自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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匿名ユーザー

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福井県小浜市加斗 国道27号線
2012年 6月5日 12時22分

 この世の全てが恐ろしくてたまらない。あんなに簡単に、人間が『人間だったもの』に変わるなんて、想像もつかなかった。
 スプラッター映画やネットのアングラサイトで、散々気味の悪いものを見てきたつもりでいたが、現実はそんなものではなかった。
 肉や骨を無理矢理断ち斬る鈍い、重たい音。犠牲者の断末魔は、いくら耳を塞いでも、直接脳に抉り込まれるようだった。
 周り中から聞こえる命乞いや悲鳴、そして、自分に助けを求める声を振り切ってここまで逃げてきたのだ。
 鼻の奥には、臓物や排泄物の生臭い臭い。飛び散った血の臭い。そして、熱くて粘つく感触。おそらくもう何をしても、とれないような気がした。

 絶対にあの場所には戻ってはならない。出来るだけ早く。出来るだけ遠くに逃げなければ、自分もあの一部になってしまう。

 左手には小浜湾が見える。美しい日本海の風景にも、今は何も感じない。目の前の道路は、自分と同じように福井方面に脱出しようとする車で埋まっていた。
 車列はほとんど進んでいない。
 クラクションがドライバーの苛立ちを示すかのように鳴り響いている。
 何で、進まない。早くしないと彼奴らに追い付かれてしまうじゃないか。
 今にも背後から風切り音を響かせ矢が飛来し、血に濡れた得物を携えた騎兵が、馬蹄の音高らかに自分を追いたてて来るような気がした。いや、数時間前それは確かに現実だったのだ。

 反対車線が空いている。舞鶴方面に向かう車なんて、こんな時にいるわけないのに。どうして空けているんだ。避難に使うべきだ。
 一度そう考えると、それは全く正しいことに思えた。そうだ、あとに続く車のためにも、俺が手本を示すんだ。

 右に車を進めるためには、前の車との間隔が足りなかった。ギアをバックに入れ、アクセルを踏む。衝撃。後ろの方で何かがぶつかって壊れる音がした。
 不注意なドライバーが、事故でも起こしたのだろう。馬鹿なやつだ。
 ハンドルを大きく右に切り、反対車線に車を進入させた。車間が足りなかったのか、前の車に少し当たった。
 邪魔なやつだ。さっさと進めばぶつけられずに済んだのに。
 気がつくとすぐそばに自衛隊のバイクがいる。自衛隊員が手を振り回し、何かを叫んでいる。聞こえない。
 こんなところで、ぐずぐずしている暇があったら、早く舞鶴でも綾部でもいいから、彼奴らを皆殺しにすればいい。
 顔を正面に向けた。視界一杯に緑色が見えた。何だろう。目の前には道路があるはずなのに。早く進まないと追い付かれてしまうじゃないか。
 アクセルを踏み込み、車を発進させた。
 直後、何も聞こえず、何も感じなくなった。

 絶え間無く襲う恐怖から、彼は解放された。

『──小浜03より本部。小浜市加斗の国道27号線で、反対車線に飛び出した大型トレーラーと自衛隊車両が衝突した』
『本部より小浜03。国道の状況を知らせ』
『小浜03より本部。トレーラーは運転席が大破。車両が横転して完全に道を塞いでいる。ガソリンが漏れだしている。
 これより避難誘導にあたる──』



京都府舞鶴市五老ヶ岳 国道27号線
2012年 14時32分

第一次防衛線 五老ヶ岳応急陣地

 雨はようやく峠を越えたらしい。未だ止む気配は無いものの、10メートル先も見えないような状況からは、脱したようだった。
 稲富祐也一尉はひとつ大きな息を吐いた。視界が悪い中敵とぶつかるなんてごめん被る。そう思いながら、天候の回復を祈っていた。
 わずか50名余り(撤退してきた警官隊が、指揮下に入っていた)の守備隊にとって、数に優る敵に懐に潜り込まれることは、悪夢以外の何物でもなかった。
 舞鶴市を東西に分断する位置にある五老ヶ岳は、その展望公園から舞鶴湾を一望できることで知られる。
 国道の左右は、森林に覆われた山地となっていて、大部隊の通行には適さない。
 舞鶴警察署と海上自衛隊は、この要衝に陣地を構築し、敵の東舞鶴侵入を阻むつもりであった。

