自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

006 「異世界のサムライ」(前編)

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前回までのあらすじ
異 世界、ヌーボルに残った片桐三曹は、聖女スビアと古代ロサールの謎を求めて旅に出る。偵察用オートバイの燃料を気にしていた片桐は偶然助けた村人の案内 で、スビアの村と友好関係を結ぶ村、シュミリで馬を手に入れる。快適な乗馬の旅を続ける2人の前に巨大な都市が現れる。ガルマーニと呼ばれる都市は、60 年前に、偶然この世界に漂着したナチス幹部ボルマンによって支配されていた。彼はクーアードを支配するためにガンドールを弾圧していた。聖女スビアを見初 めたボルマンはじゃまになった片桐を強制収容所に送るが、片桐はそこで出会った元Uボート艦長ハルス、元親衛隊中尉フランツと収容所を脱走。レジスタンス のリーダー、サクートと合流し出陣したボルマンの隙をついて彼の司令部へ潜入する。
 愛するスビアを救い出したがボルマン軍はすぐに引き返してき た。スビアは自ら市民に語りかけレジスタンスへの参加を呼びかける。そしてレジスタンスとともにボルマン軍との死闘の末勝利を治める。ガルマーニ市民とレ ジスタンスはスビアに街の指導者になって欲しいと訴えるが2人は旅だった。平穏な旅が始まったと思いきや、片桐を謎の毒矢が襲った。

 片桐は、ゆらゆらと不規則に体を揺すぶられる不愉快さで目を覚ました。目を覚ましてすぐに愛しいスビアの顔が目に入り、ほっと安堵のため息をつくが、すぐに自分の視界の異常さに気がついた。
  片桐とスビアは、2本の棒に手足を縛られていた。そして罠にかかったイノシシのようにさかさまにつるされて連行されているのだ。そしてそれを担いでいる連 中はおよそ、クーアードでもガンドールでもなかった。彼らはアンバードのように見えるが、体格は人間に近かった。しかし、体中に毛が生えていて、男女の差 を識別するのも困難だった。そのかわり、彼らの持つ武器はアンバードよりも文明人にいくらか近かった。斧や槍は研磨された石でできており、縄で木の枝に結 ばれていた。そして、彼らの腰にはパチンコのような武器が納められていて、その石をしまうであろう木で編んだかごが彼らのベルトに吊されていた。
「片桐、気がつきましたか?」
 スビアに声をかけられて片桐は彼らの観察をやめた。どうやら彼女は無傷のようだが、手足は片桐同様逆さに縛られており、彼女の革の靴は脱がされ、裸足のまま縛られていた。片桐のブーツは脱がされておらず、彼らは靴ひものほどき方を知らないことが想像できた。
「彼らはあなたの拳銃も取っていません・・・」
 スビアの言葉に自分の腰を見てみた。たしかに彼女の言う通り、片桐の腰に納められたシグザウエルはそのままだった。
「しゃべる、だめ!だまる!」
 2人を担いでいた猿が片言の言葉を発した。どうやら文化レベルはアンバードよりは上のようだ。
「しゃべれるなら自己紹介しよう!俺、片桐!」
 片桐の言葉にその猿はきっと牙をむきだして威嚇した。
「しゃべる、だめ!だまる!」
 その返答は交渉の余地のないことを片桐に示しているようだった。

