自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

353 第264話 雪中の危機

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第264話 雪中の危機

1485年(1945年)12月5日 午前3時 ヒーレリ領クヴェンキンベヌ

長い軍務の合間に取れた束の間の休息は、唐突に響き渡る大音響とともに吹き飛ばされた。

「!?」

30分前に小隊長との打ち合わせを終え、配置先の塹壕内で毛布に包まって寝ていたアールス・ヴィンセンク曹長は、
突然、爆発音が響いた瞬間に自然と跳ね起きた。

「来たぞー!敵の砲撃だー!!」

誰かが声高に叫び、塹壕やタコツボの外に出ていた兵士達が憑かれたかのような素早い動きで、物陰や手近にあるタコツボに身を隠す。
耳障りな甲高い飛翔音が響いた後、幾つもの爆裂音が響き渡る。
その中には、何かが砕け散り、数秒後に音と共に地面が微かに揺れ動く。

(畜生!どこかの馬鹿が焚火でもやっていたのか!?)

アールスは心中でそう思った。
クヴェンキンベヌでの戦いが始まって以来、アールスの所属する第115空挺旅団はシホールアンル軍の攻撃を何とか凌いできた。
自信満々で挑んだ攻撃が頓挫した事で弱腰になったシホールアンル軍は、第115旅団を含むクヴェンキンベヌ守備隊に対して、断続的に砲撃を
浴びせる事で戦力の弱体化を狙っていた。
特に夜間に行われる砲撃は、夜の生活にも慣れたレスタン人と言えども応える物があった。
シホールアンル軍はこちらの神経をすり減らすかのように、闇雲に砲撃を加えるだけの大雑把な砲撃をするばかりだが、時にはこちらの陣地から
発せられる焚火を目標にして、極めて正確な砲撃を加える事もあった。
昨日の未明には、第3大隊のある小隊が、寒さをしのぐために僅かばかりの時間だけでもと、焚火を起こした30秒後に砲撃を受け、戦死者5名、負傷者12名を
出して小隊がほぼ全滅という惨事が起きた。
これ以降、夜間の焚火は禁止という命令が発せられている。
だが、アールス達の陣地に降り注ぐ砲撃は、適当撃ちにしては嫌に正確であったため、彼は誰かが命令を無視して焚火を起こしたのかと思った。

砲弾の弾着は、最初の着弾から大して間を置く事もなく、後方へとずれ始めていた。

砲撃は30分程で終了し、辺りは再び、雪混じりの夜風の吹く暗い森という、いつもながらの殺風景な物になっていた。
いや、殺風景な光景はいつも以上とも言えた。

「あーあ、気に入っていた木が見事に折れてるぜ……」

自分のタコツボから出て来たアールスは、後方20メートルの所に立っていた、高さ15メートル程の木が折れている事にやや悲しみを感じた。

「……お前たち大丈夫か!?」

アールスは周囲を見回しながら、一言叫ぶ。
程無くして、分隊員から返事の声が上がった。

「…よし、俺も含めて“9人”全員揃っているな。」

アールスはそう呟いた後、途端に元々居た残り3人の事を思い出す……
(くっ……)
彼は余分な感傷は要らぬとばかりに、頭を軽く左右に振る。

「全員、その場に待機しろ!間を開けたらまた撃って来るかもしれん!」

彼は全員に聞こえるように大声で指示を飛ばした後、そそくさとタコツボに隠れた。


3時間後……まだ空が明るくならない内に、それらは音を立ててやって来た。

「あの畜生共……どこまで俺の睡眠時間を削れば気が済むんだ!」

アールスは憎々し気に呻きながら、持っていたガーランドライフルに弾丸を込めた。

視線を前方に移す。

「……キリラルブスが16台に、兵員輸送型が12台か。そしてその後ろに倍以上は控えているな。」

舌打ちしながら銃を構えた。
距離はざっと600メートルほどだ。
今、目の前に迫りつつある敵前進部隊は、先ほどまで旅団の砲兵部隊によって散々阻止砲撃を浴びせられていた。
敵部隊の後方で煙を上げて擱座したり、弾痕の側で転倒しているキリラルブスはその名残である。
旅団の砲兵隊はギリギリまで砲撃支援を続けるようであり、今もまた、多数の飛翔音と共に敵部隊の周囲に砲弾が落下する。
爆炎と共に真黒な土が吹き上げられる。
1台のキリラルブスが至近弾を浴び、危うく転倒しそうになるが、幸いにも持ち直して進撃を続ける。

