第252話 大西洋の精兵達
1485年(1945年)9月21日 午前9時 レンベルリカ連邦共和国ジヴェスコルク
レンベルリカ領南東部……エンテック共和国との国境から60キロ程北にあるジヴェスコルクは、元々はレンベルリカ第3の港町として
発展していたが、マオンド共和国との戦争時には、この町は激戦地となり、マオンド軍が撤退するまで廃墟と化していた。
戦争がマオンドの降伏によって終わってからも、ジヴェスコルクは、人口こそこそ多い物の、主要な産業は漁業と狩猟しか無いパッとしない町であった。
そんなさびれた町も、最近、とある国の軍隊が港や何も無い平地に居付くようになってからは活気が戻り始めていた。
この日、町の狩猟ギルドの公認ハンターとしてジヴェルコルク市西方にある森林地帯で、害獣狩りに当たっていたベネイシア・ヒンヴィネンは、
車軸の折れた馬車を前に、心底困り果てていた。
「ベネイシア。俺は出発前に言った筈だよなぁ……あまりでかい獲物を捕えるのは止した方が良いと。」
彼女は、相棒であるヴリシク・ツヴァイカに呆れた口ぶりで非難された。
「無計画に大物を捕えた結果がこのザマですぜ?中尉殿。」
「な……!?あ、あんただって、獲物を見つけた時には興奮しながら追い回してたじゃない!」
「む……それは、その……なんというか。」
彼は、狩りの最中に自分が害獣相手に大立ち回りを演じていた事を思い出したのと、思わぬ反撃に出た彼女がずいと詰め寄り、体のとある部分が
見えた事で顔を赤くしてしまった。
「イジャキスの連中にしては、珍しくリーダー格の奴を見つけてしまったからな。普段、目にする事の出来ない奴が居るのに、冷静になんて
出来る筈が無いさ。というか、話はずれるが……」
ヴリシクは赤面したまま、ベネイシアの全身を爪先から頭まで見通した。
「流行とは言え、そんな、あからさまに誘っているような格好は何とかならなかったのかね。」
「はぁ?何を言ってるの。好きで着てるんだから良いでしょ。」
ベネイシアは、大きな胸を強調するかのような姿勢になりつつ、やや上目遣いでヴリシクにきっぱりと言い返した。
彼女の服装は、上は上腹部の辺りまでしか無い薄い緑色の布製の羽織物と、胸の部分だけを覆った黒い布。
下は丈の異様に短い茶色のズボンに見えるが、股間の部分は、膝の近くまで伸びる長方形の布と、その下に下着と見紛わんばかりのパンツを身に付けている。
頭の部分は、5か月前に捕獲した別の害獣の骨を加工した赤色のヘアバンドが付けられており、そのヘアバンドには、2つの小さな角が付いていた。
腕や脚の膝部分、肩口には革製の防具が付いており、従軍時代から愛用していたため、細かな傷が幾つも付いている。
見た所、全体的に露出の多い格好となっており、身長が170センチ程と、女にしては背が高く、体のスタイルも良いベネイシアは、その浅黒い肌と、
ポニーテール状に結った長髪によって妖艶さをまじまじと現していた。
「機動性も重視した形なんだから、あまり文句を言われるのは心外だね。」
「そのでっかい物と綺麗な谷間、空いた腹とヘソの穴も良く見えているから、機動性以外も重視してるんだねぇ。ホント、アメリカ兵一本釣り装備と
言われている理由が良く分かるぜ。」
「うう……まぁ、セヴムジヌ装備は作った奴が、あっち方面でも結構な活躍をした人だからね。こんな物が生まれるのは仕方ないね。」
ベネイシアはほんのりとだが、顔を赤くしながらヴリシクに答えた。
「はぁ……連邦軍の連隊長上がりの人が、ハンターの装備考案者になる事自体驚きだったが、こんなセヴムジヌ装備のような変てこな物を作るとは。世も末だわ。」
「ええと……元部下のあたしとしては、色々な意味で申し訳ない気持ちだけど……まぁ、彼女もまだ30代前半と、若いし……これもきっと、若気の至りって奴よ!」
ベネイシアはそう力説するが、ヴリシクは薄眼で彼女を見つめる。
「俺としては、アホな妄想を具現化しただけと思うんだけどなぁ。まっ、今はこんな変てこな格好が軍装では無い事を喜ぶけどね。」
ヴリシクは苦笑交じりに言ってから、折れた車輪を右に傾いた馬車の荷台に立てかけ、荷台の中身を見る。
荷台の中には、切り分けられた害獣の死体が合った。
このモンスターは、イジャキスと名付けられている害獣で、レンベルリカ内では、未開の地に良く生息する生物である。
外見は茶色い馬を連想させるが、鋭い牙と爪を持ち、体調は小さな物で1.5メートルから、大きな物で3.4メートル程になり、重さは600キロ以上にもなる。
体の皮膚は、胸や腹部等の部分が堅い皮で覆われており、防御力は意外と高い。
性格は個体によって様々だが、基本的に獰猛な肉食獣であり、普段は3~5頭ほどの群れを成して行動しているが、場合によっては30~60頭以上の集団で
行動する事もある。
イジャキスは基本獰猛だが、同時に知恵の回るモンスターでもあり、襲撃対象は自分よりも弱い小型種か、人数の少ない人間か亜人種等である。
とはいえ、通常は、単独行動を行っている人間を襲う事は余り無い。
だが、例外的に、大挙して村や集落を襲う凶暴な集団もおり、今年の5月には、市の北6キロの村でイジャキス集団100頭以上の襲撃があり、30人の村人が
食い殺されると言う事件が起きた。
当時は動員出来るハンターの数が少なく、地方の自警団も対処が困難な状態に陥っており、村人が全員、イジャキスの腹の中に収まる事は確実かと思われた。
しかし、事件発生から2時間後……村は急行して来たレンベルリカ軍歩兵部隊(アメリカ側の武器供与によって自動車化されていた)と米軍機械化師団、
アメリカ軍航空部隊によって救われた。
当時、村の救援のため、イジャキス狩りに従事していたベネイシアは、国防軍とアメリカ軍部隊の圧倒的な火力によって瞬く間に殲滅されていく害獣達を
目の当たりにしていたが、その凄まじさは、今でも鮮明に彼女の脳裏に焼き付いている。
今回の狩は、昨今凶暴化しているイジャキスの実態調査も兼ねての事であったが、ベネイシアは、今回の狩でイジャキスが何故凶暴化し、これまでに
無い規模の集団を形成して村を襲ってきたのか、その原因究明の鍵を見つけたような気がしていた。
「ねぇ……イジャキスの司令塔的存在が、なんで、こんな所にまで来ていたのかな。」
「さぁ、どうしてだろうな。」
ベネイシアの言葉に答えながら、ヴリシクは、軽鎧に付いた汚れをはたき、ついでに荷台に転がっているイジャキスの頭部部分を見つめる。
通常、イジャキスの頭部には何も無いが、群れのリーダーを務める個体には、必ずと言って良いほど、3つの角が付いている。
今回、彼らが捕えたイジャキスは5頭。そのうちの1頭が、普段は群れを纏めると言われている個体であった。
通常なら、この個体は滅多に国見る事が出来ない筈なのだが……今回に限っては、どういう訳か、町の近くであるこの森林地帯に居たのである。
「詳しい事は、帰ってからになるな。」
「だね。まずは町に戻って、ギルド長に報告を伝えないと。」
ベネイシアはそう言ったが、ヴリシクがすぐさま否定する。
「いや、違う。」
「は?何でよぉ……」
自分の言葉が否定された事に、彼女は頬を膨らませた。
「この車輪の取れた馬車を何とかしねぇと、俺達はこの裏街道で立ち往生したままになる。」
「だ、大丈夫!誰かが来て」
「くれたら嬉しいよなぁ……んん?」
ヴリシクが口元を歪め、半目になりながらベネイシアに問う。
「こんな、ガタガタでボロボロの獣道に、喜んで入って来る気前のいい人がなぁ……」
「え……ええと……てへ♪」
ベネイシアは下を出しながら、明るい笑顔を見せた。
「てへ、じゃねええ!!」
ヴリシクは思わず怒声を上げてしまった。
「アメリカさんが整備してくれた表街道を行こうとしたら、遠回りでめんどくさい、裏街道を直進!と提案したのは、どちらさんだったかな?んんん!?」
「そ……それは、紛れも無く私でございます……私の失敗でこうなったのであります………はい。」
