山下中将を始めとした将校達は悩んでいた。
それと言うのもアリンクスを目指し行軍する帝國軍の元に来訪者が訪れたのが、アリンクス攻略会議が行われた翌日だった。
馬に乗り白旗を掲げた二人の兵士が陣地へと近づき、「最高司令官と取次ぎたい」と言う。
流石にそれは無理だと告げると、手紙を渡し「アリンクス領主レバン子爵閣下からです」と兵士の一人が発言すると大騒ぎとなった。
敵の策略かもしれないが、本物なら上へ取次がねばならない。
結局は取次いだのだったがその手紙の内容が重要だった。
「無血開城と東部諸侯全体の恭順とは…」
アリンクス領主レバン子爵から帝國軍へと送られた手紙には、アリンクスの無血開城と東部諸侯と話はついていて帝國へ恭順する事を誓うと言う事と、街に逃げ込んだ残党軍の対処は自分たちでするという事が書かれていた。
その見返りとしての要求は、諸侯の領地安堵と経済の裁量の承認。
王国から鞍替えの条件として出された物だが、どこまで信用していいのか?
東部諸侯と話はついていると言うがそれが本当かどうか帝國『には』確かめる事は出来ない。
「君はどう思うかね?『少佐』」
会議場の中心にいる山下中将らから離れた位置、出口付近にいる『少佐』に中将は問いた。
浅黒い肌、高い身長、長く尖った耳、絹の様な銀髪。
明らかに帝國人では無いが着ている軍服は帝国陸軍の物だ。
「すでに部下がアリンクスに潜入し情報を集めておりますが、その中に確かにレバン子爵が東部諸侯達を集め会議をしたという情報があります」
その内容ですがと続ける『少佐』は部下からの情報を上げた。
「諸侯の一人に暗示を掛け聞き出した所によると『都市に逃げ込んだ残党を捕えれば身分は保証される』と答えたとの事です」
「では事実か」
山下中将は眼を閉じると、『少佐』に質問する。
「そのレバン子爵は何故我々に付こうとする?」
その質問に『少佐』は羊皮紙を取り出す。
「元々レバン家は商家でそれも豪商と呼べる家系でした、キャラバンから海外貿易まで手掛ける中稼いだ金貨を国庫へと献上し貴族の位を得たのが三代前で現在の当主ハルム・レバンは貴族より商人としての面が大きいとの事です」
「つまり、王国と帝國を天秤にかけて重い方を取ったと?」
「そのようです」
その言葉に参謀の一人が声をかける。
「王国を裏切る様に見せて我々を誘い込む作戦では?」
「それは恐らく有りません、アリンクス内では残党が各地に配備として散けて配置されているのですがそれを囲むようにレバン子爵の部隊が配置されています」
「我々が来ても連携されないように抑える布陣か」
山下中将が眼を開ける。
「良かろう、レバン子爵にはその条件での帰順を認める旨を伝えてくれ、ただし戦略上必要な物資は帝國が管理する」
「了解致しました」
『少佐』は敬礼をすると会議場から離れた。
「隊長、ハリスから報告が有ります」
「聞かせろ」
会議場から出た『少佐』の元に一人のダークエルフが現れた。
彼もまた帝國陸軍の服装だ。
「アリンクス内の残党は完全に分断、さらに王都から続く街道が東部諸侯軍により完全に閉鎖されました」
「東部諸侯は話通り纏め上げたか、まあ帝國についた方が金になると踏んだんだろうな」
俗人がと切り捨てると『少佐』は他に報告が無いかを聞き出した。
それに対しダークエルフは有ると答える。
「南部に潜ませた工作員からヴラド・ヴァレンタイン卿麾下の飛竜隊が出撃したと報告が入りました」
「『クリムゾン・ドラグーンズ』がか?確かに南部戦線は長い間膠着状態だったが、ここに出張ってくるとは…」
「彼らは東部を目指し飛行、現在は王都方面に近い所まで来ています」
「まず最初にやるのは王への謁見だろう、ならまだ猶予はある」
帝國の持って来れた航空戦力は少ない、彼らと遭遇した場合被害が出ればそれは無視できない物だ。
すでに内通者がいる以上、彼らが来るより早くアリンクスは落ちるだろう。
「閣下らには私から伝える、お前は何か情報が新しく入ったら知らせろ」
部下のダークエルフは頭を下げるとすっと音も無く立ち去った。
「クソ、南部から態々ご苦労な事だ」
