自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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第2部 第6話


関門都市ルルェド 
2013年 2月14日 23時50分


「怪しい男を捕らえただぁ?」
興奮した様子で報告するハヌマ家の伝令に対して、傭兵隊長ハンズィールはたっぷりとした腹と喉の肉を震わせ問い返した。何者だ? いや、そもそも一体どこから入り込んだ?
〈帝國〉軍による十重二十重の重囲下に置かれているルルェド城塞である。その警戒は厳重なはずだ。いや、そうでなければならない。容易く侵入を許すようでは困るのだ。
「はッ。城内を巡視していた兵が怪しい風体の二名を見咎め、捕らえたので御座います」
「……改める」
ハンズィールは不自由な左足を引きずりながら、足早に営庭へと向かった。ええい、もどかしい。しかし、城内で輿に乗るわけにもいかん。焦燥感が彼の胸中を満たしていた。

営庭には円形に人だかりが出来ていた。手にたいまつを掲げた兵が複数いるため、周囲はそこそこの明るさだ。数名の兵から槍を突きつけられ、座らされているのがその不審者だろう。薄汚れた男二人だった。ハンズィールはもっとよく見ようと彼らに近づくことにした。
組頭らしい兵が厳しい口調で尋問している。
「役目御苦労。捕らえたのはそいつらか?」ハンズィールは息が整う時間も惜しみ、訊ねた。組頭が答える前に、不審者が嬉しそうに言った。
「やぁ、偉い方が来たようですね。良かった良かった」
「あ、貴様! 勝手に口を開くな!」
城兵が喉元に槍を突きつける。その様子を見たハンズィールは片眉を跳ね上げた。捕らえられた男は槍を突きつけられて動じる素振りがない。

「ああ、ここからは俺が取り調べる」ハンズィールは兵に右手を振った。兵はしぶしぶという様子で槍を引く。
「で、我がルルェド城塞に何用か? あいにくと今のルルェドには客人をもてなす余裕などないぞ。それとも〈帝國〉の間者かな? それならば話は早いのだが」
ハンズィールは凄んでみせた。
目の前の男は、見慣れぬ装束を身に付けている。草色を基調にしたまだら模様の衣服は動き易そうだが、今まで全く見たことがない。森に馴染みそうで猟師が着るには良さそうな模様だ。
酷く汚れているところを見ると相当な距離を歩いてきたか。よく見ると男の足を包む長靴は、相当造りの良い頑丈な代物のようだ。

「間者ならばどういう扱いに?」
男は動じず、東方の民に多い彫りの浅い顔立ちに微笑を浮かべ答えた。言葉が聞いたことの無い音の連なりであることを除けば(話が通じるのは『通詞の指輪』をはめているからだろう)特段強い印象は受けない。
おそらく街で見かけてもすぐに忘れてしまう類の顔立ちだ。とるに足らない凡夫の。
「もちろん、さっさと首にしてしまうのさ」
「でしょうねぇ」
だが、凡夫が警戒厳重な城塞に忍び込んだ挙句、こんな暢気な顔をしていられる筈もない。ハンズィールは苦労してしゃがみこむと、男の瞳を覗き込んだ。
「俺たちは忙しい。何せ篭城の最中だからな。俺もやってみるまでこんなに忙しいとは思っても見なかった」ハンズィールは腰のブロードソードを器用に抜き放つと、男の首に押し付けた。
「さっさと、用件を話してくれんか? 俺が忙しさに追いつかれる前に。無いならばそれでもかまわんが」

周囲の兵たちが『これでこの男も震え上がるだろう』とニヤニヤ笑いを浮かべた。男の連れが顔色を変える。ハンズィールは言葉の通り、たいした用件が出なければ首を刎ねたあと兵たちに気合を入れようか、と考えた。

