍ですと?南大陸軍の連中がここまで急進撃して来るとはちと信じ難いですが。」

ウィステニクの側にいた、第3分隊の分隊長が懐疑的な言葉を漏らす。

「……私も耳を疑ったが、敵がバルランド軍である事は間違いない様だ。バルランド軍は、アメリカ製の戦車や自動車多数を
装備し、アメリカ軍並みに部隊の機械化を図っているらしい。連中がその機械化部隊を持ち出して来たのなら、キリラルブス乗員の話も説明が付く。」
「そんな……小隊長!うちの師団には、独立石甲大隊が1個しかありませんぜ!?その独立石甲大隊も、市街戦の影響で定数割れ
しちまっているし……それだけの石甲戦力でシャーマン戦車の大軍に勝ち目があるとは思えませんよ!」
「貴様の言う事は分かるが……命令が下った以上はやらねばならん」

小隊長は、第3分隊長の泣き言に対し、苛立ちの含んだ口調で返す。
(………制空権がほぼ無い状況な上に、味方のキリラルブスは数が少ないんだぞ。前線を守り切れる可能性は無きに等しい。このままでは……)
ウィステニクは、心中で自らの置かれた状況を分析した。

「よし。これより、我が小隊は前線に向かう!各分隊、直ちに移動準備にかかれ!!」

小隊長の覇気のある声音が響いた後、小隊は徒歩で、1ゼルド離れた前線に向かった。

それから5時間後の午後11時。小隊は前線の防御陣地に到着し、割り当てられた塹壕の中で敵が来るのを待ち続けていた。
あたりはすっかり日が暮れており、外は暗くなっている。
辛うじて、上空に浮かぶ2つ月の光が、夜の暗さを幾ばくか緩和しているのが救いと言った所だ。
ウィステニクは、こっそりと塹壕から顔を出した。

「………変化なし、か。」

彼はそう呟きつつも、闇の向こう側には、敵の侵攻部隊が確実に向かいつつあるだろうと確信している。

「分隊長。今日は敵さん、来ないんですかね?」

後ろから部下の1人が声をかけて来た。
ウィステニクは、顔を振り向けず、前を見据えたまま返事する。

「どうだろうね。」
「予定では、3時間前ぐらいに敵部隊がこの陣地に向かって来る筈でしたが。」
「……敵も、予定通りに行動しているとは限らんさ。」
「え?」

部下が怪訝な顔つきを浮かべながら首を捻った。

「それは、どういう事ですか?」
「まぁ……今に分かる。」
「?」

曖昧な言葉を発する上官の意図が何であるのか、この兵士にはさっぱり分からなかった。

それから更に1時間が経った。

ウィステニクは疲労のため、30分前から居眠りをしていたが、それも長くは続かなかった。

「分隊長。」

彼は、椅子に座って寝ていたところをルシトナル軍曹に揺り起こされた。

「ん……ああ。すまない。居眠りしちまったな。」
「どうぞ。眠気覚ましの香茶です。」

彼女は、湯気の立つカップを彼に手渡した。


「おお。すまんな。」

ウィステニクは礼を言いつつ、少しばかり茶を啜った。

「変化は無いか?」
「いえ、今の所は何も。静かすぎるぐらいです。」
「静かすぎる……似ているな。」
「ええ。」

フェイミは頷いた。

「南大陸やジャスオ、レスタンでも似たような事がありましたね。」
「ああ。予定時刻になっても敵さんが一向に現れないとなると……」

ウィステニクは、右手の人差指をあげ、それを一回転させた。

「回られたかも知れんな。」
「……やっぱり、フェルヴェラネインなんか諦めて、さっさと北に行くか、本国に逃げ込めば良かったのかもしれませんね。」
「そうだなぁ。こりゃ、俺達もどん詰まりかも知れんぞ。」

彼は肩を竦め、ため息を吐く様に言う。
その時、彼の耳に何かの音が聞こえてきた。

「……分隊長、敵機ですね。」
「ああ。偵察か、空襲かはまだわからんが。」

ウィステニクは頷くと、耳を音のする方向に傾けた。
しばらくして、

「敵機来襲!!」

という声が壕内に響き渡った。
時間が経つにつれて、空から聞こえる音が大きくなって来る。
ウィステニクは、その音が大きい事に、内心で舌打ちをする。
(クソ、数が多い。米軍の夜間爆撃だな。)

「敵の爆撃隊が照明弾を使わない奴らだったら、かなり危ないな。」
「え。照明弾を使わないですと?」

部下の1人が意外そうな口調で聞いて来た。

「ああ。米軍の飛行隊の中には、夜間戦闘においては他の追随を許さないレスタン人のみで構成された部隊があるらしい。
そいつらは夜目が利くから、照明弾無しでもこっちを見つける事が出来るようだ。」
「それはどこから仕入れた情報ですか?」

ウィステニクはニヤリと笑みを浮かべて答える。

「司令部の知り合いから教えて貰ったんだ。まっ、そいつも米軍がレスタン人を雇っていた事を半信半疑に思っていたようだが。」
「あの吸血人種共がアメリカ軍と一緒に戦えるんですかね。」
「これが、結構戦えているらしい。ホラ、昨年から話題になっている敵の空挺部隊。あの部隊の中にも、レスタン人で構成された
空挺師団が存在する様だぞ。」
「うげ……自分、戦闘中に生血を吸われたくないですなぁ。」

部下はあからさまに顔を引き攣らせた。
ウィステニクが部下と会話を交わしている間、米軍機の編隊は防御陣地へ向けて、急速に距離を詰めつつあった。
陣地に配置されている対空魔道銃と高射砲が応戦を開始した。
米軍機は照明弾を投下せぬまま、1番機が猛速で突っ込んで来た。