少佐は憎々しげな声を出すと顔を顰めた。
彼のような帝國に恭順する前からメガラニカ王国を監視する者―ダークエルフであれ人間であれ―にとってヴラド・ヴァレンタイン麾下赤飛竜中隊『クリムゾン・ドラグーンズ』は王国最強戦力として考えられていた。
王国に属する飛竜隊の中でも最上位種たるオーバーロードを配備しているのは、メガラニカ王家第三王子麾下の第一近衛飛竜師団と原産地であるヤーシュノー山脈を領地に治めるヴァレンタイン家のみ。
ロード種も通常種の飛竜からすれば段違いと呼べるのだが、オーバーロードはそれに輪をかけて並はずれている。
体内魔力がロード種からは五倍、通常種と比べれば二十倍も多い。
その為速度を上げると共に騎手を保護する為の魔力壁が厚く張れ防御力が高い、そして知能も高く騎手無しでの単独戦闘、連携する姿も確認されている。
乗り手達も皆素晴らしい腕前の持ち主と謳われている。
その竜騎士達を纏め上げるのが、ヴラド卿だ。
曰く、十六騎で侵攻軍飛竜百騎を撃退した。
曰く、初陣で相手の飛竜に横付けし騎士首二つ挙げた。
兎に角上げれば切りの無いほど武勲話が出てくる。
「南まで行くつもりは無いんだ、引き籠っていてくれよ…」
少佐は愚痴を零すと、レバン子爵に出す返書を書くため陣地にある小屋へと入った。
「まだ、届かぬか…」
文を出してから二日経ったか、ハルム・D・レバン子爵は落ち着き無く部屋をうろついていた。
王国を裏切り帝國へ着く判断に家臣団からは反対の声が出なかったのは良いが、こう時間を掛けられるとあの残党共が疑いだすのではと気が気でない。
もう何度部屋を回っただろうか?
急に背筋が寒くなり、視線を感じる。
ぐるりと部屋を見渡した時、部屋の角に人影が見えた。
「誰だ!?」
「帝國からの使いだ」
影は涼しげな声で答える。
「おお!ようやくか!」
すっと、影は懐から手紙を出す。
それを受け取ると内容を確認し、笑みが零れた。
「戦略物資以外の物流の許可か!まあ、全ての要求が通るとは考えていなかったが上出来だ!」
レバン子爵は手紙の内容に満足すると影を見た。
「後は、城門を開き招けば終わりか」
「帝國はすぐそこまで迫っている、明日の昼にはつくだろう」
「明日の昼か、丁度良い。明日は帝國の将と共に昼食だな」
上機嫌なレバン子爵を余所に影は現れた時と同様音も無く部屋から姿を消した。
後に残ったのはレバン子爵の笑い声だけだ。
「見えたぞ、王都だ」
ヴラド卿の声が首から下げられている小型連絡用クリスタルから部隊の全員に届く。
南部から出立し早五日、ようやく中央部へと来れた。
ここ王都から目的地の東部までは飛竜ならばそう距離は無い。
間に合ったという思いが全員の心に広がる。
「まずは陛下へ謁見するぞ、その後は直ぐに救援に向かう」
ヴラド卿は指示を出すと王都上空を旋回する。
「王都の飛竜舎はあそこか」
手綱を横に引っ張り飛竜に指示を出す。
その指示に従い、飛竜は頭から真っ直ぐ落ちる体勢に入る。
それに続き、部下達も同じ体勢に入る。
計十六騎が上空から地面へと落ちる。
その途中、宮殿が慌ただしさを醸し出すのを肌で感じた。
時間にすれば地面に着く十秒程の中の一瞬だ。
一足先に落下したヴラド卿の飛竜が一気に体を起こし足を下にし着陸する。
部下達の飛竜も同じタイミングで着陸した。
「着陸確認!点呼!」
「点呼確認!」
着陸と同時にヴラド卿の人員確認の指示が出され、部下達は素早く点呼を取り答える。
「全騎降乗!飼育員、飛竜を頼む」
指示を出すとヴラド卿自身も飛竜から降り、飛竜舎から飛び出してきた飼育員等に飛竜を舎に入れるように頼んだ。
「総員整列!これより宮殿へ入る、リヴァル着いて来い。他の者は飛竜舎にて待機!」
ヴラド卿が古参の従士を一人共とする旨を伝え、宮殿への道を辿る。
途中に合う者も少なく、それに多少の違和感を感じたがそれを考える間もなく宮殿前の門についた。
「南部諸侯筆頭コーデル・ヴァレンタイン伯が次男、ヴラド・ヴァレンタイン男爵である!陛下への御目通りを願う!」
門番の兵達がざわつく中、扉が開かれ一人の男が現れた。
