3 合戦準備
京都府舞鶴市北吸岸壁 護衛艦みょうこう士官室
2012年 6月4日 20時33分
2012年 6月4日 20時33分
舞鶴市に点在する複数の海上自衛隊施設は、帝国海軍の施設があった場所に置かれている物も多い。
普段は静かな各施設であるが、この夜は煌々と地上を照らす月明かりと、闇を消し去ろうとするかの様な光量を放つ照明灯の下で、隊員達が慌ただしく動いていた。
それは、北吸岸壁に係留された唯一の護衛艦。日本に四隻しか存在しないBMD対応イージス艦「みょうこう(DDG-175)」においても、例外ではなかった。
主機関は起動を終え、艦内各部のシステムには、火が入れられていた。54口径127㎜単装速射砲や、CIWS(高性能20㎜機関砲)といった火器類は、作動確認のため、砲身を前後左右に振っている。
「試運転は完了しました。乗員は八割が帰艦しています」
当直士官である稲富は艦長に報告した。護衛艦みょうこう艦長、細川孝英一等海佐は顔を書類から上げると、涼やかな声色で命令を下した。
細川は、色白で細身の身体を持った、会う人におっとりとした印象を与える男である。茶道を嗜みとする趣味人でもあり、稲富は細川が声を荒げたところを、まだ一度も見たことはなかった。
「砲術長、合戦準備だ」
「はッ。合戦準備令します」
「ああ、それから。──陸戦隊はどれだけ出せるか?」
細川の声は相変わらず冷静だったが、微かに苦悩の色が浮かんだように思えた。
乗員を陸に降ろすことが嫌なんだろう。河童は陸に揚がったらいいとこなしだからな。稲富は頭の片隅でそんなことを考えつつ、素早く計算した。
「本艦の警備を考慮しますと、一個小銃小隊が限度かと考えます」
「そうか……立検はどうか?」
「もちろん、立入検査隊は別です」
艦長は新たな命令を下した。
「砲術長は一個小銃小隊を編成し、指揮を執れ。立入検査隊の指揮官は水雷だったな?」
参った。俺が陸戦隊指揮官だと。陸戦なんて防大と幹候でしかやったことないぞ。
「はい、しかし大盤振る舞いですね」
「総監から直々だ。出せるものは全部出す。なにせ、舞鶴の危機だからね」
艦長は、そこまで話すと、目を閉じ一呼吸置いた。次に発せられた言葉は、細川のような男でさえ、その内心に生じた熱を隠しきれない程の意味を持っていた。
普段は静かな各施設であるが、この夜は煌々と地上を照らす月明かりと、闇を消し去ろうとするかの様な光量を放つ照明灯の下で、隊員達が慌ただしく動いていた。
それは、北吸岸壁に係留された唯一の護衛艦。日本に四隻しか存在しないBMD対応イージス艦「みょうこう(DDG-175)」においても、例外ではなかった。
主機関は起動を終え、艦内各部のシステムには、火が入れられていた。54口径127㎜単装速射砲や、CIWS(高性能20㎜機関砲)といった火器類は、作動確認のため、砲身を前後左右に振っている。
「試運転は完了しました。乗員は八割が帰艦しています」
当直士官である稲富は艦長に報告した。護衛艦みょうこう艦長、細川孝英一等海佐は顔を書類から上げると、涼やかな声色で命令を下した。
細川は、色白で細身の身体を持った、会う人におっとりとした印象を与える男である。茶道を嗜みとする趣味人でもあり、稲富は細川が声を荒げたところを、まだ一度も見たことはなかった。
「砲術長、合戦準備だ」
「はッ。合戦準備令します」
「ああ、それから。──陸戦隊はどれだけ出せるか?」
細川の声は相変わらず冷静だったが、微かに苦悩の色が浮かんだように思えた。
乗員を陸に降ろすことが嫌なんだろう。河童は陸に揚がったらいいとこなしだからな。稲富は頭の片隅でそんなことを考えつつ、素早く計算した。
「本艦の警備を考慮しますと、一個小銃小隊が限度かと考えます」