「照明弾を使わない。と言う事は、あいつらが噂のレスタン人航空隊か!」

ウィステニクは唸るような口調で言った。


米軍機の先頭はA-26インベーダーであった。
インベーダーは、時速500キロ以上のスピードで暖降下し、防御陣地から約200メートルまで迫った所で爆弾を投下した。
インベーダーの胴体から放たれた爆弾は、塹壕の手前に着弾し、派手に火柱を噴き上げた。
爆発音と共に火焔が上がり、次に大量の土砂が宙に舞う。
この爆発で塹壕の一部が掘り返され、兵士4名が負傷した。
インベーダーの編隊は、次々と突っ込んで来る。
胴体から2発の500ポンド爆弾を放ち、機首や主翼に装備された機銃を撃ちまくる。
爆弾が炸裂する度にシホールアンル兵が無残に吹き飛ばされ、機銃掃射が逃げ惑う兵士を射抜いて行く。
対空砲火陣は必死に応戦するが、インベーダーの編隊は、健気に反撃して来る防空部隊にも、容赦無く攻撃を加える。
爆弾を投下し終えたあるインベーダーが、主翼に搭載されたロケット弾を発射し、猛烈に撃ちまくっていた魔道銃を瞬時に吹き飛ばした。
別の銃座が、仲間を殺した憎きインベーダーに対して報復の射撃を行うが、インベーダーは見透かしたかのように、夜間を飛ぶ双発機とは
思えぬほど華麗な回避運動を見せ付ける。
そして、旋回して来たそのインベーダーは、自らを狙った銃座に対して、苛烈な機銃掃射を加えた。
身の危険を感じた射手は、慌てて逃げ出した。
射手が逃亡した直後、魔道銃に12.7ミリ弾の集束弾が浴びせられ、固い鉄製の魔道銃を、原形を留めぬまでに叩き壊した。
来襲したインベーダーは30機近くおり、防御陣地のシホールアンル軍は、ありったけの対空火器を動員して応戦したが、
米軍機の動きは巧みであり、1機も撃墜する事が出来なかった。
インベーダーの編隊は、猛烈な対空砲火も露知らずとばかりに暴れ回り、襲撃開始から15分後には引き揚げて行ったが、
シホールアンル軍はこの15分間の空襲で兵員死傷39名、キリラルブス5台、魔道銃6、高射砲2門、野砲5門を破壊されると言う
大損害を被った。
米軍機の暴風の様な空襲を受けたにもかかわらず、ウィステニク分隊は、奇跡的に死傷者ゼロであった。
アメリカ軍飛空挺の爆音が過ぎ去るのを聞いたウィステニクは、安堵のため息を吐きつつ、空襲の混乱で騒然となる防御陣地を見て、
やや頭が痛くなった。

「あれだけの空襲でパニックを起こすとは。なんとも情けない……」
「分隊長。我が連隊の将兵は、ある意味では大半が経験未熟ですから。こうなるのは仕方ないですよ。」

フェイミは、明らかに混乱した口調で叫び続ける小隊長を見ながら、ウィステニクに返した。

「こんな調子では、先が思いやられるな。」


ウィステニクは更にため息吐いた後、塹壕から再び顔を出した。
塹壕の西側は、依然として静かなままであったが……ウィステニクは、先程とは何かが違うと確信した。

「そろそろ来るぞ。」

彼はフェイミにそう言った後、急ぎ足で銃座のある陣地に向かった。
この時、フェイミが何かを察知し、先程まで、ウィステニクが見つめていた方角に目を向ける。

「分隊長。敵部隊です。生命反応に多数の探知あり。」
「了解。野郎共!!敵がおいでなすったぞ!!」

彼は分隊のみならず、小隊全員に聞こえるような大声で叫んだ。
とある兵士は自分の耳を澄ますと、塹壕の西側から地鳴りのような音が聞こえる事に気付き、体を震わせた。
時間が5分、10分と過ぎて行く。
遠くから聞こえる地鳴りは、今では不気味な金属音を響かせるまでに大きくなっていた。

「おい。照明弾を発射させろ。」
「え?まだ小隊長からの命令が。」

フェイミはそう答えたが、ウィステニクは有無を言わさぬ口調で言葉を重ねた。

「構わん。やれ。」
「……わかりました。」

彼女は頷くと、照明弾投射筒(今年4月から前線に配備され始めた)を持つ兵士に発射を命じた。
兵士が照明弾を発射した。程無くして、塹壕の西側上空で、青白い光が灯った。

「誰だ!勝手に照明弾を撃ち上げた奴は!?」

後ろから小隊長が声を荒げるが、ウィステニクはそれを無視し、望遠鏡でその光の下に現れた敵部隊を見据える。

「シャーマン戦車か。久しぶりに見るな。フェイミ、見ろ。」

ウィステニクはフェイミに望遠鏡を手渡した。

「……ええ。確かにシャーマン戦車です。その後ろには、おぼろげながらも兵員輸送車が続いていますね。」
「ああ、典型的な攻撃隊形だな。確か、連中の言葉でパンツァーカイル、といったかな。」
「距離はざっと見て、1200グレル(2400メートル)と言った所ですか。」
「そう言う所だな。」

2人は落ち着き払った口調で話し合う中、目の前に現れた機械化部隊に肝を潰した小隊長は、声を上ずらせながら、
小隊付きの魔道士に向けて、しきりに支援砲撃の要請を行わせていた。

「しょ、小隊長!大変な事が起こったようです!」
「大変な事が起こっただと?今、目の前で起きているではないか!!」
「いえ、ここ以外の陣地でも敵の機械化部隊が出現し、今しも防御陣地に攻撃を仕掛けようとしているとの事です!」
「な……それは、どこの防御陣地だ!?」
「市郊外北西の陣地です。第92旅団が守備している所ですな。」

その言葉を聞いた時、小隊長は全身の血が抜けたような感覚に捉われた。
フェルベラネイン市の包囲線は、西を299師団、東を319師団、北に第92旅団、南を302師団で固めており、
防御線はその師団の背後を守る形で急造された。
塹壕陣地は急ごしらえのため、あまり頼れる物ではないが、それでも半地下式の銃座や野砲陣地を構築する事は出来ていた。
だが、その急ごしらえの陣地も、機械化部隊の攻撃の前には不足が否めない。
各師団は、包囲戦に当たっている部隊の一部を防御線に加える事で、防御力の向上を図っており、各師団は、包囲戦担当の2個連隊から
それぞれ1個大隊、計2個大隊を防御担当連隊に加えていた。
だが、第92旅団は兵員数が総計で7000名となっており、15000から18000名前後の兵力を誇る師団と比べて前線に投入できる
兵力が少なかった。
この時、第92旅団が前線に用意出来た兵力は、包囲戦から転用された増援も含めて1個連隊程度であり、しかも、火砲も他の師団が
前線にそれぞれ3、40門程を配置しているのと比べて、計20門程度と、かなり少なかった。
そこに、敵の機械化部隊が出現し、今しも攻撃を開始しようとしているのである。


「て、敵の兵力は?」
「推定で2個連隊相当かと思われます。敵部隊の構成は、戦車と兵員輸送車多数を含む機械化部隊の様です。」
「……最悪だ!」

小隊長は頭を抱えた。

「小隊長!砲兵隊が今より、支援砲撃を開始するとの事です!」
「よし!さっさと敵を吹き飛ばしてしまえ!」

彼はヤケ気味にも聞こえる口調でそう叫んだ。
この時、ウィステニクの分隊が放った照明弾が消え、辺りは再び真っ暗になる。
直後、待機していた別の兵が照明弾を撃ち上げ、再び上空に光が灯された。
敵機械化部隊の姿が闇の底から浮かび上がるが、敵部隊は光に照らされた事なぞ気にも留めず、依然として前進を続けている。
砲兵隊が砲撃を始めた。後方から野砲の連続射撃に伴う閃光が放たれ、一瞬だけ後方が明るくなった。
(着弾観測を行わず、最初から全力射撃かよ)
野砲の斉射を見守っていたウィステニクは、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
砲弾が敵部隊に向けて落下し、派手な連続爆発が起こる。
だが、試射を行わぬまま斉射をしたためか、有効弾は1発も出なかった。

