8 五老ヶ岳
京都府舞鶴市五老ヶ岳 国道27号線
2012年 6月5日 16時37分
2012年 6月5日 16時37分
突撃を撃退すること三度。五老ヶ岳応急陣地の正面は、どう控えめに表現しても地獄としか言い様の無い情景を示していた。
先の突撃で血塗れになり倒れた騎士と重装歩兵の死骸を乗り越えて、ゴブリンの群が陣地へ迫る。
応急陣地から放たれる弾丸が彼等を打ち倒し、横たわる死骸は人と異形が、肉と鋼鉄が、革と血が混じり合いもはや原形を留めてはいなかった。
先の突撃で血塗れになり倒れた騎士と重装歩兵の死骸を乗り越えて、ゴブリンの群が陣地へ迫る。
応急陣地から放たれる弾丸が彼等を打ち倒し、横たわる死骸は人と異形が、肉と鋼鉄が、革と血が混じり合いもはや原形を留めてはいなかった。
陣地内には硝煙の鼻につく臭いが充満し、小隊海曹、分隊長の怒声が銃声に混じって聞こえてくる。
その中で、応急陣地守備隊を指揮する『みょうこう』砲術長稲富一尉は、一度不渡りを出した中小企業の社長のような気分になっていた。
一見、陣地は一分の隙もなく火力を発揮し続け、敵の突撃を破砕しているように見えた。
敵の矢が絶え間なく降り注ぎ、陣地は針鼠のごとき様相であったが、掩体に守られた隊員に被害は無い。
逆に寄せ手であるゴブリンが、流れ矢が背に突き立ち、悲鳴をあげて倒れる有り様であった。
その中で、応急陣地守備隊を指揮する『みょうこう』砲術長稲富一尉は、一度不渡りを出した中小企業の社長のような気分になっていた。
一見、陣地は一分の隙もなく火力を発揮し続け、敵の突撃を破砕しているように見えた。
敵の矢が絶え間なく降り注ぎ、陣地は針鼠のごとき様相であったが、掩体に守られた隊員に被害は無い。
逆に寄せ手であるゴブリンが、流れ矢が背に突き立ち、悲鳴をあげて倒れる有り様であった。
──しかし、
よく見ると、陸戦隊員の射撃は連射から単射に変わっている。
「畜生!キリがねぇぞ!」
第一分隊員の一人が叫んだ。ゴブリンは跳ねるように走り、何より子供程の背丈のため、一発ではなかなか捉えられない。
「弾が切れた。装填する!」
隣で冷静に射撃していた隊員は、64式小銃を手荒く左右に振り、土嚢に刺さった矢を払いのけた。
弾倉を取り出し、装填する。空の弾倉は後方の隊員に手渡した。
第一分隊員の一人が叫んだ。ゴブリンは跳ねるように走り、何より子供程の背丈のため、一発ではなかなか捉えられない。
「弾が切れた。装填する!」
隣で冷静に射撃していた隊員は、64式小銃を手荒く左右に振り、土嚢に刺さった矢を払いのけた。
弾倉を取り出し、装填する。空の弾倉は後方の隊員に手渡した。
弾は十分にあった。しかし、意外な問題が生じていた。
「弾倉をよこせッ!」
「弾込めるまで、ちょっと待て」
「弾込めるまで、ちょっと待て」
弾倉の不足である。市内各所に分散配備された守備隊に十分行き渡るだけの弾倉が、不足していた。
陸戦隊小銃班員には、6弾倉120発の弾が配布されている。それに加えて当然小隊に予備弾薬もある。しかし、艦の保有分と弾庫からかき集められた弾倉だけでは、十分ではなかった。
陸戦隊小銃班員には、6弾倉120発の弾が配布されている。それに加えて当然小隊に予備弾薬もある。しかし、艦の保有分と弾庫からかき集められた弾倉だけでは、十分ではなかった。
陸戦隊は、バルデム男爵の手勢に対して一人平均3から4弾倉をフルオートで叩き込み、文字通りの肉塊に変えた。
その代償として、弾倉の遣り繰りが極端に厳しくなっていた。
フルオートで再度射撃すれば、あっという間に弾倉が尽きる。
その代償として、弾倉の遣り繰りが極端に厳しくなっていた。