  片桐たちを捕まえた猿たちは、海岸から1時間ほど歩いた森に囲まれた岸壁で行進をやめた。よく見ると、岸壁のあちこちに横穴の入り口が見えた。彼らは洞窟 を住居としているのがわかった。大きな洞窟の前で片桐たちは縄をほどかれた。その洞窟から、ひときわ大きな猿人が顔を出した。周りの連中の言葉から酋長で あることがわかった。酋長は片桐とスビアを交互に見ると、片桐の持っていた89式と、スビアの持っていたガルマーニ製のゲベールを交互に見た。使い方がわ からないようで興味なさげにそばの洞窟に放り投げた。
「なまえ!いえ!」
 酋長は片桐に質問した。どうやら名前を聞いているようだ。
「日本国陸上自衛隊、三等陸曹の片桐だ」
 片桐ができるだけややこしく答えてやったのに気がついてスビアがくすっと笑った。それを気に入らなかったのか酋長はスビアにも同じ質問をした。
「アムター村の聖女スビアです」
  原始人以下の彼らにも聖女の言葉はわかったみたいだ。いささかざわめきが起こった。酋長はそのざわめきを沈めて片桐たちを先ほど、彼らの武器を放り投げた 洞窟に監禁するように命じた。たちまち、2人は後ろ手に木の蔓で縛られて洞窟に放り投げられた。その入り口を大きな石を積んでふさいでいく。すっかりそれ をふさぐと猿人たちは見張りもつけずに去っていった。
「さて、スビア。この状況は幸運ですよ」
「同感です・・・」
 片桐の言葉にすぐさま応えたスビアはお互い後ろ手に縛られた蔓を確認した。太い蔓だがいいかげんな結び方をしている。
「かみ切りましょう。まずは俺の蔓をかみ切ってください」
 スビアは横たわって片桐を縛る蔓をかみ切ろうとした。実際蔓は太いが結び方がいい加減で大した苦労もなく片桐は自由になった。そして次はスビアの番だった。片桐の手ですぐに自由になったスビアは片桐と無事を確かめ合うようにキスを交わした。
「さあ、でかけましょう」
 焦るスビアを片桐は制した。まだ日は高く、見張りはいないが今脱走すると失敗する可能性が高かった。なにより、彼らにはその威力が未知数の飛び道具があった。しかも毒矢まで所持している。
「ではもう少し待つのですね。」
「その通り・・・」
 片桐は不安がるスビアを抱き寄せた。元気そうな片桐を確認してスビアは彼の胸に顔をうずめた。
「あの矢で撃たれたときにはわたくしは、絶望しました。もうあなたは死んだと思っていました」
「幸い、あれは獲物を眠らせるための毒矢だったようです・・・」
 スビアを抱きしめながら片桐は説明した。自分たちを吊したあの方法といい、毒を用いても殺さない方法。彼の導き出した答えはただ一つだった。
「やつらは、俺たちを食うんです。今夜の晩餐あたりで。だから日が高いうちは安全なのですよ」
「では、今逃げないと・・・」
 そう言うスビアの唇に指を当てて片桐は彼女を黙らせた。
「夜まで待ちましょう。そしてここから抜け出して馬を見つけて・・・」
 ここで片桐は言葉を止めた。彼らの愛馬を見かけていないことに気がついたのだった。それに気がついてスビアが言葉をかけた。
「ローズとセピアは逃がしました。きっとあの海岸まで行けば見つかるはずです」
 それを聞いて片桐は安堵のため息をついた。あの賢い愛馬を失うのは旅の行く末を考えると、絶望的なような気がしていたのだ。

 集落ではたき火を囲んで宴会が始まっていた。積み上げられた岩の透き間から片桐がのぞき込むと、酋長を囲んで車座に、猿人どもが踊っている。
「どうやら我々はメインディッシュのようですな」
 片桐のジョークにスビアは身震いした。それを見て軽く苦笑すると片桐は再び外の様子に目をやった。1匹の猿人がこっちに向かってくるのが見えた。どうやら、メインディッシュの時間のようだった。
「さあ、いよいよです」
  片桐は洞窟の奥まで後退した。スビアがゲベールを構える。猿人たちは彼らに理解できなかった2本の棒がどんなものかをまもなく知ることになるであろう。猿 人は2人を逃がさぬように積み上げた石垣を乱暴に壊すと洞窟にずかずかと入ってきた。彼らが何か持っているのをさして気にしていないようだ。
「こい!こい!」
 猿人が手招きした。それに答えてスビアがゲベールを猿人の心臓めがけて発射した。彼女のはなった弾丸は見事に猿人の心臓を撃ち抜いた。ポルの力で発射するゲベールはほとんど銃声が聞こえない。
「さあ!いきましょう!」
 片桐はスビアの手を取って洞窟を抜け出した。片桐たちには全く気がつく様子がなく宴会を続けている。2人が森に入ってようやく異変に気がついたようだ。口々に醜いわめき声をあげているのが聞こえた。
「急いだ方がよさそうです・・・」
「同感ですな」
  2人は森を海岸に向かって駆け出したが、背後から猿人が迫ってくるのが気配と、あのどう猛な声でわかった。片桐は振り返って暗闇に無数に光る不気味な目に 向けて89式の5・56ミリ弾を続けざまに発砲した。どれだけ命中したかはわからないが、連中の叫び声が少し遠のいた気がした。
 片桐が撃たれた海岸まで出てきたが、愛馬の姿が見えなかった。猿人の叫びは徐々に近づいてくる。とりあえず、片桐はスビアを砂浜にぽっかり顔を出した岩に隠れさせ、自分も隣にしゃがみこんだ。