ベネイシアは半泣きになりながら、ヴリシクの怒りを収めるために止む無く、自己批判を行う破目になった。
「うむ。わかれば宜しい。」
ヴリシクは腕を組み、顔を頷かせながら大仰な口調でそう言った。
「さて……どうしようかな、コレ。捕えた獲物は放棄して、そのまま町に戻ろうかな。」
「悔しいけど……それしか手が無いのかも。」
ヴリシクの考えに、ベネイシアも渋々といった様子で答える。
「愚図愚図していたら、別のイジャキスや害獣に取り囲まれて、食い殺されるかも知れんからな。ベネイシア、この5日間の努力は水の泡となるが……
こうなっては仕方ない。」
「ええ……馬車を捨てて戻る事にしましょう。食料も心許ないしね。」
苦渋の決断を下した2人は、互いに頷き合った後……馬車から食料や、猟に使う対害獣用のクロスボウや大剣を装備し、それ以外の必要な物は、荷台を
けん引していた2頭の馬に乗せた後、馬車を放棄しようとした。
だが……彼らに天が救いの手を差し伸べたのか、それともただの偶然であったのか…
ベネイシアは馬を引きながら、馬車から離れる最初の一歩を踏み出した直後、耳元に聞き慣れた音が、遠くから近付きつつある事に気が付いた。
「……何やら、物々しい音が、あっちから聞こえて来るな。」
ヴリシクは、自分達が来た方向……西側へ指差しながら言う。
音の正体が目の前に姿を現すまで、さほど時間はかからなかった。
2人の目の前に現れたのは、戦車に護衛されたアメリカ軍の機械化部隊であった。
独特の軋み音を立てて走行する戦車と、前部に車輪、後部にキャタピラを装備したハーフトラックが続いて行く。
土埃を上げながら現れた、総計で20台以上の車列は、半数が彼らの前を通り過ぎた所で、どういう訳か停止した。
ハーフトラックから、幾人かの軍人と、学者然とした男が降り立ち、裏街道の周囲を眺め回している。
「なんだろ、あれ?」
ベネイシアが相棒に声をかけるが、ヴリシクも、突然現れたこの車列の目的がわからず、首を捻った。
その時、2人は別のアメリカ兵から声を掛けられた。
「ヘイ!そこのカップルさん。俺達に何か用かい?」
ヘルメットを被り、サングラスで目元を覆ったくわえタバコの米兵が近付いて来る。
「ああ……いや。どうして、アメリカ軍の団体さんが、こんな辺鄙な裏街道なんぞに来ちゃってるのかな~と。」
「なに、ちょっとした下調べさ。新しい道路を造るためのな。」
米兵は、親指を下に向けながら、ヴリシクの質問に答えた。
「表街道だけでは、拡大しつつある流通に対応しきれなくなる。そこで、町をより活発化するためにも、広い幹線道路を新しく作ろうと言う訳だ。」
「へぇ。しかし、何でアメリカさんが、こうも大勢居るんですか?」
「ここは例のモンスターがうようよしている区域だからな。」
米兵は、乗っていたハーフトラックの外板を叩きながら言う。
「調査隊だけ送り出しても、襲われる可能性が高いから、こうして俺達が護衛していると言う訳だ。最も……モンスター相手に、チャーフィーの75ミリや
ミートチョッパーを使うのは、いささか大袈裟すぎる物なんだがね。」
アメリカ兵は首を竦めながら、2人にそう言い放った。
「ところで、あんたらはここで何をしてるんだい?見た所、狩猟ギルドから送られて来たハンターさんのようだが。」
「はい。実は、ちょっと困った事が起きてしまいまして……」
ベネイシアが、顔をやや俯かせながら答える。
「狩りを終えて帰る途中に、馬車の車軸が折れてしまったんです。仕方なく、馬と、必要な荷物だけを持って町に戻ろうとしていたんですが、そこで、
あなた達と出くわしたという事です。」
「なるほど。」
アメリカ兵は腕組みしながら返事した後、2人の後ろにある荷台に視線を送る。
「……どうせなら、俺達が送ってやるかい?」
唐突の提案に、2人は思わず、目が点になってしまった。
「む?今のおれの言葉は聞こえたか?」
返事をしない2人に、米兵は苦笑しながら尋ねる。
「え……あ、は!はい!聞こえました!!」
ベネイシアは、慌てて答えた。
「しかし兵隊さん……あなたは確か任務の途中の筈です。僕達を町に送ると言っていますが、任務を半ばで放棄しても良いんですか?」
「兵隊さん……か。」
米兵は面白そうだと言わんばかりの表情を浮かべながら、ゆっくりとした口ぶりで言う。
「実を言うとね。俺は兵隊さん、では無いんだよ。こう見えても、軍隊では少佐の階級を頂いている、れっきとした将校殿なんだ。」
「え!?そ、そうだったんですか!」
ヴリシクとベネイシアは、相手が将校だと知らずにざっくばらんな口調で話していた事を激しく後悔した。
「し、失礼しました!少佐殿!!」
「おいおい、そんなに畏まらなくても良いぜ、セクシーなお姉さん。っと……見た所、君は軍人上がりの様だね?」
少佐は、綺麗に直立不度の態勢を取ったベネイシアを見て、彼女が元軍人であると見抜いた。
「はい。昨年まではレンベルリカ軍の中尉として従軍しておりました。」
「なんだ、君も将校さんなのか。こちらの方こそ、失礼したね。」
「いえ、お気になさらずに。」
ベネイシアは首を振りながら、そう返した。
「今では、ただのしがないハンターです。」
「そうか。まっ、それはさておき………」
少佐は馬車の荷台の方に指を向けた。
「荷台の中には荷物が残っているようだね。それもついでに運んでやろう。」
「しょ、少佐殿……本当によろしいのですか?」
今度は、ヴリシクが口を開いた。
「別に、自分達は必要最小限の物だけ運べば、それで良いのですが。」
「聞く所によると、君らギルドのハンターは、狩った獲物の骨や皮などを持ち帰って、工房の職人が装備品等に加工して、色々と作っているようだな。
あの馬車の中には、その“材料”がたんまり入っているのではないかな?」
少佐の鋭い指摘に、2人は一瞬だけ押し黙り、ついで、互いに目を見合わせる。
「別に考える必要は無いと思うがね。」
少佐はニヤリと笑みを浮かべながら、2人にそう言った。
「では……お言葉に甘えさせて頂きます。」
ヴリシクは、恐る恐ると言った様子で少佐に答えた。
「おう!任せてくれ。」
少佐は満面の笑みを浮かべてそう言うや、ハーフトラックに乗っていた部下達に馬車の荷物をトラックのキャビンに移すように命じた。
狩ったモンスターの死骸は、3台のトラックに移し替えられた。
その20分後、調査を終えた隊列は、2人のハンターと切り分けられた獲物の死体を乗せ、町に戻って行った。
裏街道から、整備された表街道に隊列が出た時、時刻は午前9時40分を過ぎていた。
「町だ。」
ヴリシクは、4日ぶりに見るジヴェスコルクの町並みを見て、ぽつりと呟く。
「あの……少佐殿。私達、まだ自己紹介を済ませていませんでしたね。」
ハーフトラックのキャビン上で、向かい側に座っている少佐にベネイシアが話しかける。
部下と話し合っていた少佐は、一瞬だけ動きを止めた後、思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだったね。まずは、俺の名前から紹介しよう。」
少佐は言葉を止めた後、サングラスを取った。
「俺はヴランク・ケビンズだ。第67機甲歩兵大隊の指揮官をやっている。」
「私はベネイシア・ヒンヴィネンと申します。こちらは相棒のヴリシク・ツヴァイカです。」
「先程は、任務中にも関わらず助けて頂き、深く感謝いたしております。」
「なあに、気にせんでくれ。」
ケビンズ少佐は、右手を振りながら2人に言った。
「人として当然の事をしたまでだ。それに、任務と言っても、俺達にとってピクニックのような物だったからな。」
「うちの大隊長はお人好しでね。困っている人を見ると手を指し伸ばさずには居られない性格なんだ。」
ベネイシアの隣に座っている黒人兵が、誇る様な口ぶりで喋る。