フルオートで再度射撃すれば、あっという間に弾倉が尽きる。
経験不足がここで出たな。稲富は脂汗を浮かべつつ思った。射撃が下手な者が弾を当てるには──数を撃つしかない。
「だが、撃ち過ぎたぞ」
再装填の暇無く、次の攻撃が始まってしまった。機動隊のガス弾も既に尽きた。
狂ってやがる。稲富は押し寄せる異形の群を睨み付けた。
「だが、撃ち過ぎたぞ」
再装填の暇無く、次の攻撃が始まってしまった。機動隊のガス弾も既に尽きた。
狂ってやがる。稲富は押し寄せる異形の群を睨み付けた。
実際に、ゴブリンは狂っていた。彼等が今まで受けたことの無い攻撃に、群として狂っていた。
その結果、本来ならばとっくに壊乱し逃げ散るはずのゴブリンたちは、どういうわけか敵陣に向けて突進し続けていた。
そこに恐怖は無く、ただ目の前の人間に対する殺戮衝動だけがあった。
その結果、本来ならばとっくに壊乱し逃げ散るはずのゴブリンたちは、どういうわけか敵陣に向けて突進し続けていた。
そこに恐怖は無く、ただ目の前の人間に対する殺戮衝動だけがあった。
陸戦隊員たちは、単射に切り替え射撃を行っている。また、一部の隊員は射手から空弾倉を受け取り、弾薬箱の小銃弾を必死に再装填していた。
当然、火力は低下する。
当然、火力は低下する。
「左前方30メートル、敵集団突っ込んでくる!」
仲間の死骸を盾にして、いつの間にか接近していたゴブリンが約30匹、唸り声をあげて突撃を開始していた。
「第二分隊!来るぞッ!」
稲富が叫んだ。しかし、左翼を守る第二分隊からの射撃は、散発的なものでしかなかった。
「有吉ッ!どうした撃てぇ!」
堪らず叫んだ。間髪入れず、第二分隊長の有吉二曹の叫びが返ってくる。
仲間の死骸を盾にして、いつの間にか接近していたゴブリンが約30匹、唸り声をあげて突撃を開始していた。
「第二分隊!来るぞッ!」
稲富が叫んだ。しかし、左翼を守る第二分隊からの射撃は、散発的なものでしかなかった。
「有吉ッ!どうした撃てぇ!」
堪らず叫んだ。間髪入れず、第二分隊長の有吉二曹の叫びが返ってくる。
「第二分隊次発装填中、射撃可能3名!」
敵は地を這うように姿勢を低くし、陣地に迫っていた。このままでは、何匹かは陣地に突入するように思えた。
このままでは──
敵は地を這うように姿勢を低くし、陣地に迫っていた。このままでは、何匹かは陣地に突入するように思えた。
このままでは──
「二番機関銃、打ち方始め!」
陣地の左翼で号令が響いた。砲雷科古手の関一曹の声だ。気に入らなければ幹部にも平気で食って掛かる曲者だが、術科技量は抜群だった。
底響きする射撃音とともに、陣地左翼から火線が敵に吸い込まれた。数発に一発の割合で混ぜられた曵光弾が弾道の正確さを示している。
62式機関銃の弾幕の前に、ゴブリンの集団は全滅した。
62式機関銃の弾幕の前に、ゴブリンの集団は全滅した。
「二番機関銃、いいぞッ!」
稲富は機関銃班の判断を労った。第二分隊も、機関銃が稼いだ貴重な時間を有効に使ったようだった。
機関銃ってのは、とんでもない威力だな。故障が多いのが難点だが、交互に運用すればいけそうだ。
綱渡りの自転車操業ではあったが、何とかなりそうな手応えを感じていた。
敵勢も無限では無いからだ。既に約五百のうち二百は倒した。弾幕の前に残余の敵も春の日に照らされた雪の様に、溶け消えつつあった。
綱渡りの自転車操業ではあったが、何とかなりそうな手応えを感じていた。
敵勢も無限では無いからだ。既に約五百のうち二百は倒した。弾幕の前に残余の敵も春の日に照らされた雪の様に、溶け消えつつあった。
「敵陣の両翼に、余程手練れの魔導師がいるようですな」
