自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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第2部 プロローグ2


関門都市『ルルェド』南方約150キロ マワーレド川
2013年 2月14日 09時21分


「頭、物見が帰ってきましタ。南瞑の船団が来やス」
「そう力。位置に付ケ。手筈通りにヤレ」
 〈帝國〉南方征討領軍河川石竜兵隊長は手短に命じた。過去幾度となく繰り返した手順である。彼も彼の部下も少しの澱みもなく襲撃の準備を始めた。
 マングローブに似た植物が生い茂るマワーレド川の川縁に伏せた兵たちが、水音一つたてることなく水面下に消えていく。兵たちと同じく苔むした岩のような肌を持つ指揮官は、感情のこもらぬ瞳でそれを眺めていた。それは性格がそうであるから、というばかりではない。
 彼の種族──リザードマンは、その表情から考えていることを読み取ることが酷く難しい。ほとんど表情が変わらないからだ。河川石竜兵隊は彼のような者ばかりで編成されていた。2メートル近い体躯に野太い尾を備え、硬い皮膚を備えた彼らは、何よりも水に長けている。
 此度も、全て水底に沈めてくれル。
 他の者より一回り大きな体躯を水中に伸びる根に預け、指揮官は静かな自信を漲らせた。
 それは根拠のある自信だった。彼の兵が伏せるマワーレド川流域は、数ヶ月に渡って南瞑同盟会議軍を飲み込み続けていた。冒険者の護衛を付けた行商人のキャラバンも、精兵を乗せた大船団も、水の上では赤子に等しい。

 待ち伏せたリザードマンたちが水中から襲いかかれば、奇襲を受けた人間の兵ごときが対処できるはずもなかった。異種族との戦いに長けた冒険者たちですら、組織化された相手には対抗できない。
 過去数十回の襲撃で彼が敗れたのは、僅か一度きりであった。彼の右目の上に大きな切傷を残したその敵は、南瞑同盟会議でも名の知れた武将だったが、既にサヴェリューハ将軍に首を討たれたと聞く。
(この川で戦う限リ、俺が敗れることはあるまイ)リザードマンの指揮官は笑みを浮かべる代わりにちろりと舌を蠢かした。


 しばらくして、奇妙な音が川下から聞こえてきたことに彼は気づいた。獣の遠吠えに似ている。遠雷にも。それが川下から群れを為して近づいてきている。
 疑問が解消されぬうちに船団の姿が見えてきた。それを見たリザードマンの指揮官は、音のことなど一瞬で忘れてしまった。
「これハ……これほどとハ」

 大船団が迫っていた。いかにも素早そうな戦船。箱のような船。見たこともない黒い船。雑多だがどれも大きい。それが十を超える数で遡上している。兵を載せていることも見て取れた。
 彼はこれほどの船団について細部の報告を上げなかった物見の愚鈍さに怒りを覚えた。しかしすぐに(仕方なイ)とあきらめる。彼の種族は、そういうものなのだ。
 同時に攻撃を決意した。強大な敵に恐怖は覚えない。水の上では負けぬ。確固たる自信が彼を支えていた。


 指揮官は水面を確認した。ゆっくりと流れるマワーレド川の水面には、藻や流木を模した浮きが点在していた。そこには襲撃用の焙烙弾が積まれており、水中には配下のリザードマンが配置に就いている。
 よほど疑って見なければ、藻の隙間に見え隠れするリザードマンの頭には気づかない。そして、このような浮流物はマワーレド川に無数に流れている。
「水中隊が仕掛けたラ、攻撃を開始しロ」
「ハハッ」
 命令を受け、リザードマン兵がクロスボウを構えた。手筈は完璧だ。あとは、水中に伏せた兵が船団に焙烙弾を投げ込むのを待つだけだ。
 自信と共に南瞑同盟会議の船団を迎え撃つリザードマンの指揮官は、遡上してくる船団の船縁にオールが見えないことに気づかなかった。


