自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

352 第263話 食い込みはより深く

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第263話 食い込みはより深く

1485年(1945年)12月1日 午前2時 ヒーレリ領クヴェンキンベヌ

トラック隊がウェリントン街道の東進を開始し、12時間がたった頃には、目的地であるクヴェンキンベヌに到達していた。

「こりゃ酷いな。」

第115空挺旅団第756連隊第1大隊に属するアールス・ヴィンセンク曹長は、今しも後退を行いつつある第89歩兵師団の車列と行列を
トラックの荷台から見ながら、ポツリと呟いた。

「89師団は第42軍所属の師団でしたね。」

部下の1人がヴィンセンクに声をかけて来る。
それをヴィンセンクは頷きながら、言葉を返した。

「ああ。第79軍団の構成部隊の1つだな。まぁ、連中はまだマシだ。」
「第78軍団は敵の包囲下にありますからね……今は敵の猛攻を必死で食い止めているようですが、反撃が開始されるまで持ちますかな。」
「天気が良けりゃ、輸送機を送って空輸とか爆撃隊とかを送って支援できるんだが、こんな状況ではね。」

ヴィンセンクは紅色の瞳を上に向ける。

「ああ……」
「持って、3日ぐらいだろうかな。」
「3個師団、5万名以上の戦友の運命があと3日……ですか。残酷ですね。」
「悔しいけど、助ける手段が無い以上は、彼らの奮闘に任せるしかないよ。」

アールスの前に座っていたテレス・ビステンデル曹長が、両腕を胸の前で組みながらその部下に言う。

「残念ながら、テレスの言う通りだ。弾薬や食料の補給が断たれた軍隊は長くは持たん……」
「俺達なら、連中の血を吸って飢えを凌ぐことも出来るんですけどね。」

「イルキィ、それは最後の手段だ。」
「それ以前に、あたし達はアメリカ軍なんだから、そんな“野蛮”な事は無理かもしれないよ。」
「敢えて断言しないのはどうしてなんですかね……」
「いざとなったら吸ってやるからさ。」

アールスの言葉を聞いた部下達はどっと笑い声を上げた。

「でも、シホールアンル人の血って上手いんですかな。連中、戦略爆撃の影響で前線部隊に補給が行き辛くなってるもんだから、前線の将兵は
まともなメシを食ってないと聞きますし。」
「Kレーションの代わりと思えばいいだろう。」

それを聞いた別の兵士が茶化したような口調で付け加えた。

「でも、場合によっては連中の血はKレーション以上に拙いかもしれないですよねぇ。そうなったら最低だわ……」
「おいおい、シホールアンル人共の血はまずいレーション以下か。」

アールスの突っ込みを聞いた部下達は、再び声を上げて笑った。
その時、ゆっくりと走っていたトラックが停止した。

「おい、着いたようだぞ。」

アールスがそう言った後、幌を払い、荷台の扉を開けた。
トラックから降りると、外の冷たい空気が身を包み込んだ。

「ふう……今日は一段と冷えるねぇ。」

アールスは両手をすり合わせた後、次々と降りる部下達から視線を離し、街道沿いに目を向けた。

「……アールス、ちょっと見て。」

隣に近寄って来たテレスが何かを見つけ、指をさした。
後退中の行列に向かって何かを要求している兵士が居た。
その兵士は一言二言話すと、歩いていた兵から武器と弾薬を譲り受けていた。

「何だあいつ……おい、あっちにも居るぞ。」

アールスは、その兵士と同じ事をやっている兵を見て、顎をしゃくった。

「あそこだけじゃない、あそこにも……あ、あっちにも居るわ。」
「……武器と弾を後退中の兵から集めているな。どうしてまた……」

この時、武器・弾薬を回収していた兵の1人がアールス達を見つけるや、車列の間を縫って走り寄って来た。
兵士は2人に敬礼をしながら聞いて来た。
彼は2人と同じく、曹長であった。

「あんたらはナイトマンズだな?」
「そうだ。よく見たらさっきから後退中の兵隊から武器と弾薬を取って集めているようだが。」
「ああ。俺達はこれからシホット共に包囲されながら戦う事になる。こんな天気だ、空からの補給は到底見込めない。そこで、後方に送られる
兵隊どもから片っ端から銃と弾を集めて持久戦に備えようとしてるのさ。」
「なるほど。いい考えだね。」