「盛大にやってきますな」
 片桐は銃をチェックして森に向けて構えた。予備の弾薬は彼の愛馬が背負ったままだ。今の片桐にはチョッキのポーチにしまっている数本のマガジンしかない。スビアが片桐の腕を持って言った。
「前にもお願いしましたが、もはやこれまでというときは、わたくしを撃ってください。少なくとも、あの猿人たちにローストビーフにされるのだけは免れますから・・・」
「その件は考えたくないですな、一緒に脱出するんだ」
 森から猿人たちが現れた。片桐は先頭の猿人を3発でしとめた。後続の猿人があのパチンコを片桐に向けて発射した。びしっ、という音ともに彼の隠れた岩に命中した。かなりの威力だということが音だけでもわかった。
  今や猿人たちは片桐の銃撃に犠牲を出しながらもじりじりと2人の隠れる岩に接近していた。すでに2本のマガジンを撃ち尽くしたがいっこうにその進撃はやむ ことはない。さすがに、片桐も絶望を抱きつつあった。しかし、愛するスビアをいくら彼女の願いとはいえ、手にかけることだけは想像したくなかった。
「ぎゃああ!!」
 そのとき、片桐たちに迫った猿人の一団がばたばたと倒れた。猿人が少しうろたえて周囲の様子をうかがっている。そうしているうちにさらにもう一団の猿人が撃ち倒された。今や猿人は別の方向からの奇襲に怯え始めているのがわかった。
「片桐、あれを!」
  スビアの声に片桐は砂浜の向こうを振り返った。暗くてよくわからないが一団の兵士が、ゲベールらしき武器を猿人に発射しているのが見えた。その後方にも兵 士たちが整列しているのが見えた。そして、次の瞬間に聞こえたいななきを聞いて片桐は身震いがした。間違いなく、興奮した馬のいななきであった。しかもか なりの数だ。
「行くぞ!」
 指揮官らしき人物の声を合図にその騎馬隊は猿人に突撃を開始した。暗闇でも彼らの武器が細身の槍であることがわかった。猿人たちが彼らに例のパチンコを撃つのが見えた。片桐はそれを撃とうとする猿人に射撃を浴びせた。
 騎馬隊の突撃にすっかり戦意を失った猿人は我先に森に逃げ始めた。その中に騎馬隊は突入して手当たり次第に猿人たちに、彼らの持った槍の一撃を浴びせた。猿人たちは多くの死体を残して森に逃げ帰った。

「わたくしたち、たすかったのでしょうか・・・」
「少なくとも、バーベキューにはならなくてすみそうですね」
 暗闇の中、1騎の兵士が片桐たちに近づいてきた。片桐は立ち上がっていつでも89式を撃てる状態にした。だが、月明かりがその兵士を照らしたときに、彼は銃を撃つことを忘れていた。
「あっ」
 それは騎馬武者だった。日本式の甲冑に身を固め、兜をかぶり、穂先の鋭い槍を持っている。騎馬武者は下馬すると歩いて片桐に歩み寄った。
「貴殿もご婦人も、ご無事でなによりでした。あの猿人どもは最近は数こそ減ったものの大変どう猛だ。」
 そう言いながら騎馬武者は兜を脱いだ。黒髪の長髪を束ね、その顔は日本人とも、クーアードともつかなかったが、22,3歳に見えた。そして日に焼けたその顔はどの時代劇俳優よりも整っていた。
「私は、富田竜之助才蔵。富田家の棟梁です。あなたがたは・・・、ガルマーニから旅立ったご一行ですな」
 才蔵と名乗る若武者は礼儀正しく頭を下げた。
「自分は日本国陸上自衛隊、片桐三曹です」
「ほお・・・」
 片桐の挨拶に才蔵は目を細めた。少なくとも嫌悪からではないことがわかった。
「貴殿は日本人ですか・・・。伝え聞くバテレンの様な格好をしておるが、名前も日本人の名だ」
 才蔵はスビアに視線を映した。彼女も片桐に続いて名前を名乗った。
「おお!ガルマーニのバテレンを打ち破った聖女スビア様ですか・・・。草から話は聞いております。では、片桐殿はその聖女の・・、つまりよろしい間柄の異世界人ですな!」
 才蔵は「草」とやらから、片桐とスビアがガルマーニから出発した時から報告を受けていたようだ。そして、この海岸で猿人に拉致されたことを知って軍勢を率いて救助に赴くところだったらしい。
「あなたがたの馬は私たちの村にいます。さあ、ご案内しましょう・・」
 才蔵は身をひるがえすと颯爽と馬に飛び乗った。