傍らの騎士が呆れたような口調で語った。エレウテリオ騎士団は当初の呆然自失状態から脱している。
しかし、眼前で繰り広げられる光景には、現実味を感じられる者は少なかった。
蛮族の軍が籠る陣からは、猛烈な勢いで火線が放たれ、ゴブリンどもを切り刻んでいた。特に両翼が激しい。
魔術師たちは、敵の魔導師(ここまでの攻撃魔法を操るのであれば導師級は間違いない)の魔力と技量に畏れを感じていた。
しかし、眼前で繰り広げられる光景には、現実味を感じられる者は少なかった。
蛮族の軍が籠る陣からは、猛烈な勢いで火線が放たれ、ゴブリンどもを切り刻んでいた。特に両翼が激しい。
魔術師たちは、敵の魔導師(ここまでの攻撃魔法を操るのであれば導師級は間違いない)の魔力と技量に畏れを感じていた。
「あれを黙らせねば、厳しかろうの」
魔導師バルトロが重々しく言った。
「その通りですな。──長弓兵指揮官!」
エレウテリオ子爵は、早口で叫んだ。早く手を打たねばゴブリンが全滅する。
「これに」
敵陣に矢の雨を降らせ続けている長弓兵の指揮官は、相変わらず冷静に答えた。
「弓手の手練れは、あの両翼を狙えるか?」
馬上からエレウテリオが指差した。300メートル先に土壁と屋根に覆われた陣地が見えた。
魔導師バルトロが重々しく言った。
「その通りですな。──長弓兵指揮官!」
エレウテリオ子爵は、早口で叫んだ。早く手を打たねばゴブリンが全滅する。
「これに」
敵陣に矢の雨を降らせ続けている長弓兵の指揮官は、相変わらず冷静に答えた。
「弓手の手練れは、あの両翼を狙えるか?」
馬上からエレウテリオが指差した。300メートル先に土壁と屋根に覆われた陣地が見えた。
「容易いことに御座る。──選抜弓兵、前へ!」
長弓兵指揮官の声に、30名ほどが隊列を組んだ。弓を引くため兵同士の間隔はやや広い。
何れの兵も二十代後半から三十代の、不敵な面構えの漢たちだった。左手に革製の籠手を嵌めている。
十代前半から絶えず鍛練を重ねた彼等の肉体は、鋼のような筋肉で左右非対称に盛り上っていた。
何れの兵も二十代後半から三十代の、不敵な面構えの漢たちだった。左手に革製の籠手を嵌めている。
十代前半から絶えず鍛練を重ねた彼等の肉体は、鋼のような筋肉で左右非対称に盛り上っていた。
エレウテリオの命令が下された。
「敵陣の両翼に、手練れの魔導師あり!これを討ち取り選抜弓兵の誉とせよ!」
「敵陣の両翼に、手練れの魔導師あり!これを討ち取り選抜弓兵の誉とせよ!」
「構えッ!」
指揮官の号令で、常人では一寸も引くことが出来ない強弓が、みしみしという音を立てて引き絞られた。
もし、側にいる者が注意深く彼等を見たならば、その弓と矢が薄く黄金色の光を放っているのに気がつくだろう。
もし、側にいる者が注意深く彼等を見たならば、その弓と矢が薄く黄金色の光を放っているのに気がつくだろう。
「選抜弓兵、放てェ!」
激しい弓鳴りを残して、猛烈な勢いで矢が宙に放たれた。矢は狙いを違わず敵陣に吸い込まれていった。
「一番機関銃故障!」
今日何度目かの報告が、機関銃班を預かる関一曹の耳に飛び込んできた。関は大きく舌打ちすると、矢継ぎ早に指示を出した。潮風に焼かれた野太い声が陣地に響く。
「二番、行けるな?」
「いつでも!」
「よぅし、二番、短連射、打ち方始めェ!」
関の吠えるような命令に応え、二番機関銃が射撃を開始した。機関銃班に与えられた火器は62式7.62㎜機関銃が2丁。
稲富の命を受け、関はこれを陣地両翼に配備し、交互射撃で運用していた。
「一番はどうしたァ!」
「排莢不良です。復旧まで五分!」
「またかい」
伝令からの報告に、再度大きく舌打ちする。