テレスが感心したように言った。

「E中隊の連中がやろうと言ってきてね、俺達も便乗して集めさせて貰っている訳さ。あんたらも今の内に、あの行列から毟れるだけ毟った方がいいぞ。」
「でも、クヴェンキンベヌの防除陣地はカイトロスク補給所に続く道も抑えてあるから、弾薬には不自由しないと思うんだけど。」
「万が一の為だよ、姉ちゃん。近々始まる戦闘で防衛線を抜かれて、カイトロスクに繋がる道が断たれないとも限らんからな。」
「なるほど、あらゆる事態に備えろ、という訳か。アドバイス感謝するよ、戦友。」

アールスは尖った歯を見せながら感謝の言葉を伝えた。

「それじゃ、運が良ければまた会おう!」

その曹長は右手を掲げながら立ち去って行った。

「そう言えば、小隊長と中隊長はどうしたのかな。」

テレスが周囲を見回しながら言う。
辺りはトラックから下車した115旅団の将兵で一杯になっている。

「お、中隊長はあそこに居たぞ。」

アールスは道路の反対側を指さした。
そこには、101師団の将校と会話を交わす中隊長の姿があった。
程無くして、中隊長は会話を終え、アールス達に向かってきた。
そこに小隊長のレヴェニイ・スレイセ少尉も彼らの目の前に姿を現した。

「アールス、テレス、分隊を集めろ。」

2人は小隊長の指示を受け、分隊員を一列に並ばせた。
アールスの居る小隊は、本来は3つの分隊があったが、今年のレスタン解放戦での消耗のせいで2個分隊しか編成できなかった。
第115旅団は、エルネイル作戦の後は、米本土で待機していた予備の補充部隊を加えて戦力を回復したが、予備戦力はこの1回の補充で使い切ってしまった。
レスタン解放作戦とヒーレリ解放作戦では、第115旅団は戦死者1082名、負傷者2170名と言う大損害を被っている。
第115旅団の兵員数は7000名であるが、この2つの戦いで旅団戦力の40%以上を失った事になり、作戦終了後は壊滅判定を受け、負傷者が復帰して再編が
完了するまで前線に出られなくなった。
今年の11月には戦力の再編が完了した物の、旅団戦力は5000名に低下しており、旅団を構成する第726、第725連隊は、ともに定数割れを起こしていた。
だが、編成時よりも数を減らしたとはいえ、フライディングナイトマンズの将兵達は実戦を経験(特に、祖国を解放した事が大きい)して来たこともあって、
常に士気は高かった。
小隊長は、所属中隊であるB中隊のレイド・ファムシス大尉から指示を受けていた。

「しかし、小隊長も出世したな。今では大尉となって中隊を動かしているとは。」

「前任者がヒーレリ戦でリタイアしちゃったからね。いくら回復力が凄いレスタン族とはいえ、片足を失っては戦えないわ。」
「確かにな。」

アールスはテレスにそう言いながら、軽く頷いた。

「これから、第115旅団はクヴェンキンベヌ市の北西に向かう。各隊の守備陣地は既に、先行した工兵隊が作ってあるようだから、現地に付き次第、持ち場を決める。」

スレイセ小隊長が、ヘルメットからはみ出る赤色のくせ毛を整えながら説明を始めた。

「それまで小隊は他の隊と共に現地に向かって前進する。陣地に到着したら、各自、装備の点検を行っておいて。短いが、私からは以上だね。何か質問は?」
「小隊長!陣地までの距離はどれぐらいありますか?」

A分隊の兵士がすかさず聞いて来る。

「ここから5キロほどかな。」
「5キロもあるんなら、そこまでトラックで運んで貰う事は出来なかったのですか?」
「……私達は歩兵だよ。歩兵は歩くのが仕事。歩くのが嫌なら、空軍に転属するしかないね。」

スレイセ小隊長の言葉に、皆が笑った。

「ほかに質問は?」

彼女がそう聞いたとき、道路の方から異質な物音が聞こえ始めて来た。
それはやがて、履帯のきしみに変わっていき、それを発する物が彼らの前に姿を現した。

「……この周辺の防衛って、確かうちらだけでしたよね?」
「そうだ。予定では第10軍団の2個空挺師団、1個旅団のみとなっている。」
「じゃあ、あそこから列をなして通って来る機甲部隊は何でしょうか?」