才蔵の村は海岸にほど近い丘の上にあった。やはり外壁が周囲を囲んでいたのは他の都市や集落と同じであったが、その内部は少々違っていた。その光景は少なくともスビアには感動に似た驚きを持って受け入れられたようだ。
「ここは、なんてすばらしい村なのでしょう・・・」
 緑豊かな丘の上の村は適度に距離を置いて家々が存在し、その家々も藁葺きの質素だがしっかりしたたたずまいを見せていた。女たちは畑仕事に精を出し、その周囲の外壁では男たちが槍を携え警戒している。
「我が祖先から受け継いだ村です。お気に召しましたか?」
  馬から降りた才蔵がスビアの横に並んであちこち説明していた。片桐はこの村の様子を知っていた。少なくとも、映画の中では知っていた。働いている村人こ そ、この世界のクーアードとガンドールだが、村の運営や家々の作りは間違いなく、時代劇の世界だった。そして今、才蔵に続く多くの部下の格好もそうだっ た。
 片桐とスビアを窮地から救ったゲベール隊は編み笠に似た帽子をかぶり、その指揮官は才蔵と似た甲冑を身につけている。騎馬隊の持っている細身の槍は時代劇で見る、独特の細い槍だった。歩兵も甲冑に長槍を持っている。戦国時代・・・・。片桐が持った第一印象だった。
「さあ、こちらへ!」
 才蔵は村の中でもひときわ大きな屋敷に片桐たちを案内した。日本風の邸宅だが、片桐が懐かしいと思うそれではなく、やはり武家屋敷を思い起こさせる造りだった。しかし細部にはこの世界の建築様式が取り入れられ、はなはだ実用的に見えた。
  片桐たちと才蔵は玄関で別れた。そこから先は、才蔵と同じく、クーアードっぽいがそうではない武士(片桐にはそうとしか表現できない)に案内されて、大き な板の間の広間に通された。粗末だが、座り心地のいい座布団を与えられ。2人は床に座った。案内役の武士は広間の一団高い部分のすぐそばに座った。
「いや、お待たせして申し訳ない」
 さっきまでの甲冑姿ではなく、才蔵は見るも鮮やかな和服姿で再登場し、部屋の一段高い部分に座った。どうやらここが上座のようだ。
「改めて言いましょう。私は富田竜之助才蔵。こっちはいとこの弥太郎です」
 才蔵のそばに控えた武士が頭を下げた。片桐は時代劇の世界に投げ込まれたようで呆然としていた。それを見て才蔵はにこやかに言った。
「我ら富田一族は400年前にこの世界に流れ着いたのです。この世界のことは片桐殿よりは少々は知っています」
 才蔵は、富田一族のいきさつを語った。

  彼の言う、天正2年。才蔵の祖先は信濃の国の豪族だった。信濃は当時、武田、織田、徳川の列強の最前線で、そこで暮らす豪族はどの勢力に荷担するかで生死 を決定しなければいけなかった。富田一族は、織田、徳川に荷担すべく出陣したが、留守役の家老の反乱で居城を失い途方に暮れていた。兵士と同行した少数の 女性は山道をさまよううちに、いつの間にかこの世界に到着していたそうだ。
 運命を悟った富田一族は現地のクーアードやガンドールとともにこの地 を開拓し、猿人たちの脅威からその武力で自衛した。時は流れ、クーアードとの混血が進み今に至っているそうだ。才蔵の祖先が率いてきた武士たちで、直系で 祖先の血を引くのは棟梁の才蔵といとこの弥太郎だけだという。
「で、片桐殿は日本からいらしたのでしょう?日本の話をお聞かせください」
 片桐はいささか躊躇したが、知っている限りの日本の歴史を教えた。才蔵は身を堅くして、弥太郎はうろたえながらその話を聞いた。
「で、では今の日本には武士はいないというのか?」
 片桐の話を聞き終えた弥太郎がうろたえながら言った。片桐は無言で頷いた。弥太郎は納得行かない、という表情をしていたが才蔵がそれを目で制した。
「ははは!いいではないか!異世界で生まれ育った我々が文字通り、最後の武士という訳なのですか?」
 才蔵は一通り笑うと片桐を見据えた。
「だが、武士は頑固者でも回顧主義でもない。この世界で生き抜き、すばらしい領地とすばらしい民を得ている。片桐殿の言う、文明開化もすばらしいが、この世界では我らの生き方も成功例であると認めて欲しい」
 才蔵の意見に片桐は少しも異論はなかった。それを認めた才蔵は上座から立ち上がって片桐に歩み寄った。そしてその手を取った。
「我、終生の友を得たり!片桐殿、あなたの率直な人柄、猿人に立ち向かう勇敢な様、才蔵、恐れ入りました。どうか、我が友として今日のことを覚えていてください!」
「こ、光栄です・・・」
 片桐がどうにか答えたときだった。ローマ時代のような衣服を身につけたクーアードが縁側の外に跪いた。
「申し上げます!猿人どもが開拓地に現れました!」
「よし!すぐに行く!弥太郎!種子島を持って先行しろ!」
 才蔵の声に弥太郎はすぐに立ち上がった。
「ははっ!」