62式はすぐ愚図りやがる。威力は十分なんだがな。
関は陣地前面を見た。彼の部下は一切の容赦なく7.62㎜弾を敵に叩き込んでいた。
機関銃の隣では給弾手が 王への献上品を捧げ持つかのような態度で、給弾ベルトを保持している。
「いつでも!」
「よぅし、二番、短連射、打ち方始めェ!」
関の吠えるような命令に応え、二番機関銃が射撃を開始した。機関銃班に与えられた火器は62式7.62㎜機関銃が2丁。
稲富の命を受け、関はこれを陣地両翼に配備し、交互射撃で運用していた。
「一番はどうしたァ!」
「排莢不良です。復旧まで五分!」
「またかい」
伝令からの報告に、再度大きく舌打ちする。
62式はすぐ愚図りやがる。威力は十分なんだがな。
関は陣地前面を見た。彼の部下は一切の容赦なく7.62㎜弾を敵に叩き込んでいた。
機関銃の隣では給弾手が 王への献上品を捧げ持つかのような態度で、給弾ベルトを保持している。
三脚に支えられた62式機関銃の射撃は、実に効率よく敵を粉砕していた。
関は部下の技量に満足した。この調子なら勝てる。あとは、機関銃が愚図らねぇように、上手く休ませ──。
関は部下の技量に満足した。この調子なら勝てる。あとは、機関銃が愚図らねぇように、上手く休ませ──。
不意に関の全身に悪寒が走った。関は猛烈な殺気を向けられていると瞬時に理解した。
──どこから来る?
──どこから来る?
答えはすぐに出た。降り注ぐ矢の中に、明らかな意思を持って機関銃座に飛来するものがあった。
速い。
速い。
「全員、伏せろッ!」
関は自分も伏せつつ、叫んだ。
けたたましい音を立てて、矢が突き立った。数十本の矢が全てトタンを突き抜け、機関銃班の頭上に鋭い鏃が突き出した。
「……嘘だろ」
咄嗟に伏せたお陰で負傷者はいなかったが、一度にこれだけの矢が屋根を突き抜けたことは、大きな衝撃であった。
一瞬にして釣天井の罠部屋のようになった機関銃座で、関は呆然とした。
威力が違いすぎる。一体どんな弓矢を使っていやがる。いや、それよりこのまま食らい続けたら──。
一瞬にして釣天井の罠部屋のようになった機関銃座で、関は呆然とした。
威力が違いすぎる。一体どんな弓矢を使っていやがる。いや、それよりこのまま食らい続けたら──。
彼の懸念はすぐに現実となった。
既に次の矢が放たれていた。約30本ずつ六秒間隔で。それらは狙い違わず二番機関銃座に降り注ぎ、ほぼ全てがトタン板に突き立った。
初撃二撃は耐えた。しかし、絶え間なく突き立てられる矢に、ミシンをかけられるかのように穴を空けられたトタン板は、数十秒後にその形を維持できなくなった。
初撃二撃は耐えた。しかし、絶え間なく突き立てられる矢に、ミシンをかけられるかのように穴を空けられたトタン板は、数十秒後にその形を維持できなくなった。
頭上のトタンが崩れ落ちる。
「畜生!だからライナープレートにしろとッ!」
機関銃が沈黙したら、持たねえぞ。くそったれめ。あの小鬼どもに雪崩込まれちまう。
目の前で射手が肩を射抜かれ倒れた。給弾手は顔中血塗れで呻いている。関は、射撃を続行しようとしたが次の瞬間、崩落する屋根に潰され意識を手放した。
二番機関銃座に続き、一番機関銃座も矢の雨に潰された。非常識な威力だった。最悪の報告が入る。
「機関銃班、沈黙しました!」
「敵約100、突撃を開始した!」
「敵約100、突撃を開始した!」
稲富は己の迂闊さを悔やんだ。最重要である機関銃座の掩体をなぜライナープレートにしなかったのか。突貫工事のため、そこまで気が回らなかったと言えばそれまでだが、結果は致命的だった。
「砲術長!火力が足りませんッ!付け込まれます」
沢田曹長が64式小銃を撃ちながら叫んだ。