その兵士が道路の方に指を指す。

道路には、後退するトラック隊とすれ違うように、多数の戦車やハーフトラックがクヴェンキンベヌに入って来ていた。
だが、これらの戦車やハーフトラックは車体のあちこちが酷く汚れており、トラック上の兵士の顔もどこか疲れ果てたように見える。
出発前に聞いた話では、第10空挺軍団のみで守る事となっていたクヴェンキンベヌ・カイトロスク防衛線に戦車部隊が投入されると言う事は
全く聞かされていない。
この予期せぬ機甲部隊の出現はどうしたものか?と首を捻る者は少なくなかった。

「私も連中が何なのかはわからんが……少なくとも、こっちも敵の石甲部隊に対する切り札を持っている、つー事になったんじゃないかな。」

小隊長のやや不明瞭な答えに、部下達は苦笑を浮かべる。
部下達からの質問はそれだけであった。

「さて、そろそろ出発と行こうか。新たな戦地に向けて。」

スレイセ少尉はアールスに向けて指示を伝えると、アールスと、指示を横で聞いていたテレスが部下達に向けて口を開いた。

ヘルマン・ヴィルテルン大尉は、走行中のトラックの荷台の上から道路脇の光景を見るなり、不機嫌そうな顔つきになった。

「中隊長!うちらはやはり、ここで戦う事になるんですかね。」

リャン・チェイリュー軍曹が疲れを感じさせぬ、張りのある声音で尋ねて来る。

「そのようだな……ああ、くそ!」

ヴィルテルン大尉は忌々しげにそう吐き捨てた後、トラック内の席にふんぞり返った。

「せっかく撤退できたと思ったらまた最前線とはな。リャンよ、うちらの師団が今、どれぐらいの戦力か知っているか?」
「そんなのさっきも聞きましたぜ……」

チェイリュー軍曹が苦笑いを浮かべながら言うが、ヴィルテルンは構わずに続ける。

「師団の主力とも言える戦闘団は2個だぞ、2個!A戦闘団は全滅しちまってもういねえ。それだけではなく、B戦闘団やR戦闘団の連中も
定数割れだ。師団戦力はせいぜい70%ってところだぞ。支援部隊は健在だが、こんなナリじゃ戦う気にもならん。普通なら後方で休養をしないと
まずいレベルなのに、一度前線からオサラバしたと思ったら、包囲前提の最前線に再配置とはな……!」
「中隊長、あんたのいう事も分かりますがね……それでも、やらなくちゃいけん事もあるんですぜ。」
「……んなこたぁ分かってるよ。ここでつまらんグチを言っても何も変わらん事ぐらい。でもな、出てしまう物は抑えきれないタチでね。」
「だからあんたは万年大尉なんですよ。」

チェイリューの発した言葉を聞いた車内に部下達が、どっと笑い声を上げた。

「別に、俺は昇進したいとは思っていない。ただ、居心地のいい軍隊で定年までしっかり務められればいいだけだよ。」
「まーた出ましたね……まあいいや。」
「ところで、うちの師団はこのクヴェンキンベヌで何をするんですかな。」
「さあな。だが、じきに大隊長から話はあるだろう。」

ヴィルテルンはふぅと溜息を吐いた。

「でも、傷だらけの機甲師団1個で包囲して来る敵に対して、どのような感じで戦うのかな。敵の方がキリラルブスの保有台数も圧倒的に多いぞ。」
「おおかた、空挺部隊の支援じゃないですかね。」
「支援たって……燃料と弾薬は守備範囲内にある補給所から分捕ればいい物の、2個戦闘団と砲兵その他諸々でどうやるんだろうか。」
「第10軍団の各種支援部隊も居ますから、やりようによっては意外と戦えるかもしれないですよ。補給所に続く街道はこちらが抑えていますから、
銃や大砲だけはいくらでも撃ちまくれます。」
「街道を守る部隊がヘマをしなければの話だがな……」