「チッ、引っ繰り返ればいいのに。」

アールスは忌々しげに呟いた。

「バズーカ班!準備は出来ているか!?」

彼はタコツボの外に向かってそう叫ぶ。

「準備OK!命令があり次第、アツイ奴をぶち込んでやりますよ!」

バズーカを持っている部下が威勢よく答えて来る。
それを聞いたアールスはニヤリと笑いながら、再び前に視線を向ける。
ヴァンパイア特有の暗視能力のお陰で、雪の降る真っ暗闇でも敵の姿をはっきり見る事が出来る。

「来るなら来い。今度も手酷く叩いて追い返してやる。」

視線の先に居る敵前進部隊は、旅団砲兵の阻止砲撃を何ら恐れる事無く進軍を続けていく。
唐突に、1両の輸送型キリラルブスの真後ろに砲弾が着弾する。

その瞬間、輸送型キリラルブスは後部から持ち上げられ、そのままくるりと1回転してしまった。
背面の兵員室は勢いよく地面に叩き付けられ、大きく凹んでいた。
別のキリラルブスは、阻止砲撃の至近弾で後ろの脚部を吹き飛ばされ、力尽きたかのように擱座する。
数分ほどで、敵前進部隊の先頭は守備陣地から200メートルの所に達していた。
16台から15台に減った敵キリラルブスは、出現時と変わらぬ速度で前進を続けている。

「まだ撃つなよ……」

アールスは、小声で射撃命令を待つ部下達に言う。
当然、彼の声は聞こえていないが、彼の耳には、部下達が了解と返事したように思えた。
身に包んだ防寒着のせいか、はたまた、夜の戦いに慣れたヴァンパイア族の習性のせいか。
彼は近い内に始まる戦いを前にして、体の血が熱くなっているように感じた。
程無くして、キリラルブスが陣地まで100メートルの位置に接近した。

「撃ち方始め!」

アールスが大音声で命じるや、銃を構えていた部下達が一斉に引き金を引き、バズーカを構えていた兵はロケット弾を発射する。
2台のキリラルブスにロケット弾が命中し、爆炎が上がった。
前の右脚部に被弾したキリラルブスは関節部に損傷が及んだのか、前のめりになってそのまま停止した。
また、砲塔正面に被弾したキリラルブスは急に動きを停止した。

「早速1台は擱座させたか。さて、もう1台は……」

アールスが期待するような口ぶりで言うが、砲塔正面にロケット弾を受けたキリラルブスは、煙が晴れるや、すぐに動き始めた。

「駄目か……」

アールスは眉間にしわを寄せながら呟く。
前進していたキリラルブスが一斉に停止し、お返しとばかりに備砲を撃ち放つ。
砲弾が陣地の全面に相次いで着弾し、爆発と共に大量の土砂と雪が吹き上げられる。

砲弾の一部は陣地の付近に着弾し、アールス達は塹壕やタコツボの中で身を竦めて、爆風や破片の直撃を避けた。
キリラルブスの集団はすぐに動きを再開し、陣地に迫って来た。

「バズーカ班!装填はまだか!?早くしろ!!」
「今撃ちます!」

彼の怒声に誰かが答えた直後、再びバズーカ砲がロケット弾を弾き出す。
1発は目標から逸れてしまったが、もう1発がキリラルブスの後を付いて来た、兵員輸送型キリラルブスの右横腹に命中した。
装甲が薄い輸送型キリラルブスはこの被弾で行動不能となり、黒煙を吹きながらその場に停止した。
敵を迎撃している部隊はアールス分隊の他にもおり、敵前進部隊はバズーカの反撃によって次々と損害を出している。
今分かるだけでも、3台のキリラルブスと、輸送型2台が被弾し、擱座していた。
だが、敵部隊の大半は健在であり、防御陣地まであと50メートルにまで迫っていた。