敵は約100。機関銃が沈黙したことで、突撃の好機とみたのだろう。大柄な個体の指示で、突進を始めていた。残された火力ではこれを阻止できない。
まさか、白兵に持ち込まれるとは。一体何人死んじまうんだ。
稲富は焼けるような焦燥感を覚えた。喉が渇いて上手く言葉が出ない。目の前が赤く染まって見えた。稲富は苦労して命令を叫んだ。
沢田曹長が64式小銃を撃ちながら叫んだ。
敵は約100。機関銃が沈黙したことで、突撃の好機とみたのだろう。大柄な個体の指示で、突進を始めていた。残された火力ではこれを阻止できない。
まさか、白兵に持ち込まれるとは。一体何人死んじまうんだ。
稲富は焼けるような焦燥感を覚えた。喉が渇いて上手く言葉が出ない。目の前が赤く染まって見えた。稲富は苦労して命令を叫んだ。
「総員、白兵に備え!着け剣──!」
小銃分隊員が、一瞬動作を止めた。稲富を見る。命令が持つ意味を上手く咀嚼出来ていないようだった。
「着け剣!急げッ!敵が来るぞ!」
再度の命令に隊員たちは弾けるように動き出した。覚束ない手付きで銃剣を抜き、剣座に装着する。
手が震えて上手く付けられない者もいた。
手が震えて上手く付けられない者もいた。
「まじか。銃剣で殺しあうなんて、聞いてねえよ」
「腹を狙え」
「銃剣格闘なんてやったことないぞ」
「腹を狙え」
「銃剣格闘なんてやったことないぞ」
それまで、戦闘参加を控えてきた機動隊員が拳銃を発砲し始めた。しかし僅か10丁余りの拳銃では突撃を止めるまでは至らない。
「来るぞッ!」
「奴等が土嚢を越えた所で下から突き上げろ」
「奴等が土嚢を越えた所で下から突き上げろ」
土嚢に伏せるどの顔も蒼白であった。ゴブリンの集団は近づくにつれ人との違いが明かになり、隊員たちを恐れさせた。
血走った目に知性はなく、ただ殺意だけがあった。奇声を発し陣地に迫る。
陸戦隊員の腰が引けた。ゴブリンたちは土嚢の手前で大きく跳躍した。
血走った目に知性はなく、ただ殺意だけがあった。奇声を発し陣地に迫る。
陸戦隊員の腰が引けた。ゴブリンたちは土嚢の手前で大きく跳躍した。
「!!」
稲富も沢田も、第一分隊を預かる松井二曹も、第二分隊有吉二曹も、全ての陸戦隊員が意表を突かれた。
刺突が間に合わない──。
「高圧放水銃、撃てぇ!」
そのとき、志馬警部の気合に満ちた号令が大気を震わせた。
同時に、陣内に躍り込もうとしたゴブリン数匹が弾け飛んだ。辺りに細かい水の飛沫が散る。
敵前にタンクを背負った機動隊員が進み出ていた。彼等は火炎放射器の様な機材を構えている。
使用されたのは高圧放水銃──機材名を『インパルス』という。元々は消防が初期消火用に導入したものを、その威力と非殺傷能力に目を着けた警察が暴徒鎮圧用として運用している。
圧縮空気を用いて射出される霧状の水は近距離であれば車のフロントガラスを容易く破砕する。
志馬は警察保有の物に加えて、舞鶴消防本部からも数台を借用し、五老ヶ岳陣地に投入していた。
敵前にタンクを背負った機動隊員が進み出ていた。彼等は火炎放射器の様な機材を構えている。
使用されたのは高圧放水銃──機材名を『インパルス』という。元々は消防が初期消火用に導入したものを、その威力と非殺傷能力に目を着けた警察が暴徒鎮圧用として運用している。
圧縮空気を用いて射出される霧状の水は近距離であれば車のフロントガラスを容易く破砕する。
志馬は警察保有の物に加えて、舞鶴消防本部からも数台を借用し、五老ヶ岳陣地に投入していた。
「奥村、尾崎ネットガン撃て!」
「喰らえ化け物!」
「喰らえ化け物!」
続けて、犯人確保用のネットガンがゴブリンの群れに放たれる。密集していたゴブリンたちは、たちまち装具や手足を取られ、もがく羽目になった。