「そうか……立検はどうか?」
「もちろん、立入検査隊は別です」
艦長は新たな命令を下した。
「砲術長は一個小銃小隊を編成し、指揮を執れ。立入検査隊の指揮官は水雷だったな?」
参った。俺が陸戦隊指揮官だと。陸戦なんて防大と幹候でしかやったことないぞ。
「はい、しかし大盤振る舞いですね」
「総監から直々だ。出せるものは全部出す。なにせ、舞鶴の危機だからね」
艦長は、そこまで話すと、目を閉じ一呼吸置いた。次に発せられた言葉は、細川のような男でさえ、その内心に生じた熱を隠しきれない程の意味を持っていた。
「まもなく、治安出動が令される。明朝には暴徒──いや、敵が来襲するだろう。海上自衛隊は、全力を持ってこれを迎撃する」
稲富の背に、言い知れぬ感覚が走った。叫びたくなる衝動を抑え、延び上がるように姿勢を正すと、稲富は艦長に返答した。
「本分を、尽くします」
一般報道
2012年6月4日
2012年6月4日
『京都府北部で大規模暴動か?死傷者多数発生の模様』
『──現在までに入った情報によりますと、京都府福知山市及び綾部市周辺で、武装した多数の暴徒による暴動が発生している模様です。
なお未確認ですが、暴徒は鎧を身に付け、槍や弓矢で武装した数百名規模の集団であるとの情報が寄せられています』
なお未確認ですが、暴徒は鎧を身に付け、槍や弓矢で武装した数百名規模の集団であるとの情報が寄せられています』
『京都府警察は直ちに府警機動隊及び管区機動隊を派遣し、治安の回復に努めると発表しています。
しかし、これだけの規模の武装した集団が、いったいどこから現れたのか、また目的は何なのか、全くわからない状況です──』
しかし、これだけの規模の武装した集団が、いったいどこから現れたのか、また目的は何なのか、全くわからない状況です──』
「綾部市では、数百名が死亡したとの情報があります。ネット上には、槍や剣で市民が切り殺される、大変ショッキングな映像が流れています」
「Twitter上に、救助を求めるツイートが投稿されているようなんですよ。これは、相当数の方が取り残されているんじゃないですか?」
「大変酷い話ですね。いったい何が起きているんでしょうか?」
「今の日本で、何百人もの人間が、刀や槍で暴動を起こすなんて、まずあり得ない話です!」
「北朝鮮の難民の可能性はどうですかね?」
「もしそうであれば、見逃した海上保安庁や自衛隊は大失態ですよ。大体、政府はまだ何も手を打っていないじゃないですか!」
「危機管理能力不足としか言いようがないですね。我々市民としては、もっとしっかりして欲しいところです」
「ことによると、これは自衛隊のクーデターという可能性も──」
「Twitter上に、救助を求めるツイートが投稿されているようなんですよ。これは、相当数の方が取り残されているんじゃないですか?」
「大変酷い話ですね。いったい何が起きているんでしょうか?」
「今の日本で、何百人もの人間が、刀や槍で暴動を起こすなんて、まずあり得ない話です!」
「北朝鮮の難民の可能性はどうですかね?」
「もしそうであれば、見逃した海上保安庁や自衛隊は大失態ですよ。大体、政府はまだ何も手を打っていないじゃないですか!」
「危機管理能力不足としか言いようがないですね。我々市民としては、もっとしっかりして欲しいところです」
「ことによると、これは自衛隊のクーデターという可能性も──」
『政府は、今回の大規模騒乱に関して【目下関係機関による情報収集と、警察による治安の回復に努めているところであり、国民の皆様におきましては、テレビラジオの情報に注意して、冷静に行動していただきたい】とのコメントを発表しています』