 流木を模した浮きに潜んだリザードマンは、船団との距離を慎重に測っていた。視界の中で敵船が急速に大きくなる。
(速すぎル。)
 彼は焦りを覚えた。襲撃は早すぎても逃げられるが、タイミングを逃せば最悪だ。この敵は今までにない速さで遡上してくる。あれだけの大船がどうやったら流れに逆らって……。
 そこまで考えたところで気づいた。

「おイ、あいつらオールで漕いでおらんゾ」
「帆も張っていませン」
 オールが水を叩く聞き慣れた音の代わりに、水中をかき混ぜる忙しない音が伝わってくる。うなり声が聞こえる。
「ええイ、いまさら手筈は変えられン! 焙烙弾を用意しロ」

 未知の敵を前にかすかに覚えた恐怖心をねじ伏せるように、リザードマンたちは戦備を整え始めた。


 マワーレド川を急速に遡上する南瞑同盟会議軍の船団が、石竜兵の潜伏する水面に差し掛かり始めた。あと少しで流木や藻に擬装した水中隊の攻撃圏内に入る。指揮官はその瞬間を待った。
 距離が詰まり敵船団の様子が見えてくる。見たこともない形の船の上には武装した兵とおぼしき姿が見える。あの船団の規模なら200は乗っていそうだった。おそらく上流で味方が包囲している都市への増援といったところだろう。
 旗竿に南瞑同盟会議軍の紋章旗と、見たことのない旗印が見えた。白地に赤い太陽が描かれ光条を放っている。いずこの兵か? 彼は訝しんだ。
 その瞬間、轟音が鳴り響くと共に敵船が炎を吹き上げたように見えた。水中隊が襲撃を開始した。当然彼はそう考えた。

「ガッ!?」
「ギャッ!!」
 彼らの潜む支柱根手前の水面に無数の水柱が立ち上がったと同時に、左右でクロスボウを構える部下が奇妙な悲鳴を上げてのけぞった。
 何か見えないものが頭の近くで猛烈な風切り音を立てる。水柱は水煙となって視界を塞いだ。かたい音を立てて木の根が抉れ、破片が降り注ぐ。
「ギヒィ!」
 悲鳴が聞こえ、生暖かい液体を顔に浴びて、ようやく指揮官は自分たちが攻撃を受けていることに気づいた。周囲の部下たちは血飛沫を上げて倒れ込んでいる。
「莫迦ナ! 見つけられたの力? そもそもこの攻撃はナンダ!?」
「ワカリマセン! ミエマセン!!」
 暴風雨のような攻撃を受け、約50名の近くリザードマンたちは切り刻まれた。練度の低い兵士の斬撃や質の低い鏃なら容易く跳ね返すほど強靭な彼らの外皮は、何の役にも立っていない。
 〈帝國〉南方征討領軍河川石竜兵たちは、己を襲ったものが何なのか理解できぬまま、その骸を川縁に晒した。



「!!」
 水中隊を率いるリザードマンは声にならない叫びをあげた。眼前の敵船が轟音とともに炎を吹いた時、彼は焦った部下が命令を待てずに焙烙弾を投げ込んだものと勘違いした。しかしすぐに本隊で何が起きているのかに気づき、驚愕したのだった。
(敵はいったいどうやって陸を攻撃しているのダ? いや、そんなことはドウデモイイ! 叩くのだ敵ヲ! 本隊を救うのはそれしか──)

 その時、彼の鋭敏な聴覚が水面に何かが投げ込まれたことに気づいた。ナンダ? 彼が疑問を抱いたまま攻撃を命じようとした瞬間、全身を何かが貫いた。

──キィィィィィン──

 彼の耳にはそう聞こえた。実際に鳴り響いた音はもっと低音域を含んでいたが、彼の脳が認識できたのはその一部でしかなかった。
 暴力そのものと化した音が、水中のリザードマンたちを叩きのめした。筋肉が痙攣する。(拙イ……)頭蓋を貫く激しい痛みに翻弄されながら、彼は自分たちの肉体が激しくのたうつことが何を招くのかを思いつき、どうにか抑えようと努力した。しかし、どうにもならなかった。