ヴィルテルンは不安げに言った後、口を固く閉じ、トラックが停止するまで居眠りする事に決めた。

1485年(1945年)12月2日 午前4時 ヒーレリ領ジャブランクリル

シホールアンル軍第1親衛石甲軍は、先鋒部隊である第5親衛石甲師団がカイトロスクへ繋がる街道に進出したという報告を受け取った1時間後には、
カイトロスク進撃に必要な要衝クヴェンキンベヌから、北西10ゼルド(30キロ)の位置に司令部を構えていた。

「第5師団の偵察隊の話によりますと、クヴェンキンベヌから2ゼルドの付近にはアメリカ軍の防衛部隊が展開しているようです。」

第1親衛石甲軍の司令官を務める、ルイクス・エルファルフ大将(昨日昇進)は、防寒帽を被った頭を左右に振った。

「やはり、容易に通してはくれなさそうだね。」
「途中、敵の遅滞戦術のせいで第5師団が足を止められましたが、あれが無ければ、カイトロスクへの敵部隊増強を防げた可能性があります。」

第1親衛石甲軍参謀長を務めるウリィンキ・ヴェフル少将が、眉を顰めながら言葉を発する。
短く刈り上げた髪に、長身痩躯で眼鏡といった格好で、外見は厳格な軍人と言った感が強い物の、その軍歴はあまり軍人らしからぬ物であった。
彼は今年で34歳になるが、元は魔道学校軍事訓練部の主任で、任官以来、現場で数年ほど任務に就いた後は学び舎の主として教鞭をふるっていた。
しかし、3年前にルイクスにその能力を認められてからは、彼の指揮する師団の参謀に抜擢され、以降、対連合戦でその能力を遺憾なく発揮して来た。
今年の9月に新編された第1親衛石甲軍司令部の編成においては、ルイクスは真っ先にウリィンキに声をかけたが、彼は二つ返事で軍司令部の参謀を
纏める参謀長の任を引き受けた。
今回の攻勢作戦でも、ウリィンキは当初予定されていた、ヒーレリ領北部戦線の敵軍全部隊に対する攻撃よりも、敵の一部に攻撃を集中して粉砕し、
その後、機動軍をもってして敵主翼の後方に回り込むと言った大胆な案をぶち上げていた。
この考えはルイクスが考えていた物とほぼ同じであり、2人はしきりに、北部戦線の全面攻撃を唱える本国司令部を理詰めで納得させた。
一点集中攻撃を行った結果は、敵守備軍の一部包囲と、残存部隊の潰走という点で見ても明らかに有効という事が証明されている。
その後、石甲部隊は後方を第76軍と第29石甲軍の一部に任せながら遮二無二前進を続けたが、作戦の第2段階であるカイトロスク街道の早期寸断は
失敗に終わってしまった。
本来なら、カイトロスク街道の寸断は11月30日までになし得ていた筈であったが、米軍は撤退しながらも、一部の有力な部隊が巧みな遅滞戦術でもって
対抗し、時には前進部隊を手酷く叩き、また、終盤には心理効果を狙った地雷敷設で行き足を大いに鈍らせるなど、敗勢にありながらもシホールアンル軍を
悩ませて来た。
その結果が、カイトロスク街道の制圧の遅延となっていた。

「前進偵察隊の報告の中には、後退中の敵機甲師団がクヴェンキンベヌに向かったと言う情報も入っております。これまでの記録にあるアメリカ軍の輸送量と、
捕虜や潜伏中のスパイから得た情報を推測すると、敵は3個ないし、4個師団相当の戦力をクヴェンキンベヌに配置した物と思われます。」

「その内の1個師団は戦車部隊か……我が軍に比べると寡兵とは言え、厄介な陣容になりますね。」

軍司令部魔道参謀のクローヴァス・エスフォレウヲ大佐が、机の上に置かれている地図を見ながら発言する。

「包囲する事は可能と言えば可能ですが、カイトロスクの直行通路は、南の山岳地帯に挟まれているため、完全な物とはなりません。もし、攻撃をするとなれば、
このクヴェンキンベヌの南にある2つの地点を重点的に攻撃するしかないでしょう。」
「ヴェソとキュンシクか。この辺りは南の山岳地帯程ではないが、丘陵続きの上に森で覆われている部分が殆どだ。」
「丘陵の上に森林地帯という点では、クヴェンキンベヌ周辺は全てがそのような感じです。だた……ヴェソとキュンシクは、今年9月に起きた連合軍のヒーレリ
侵攻の際、アメリカ軍が派手に爆撃を行ったため、森の木々は大半が焼かれています。言うなれば、他の所よりも幾分“やり易くなっている”という事です。」
「なるほど……そういう事か。」
「ですが、攻撃に使う部隊は多く用意する必要があるでしょう。また、それだけではありません。包囲網を維持するためにも、師団は必要になります。」