「そのせいで、上司からも人が良すぎるとか良く言われているけど……俺達は大隊長の下で戦えて本当に良かったと思っている。」
「その性格のお陰で、大隊長は素敵な奥さんまで貰っちまっているからな。いやはや、人生が充実している人は羨ましいもんだぜ。」
別の兵士が嘆息しながら言葉を放つ。
「少佐殿はどちらのご出身なのですか?」
ヴリシクの質問に、ケビンズ少佐はしばし間を置いてから答えた。
「生まれはヴァージニア州だ。今はニューヨークに住んでるよ。君達はアメリカの地名とかは知ってるかい?」
「いや、あまり……ベネイシア、君はどうだ?」
「ちょっとしか知らないけど……確か、ニューヨークって言えば、あのとんでも無い大都市のある州ですよね?」
「おっ、君はニューヨークの摩天楼を見た事があるのか?」
「……写真でですが……それにしても、アメリカは凄い国ですよね。自分達の国とは、本当に次元が違いますよ。」
「少佐、どうやれば……あんな途方も無い大都市を作れるんですか?」
ヴリシクの問いに、ケビンズは即答した。
「そりゃ簡単さ。普通に努力すればいい。」
「……努力……ですか?」
あっけらかんとした答えに、ベネイシアは首を捻りながらも、更に質問する。
「そう、努力だよ。」
「俺達が住んでいるアメリカと言う国はな、建国当初はあんたらの国と似たような物だった。でも、それから200年後……紆余曲折を経ながらアメリカは
成長し続けた。そこにあったのはただ1つ……先人達のあらゆる努力さ。」
黒人兵は、途中、何か思う所があったのか、複雑な表情を浮かべていたが、彼は語調を変える事無く、2人にそう語った。
「レンベルリカと言う国も、これから先……楽とは言えない道を辿る事になるだろう。でも、あんたらや、この国の人達が頑張れば、そう遠くない将来、
この国を発展させる事が出来る筈さ。」
「そう。レンベルリカはレンベルリカで、良い所があるからね。」
最後は、ケビンズの言葉で締めくくられた。
「と、まぁ……何の特徴も無い話だが……要するに、頑張り次第では、レンベルリカにもニューヨークのような魔天楼を作る事は可能だって話さ。」
「なるほど……そう言う事ですか。」
ヴリシクは、彼らの言わんとしている事をようやく理解し出来たのか、頭を深く頷かせた。
M24軽戦車に先導された隊列は、15分後にジヴェスコルグ市から5キロまで近付いていた。
ベネイシアとヴリシクは、ハーフトラックのキャビンから、左手に見える広大な飛行場をじっと見据えていた。
「しかし、いつ見てもでかいなぁ。」
「長さだけで2000グレルだったっけ?この滑走路。」
「ああ。そして、その横に駐機する多くのアメリカ軍機。この飛行場と、港が出来ていなかったら、ジヴェスコルグはずっと寂れた町のままだったな。」
ヴリシクが感慨深げに言葉を漏らして行く。
「ハンター業が再開したのも、国がアメリカ軍を招致したお陰だからね。」
ベネイシアもまた、広大な飛行場と、本格的な港を造ったアメリカの国力に、心底から感嘆する。
ジヴェスコルグ市には、アメリカ軍の設営した飛行場と港がある。
今、2人がハーフトラックのキャビンから眺めているのが、その飛行場である。
ジヴェスコルグ飛行場と呼ばれたこの航空基地は、北西から南東にかけて4000メート級の滑走路が2本設営されており、ここには1日、100機前後の
アメリカ軍機が発着を繰り返していた。
また、港は大型艦が寄港できる桟橋が幾つも作られており、現在はアメリカ海軍の航空母艦数隻が桟橋に接岸されていた。
港と飛行場の他に市から15キロ南に離れた郊外には、レンベルリカ陸軍第1歩兵師団と、アメリカ陸軍第21機甲師団の駐屯地があり、ケビンズ少佐の部隊も、
この機甲師団の所属となっている。
「……ベネイシア、また飛行機だぜ。」
ヴリシクは、今ではとっくに見慣れてしまった物を見つけるや、彼女の肩を叩いてその編隊に指を向けた。
「小型機の編隊か……最近、なんか多いよね。」
彼女は答えながら、低空飛行で上空を飛び去って行く小型機の編隊を見つめ続ける。
小型機の編隊は50機から60機以上おり、それらが3~4つの編隊を形成しながら、低空で飛行場や町の上空を飛び去りつつある。
1ヵ月半前から、ジヴェスコルグ市には、アメリカ海軍に所属する艦載機が連日飛来し、低空飛行や攻撃訓練等を繰り返していた。
アメリカ側からは、一定期間だけジヴェスコルグ市周辺に、飛行訓練の際に発せられる爆音によって住民に多大な迷惑が出る事になるが、訓練期間は長くないため、
訓練への協力をお願いする、といった内容の要請文がジヴェスコルグ市庁舎に送られた後、市の全住民に伝えられている。
住民達の中には、米軍機の激しい訓練によって生じる騒音のせいで静かに暮らせない、といった苦情を寄せる者が居た物の、大部分の住民は米軍機の訓練を気にする
事無く、普段の生活を送っていた。
「狩猟ギルドは確か、港の近くにあったな?」
「はい、少佐殿。飛行場沿いの道路をそのまま行って、最初の分岐を左に曲がれば、ギルドのある建物まで一直線です。」
ヴリシクが声を大きくしながら答える。
上空を小型機の編隊が次々と飛び抜けていくため、隊列の周囲にかなりの轟音が鳴り響いているためだが、ケビンズ少佐はヴリシクの声をしっかりと聞いていた。
「OK。お前さん達の荷物を乗せたトラックと調査チームを乗せたトラックは次の分岐で分ける。残りの連中には、一足先に基地に戻って貰うよ。」
ケビンズ少佐は2人にそう言ってから、隣の通信兵から無線機を借り、別のトラックや戦車に乗っている部下達に指示を伝えた。
「これで終わり……と。」
ケビンズは、部下に受話器を渡した後、タバコを吸うために胸ポケットに手を入れかけた。
その時、彼の視線は西の方角に釘付けとなった。
「飛行機が1機向かって来るな……む?あいつは……今までに見た事のない形だ。」
小型機の編隊は、既に海の方向に飛び去っていた為、2人は、ケビンズが怪しげな口調で呟くのを、しかと聞いていた。
2人は、ほぼ同時に西の空を見つめた。
そこには、大型機と思しき機影が1つだけ存在しており、それは徐々に高度を下げつつあった。
「B-29……では無いな。」
ケビンズは小声で呟きながら、目を細めて未知の大型機をじっと見据える。
大型機は急速に接近しつつあり、次第にその全容が明らかになって来た。
「おいおいおい……ベネイシア、あの飛行機。スーパーフォートレスよりも大きくないか?」
「いや、確実に大きいよ!エンジンが6つも付いてるし。」
2人は、初めて目の当たりにする未知の大型機に、緊張と興奮のあまり声を上ずらせていた。
大型機は滑走路にそのまま進入するコースを取らず、様子見の為に、右旋回に移った。
そのため、未知の大型機は、ベネイシア達に向かう形となった。
銀色の機体が自分達に近付いてきたと思いきや、2人は目を見張り、銀色の怪鳥の通過を間近で目の当たりにした。
今までに聞いた事の無い、おどろおどろしい爆音を上げながら通過する大型機の機銃やエンジン配置、翼の位置等が事細かに見える。
その大きさはまさに圧倒的であり、この飛行場に配備されているB-29がよりも倍近い大きさがあった。
2人は、轟音を上げながら悠々と飛び去って行く新型爆撃機の後ろ姿を見つめながら、心中では、アメリカの強大な工業力を改めて見せ付けられたような気がした。
「ハハハ!こいつは凄い!!」
2人の反対側に座ってB-36の通過を見守っていたケビンズ少佐は、思わず高笑いを浮かべていた。
彼だけでは無く、搭乗していた兵士達もまた、初めて目の当たりに最新鋭の重爆撃機の姿に声援や歓声を上げていた。
「ハンターさん、見たかい?あれは完成したばかりの新型爆撃機だよ。俺も噂でしか聞いた事がなかったんだが……まさか、本当に存在したとは。」
ケビンズ少佐は驚きを隠せない表情で2人に話す。
「こりゃ、B-29はクビになるかもしれんねぇ。」
彼が何気ない口調でそう言うや、ベネイシアとヴリシクはポカンと口を開けたまま、しばらく押し黙っていた。