 どんよりと垂れ込めた雨雲は、依然航空機による支援を阻んでいた。不思議なことに、雨雲は北近畿の一部──福知山・綾部・舞鶴の上空のみに渦を巻くように存在している。
 気象庁の担当者は、前日の気圧配置からはあり得ない天候状況に、頭を抱えていた。6月4日のある時から、何かが、天候に干渉しているとしか思えなかった。


 稲富は応急陣地の様子を確認した。とりあえず、やれることはすべてやったと思った。

 応急陣地構築を命ぜらた稲富は、海自に野戦陣地構築のノウハウが無いことに気づいた。
 アスファルトをはがして塹壕を掘るにしても、必要な深さも配置もいまいちよく分からない。そもそも、現状で塹壕が有効なのか判断出来なかった。
 また、陸自がよく使っているライナープレート(湾曲した鉄板で、陣地構築に使用する)も、全く不足していた。時間も十分にあるとは言えなかった。
 結局、稲富は陣地構築を土木工事の手法で解決することにした。どういう訳か敵の武器は刀槍と弓矢であり、それならばやりようがあると考えたのだった。
 市内ゼネコンから、護岸工事等に用いられる大型の土嚢がかき集められた。舞鶴市土木課が、梅雨や台風に備えて、災害時協力協定業者に備蓄させていたものである。1メートル四方もある大型の土嚢を道幅一杯に並べた。
 さらに、造修補給所等の施設にあったドラム缶をかき集め、水を入れて胸壁とした。
 警察からの情報で、敵が矢を投射兵器として使うと分かったため、二段に積み上げた土嚢にライナープレートやトタン板を渡し、即席の掩体とした。
 これらの作業は、官民両方のフォークリフト、クレーン車その他の重機によって、極短時間で完了した。
 陣地は、土嚢前面に警察が持ち込んだ車止めや対暴走族用のスパイクをこれでもかと並べて、完成した。

 余談になるが、のちに、この時の協力業者に対し舞鶴市長及び舞鶴地方総監から感謝状が送られている。
 しかし、一部革新系議員から、物資と重機の供出に対して「災害時の協力契約であるにも関わらず、軍事目的で使用したことは、公費の目的外使用と民間人の軍事徴用であり法律違反である」と、文句がつき議会が紛糾する一幕があった。

 稲富は、陣地と言うよりは、崩れた山肌の補修工事か、道路の基礎工事現場と呼ぶのが相応しい光景を見渡しつつ、傍らの沢田曹長に語りかけた。
「出来れば、屋根はライナープレートで揃えたかったな」
 彼の部下たちは、火器類には全く無力であろうトタン屋根の下で、64式小銃を構えていた。特殊雨衣の上に88式鉄帽と黒い防弾チョッキを身に付けている。
「ま、矢でも鉄砲でも持ってこい、とは言えませんが、雨風と矢なら防げるでしょう」
 稲富と共に立った土嚢の上で、雨に打たれながら沢田曹長が答えた。彼は曹士が雨に濡れていない現状に、とりあえず満足しているようだった。

「そういえば警察さんは随分気合いが入っていたな」
「西舞鶴の放棄は相当悔しかったみたいですから」
「保安庁が、任務を成功させているから、余計だろう」
 稲富の元には、舞鶴西港で市民を最後まで護りつつ奮戦していた海上保安官の救出に、「ひうち」が成功したと伝えられていた。
 そして、彼の元にはもうひとつ情報が伝えられている。

「で、我らが騎兵隊はいつ駆けつけてくれる?」
「今日は無理ですな」
「だろうな……」
 国道27号線で発生した事故により、福井方面からの交通路は完全に麻痺していた。
 この結果、陸上自衛隊第三戦車大隊は、小浜市で待機を強いられていた。

 陸自の増援を当てにしていた海自部隊にとっては、大きな誤算である。
 舞鶴市は依然として孤立していた。

「稲富一尉!」
 稲富の背後から、やや気負った響きの声が呼び掛けてきた。
「やあ、志馬警部。そちらの配備は終わりましたか?」
 志馬と呼ばれた警官は、大きくうなずいた。ヘルメットから雨水を滴らせる。
「舞鶴署一個小隊20名、配置完了です。ここは意地でも通しませんよ」
「よろしくお願いします」
 稲富は、相手の矢や刀槍による攻撃に対する防御として、機動隊の大盾に期待していた。
 見たところ警察はこの陣地に手持ちの装備をあれこれと持ち込んでいるようだった。志馬からは事前にガス筒の使用を通知されている。