エスフォレウヲ大佐が戒めるかのように言う。

「何個師団必要になる?」
「……最低でも6個師団は必要でしょう。」
「1個軍が必要になるのか……」

ヴェフル少将がそう呟きつつ、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

「後方警戒に1個軍半……そして、クヴェンキンベヌ包囲に1個軍。攻撃に使えるのは2個軍か……」

ルイクスは、一語一語を噛み締めるかのように言いながら、地図に視線を落とす。
10秒ほど黙った後、彼は顔を上げた。

「想定内の事態だ。ここは作戦前に告げた通り、迂回路を行く事にする。」
「やはり……迂回されるのですな。」
「あそこは、1個師団や2個師団ならまだしも、数個師団単位で攻撃できるような地形では無い。ここで無理に部隊を増やしても無駄だ。」
「では、前進部隊と包囲部隊の選別を行わねばなりませんな。」
「勿論だ。」

ヴェフル少将の言葉に、ルイクスは頷く。

「ただ……包囲部隊には前進部隊が迂回路を通る際にも攻撃を行って貰う。そのためにまず、前進部隊から幾つか、砲兵部隊を引き抜いて支援に当たらせよう。
ワイバーンや飛空艇が使えない中では、砲兵の支援こそが重要になるからな。」


1945年12月3日 午後2時 ヒーレリ領クィネル

「……クヴェンキンベヌの状況はどうなっている?」

アメリカ軍第2軍集団司令官を務める、ドニー・ブローニング大将は、眼前に置かれている地図を見据えながら、報告書を携えて作戦室に入って来た、
司令部参謀長に声をかけた。

「今の所、第115旅団と第101師団は、第37機甲師団の支援のお陰で持ち堪えているようです。それから先ほど、第82師団から、敵の攻勢を
撃退したとの情報が入りました。」

第2軍集団参謀長コンスタンティン・ロコソフスキー中将は、紙面の内容を淡々とした口調で読み上げた。

「なお、115旅団と101師団の戦闘は現在も続いているとの事です。」
「敵の攻撃開始から12時間か。戦闘の様相はどうあれ、後退中の機甲師団を無理やり突っ込んだ甲斐はあったな。」
「戦車部隊があるのと無いのとでは、戦況は大きく変わりますからな。もし、当初の予定通り、第10空挺軍団だけで防備に当たらせていたらどうなっていた事か……」

シホールアンル軍は、2日の午前2時にクヴェンキンベヌに対して攻撃を開始した。
攻撃はシホールアンル軍砲兵部隊による猛砲撃から始まり、守備陣地に付いたクヴェンキンベヌ守備隊は3時間ほど砲撃を受け続けた。
午前5時には石甲部隊を先頭にシホールアンル軍前進部隊が進撃を始めたが、これに対して守備隊は激烈な抵抗を行い、敵前進部隊をこっ酷く叩いた。
特に、第115旅団と第101師団の戦区で行われた戦闘は激烈な物であり、一時は敵前進部隊が第115旅団の防衛線を突破しかける所まで行ったが、クヴェンキンベヌ守備隊は
第37機甲師団を予備の機動打撃部隊として第115旅団に投入し、敵石甲部隊や、石甲化歩兵部隊との間で熾烈な戦闘を展開した。
午前11時には第101師団の戦区も危機的な状況に陥った物の、第37機甲師団は2個ある内の1個戦闘団を応援に寄越し、そこでも敵石甲部隊相手に
獅子奮迅の活躍を見せた。
戦闘は今も続いているが、最新の情報では各戦区とも敵の攻勢が鈍りつつあり、第82師団に至っては敵の攻撃を撃退したとの事だ。
防衛戦はアメリカ側有利のまま進んでいる。あとは、敵が音を上げて攻勢を止めるのを待つだけである。