『アメリカ国務省のマイヤーズ報道官は【今回の事態に際して、アメリカ合衆国は、日本国に対しあらゆる支援を行う用意がある】と発言しました。
また、ロシア・韓国・中国・台湾の各政府は、今回の大規模騒乱に対して、全く無関係であるとの立場を表明しています』
また、ロシア・韓国・中国・台湾の各政府は、今回の大規模騒乱に対して、全く無関係であるとの立場を表明しています』
『明日6月5日の京都府北部の天気は曇りのち雨。降水確率は午前60%、午後は90%です。大気の状態は極めて不安定で、早朝から雲が広がり始め、昼前には雨になるでしょう』
『此度の騒乱は、過去に犯した反人倫犯罪を反省しようとしない日本政府が、その統治能力の欠如を露呈した結果である。
しかし、一部の妄言にあるような共和国の関与は存在しないことを、ここに表明し、共和国を陥れようとする卑劣な策謀には断固たる措置をとるものである』
しかし、一部の妄言にあるような共和国の関与は存在しないことを、ここに表明し、共和国を陥れようとする卑劣な策謀には断固たる措置をとるものである』
『防衛省によりますと、午後8時現在も陸上自衛隊福知山駐屯地では、暴徒との衝突が続いているとのことです』
『本日午後9時、政府は長岡与一郎京都府知事の治安出動要請を受け、自衛隊法第81条2項の規定に基づき、陸海空自衛隊に対し、治安出動を命じました。
自衛隊による治安出動は現行憲法下において初の事態であり──』
自衛隊による治安出動は現行憲法下において初の事態であり──』
都府舞鶴市北吸岸壁 護衛艦みょうこう
2012年 6月4日 21時01分
2012年 6月4日 21時01分
艦内各所のスピーカーから、号令が達せられた。
『合戦準備、艦内警戒閉鎖。陸戦隊、立入検査隊装備受け取れ』
護衛艦を巨大な一匹の獣に例えるならば、乗員は血液であろうか。彼らは猛烈な勢いで艦内を隅々まで走り回り、閉鎖区分に従い防水ドアやハッチを閉鎖していった。
応急班員は、消火ホースを床に這わせ、通路に防火着を並べ、応急器材を格納ラックから引き出した。
艦が被害を受けた時には、彼らが真っ先に炎や海水に挑みかかることになっている。消火ホースや大ハンマーは彼らの剣であり、防火着は彼らの鎧であった。
『合戦準備、艦内警戒閉鎖。陸戦隊、立入検査隊装備受け取れ』
護衛艦を巨大な一匹の獣に例えるならば、乗員は血液であろうか。彼らは猛烈な勢いで艦内を隅々まで走り回り、閉鎖区分に従い防水ドアやハッチを閉鎖していった。
応急班員は、消火ホースを床に這わせ、通路に防火着を並べ、応急器材を格納ラックから引き出した。
艦が被害を受けた時には、彼らが真っ先に炎や海水に挑みかかることになっている。消火ホースや大ハンマーは彼らの剣であり、防火着は彼らの鎧であった。
操縦室やCIC(戦闘指揮所)では、オペレーターがチェックリストを一つ一つ確認していた。灯りの落とされた室内に光るコンソールの表示灯が、みょうこうが戦う準備を急速に整えつつあることを静かに示していた。
科員食堂では、立入検査隊と臨時編成の陸戦隊要員が、武器庫から銃を受け取り、装具を整えていた。その表情は一様に硬い。
立入検査隊は海上で不審船舶に対する臨検等の任務に当たり、陸戦隊は陸上戦闘や警備のために編成される。いずれも、その要員は乗員から選抜される。
基本的に海上自衛官──特に艦艇乗員は、陸上戦闘に習熟しているとは言い難い。彼らはまず、艦を運航し、戦闘力を発揮させるため、専門職種のプロフェッショナルでなければならないのだ。
だが、現実はそんな事情を勘案してくれるほど優しくはなかった。彼らは舞鶴市民の避難を成功させるため、市街地戦闘に投入されることになる。
俺たちで勝負になるのか?誰もがそう感じていた。