「沢田曹長、機関銃は大丈夫か?」
「いまのところぐずってはいませんな。二挺据え付けております」
「あれを掃射するような状況にはなってほしくないが……」
 陣地には62式機関銃を据え付けた火点を構築していた。機関銃分隊には、非常時以外は交互に射撃するよう命じてある。

「指揮官!報告します」
 背後の掩体から、通信員が報告した。酷く緊張した声だった。
「白鳥峠陣地守備隊から司令部宛『敵出現、数は数百。投降勧告に応答なし。現在、交戦中』以上です」
 もうひとつの第一次防衛線、県道28号線白鳥峠陣地に、敵が押し寄せたのだった。
 周囲の景色が、急に違って見えるようになった。木々の間から今にも何かが現れそうな気分になる。
「向こうに現れたということは……」
「こっちにもそろそろ来ますな」

 沢田曹長の言葉に合わせたかのように、遠くから遠雷のような音が聞こえてきた。次いで、かすかな地響きを感じた。
「来たな」
 大分勢いを減じた雨の向こうに、敵の大軍勢が見えていた。先鋒らしい集団は乱雑な様子だが、その後ろには、彩り鮮やかな軍旗を翻し、整然と隊列を組んだ部隊が続いていた。
 話に聞いてはいたものの、暴徒という表現が当てはまらないことは、一目瞭然であった。敵は、明らかに軍隊であった。
 稲富は部下に指示を出した。
「総員配置につけ!銃点検の後、弾込め。安全装置はまだ外すな」
「我々も配置につきます。──ガス班準備!」

 稲富と志馬の指示により、陣地内は蜂の巣をつついたようになった。各分隊海曹が、小銃と機関銃に弾薬の装填を指示し、警官隊はガス筒を用意した。

 敵にも動きが生じた。どうやらこちらを見つけたらしい。



京都府舞鶴市五老ヶ岳 国道27号線
2012年 6月5日 15時3分

 精強さと規律の良さを誇った、帝国西方諸侯領軍エレウテリオ騎士団に、わずかな綻びが生じていた。
 発端は、団長エレウテリオ子爵の判断による。
 エレウテリオは、伝令から港を制圧したとの報告を受けた。それは同時にジスカール傭兵団の壊滅の報告でもあった。
  俄には信じ難い話である。野盗紛いの連中とはいえ、団長ジスカールをはじめ、実戦経験豊富な傭兵団が壊滅させられる程の敵が、この市邑にいるとは思えなかった。
 傭兵は無理な戦はしない。なればこそ、壊滅という状況が異常であった。
 撤退の暇を与えられぬほど強力な敵に当たったか?しかし、それならばなぜ港が我が軍の手に落ちた?
 エレウテリオの脳裏に、騎士斥候の生き残りが報告した『魔法戦士』の話が、よぎった。敵を侮り深入りした挙げ句、逆襲されたか。
 そして、忌々しいことながら、バルトロの言葉も思い出した。……どのような敵かわからぬ時は──。


 エレウテリオは先鋒にゴブリン兵団を当てるとの触れを出した。まずは敵の出方を探り、のちに主力をぶつける考えであった。
 しかし、これに対し騎士団に寄騎する騎士たちが反発した。
「先陣の誉れをゴブリンなどに譲れるとお思いか!」
「何を懸念されておるかわからぬが、そのような下知には従えませぬぞ」
 元々妖魔に対する忌避が強く、また魔法にも縁の薄い西方諸侯である。騎士が先駆けを妖魔に取られては、面目が立たぬという言い分にも理があった。
「卿らの気概、まことに頼もしき限り!なれど、蛮族にそれに応える勇者なし!精々ゴブリン共をけしかけるが相応しかろう」
 エレウテリオは少々無理な言上で、我を通した。


 その影響は決して小さくはなかった。

「陣中に不満が見え隠れしておりまするな、エレウテリオ卿」
 バルトロが同情するような口ぶりで言った。相変わらず表情はよく分からない。
「本領軍より寄騎している戦神の神官共は、此度の仕寄は名誉に欠ける戦ゆえ、戦歌を唱わぬと申しておりまする」
 戦神の神官は全てが熟練の神官戦士である。騎士団に従軍し、戦の前には戦歌を唱うことで軍の戦意を高めるのが、帝国軍の軍法のひとつであった。
 しかし、彼ら神官戦士は騎士にも増して名誉ある戦いに拘りをみせる。それが、教義であるから当然であろう。
 今回、先鋒にゴブリンを使うことを、名誉なきふるまいとして協力を拒んだのもやむを得ないことであった。