同日 10時20分 ジヴェスコルク港内PX
「すげえなぁ……あんなデカブツが綺麗に飛行場に降りて行くとは……パイロットの腕はかなりの物だぞ。」
PXの屋上で、見慣れぬ超重爆撃機の鮮やかな着陸を見ていたリンゲ・レイノルズ大尉は、心の底から感嘆しながら言う。
「中隊長、あれが、陸軍さんが作ったと言うコンカラーって奴なんすかね?」
部下の戦闘機パイロットがリンゲに聞いて来る。
「だろうな。噂には聞いていたが……あそこまで大きいとはね。」
「あれが量産されたら、シホット共もお終いですね。上手く行けば、シホールアンルっていう国が地図から無くなっちまうかもしれませんよ。」
「おいおい、あまり物騒な事を言うんじゃないぞ。」
突拍子も無い事を言う部下を、リンゲは幾分厳しい口調で戒めた。
「それに、戦略爆撃だけでシホールアンルは無くならんよ。最終的に戦場を支配するのは陸さんの地上部隊だ。あのB-36は、ド派手な支援兵器に過ぎん。
高高度から爆弾を落とすだけで全てが決まるんなら、俺達がここで訓練をする必要なんてないよ。」
「……それもそうですね。」
部下は納得すると、両肩を竦めた。
「中隊長、中でポーカーの続きをしましょう。」
「そうだったな。」
リンゲは苦笑すると、突いて来た6人の部下と共に、再びPXの中に戻って行った。
彼ら7人は、元居た席に座ると、そそくさとポーカーの続きを始めた。
「それにしても隊長……久しぶりの休日なのに、野郎だらけでポーカー三昧というのはどうかと思うんですが。」
席に戻るなり、部下の1人が急に不満を言い始めた。
「何ぃ?今日はいつものキッツイ訓練をやる代わりに、ビールを呑みながらのんびり出来るんだぜ。これ以上の贅沢を求めてはバチが当たるぞ。」
「ノンビリし過ぎですよ。途中で面白い話でもありゃいいんですが、皆押し黙ってポーカーに集中では、自分としては余り、面白味がありませんな。中隊長、
この間のミニ飲み会の時に話した面白話、また聞かせてもらえませんかね?」
「はぁ?何でそうなるんだ。」
「面白い上に、妙に現実感がありましたからね。隊長が夢の中で、あの、噂のリリスティ姫の部下となってロボットに乗って戦っていたと話した時は、
もう爆笑しましたよ。しかも、隊長も女の子の体になってた!という変なオマケ付きで。」
「馬鹿野郎。あん時はきつい訓練のせいで俺もおかしくなっとったんだ。」
リンゲは恥ずかしさの余り、赤面しながら部下に答えた。
「あまり恥ずかしい思い出話ばかりやらすと、訓練の時にキツイ思いをさせる事になるが、いいかね?」
リンゲは爽やかな笑みを浮かべた。
リンゲの癖を知り尽くしている部下は、その笑顔の奥に殺意が埋もれている事に気付き、それ以上余計な言葉は言わない事にした。
「さてと……今度はいい目が来ると良いなぁ……」
リンゲが呟きながら、配られたカードを見る。
「……微妙だな。」
彼は渋面を浮かべた。
「隊長……今度も悪い按配の様ですな。」
「……なんだ貴様。俺のカードの中身が見えるってのか?」
「カードは見てませんが、隊長の顔を見れば一目瞭然ですよ。こりゃ、次も私が頂きですな。」
部下はホクホク顔を見せながら、テーブルの中央に置かれたカードの束から1枚抜き取った。
「隊長!ここでずーっとポーカーばかりをやり続けるのも何ですから、この回が終わったら皆で基地の外に出かけませんか?」
「何?基地の外に出るだと?」
リンゲは眉間に皺を寄せながら、部下の目を見据えた。
「ええ。どうせ今日と明日の訓練は休みなんですから、たまには外でパーッとやろうかと思いましてね。ちょうど、近くに狩猟ギルドもありますし、
エロイ恰好をした女ハンターを引っ掛ける事もいいかと。」
「おおお!そいつは良いねぇ!」
それまで、黙って話を聞いていたフォレスト・ガラハー中尉が、顔に喜色を貼りつかせながら話に乗って来た。
「ここに来て1ヶ月半が経つが、ずっと訓練漬けだったからな。よし!俺はお前の提案に乗ったぞ!」
「ありがとうございます、小隊長!」
「おいおい、何勝手に話を進めとるんだ。」
そこに、リンゲが待ったをかけるように割り込んで来る。
「言っとくがね、俺達は一応、“訓練兵”という事になってるんだぜ。一介の訓練兵が外で暴れたら、うちの親父さんからどやされるぞ。」
リンゲの言葉を聞いていた部下達は、思わず失笑してしまった。
「訓練兵にしては、随分と顔つきの良い奴ばかりが揃ってますけどね。」
ガラハー中尉は、自慢するかのような口調でリンゲに言った。
「そりゃあ、ここにいるのは栄光のVF-6……エンタープライズ戦闘機隊のメンバーだからな。怖いお兄さん達が集まるのは当然の事さ。」
リンゲは別段、気にしていない口ぶりでそう返した。
リンゲと共に居る8名のパイロットは、いずれも飛行時間1000~2000時間越えの経験を積んだ者ばかりである。
彼は開戦以来、空母エンタープライズの戦闘機隊員として数々の戦闘を経験し、歴史を動かしたとも言われる大海空戦にも参加している。
彼はこれまでに、28機のワイバーンや飛空挺を撃墜しており、エンタープライズの中では一目置かれる存在となっている。
その彼の下に集う部下達も、太平洋戦線で経験を積んだ腕利きばかりである。
無論、経験の浅いパイロットも居るが、そのパイロットもレーミア沖海戦の激戦に参加した他、数々の戦闘で経験を積んだ猛者だ。
「それ以前に……第3艦隊に集められた母艦搭乗員は、大体がそんな感じの奴ばかりですよ。一番のヒヨッコが居ると言われているベニントンのある艦攻隊員でさえ、
飛行時間はあと少しで1000時間を超えるとか言われています。」
「それとは別の話になるんですが……うちの艦隊はここに来て以来、ずっと猛訓練ばかりをやっていますよね。」
別の部下がリンゲに話しかけて来る。
「一昨日だって、艦攻隊はエンタープライズから発艦してから2時間はずっと飛行訓練に明け暮れていましたし、戦闘機隊は中隊ごとに夜間着艦の訓練までやっています。」
「こんな、辺鄙な田舎に集められた経験豊富なパイロットと複数の空母。そして、連日行われる猛訓練……隊長、自分にはどうも、良く分からんのですが……」
ガラハーが改まった口調でリンゲに聞く。
「何故、自分達は、練習空母と定められた古巣に戻ってまで、こうも訓練漬けにされているんでしょうか?」
ガラハーの質問を受けたリンゲは、視線をカードに集中させたまま、しばし黙った。
10秒ほど黙考した彼は、トランプを伏せた状態で置いた後、腕組しながら天を仰いだ。
「……実を言うと、どのような理由が合って、こんな訓練漬けにばかり遭っているのかは、俺にも全く分からん。だが………」
リンゲは、ゆっくりと顔を俯かせてから、言葉を続ける。
「低空雷撃訓練、急降下爆撃訓練、編隊戦闘訓練といった、基本とも言える攻撃戦法を、このジヴェスコルクや周辺の入江で盛んに繰り返している事から、
幾らかは予想がつくな。」
「では隊長……第3艦隊は……?」
「どこを攻撃するのかは全く分からん。だが……訓練内容から推測するに、どこかの港か、運河を攻撃目標に想定しているかもしれん。」
「運河か港……ですか。」
ガラハーが、リンゲの言った言葉を口ずさむ。
「………うちらの次の目標が何なのか、全く見当が付きませんな。」
部下の1人が、苛立った口調でそう言った。
「何はともあれ、厳しい訓練を課せられているという事は、俺達が近い将来、重要な所を叩く為の前準備と言っても、過言ではないだろう。」
リンゲは無表情のままそう言いながら、置いたトランプカードを再び手に取り、中央のカードの束から1枚抜き取った。
その時、常に不機嫌そうに強張っていた顔が、僅かながら緩んだ。
「その時が来るまでに、俺達はお偉方の期待に答えられるよう、しっかりと、腕を磨かねばならんな。」
リンゲはそう言い終えるや、チェックメイトと小声で付け加えながら、5枚のカードをテーブルの上に置いた。