「ヴラド卿、派手な登場は御止め頂きたい」
「申し訳ありません、内務卿。しかし、火急の用につき御容赦頂きたい」
「…それで陛下への御目通りとの事ですが、その『火急の用』とは一体?」
「アリンクスへの救援へ向かう許可を頂きたい」
ヴラド卿の言葉に内務卿は口遊む。
「…何故、アリンクスに救援等と」
「隠し事無用、すでに王都から派遣された北伐軍は壊滅し残党はアリンクスにて籠城との事は既に知っております」
さっと内務卿の顔が青褪めた。
―各地の諸侯にはもう噂として流れてはいるが、確定情報としてはされていないこの情報をこの若造は何処で知ったのか?
「手勢として私以下十六名の竜騎士とオーバーロードを連れて参りました、敵軍の戦力を削ぐなり『なんなり』するには十分な数ですぞ」
なんなりの部分を強調したのは王都に迫られたら防衛もするという意味だろうか?内務卿の心中にインクを垂らした紙のように考えが広がる。
出した結論は。
「…陛下に御取次ぐ、しばし待たれよ」
結局彼に出来る事は王の裁可を仰ぐ事だけだった。
暫くの時間を門前で過ごしたヴラド卿等は宮殿への登場を許され謁見の間へと歩いていた。
先頭を歩く内務卿は先程から黙ったままで、話さぬならばそれも良しとヴラド卿も黙ったままである。
「…陛下、ヴァレンタイン卿をお連れ致しました」
「御苦労、内務卿。下がって良い」
エセル王に従い、内務卿は壁に寄った。
「ヴラド・ヴァレンタイン男爵、陛下に謁見仕る!」
扉が開かれ、ヴラド卿の目に見えたのは玉座に座るエセル王と周囲に居る重臣達の姿だった。
ヴラド卿は王の玉座への階段前まで進むと膝を折り、頭を下げる臣下の礼を取る。
「この度は御目通りが叶い恐悦至極に―」
「前口上は良い、要件は何か?」
ヴラド卿の挨拶を切り上げさせるとエセル王は直接的な話に入る。
それに答えるように、ヴラド卿も頭を上げるとエセル王を見上げる。
「アリンクスにて籠城する北伐軍の救援に向かう御許可を」
内務卿の話を聞いていたのだろう、王も重臣達も驚きはしなかったが場の空気が冬のように冷たく静まりかえる。
「ヴラド卿、何故北伐軍の事を知っている?」
「アリンクスより友人の魔術師から連絡がありました」
その言葉にふ、とため息をつくとエセル王は諦めた様に言った。
「良い、許可する」
「有り難き幸せ、では失礼致しまする!」
王の許可を得たヴラド卿は立ち上がり、扉を抜け廊下を歩いて行く。
「陛下、宜しいのですか?」
重臣の一人が王へと尋ねる、南部有力貴族の息子とは言え王国正規軍への増援としてはどうなのか?と。
「ヴァレンタイン家は南部諸侯の支持を一心に受けている、その一門からの増援を断ったとあれば南部諸侯は只でさえヴァレンタイン家への忠誠が高いのに王家から袖にされたと反感を強める」
その先にあるのは南部による独立運動であろうと言外に王は伝えた。
「とはいえ、ヴァレンタイン家の現当主は王国への忠義に篤い。交代しない限りは考えずとも良い」
「内憂外患とは…」
「今は外患に対処しよう」
王の言葉に重臣達も再び動きだし、目下の目標である正規軍の再編の為の書類作成へと戻った。
それと言うのもアリンクスを目指し行軍する帝國軍の元に来訪者が訪れたのが、アリンクス攻略会議が行われた翌日だった。
馬に乗り白旗を掲げた二人の兵士が陣地へと近づき、「最高司令官と取次ぎたい」と言う。
流石にそれは無理だと告げると、手紙を渡し「アリンクス領主レバン子爵閣下からです」と兵士の一人が発言すると大騒ぎとなった。
敵の策略かもしれないが、本物なら上へ取次がねばならない。
結局は取次いだのだったがその手紙の内容が重要だった。
「無血開城と東部諸侯全体の恭順とは…」
アリンクス領主レバン子爵から帝國軍へと送られた手紙には、アリンクスの無血開城と東部諸侯と話はついていて帝國へ恭順する事を誓うと言う事と、街に逃げ込んだ残党軍の対処は自分たちでするという事が書かれていた。
その見返りとしての要求は、諸侯の領地安堵と経済の裁量の承認。
王国から鞍替えの条件として出された物だが、どこまで信用していいのか?