「くそ、慌て過ぎだ!もっと落ち着いてから撃て!」

ウィステニクは、後方の砲兵隊に向けて叫ぶが、それも届く筈が無く、砲兵隊は撃てる機会がある限りはとばかりに、次々と砲弾を撃ち放っていく。
多数の砲弾が落下するが、有効弾と思しき爆発は悲しくなるほど少ない。
砲弾の大半は、敵部隊の前方か側面に落下しているだけだ。
1台の敵戦車が右の履帯部分に砲弾を浴び、爆炎と夥しい破片を噴き上げながら停止した。
別の砲弾が、ハーフトラックの至近に落下する。軽装甲のハーフトラックに、間近で受ける野砲弾は過剰な暴力とも言え、そのハーフトラックは
派手に車体を噴き上げられ、キャビンの兵員は脱出する機会も与えられまま、仰向けになったトラックに押し潰された。
時間経つにつれて、砲兵隊の砲撃はぼちぼちと戦果を上げつつあったが、それ以前に、押し寄せる敵部隊の数が多すぎた。

「敵の数が多過ぎる……連中、最初に突破されたあの森林地帯から進軍して来たな。」

ウィステニクは歯噛みしながら呟く。

連合軍の攻撃を最初に受けたドラスカスの森(シホールアンル軍名称)では、守備隊が連合軍側の攻撃で壊滅し、前線が崩壊している。
彼は断片的な情報しか知らされていなかったが、少なくとも、連合軍側が、待ち構える友軍部隊を何らかの手で骨抜きにした後、戦車や
兵員輸送車を主力とする多数の機械化部隊が、易々と前線を突破した事がわかっていた。
通常、ドラスカスの森は、防御線の中でも敵が攻めにくい土地の1つとして知られていた筈だが、敵が容易に突破した事で、領境西部沿いの
2個軍は包囲され、ドラスカスの森から東に配置されていた2個軍も、一部を除いた大半の部隊が包囲されつつあると言う。
本来であれば、防御線を突破されるにしても、シホールアンル側も野砲の集中砲撃で敵機械化部隊の戦力を減殺している筈であったが、
眼前の敵部隊は、数の多さからして、その阻止砲火を全く受けずにここまで来たのであろう。
ウィステニクは、この敵機械化部隊が、ドラスカスの森を突破して来たと見て間違いは無いと確信した。

「なぜ、敵さんがほぼ無傷のままこっちに来たのかは知らんが、そのお陰で、俺達はとんでもない危機に晒されちまったな。」
「分隊長。あれこれ言ってもどうにもなりません。今は、敵と戦う事に専念しなければ。」

愚痴をこぼすウィステニクに対し、フェイミは感情のこもらぬ口調で言った。

「敵か……歩兵で戦車と戦えってのか?」
「……先に戦うのは、あちらさんからになりそうですが。」

フェイミはそう言いながら、後ろに顔を向ける。
後方からキリラルブスが、隊列を組みながら向かいつつある。敵戦車部隊との戦闘に備えるため、急遽前線に派遣されたのであろう。

「ぶ、分隊長!バルランド軍の戦車隊が400グレルまで距離を詰めて来ました!」

部下の兵士の1人が、声を上ずらせながら報告して来る。

「落ち着け!俺達の出番はまだ無い。今は、キリラルブスの連中が頑張ってくれる事を祈るんだ!」

ウィステニクは兵士を睨みつけながら言葉を返す。


兵士はビクッと体を震わせた後、落ち着きの無い動きで持ち場に戻って行った。
キリラルブスが、塹壕と塹壕の間に設けられた通路を伝って前方に展開して行く。
最初に発砲したのはシホールアンル側であった。
展開を終えたキリラルブス4台が一斉に砲を放つ。
50口径3ネルリ砲が火を噴き、砲弾が猛速で敵戦車に向かって行く。
車体正面に砲弾を受けたシャーマン戦車が火花を散らした直後、派手に爆炎を噴き上げた。
別のシャーマン戦車がキャタピラを破壊され、しばしの間片側に回転した後、その場で停止した。

バルランド軍戦車部隊が反撃して来る。
こちらは一斉に10両以上の戦車が発砲を行った。1台のキリラルブスが、一気に4発もの砲弾を食らった。
石の装甲はこの過剰な暴力の前に耐え切れず、キリラルブスは前半分が完全に吹き飛ばされた。
別のキリラルブスも真正面から76ミリ弾を受けて爆砕され、塹壕陣地の前方に巨大な篝火を上げる。
後続のキリラルブス隊が続々と前線に到達し、敵戦車部隊との戦闘に移って行く。
この時点で、戦闘に参加したキリラルブスは32台であり、これらは果敢に敵戦車に立ち向かった。
だが、これに対抗するバルランド軍戦車部隊は、少なく見積もっても50両以上は居た。
シホールアンル側は、戦闘開始の時点で明らかに劣勢であり、戦闘も押され気味となっていた。

「ああ……キリラルブスが次々とやられていく……!」

キリラルブス隊の戦闘を見守っていた部下の兵士が、1台、また1台と撃破されていく味方を前にして、涙声で呟く。

「ぶ、分隊長!味方が……味方が!」

兵士はウィステニクに振り返り、悲痛な声で言って来る。
それに対し、ウィステニクは首を横に振るしかなかった。

「駄目だ。火力、錬度、共に違いすぎる。いかな長砲身キリラルブスと言えども、数が少なくては敵の機械化部隊は抑え切れん。」

ウィステニクの言葉通り、キリラルブス隊は僅か15分の戦闘で32台中24台を撃破され、残りはほうほうの体で後方に引き返して行った。


「くそ!キリラルブス大隊を蹴散らしやがった……!」

それまで、ひたすら冷静に戦況を見守っていたウィステニクも、ここに来て苛立ちが募り始めた。
キリラルブス隊が引き揚げた直後、後方の野砲陣地から再び阻止砲撃が放たれた。
唐突に、上空から砲弾の飛翔音が響いて来る。

「味方の阻止砲火か……ん?それにしては、音が聞こえて来る方角が違うぞ。」

ウィステニクは、飛翔音が西から聞こえてきた事に首を傾げ、直後、彼は状況が更に悪化した事を悟った。

「……連中は、俺達からキリラルブスのみならず、野砲までも奪い取る様だな。」

バルランド軍は、前進部隊にアメリカから供与された自走砲部隊を随伴させており、先程行われた敵の阻止砲火に伴う、
敵線後方で灯る閃光のお陰で、その野砲陣地の位置をほぼ掴んでいた。
先頭の戦車部隊がキリラルブスを撃退した後、自走砲部隊は砲撃を開始した。
バルランド軍の装備するアメリカ製M7プリースト自走砲は、105ミリ榴弾砲を約70発搭載しており、前進部隊に随伴していた
自走砲中隊約12両は、全力で砲撃を行った。
シホールアンル軍野砲部隊は、いきなり着弾して来た105ミリ榴弾の前にパニックを起こし、大半の砲はろくに照準を付けずに砲撃を行った。