1485年(1945年)9月21日 午前9時 レンベルリカ連邦共和国ジヴェスコルク
レンベルリカ領南東部……エンテック共和国との国境から60キロ程北にあるジヴェスコルクは、元々はレンベルリカ第3の港町として
発展していたが、マオンド共和国との戦争時には、この町は激戦地となり、マオンド軍が撤退するまで廃墟と化していた。
戦争がマオンドの降伏によって終わってからも、ジヴェスコルクは、人口こそこそ多い物の、主要な産業は漁業と狩猟しか無いパッとしない町であった。
そんなさびれた町も、最近、とある国の軍隊が港や何も無い平地に居付くようになってからは活気が戻り始めていた。
この日、町の狩猟ギルドの公認ハンターとしてジヴェルコルク市西方にある森林地帯で、害獣狩りに当たっていたベネイシア・ヒンヴィネンは、
車軸の折れた馬車を前に、心底困り果てていた。
「ベネイシア。俺は出発前に言った筈だよなぁ……あまりでかい獲物を捕えるのは止した方が良いと。」
彼女は、相棒であるヴリシク・ツヴァイカに呆れた口ぶりで非難された。
「無計画に大物を捕えた結果がこのザマですぜ?中尉殿。」
「な……!?あ、あんただって、獲物を見つけた時には興奮しながら追い回してたじゃない!」
「む……それは、その……なんというか。」
彼は、狩りの最中に自分が害獣相手に大立ち回りを演じていた事を思い出したのと、思わぬ反撃に出た彼女がずいと詰め寄り、体のとある部分が
見えた事で顔を赤くしてしまった。
「イジャキスの連中にしては、珍しくリーダー格の奴を見つけてしまったからな。普段、目にする事の出来ない奴が居るのに、冷静になんて
出来る筈が無いさ。というか、話はずれるが……」
ヴリシクは赤面したまま、ベネイシアの全身を爪先から頭まで見通した。
「流行とは言え、そんな、あからさまに誘っているような格好は何とかならなかったのかね。」
「はぁ?何を言ってるの。好きで着てるんだから良いでしょ。」
ベネイシアは、大きな胸を強調するかのような姿勢になりつつ、やや上目遣いでヴリシクにきっぱりと言い返した。
彼女の服装は、上は上腹部の辺りまでしか無い薄い緑色の布製の羽織物と、胸の部分だけを覆った黒い布。
下は丈の異様に短い茶色のズボンに見えるが、股間の部分は、膝の近くまで伸びる長方形の布と、その下に下着と見紛わんばかりのパンツを身に付けている。
頭の部分は、5か月前に捕獲した別の害獣の骨を加工した赤色のヘアバンドが付けられており、そのヘアバンドには、2つの小さな角が付いていた。
腕や脚の膝部分、肩口には革製の防具が付いており、従軍時代から愛用していたため、細かな傷が幾つも付いている。
見た所、全体的に露出の多い格好となっており、身長が170センチ程と、女にしては背が高く、体のスタイルも良いベネイシアは、その浅黒い肌と、
ポニーテール状に結った長髪によって妖艶さをまじまじと現していた。
「機動性も重視した形なんだから、あまり文句を言われるのは心外だね。」
「そのでっかい物と綺麗な谷間、空いた腹とヘソの穴も良く見えているから、機動性以外も重視してるんだねぇ。ホント、アメリカ兵一本釣り装備と
言われている理由が良く分かるぜ。」
「うう……まぁ、セヴムジヌ装備は作った奴が、あっち方面でも結構な活躍をした人だからね。こんな物が生まれるのは仕方ないね。」
ベネイシアはほんのりとだが、顔を赤くしながらヴリシクに答えた。
「はぁ……連邦軍の連隊長上がりの人が、ハンターの装備考案者になる事自体驚きだったが、こんなセヴムジヌ装備のような変てこな物を作るとは。世も末だわ。」
「ええと……元部下のあたしとしては、色々な意味で申し訳ない気持ちだけど……まぁ、彼女もまだ30代前半と、若いし……これもきっと、若気の至りって奴よ!」
ベネイシアはそう力説するが、ヴリシクは薄眼で彼女を見つめる。
「俺としては、アホな妄想を具現化しただけと思うんだけどなぁ。まっ、今はこんな変てこな格好が軍装では無い事を喜ぶけどね。」
ヴリシクは苦笑交じりに言ってから、折れた車輪を右に傾いた馬車の荷台に立てかけ、荷台の中身を見る。
荷台の中には、切り分けられた害獣の死体が合った。
このモンスターは、イジャキスと名付けられている害獣で、レンベルリカ内では、未開の地に良く生息する生物である。
外見は茶色い馬を連想させるが、鋭い牙と爪を持ち、体調は小さな物で1.5メートルから、大きな物で3.4メートル程になり、重さは600キロ以上にもなる。
体の皮膚は、胸や腹部等の部分が堅い皮で覆われており、防御力は意外と高い。
性格は個体によって様々だが、基本的に獰猛な肉食獣であり、普段は3~5頭ほどの群れを成して行動しているが、場合によっては30~60頭以上の集団で
行動する事もある。
イジャキスは基本獰猛だが、同時に知恵の回るモンスターでもあり、襲撃対象は自分よりも弱い小型種か、人数の少ない人間か亜人種等である。
とはいえ、通常は、単独行動を行っている人間を襲う事は余り無い。
だが、例外的に、大挙して村や集落を襲う凶暴な集団もおり、今年の5月には、市の北6キロの村でイジャキス集団100頭以上の襲撃があり、30人の村人が
食い殺されると言う事件が起きた。
当時は動員出来るハンターの数が少なく、地方の自警団も対処が困難な状態に陥っており、村人が全員、イジャキスの腹の中に収まる事は確実かと思われた。
しかし、事件発生から2時間後……村は急行して来たレンベルリカ軍歩兵部隊(アメリカ側の武器供与によって自動車化されていた)と米軍機械化師団、
アメリカ軍航空部隊によって救われた。
当時、村の救援のため、イジャキス狩りに従事していたベネイシアは、国防軍とアメリカ軍部隊の圧倒的な火力によって瞬く間に殲滅されていく害獣達を
目の当たりにしていたが、その凄まじさは、今でも鮮明に彼女の脳裏に焼き付いている。
今回の狩は、昨今凶暴化しているイジャキスの実態調査も兼ねての事であったが、ベネイシアは、今回の狩でイジャキスが何故凶暴化し、これまでに
無い規模の集団を形成して村を襲ってきたのか、その原因究明の鍵を見つけたような気がしていた。
「ねぇ……イジャキスの司令塔的存在が、なんで、こんな所にまで来ていたのかな。」
「さぁ、どうしてだろうな。」
ベネイシアの言葉に答えながら、ヴリシクは、軽鎧に付いた汚れをはたき、ついでに荷台に転がっているイジャキスの頭部部分を見つめる。
通常、イジャキスの頭部には何も無いが、群れのリーダーを務める個体には、必ずと言って良いほど、3つの角が付いている。
今回、彼らが捕えたイジャキスは5頭。そのうちの1頭が、普段は群れを纏めると言われている個体であった。
通常なら、この個体は滅多に国見る事が出来ない筈なのだが……今回に限っては、どういう訳か、町の近くであるこの森林地帯に居たのである。
「詳しい事は、帰ってからになるな。」
「だね。まずは町に戻って、ギルド長に報告を伝えないと。」
ベネイシアはそう言ったが、ヴリシクがすぐさま否定する。
「いや、違う。」
「は?何でよぉ……」
自分の言葉が否定された事に、彼女は頬を膨らませた。
「この車輪の取れた馬車を何とかしねぇと、俺達はこの裏街道で立ち往生したままになる。」
「だ、大丈夫!誰かが来て」
「くれたら嬉しいよなぁ……んん?」
ヴリシクが口元を歪め、半目になりながらベネイシアに問う。
「こんな、ガタガタでボロボロの獣道に、喜んで入って来る気前のいい人がなぁ……」
「え……ええと……てへ♪」
ベネイシアは下を出しながら、明るい笑顔を見せた。
「てへ、じゃねええ!!」
ヴリシクは思わず怒声を上げてしまった。
「アメリカさんが整備してくれた表街道を行こうとしたら、遠回りでめんどくさい、裏街道を直進!と提案したのは、どちらさんだったかな?んんん!?」