「敵がさっぱり減らんぞ!あと、戦車部隊の連中はどうしたんだ?そろそろ救援に駆け付けてもいい筈だぞ!」

アールスは、一向に現れない救援の戦車部隊に苛立ちを募らせていた。
いくら夜の戦いに慣れ、時には超人的な力を発するヴァンパイアとはいえ、銃砲弾を受ければ必ず死ぬ。
普通よりも少しばかり強い歩兵部隊が敵装甲部隊にまともにぶつかっても勝敗は見えている。
そこに機甲部隊の増援が必要となる。前の敵の攻撃は、第37機甲師団から派遣された戦車部隊が支援してくれたお陰で粉砕することが出来た。
アールスは、今回もそれを期待していた。

「分隊長!後方より増援がやって来ました!第37機甲師団は今回も約束を守ってくれましたよ!」

唐突に、後ろから部下の叫び声が響いて来た。
それと同時に、後ろから迫るエンジン音も耳に飛び込んで来た。

「ようし!いつも通り、騎兵隊のお出ましとなったか。戦闘はこうでなくちゃいかん。」

アールスはようやく、敵とまともに戦えると心中で確信した。
後方から現れたM4戦車は、彼の言葉に応えるかのように主砲を放った。

「……ファック!こっちの砲弾が弾かれたぞ!」

第37機甲師団R戦闘団に所属する第94戦車大隊は、第115旅団司令部からの要請を受けた師団司令部より支援命令を受け取り、
第115旅団の陣地に殺到しつつある敵石甲部隊を迎え撃った。
第94戦車大隊第1中隊を率いるロン・ランシング大尉は、最初の1発を放ち、見事に敵キリラルブスに命中させた。
だが、砲弾はキリラルブスの正面に命中するや、火花を散らして弾かれてしまった。

「ありゃ例の装甲強化型キリラルブスだ!距離300でイージーエイトの主砲が効かんとは!」

ランシング大尉は悔しさのあまり表情が険しくなった。
彼の乗るM4戦車は、M4E8と呼ばれるシャーマンシリーズの集大成ともいえる物であり、主武装たる備砲52口径72.2ミリ砲を
搭載した強力な戦車である。
砲身長の伸びた備砲は、初期型シャーマンよりも明らかに貫通力が上であるのだが、敵新型キリラルブスの装甲は、決して侮れない筈の
高初速弾を弾き飛ばしてしまったのだ。

「大隊長より各中隊へ、正面の敵石甲部隊は第1中隊が引き付けろ。第2、第3中隊は敵の左右に回り込め!」
「こちら第1中隊、了解!」

ランシング大尉は大隊長にそう答えてから、指揮下の各小隊に命令を伝えた。

「こちら中隊長。これより、第1中隊は敵石甲部隊に最接近する。全車、俺に続け!操縦手、前進しろ!シホット共の誇るゴーレムに
至近距離から弾を突っ込むぞ!」
「了解です!」

命令を聞いた操縦手が戦車を前進させる。
30トンの車体が土と雪を噴き上げながら、半ば吹雪いている夜闇に向けて突っ込んでいく。
第1中隊9台の戦車(通常は16台である)は、高らかにエンジン音を上げながら走行し、やがては陣地の手前に躍り出た。
それに対して、キリラルブスも待ってましたとばかりに砲を撃ち放って来る。
第1小隊に属する2号車が車体に被弾する。
直後、爆炎が吹き上がり、2号車は猛烈な黒煙と火災を生じながら停止した。