 開拓地とは、丘を下って森を切り開いた畑だった。そこを猿人が襲ったのだ。才蔵たちが出発した後、そのことを聞いた片桐はスビアとともに現場に向かった。小高い丘から見下ろす開拓地には猿人たちが侵入していた。
「おまえたちの好きにはさせぬわ!」
 猿人の中にいきなり才蔵が斬り込んでいくのが見えた。後に弥太郎や数名のクーアードが続いた。手にはゲベールがあるが、それを発射すると才蔵に続いて斬り込んだ。
「あああ、無謀です!」
 スビアの意見に片桐も同感だった。しかし、急いで片桐が89式のマガジンをチェックする間に才蔵は次々と猿人を斬り倒した。彼の手には細い日本刀しか見えない。
 才蔵の動きにまったく無駄はなかった。目の前の猿人を袈裟懸けに斬って、返す刀で横の猿人を斬りあげた。さっと後ろに飛び退いたかと思うと間合いを取って後ろの猿人を上段から斬り倒す。
「あの方の戦い・・・。美しいようにすら見えます・・・」
 スビアがつぶやいた。確かに、片桐も反論はしなかった。才蔵はまるで舞を舞うかのように敵を切り伏せていた。ふと、才蔵は丘の上から戦況を見守る片桐とスビアに笑いかけたように見えた。
 その隙をつかれたのか、才蔵の真後ろの猿人が才蔵の背中を蹴った。彼がいとも簡単にうつぶせに倒されるのを片桐は見逃さなかった。
「スビア、ここにいてください!」
  そう叫ぶと片桐は89式を構えて丘をかけ下った。間に合えばいいが、弥太郎もその部下も自分の目の前の敵に手がいっぱいのようだ。片桐は89式のセレク ターをセミオートに切り替えて才蔵を蹴った猿人を撃った。生命の危機をだっした才蔵が片桐をうれしそうに見た。それに答える余裕もなく片桐は目に付いた猿 人を片っ端から撃ち倒した。10を越える死体を見て、猿人は森に逃げ帰った。 
 才蔵は刀を片手に立とうとしていた。片桐は黙って手を差し出した。
「片桐殿・・・。借りができましたな」
「友というのは貸し借りもなく動くものでしょう」
  才蔵は片桐の言葉に満面の笑みを浮かべると彼の手を取った。片桐はこの才蔵という男が好きになりかけていた。現代の日本人がなくしかけている礼節や責任 感、人情を彼は持ち合わせている。自分よりも年下でしかも、異世界で生まれ育った彼に、日本人の原点を見たような気がしたのだ。

 片桐とスビアのために才蔵の屋敷でささやかな祝宴が催された。才蔵に弥太郎、主立った家臣が集まって無礼講の祝宴だった。片桐が驚いたのは、まず乾杯で出された酒だった。
「これは・・・」
 びっくりする片桐に才蔵がうれしそうな反応を示した。
「驚いたでしょう。酒はこっちに来られてからはありつけなかったでしょうからな」
 間違いなくその味は日本酒だった。片桐の反応に満足した才蔵は、ぱんぱんと手を叩いた。ガンドールが素早い動きで皿を持ってきた。
「これが草のバートスです。」
 バートスと呼ばれたアンバードは一礼して片桐とスビアの前に皿を置いた。その皿には真っ白な白米で作られたおにぎりがいくつか盛られている。思わず、片桐はそれをほおばった。間違いなく米の味だった。
「片桐殿、みんなにお国の話をしてもらえないでしょうか・・・」
 才蔵に頼まれて片桐はちょっと迷った。迷う片桐をスビアが後押しした。
「そういえば、わたくしもよく聞いたことがありませんでした。いい機会だから是非聞かせてください。」
 片桐は福岡の話をした。福岡タワーに福岡空港。都市高速を車で移動する人々。天神のビル街・・・。一同はただただ驚くばかりだった。
「すばらしい!」
 一通り話し終わると一同から驚嘆の声が続々とあがった。才蔵も満面の笑みで片桐を見た。彼の戦いの時の表情と、今の表情は全然違っていた。今はやさしい棟梁として楽しむ部下を笑顔で見守っている。片桐はいつのまにか、その雰囲気に酔いしれ眠り込んでしまった。

