自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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外伝『新事業と新商品』

「まいどあり~」

商品を小脇に抱えて店を出てゆく客の背中に声をかける。
木製のドアが音を立てて閉まると、カウンターに立つ壮年の男は客がいなくなった店内をぐるりと見回した。彼の名はボズ・ムーズレイ、およそ一年前にシホールアンル帝国の支配から解放された南大陸の小国レンク公国、その西海岸の港湾都市エンデルドで革製品を扱う店を経営している。
この街は南北大陸を結ぶ海上交易の中継拠点として発展してきたという歴史を持ち、大規模な港を持つことで知られていた。それ故シホールアンル帝国の南大陸侵攻の際には真っ先に狙われ、占領後はシホールアンル帝国海軍の重要拠点とされた過去がある。しかし南大陸が解放された今では街はかつての海上交易の要衝としての姿を取り戻しつつあった。
かつてはシホールアンル帝国海軍の竜母や戦艦が錨を下ろしていた港に様々な船舶が入港し、貨物を下ろしたり乗組員を上陸させたりしている。その人種も国籍も様々だ。南大陸諸国の人々もいれば、アメリカ人の船乗りもいる。だがなんといっても多いのはアメリカ海軍の軍艦とその乗組員だった。
大規模な損害を受けて後方に下げられた軍艦が修理を終えて戦線に復帰するとき、必ず立ち寄るのがこのエンデルドだった。もともと港湾都市として発達したこの街は船乗り相手のサービスに事欠かず、これを知ったアメリカ海軍側がレンク公国にここを戦線後方の休養拠点として活用したい旨を申し入れたところ、国土復興のための資金源を求めていた公国側がこれを快諾、さらにこれを聞きつけた陸軍がこの事に便乗したことによって、エンデルドは海上交易の中継地のみならず、アメリカ陸海軍軍人の息抜きの場所としても名を知られることになったのである。 

 そんな港町の一角に彼の店はあった。店の正面には『ムーズレイ商店』と書かれた大きな看板が掲げられ、その下には『皮鎧、革帽子、その他皮革製品取り揃えております』と書かれている。だが、現在の彼の店が主に扱っているのはそういったものではなく、もっと違うものであった。

かつては店内の目立つところに並んでいた戦闘用の革鎧や革の胴衣、あるいは飛竜の騎手が身につける飛行服や帽子といったものは今では片隅へと追いやられ、代わってそこにはこの店の新たな目玉商品が飾られている。
様々なサイズとデザインの革製フライトジャケット、薄物をまとった女性や戦う軍用機を背中に描いたものもあれば、アメリカ兵からはブラッドチットと呼ばれる革製の身分証明証(星条旗と共にこの世界の文字で自分がアメリカ合衆国の軍人であること、シホールアンル、マオンド両国に虐げられている人々のために戦っていること、そして自分自身の身柄を保護して欲しいということが書かれている)を背中一面に貼り付けたものもある。その側には鮮やかな色のマフラーや暖かそうなボア付きの革手袋。どれもこの店の新たな得意客相手の商品だ。

そしてカウンターの後ろには様々な記章が壁にピン止めされていた。そのどれもが正規のものとは違う色やデザインのものばかり。全てこの店とひと続きになっている工房で製作されているものである。中には完全にオリジナルデザインのものもあった。そのそばには現地語と英語で書かれた数枚の手描きの張り紙がある。

 "持ち込みデザインのジャケットおよび記章も制作いたします"
 "お客様が持ち込まれたジャケットへのペイントも承ります"
 "大口注文大歓迎!" 

 以前と眺めがすっかり変わってしまった店内を見回すボズに、店の奥から声がかかる。奥の工房で職人たちを監督している弟のウォルツが呼んでいるのだ。その声に一声応えると、彼はカウンターの奥の出入口を抜けて多くの職人が作業を行っている工房へと足を踏み入れた。

広い工房の片側では何人ものお針子たちが刺繍をしていた。皆貴族や大商人に雇われて彼らの礼服やその妻のドレスを縫っていた女達である。そんな彼女たちが手作業で作っているのは現地生産の部隊章だった。
本来、制服などに付ける部隊章や階級章、従軍章といった記章は軍から支給されるものであるが、戦地では個人、もしくは部隊単位で『非公式の』部隊章などを制作することは珍しくなかった。もちろんそういったことをするには兵士個人、もしくはその部隊に経済的な余裕があり、なおかつそういった需要に応えられる人間たちがいることが条件なのだが、ことアメリカ軍、そしてこのエンデルドに関する限り、その二つの条件は十分満たされていたと言っていいだろう。その結果、彼女たちの手によって作られた現地生産の記章は次々と売れ、それまでシホールアンル帝国の占領下でほそぼそとした経営を余儀なくされていた彼の店の経営状態を立ち直らせる一助となっていた。