男は、首を動かさぬように器用にため息をついたあと、真っ直ぐにハンズィールを見返した。

「私の名はスズキ。援軍の知らせを持ってきた、というのはそれなりの用件ではありませんか?」

その言葉は、周りを取り囲む兵たちに大きな衝撃を与えた。ハンズィールも思わず目を見開いた。男の瞳に底知れぬ何かが潜んでいると、そのときようやく気づいた。

「罠です。流言で我らを惑わそうとする〈帝國〉の小ざかしい手管でしょう」
城壁守備隊組頭の言葉には頷けるところがある。攻城戦は心理戦でもある。援軍の偽報は甘い蜜となり、城兵の心を惑わすだろう。
「しかし、割符もある。それにこの動像……」
そう言ってハンズィールは手元を見た。掌ほどの薄い石板が、眩い光を放っている。信じられない。
『ルルェド公、信じられぬだろうがこれはまやかしでは無い──おい、まことにその石板で動像が映し取れておるのか?……そうか──うむ。
儂を覚えているだろう。ブンガ・マス・リマ水軍総督アイディン・カサードだ』
石板の中で小さな大男がしゃべっていた。見覚えがある。二年前、神殿に巡礼に訪れた武人だ。
『その男の身元は儂が保証する。〈ニホン〉皇国の軍人だ。同盟会議の新たな友邦だ。とんでもない連中だぞ。よく聞け。15日の早朝、〈ニホン〉軍と儂の水軍刀兵が援軍として到着する。
それまでなんとか耐えるのだぞ。詳しくはスズキに聞け。それと……御父上は残念だった──』

「こいつをどう考えれば良いか、存念はあるか?」
「ま、まやかしでは」組頭は目を白黒させた。
「カサード提督は、見上げんばかりの偉丈夫だったはず。このような小さな石板に閉じ込められているとは」
「おそろしや」
「莫迦を言うな、これは高等な魔導ぞ。儂も長いこと生きとるがこれほどの業は見たことがないわい」
ハンズィールの後ろに鈴なりとなった兵たちは、口々に勝手な感想を述べた。

「……仕方あるまい」
結局、ハンズィールはスズキと名乗る男の言葉を聞いてみることにした。

「──明朝0500時、水軍刀兵と自衛隊が包囲している〈帝國〉軍に対し奇襲を仕掛けます。同時期にこの城にも援軍が到着する予定です。私たちは、守備隊との連携を図るために送り込まれました」
「まことならば有難いが。おぬしらが〈ジエイタイ〉の魔術士というわけか? 導波通信を行うための」
スズキとその部下(サトウという名だった)は奇妙な道具を山ほど持っていた。胸の前に革帯で提げた歪な鋼の杖は何に使うのかさっぱりわからないし、スズキは片刃のショートソード、サトウに至ってはダガーしか帯びていない。
そのサトウの背負った背負子のようなものからは、よくわからない管や蔓のような細長い棒状のものが突き出ている。胸や腰背中の至るところに小さな道具をくくりつけている姿は、スカウトかレンジャーに似ているとハンズィールは思った。
「導波通信は傍受の危険性があるため、戦闘開始までは使用しません。まぁ、我々の持つ似たような技で代用しますよ」
「ふん。その〈ジエイタイ〉とやらの兵力は? まともな兵隊なのか? ブンガ・マス・リマの自警軍は壊滅したんだろう? 素人連中が来ても死体が増えるだけだぞ」
ハンズィールはまくし立てた。スズキはあいまいな笑顔を浮かべて言った。
「無理もありませんが、随分と信用されていませんね」
「当たり前だ。俺がこんな話をすぐ信用するような男なら、十年前にさっさとどこかの土塊に成り果てているだろうよ」
「それはそうだ。我々の兵力や装備、作戦計画についてはこの後説明します。我々の世界とアラム・マルノーヴの戦い方はそれこそヒトとイルカほどに違いますからね」
「海に豚なんぞいるのか?──まぁいい、あとでルルェド公の御前でしっかりと説明してもらうぞ。特にどうやって包囲を破り城に入るのか、聞かせてもらいたい」
ハンズィールは至極当然の疑問を口に出した。ルルェドの周囲は〈帝國〉軍一万余が水も漏らさぬ包囲を敷いている。河川交通路は封鎖され、空も有翼蛇が支配している有様だ。生半可では不可能に思えた。
それを聞いたスズキが急に表情を変えた。感情の読めなかった顔に、真剣な色が浮かぶ。
「ハンズィールさん、城兵は持ち場を良く守っていますがいくつか問題があります」
「見張りか」
「私たちが忍び込めたのですから。兵が疲労していますし、気になる箇所が数箇所。これの手当てを早急にすべきです。たとえば──」

スズキの言葉を遮るように、外周城壁の方向と神殿──城の背後にそびえる楯状地の方角から、同時に閃光が煌いた。それは直ぐに真っ赤な火炎に変わる。


「ぬぅ」ハンズィールは呻いた。
「何事か!」
「物見してまいります!」
機転の利く兵が数名、外周城壁と神殿の方角へ駆けて行った。ハンズィールには大方の予想はついている。襲撃だ。どうやったかは判らないが、城壁のみならず最奥部に当たる神殿にも敵が侵入している。