シャーマン戦車も停止し、応戦する。
70メートルという至近距離から放たれた砲弾は、今度ばかりは新型キリラルブスの正面をぶち抜いた。
その瞬間、キリラルブスの石の体が吹き飛び、ど派手に爆炎を噴き上げた。
別のキリラルブスは側面に砲撃を食らい、体の後ろ半分が爆発によって吹き飛んだ。
第1中隊のシャーマン戦車も、1両が右の履帯部分に被弾し、行動不能となるが、戦闘自体はまだ可能であり、砲塔を回してキリラルブス1台に
砲撃を浴びせ、これを撃破した。
第1中隊は24台のキリラルブスを相手にしており、交戦開始から5分ほどで、第1中隊は4台に減っていたが、その間、側面に回り込んだ
第2中隊(11台)第3中隊(8台)が攻撃を開始し、シホールアンル軍前進部隊の足を完全に止めた。
しかし、時間が経つにつれて、戦線に現れるキリラルブスの数は増大し、最終的に第94戦車大隊は戦力を半減し、後退してしまった。

戦闘開始から40分後の午前7時15分には、敵前進部隊は第115旅団第756連隊の守備陣地に取り付き、激しい戦闘を繰り広げていた。
アールス達は、10分前に第1防衛線を放棄し、第2防衛線に後退後、敵の石甲化歩兵部隊相手に60メートル隔てた距離で撃ち合っていた。
分隊支援の30口径機銃が、木陰や遺棄された車両等を隠れ蓑にして前進を続けるシホールアンル兵目がけて火を噴く。
敵は機銃の掃射を受けて身動きが取れなくなったが、それでも、銃口だけを向けて盛んに光弾を撃ち放って来る。
アールスは、小さい木陰の裏に縮こまったシホールアンル兵に持っていたM1ライフルを撃ちまくる。
8発目でクリップが排出され、アールスは装填のために頭を下げた直後、敵弾が頭のすぐ上を飛び去っていくのを見て、彼は体を竦めた。

「クソ!頭を下げてなかったら死んでたな!」

アールスは腹立ち紛れに言いながら、新たなクリップを取り出してライフルに装填した。

「手榴弾!」

誰かがそう叫んだ直後、後ろから手榴弾が投げ込まれる。
敵の方に投擲された手榴弾が、切断された木の前で炸裂した。

「もっと遠くに投げんと敵を傷付けられんぞ。」

惜しくも有効打とならなかった投擲に、アールスは指導するような口ぶりで呟く。
その時、別の兵が投げた手榴弾が、上手い具合に敵兵が隠れている木陰の後ろに放り込まれ、直後に炸裂した。

手榴弾の炸裂によって、夥しい破片と爆風がシホールアンル兵に襲い掛かり、血煙を吹きながら前のめりに倒れ込んだ。

「ようし!いい投擲だ!」

彼は有効打を与えた部下に賞賛の声を漏らしながら、ガーランドライフルを更に打ち込む。
そこに、6名ほどのシホールアンル兵が新たにやって来た。
アールスはその集団に狙いをつけ、クリップに残っていた弾を全て撃ち放った。
5発ほど撃ったところで独特の音と共にクリップが排出される。その間、彼の射撃はシホールアンル兵1人を撃ち倒していた。
新しいクリップを取り出し、再度装填を終えて銃口を向けようとした時、いきなり激しい銃撃音と共に夥しい数の光弾がタコツボの真上を
飛び去るか、周囲に着弾して細かな土や雪を盛んに噴き上げた。

「おわっ!?くそ、機関銃を持ち込んで来たか!」

アールスはヘルメットを抑えながら叫んだ。
新たに現れたシホールアンル兵は、対空魔道銃を軽量化した軽機関銃タイプの魔道銃を持ち込み、アールス達目がけて乱射していた。
これに対して、分隊の30口径機銃も敵の射手を討ち取るべく、応戦するが、敵の機銃班は素早く物陰に移動し、木と木の細い隙間から銃口を出して射撃を再開した。
業を煮やしたある兵が手榴弾を投げ込もうと、右腕を出したが、その瞬間、光弾に腕を撃ち抜かれてしまった。