それが、前線ではあってはならぬ事態を引き起こしてしまった。

ウィステニクは、後方から新たな飛翔音が聞こえて来たかと思いきや、その音が今まで以上に大きい事に気付き、驚愕した。

「畜生!全員伏せろぉ!!」

ウィステニクの絶叫にただならぬ気配を感じた分隊員は、すぐさま反応し、全員が塹壕の床に体を伏せた。
小隊の中で行動が早かったのは、ウィステニク分隊と、ほんの一握りの兵と下士官しかいなかった。
彼が地面に伏せた直後、周囲に味方の野砲弾が降り注ぎ、激しい爆発が連続で起こった。
爆裂音が響き渡り、体がその衝撃でひっきりなしに揺さぶられる。
着弾音の中に、味方の悲鳴を聞いた様な気がしたが、その不審な音も、新たな爆発音の前に空しく掻き消される。


(酷い……余りにも酷過ぎる!栄えある我が帝国軍は、まともに砲撃すら出来ないほどにまで落ちぶれてしまったのか!?)
彼は、味方の不甲斐無さに、絶望すら感じ始めていた。
野砲弾の弾着は尚も続き、背中には、弾着の度に噴き上げられる土砂がひっきりなしに降りかかって来る。
土の量は思いのほか多く、このままでは、落下して来る土砂で塹壕ごと生き埋めにされるのではないかと思うほどだ。

「くそ、フェイミ!生きているか!?」
「は、はい!すぐ近くに!」

ウィステニクは、相棒が生きている事に半ば安堵しながら、口から指示を飛ばす。

「砲兵隊の連中に味方を誤射しているぞと伝えろ!今すぐに!」
「は!了解です……う!」

いきなり、彼女が押し黙ってしまった。

「?……どうした?」
「……ぶ、分隊長……」

野砲弾の弾着が続く中、ウィステニクは右の裾を引っ張られている事に気付き、そこに目を向けた。
彼のすぐ右には、フェイミが怯えながら伏せていた。そして、彼女の背中に、人間の頭が乗っていた。
その生首は、まっすぐウィステニクに向いている。その人物の顔は、紛れもなく、自分達の上官であった。

「……小隊長……!」

彼は絶句してしまった。小隊長は、味方の誤射によって吹き飛ばされたのだ。
今では、小隊長は見るも無残な姿と成り果てている。

「くそ……!早く、早く誤射している事に気付け!!」

ウィステニクは頭を抱えながら、相手に聞こえる筈もない事を承知でそう叫んだ。
彼は、しばらくの間は、この忌々しい誤射が続くかと思っていたが、野砲の砲撃は、程無くして途絶えた。

「お……ようやく気付いたか?」

彼は、砲兵隊がこちらを誤射している事に気付き、砲撃を一旦中止したのかと思ったが、その直後、後方で強烈な爆発音が鳴り響いて来た。
爆発音は数秒置きに鳴り、1分後には沈黙した。

「……今のは一体……」
「分隊長。後方の砲兵陣地との連絡が途絶えました。」
「何!?」

フェイミからもたらされたその報告に、ウィステニクは声を上げてしまった。

「もう一度呼び出せ!」

ウィステニクは有無を言わさぬ口調でそう命じてから、顔を上げて周囲を見渡した。

「……あの馬鹿野郎共め!憎らしいほどにまで、熱心に耕してくれたもんだ!!」

ウィステニクは体についた土を振り払いながら、憎らしげな口調で呻いた。
彼らの分隊の周囲は、砲撃で無残に耕されていた。
布陣していた所属小隊はほぼ四散しており、ウィステニク分隊の他に生き残りが居るとは思えなかった。

「俺たち以外全滅……ではないな。」

ウィステニクは、自分が吐き出した言葉を即座に否定した。
煙の中から、5、6人ほどの人影が見えたかと思いきや、そこから他の分隊の生き残りと思しき兵士達が、ウィステニク分隊の陣地に向かって
歩いて来た。
どの顔も、土と硝煙で真っ黒に汚れており、衣服も端々が擦り切れている。
傍目から見れば、浮浪者の集団と見紛わんばかりの酷い姿だが、それは、ウィステニクらも同じであった。

「ウィステニク軍曹殿でありますか?」


伍長の階級章を付けた兵士が尋ねて来る。

「そうだ。お前達は?」
「ハッ。自分達は第3分隊の物です。分隊長は先程、戦死されました。小隊長殿はどこですか?」
「あいにくだが……小隊長も戦死された。他はどうなった?」

ウィステニクの質問に、伍長は首を横に振って答えた。

「……この小隊の指揮官は貴方になりますね。」
「ああ。そのようだな。」

ウィステニクは仕方無しといった様子で頷くと、いきなり声を張り上げた。

「総員傾注!」

ウィステニクの大音声に気付いた他の分隊員が、何事かとばかりに注目する。

「先の誤射で、小隊長が戦死された。また、他の分隊も味方の誤射で甚大な被害を出しており、指揮官は全員戦死したようだ。
これより、小隊の指揮は俺が執る!敵は間近に迫っている。もう時間は無いが、今は、あるだけの武器で敵に打撃を与える事を考えよう。」

彼は、簡単な訓示を言い終えると、周囲を見回した。
火災炎の光でオレンジ色に染まった部下達の顔は、いずれも不安に満ちていた。

「終わり!総員、持ち場に戻れ!」

彼はフェイミに顔を振り向けた。

「おい。確か、第2連隊の連中から対戦車砲1門を借りていたな?」
「ええ。偽装を施し、3名ほどを操作に張り付けてあります。」

「敵の戦車が100グレルまで近付いたら撃たせろ。そこからは出来るだけ応戦だ。」
「その後は?」

フェイミの質問に対して、ウィステニクはしばし押し黙った。

「……分隊長。その後はどうされるのです?」
「逃げられるのなら逃げる。逃げられないのなら、連中の厄介になるだけさ。」
「わかりました。」

彼女は深く頷いた。

「敵戦車接近!距離150グレル!」

敵戦車部隊が急速に間を詰めつつある中、対戦車用の野砲に取り付いていた3人の兵は、偽装を解き、砲に砲弾を込めて発射命令を待っていた。
上空には絶えず照明弾が撃ち上げられ、接近中の敵部隊を常に照らし出している。
この時、前方に見えるバルランド軍機械化部隊は、40両以上の戦車を前面に押し出し、そのすぐ後ろに多数のハーフトラックを従えていた。
別の部隊が守る防御陣地から、対戦車砲が放たれる。応戦した対戦車砲の数は思いのほか少ない。
敵戦車がその発砲炎に対して、すかさず砲弾を放って来る。
対戦車砲陣地の1つが砲弾の直撃を受けて爆砕される。
それと相討ちになる形で、1両の戦車が被弾し、行動不能に陥った。
他の陣地の砲が敵戦車と撃ち合っている中、ウィステニクの指揮下にある砲は、未だに砲撃を行わないまま待機を続けている。

「隊長!まだでありますか!?」
「落ち着け!もうすぐだ!!」

ウィステニクは、血気に逸る部下を抑えながら、敵との距離が縮まるのをひたすら待つ。
敵戦車は、対戦車砲の応戦をものともせず、ひたすら前進を続けている。
距離が120グレル、115グレル、110グレルと縮まる中、敵戦車の1台がウィステニクの陣地にある砲を発見し、主砲を向けて来た。