 2,3時間して片桐は別の間の布団で目を覚ました。板で作られた引き戸をろうそくが照らしている。
「いつの間にか寝てしまったらしいな・・・」
 ひとりごちながら起きあがった。そこへ足音が聞こえて片桐のいる部屋の前で止まった。
「では、片桐殿にもよろしくお伝えください」
「はい・・・では」
 才蔵とスビアだった。よく耳を澄ますと遠くでまだ盛り上がっている家臣たちの声が聞こえた。才蔵らしき足音が遠ざかると、板の引き戸が開いた。スビアが入ってきた。
「あら、目が覚めまして・・」
 笑いながら片桐の枕元に腰掛ける。彼女もだいぶん飲んだようだ。顔が少し紅潮している。
「ええ、昔はもっと強かったんですがね・・・」
 枕元に用意された水を飲み干しながら片桐が言った。スビアはそれを聞いてふふっと笑った。
「才蔵様が言っておりました。片桐殿は久しぶりの美酒でよく眠っておられるって。あの酒はこの村の自慢だそうですわ」
 確かに、最高の酒だった。そして最高の宴席だった。スビアは上機嫌で言葉を続けた。
「才蔵様はすてきな方ですわ。あの戦いの見事さはヌーボルを探しても右に出る者はいないでしょう。それにあの優しいこと。村人を見ていればよくわかります。きっとあの方のご先祖様はさぞや立派な方だったに違いないでしょう」
 それには片桐も同感だった。まったく異論を挟む余地はない。しかし、自分の恋人によその男を手放しにほめる言葉を聞かされるのはあまり心地のいいものではない。
「そうですな・・・」
 ぶっきらぼうな片桐の返答にスビアはなおも言葉を続けた。
「あら、お友達のことというのにやけにぶっきらぼうではないですか?才蔵様なら片桐の話をすれば、そんなことはきっと言わないはずです」
 酒の勢いもあって片桐は思わず起きあがってスビアに言った。
「才蔵は確かにいい友人です。しかし、あなたの口からそれを必要以上に聞くのはあまり好きではありませんな」
 スビアは片桐の言葉を聞いて、いたずらっぽい笑顔を浮かべた。どうやら片桐に負けずにだいぶ、酒が入っているようだ。

「片桐、もしかして嫉妬しているのですか?」
「嫉妬?」
 今度は片桐は完全に布団から起きあがっていた。
「俺が才蔵殿に嫉妬?ばからしい!そういうあなたこそ、才蔵殿をいい男ってくらいに思ってるんじゃないですか?」
 今度は片桐の言葉にスビアが立ち上がる番だった。
「わたくしが才蔵様に恋しているとでも?それこそばかばかしいことです!」
「彼はさぞや立派な家柄ですからね・・・。お似合いじゃないですか?」
 売り言葉に買い言葉だった。片桐の言葉にスビアの頬は酒の影響以上に真っ赤になった。
「あなたがこんな失礼な人とは思いませんでした!あなたとは口も聞きたくないです!」
 片桐は89式を持って防弾チョッキを着ると引き戸を開けて縁側に出た。自分のブーツを見つけてひもを結び始めた。
「ようやくお互いの意見が一致しましたね!」
 ブーツを履いて片桐は捨てぜりふをはいて引き戸をぴしゃっと閉めた。
「片桐のバカ!!」
 引き戸の向こうでスビアの怒鳴り声が聞こえた。それを無視して片桐は歩き出した。歩いて夜風に当たっているとだんだん冷静になっていく。
「あああ、なんてことしちまったんだ・・・」
 そうは思っても今更戻ることはできない。片桐にも意地があった。一大決心をして異世界に残ったただ一つの理由はスビアだった。その当人からいくら、好人物とはいえ才蔵を下手ほめするせりふをあれだけ聞かされるのは男としてのプライドが許さなかった。
「片桐殿・・・」