さらに工房の中央には大きな作業台が置かれ、その上でフライトジャケットに使う革と布地が切り分けられている。革と布地は切られるそばからその形ごとに仕分けられ、これも何人ものお針子たちの手によって縫い合わされていく。今もまた、一着のフライトジャケットが縫い上がろうとしていた。
そのデザインは代表的なアメリカ製フライトジャケットのA-2、G-1とは違ったものだった。袖口や裾にはニットリブはなく、代わりにボア生地が縫い付けられている、またフロントはジッパーではなくボタン留めになっており、ここからも裏地に縫い付けられたボア生地がのぞいていた。襟や裏地はボア生地ではなかったが、全体としては爆撃機乗りが身に着けるB-3に近い外見をしていた。

そしてもう一方の側では様々な年齢の男たちが絵筆を握って絵を描いている。いずれもこの街に住む絵描きたちだった。ただし絵を描いているのは画家が絵を描くカンバスではない、様々な記章と同様にこの工房で製作されたフライトジャケットの背中に絵筆で様々な絵を描いているのだ。そのデザインの多くは軍用機や女性をモチーフにしたものだが、軍艦やこの世界の生物を描いたものもある。これもまた、今の彼の商店の目玉商品だった。 

 数多くの人間が自らの作業に没頭している工房内を見回す彼に、そばに来たウォルツが小声で話しかける。

「兄貴、例の件はどうなったんだい?」
「その件、何とかなりそうだよ」
「本当か、そいつぁありがたい」

二人の話題はアメリカ製の足踏み式ミシンのことだった。これまで数多くの職人を集めて数の力で需要に応えてきた『ムーズレイ商店』ではあるが、事業が拡大するに連れて増え続ける注文にさすがに対応しきれなくなってきていた。この現状を打破すべく二人が目をつけたのがこの機械である。これならば手縫いよりも早くかつ丈夫に布地や革を縫い合わせることができる、二人はそう考え、様々な人間に話を持ちかけていたのだ。

「廃棄予定のやつを二台ばかりこちらに回してくれるそうだ、マニュアルも付けてくれるぞ」
「ありがたい、これで仕事が捗るよ。しかし……大丈夫なのか?」
「そこら辺は……まあなんとかな」

弟の問いかけに口を濁すボズ、当然だろう。アメリカ陸軍の補給廠に勤務する下士官と将校に酒と女をあてがって、廃棄処分にするはずの機材を闇ルートで入手しようとしていることなどこのような場所で言えるはずもない。もしこのことが明るみに出たならば、彼も含め全ての関係者が重罰を受けることになるのは間違いないのだから。
そんな兄の不安感を感じ取ったウォルツがことさら明るい表情を作って兄を励ます。

「なあに心配はいらないさ。こんなちっぽけな商店が何かをやらかしたって偉いさんは気にはしないよ。それにこの店を贔屓にしてるアメリカの軍人さんも多いしね、いざとなれば口添えの一つもしてくれるだろうさ」
「ならいいんだがな……ん?」 

 その時店の方から声がした、どうやら客、それも大勢らしい。慌てて店の方にとって返すボズ。カウンターに立つととっておきの笑顔で客達を出迎える。客の顔ぶれはアメリカ人にカレアントの獣人、ミスリアルのエルフに加えて、エルフに似た色白の人種がいる。噂に聞くレスタンのヴァンパイアのようだ。

「いらっしゃい旦那方、何にしなさるね。記章かい、それともジャケット?ひょっとして今着ているそいつにかっこいい絵を描きなさるのかね?うちは良い職人をたくさん揃えてますから、損はさせませんぜ」
「ああ、それじゃこのジャケットを見せてくれないか、あとそれから…」

これが現在の二人の日常だった。だがこのような日常を送っているのは彼らだけではない。この南大陸の全ての国で彼らのような目端の利く者たちが新たな得意先であるアメリカ人向けの様々な商品を製造し、売りさばいていた。剣を作っていた鍛冶屋は格闘戦用のナイフを、皮革職人は皮鎧の代わりにレザージャケットを作り、大衆向けの料理屋はアメリカ兵たちにこの世界の酒や料理を手頃な値段で提供していた。中にはアメリカ側にその技術の確かさを見込まれて、前線の部隊が考案した独自デザインの装備の製作を任されるものもいる。そしてこういった人間たちの数は増える事はあっても減ることはなかった。

やがて彼らは儲けた金で事業を拡張する一方、リスクを分散するために異なる事業にも進出し始める。この事業で儲けている人々は皆、この戦争景気がいつまでも続くはずがないことを承知していたからだ。現にモーズレイ兄弟も自分たちの雇っている職人に独自のルートで入手したアメリカの雑誌に載っているコートやブーツを作らせ、この国の貴族や新しもの好きの若者たち、はたまた戦争景気に乗って儲けている同業者などに売りさばいていた。

順調な新事業と売れ行き好調な新商品。将来に対する一抹の不安はあったが、今の二人は自分たちの事業の現状に概ね満足していた。しかし二人は知る由もない。自分たちが商店に続いて始めた縫製業が成功し、数年後にはエンデルドのみならずレンク公国でも有数の資産家となることを。そして彼らの子孫がこれを足がかりに海運業へと進出、さらなる成功を収めて世界でも有数の資産家となるということを。


外伝『新事業と新商品』  完

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