「くそ、やられた!!」

兵は銃弾を受け、真っ赤な血を吹き出した右腕を引っ込ませながら、ピンを抜いたままタコツボ内に転がり落ちた手榴弾を、左手で掬い取り、そのまま敵目がけて投げ込んだ。
だが、ろくに力も入れずに投げた手榴弾は、敵から30メートル手前に落下して、空しく炸裂しただけであった。

「あの厄介な魔道銃を潰さんと、キリラルブスがやって来る。そうなれば、敵の歩兵に雪崩れ込まれるな……」

アールスは、何か策は無いかと必死に考える。

「今の内に……今の内に連中を潰さねえと……お、そう言えば。」

彼は何かを思い出し、腰や足のポケットをまさぐった。

「……あったぞ。」

アールスはポケットから赤い発煙弾を取り出した。

「……おい!誰か聞こえるか!!」

彼はあらん限りの声で叫んだ。

「はい!聞こえますぜ!」
「バズーカはあるか!?」
「あります!弾も装填済みですが、あの糞共が魔道銃を撃ちまくっているせいで、まともに顔を上げられません!」
「そうか、ちょっと待ってろ!」

アールスは発煙弾のピンを引き抜き、それを思い切り、敵目がけて投げ込んだ。
発煙弾はちょうどいい具合に、敵の陣取る物陰から10メートルほど手前まで届いた。
シホールアンル兵は手榴弾かと思い、すかさず顔を隠す。
その時、発煙弾から赤い煙が吹き出し、たちまち赤い煙幕に覆われた。

「今だ!手榴弾を投げられる奴は今すぐ投げ込め!バズーカ班!敵が居ると思しき場所に熱い奴を突っ込んでやれ!」

アールスの号令が下った直後、バズーカを担いだ兵が待ってましたとばかりに起き上がり、ロケット弾を発射した。
その直後、煙幕の向こうから銃撃が再開され、再び夥しい量の光弾が吐き出されるが、先ほどと違って精度は余り無い。
敵が銃撃を再開した瞬間、ロケット弾が煙幕の向こう側で炸裂した。
程良い場所で炸裂したのか、爆発の直後、敵兵の何人かが悲鳴を上げるのが聞こえた。
更に別の兵も、手榴弾を惜しげもなく投げ込み、シホールアンル兵に追い打ちをかけた。

「今だ!突っ込むぞ!動ける奴は俺に付いてこい!!」

アールスは魔道銃の射撃が止んだ事を好機と捉え、一気に敵を押し返すべく、反撃に打って出た。
タコツボから飛び出したアールスは、全速力で戦場を駆け抜けた。

煙幕に突っ込んだ後、2秒ほどで煙から飛び出した。
そこには血まみれになって倒れている7名の敵兵と、新たに増援としてやって来た18名の敵兵が居た。
この時、アールスと敵兵たちとの距離は、僅か10メートル程である。
彼らは皆、驚きの表情でアールスを見つめていた。

「アメリカ兵だ!!」

1人のシホールアンル兵が叫ぶや、一斉に銃を構えようとしたが、アールスは彼らに向けて、素早くピンを抜いた手榴弾を投げ込んだ。

「うわ!爆弾だ!!」

敵兵が叫び声を上げながら、投げ込まれた手榴弾を回避すべく、パッと散らばり始めたが、地面に伏せたアールスは敵兵を次々と狙い撃ちにした。
3名の敵兵が銃弾を受けて倒れ込む。
手榴弾が炸裂し、4名の敵兵が爆風と破片を受けて吹き飛ばされた。
アールスが8発の弾を発射し終えると同時に、分隊の部下達も煙幕を突っ切って来た。
兵士の1人は、トミーガンを乱射しながらシホールアンル兵に体当たりした。