「た、隊長!敵が!」

「クッ……こうなったら。」

ウィステニクは、敵が所定の位置に近付くのを待たずに射撃命令を下そうとしたが、それはやらずに済んだ。
敵戦車が停止し、主砲を向けようとした瞬間、横合いから味方の砲が放った砲弾が命中した。
右側面に3ネルリ砲弾を食らったバルランド軍戦車は、一瞬の内に猛火に包まれた。
シャーマン戦車のハッチが開かれ、中から乗員が脱出して来る。
その乗員に対して、シホールアンル側は容赦なく、魔道銃を撃ち込む。
今まで、味方のキリラルブスや対戦車砲を痛めつけて来た敵に、射手は恨みのこもった罵声を吐き捨てながら掃射していく。
脱出した4人の敵戦車兵は、全員が炎上する戦車から10メートルも離れぬ内に射殺され、その惨死体を野に晒した。
味方の死を尻目に、尚も多数の敵戦車が陣地へ向けて突進を続けて行く。

「よし、100グレルまで縮まったぞ。対戦車砲!撃て!!」

ウィステニクは野砲に取り付く部下に命じた。
部下が待ってましたとばかりに砲を撃ち放った。
敵戦車の1台が真正面から3ネルリ砲弾を食らい、大爆発を起こした。
砲弾は、200メートルと言う近距離から放たれた事もあって、敵戦車の正面装甲を易々と貫き、内部で爆発。
直後、中の搭載弾薬にも引火し、爆発エネルギーが車体部分から砲塔を浮き上がらせた。

「やったぞ!敵戦車撃破だ!!」

砲を操作する3人の部下が、最初の敵戦車撃破に喜びの声を上げたが、ウィステニクはこれを制した。

「馬鹿野郎!浮かれている場合か!?さっさと次の戦車をぶち壊せ!!」

ウィステニクの叱咤を受けた部下は、慌てて次の砲弾を装填し、別の敵戦車に狙いを付ける。

「距離98グレル!撃てぇ!」

狙いを付けていた兵が砲撃を命じ、射手が砲弾を撃ち放つ。

今度の砲弾は敵戦車を外れ、虚しく地面を抉るだけに留まった。

「装填よし!」

装填手が手早く砲弾を込め、照準主が狙いを修正する。
第3射が放たれた。砲弾が過たず、敵戦車に命中した。
命中個所は敵戦車の右履帯部分であり、爆炎が破片と共に舞い上がった。
足回りをやられた敵戦車はすぐに行動を停止し、主砲を対戦車砲に向けて来る。

「装填急げ!奴はまだ生きているぞ!!」

装填作業に手間取る部下を、ウィステニクが急かした。
装填が完了するや、すぐさま3ネルリ砲弾が放たれる。同時に、敵戦車も発砲した。
弾着はほぼ同時であった。
ウィステニクらのいる塹壕線のすぐ目の前で砲弾が突き刺さり、轟音と共に土砂が噴き上がった。
衝撃が分隊の兵をなぎ倒したが、幸いにも、この砲撃による死傷者は無かった。
対戦車砲の放った砲弾は、再び敵戦車を捉えた。
砲弾が敵戦車の車体正面に着弾し、爆発した。
爆煙が湧きおこり、敵戦車がしばしの間、黒煙に覆い隠される。
先程のような大爆発は起こらず、しばらくして、煙が晴れていった。
シャーマン戦車は戦闘不能に陥ったらしく、乗員が大慌てで脱出して行く。
それに対して、シホールアンル側はまたもや魔道銃を掃射して、逃げ惑う戦車兵を射殺しようとした。
だが、今回に限っては弾が全く当たらず、敵の戦車兵は全員が、前線から離脱する事が出来た。

「ん?」

この時、ウィステニクは敵の戦車になんらかの変化が現れた事に気付いた。
敵戦車のスピードがやにわに上がったような気がした。

「撃て!」


対戦車砲が4度目の射撃を行う。砲弾は確実に命中するかと思われたが、急加速したシャーマン戦車を捉える事は出来ず、後方に外れて行った。

「……いかん!あいつら、スピードを上げ始めたぞ!」

彼は、バルランド軍が防御陣地の強行突破を図っている事に気付いた。

「対戦車砲!撃って撃って撃ちまくれ!」

ウィステニクはけしかけるような命令を発しながら、視線は迫りつつある敵戦車群に向けられていた。
敵戦車の放った砲弾がひっきりなしに着弾し、陣地の周辺は盛んに土砂が噴き上げられる。
対戦車砲が負けじとばかりに砲弾を放ち、新たに1両の戦車を擱坐させたが、それでも、敵戦車の勢いを止めるには至らない。
いや、止めるどころか、敵は更にスピードを上げて陣地との距離を詰めつつあった。

「急げ!早く次の砲弾を撃つんだ!」

ウィステニクの命令が再び飛び、対戦車班は第6射、第7射と放つ。
彼の分隊の対戦車班は、交戦開始から10分立ったこの時までに、3台の敵戦車を擱坐させ、1台を完全に撃破と、初の実戦にしては
期待以上の成果を上げていた。
だが、この奮戦も、敵の圧倒的な物量の前には、余りにも空しい行為でしか無かった。

「やばい……もう目の前にまで迫っているぞ!」

敵戦車部隊は、防御陣地から20グレルという至近距離にまで迫っていた。
バルランド軍の紋章を描いた多数のシャーマン戦車が、猛スピードで突っ込んで来る。
陣地に設けられている対戦車砲や魔道銃が必死に反撃するが、敵の勢いは止められれない。
1両の敵戦車が、機銃を撃ちまくりながら、獰猛なエンジン音をがなりたててウィステニク班の陣地に踏み越えようとした。

「対戦車班!そこを離れろ!!」

ウィステニクは、砲の操作し続けていた部下にそう命じたが、部下達はウィステニクの言葉を聞き終える前に、砲から離れていた。
シャーマン戦車は、目標の対戦車砲から操作要員が離れたにもかかわらず、そのままの勢いで砲に突っ込んだ。

金属的な叫喚と共にシャーマン戦車の車体が起き上がり、その巨体が今まで奮戦して来た砲を、無残にも踏み潰して行く。
堅い対戦車砲をあっさりと引き潰した敵戦車は、ウィステニク分隊の事を無視する形で前進を続けて行った。

「分隊長!兵員輸送車です!」

ウィステニクは、視線を前方に振り向けた。
そこには、塹壕線を猛スピードで乗り越えて行くハーフトラックの姿があった。
ハーフトラックのキャビンから、こちらを見つけたバルランド兵がライフルやサブマシンガンを乱射していく。
ウィステニク分隊も携行魔道銃で応戦する。
交戦は一瞬で終わり、互いに決定打を与えぬまま過ぎ去った、と思いきや、別のハーフトラックが来襲し、またしても短い交戦が行われた。