「遅かったようですね……」スズキが杖を構えながら言った。その表情は先ほどまでとは全く異なる。熟練した戦士の表情だ。
すぐに兵が戻ってきた。顔面は蒼白だった。
「て、敵襲! 外周城壁と神殿に襲撃。敵情不明! 御味方は奇襲され大混乱です!」

ハンズィールは頷くと大音声で命じた。
「各守備部隊は持ち場を守れ! ハンズィール傭兵隊は非番を叩き起こしてここに集めろ。予備隊を編成して敵を叩き出す。畜生、門を開けられたらおしまいだぞ」
「はッ!」
「神殿はホーポー殿の神官戦士団に任せるしか──」

そこまで口に出したところで、ハンズィールは主君ルルェド公が神殿にいることを思い出した。



ティカは廊下に響く荒々しい足音に気付いた。目の前でハヌマ卿の遺体に跪き祈りを捧げていたカーナも顔を上げた。霊廟内は二人だけ。城壁に何事かあったのだろうかと思った。いや、違う。争う声がすぐそこで聞こえる。
入口の扉に重たいものが打ち付けられる音がした。扉は大きくたわみ、頑丈な蝶番が吹き飛んだ。装飾の施された分厚い扉が部屋に倒れこむ。血塗れの衛兵が部屋の中に吹き飛ばされてきた。
「ルルェド公! お逃げください」
「おのれぇ!──ぎゃあ」
衛兵を屠り霊廟になだれ込んできたのは、〈帝國〉軍の兵士たちだ。薄墨色の装束に覆面、手には取り回しの良いシミターや短槍を携えている。誰も無言で、殺意のみをティカたちに向けていた。
「ヒッ」
ティカは思わずひきつけの様な声を漏らした。体が硬直して動かない。腰に下げた剣がただの重石にしか思えない。それの様子を見た〈帝國〉兵は素早く室内に侵入すると、無力な少年に迫った。左右から短槍の黒く塗った穂先が伸びる。

「させるかぁ!」
断固たる叫びが、背後から聞こえた。ティカの右側を旋風のように飛び越えて赤毛の少女が躍り出る。カーナだ。先ほどまで悲しみに沈んでいた姿からは想像も出来ない。
しなやかな肢体を躍動させ、彼女は低く滑るように前に出た。低い構えから鋭く棍を突き出す。朱色に染めた棍が〈帝國〉兵の喉元を抉る。もう一名が慌てて穂先をカーナに向けるが、間に合わない。
カーナの棍は枝を這う蛇のように〈帝國〉兵の短槍をはたき落とし、しなりながら胴を突いた。
「下郎、何者か!」
両足を前後に広げ、華奢な見た目にそぐわぬほど安定した姿勢で、カーナは棍を風車のように回し、ピタリと背に構えた。射るような視線で敵を睨みつける。
ハンズィール隊長は小猿なんて言っていたけれど、全然違う。ティカは思わず見とれていた。

「……殺せ」
敵の指揮官は動じない。違えようのない指示を受け、敵兵がじわりと迫る。カーナは一瞬口元を歪めたが、一つ息をつくと前を見たままティカに言った。

「ティカさま、切り込むよ。あたしが血路を拓く」
「う、うん」
カーナが床を蹴る。鉄芯を仕込んだ棍が風を切って唸り、〈帝國〉兵を打ち払う。まるで小さな嵐のように、赤毛の少女は戦った。ルルェド武術師範ハヌマ家の名に恥じぬ戦い振りだった。
しかし、ただ一騎である。
押し包むように〈帝國〉兵が展開し、徐々に追い込まれていく。腕や胴に手傷を負い、カーナの動きは鈍り始めていた。このままではカーナねえさまがやられてしまう。何も出来ない不甲斐なさをティカは恥じた。
「お嬢! 無事かッ?」
「ティカ様をお救いしろ!」
入口付近に新たな剣戟の音が発生した。聞き覚えのある声が自分たちを呼んでいる。包囲が乱れ、数名の兵が霊廟に切り込んできた。ハヌマの家臣だ。奇襲から立ち直り駆けつけたのだった。