 たくましい尾が跳ね上がるように水面に飛び出した。



マワーレド川 海上自衛隊第1河川舟艇隊
2013年 2月14日 09時45分


 12.7ミリ重機関銃の重たい銃声が鳴り響く中、音響発音弾の炸裂音がFRP製の船体に届いた。その音は鈍い衝撃となって船体を揺らした。

「おっとっと……うげっ!」

 舞鶴特別陸警隊進士宏保三曹は船縁から水面を見て絶句した。海自隊員の手によって複数の音響発音弾が投げ込まれた水面は、激しく波立っていた。
 灰色に濁った川面は暗褐色の生物がのたうちまわっていた。あちこちで野太い尾が水面を叩いている。それは網に掛かったマグロの群れのようでもあり、鰐の群れのようでもあった。
 もちろんマワーレド川にマグロはいない。鰐はいるかもしれないが、鰐は鎧を着込んだり銛で武装したりはしない。

「ほほう。こいつ等がリザードマンとかいう連中か。ガチンコ漁、成功だな」
 進士三曹の隣で、陸自迷彩の上に黒色の防弾チョッキを着込んだ可児吉郎一曹が不敵に笑って丸太のような右手をあげた。
「手榴弾!」
 それに応えて注意喚起の声があがり、小さな黒い物体が次々と川面に放物線を描く。
 陸自隊員の投擲した破片手榴弾は、狙いを違わず川面でのたうちまわる敵兵のど真ん中に落下し発火した。爆発音が鳴り、水柱が上がる。近くにいたリザードマンは深手を負って動かなくなった。周囲の者も衝撃波に打ちのめされている。
「左舷、水面の敵を撃て!」
「この野郎ッ!」
 追い討ちをかけるように隊員たちが水面に向けて発砲する。水面に小さな水柱が立つたびにリザードマンが痙攣し、川下へ流されていく。

 戦闘は一方的なものとなった。


 あちらももういいかしら?
 海上自衛隊第1河川舟艇隊を率いる西園寺麗華三佐は、水中に潜んでいた敵兵をあらかた掃討し終わったことを確認した後、マワーレド川の西岸に目を向けた。丹念に纏め上げた豊かな黒髪が揺れる。
 各艇からは12.7ミリと5.56ミリの火線が川縁へと延びている。さらに一部の艇からは40ミリ擲弾が打ち込まれ、生い茂る支柱根ごと敵を吹き飛ばしていた。容赦のないその射撃を受けて、敵兵は大きな打撃を受けているように見えた。
「各艇に命令。打ち方止め」
「了解。打ち方止め! 打ち方止め!」
 命令下達から十数秒後、西園寺三佐の耳に長い余韻を残して射撃が中断した。水面の波が収まり静寂が辺りを包む。硝煙がたなびく中西園寺は左舷側を固めていた特別機動船1号に戦果の確認を命じた。
 7.5メートル型RHIBが静寂を割って速力を上げ、西岸に近接する。すぐに報告が上がった。
『西岸に敵影なし。敵兵を殲滅したと思われる』

 警戒させておいて正確だったわね。あんな遠慮の無さそうな、図々しい方々にとりつかれたら面倒だもの。
 ゆっくりと川下へ流されていくリザードマンの死骸を眺めながら、西園寺は安堵のため息をついた。切れ長の大きな瞳が満足げに細められ、肉感的な唇には薄く笑みが浮かんだ。それは猫科の肉食動物を思わせる姿だった。

「先任幕僚?」
「はい、敵の殲滅に成功したと判断します。遡上再開に支障無いでしょう」

 半眼で振り返った彼女の問いに、一歩後ろに控えていた先任幕僚の久宝健一尉が淀みなく答えた。戦闘服に防弾チョッキという暑苦しい姿ですら、彼は見る者に涼しげな印象を与える男であった。
 だが西園寺三佐は、濡れたように艶やかな唇を不満げにすぼめると、棘のある声で言った。