「そ……それは、紛れも無く私でございます……私の失敗でこうなったのであります………はい。」
ベネイシアは半泣きになりながら、ヴリシクの怒りを収めるために止む無く、自己批判を行う破目になった。
「うむ。わかれば宜しい。」
ヴリシクは腕を組み、顔を頷かせながら大仰な口調でそう言った。
「さて……どうしようかな、コレ。捕えた獲物は放棄して、そのまま町に戻ろうかな。」
「悔しいけど……それしか手が無いのかも。」
ヴリシクの考えに、ベネイシアも渋々といった様子で答える。
「愚図愚図していたら、別のイジャキスや害獣に取り囲まれて、食い殺されるかも知れんからな。ベネイシア、この5日間の努力は水の泡となるが……
こうなっては仕方ない。」
「ええ……馬車を捨てて戻る事にしましょう。食料も心許ないしね。」
苦渋の決断を下した2人は、互いに頷き合った後……馬車から食料や、猟に使う対害獣用のクロスボウや大剣を装備し、それ以外の必要な物は、荷台を
けん引していた2頭の馬に乗せた後、馬車を放棄しようとした。
だが……彼らに天が救いの手を差し伸べたのか、それともただの偶然であったのか…
ベネイシアは馬を引きながら、馬車から離れる最初の一歩を踏み出した直後、耳元に聞き慣れた音が、遠くから近付きつつある事に気が付いた。
「……何やら、物々しい音が、あっちから聞こえて来るな。」
ヴリシクは、自分達が来た方向……西側へ指差しながら言う。
音の正体が目の前に姿を現すまで、さほど時間はかからなかった。
2人の目の前に現れたのは、戦車に護衛されたアメリカ軍の機械化部隊であった。
独特の軋み音を立てて走行する戦車と、前部に車輪、後部にキャタピラを装備したハーフトラックが続いて行く。
土埃を上げながら現れた、総計で20台以上の車列は、半数が彼らの前を通り過ぎた所で、どういう訳か停止した。
ハーフトラックから、幾人かの軍人と、学者然とした男が降り立ち、裏街道の周囲を眺め回している。
「なんだろ、あれ?」
ベネイシアが相棒に声をかけるが、ヴリシクも、突然現れたこの車列の目的がわからず、首を捻った。
その時、2人は別のアメリカ兵から声を掛けられた。
「ヘイ!そこのカップルさん。俺達に何か用かい?」
ヘルメットを被り、サングラスで目元を覆ったくわえタバコの米兵が近付いて来る。
「ああ……いや。どうして、アメリカ軍の団体さんが、こんな辺鄙な裏街道なんぞに来ちゃってるのかな~と。」
「なに、ちょっとした下調べさ。新しい道路を造るためのな。」
米兵は、親指を下に向けながら、ヴリシクの質問に答えた。
「表街道だけでは、拡大しつつある流通に対応しきれなくなる。そこで、町をより活発化するためにも、広い幹線道路を新しく作ろうと言う訳だ。」
「へぇ。しかし、何でアメリカさんが、こうも大勢居るんですか?」
「ここは例のモンスターがうようよしている区域だからな。」
米兵は、乗っていたハーフトラックの外板を叩きながら言う。
「調査隊だけ送り出しても、襲われる可能性が高いから、こうして俺達が護衛していると言う訳だ。最も……モンスター相手に、チャーフィーの75ミリや
ミートチョッパーを使うのは、いささか大袈裟すぎる物なんだがね。」
アメリカ兵は首を竦めながら、2人にそう言い放った。
「ところで、あんたらはここで何をしてるんだい?見た所、狩猟ギルドから送られて来たハンターさんのようだが。」
「はい。実は、ちょっと困った事が起きてしまいまして……」
ベネイシアが、顔をやや俯かせながら答える。
「狩りを終えて帰る途中に、馬車の車軸が折れてしまったんです。仕方なく、馬と、必要な荷物だけを持って町に戻ろうとしていたんですが、そこで、
あなた達と出くわしたという事です。」
「なるほど。」
アメリカ兵は腕組みしながら返事した後、2人の後ろにある荷台に視線を送る。
「……どうせなら、俺達が送ってやるかい?」
唐突の提案に、2人は思わず、目が点になってしまった。
「む?今のおれの言葉は聞こえたか?」
返事をしない2人に、米兵は苦笑しながら尋ねる。
「え……あ、は!はい!聞こえました!!」
ベネイシアは、慌てて答えた。
「しかし兵隊さん……あなたは確か任務の途中の筈です。僕達を町に送ると言っていますが、任務を半ばで放棄しても良いんですか?」
「兵隊さん……か。」
米兵は面白そうだと言わんばかりの表情を浮かべながら、ゆっくりとした口ぶりで言う。
「実を言うとね。俺は兵隊さん、では無いんだよ。こう見えても、軍隊では少佐の階級を頂いている、れっきとした将校殿なんだ。」
「え!?そ、そうだったんですか!」
ヴリシクとベネイシアは、相手が将校だと知らずにざっくばらんな口調で話していた事を激しく後悔した。
「し、失礼しました!少佐殿!!」
「おいおい、そんなに畏まらなくても良いぜ、セクシーなお姉さん。っと……見た所、君は軍人上がりの様だね?」
少佐は、綺麗に直立不度の態勢を取ったベネイシアを見て、彼女が元軍人であると見抜いた。
「はい。昨年まではレンベルリカ軍の中尉として従軍しておりました。」
「なんだ、君も将校さんなのか。こちらの方こそ、失礼したね。」
「いえ、お気になさらずに。」
ベネイシアは首を振りながら、そう返した。
「今では、ただのしがないハンターです。」
「そうか。まっ、それはさておき………」
少佐は馬車の荷台の方に指を向けた。
「荷台の中には荷物が残っているようだね。それもついでに運んでやろう。」
「しょ、少佐殿……本当によろしいのですか?」
今度は、ヴリシクが口を開いた。
「別に、自分達は必要最小限の物だけ運べば、それで良いのですが。」
「聞く所によると、君らギルドのハンターは、狩った獲物の骨や皮などを持ち帰って、工房の職人が装備品等に加工して、色々と作っているようだな。
あの馬車の中には、その“材料”がたんまり入っているのではないかな?」
少佐の鋭い指摘に、2人は一瞬だけ押し黙り、ついで、互いに目を見合わせる。
「別に考える必要は無いと思うがね。」
少佐はニヤリと笑みを浮かべながら、2人にそう言った。
「では……お言葉に甘えさせて頂きます。」
ヴリシクは、恐る恐ると言った様子で少佐に答えた。
「おう!任せてくれ。」
少佐は満面の笑みを浮かべてそう言うや、ハーフトラックに乗っていた部下達に馬車の荷物をトラックのキャビンに移すように命じた。
狩ったモンスターの死骸は、3台のトラックに移し替えられた。
その20分後、調査を終えた隊列は、2人のハンターと切り分けられた獲物の死体を乗せ、町に戻って行った。
裏街道から、整備された表街道に隊列が出た時、時刻は午前9時40分を過ぎていた。
「町だ。」
ヴリシクは、4日ぶりに見るジヴェスコルクの町並みを見て、ぽつりと呟く。
「あの……少佐殿。私達、まだ自己紹介を済ませていませんでしたね。」
ハーフトラックのキャビン上で、向かい側に座っている少佐にベネイシアが話しかける。
部下と話し合っていた少佐は、一瞬だけ動きを止めた後、思い出したように口を開いた。
「ああ、そうだったね。まずは、俺の名前から紹介しよう。」
少佐は言葉を止めた後、サングラスを取った。
「俺はヴランク・ケビンズだ。第67機甲歩兵大隊の指揮官をやっている。」
「私はベネイシア・ヒンヴィネンと申します。こちらは相棒のヴリシク・ツヴァイカです。」
「先程は、任務中にも関わらず助けて頂き、深く感謝いたしております。」
「なあに、気にせんでくれ。」
ケビンズ少佐は、右手を振りながら2人に言った。
「人として当然の事をしたまでだ。それに、任務と言っても、俺達にとってピクニックのような物だったからな。」
「うちの大隊長はお人好しでね。困っている人を見ると手を指し伸ばさずには居られない性格なんだ。」
ベネイシアの隣に座っている黒人兵が、誇る様な口ぶりで喋る。
「そのせいで、上司からも人が良すぎるとか良く言われているけど……俺達は大隊長の下で戦えて本当に良かったと思っている。」