だが、助けに来たのは数名。敵は二十名を超える。

「行くよ!……バクリー、お願い」
「お嬢、ご武運を!」
カーナは迷わなかった。家臣と一瞬視線を交わした後、棍を捨て腰のショートソードを抜き放つ。そのままティカの手を引き、彼らが切り開いた血路を抜けて室外へ駆け出した。
背後から槍を突き込もうとする〈帝國〉兵に、バクリーと呼ばれた兵が体当たりをかける。別の家臣が大剣を振り払って牽制する。
彼らは、その身をもって貴重な時間を稼ごうとしていた。


「ひどい……」
神殿の石畳の上には、切り刻まれた兵たちの死骸があちこちに転がっていた。その中には使用人の姿もある。
「た、たすけて。たすけ──」
顔見知りの使用人が、命乞いをしていた。だが、その前に立つ〈帝國〉兵は無表情で彼女の首をはねた。細い身体が痙攣し、力無く横たわる。鮮血が石畳にじくじくと広がった。

「外道!」
カーナは激しい怒りに身体が震えた。許せない。ショートソードを握る掌が、みしりと音を立てた。だが、挑みかかろうとする自分を何とか抑え込む。今は、ティカを逃がさなきゃ。
自分に向き直ろうとする〈帝國〉兵に低い姿勢で近付き、すれ違いざまに太股を切り裂く。彼女は汗でじっとりと濡れたティカの手を引きながら、その横を駆け抜けた。本営まで逃げればハンズィールたちが居る。
「カーナねえさま! 前にッ!」
ティカの悲鳴に顔を上げる。長い通路には武装した〈帝國〉兵が溢れかえっていた。絶望的な戦いを続ける味方は僅かで、彼らは押し包まれ殺されている。出口は遥か彼方だ。どうみてもたどり着けそうにない。ティカを護れるのは自分だけ。

父さま、あたしに力を。

カーナは歯を食いしばり、待ち受ける敵兵の群れに踊り込んで行った。



「各隊所定の行動遂行中。城門の奪取は時間の問題であります」
「神殿は?」
「間もなく制圧出来ましょう」
部下の報告を受けた選抜猟兵隊長グラゴレフは、傷だらけの顔面に塵ほども感情を浮かべることは無かった。静かに頷くと、必要な命令を下す。
「城門奪取後、魔術士に命じ光弾三発放て」
「はッ」
光弾三発は奇襲成功の合図である。これを見た城外のジャボール兵団は、一斉に城門へ突撃し城内へ雪崩れ込む。そうなればルルェドは程なく落ちるだろう。

ふん、今少し兵と翼龍が多くあれば、我が選抜猟兵だけでこのような城など落とせたものを。

今より一刻ほど前。グラゴレフ率いる選抜猟兵隊は、飛行騎兵隊の翼龍騎兵18騎に分乗すると、〈戦神の床几〉上層に降り立った。一頭当たり三名が乗り込んだ選抜猟兵隊第一陣は54名。
特別な訓練を受けた人族とコボルトで編成された彼らは上層に設けられていた城方の監視哨を静かに抹殺すると、残りの約150名を輸送し、誰にも気付かれることなくルルェド後背を占領することに成功した。
その後彼らは隊を二分し、一隊はルルェド外縁部の城壁へ。もう一隊は戦神の神殿へと向かった。もちろん道など無い。切り立った崖を懸垂下降したのだった。ジャボール兵団一万余の中でこれを可能とするのは、グラゴレフが鍛え上げた選抜猟兵200名のみである。
当初は翼龍により直接城内への空中機動も検討されたが、強襲には同時投入可能兵力が足りないという判断から、隠密奇襲に切り替えられたのだった。

城内に入り込んでしまえば、彼らの勝利は約束されていた。城の外に意識を集中していた城兵たちが奇襲を受けて混乱することは、水が高きから低きへ流れることのように当然のことであった。
そして現在。選抜猟兵隊に襲撃された城門付近は、ほぼ〈帝國〉軍が押さえ、間もなく内側から門が開かれようとしている。また、別働隊は戦神の神殿を攻撃し、城兵は後方を攪乱され襲撃に対して未だ組織的な対応を行うことが出来ていない。

ハンズィールは配下の傭兵隊の一部をもって予備隊を編成することに成功したが、混乱が拡大したことにより有効な投入先を見極めるのに苦労していた。
ルルェド家臣団はそれぞれの持ち場で分断されたまま戦わざるを得なかったし、ホーポーの神官戦士団に至ってはどこにいるのかすら分からない。