「小癪なアメリカ人め!体の上に乗る」

その兵士は、罵声をあげかけたシホールアンル兵の顔をトミーガンの連射で吹き飛ばした。
別の兵が仲間を殺した米兵に仕返しをすべく、魔道銃を構えたが、横合いから銃弾を受けて昏倒した。
部下達の正確な射撃は次々とシホールアンル兵を撃ち倒していく。
アールス達を先ほどまで悩ませていた軽魔道銃が、突撃して来た彼らを殲滅すべく、銃口を向け直そうとしたが、接近した部下が魔道銃を背後から
射手に銃弾を浴びせて射殺する。
戦闘はアールス達が優位に進めていたが、それも長くは続かなかった。

「おいおい、こりゃえらい事になったぞ!」

アールスは、応戦する敵兵の背後から迫りつつある、多数の敵歩兵と、支援用のキリラルブスを見て愕然となった。

「くそ!敵の数が思ったよりも多い!後退だ!!」

彼は声を荒げながら、付いて来た部下達に向けて叫ぶ。
いつの間にか、彼は周囲に居る味方が増えている事に気付く。ざっと見ても20名以上はいるだろうか。
(やたらに味方が居るようだが、他の分隊も俺達の後を付いて来たのか?)
アールスはそう思いつつも、しきりに後退を叫び続けた。
周囲の部下達は、迫りくる敵に対応しきれないと感じたのか、木陰や物陰から離れて、来た道を全速力で戻り始めた。

「おい!撃つのは後でしろ!さっさとケツをまくるぞ!」
「分隊長も一緒に行きましょう!」
「いや、俺はまだ行かん。お前以外にもまだ頑張っている奴が居るからな。」
「し、しかし。」
「ごちゃごちゃ抜かさんでいいから、さっさと行け!後でまた会おう!」

アールスはそう言いながら、尻込みする部下を強引に後退させた。
彼の分隊員は全員が無事に後退していった。
彼らに習うかのように、後続して来た別の味方も後方に逃げ始めた。

「よし、周りの味方も少ないな……俺もここからオサラバするか。」

アールスは部下達の後を追おうと、敵陣に背中を向けた。

唐突に、背中を殴られたかのような衝撃を感じ、その場に転倒してしまい、地表の雪に顔を押し付けてしまった。

「おっ……と、くそ。何でこんな時にドジを……」

アールスは立ち上がろうと、両腕に力を入れた。
だが、力が入らない。

「あれ?なんで力が……畜生!」

彼はもう一度、両腕に力を入れて立ち上がろうとしたが、やはり力が入らなかった。

「うぐ……俺って、こんなにひ弱だったか?それに……俺ってこんなに寒がりだったのか?」

アールスは、いつの間にか体が震えている事に気が付く。
そして、耳から聞こえて来る物音が嫌に小さく、遠くから聞こえるような感じになっている事に対しても、まるで他人事のように感じられた。

「はは、なんで物音がこんなに小さく聞こえるんだぁ……おかしいねぇ……」
「……ル…!………ス……………アー……!」

ふと、聞き覚えのある声が耳に入って来た。
それと同時に、彼は誰かに、仰向けに転がされた。

「アールス!アールスしっかりして!!」
「テレス……なんだそのツラは。何泣きそうな」
「いいから黙って!あんたは手を、あんたは足を持って!逃げるよ!!」

テレスは、誰かに両手と両足を持たせると、そのままアールスを運ばせる。
テレスがトミーガンを乱射しながら掩護し、彼女目がけて多数の光弾が注がれたのを見たが、そこで一瞬、彼の意識が飛んだ。
その次に目を開けた時には、アールスはタンカに乗せられ、ジープのボンネット乗せられようとしていた。

「お願いです軍医殿。あたしの同僚を……いや、恋人を救ってください……お願いです、私の順番は一番遅くてもいいから、彼を先に」
「テレス!何も言うんじゃない!君だって腹を撃たれているんだ。安静にしないと死ぬぞ!」
「お願いです……お願いです!」
「わかった!分かったから……おい、意識が混濁している。ジープはまだ来ないのか!?」
「今呼んでます!少し待って下さい!!」