東部諸侯と話はついていると言うがそれが本当かどうか帝國『には』確かめる事は出来ない。
「君はどう思うかね?『少佐』」
会議場の中心にいる山下中将らから離れた位置、出口付近にいる『少佐』に中将は問いた。
浅黒い肌、高い身長、長く尖った耳、絹の様な銀髪。
明らかに帝國人では無いが着ている軍服は帝国陸軍の物だ。
「すでに部下がアリンクスに潜入し情報を集めておりますが、その中に確かにレバン子爵が東部諸侯達を集め会議をしたという情報があります」
その内容ですがと続ける『少佐』は部下からの情報を上げた。
「諸侯の一人に暗示を掛け聞き出した所によると『都市に逃げ込んだ残党を捕えれば身分は保証される』と答えたとの事です」
「では事実か」
山下中将は眼を閉じると、『少佐』に質問する。
「そのレバン子爵は何故我々に付こうとする?」
その質問に『少佐』は羊皮紙を取り出す。
「元々レバン家は商家でそれも豪商と呼べる家系でした、キャラバンから海外貿易まで手掛ける中稼いだ金貨を国庫へと献上し貴族の位を得たのが三代前で現在の当主ハルム・レバンは貴族より商人としての面が大きいとの事です」
「つまり、王国と帝國を天秤にかけて重い方を取ったと?」
「そのようです」
その言葉に参謀の一人が声をかける。
「王国を裏切る様に見せて我々を誘い込む作戦では?」
「それは恐らく有りません、アリンクス内では残党が各地に配備として散けて配置されているのですがそれを囲むようにレバン子爵の部隊が配置されています」
「我々が来ても連携されないように抑える布陣か」
山下中将が眼を開ける。
「良かろう、レバン子爵にはその条件での帰順を認める旨を伝えてくれ、ただし戦略上必要な物資は帝國が管理する」
「了解致しました」
『少佐』は敬礼をすると会議場から離れた。
「隊長、ハリスから報告が有ります」
「聞かせろ」
会議場から出た『少佐』の元に一人のダークエルフが現れた。
彼もまた帝國陸軍の服装だ。
「アリンクス内の残党は完全に分断、さらに王都から続く街道が東部諸侯軍により完全に閉鎖されました」
「東部諸侯は話通り纏め上げたか、まあ帝國についた方が金になると踏んだんだろうな」
俗人がと切り捨てると『少佐』は他に報告が無いかを聞き出した。
それに対しダークエルフは有ると答える。
「南部に潜ませた工作員からヴラド・ヴァレンタイン卿麾下の飛竜隊が出撃したと報告が入りました」
「『クリムゾン・ドラグーンズ』がか?確かに南部戦線は長い間膠着状態だったが、ここに出張ってくるとは…」
「彼らは東部を目指し飛行、現在は王都方面に近い所まで来ています」
「まず最初にやるのは王への謁見だろう、ならまだ猶予はある」
帝國の持って来れた航空戦力は少ない、彼らと遭遇した場合被害が出ればそれは無視できない物だ。
すでに内通者がいる以上、彼らが来るより早くアリンクスは落ちるだろう。
「閣下らには私から伝える、お前は何か情報が新しく入ったら知らせろ」
部下のダークエルフは頭を下げるとすっと音も無く立ち去った。
「クソ、南部から態々ご苦労な事だ」
少佐は憎々しげな声を出すと顔を顰めた。
彼のような帝國に恭順する前からメガラニカ王国を監視する者―ダークエルフであれ人間であれ―にとってヴラド・ヴァレンタイン麾下赤飛竜中隊『クリムゾン・ドラグーンズ』は王国最強戦力として考えられていた。