立入検査隊は海上で不審船舶に対する臨検等の任務に当たり、陸戦隊は陸上戦闘や警備のために編成される。いずれも、その要員は乗員から選抜される。
基本的に海上自衛官──特に艦艇乗員は、陸上戦闘に習熟しているとは言い難い。彼らはまず、艦を運航し、戦闘力を発揮させるため、専門職種のプロフェッショナルでなければならないのだ。
だが、現実はそんな事情を勘案してくれるほど優しくはなかった。彼らは舞鶴市民の避難を成功させるため、市街地戦闘に投入されることになる。
俺たちで勝負になるのか?誰もがそう感じていた。
そんな状況下でも、ごく自然に明るく振る舞う者もいる。
「水筒いるか?重いし、一日くらいはなんとかなるんじゃねえかな?」
「お前、無茶苦茶言うよな」
「だってなぁ。あ、進士、抗弾プレートは要らないぜ。これくそ重いし」
「マジですか?」
「おう、ただ、あいつら槍投げてくるから、ちゃんと避けろよ」
立入検査隊第二班長の妻木二曹が、気楽な口調で班員をからかっている。
それを第三班長斎藤二曹が、呆れた様子でたしなめていた。顔には苦笑が浮かんでいる。
「進士三曹、どう考えても悪い予感しかしないから、やめとけ。プレートが無いと槍が刺さるぞ。あと、水は持っていけ」
「はい!斎藤二曹」
いつの間にか、食堂の空気が僅かに軽くなっていた。立入検査隊先任海曹、可児吉郎一等海曹は、その様子を見て片眉を上げた。ふん、うちの立検の連中は思ったよりやれそうだな。まあ、あいつ等は何も考えておらんだろうが。
可児一曹は、189センチ、100キロの巨漢である。その体躯はよく日焼けした鋼の様な筋肉に覆われている。
徒手格闘三段の実力は、全自拳法大会で空挺団の猛者と互角以上に渡り合った程であり、ついた仇名は【丹後半島最強の漢】。個性派揃いのみょうこう立検隊を締める立場にある。
普段は目下にも穏やかな態度であるが、部下は口を揃えて「笑顔の時も目が笑っているのを見たことがない」と、畏れていた。
「水筒いるか?重いし、一日くらいはなんとかなるんじゃねえかな?」
「お前、無茶苦茶言うよな」
「だってなぁ。あ、進士、抗弾プレートは要らないぜ。これくそ重いし」
「マジですか?」
「おう、ただ、あいつら槍投げてくるから、ちゃんと避けろよ」
立入検査隊第二班長の妻木二曹が、気楽な口調で班員をからかっている。
それを第三班長斎藤二曹が、呆れた様子でたしなめていた。顔には苦笑が浮かんでいる。
「進士三曹、どう考えても悪い予感しかしないから、やめとけ。プレートが無いと槍が刺さるぞ。あと、水は持っていけ」
「はい!斎藤二曹」
いつの間にか、食堂の空気が僅かに軽くなっていた。立入検査隊先任海曹、可児吉郎一等海曹は、その様子を見て片眉を上げた。ふん、うちの立検の連中は思ったよりやれそうだな。まあ、あいつ等は何も考えておらんだろうが。
可児一曹は、189センチ、100キロの巨漢である。その体躯はよく日焼けした鋼の様な筋肉に覆われている。
徒手格闘三段の実力は、全自拳法大会で空挺団の猛者と互角以上に渡り合った程であり、ついた仇名は【丹後半島最強の漢】。個性派揃いのみょうこう立検隊を締める立場にある。
普段は目下にも穏やかな態度であるが、部下は口を揃えて「笑顔の時も目が笑っているのを見たことがない」と、畏れていた。
可児は、食堂の空気がほぐれたことを確認し、大音声で指示をだした。
「ブリーフィングをやるぞ。小僧ども!各班ごとに集まれ」
隊員がホワイトボードに注目する。
「うへ、カニちゃん気合十分だな。」
「お前、少し黙っとけよ」
「ブリーフィングをやるぞ。小僧ども!各班ごとに集まれ」
隊員がホワイトボードに注目する。
「うへ、カニちゃん気合十分だな。」
「お前、少し黙っとけよ」