「その性格のお陰で、大隊長は素敵な奥さんまで貰っちまっているからな。いやはや、人生が充実している人は羨ましいもんだぜ。」
別の兵士が嘆息しながら言葉を放つ。
「少佐殿はどちらのご出身なのですか?」
ヴリシクの質問に、ケビンズ少佐はしばし間を置いてから答えた。
「生まれはヴァージニア州だ。今はニューヨークに住んでるよ。君達はアメリカの地名とかは知ってるかい?」
「いや、あまり……ベネイシア、君はどうだ?」
「ちょっとしか知らないけど……確か、ニューヨークって言えば、あのとんでも無い大都市のある州ですよね?」
「おっ、君はニューヨークの摩天楼を見た事があるのか?」
「……写真でですが……それにしても、アメリカは凄い国ですよね。自分達の国とは、本当に次元が違いますよ。」
「少佐、どうやれば……あんな途方も無い大都市を作れるんですか?」
ヴリシクの問いに、ケビンズは即答した。
「そりゃ簡単さ。普通に努力すればいい。」
「……努力……ですか?」
あっけらかんとした答えに、ベネイシアは首を捻りながらも、更に質問する。
「そう、努力だよ。」
「俺達が住んでいるアメリカと言う国はな、建国当初はあんたらの国と似たような物だった。でも、それから200年後……紆余曲折を経ながらアメリカは
成長し続けた。そこにあったのはただ1つ……先人達のあらゆる努力さ。」
黒人兵は、途中、何か思う所があったのか、複雑な表情を浮かべていたが、彼は語調を変える事無く、2人にそう語った。
「レンベルリカと言う国も、これから先……楽とは言えない道を辿る事になるだろう。でも、あんたらや、この国の人達が頑張れば、そう遠くない将来、
この国を発展させる事が出来る筈さ。」
「そう。レンベルリカはレンベルリカで、良い所があるからね。」
最後は、ケビンズの言葉で締めくくられた。
「と、まぁ……何の特徴も無い話だが……要するに、頑張り次第では、レンベルリカにもニューヨークのような魔天楼を作る事は可能だって話さ。」
「なるほど……そう言う事ですか。」
ヴリシクは、彼らの言わんとしている事をようやく理解し出来たのか、頭を深く頷かせた。
M24軽戦車に先導された隊列は、15分後にジヴェスコルグ市から5キロまで近付いていた。
ベネイシアとヴリシクは、ハーフトラックのキャビンから、左手に見える広大な飛行場をじっと見据えていた。
「しかし、いつ見てもでかいなぁ。」
「長さだけで2000グレルだったっけ?この滑走路。」
「ああ。そして、その横に駐機する多くのアメリカ軍機。この飛行場と、港が出来ていなかったら、ジヴェスコルグはずっと寂れた町のままだったな。」
ヴリシクが感慨深げに言葉を漏らして行く。
「ハンター業が再開したのも、国がアメリカ軍を招致したお陰だからね。」
ベネイシアもまた、広大な飛行場と、本格的な港を造ったアメリカの国力に、心底から感嘆する。
ジヴェスコルグ市には、アメリカ軍の設営した飛行場と港がある。
今、2人がハーフトラックのキャビンから眺めているのが、その飛行場である。
ジヴェスコルグ飛行場と呼ばれたこの航空基地は、北西から南東にかけて4000メート級の滑走路が2本設営されており、ここには1日、100機前後の
アメリカ軍機が発着を繰り返していた。
また、港は大型艦が寄港できる桟橋が幾つも作られており、現在はアメリカ海軍の航空母艦数隻が桟橋に接岸されていた。
港と飛行場の他に市から15キロ南に離れた郊外には、レンベルリカ陸軍第1歩兵師団と、アメリカ陸軍第21機甲師団の駐屯地があり、ケビンズ少佐の部隊も、
この機甲師団の所属となっている。
「……ベネイシア、また飛行機だぜ。」
ヴリシクは、今ではとっくに見慣れてしまった物を見つけるや、彼女の肩を叩いてその編隊に指を向けた。
「小型機の編隊か……最近、なんか多いよね。」
彼女は答えながら、低空飛行で上空を飛び去って行く小型機の編隊を見つめ続ける。
小型機の編隊は50機から60機以上おり、それらが3~4つの編隊を形成しながら、低空で飛行場や町の上空を飛び去りつつある。
1ヵ月半前から、ジヴェスコルグ市には、アメリカ海軍に所属する艦載機が連日飛来し、低空飛行や攻撃訓練等を繰り返していた。
アメリカ側からは、一定期間だけジヴェスコルグ市周辺に、飛行訓練の際に発せられる爆音によって住民に多大な迷惑が出る事になるが、訓練期間は長くないため、
訓練への協力をお願いする、といった内容の要請文がジヴェスコルグ市庁舎に送られた後、市の全住民に伝えられている。
住民達の中には、米軍機の激しい訓練によって生じる騒音のせいで静かに暮らせない、といった苦情を寄せる者が居た物の、大部分の住民は米軍機の訓練を気にする
事無く、普段の生活を送っていた。
「狩猟ギルドは確か、港の近くにあったな?」
「はい、少佐殿。飛行場沿いの道路をそのまま行って、最初の分岐を左に曲がれば、ギルドのある建物まで一直線です。」
ヴリシクが声を大きくしながら答える。
上空を小型機の編隊が次々と飛び抜けていくため、隊列の周囲にかなりの轟音が鳴り響いているためだが、ケビンズ少佐はヴリシクの声をしっかりと聞いていた。
「OK。お前さん達の荷物を乗せたトラックと調査チームを乗せたトラックは次の分岐で分ける。残りの連中には、一足先に基地に戻って貰うよ。」
ケビンズ少佐は2人にそう言ってから、隣の通信兵から無線機を借り、別のトラックや戦車に乗っている部下達に指示を伝えた。
「これで終わり……と。」
ケビンズは、部下に受話器を渡した後、タバコを吸うために胸ポケットに手を入れかけた。
その時、彼の視線は西の方角に釘付けとなった。
「飛行機が1機向かって来るな……む?あいつは……今までに見た事のない形だ。」
小型機の編隊は、既に海の方向に飛び去っていた為、2人は、ケビンズが怪しげな口調で呟くのを、しかと聞いていた。
2人は、ほぼ同時に西の空を見つめた。
そこには、大型機と思しき機影が1つだけ存在しており、それは徐々に高度を下げつつあった。
「B-29……では無いな。」
ケビンズは小声で呟きながら、目を細めて未知の大型機をじっと見据える。
大型機は急速に接近しつつあり、次第にその全容が明らかになって来た。
「おいおいおい……ベネイシア、あの飛行機。スーパーフォートレスよりも大きくないか?」
「いや、確実に大きいよ!エンジンが6つも付いてるし。」
2人は、初めて目の当たりにする未知の大型機に、緊張と興奮のあまり声を上ずらせていた。
大型機は滑走路にそのまま進入するコースを取らず、様子見の為に、右旋回に移った。
そのため、未知の大型機は、ベネイシア達に向かう形となった。
銀色の機体が自分達に近付いてきたと思いきや、2人は目を見張り、銀色の怪鳥の通過を間近で目の当たりにした。
今までに聞いた事の無い、おどろおどろしい爆音を上げながら通過する大型機の機銃やエンジン配置、翼の位置等が事細かに見える。
その大きさはまさに圧倒的であり、この飛行場に配備されているB-29がよりも倍近い大きさがあった。
2人は、轟音を上げながら悠々と飛び去って行く新型爆撃機の後ろ姿を見つめながら、心中では、アメリカの強大な工業力を改めて見せ付けられたような気がした。
「ハハハ!こいつは凄い!!」
2人の反対側に座ってB-36の通過を見守っていたケビンズ少佐は、思わず高笑いを浮かべていた。
彼だけでは無く、搭乗していた兵士達もまた、初めて目の当たりに最新鋭の重爆撃機の姿に声援や歓声を上げていた。
「ハンターさん、見たかい?あれは完成したばかりの新型爆撃機だよ。俺も噂でしか聞いた事がなかったんだが……まさか、本当に存在したとは。」
ケビンズ少佐は驚きを隠せない表情で2人に話す。
「こりゃ、B-29はクビになるかもしれんねぇ。」
彼が何気ない口調でそう言うや、ベネイシアとヴリシクはポカンと口を開けたまま、しばらく押し黙っていた。