王国に属する飛竜隊の中でも最上位種たるオーバーロードを配備しているのは、メガラニカ王家第三王子麾下の第一近衛飛竜師団と原産地であるヤーシュノー山脈を領地に治めるヴァレンタイン家のみ。
ロード種も通常種の飛竜からすれば段違いと呼べるのだが、オーバーロードはそれに輪をかけて並はずれている。
体内魔力がロード種からは五倍、通常種と比べれば二十倍も多い。
その為速度を上げると共に騎手を保護する為の魔力壁が厚く張れ防御力が高い、そして知能も高く騎手無しでの単独戦闘、連携する姿も確認されている。
乗り手達も皆素晴らしい腕前の持ち主と謳われている。
その竜騎士達を纏め上げるのが、ヴラド卿だ。
曰く、十六騎で侵攻軍飛竜百騎を撃退した。
曰く、初陣で相手の飛竜に横付けし騎士首二つ挙げた。
兎に角上げれば切りの無いほど武勲話が出てくる。
「南まで行くつもりは無いんだ、引き籠っていてくれよ…」
少佐は愚痴を零すと、レバン子爵に出す返書を書くため陣地にある小屋へと入った。
「まだ、届かぬか…」
文を出してから二日経ったか、ハルム・D・レバン子爵は落ち着き無く部屋をうろついていた。
王国を裏切り帝國へ着く判断に家臣団からは反対の声が出なかったのは良いが、こう時間を掛けられるとあの残党共が疑いだすのではと気が気でない。
もう何度部屋を回っただろうか?
急に背筋が寒くなり、視線を感じる。
ぐるりと部屋を見渡した時、部屋の角に人影が見えた。
「誰だ!?」
「帝國からの使いだ」
影は涼しげな声で答える。
「おお!ようやくか!」
すっと、影は懐から手紙を出す。
それを受け取ると内容を確認し、笑みが零れた。
「戦略物資以外の物流の許可か!まあ、全ての要求が通るとは考えていなかったが上出来だ!」
レバン子爵は手紙の内容に満足すると影を見た。
「後は、城門を開き招けば終わりか」
「帝國はすぐそこまで迫っている、明日の昼にはつくだろう」
「明日の昼か、丁度良い。明日は帝國の将と共に昼食だな」
上機嫌なレバン子爵を余所に影は現れた時と同様音も無く部屋から姿を消した。
後に残ったのはレバン子爵の笑い声だけだ。
「見えたぞ、王都だ」
ヴラド卿の声が首から下げられている小型連絡用クリスタルから部隊の全員に届く。
南部から出立し早五日、ようやく中央部へと来れた。
ここ王都から目的地の東部までは飛竜ならばそう距離は無い。
間に合ったという思いが全員の心に広がる。
「まずは陛下へ謁見するぞ、その後は直ぐに救援に向かう」
ヴラド卿は指示を出すと王都上空を旋回する。
「王都の飛竜舎はあそこか」
手綱を横に引っ張り飛竜に指示を出す。
その指示に従い、飛竜は頭から真っ直ぐ落ちる体勢に入る。
それに続き、部下達も同じ体勢に入る。
計十六騎が上空から地面へと落ちる。
その途中、宮殿が慌ただしさを醸し出すのを肌で感じた。
時間にすれば地面に着く十秒程の中の一瞬だ。
一足先に落下したヴラド卿の飛竜が一気に体を起こし足を下にし着陸する。
部下達の飛竜も同じタイミングで着陸した。
「着陸確認!点呼!」
「点呼確認!」
着陸と同時にヴラド卿の人員確認の指示が出され、部下達は素早く点呼を取り答える。
「全騎降乗!飼育員、飛竜を頼む」
指示を出すとヴラド卿自身も飛竜から降り、飛竜舎から飛び出してきた飼育員等に飛竜を舎に入れるように頼んだ。
「総員整列!これより宮殿へ入る、リヴァル着いて来い。他の者は飛竜舎にて待機!」
ヴラド卿が古参の従士を一人共とする旨を伝え、宮殿への道を辿る。