「陸自の状況は?」
「福知山七普連は駐屯地で暴徒と依然衝突中です。このため、京阪神の部隊はまず福知山の解囲を優先します」
「舞鶴市救援のため、滋賀の今津駐屯地から第三戦車大隊が出動準備中です」
戦車、という響きに隊員の間に安堵の空気が生まれた。
「ただし、到着は明日の昼過ぎになると思われます」
だが、それはすぐに霧散した。暴徒は朝には舞鶴市を襲撃すると見積もられていたからだった。
「中即連は?空挺団や第一ヘリ団もいるでしょう!あいつらなら朝には間に合うはずですよ」
「馬鹿、忘れたのか?その辺は全部南スーダンで施設部隊の撤退支援だ。派遣前、国会であれだけ揉めたろ」
陸自の誇る即応任務部隊は、国境紛争が戦争に変化し、陸の孤島と化した南スーダンからPKO部隊を救出すべく、現在ジブチ共和国に展開していた。
「艦艇部隊の増援はありませんか?」
「舞鶴にはうちとましゅう、はやぶさしか残っていないよ。あとはひうちか。護衛隊群主力は尖閣諸島で中国とにらめっこしてたからなあ。帰還命令は出たらしい」
「しらねは『只今、31ノットで急行中』だとさ」
「空自も、現状では航空偵察任務のみが付与されている状況です。治安出動ですし、民間人と暴徒との距離が近すぎて、迂闊なことは出来ません」
情勢ブリーフィング担当の通信士は、暗い声で続けた。
「気象予察によれば、明日は雨になります。シーリング(雲底高度)は200フィート」
「低すぎる。異常だ」
航海科員が呻いた。
「福知山七普連は駐屯地で暴徒と依然衝突中です。このため、京阪神の部隊はまず福知山の解囲を優先します」
「舞鶴市救援のため、滋賀の今津駐屯地から第三戦車大隊が出動準備中です」
戦車、という響きに隊員の間に安堵の空気が生まれた。
「ただし、到着は明日の昼過ぎになると思われます」
だが、それはすぐに霧散した。暴徒は朝には舞鶴市を襲撃すると見積もられていたからだった。
「中即連は?空挺団や第一ヘリ団もいるでしょう!あいつらなら朝には間に合うはずですよ」
「馬鹿、忘れたのか?その辺は全部南スーダンで施設部隊の撤退支援だ。派遣前、国会であれだけ揉めたろ」
陸自の誇る即応任務部隊は、国境紛争が戦争に変化し、陸の孤島と化した南スーダンからPKO部隊を救出すべく、現在ジブチ共和国に展開していた。
「艦艇部隊の増援はありませんか?」
「舞鶴にはうちとましゅう、はやぶさしか残っていないよ。あとはひうちか。護衛隊群主力は尖閣諸島で中国とにらめっこしてたからなあ。帰還命令は出たらしい」
「しらねは『只今、31ノットで急行中』だとさ」
「空自も、現状では航空偵察任務のみが付与されている状況です。治安出動ですし、民間人と暴徒との距離が近すぎて、迂闊なことは出来ません」
情勢ブリーフィング担当の通信士は、暗い声で続けた。
「気象予察によれば、明日は雨になります。シーリング(雲底高度)は200フィート」
「低すぎる。異常だ」
航海科員が呻いた。
浮き足立ちつつあった雰囲気を、可児が断ち切った。
「つまりだ。少なくとも明日の昼までは、舞鶴にいる連中だけで何とか守り抜かんといかん訳だ」
「つまりだ。少なくとも明日の昼までは、舞鶴にいる連中だけで何とか守り抜かんといかん訳だ」
可児の後を受けて、稲富が命令を示達する。
「みょうこう陸戦隊は砲術長稲富ー尉が指揮を執る。任務は五老トンネル付近に応急陣地を構築、市民の避難完了までこれを固守することだ。第一、二分隊及び機関銃班は車輌に分乗し、準備出来次第出発する。」
第一分隊長松井二曹、第二分隊長有吉二曹が頷く。
「第三分隊は、総監部前に予備陣地を構築、別令あるまで待機」
第三分隊長小笠原一曹は、不器用に笑顔を作った。少しでも自分を鼓舞しようとしているらしい。