「そんなことは分かりきっているわ。ねえ、先任幕僚。あたくしの舟艇隊をどう思っていて?」
 また始まった。久宝一尉は心の中でこっそりつぶやいた。この上司は突拍子もないことを言い出す癖がある。彼は西園寺の問いに対する答えとして相応しいだろう内容を組み上げ、答えた。

「懸念された陸自との連携も取れてきましたし、乗員は河川での操艦にも慣れてきたようです。急造部隊ですが、任務遂行に十分な練度でしょう」


 彼の言うとおり、海上自衛隊第1河川舟艇隊は急遽編成された部隊である。メコンデルタに似たマワーレド川流域での戦闘・哨戒任務に対応する必要にかられた自衛隊が、手持ちの舟艇をかき集めて編成したのだった。
 西園寺麗華三佐の指揮下に、旗艦の交通船30t型、11t型交通船2隻、LCM型交通船4隻、運貨船4隻、特別機動船6隻が配備され、海上自衛隊舞鶴特別陸警隊二個小隊と陸上自衛隊西部方面普通科連隊一個中隊を分乗させていた。
 さらに小型曳船4隻が南瞑同盟会議水軍兵約400名を乗せた複数のカッターと現地の川船を曳航している。
 加えて日本国内で使用される船外機付のボートも現地兵を満載し随伴していた。


 それは久宝一尉の言葉通り、急造部隊である。熱帯の河川地帯で戦うことなど想定していなかった海自が、半ば意地ででっち上げた部隊といってよい。
 現地部隊と自衛艦隊司令部は、米海軍が装備するシー・アーク級哨戒艇や河川制圧艇RCB、河川哨戒艇RPB、海上保安庁の警備艇級などの配備を希望したが、本作戦には間に合わなかったのだ。
 緊急予算措置を受けてそれらを調達した第2河川舟艇隊は、現在呉で練成途上にある。

 本来戦闘を行うための装備ではない各船は、可能な限りの努力をしていた。例えば旗艦のYF2137は前後部キャビンの天井を取り払い、重機関銃架を取り付けることで投射火力を増強している。
 他の艇も程度の差はあれ銃座を増設し、装甲板を貼り付けるなどの改修を行っていた。
 努力の甲斐あって、船団は待ち伏せていた敵を叩き潰した。久宝はこれだけの戦果ならこの気難しい司令も満足するだろうと思っていた。だが、どうやら彼女は不満らしい。

「つまらないひとね」
「と、申されますと?」
 あっさりと投げかけられた辛辣な言葉に久宝は動揺した。やんごとなき名家の出でありながら、海上自衛隊の──それも河川舟艇隊などという危険で華やかさからは遥かに遠い部隊に望んで配属された西園寺のことを、彼は扱いかねていた。

「あたくしの部下が有能なのは、わざわざあなたに教えていただかなくても理解しているわ。あたくしはそう──舟艇隊にはもう少し華やかさが必要ではないかしら? そう言いたいのよ。
 とても残念なことだけれど、舟艇隊は雑多な船の寄せ集め。見栄えが良いとは言えないわ。せっかく海上自衛隊初の舟艇機動作戦に挑んでいるのに、活躍が目立たないのはどうかと思うの」
「はぁ」
 気のない久宝の様子を気にすることも無く西園寺は続けた。
「それに、バールクーク王国軍のみなさん、特にあの肉付きの良い方! ずいぶんと自衛隊を甘く見てらっしゃるのよね。
 あたくしにはとても不思議なのだけど、人間自分の目で見ないと分からないのでしょう」
 西園寺は、防弾チョッキを戦闘服の下からしっかりと押し上げ、周囲に存在を主張している胸をさらにそらして言った。

「だから、いっそ直接お見せしたらどうかしら。現地のみなさんを招待して」

 観戦武官か。久宝は彼女の独特の言い回しを正しく翻訳し、実現の可能性について考えた。確かに、我々に対してむやみやたらと張り合ったり、侮ったりしたがる南瞑同盟会議の一部に実力を見せる手段としては有効であるように思えた。