「神官殿らがそう申すなら是非もなし。されどどうにも敵の正体が掴めぬ」
 苦々しい口ぶりでエレウテリオは懸念を表した。
 バルトロを良くは思っていないが、腹心すら先の下知に密かに不満を抱いているような状況では、皮肉なことに唯一、率直に意見を求められる相手であった。
「多くの配下を率いるエレウテリオ卿の懸念は尤もなこと。微力ながら我が手の者をお使い下され」
 バルトロは直属の魔術師を差し出すことを申し出た。
「かたじけない。必要な時はご助力願おう」
「なんの。我らが得たものに比べれば、微々たること。ひゃっひゃっひゃっ」
 陰気なバルトロらしくない振る舞いであった。しかし、とにかく魔術師の援護を得られたことは、大きい。

 エレウテリオは眼前の敵陣に向けて、前進の陣触れを発した。

 角笛の合図に続き、軍太鼓が一定のリズムで鳴らされた。
 ゴブリン兵たちは、ホブゴブリンに率いられた小集団ごとに大まかな隊列を敷き、ゆっくりと前進を開始した。

 やはり、どこか鈍重で無様な者共よ。エレウテリオ騎士団寄騎、ギオマル・ディ・バルデム男爵は苛立ちを隠さなかった。
 全身を鋼の鎧で覆い、巨大なウォーハンマーを担いだ威丈夫は、馬上で配下を見渡すとある決意を固めた。
 団長は間違っておる。これを正すも我が役目よ。バルデムは西方諸侯領でも最も古く、勇武の誉高き家の責務として、敢えて命令違反をすることを決めた。

 軍の右備から、バルデムが進み出た。
「エレウテリオ団長に申し上げる!我ら西方諸侯領軍、蛮族に合わせて名誉なき戦を仕掛けるは、本意にあらず!」
 とてつもない大音声だった。軍太鼓がなっているにも関わらず、全軍に口上が響く。
 バルデムの左腕が大きく降られると、配下の騎士が左右からゴブリン兵の前に乗り入れ、行く手を阻む。
 騎士に威嚇され、ゴブリン兵たちは足を止めた。

「我が手勢をもって敵の陣前に押し出し、蛮族を降して参る!」

 騎士10騎に続き、重装歩兵約100名が隊列を組みゴブリン兵を掻き分けて前衛に出た。
 歩調は整い、軍旗は天を衝いている。精鋭の名に相応しい陣容であった。
 口上は続く。

「蛮族が愚かにも降らぬならば、我が手勢をもってこれを蹂躙せん!願わくば、ゴブリン共を暫し留め置かれよ!」
 バルデムは、右に抱えたウォーハンマーを敵陣に突き出した。雨粒が切り裂かれる。『鉄腕』の異名の通り、その膂力は凄まじい。

「では、御免!バルデム男爵領軍、進めェ!」

 吟遊詩人の歌う軍記物をそのまま現実に現したような、見事な進軍が開始された。

 エレウテリオは一瞬唖然としたが、すぐに気を取り直した。恐れていた抜け駆けであった。
 敵を完全に侮っている。このままでは、不十分な兵力で敵に当たらせてしまう。
 エレウテリオは速やかに抜け駆けを阻止するため、配下に下知を下そうとした。
 しかし、それは出来なかった。

「なんと見事な騎士振りよ。流石は『鉄腕』殿」
「バルデム卿は、敵前に単騎進まれるようですぞ」
「出遅れたわ。口惜しや」
 配下の騎士の殆どが、バルデムの行為に感動し同調していたのだった。そのなかにはエレウテリオ子飼いのパスクアルも含まれていた。
 これでは、バルデムを止めることなど不可能である。下手をすればエレウテリオの騎士団長としての権威が失墜し、統制を失うだろう。
 封建領主の手勢の集合体である、西方諸侯領軍の弱点であった。騎士団長といえども、無理は通せないのである。

 エレウテリオに出来たことは、ゴブリン兵団を含めた主力を、後詰めの位置に前進させると共に、長弓兵隊を支援射撃が出来る位置に展開させ、万が一に備えることのみであった。