彼の耳に飛び込んで来る会話を聞く限り、テレスも負傷したようだ。

「クソ……なんで……なんでお前まで。というか、俺は撃たれたのか……ぐふっ」

「曹長!喋らんで下さい!無駄に体力を消耗すると死にますぜ!」
「おい、1、2、3で乗せるぞ……1、2、3!」

唐突に、軽い浮遊感が伝わったかと思うと、ドスンという音と共に背中に衝撃た伝わる。
ほぼ同時に、体に激痛が走った。

「ぐ……は……」
「すいません曹長。野戦病院まではすぐそこです。あと少しだけ我慢して下さい。ちょっと、モルヒネを1本くれ。」

赤十字マークが描かれているヘルメットを被った、赤目の衛生兵がアールスの腕にモルヒネを投与した。

「フェリーネ!ちょっと退いてくれ。野戦病院までかっ飛ばして来る。」
「了解!気を付けて!」

運転手がエンジンを軽くフカした後、ジープを発進させようとする。

「すまん、俺も乗せて行ってくれ!」
「……早く乗れ!」

別の誰かが同乗を求めて来ると、運転手が手荒い口調で許可した。
その兵士が助手席に飛び乗ると、ジープは野戦病院に向けて発進した。

「おい聞いたか?」
「聞いたって、何の話をだ?」
「第726連隊の戦線が敵に突破されたらしい。それも、1時間前にな……」

同日 12月5日 午後3時 第5艦隊旗艦 戦艦ミズーリ

第5艦隊司令長官フランク・フレッチャー大将は、艦橋の右舷側通路上で、仏頂面を浮かべたまま報告を聞いていた。

「……以上です。」

第5艦隊参謀長アーチスト・デイビス少将は、能面のような表情で報告を終えたが、その口調はやや震えていた。

「……クヴェンキンベヌ戦線の一部が敵に抜かれてしまった……か。作戦区域を担当する第2軍集団司令部からは何と言ってきている?」
「は。現在、第115旅団の一部が包囲されるも、現有戦力でもって敵の侵攻に対応中なり、と、申しておりますが……」
「ふむ。第2軍集団は明日頃に総反攻を計画していると聞いている。反攻開始までは、クヴェンキンベヌの守備隊は持つと思うかね?」
「情報によりますと、敵の突破を許した戦線は、クヴェンキンベヌ戦線の南西部、ヴェソと呼ばれる地区のようです。そこには、陸軍の精鋭である
第115空挺旅団が守備に就いていましたが、敵はここを突破したようです。このヴェソが抜かれた場合、敵はカイトロスクへ続く街道に雪崩れ込む
ことが出来、あと10キロ進むと、カイトロスク街道への出入り口を抑えられるとの事です。現在は、クヴェンキンベヌ守備隊が総力を挙げて防戦中
との事ですが……敵は全方位に渡って攻勢を強めているため、あと10キロを死守できるかどうかは定かではありません。」
「我々としては、是が非でもクヴェンキンベヌ守備隊には頑張って貰いたい所だが……せめて、航空支援が使えれば、現在の窮状も打破できるはずだが。」
「現在進行中のシホールアンル本土侵攻作戦が頓挫すれば、計画は大きく狂う事になり兼ねませんな。」

デイビス少将は、脳裏にワシントンで開かれた会議の内容を思い出しながら、フレッチャーに言う。

「計画か……思えば、これほど壮大な作戦計画は聞いた事も無かった物だが。それはともかく、クヴェンキンベヌ守備隊と第2軍集団には、この窮状をなんとか
引っ繰り返して欲しい所だ。」
「我々の方は、天候不順のせいで予定が遅れたのを除けば、既に準備は整いつつあります。最後の洋上補給も滞りなく行われておりますし。」

デイビスの言葉を聞きながら、フレッチャーはミズーリの右舷側800メートルを行く艦船に目を向けた。

現在、第5艦隊は洋上補給を行っている最中であり、今もミズーリの目の前では、ギアリング級駆逐艦1隻が給油艦から燃料補給を受けている所だ。

「第58任務部隊所属の各任務群は、警戒任務に充てられた任務群を除く各隊が補給を行っています。既に、TG58.2は全艦が補給を終え、警戒役のTG58.4と
任務を交代している最中です。」