声をかけられて片桐はうつむいていた頭を上げた。いつの間にか、屋敷の門の近くまで歩いてきていたのに初めて気がついた。そして声の主は門の柱に寄りかかる才蔵であることもわかった。
「才蔵殿」
「スビア様と派手に喧嘩されておったようですなぁ」
 才蔵は高らかに笑った。片桐は返す言葉もなかった。才蔵は全部知っているのだ。
「私の態度が、あなたの感情を傷つけたのならお詫びします。」
 才蔵の言葉に片桐は今度は恐縮した。しかし、こんな時の男の気持ちを打ち明ける相手は、高崎士長が向こうに帰ってしまった今では彼以外にいないような気がした。ことのいきさつを聞いた才蔵は大笑いした。
「ははは!400年たっても男女のいさかいの原因はあまり変わらぬものですな!」
 あまり笑いすぎるのも片桐に失礼と思ったのか、才蔵は門を開けた。門の外にはいつの間に用意したのか、片桐の愛馬、セピアが待っていた。
「い や、笑いすぎて申し訳ない。だが、私の愛する女性が私に向かって、あなたのことを手放しにほめる話を延々としていたら、私もきっと同じ気持ちになったで しょうな・・・。さあ、こんな日は馬にでも乗って頭を冷やすのが一番です。ここから半里(約2キロ)のところに村があります。その村の酒場の酒は絶品です ぞ!」
 片桐は才蔵の心の広さに感服するばかりだった。自分のことが原因で始まった客人の喧嘩をこんな形でフォローするとは。やはりそれは棟梁の資質がなせる技なのだろうか。愛馬にまたがりながら片桐が言った。
「せっかくですから才蔵殿もいっしょにどうです?」
「私は棟梁です。この村を勝手に離れるわけには参りません。スビア様には私から明日の朝にでも言っておきましょう。」
 片桐はその言葉に甘えることにした、今更、スビアのいる部屋には少なくとも今夜は戻れそうにないし戻りたくなかった。

「ただし!」
 才蔵は大声をあげた。
「私が同じ状況になったら、あなたには朝までつきあっていただきますから、そのつもりで」
  そう言って才蔵は片桐の愛馬の尻を叩いた。賢いセピアはゆっくりと走り始めた。才蔵は笑顔で片桐を見送った。もはやあの笑顔にはかなわいな。そう思わずに はいられないほどの聡明な笑顔だった。片桐は、この世界で得た初めての「親友」の気遣いに感謝しながら、隣村へ出発した。

 才蔵の教えてくれた村はガンドールの村だった。村の門はすでに開かれていて、まるで片桐の到着を待ちかまえているようだった。その理由は片桐が村に入って馬をつなげたときにわかった。
「片桐様・・・。」
 バートスだった。いつの間にか村の入り口に立っていた。バートスは好奇心いっぱいの笑顔で片桐を迎えた。
「スビア様と大喧嘩して居場所がなくなってここに来そうですねぇ。才蔵様のご命令で門を開けておきました。スビア様はかんかんですよ。では俺は才蔵様に無事、あなたがここに到着されたことを報告に帰ります。」
 そう言ってバートスは村の外の暗闇に消えた。片桐は村を見回した。奥に明かりがともった家が見えた。あれがどうやら、才蔵おすすめの酒場のようだった。
「らっしゃい」
 ドアを開けるとクーアードのマスターがカウンターに立っていた。客はみんな地元のガンドールのようだった。片桐はカウンターの空いた席に座った。
「今のあんたにはこれがいい」
 マスターは片桐の前にショットグラスのようなコップに満たされた液体を出した。
「バートスから何か聞いてるのかい?」
 片桐の問いにマスターは笑った。どの世界でもこの手の商売をしていると人間の心理がある程度読めるようになるらしい。
「なにも聞いちゃいません!あんたの顔でわかる。おおかた女と喧嘩したんでしょう?そんなときはこいつが一番ですわ」
 片桐はそのグラスの中身を一気に飲み干した。ウイスキーに似た味だった。確かに、イヤなことを紛らわすときにはうってつけの酒だ。片桐は続けざまに3杯それを飲んだ。
「異世界の人、なかなかやるな!」
「いけいけ!」
「女のことなんか忘れちまえ!」
 常連客のガンドールと意気投合して片桐は明け方近くまで飲み続けた。