「バルトロ殿、お力添えを御願い致す」
 エレウテリオは魔導師に言った。
「長弓兵に魔術師を付けていただきたい」
 バルトロは答えた。
「団長殿の頼みと有らば、容易きことよ。──全ての長弓兵には無理ですぞ」
「かたじけない」

 バルデムの手勢は、男爵が一騎で堂々と先頭を行き、その30メートル程後方をゆったりと前進している。
 蛮族の陣は沈黙を守っていた。


 五老ヶ岳を巡る攻防は、寄せ手の総指揮官の意図しない展開をもって、その火蓋を切らんとしていた。



京都府舞鶴市五老ヶ岳 国道27号線
2012年 6月5日 15時20分


 敵に変化が生じた。
 先頭集団が止まり、そのなかを割って、別の集団が進み出てきた。装備が統一され、多数の軍旗を掲げた集団である。
 稲富はそれを正規軍だと判断した。装備、動作を見ると相当鍛えられた連中だと思った。
 格好は中世ヨーロッパの軍そのものな癖に、やけに統制がとれているな。奴等の背後にはやはりどこかの国がいるのだろうか?しかし、こんな変なしかけ方は理解できん……。
「記録始め。ビデオ回せ」
 後々のために、記録を指示する。自衛隊の行動が正当なものであると主張するためにも、必要な行為であった。
 稲富は傍らの志馬に尋ねた。
「志馬警部。あのどうみても軍隊そのものの──まあ何百年か時代が違いますが、連中はどういう扱いになりますか?」
 志馬は難しい顔で答えた。
「犯罪者、ですね。罪状も規模も桁違いですが」
 敵軍勢は、一際立派な鎧を身に付けた騎士が先頭につき、その後方をゆったりと進んでくる。
「まだ、撃てませんか」
「相手はまだこちらに攻撃してきていませんからね。警職法と刑法でいくと、威嚇が精々かと」
 げんなりとした気分だった。世の中の矛盾は多々あれど、これは酷すぎると思った。
 あの数といままでの行為から、明白な危険があり、他に鎮圧の手段が無いとして武器を使ってしまおうか。
 現実を当てはめれば、妥当だと思った。しかし、法律が先制攻撃を認めるかどうか、難しいところだった。
 畜生、法務幹部を付けてくれ。
 稲富は喉元まで出かかった悪態を飲み込むと、志馬に向き直った。
「では、まずは投降を呼び掛けてみます」
「わかりました」
「敵が、突撃か射撃等を行った時点で、部隊に射撃命令を出します」
「了解。警察も準じます」
 稲富は苦笑を浮かべると、ことさら気楽な口調で言った。
「お互い宮仕えは辛いですな。──ところで、もしも相手が投降してきたらどうしますか?」

 志馬は迷うことなく言い放った。

「もちろん、全員検挙します」

 二人は、面白い冗談を聞いたかのように、しばらく笑いあった。
 笑いが収まると、二人の現場指揮官は、すっきりとした表情で部下に指示を出し始めた。

 その様子を見ていた警察官と自衛官は、自分たちの上司に半ば呆れ、半ば頼もしさを覚えた。

 バルデムは、旗手のみを従えると敵陣の五十歩程まで馬を進めた。蛮族にも使者であることくらいは理解できたようだった。
 敵陣は、大きな革袋を並べたような作りであった。中身は土か。急造にしてはそれなりのものに見えた。
 街の様子といい、石工や普請が得意なのかもしれぬな。
 バルデムは、馬を止めると、大きく息を吸い肺腑にたっぷりと空気を送り込んだ。
 さあ、蛮族どもに帝国の慈悲を受ける機会を与えてやろう。平伏して赦しを乞えば、よし。さもなくば一揉みにしてくれん。

「帝国西方諸侯領軍、エレウテリオ騎士団、ギオマル・ディ・バルデム帝国男爵が蒙昧なる蛮族に告げる!」

 バルデムは、戦で鍛え上げられた大音声で、哀れな蛮族どもに降伏を勧告しはじめた。



「敵の使者が、何かを叫び出しましたね」
 土嚢の影から顔を出した志馬が、言った。
「しかし、でかい声だな。内容はさっぱり分からんが」
 数十メートルはあるというのに、耳に痛い程の声だ。稲富は、幹部候補生学校の幹事のことを思い出した。
 あの人もばかでかい声で学生にどなり散らしていたな。
「恐らく、降伏を勧告しているといったところでしょう」
「だな。では、こちらも投降を呼び掛けてみるか。ハンドマイクをくれ」