「軍港から出て来た敵機動部隊は、今どうしているかね?」
「潜水艦部隊からの報告によりますと、敵機動部隊はレビリンイクル諸島から北東250マイルの海域を未だに遊弋しているとの事です。」
「……私は敵が一か八かの賭けで、洋上補給中の我が艦隊に決戦を挑んで来るかと考えていたが……やはり杞憂であったか。」
「補給を行っている海域は、レビリンイクル諸島沖から700マイルも離れている上に、TG58.3とTG58.4を警戒任務に充てています。以前の連中ならば、
一計を案じる事もあったでしょうが、今や、彼らには予備戦力は無きに等しく、基地航空隊の援護が必然となった彼らでは、基地航空隊の航続距離圏外であるこの
海域に出撃する事は非常に危険な物となります。損害をなるべく抑えたい彼らとしては、なんとしてでも自分の庭で勝負を決めようと考えている事でしょう。」
「堅実な判断だが、戦力の少ない状況で確実に戦果を挙げる為には、過度に出過ぎないのも手、という訳か。敵将もなかなか手堅い判断をするじゃないか。」
「となると、今回もまた……ある程度の被害は出そうですな。」
「不謹慎な発言かもしれんが、例え正規空母を5、6隻沈められても、敵主力を全滅させれば充分割に合う。いや、そうしなければならんのだろう。これは、
以前にも言った事だがね。」

フレッチャーはそう言ってから、深いため息を吐く。

「我々としても辛い戦になりそうですな。」
「仕方あるまいよ、参謀長。それが戦争という物だからね。」

フレッチャーは言葉を吐きながら、ミズーリと共に航行する多数の艨艟に視線を送る。

ミズーリの右舷側300メートルには、僚艦ウィスコンシンが並んでいる。
元は日本海軍の金剛級高速戦艦に対抗する事を目的として建造される予定だったアイオワ級戦艦の姉妹艦だが、転移後の設計変更によって強化型高速戦艦から
本格的な戦艦として、ミズーリを含むアイオワシスターズは生まれ変わった。
その強固な装甲は敵弾によく耐え、異色ながらも、新式の17インチ砲は敵戦艦撃破にその威力を十二分に発揮して来た。
だが、もしかしたら……

(今度の海戦で、アイオワ級もまた、1隻か2隻が水面の底に導かれる事になるかもしれない。だが、それはある意味、必然と言っても過言ではないだろう。
問題は、その犠牲に見合う分の成果を残せるか否か……だ。成果を挙げる事が出来なければ、大機動部隊が無傷で帰って来ても意味は無い。俺は、果たして……)

フレッチャーは心中で呟きながら、自らの肩にのしかかる重責をひしひしと感じていた。

「……参謀長。やはり、祈るしかあるまいな。」

「長官……」
「敵は確かに備えている。だが、それはこちらも同じだ。見てみろ……新鋭空母のリプライザルに、上空を飛ぶベアキャット。」

フレッチャーは、ミズーリの上空を爆音を上げながら飛ぶ去っていくF8Fベアキャットの編隊を指さした。

「それに、空母の艦内にはこれまた新鋭のAD-1スカイレイダーが出撃の時を待っている。俺達も、自慢の新鋭艦と新鋭機を取り揃えて、あの雪辱を晴らしに
行くのだ。ここは、これらの新兵器と、将兵達の腕を信じよう。」
「……そうですな。」

デイビス少将は深く頷いた。

「明後日から忙しくなる。恐らく、これが最後の海戦となるだろう。海のプロフェッシナル同士の最後の戦いだ。」

フレッチャーは吹っ切れたような口調で参謀長に言いつつ、視線を遠くに向けた。

「ここは、互いに悔いを残す事が無いよう、全力でぶつかりあって行こうじゃないか。」

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