「クヴェンキンベヌは、しばらくは持ちそうだな。物資は腐るほどある。」
「ですが、現地の部隊は現状から見て、包囲されているのとほぼ同じ状況です。早急に反撃を行ってシホールアンル軍を追い返さなければ、消耗の進んだ守備隊が
敵に突破される事態に陥るかもしれません。」

ロコソフスキーが意見を発しながら、クヴェンキンベヌ南のヴェソと名の付いた地点を指さした。

「特に、第115旅団は戦力が少なく、101師団や82師団のような防御力を有しておりません。無論、兵員の質は勝るとも劣らぬどころか、夜間となれば
ヴァンパイアの性質でもってこの2個師団の戦闘力を上回り、敵に上手く対応する事も出来るでしょう。ですが、それもマンパワーがあってこその話です。」
「参謀長の言う通りです。早急に準備を終えて反撃に移らねば……」

作戦参謀のアレックス・ロー大佐が渋面を浮かべながらそう付け加える。

「君らの言う通りだな。しかし、今はこんな天気だ。もう少し天候が改善すれば……せめて、雪さえ降らなければ、準備もやり易くなるのだがな。」

ブローニングが物憂げな表情で2人に言う。
ヒーレリ領は今も降雪が続いている上に、折からの強風で場所によっては吹雪とも言える状態である。
この状況下でも、アメリカ軍は反撃の態勢を整えつつあるのだが、作業のスピードは速いとはいえない。
それどころか、準備を強行したため、弾薬運搬作業等で事故が発生し、余計に時間が掛かる始末だ。

「ですが、敵を叩き潰すためには致し方ありません。」
「……君の言う通りだな。」

ブローニングは苦笑いを浮かべながら言う。

「司令官、そろそろ時間です。」

唐突に、若い士官がブローニングに声をかけた。
彼はとっさに時計の針に視線を移す。

「おお、もうこんな時間か。反撃部隊の指揮官達は集まっているかね?」

「はい。会議室でお待ちになられています。」
「よろしい。では行くとしようか。」


午後4時25分 クィネル

軍集団司令部内にある会議室は、重苦しい空気に包まれていた。
つい先ほどまで、来る反攻作戦の作戦会議が行われていたが参加者たちは時折声を荒げながら協議を重ねていた。
会議は2時間以上に及んでおり、今しがた、ようやく落ち着きを取り戻した所である。

「……そこまで言われるのならば、私は何も言いません。」

一人の男がそう言うと、椅子に座っている誰もが同じように頷いた。
第2軍集団司令部内にある会議室では、戦略予備軍である第15、第29軍を初めとする指揮官達が集まり、軍集団司令部の立案した反撃作戦の説明を聞いていた。
その際、指揮官達……特に第15軍司令官ヴァルター・モーデル中将と第29軍司令官アンドレイ・ウラソフ中将は猛烈に反対した。
だが、彼らも軍集団司令部の説得に応じる形となった。

「しかし、我々の指揮部隊から砲兵部隊が取り上げられた原因が、今度の反撃作戦で大々的に使う事にあったとは……ロコソフスキー、本当にやれると思うのかね?」

ウラソフ中将は目を細めながらロコソフスキーに問う。

「カイトロスクへの迂回路を進撃している敵主力を手酷く叩くためには、これしかない。まあ、猿真似に過ぎず、思ったよりも効果が上がらない可能性があるのは承知している。」
「むしろ……この作戦では、あんたらの軍は最初の内だけ派手に暴れるのを前提にしているから、効果がどうなのか、敵を壊滅できるか否かを気にせんでいいと思うぞ。」

ウラソフは、視線をロコソフスキーから反対側の席に座る将官に向ける。
その一方で、隣に座るモーデルは目線を動かす事はしなかったが、口元に微笑を浮かべていた。

「最初は、俺もこんな博打が成功するのかと思ったがね。」

アメリカ海兵隊第5遠征軍司令官を務めるホーランド・スミス中将は大きく肩を竦めた後、右隣に座るグレンキア軍第19装甲軍団司令官、エントラウス・キイヴェンス中将を見つめた。