翌 朝、片桐は酒場のソファーの上で目を覚ました。痛む頭で周りを見回すと、常連のガンドールも、マスターも眠りこけている。密閉された室内は酒臭いことこの 上ない。とりあえず、ドアを開けて外に出た。外ではガンドールたちがうろうろしていた。子供たちが走り回るのも見えた。空を見ると太陽は頭上近くまで昇っ ている。かなり寝坊したということがわかった。
 片桐は店の中に戻ると、近くの樽から水をくんで飲んだ。飲み過ぎで脱水症状気味だった体に水分が行き渡り頭がしゃっきとするのがわかった。片桐はカウンターで眠っているマスターを起こした。
「ん???なんです」
「勘定をしたい」
 そう言って片桐は防弾チョッキのポケットからスビアと半分ずつ分けた金を出した。それを見てマスターは飛び上がった。
「こんなにいただけません!40サマライで結構です!」
  マスターは片桐が出した金色の貨幣を受け取ると銀色の貨幣を6枚返した。よく見てみると片桐が持っている貨幣は3種類の色があった。金銀銅。オリンピック のメダルと同じだった。100サマライは金色1枚。銀色は10サマライ。銅色は1サマライだった。片桐はお釣りを受け取るとドアを開けた。
「異世界の方!」
 マスターが声をかけた。
「愚痴はここで言うだけ。惚れた女に逃げられちゃ元も子もないですよ!」
  笑顔でマスターに手を挙げると片桐は店を出た。彼に言われるまでもなかった。スビアのところへ帰ろう。彼女も酔いがさめているはずだ。冷静に話せば仲直り できる。そう確信していた。 片桐は門のところまで歩くと馬の準備を始めた。今は一刻も早く才蔵の村に戻ることだけを考えていた。そこへ、村の外から1人 のガンドールが息を切らせながら走ってくるのが見えた。

「たいへんだ!たいへんだ!」
 そのガンドールは叫びながら村の門をくぐった。騒ぎを聞きつけた村人がぞくぞくと集まってきた。そのガンドールは村人に差し出された水を飲み干すとようやく話し始めた。
「才蔵様の村が猿人に襲われた!村人も家畜も捕まって森に連れていかれちまった!」
 この報告に村人がざわめいた。
「まさか、才蔵様の村が・・・」
「最近奴らも知恵を付けてきていたから・・・」
 しかし、誰よりもその報告に衝撃を受けたのは片桐だった。彼はようやく呼吸の整ったガンドールにつかみかからんばかりの勢いで質問した。
「才蔵殿は、スビアはどうなったんだ?」
 ガンドールは片桐の勢いに咳をこらえながら言った。
「俺が見たのは空っぽの家といくつかの猿人の死体だけだ!猿人は捕まえた捕虜は森に連れ帰って、食べるか、奴隷にするかのどっちかだよ!」
  それを聞き終わらないうちに片桐は馬に飛び乗り、才蔵の村目指してダッシュで馬を走らせていた。そして馬上で自分を責めていた。夕べあんなことで腹を立て ないでいれば、スビアや才蔵を守れたかもしれない。そう思うと自分に対して腹が立って仕方がなかった。その怒りをぶつけるように片桐は馬を走らせた。

村は見事に奇襲されたようだった。美しかった家々は燃え、あちこちに猿人の死体が転がっている。片桐はまっすぐ才蔵の屋敷に向かうと、スビアの部屋の引き戸を開けた。中は無人だった。夕べ片桐が寝ていた布団と、傍らには彼女のゲベールがあるだけだった。
「くそっ」
 屋敷中を探し回ったが人っ子一人いないようだ。最後に見回った大広間で、やっと片桐は人を見つけた。
「片桐殿ではないか・・・」
 弥太郎だった。足を斬られて動けいないようだった。片桐はチョッキの救急医療キットを出して弥太郎の手当を始めた。
「明け方、急に猿人が襲ってきたのです。今までにやつらが夜襲をするなんてなかったので我々は無防備でした。たちまち、村人も才蔵様も捕まり、スビア様も・・・。私は奴らに足をやられて気を失ってしまいました。それでここに残されたわけです」
「で、やつらはみんなをどこに?」
 片桐の質問に弥太郎は苦悶の表情を浮かべながら答えた。無理もない。止血のために片桐が彼の股を強く縛っていたのだ。
「奴らは今までの洞窟では捕虜をやしないきれないようで、さらに森の奥に連れていくと言っていました・・・、片桐殿!どうか、才蔵様を助けてください!」
「もちろんです。彼は俺の大事な友人です!」
 その言葉に弥太郎は安堵の表情を浮かべた。
「それから、スビア様は連れ去られる寸前まであなたのことを心配しておられました。どうか!ご無事で!」
 弥太郎の手当を済ませると片桐は愛馬に飛び乗った。一気に森を抜けて海岸まで出ると、再び森に入った。手綱を操りながら89式をチェックした。
「絶対!絶対!助ける!!」
 自分の決心を声に出して確認するように片桐はさらに愛馬のスピードを速めた。

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