8月1日 午前0時20分 フェルベラネイン市

市の西側で小さな商店を営むタチェスバ・バシウルは、数時間前より聞こえ始めた郊外の戦闘騒音に耳を傾けていたが、
10分程前に、その騒音がぴたりと止んだ。

「……急に静かになったが……一体どうした物だ?」

バシウルは外の様子が気になり、店の外に飛び出した。
フェルベラネイン市は、7月24日未明より始まった騒乱において、反シホールアンル派の拠点の1つとなり、市街地への突入を図るシホールアンル軍の
鎮圧部隊を幾度も跳ね返して来たが、激烈な戦闘のため、決起部隊は多数の死傷者を出し、市の守りは薄くなっていた。
あと1度か2度の攻撃が行われれば、市の防御線が崩壊し、フェルベラネインはシホールアンル軍に蹂躙されるかも知れず、市に籠城した18000の
反乱部隊と、それに同調する多数の市民は、敵の呵責無い暴力の前に、遠からず屈するであろうと思われていた。
だが、状況は急展開を見せた。
フェルベラネイン市を包囲していたシホールアンルの大軍は、突如、連合軍と思しき部隊の攻撃を受け、市の外側で激しい攻防戦が繰り広げられた。
実に3時間にも及ぶ戦闘が続いたが、今しがた、その戦闘がぱたりと止み、フェルベラネイン市の周辺は再び、不気味な静けさに包まれていた。
いや、包まれていた筈であったが、鳴り止んだ戦闘騒音の代わりに、聞き慣れぬ物音が市の西側から迫りつつあった。

「おい。あんた聞いていたか?」

バシウルは、知り合いの老人に声をかけられた。

「やあ。これは向かいのご隠居さんじゃないですか。ええ、僕も聞いていましたが……今までに聞いた事の無い音でしたね。」

「もう、外でドダン!ドダン!とやかましい物音聞こえていたのに、いきなり静かになった物だから、こうして家から出て来てしまったよ。」
「何だか、西門の方から変な騒音が聞こえて来ますよ。もしかしたら……南大陸から来た連合軍が、シホールアンル軍を追い払ってくれたかも
しれませんよ。」
「ほほう、南大陸の軍か。」

老人は眉をひそめながら言う。

「数年前に派遣されて来た南大陸軍は、シホールアンル軍に散々っぱら撃ち負かされて逃げ帰った腰抜け共だった。さっきまで、外で戦闘を
行っていた軍が南大陸軍である事はにわかに信じられなぁ。」
「私もそう思います。でも、南大陸軍の中には、新たに同盟国となったアメリカという聞いた事も無い国が居て、その国のお陰でシホールアンル軍を
ぐいぐいと押しているそうです。知り合いの決起部隊の兵隊から聞いた話ですけどね。」
「へぇ~。初めて聞く名前じゃのう。」

老人は、初めて聞くアメリカという言葉に首を傾げた。

「とはいえ、そのアメリカとやらがシホールアンル軍を追い払ってくれたのならば、わしらも死なずに済んだと言う事じゃな。」
「そう言う事になりますね。」

バシウルはこくりと頷く。この時、前方から馬に乗った決起部隊の兵士が、何かを叫びながら道を疾走していた。

「おーい!皆喜べぇ!!シホールアンル軍が撃退されたぞ!!!連合軍が市を解放してくれたぞぉ!!!!」

その若い民兵は余程嬉しかったのか、あらん限りの声で叫び回っていた。

「今、西門に連合軍が向かっている!余裕のある者総出で、解放者達を歓迎しようじゃないか!!!」

民兵は片手に剣を振りかざしながら、町の住民達に呼び掛けて行った。

「解放軍がもうこちらに向かっているとは。これは驚きですなぁ。となると……」

バシウルはくるりと向きを変え、自ら経営する店に戻って行く。
店の奥に飛び込んだ彼は、隠して置いた、とっておきの酒を引っ張り出した。

「侵略者共の目を盗んで隠していた40本の高級ワイン。何度、こいつを売り出そうかと思ったが、今日、ようやくこいつを開けられるぞ。」

バシウルは喜びに頬を緩ませながら、40本のビンを木箱に入れ、それを両脇に抱えてから店を飛び出した。

「おいおい。何してるんだ?」
「いや、私も解放者達を歓迎しようと思いましてね。あ、そうそう。こいつをあげますよ。」

バシウルは木箱を地面に置き、中からビンを1本取り出して老人に手渡した。

「お……こいつは貴重なワインじゃないか!君、物資不足のご時勢にもかかわらず、一体どこでこれを?」
「あまり声を大きくしては言えませんが……分かり易く言えば、タンス預金と似たような物です。」
「はは……なるほど。君もなかなか、ずるがしこい事をする物だな。」

老人は愉快気に言うと、ワインをくれたバシウルに礼を言った。

「では、ちょいと言って来ます!」

バシウルはそう言うと、重い2つの木箱を両脇に抱え、一路西門に向かった。

それからしばらく経った。
先の反乱で固く閉ざされていた西門は大き開け放たれており、出入り口には、シホールアンル軍を追い払った解放軍を
一目見ようと、多数の住民が集まっていた。

「まだ連合軍は入城していないようだな。」

バシウルは、歴史的瞬間を見逃していない事にホッとしながら、群衆の中に割って入って行った。

「来たぞー!道を開けろ!」

門の砦に陣取っていた決起部隊の兵士が、出入り口塞いでいる住民達に注意する。
住民達はサッと二手に別れ、入城して来るであろう連合軍のために道を作った。
門の外から、聞いた事の無い音が近づいて来る。
不思議な唸りと、金属を噛み合わせるかのような音はすぐに大きくなり、やがて、門の外から初めて見る物体が現れた。

「何だあれは……」

バシウルは、初めて見るその奇怪な乗り物に、思わず度肝を抜かれた。
その乗り物は、台形状の車体に大砲と思しき物を乗せた鉄の車であった。
これだけでも驚きだが、彼は、その乗り物の正面に付いている紋章や、車体から身を乗り出した兵士が振りかざす旗を見て更に驚いた。

「こいつはたまげた。まさか……バルランド軍が北大陸に戻って来るとは!」

バシウルの頭の中にあるバルランド軍と言えば、意気揚々と北大陸にやって来たものの、シホールアンル軍に打ちのめされ、
すごすごと逃げ帰った敗残軍の印象が強かった。
その時のバルランド軍の装備は、一昔前のシホールアンル軍と同じく、剣や槍、弓で武装し、支援役に魔道士の集団を引き連れた、
ごく“標準的な”ものであったが……

「バルランドの連中、いつの間に、こんな乗り物を取り揃えたんだ。というか、こいつらは本当に、あのバルランド軍なのか?」

バシウルは疑問に思った。
彼らは、大砲の着いた見慣れぬ乗り物や、車輪の付いた荷台の大きなトラックと、戦車の足回りと黒い車輪を付けた不思議な乗り物に乗っている。
バシウルは軍事の事に関しては素人だが、バルランドがたった数年で、このような進化した兵器を取り揃えるほどの技術力を有しているとは、
とても思えなかった。
だが、彼らが振りかざす旗は、紛れもなくバルランド軍の物だ。