そこに、機動隊員の拳銃弾が撃ち込まれた。ゴブリンは悲鳴をあげてのたうちまわった。
そこに、機動隊員の拳銃弾が撃ち込まれた。ゴブリンは悲鳴をあげてのたうちまわった。
「志馬警部、助かった!」
稲富が言った。心の底からそう思っていた。
「我々はずっと良いとこなしでしたからね。さぁ、奴等を叩き出しましょう!」
志馬が晴れやかな声で告げた。
『インパルス』が放つ水塊がゴブリンを跳ね返す。土嚢に取りついたゴブリンには大楯の一撃が加えられ、ゴブリンは脛や顔面を砕かれ転げ落ちた。
稲富が言った。心の底からそう思っていた。
「我々はずっと良いとこなしでしたからね。さぁ、奴等を叩き出しましょう!」
志馬が晴れやかな声で告げた。
『インパルス』が放つ水塊がゴブリンを跳ね返す。土嚢に取りついたゴブリンには大楯の一撃が加えられ、ゴブリンは脛や顔面を砕かれ転げ落ちた。
突撃の衝力は完全に失われた。
崩れる敵を見て、稲富は逆襲を命じそうになった。いや、待て。相手の矢はまだ降り注いでいる。突撃は不味い。
「『みょうこう』陸戦隊!各個に撃て!逃げる敵は無視しろ!」
稲富は射撃を選択した。戦意を残すゴブリンを狙う。この射撃でゴブリンロードが倒れ、立て続けに未知の攻撃を受けたゴブリンたちの士気は今度こそ崩壊した。
五老ヶ岳応急陣地は、この日四度目の突撃を撃退し、第一次防衛線の維持に成功した。
まさか、これ程までとは。
逃げ惑うゴブリンどもの様子を眺めつつ、エレウテリオ子爵は思った。この敵は蛮族と侮ってよい相手ではない。
「あそこまで詰め寄って尚崩せぬとは……」
「敵の魔導師は一体どれだけの魔力を持つのだッ!」
配下の騎士たちも事態の深刻さに憂慮を隠さない。
思案顔のバルトロが、低い声で呟いた。
「敵勢には余程の遣い手がおるようですぞ。ゴブリンどもはスパイダーウェブに絡め取られ、そこを討たれたように見えまする」
無尽蔵かと思える程の魔力。それも一人二人ではあるまい。下手をすると、敵の全てが魔導師か魔法戦士ということもあり得る。
馬鹿な。古の王国でも有るまいに──。
逃げ惑うゴブリンどもの様子を眺めつつ、エレウテリオ子爵は思った。この敵は蛮族と侮ってよい相手ではない。
「あそこまで詰め寄って尚崩せぬとは……」
「敵の魔導師は一体どれだけの魔力を持つのだッ!」
配下の騎士たちも事態の深刻さに憂慮を隠さない。
思案顔のバルトロが、低い声で呟いた。
「敵勢には余程の遣い手がおるようですぞ。ゴブリンどもはスパイダーウェブに絡め取られ、そこを討たれたように見えまする」
無尽蔵かと思える程の魔力。それも一人二人ではあるまい。下手をすると、敵の全てが魔導師か魔法戦士ということもあり得る。
馬鹿な。古の王国でも有るまいに──。
騎士団はバルデム男爵の手勢を始め多くの兵を喪い、長弓兵も暫くは使えない。騎士団長として次の手をどうするか、よい案は浮かばなかった。
配下の騎士が突然大声をあげた。
「団長殿!敵勢が退いております!」
「真かッ!」
エレウテリオは耳を疑った。敵陣に目を凝らす。
「団長殿!敵勢が退いております!」
「真かッ!」
エレウテリオは耳を疑った。敵陣に目を凝らす。
確かに動きがあった。敵陣の後方に鉄車が現れ、敵兵が乗り込むのが見えた。
大楯を構えた重装歩兵が隊列を組みつつ下がっていく。
明らかに敵は陣を捨て、退き始めていた。
大楯を構えた重装歩兵が隊列を組みつつ下がっていく。
明らかに敵は陣を捨て、退き始めていた。
「何故、敵が退く?」
「判りませぬ」
「判りませぬ」
エレウテリオは追撃の命を下せぬまま、敵が退く様子を見つめ続けた。