同日 10時20分 ジヴェスコルク港内PX
「すげえなぁ……あんなデカブツが綺麗に飛行場に降りて行くとは……パイロットの腕はかなりの物だぞ。」
PXの屋上で、見慣れぬ超重爆撃機の鮮やかな着陸を見ていたリンゲ・レイノルズ大尉は、心の底から感嘆しながら言う。
「中隊長、あれが、陸軍さんが作ったと言うコンカラーって奴なんすかね?」
部下の戦闘機パイロットがリンゲに聞いて来る。
「だろうな。噂には聞いていたが……あそこまで大きいとはね。」
「あれが量産されたら、シホット共もお終いですね。上手く行けば、シホールアンルっていう国が地図から無くなっちまうかもしれませんよ。」
「おいおい、あまり物騒な事を言うんじゃないぞ。」
突拍子も無い事を言う部下を、リンゲは幾分厳しい口調で戒めた。
「それに、戦略爆撃だけでシホールアンルは無くならんよ。最終的に戦場を支配するのは陸さんの地上部隊だ。あのB-36は、ド派手な支援兵器に過ぎん。
高高度から爆弾を落とすだけで全てが決まるんなら、俺達がここで訓練をする必要なんてないよ。」
「……それもそうですね。」
部下は納得すると、両肩を竦めた。
「中隊長、中でポーカーの続きをしましょう。」
「そうだったな。」
リンゲは苦笑すると、突いて来た6人の部下と共に、再びPXの中に戻って行った。
彼ら7人は、元居た席に座ると、そそくさとポーカーの続きを始めた。
「それにしても隊長……久しぶりの休日なのに、野郎だらけでポーカー三昧というのはどうかと思うんですが。」
席に戻るなり、部下の1人が急に不満を言い始めた。
「何ぃ?今日はいつものキッツイ訓練をやる代わりに、ビールを呑みながらのんびり出来るんだぜ。これ以上の贅沢を求めてはバチが当たるぞ。」
「ノンビリし過ぎですよ。途中で面白い話でもありゃいいんですが、皆押し黙ってポーカーに集中では、自分としては余り、面白味がありませんな。中隊長、
この間のミニ飲み会の時に話した面白話、また聞かせてもらえませんかね?」
「はぁ?何でそうなるんだ。」
「面白い上に、妙に現実感がありましたからね。隊長が夢の中で、あの、噂のリリスティ姫の部下となってロボットに乗って戦っていたと話した時は、
もう爆笑しましたよ。しかも、隊長も女の子の体になってた!という変なオマケ付きで。」
「馬鹿野郎。あん時はきつい訓練のせいで俺もおかしくなっとったんだ。」
リンゲは恥ずかしさの余り、赤面しながら部下に答えた。
「あまり恥ずかしい思い出話ばかりやらすと、訓練の時にキツイ思いをさせる事になるが、いいかね?」
リンゲは爽やかな笑みを浮かべた。
リンゲの癖を知り尽くしている部下は、その笑顔の奥に殺意が埋もれている事に気付き、それ以上余計な言葉は言わない事にした。
「さてと……今度はいい目が来ると良いなぁ……」
リンゲが呟きながら、配られたカードを見る。
「……微妙だな。」
彼は渋面を浮かべた。
「隊長……今度も悪い按配の様ですな。」
「……なんだ貴様。俺のカードの中身が見えるってのか?」
「カードは見てませんが、隊長の顔を見れば一目瞭然ですよ。こりゃ、次も私が頂きですな。」
部下はホクホク顔を見せながら、テーブルの中央に置かれたカードの束から1枚抜き取った。
「隊長!ここでずーっとポーカーばかりをやり続けるのも何ですから、この回が終わったら皆で基地の外に出かけませんか?」
「何?基地の外に出るだと?」
リンゲは眉間に皺を寄せながら、部下の目を見据えた。
「ええ。どうせ今日と明日の訓練は休みなんですから、たまには外でパーッとやろうかと思いましてね。ちょうど、近くに狩猟ギルドもありますし、
エロイ恰好をした女ハンターを引っ掛ける事もいいかと。」
「おおお!そいつは良いねぇ!」
それまで、黙って話を聞いていたフォレスト・ガラハー中尉が、顔に喜色を貼りつかせながら話に乗って来た。
「ここに来て1ヶ月半が経つが、ずっと訓練漬けだったからな。よし!俺はお前の提案に乗ったぞ!」
「ありがとうございます、小隊長!」
「おいおい、何勝手に話を進めとるんだ。」
そこに、リンゲが待ったをかけるように割り込んで来る。
「言っとくがね、俺達は一応、“訓練兵”という事になってるんだぜ。一介の訓練兵が外で暴れたら、うちの親父さんからどやされるぞ。」
リンゲの言葉を聞いていた部下達は、思わず失笑してしまった。
「訓練兵にしては、随分と顔つきの良い奴ばかりが揃ってますけどね。」
ガラハー中尉は、自慢するかのような口調でリンゲに言った。
「そりゃあ、ここにいるのは栄光のVF-6……エンタープライズ戦闘機隊のメンバーだからな。怖いお兄さん達が集まるのは当然の事さ。」
リンゲは別段、気にしていない口ぶりでそう返した。
リンゲと共に居る8名のパイロットは、いずれも飛行時間1000~2000時間越えの経験を積んだ者ばかりである。
彼は開戦以来、空母エンタープライズの戦闘機隊員として数々の戦闘を経験し、歴史を動かしたとも言われる大海空戦にも参加している。
彼はこれまでに、28機のワイバーンや飛空挺を撃墜しており、エンタープライズの中では一目置かれる存在となっている。
その彼の下に集う部下達も、太平洋戦線で経験を積んだ腕利きばかりである。
無論、経験の浅いパイロットも居るが、そのパイロットもレーミア沖海戦の激戦に参加した他、数々の戦闘で経験を積んだ猛者だ。
「それ以前に……第3艦隊に集められた母艦搭乗員は、大体がそんな感じの奴ばかりですよ。一番のヒヨッコが居ると言われているベニントンのある艦攻隊員でさえ、
飛行時間はあと少しで1000時間を超えるとか言われています。」
「それとは別の話になるんですが……うちの艦隊はここに来て以来、ずっと猛訓練ばかりをやっていますよね。」
別の部下がリンゲに話しかけて来る。
「一昨日だって、艦攻隊はエンタープライズから発艦してから2時間はずっと飛行訓練に明け暮れていましたし、戦闘機隊は中隊ごとに夜間着艦の訓練までやっています。」
「こんな、辺鄙な田舎に集められた経験豊富なパイロットと複数の空母。そして、連日行われる猛訓練……隊長、自分にはどうも、良く分からんのですが……」
ガラハーが改まった口調でリンゲに聞く。
「何故、自分達は、練習空母と定められた古巣に戻ってまで、こうも訓練漬けにされているんでしょうか?」
ガラハーの質問を受けたリンゲは、視線をカードに集中させたまま、しばし黙った。
10秒ほど黙考した彼は、トランプを伏せた状態で置いた後、腕組しながら天を仰いだ。
「……実を言うと、どのような理由が合って、こんな訓練漬けにばかり遭っているのかは、俺にも全く分からん。だが………」
リンゲは、ゆっくりと顔を俯かせてから、言葉を続ける。
「低空雷撃訓練、急降下爆撃訓練、編隊戦闘訓練といった、基本とも言える攻撃戦法を、このジヴェスコルクや周辺の入江で盛んに繰り返している事から、
幾らかは予想がつくな。」
「では隊長……第3艦隊は……?」
「どこを攻撃するのかは全く分からん。だが……訓練内容から推測するに、どこかの港か、運河を攻撃目標に想定しているかもしれん。」
「運河か港……ですか。」
ガラハーが、リンゲの言った言葉を口ずさむ。
「………うちらの次の目標が何なのか、全く見当が付きませんな。」
部下の1人が、苛立った口調でそう言った。
「何はともあれ、厳しい訓練を課せられているという事は、俺達が近い将来、重要な所を叩く為の前準備と言っても、過言ではないだろう。」
リンゲは無表情のままそう言いながら、置いたトランプカードを再び手に取り、中央のカードの束から1枚抜き取った。
その時、常に不機嫌そうに強張っていた顔が、僅かながら緩んだ。
「その時が来るまでに、俺達はお偉方の期待に答えられるよう、しっかりと、腕を磨かねばならんな。」
リンゲはそう言い終えるや、チェックメイトと小声で付け加えながら、5枚のカードをテーブルの上に置いた。