住民達は、次々と入って来るこの解放者達を熱烈に歓迎した。
バルランド軍の戦車やトラックが1台ずつ入る度に、住民は両手を振り、ジヴェルキヴスを解放した連合軍にあらん限りの声で感謝の言葉を贈る。

「おいあんた!見ろよアレ!凄い乗り物だなぁ!」

見知らぬ民兵が、興奮した口調でバシウルに話しかけてきた。

「確かに凄いねぇ。あのぶっとい大砲で撃たれたら、シホールアンル人の石のゴーレムなんぞひとたまりもないだろうな。」
「俺、あっちの砦で見張りに付いていたんだが、連中、あの大砲付きの乗り物でシホールアンル軍を蹴散らしていたぜ。
で、シホールアンルの連中はバルランド軍の攻撃があまりにも激しいんで、包囲される前に慌てて逃げて行きやがったんだ。」
「ほう。そうなのか。」
「ああ。もう、本当にスッキリしたぜ。心の底からざまあ見ろと思ったもんさ。」
「私も見たかったなぁ。」

バシウルは羨ましそうに言った。

「そう言えば、家からこんな物を持って来たんだが。良かったら仲間と一緒に飲まんかね?」

彼は、兵士に持っていた木箱のうち、1つを渡した。

「重いな。一体何が入ってるんだい?」
「フフ……これさ。」

バシウルは箱を開けて、中身を見せた。

「こ……こいつは酒じゃねえか!しかも、今ではすっかり出回らなくなった高級ワイン!」

兵士は興奮気味に行った後、躊躇いがちに聞いて来た。

「で、でもいいのかい?これ、高いんだろ?」

「構わんよ。皆と一緒に祝杯を楽しんでくれ。」

彼は爽やかな笑顔を浮かべ、兵士に酒を20本ほど譲った。

「ありがとう!恩に切るぜ!」

兵士は木箱を抱えると、バシウルに礼を言ってから走り去って行った。
西門からは、次々と連合軍の車両部隊が入城して来る。
その数はかなり多く、車列はいつまで経っても途切れる様子が無かった。
唐突に、1台の車が道から外れ、路肩に停止した。
停止した車に住人達が集まり、中から身を乗り出したバルランド兵に握手を求めている。
2人のバルランド兵はそれに答えながら、住民達に何かを尋ねているようで、しきりに町の中央部を指差していた。

「どれ、私も、解放者の顔を間近で眺めて見ようかね。」

バシウルはそう言いつつ、残った木箱を携えながら車の側に歩み寄った。
ふと、彼は、6本の車輪の付いた車から顔を出している兵士の1人が女性である事に気付いた。


「女性兵とは。そういえば、確か、バルランド軍もシホールアンル軍と同じように、女性兵が多かったな。数的には、全軍の約3割が
女性兵で占められているシホールアンル軍と比べて少ないが。思い出すなぁ、レジスタンス時代を。あの時退却中の部隊を勇ましく
率いていたあの女性将校は、今どうしてるかな………?」

バシウルは、頭の中で数年前に出会った女性将校の顔を思い起こし、その顔と瓜二つの顔が目の前にある事気付いた。

「むむ……他人の空似にしては、妙に似すぎているが……」

バシウルは呟きながら、車のすぐ側にまで歩み寄った。
彼は、その女性兵と顔が合った。

「あ……ちょっとよろしいかな、お嬢さん?」
「ん?あたしに用かい?」

その女性兵は、ぶっきらぼうな口調で答えて来た。その声には聞き覚えが合った。

「もしかして、君はレルス君かな?」
「あ……貴方は、撤退中に食料を譲ってくれた行商人のおじさんかい!?」
「バシウルだよ。覚えているかい?」
「覚えてるも何も……!」

レルスは装甲車から降りると、バシウルと固い握手を交わした。

「バシウルさん!あんた、生きていたんだね!!」
「ああ。持ち前のしぶとさで、何とか生き延びる事が出来たよ。満足に運動しなかった物だから、ここ数年で
すっかり太ってしまったよ。」

バシウルは軽い口調で答えながら、頭の中では昔の事を思い出していた。

彼は、祖国ヒーレリがシホールアンルに併合された後、しばらくはヒーレリから離れ、1480年12月まで
反シホールアンル組織に所属していた。
この間、南大陸軍の北大陸派遣が行われ、彼は組織の一員として派遣軍に物資を送っていた。
この間、彼は戦闘に破れ、命からがら逃げて来たバルランド軍1個大隊に食料を与えて、彼らの脱出に成功しており、
その時の指揮官が、当時は中佐であったリーレイ・レルスであった。

「まさか、ヒーレリ領内に居たとは。驚きだなぁ。」
「私も君とで会えるとは思っていなかったよ。おっと、中佐殿。私はワインを持って来たのだが、こいつを、無事に
戦い抜いてきた貴方に渡したい。」

バシウルは木箱の中から、ビンを2本程取り出すと、レルスに渡した。

「こいつは済まないね。今は飲めないけど、ちょいと落ち着いたら、親しい奴を呼んで飲み明かすよ。」

レルスは片目でウィンクしてから、装甲車に乗り込もうとした。

「あと、言い忘れていた事があったけど。私の階級は今、少将になってる。」
「おお。将軍になったとは!凄いな!」

バシウルは目を見開きながら、素直にそう言った。

「ついでに言うと、このフェルベラネインに入城して来た部隊は、あたしの指揮下にある装甲師団だ。」
「師団というと、君は師団長に昇進したのか。」
「いや、もっと上。今は、バルランド軍の第1機械化軍団という部隊の指揮官をやっている。この部隊は3個師団で編成されていて、
あたしはこの3個師団を使ってシホールアンル軍と戦っているんだ。」
「……あの時は、1個大隊を率いていたのに。今となっては3個師団の長か。えらく出世したもんだねぇ。」
「ハハ。本当は将軍になんざなりたくなかったけど……まっ、これも自然の成り行きなのかな。」

彼女は自嘲気味にそう言うと、装甲車に乗り込んだ。

「そんじゃ。あたしゃここの行政庁舎に用があるんで。親父さん、機会があったら一杯どうだい?」
「ああ。その時はよろしく頼む。美味い酒を用意しておくよ!」

色好い返事を聞けた事に満足したのか。レルスは笑みを浮かべながら、軽く敬礼を送ったのであった。

同日 午前2時40分 リーシウィルム沖西方80マイル地点

第57任務部隊は、2個任務群を率いてリーシウィルム沖西方を時速18ノットのスピードで航行していた。

TF57司令官であるジョン・リーブス中将は、旗艦リプライザルの作戦室で、コーヒーを飲みながら、参謀長のフラッツ・ラスコルス少将と
共に、明日早朝に行われる上陸作戦について話し合っていた。

「輸送船団は現在、リーシウィルム沖西方40マイル地点にまで進出しています。海岸付近の守備兵力は、事前の偵察で僅かしか居ない事が
確認されておりますから、上陸作戦自体は順調に行われるでしょう。」
「問題は、その後だな。」