「みょうこう陸戦隊は砲術長稲富ー尉が指揮を執る。任務は五老トンネル付近に応急陣地を構築、市民の避難完了までこれを固守することだ。第一、二分隊及び機関銃班は車輌に分乗し、準備出来次第出発する。」
第一分隊長松井二曹、第二分隊長有吉二曹が頷く。
「第三分隊は、総監部前に予備陣地を構築、別令あるまで待機」
第三分隊長小笠原一曹は、不器用に笑顔を作った。少しでも自分を鼓舞しようとしているらしい。
「では、次に立入検査隊について水雷長から──、水雷長!」
隅の椅子の上で、いささか肥満した体を濃紺のつなぎに押し込めた幹部自衛官──みょうこう立入検査隊指揮官の明智充一等海尉が、慌てて答えた。
「えー、立検隊は僕が指揮します。任務は……可児ー曹宜しく頼む。どうも話すのは苦手だ」
その言葉に幾人かがため息をついた。
「斎藤、俺ら本当にあの゛昼行灯油マシマシ″の指揮で戦うの?」
「言いたいことは分かるが、聞こえてるぞ妻木」
可児が怖い顔をしていた。明智は困った顔をしていた。上手い表現だな、と自分を揶揄しているにも関わらず、思ってしまったのだ。
隅の椅子の上で、いささか肥満した体を濃紺のつなぎに押し込めた幹部自衛官──みょうこう立入検査隊指揮官の明智充一等海尉が、慌てて答えた。
「えー、立検隊は僕が指揮します。任務は……可児ー曹宜しく頼む。どうも話すのは苦手だ」
その言葉に幾人かがため息をついた。
「斎藤、俺ら本当にあの゛昼行灯油マシマシ″の指揮で戦うの?」
「言いたいことは分かるが、聞こえてるぞ妻木」
可児が怖い顔をしていた。明智は困った顔をしていた。上手い表現だな、と自分を揶揄しているにも関わらず、思ってしまったのだ。
「立検隊は、陸警隊の機動班と協同で、予備兵力として行動する。まあ、ヤバい所に投入されると思っておけ」
可児は人を取って喰いそうな笑みを浮かべると、言った。
「移動は、23空のSH-60Jが使える。喜べ小僧ども。くそ重い装備を着けて駆け足はしなくてすむかもしれんぞ」
可児は人を取って喰いそうな笑みを浮かべると、言った。
「移動は、23空のSH-60Jが使える。喜べ小僧ども。くそ重い装備を着けて駆け足はしなくてすむかもしれんぞ」
「市街地戦闘で、ヘリ機動……シーホークダウン、なんちゃっ──痛ぇ!」
立検隊の全員が、こいつ口に出しちまいやがった、という顔をした。斎藤二曹は涼しい顔で、迂闊な発言をした妻木二曹を蹴り飛ばした。
立検隊の全員が、こいつ口に出しちまいやがった、という顔をした。斎藤二曹は涼しい顔で、迂闊な発言をした妻木二曹を蹴り飛ばした。
「各自装備を再確認しろ。弾はあるだけ持ってけ。現地では単独行動するな。通信を確保しろ。仲間を守れ。撃つときは躊躇するな。責任は幹部が持つ」
稲富は、総員を見渡しながら命じた。
「根拠法規は治安出動だが、最早相手の規模、戦力いずれも暴徒と呼ぶには大きすぎる。敵として扱うとの艦長のお達しだ。いいか──俺たちが最後の砦だ。勝手に死ぬな。以上!」
稲富は、総員を見渡しながら命じた。
「根拠法規は治安出動だが、最早相手の規模、戦力いずれも暴徒と呼ぶには大きすぎる。敵として扱うとの艦長のお達しだ。いいか──俺たちが最後の砦だ。勝手に死ぬな。以上!」
「総員装備を確認しろ。かかれ!」
可児ー曹の声に、陸戦隊と立検隊は弾けるように立ち上がり、装備の確認を再開した。
可児ー曹の声に、陸戦隊と立検隊は弾けるように立ち上がり、装備の確認を再開した。
「艦長、合戦準備よろしい」
副長の報告に細川はゆっくり頷いた。
副長の報告に細川はゆっくり頷いた。
「総監とSFに報告。『みょうこうハ只今カラ舞鶴市防衛ノ任ニ就ク』」
「はッ」
「副長、明日は長い一日になりそうだ」