 稲富が土嚢に登ろうとすると、沢田曹長が彼を呼び止めた。
「砲術長、敵は立派な旗を掲げておりますな」
 確かに、騎乗した旗手が見事な紋章旗を掲げている。
「それに対して、こちらが何も無しでは格好がつきません」
 稲富は、沢田曹長の言いたいことを察した。
「そうだな。では、曹長よろしく頼む」

 稲富は苦労して土嚢に上がると、胸を張った。続けて、ハンドマイクを構えボリュームを一杯に捻った。

「こちらは、日本国海上自衛隊、護衛艦『みょうこう』陸戦隊指揮官、一等海尉稲富祐也である──」

 稲富の後ろには、自衛艦旗──十六条旭日旗が、風を受けて堂々と翻っていた。

 その様子はエレウテリオらの位置からも見えた。
「敵陣に軍旗が上がりましたぞ!」
 その旗は太陽を模しているようだった。十六条の光条がいかにも鮮やかであり、何故かエレウテリオは妙な圧力のようなものを感じた。
「漸く敵の正規軍が出てきたようですな」
「蛮族ごときが太陽を奉じるとは生意気な」
 だが騎士たちは完全に敵を侮り、ひたすら先陣の栄誉を逃したことを悔やむのみであった。


 バルデムは、表情を僅かに歪めた。敵陣に現れた短躯の男の外見に反応したのだった。
 その指揮官らしき男は、黒いレザーアーマーに灰色の粗末な兜を被っていた。帯剣すらしていない。
「……もしや、ドワーフかッ!亜人を立てるとは舐められたものよ」
 バルデムは、稲富の小柄ながら胸板の厚い体格を見て、西方諸侯領では見下される存在、亜人であると勘違いしたのだった。
 本来のドワーフよりはやや背が高いのだが、彼は気づいていない。

『─────!』

 ハウリングと共に大音量で聞こえてきた稲富の声に、バルデムの額に浮いた血管が太くなった。

「妙な魔法を使いよって、聞き苦しい蛮族の言葉などいらぬッ!その旗を地に着けよ!」

 バルデムは、ウォーハンマーを頭上に掲げると、唸りを上げて回転させた後、地面を指した。

 当然、稲富は従わない。自衛隊側ももはや話の通じる相手では無いと悟っていた。
 バルデムは、馬首を巡らせ手勢の元に戻った。
 稲富も土嚢を降りた。

「蛮族どもは、我らの慈悲を愚かにも拒絶した。そんなに死にたいのであれば、願いを叶えてやろうぞ!」

「説得は失敗した。これより実力行使に備える。射撃は指揮官の令による」

 バルデムは、兵を並べ突撃の陣を組ませた。数名の騎士がクロスボウに矢をつがえる。

 陣地を守る陸戦隊員は土嚢に体を預け、二脚で64式小銃を安定させると、照星と照門を眼前の重装歩兵の群れに合わせた。
 機動隊員は、大盾で自衛官を防護する構えをとっている。

「これより敵陣を蹂躙するッ!すべて撫で切りにせよ。慈悲はいらぬッ!」

「陸戦隊、射撃用意。目標敵集団、距離30!」
「ガス銃班、P(パウダー)弾用意!水平射を許可する」

 指揮官の命令に、部下が応える。

「弩弓兵、放ち方用意よし」
「重装歩兵団、構えッ!」
「バルデム様、突撃の下知を!」


「第一分隊、射撃用意よし!」
「第二分隊、射撃用意よし!」
「機関銃班、いつでも撃てます」

「風向きよし!P弾準備よし」
「拳銃安全ゴム外した」


「バルデム『鉄腕』男爵領軍、突撃!蛮族どもを踏み潰せ!」


「第一分隊、威嚇射撃始め」
「ガス銃班、射撃始め」

 何時の間にか雨は止んでいた。雨粒が空気中のごみを洗い流したのか、五老ヶ岳の空気は澄んでいた。

 そんな中、帝国西方諸侯領軍エレウテリオ騎士団主力と日本国の本格衝突が、始まった。

 澄みきった大気は、すぐに硝煙と埃と血肉によって、酷く汚されることになるだろう。

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