リーブスがコーヒーを啜りながら言う。

「上陸部隊は総勢4個師団を用意しているが、一度に上陸できるのは、海岸の規模からいってその半分だ。残り半分は、先発の2個師団の上陸が
済んでからになる。」
「上陸作戦を行う時間が、必然的に長くなるのが問題ですな。それに加えて、物資の揚陸も行わねばならぬ他、船団で運んで来た物資で
行動出来るのは、せいぜい1ヵ月程度です。このため、輸送船団を何度か往復させて、橋頭堡に補給物資を備蓄して行く必要がありますな。」
「その航路を守るのが、我がTF57だ。第5艦隊本隊は、まだ大陸の東海岸で海兵隊の支援に当たっているから、こっちに高速空母の増援を
回す事は出来ない。スプルーアンス長官は、あと3週間程で一定の目処は付くと言っているが……これは、その3週間はTF57が主軸となって、
リーシウィルムの橋頭保と、船団の航路を守れと言っているのと同じだ。」
「こいつは、厄介な任務を押し付けられましたなぁ。」

ラスコルス参謀長が苦笑いを浮かべながら言った。

リーシウィルム攻略部隊は、輸送船団であるTF55と上陸支援部隊であるTF56、空母機動部隊であるTF57で編成されている。
TF55は、急遽かき集められた790隻の輸送艦艇と、本隊から回された護衛空母部隊で構成され、この中には、アメリカ北大陸派遣軍の
直轄予備となっていた第3海兵師団と第4海兵師団。
今回が2度目の上陸作戦となる自由ヒーレリ機甲師団と自由ヒーレリ歩兵師団(実際はハーフトラックと独立戦車大隊で構成された機械化歩兵師団である)
が搭載されている。
今回の上陸作戦では、実質的に海兵隊の機甲師団と化している第3海兵師団と自由ヒーレリ軍機甲師団を乗せているため、多くのLSTが集められている。
TF55には、第5艦隊本隊から回された護衛空母12隻がおり、それらの艦載機が常に船団の上空援護を行っていた。

動員兵力が4個師団と言う数は、上陸作戦の規模としては小規模の方ではある物の、中身は快速機動のできる機械化部隊が主力であるため、
上陸に成功すれば、機動戦力として敵戦線後方の撹乱に大いに役立ってくれるであろう。
だが、それだけに消費する物資は馬鹿にならず、TF55にはLSTや兵員輸送船のみならず、武器弾薬を搭載した輸送艦も多数随伴している。
790隻の輸送船団を守る戦力が、護衛空母12隻と高速空母9隻を主軸とする艦隊では、足りないとはいかない物の、戦力の過小さは否めず、
リーブスとしてはせめて、高速空母群をあと1個ほど揃えて万全を期したいと考えていたのだが……
第5艦隊本隊は依然として、グルレノ攻略戦に戦力を集中しており、手持ちの4個空母群を手放す様子は全く見受けられなかった。

「作戦開始はもう間近だ。我々は、用意された戦力で最善を尽くすしかあるまいよ。」
「司令官。私としては、シホールアンル海軍の動きも気になるのですが……奴らが我々の手持ち戦力が以外と少ないと判断し、全力で襲い
掛かってきた場合。9隻の高速空母で敵機動部隊を阻止し切れるか不安です。」
「その辺りに関しては、常に哨戒を舷にして対応するしかない。とはいえ……私はシホールアンル海軍が全力で出撃するのはあり得んと思う。」
「どうしてですか?」
「……簡単に言えば、シホールアンル海軍の艦艇は、野戦病院に放り込まれた負傷兵も同然の状態だ。シホールアンル本国の海軍基地を
監視している潜水艦の報告によれば、シホールアンル海軍は、一部の竜母部隊は外海に出向して訓練を行っている様子を確認しているようだが、
一気に7、8隻の竜母を主軸とした機動部隊が出港した事は、レーミア沖海戦後、一度も無いらしい。」
「……偽装工作という手は考えられませんか?」
「私もそれを考えた事はある。だが、情報は確かのようだ。」

リーブスは顔に不敵な笑みを貼りつかせながら封筒を取り出し、中から紙を引っ張り出した。

「1時間前に、通信参謀から受けた情報だ。潜水艦のシー・ダンプティの艦載機が、シホールアンル西部にある海軍基地を強行偵察した結果、
ドック入りしている大型艦を少なくとも6隻確認したとの事だ。」
「シー・ダンプティとは、あのアイレックス級潜水艦の。」
「ああ。危険極まりない行為だったが、偵察機は損傷を受けながらも生き延びる事が出来た。」

太平洋艦隊は、今年の1月からアイレックス級潜水艦を配備しており、現在は2番艦シー・ダンプティ、3番艦フラック・スナーク、
4番艦ツイン・トゥイードル、5番艦キャッスル・アリスがロックウッド中将指揮下の第64任務部隊に配属され、常時哨戒活動を行っている。
ちなみに、潜水艦にお伽噺で見られるような名前が付けられたのは、太平洋艦隊司令部の気さくな一言が原因である。

ニミッツ大将曰く、

「ここはファンタジーのような世界なのだから、軍艦の命名基準も少しばかり変えてはどうか。」

という、一見ジョークじみた言葉であったが、このジョークのような意見が、これまた、元の世界の常識を捨て欠けていた本国の将校の目に
留まり、手始めとして潜水艦の命名基準に若干の変更が加えられたのである。
その結果が、アイレックス級潜水艦に付けられた、摩訶不思議な名前となっている。
噂では、早くもファンタジー級潜水艦という渾名を頂戴し始めたアイレックス級であるが、その2番艦シー・ダンプティの活躍は、
まさに軍人に相応しい物と言えた。

「シー・ダンプティ機の情報を分析した結果、敵は未だに、4隻の竜母と2隻の戦艦がドック入りしているようだ。」
「シホールアンル海軍の竜母保有数は、推定で12、3隻。そのうち、4隻がドックから出ていないとなると、敵が動員出来る竜母は、
最大で8ないし9隻と言った所ですか。」
「そうなる。また、敵竜母搭載機数は、我が海軍の正規空母と比べて劣る上に、敵は優秀な竜騎士を多数失い、未だに母艦航空隊の練成に
集中していると言う。その点も考えると、実質的な戦力ではTF57の方が上になるな。」
「我が1個分遣艦隊に太刀打ちできぬまでに落ちぶれたシホールアンル海軍主力……と言う所ですか。」

ラスコルスの言葉に、リーブスは意味ありげな表情を貼りつかせた。

「その考えはどうかと思う。TF57の規模は並みの大国では主力艦隊程にもなるから、分遣艦隊という言葉にはいささか、誤りがると思うね。
それに加え、シホールアンル海軍を過小評価するのは、あまり感心せんな。」

彼はそう言いつつ、コーヒーを啜る。

「とは言え、万が一の場合も考えられる。先も言った通り、ここは警戒を厳重にして、敵艦隊の来襲に備えなければならんな。」

リーブスは腕時計に視線を移した。
時計の針は午前2時50分を指している。

「上陸予定時刻まで、あと4時間か。敵さんは、この強襲上陸をどのように受け止めるか。気になる所だ。」

半ば眠たそうな口調で言った後、リーブスは残っていたコーヒーを一気に飲み干した。

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