「キイヴェンス将軍のグレンキア軍3個師団が加勢してくれるのなら、この作戦も成功するかもしれんな。」
「はっ。我が軍団は、スミス将軍の指揮下で微力を尽くす所存であります。」

未だに年の若い赤毛の将官は、口調にやや緊張を含ませながらスミスに言った。

グレンキア軍第19装甲軍団は、グレンキア第12軍に所属している。
第19装甲軍団は第12装甲擲弾兵師団、第17装甲擲弾兵師団、第34装甲師団で構成されている。
アメリカ第2軍集団は、派遣軍総司令部を通じて同盟各国軍にこの反撃作戦に参加できる部隊は無いかと問い合わせた所、グレンキア軍から予備として温存していた
第19軍団を応援として寄越すので、米軍の指揮下で使っても良いという回答を得られた。
ロコソフスキーは、第5水陸両用軍団と第19装甲軍団を臨時の機動軍として編成し、これらに敵攻勢発起地点の攻撃を行わせる事を考えていた。
戦略予備軍の総反攻は、この混成機動軍の反撃を成功させるために行われる囮作戦であった。

「敵の主力部隊は、我が第15軍と第29軍が引き付ける。その間……スミス将軍の部隊には派手に暴れ貰って貰いたい。」

モーデルは不敵な笑みを浮かべながらスミスに言う。

「勿論だとも。同盟国の助っ人と俺のマリーンが、シホット共をぶちのめしてやる。」
「最も、我々も派手にやらせてもらうがね。」

ウラソフもまた自信ありげな口調で言った。

「戦略予備軍担当の戦区では、アメリカ軍始まって以来の火力集中が行われるだろう。どれほどの効果が出るかは分からんが、少なくとも、敵は俺達のやり方が
これまでの物とは違うと気付くだろう。」

ブローニングが指揮官達にそう言いながら、ロコソフスキーに顔を向けた。

「この辺りは敵さん次第と言えますな。」

ロコソフスキーは肩をすくめながらブローニングに言う。

「さて、他に何か質問はあるかね?」

彼は会議室の指揮官達を見回しながら尋ねたが、参加者達からは質問は無かった。

「無いのであれば、指揮下の部隊に戻り、準備を進めて貰いたい。作戦開始時刻は……12月6日の夜明けを予定している。諸君、クヴェンキンベヌとクロートンカで
頑張っている友軍を救うためにも、そして、本土侵攻を成功させるためにも、是非頑張って貰いたい。」


12月4日 午6時20分 ヒーレリ領クィネル 

「弾薬の運搬作業については、8割方終わっております。それから、各軍の砲兵部隊も大半が配置についております。」
「カイトロスク迂回路を行く敵部隊に関しては、ミスリアル軍より3個師団を抽出して貰い、現在、先遣部隊がカイトロスク南方28キロ地点に到達、後続部隊を待っております。」

ロコソフスキーとロー大佐が机に広げられた地図を指さしながら、ブローニングに説明を行う。

「本当は第7軍から部隊を抽出したかったが、余裕が無かったからな。」
「この際、致し方ありません。情報によりますと、抽出した部隊はミスリアル第1軍所属の第2機械化軍団のようです。」
「第2機械化軍団か……かの軍団は、ヒーレリ侵攻戦で戦線突破に奮闘してくれた部隊だったな。今回も、この軍団の頑張りに期待したい所だ。」
「ただ、敵は完全編成の石甲軍ですから、どこまで時間を稼げるかわかりませんな。」

ロコソフスキーが渋面を浮かべながら答えた時、作戦室のドアが開かれた。

「司令官!」

通信参謀が一言発しながら作戦室に入って来た。

「どうした通信参謀。」
「ハッ……クロートンカの部隊が……」
「まさか。」

ロー大佐が顔を青くしながら言う。

「……先ほど、敵に降伏いたしました。」
「第78軍団が……そうか。」

ブローニングは通信参謀にそう返した後、天井を仰ぎ見た。

「……閣下……」

ロコソフスキーは、ブローニングが何かを抑えているかのように感じたが、ブローニングは顔を下げ、深いため息を吐いた。

「……ヘイリップスはこの不利な状況の中、良くやってくれた。第78軍団の犠牲を無駄にしないためにも、この作戦……必ず成功させようじゃないか。」

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