途中に合う者も少なく、それに多少の違和感を感じたがそれを考える間もなく宮殿前の門についた。
「南部諸侯筆頭コーデル・ヴァレンタイン伯が次男、ヴラド・ヴァレンタイン男爵である!陛下への御目通りを願う!」
門番の兵達がざわつく中、扉が開かれ一人の男が現れた。
「ヴラド卿、派手な登場は御止め頂きたい」
「申し訳ありません、内務卿。しかし、火急の用につき御容赦頂きたい」
「…それで陛下への御目通りとの事ですが、その『火急の用』とは一体?」
「アリンクスへの救援へ向かう許可を頂きたい」
ヴラド卿の言葉に内務卿は口遊む。
「…何故、アリンクスに救援等と」
「隠し事無用、すでに王都から派遣された北伐軍は壊滅し残党はアリンクスにて籠城との事は既に知っております」
さっと内務卿の顔が青褪めた。
―各地の諸侯にはもう噂として流れてはいるが、確定情報としてはされていないこの情報をこの若造は何処で知ったのか?
「手勢として私以下十六名の竜騎士とオーバーロードを連れて参りました、敵軍の戦力を削ぐなり『なんなり』するには十分な数ですぞ」
なんなりの部分を強調したのは王都に迫られたら防衛もするという意味だろうか?内務卿の心中にインクを垂らした紙のように考えが広がる。
出した結論は。
「…陛下に御取次ぐ、しばし待たれよ」
結局彼に出来る事は王の裁可を仰ぐ事だけだった。
暫くの時間を門前で過ごしたヴラド卿等は宮殿への登場を許され謁見の間へと歩いていた。
先頭を歩く内務卿は先程から黙ったままで、話さぬならばそれも良しとヴラド卿も黙ったままである。
「…陛下、ヴァレンタイン卿をお連れ致しました」
「御苦労、内務卿。下がって良い」
エセル王に従い、内務卿は壁に寄った。
「ヴラド・ヴァレンタイン男爵、陛下に謁見仕る!」
扉が開かれ、ヴラド卿の目に見えたのは玉座に座るエセル王と周囲に居る重臣達の姿だった。
ヴラド卿は王の玉座への階段前まで進むと膝を折り、頭を下げる臣下の礼を取る。
「この度は御目通りが叶い恐悦至極に―」
「前口上は良い、要件は何か?」
ヴラド卿の挨拶を切り上げさせるとエセル王は直接的な話に入る。
それに答えるように、ヴラド卿も頭を上げるとエセル王を見上げる。
「アリンクスにて籠城する北伐軍の救援に向かう御許可を」
内務卿の話を聞いていたのだろう、王も重臣達も驚きはしなかったが場の空気が冬のように冷たく静まりかえる。
「ヴラド卿、何故北伐軍の事を知っている?」
「アリンクスより友人の魔術師から連絡がありました」
その言葉にふ、とため息をつくとエセル王は諦めた様に言った。
「良い、許可する」
「有り難き幸せ、では失礼致しまする!」
王の許可を得たヴラド卿は立ち上がり、扉を抜け廊下を歩いて行く。
「陛下、宜しいのですか?」
重臣の一人が王へと尋ねる、南部有力貴族の息子とは言え王国正規軍への増援としてはどうなのか?と。
「ヴァレンタイン家は南部諸侯の支持を一心に受けている、その一門からの増援を断ったとあれば南部諸侯は只でさえヴァレンタイン家への忠誠が高いのに王家から袖にされたと反感を強める」
その先にあるのは南部による独立運動であろうと言外に王は伝えた。
「とはいえ、ヴァレンタイン家の現当主は王国への忠義に篤い。交代しない限りは考えずとも良い」
「内憂外患とは…」
「今は外患に対処しよう」
王の言葉に重臣達も再び動きだし、目下の目標である正規軍の再編の為の書類作成へと戻った。