「無理ですね。少なくとも今作戦には間に合いません。我が隊は明晩までに所定の位置に西普連を送り届けなければいけません。観戦武官を乗せる猶予は無いでしょう」
「つまらない」
「面白い考えではあると思いますが……」
「じゃあせめて映像に残して、あとでお見せするくらいはできるでしょう?」 

 西園寺は右手の人差し指を立て、くるくると螺旋を描いた。それを見た久宝は、思わず顔を歪めた。この上司が変な思いつきを口にするときの癖だからだった。

「せっかくだから舟艇はあたくしの好きな紅玉色に塗りましょう。その方が見栄えが良いわ。あの南瞑同盟会議水軍の、カサード提督と言ったかしら。あの方見た目はむさいけれど、船を赤く染め上げたセンスはなかなかよ」
「えぇ? そ、ちょ……げ、げほっ!」
 久宝はむせた。
 確かに武勲を認めさせるには目立たなければならないというのは、我々の世界でも存在した話だ。しかし、だからといってせっかく暗灰色の迷彩塗装をした舟艇を敵から丸見えにしてしまうのは……。
 久宝は上司の突飛な提案を脳内で検討した。西園寺の瞳は真剣であり、冗談には思えなかった。
 やはり、弊害が大きすぎる。少なくとも、西普連を揚陸するまでは、なるべく秘匿したままで行きたい。

 久宝はおずおずと西園寺に問い直した。

「司令、映像に残すのは事後報告と戦訓研究のためにも実施させますが、艇を染めるのは弊害が大きすぎます。本気でお考えですか?」

「冗談よ」

「は?」

「おほほほほほほっ! 先任幕僚、あなた相変わらず面白い方ね。そんなことできるわけ無いじゃない」
 そこまで言って西園寺は久宝の瞳を覗き込んだ。
「あなた、あたくしならやりかねないって思ったでしょう?」
「い、いえ。そんなことは……」
「じゃあ、さっきの言い様はなに?」
「そ、それは……その」

 ころころと笑い転げる西園寺の姿に、呆然と立ち尽くす久宝。編成間もない第1河川舟艇隊恒例の光景だった。



「……あんたら、デタラメだなぁ」
 船外機付ボートの上で、腰掛けに座った南瞑同盟会議の水兵が言った。
「すみません」それを聞いた舟艇隊員が頭を下げた。指揮官の笑い声がここまで届いている。
「褒めてんだよ。頼もしい限りだわ」水兵が笑う。
 彼は悪魔の代名詞的扱いを受けていたリザードマンたちを、あっという間に殲滅した自衛隊の攻撃力に心の底から感心していたのだった。単純な話である。味方が強ければそれだけ彼のような兵士が生き残る確率が増える。
「これならルルェドの救援も間に合うかもしれんなぁ。しっかしまぁ、櫂を漕がなくても進む船に、火焔魔導。あんたらにはびっくりすることばっかりだわ」
 水兵は満足げに足を投げ出すと、船尾の船外機を撫でた。
「この魔導具はすげぇよ。ここ、なんて書いてあるんだ?」
「ヤマハって読むんですよ。こいつのメーカーの名前です」
 舟艇隊員の言葉に兵士は頭をひねった。
「こいつを作った奴の名前なのか? ヤ・マハってのは」
「まあ、そんなもんです」
「きっと偉い魔導師さまなんだろうな」
 しばらくののち、南瞑同盟会議水軍内で異世界の魔導師〈ヤ・マハー〉の名が畏怖を伴って知れ渡ることになる。
 船外機の名称がなぜか〈ヤ・マハー〉〈スズキのヤ・マハー〉〈ホンダのヤ・マハー〉〈マリーンのヤ・マハー〉〈トーハツのヤ・マハー〉〈ヤ・ンマー〉などと伝わってしまい自衛隊員たちを大いに困惑させることになるのだが、それはまた別の話である。