要するに、ルルェドは陥落したも同然で、これを救う力を持つ者はいなかった。

少なくとも城の五里四方の内には。



第1河川舟艇隊 ルルェド南方約25キロ地点 マワーレド川
2012年 2月15日 01時07分


「特別挺身班から緊急信! 『るるぇど城塞ハ敵ノ奇襲ヲ受ク。敵ハ城門ヲ突破セリ。0103』以上です」
「司令、これは!」
久宝一尉が真っ青な顔で振り返った。報告した通信員も同じ顔だ。旗艦の指揮官席に深く腰掛け気怠げな態度だった西園寺三佐は、姿勢はそのままで表情だけを険しくしてみせた。
「先任、騒がないでちょうだい」
「しかし! このままでは──」
こんな時にどうやったらそんな涼しい顔ができるんだろう。久宝の目の前で不機嫌そうな顔をしている彼の上司は、茹だるような温度と湿度の中、ちっとも暑そうにしていない。

「あたくし理解しているわよ。手を打たないと、お城が持たないってことくらい」
「では」
「各指揮官を呼んで。パーティーの予定を繰り上げるわ」
「はい」

速やかに自衛隊及び南瞑同盟会議の指揮官が集められた。集まった各指揮官は切迫した情勢に表情を硬くした。
「以後、我の存在秘匿の要は無いわ。可及的速やかに、事前の作戦計画に従い部隊を行動させる……水軍刀兵と西普連は対応可能かしら?」
「いつでも斬り込めるぞ」
「夜間行動の準備は有ります。しかし、途中の監視哨はどうしますか?」
水軍刀兵隊長のボスフェルトが言い放ち、西普連中隊長有馬信大(ありま・のぶひろ)一等陸尉が訊ねた。
「監視哨は火力で制圧する。船団の脚は止めない。招待状が無い方々は打ち払って進むわ。よろしくて?」
「心得た」ボスフェルトが笑う。
「了解」有馬も頷いた。

第1河川舟艇隊はマワーレド川を12ノットで北上、午前2時半までに陸上部隊を揚陸する。陸上部隊は展開予定地へ前進、陣地を構築し戦闘に備える。さらに、西園寺はこう続けた。

「陸上部隊の方々には悪いのだけど、先に始めさせていただくわ」
西園寺は海自側各指揮官に顔を向け、僅かに顎を上げた。
あたくしの旗艦と特別機動船をもって突撃戦隊を編成、渡河途中の〈帝國〉軍を攻撃する」
「それは……危険過ぎませんか?」
「そうね。でも、城門から城内に押し寄せる敵を断たないと、ルルェドは陥落するの。やる価値はあるわ」
そう言った西園寺の顔を見た久宝は、生き生きしているなと思った。
「……了解しました。戦術について各艇指揮官及び陸警隊と検討します」
「他に何かあるかしら?」
西園寺の問いに有馬一尉が手を挙げた。
「戦隊の攻撃開始時刻は?」
「0300とする。これでも間に合うかどうか心配だわ。陸上部隊は別令を待ってちょうだい。もちろん、それまでに会敵した時はお任せするわ」
「了解」
「司令、攻撃開始を早めるとなると別働隊との調整が必要となりますが? 事前の計画では同時攻撃の予定でしたが、向こうの準備が間に合うかどうか確認する必要があります」
久宝が言った。西園寺は、不思議そうに小首を傾げた。大きな瞳が久宝の顔を覗き込む。久宝はとても落ち着かない気分になった。

「不思議なことを言うのね先任。あの野蛮な方々が、まだ準備を整え終えていないなんて、あたくし考えもしなかったわ。きっといまごろ無線を聞いて生き生きとしていらっしゃるわ」
「はぁ」
「そろそろじゃないかしら?」
「何がでしょう?」
久宝は頭をひねった。西園寺は、わからないの? という表情でもう一度久宝を見た。その瞬間、無線機が雑音混じりの音声を流し始めた。

『クレ、クレ、こちらナラシノ。出撃準備完了! こっちはいつでも出られるぞ! 発動はまだか!』
第1空挺団第1普通科大隊長、里見二佐のがなり声だった。

「ほら、急かしてきたわ」
何故か嬉しそうな西園寺三佐の態度を見て久宝は、似た者同士なのかな、と思った。


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