「えらいところまで来ちゃったなぁ……」

 甲板上に散らばった薬莢を箒でちりとりに集めながら進士三曹がつぶやいた。
 彼や可児一曹はもともと〈みょうこう〉乗員である。しかし、北近畿動乱の後休養と報告書の作成のためしばらく艦を降りていた間に〈みょうこう〉の軸部に大規模な歪みが発見されたことが彼らの運命を大きく変えることになる。
 〈みょうこう〉は舞鶴ドックで長期修理に入ることになり、海自内でも有数の陸戦経験を積んでしまっていた立検隊員たちは、たちまち海幕から目を付けられた(海自は慢性的な人手不足に悩んでいるのだ)。
 そして彼らは増強予定の陸上警備部隊の指導要員として派出されることになったのだった。

「面白いじゃねえか。きっと舞鶴で出くわした豚頭よりすげぇ連中がうじゃうじゃいるんだろう。みろ、あの蜥蜴野郎。ぶっとい尻尾だな。間合いが難しいだろうな」

 プロテインバーをかじりながら、可児が声を弾ませた。彼はこの任務を真剣に楽しんでいるようだった。複数いる立検隊員の中からなぜ自分が可児のお供に選ばれたのか。進士は神を呪った。

「だいたい、何でその〈ルルェド〉って街を救わなければならないんですか?」
「そりゃ重要だからだ。いいか進士、〈ルルェド〉って街は古くから通行税の徴収や流域の治安維持拠点として発展してきた関門都市なんだと。つまりだ、そこを押さえればマワーレド川を押さえられるんだ。
 領主と戦神に仕える坊さんたちが開戦以来必死に守っているらしいが、そろそろやばいらしい」
 可児の言うとおり〈ルルェド〉はマワーレド川支流のいくつかが合流する地点に開かれており、現在〈帝國〉軍の重囲下にある。ここが陥落すれば〈ブンガ・マス・リマ〉と西方──ザハーラ諸王国との河川水上交通が遮断される。
 それは、すでに東と北を抑えられた〈ブンガ・マス・リマ〉が海路以外の連絡線を失うということであり、各地でかろうじて命脈を保っている同盟会議諸勢力が孤立し〈帝國〉に飲み込まれるということであった。
 看過できる話ではない。

「だから今回の作戦が立案された訳だ。〈帝國〉に占領された諸都市を奪還する『ブラック』と、〈ルルェド〉救援作戦『サンダー』。すぐに動かせる手持ちを全部かき集めて敵と殴り合うんだ。
 俺たち第1河川舟艇隊は西普連の迫撃砲小隊を〈ルルェド〉近郊に展開させる」
「敵がうじゃうじゃいるんじゃないんですか?」
「そりゃいるさ。楽しみだな」

 可児はそう言って生い茂るジャングルに目を向けた。進士は不安になり、濁った水面を見た。少なくとも自分一人より、この変人に付いていく方が生き残れそうだと思った。



「各艇、定位置に戻りました」通信員が報告した。西園寺は軽くうなづいた。

「前進を再開する。船団速力6ノット。全周警戒をしっかりするよう伝えてくださる?」
「了解。両舷前進微速」
「各艇は警戒を厳となせ」


 第1河川舟艇隊は運貨船の周囲に特別機動船を配置した警戒序列を組むと、再度北上を開始した。
 後には、穴だらけになった木々と、〈帝國〉南方征討領軍河川石竜兵隊の死骸が残され、ゆったりとしたマワーレド川の流れに沈んでいった。


あとがき

プロローグは以上です。

補足ですが、『サンダー』には第1河川舟艇隊以外にも投入されている部隊があります。おいおい出番があるはずです。
西園寺三佐は御歳3×です。十代とかではありません。

もう少し執筆ペースをあげたいものです。もともとオマージュ、ネタありありで書いているつもりですので、気楽にとり組んだ方がいいのでしょうか。

御意見御質問御感想お待ちしております。

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