第283話 海上交通路遮断作戦(前編)
1486年(1946年)1月1日 午前0時5分 シェルフィクル沖南西390マイル地点
「ハッピーニューイヤー!」
「イェア!めでたい年明けだ!!」
「イェア!めでたい年明けだ!!」
狭い艦内のあちこちで、新年を迎えた事に歓声を上げる声が響き渡る。
配置についていた強面の兵曹が、淹れたてのコーヒーの入ったカップを部下に手渡し、はにかみながら新年の挨拶をしていく光景は、
なんとも微笑ましい。
潜水艦キャッスル・アリス(S-431)の艦長であるレイナッド・ベルンハルト中佐は心中でそう思い、横目でその光景を見つめながら
クスリと笑った。
配置についていた強面の兵曹が、淹れたてのコーヒーの入ったカップを部下に手渡し、はにかみながら新年の挨拶をしていく光景は、
なんとも微笑ましい。
潜水艦キャッスル・アリス(S-431)の艦長であるレイナッド・ベルンハルト中佐は心中でそう思い、横目でその光景を見つめながら
クスリと笑った。
「皆も、無事に新年を迎えられた事を喜んでいるようですな」
ベルンハルト艦長の隣にいた、副長のリウイー・ニルソン少佐が話しかけてくる。
「そりゃそうだ。乗員の中には、万が一にも撃沈されたら……と考える奴もいる。それだけに、生きて新年を迎えられる事は実に喜ばしいもんだ」
「艦長の言う通りです」
「艦長の言う通りです」
ニルソン副長は相槌を打ってから、右手を差し出す。
「コーヒーのおかわりを頼みますか?」
「うむ、頼むよ」
「うむ、頼むよ」
ベルンハルト艦長は頷きながら、空のコーヒーカップをニルソン副長に手渡した。
ベルンハルト艦長は、ドイツから移民した父と母の間に生まれたドイツ系アメリカ人である。
頭の金髪は短く刈り揃えられており、顔つきは堀がやや深い物の、理知的ながら、柔和な雰囲気を醸し出している。
今年で35歳になるベルンハルト艦長は、開戦時には潜水艦学校の教官として後進の育成に当たっていたが、1942年4月からはガトー級潜水艦
2番艦であるグリーンリンクの艦長に任命され、43年初旬まで大西洋方面の哨戒任務に従事し、43年初旬から44年12月までは太平洋方面で
哨戒任務に当たった。
ベルンハルト艦長は、ドイツから移民した父と母の間に生まれたドイツ系アメリカ人である。
頭の金髪は短く刈り揃えられており、顔つきは堀がやや深い物の、理知的ながら、柔和な雰囲気を醸し出している。
今年で35歳になるベルンハルト艦長は、開戦時には潜水艦学校の教官として後進の育成に当たっていたが、1942年4月からはガトー級潜水艦
2番艦であるグリーンリンクの艦長に任命され、43年初旬まで大西洋方面の哨戒任務に従事し、43年初旬から44年12月までは太平洋方面で
哨戒任務に当たった。
この間、ベルンハルト艦長のグリーンリンクは5隻の艦艇を撃沈している他、敵駆逐艦の攻撃を何度も受けたが、その度に生き延びてきた。
44年12月からは、本土で休養を取った後、翌年1月には最新鋭の潜水艦であるアイレックス級5番艦、キャッスル・アリスの初代艦長に任命され、
それから4カ月の完熟訓練を経て、艦の特性や、その独特の癖を掴む事ができた。
キャッスル・アリスの第1回哨戒任務は1945年7月より始まり、それ以降は3度の哨戒任務に就いている。
12月初旬の第2次レビリンイクル沖海戦時には、キャッスル・アリスはリーシウィルムの浮きドックにて機関部の修理を行っていたため、
この大海戦に参加する事はできなかった。
12月14日に修理を終えたキャッスル・アリスは、2日間の試験公開の後、所属部隊である第64任務部隊司令部より、シホールアンル帝国北西海岸から、
ルキィント、ノア・エルカ列島間の哨戒任務を命ぜられ、各種消耗品を慌ただしく積み込んだ後に、未だ足を踏み入れた事のない新海域へと向けて出撃した。
そして、出撃から2週間が経った今日……ベルンハルト艦長と、彼の指揮するキャッスル・アリスのクルー達は無事、1946年を迎えるに至った。
(この世界では1486年であるが)
44年12月からは、本土で休養を取った後、翌年1月には最新鋭の潜水艦であるアイレックス級5番艦、キャッスル・アリスの初代艦長に任命され、
それから4カ月の完熟訓練を経て、艦の特性や、その独特の癖を掴む事ができた。
キャッスル・アリスの第1回哨戒任務は1945年7月より始まり、それ以降は3度の哨戒任務に就いている。
12月初旬の第2次レビリンイクル沖海戦時には、キャッスル・アリスはリーシウィルムの浮きドックにて機関部の修理を行っていたため、
この大海戦に参加する事はできなかった。
12月14日に修理を終えたキャッスル・アリスは、2日間の試験公開の後、所属部隊である第64任務部隊司令部より、シホールアンル帝国北西海岸から、
ルキィント、ノア・エルカ列島間の哨戒任務を命ぜられ、各種消耗品を慌ただしく積み込んだ後に、未だ足を踏み入れた事のない新海域へと向けて出撃した。
そして、出撃から2週間が経った今日……ベルンハルト艦長と、彼の指揮するキャッスル・アリスのクルー達は無事、1946年を迎えるに至った。
(この世界では1486年であるが)
「艦長、コーヒーです」
部下の水兵が淹れたコーヒーを、ニルソン副長が受け取り、それをベルンハルト艦長に渡す。
「ありがとう」
ベルンハルトはにこやかに笑みを浮かべてから、カップを手に取り、ミルクコーヒーを一口啜る。
片手にカップを持ったまま、彼は後ろの海図台で海図を見据えながら部下と話す航海長の背後に近付いた。
片手にカップを持ったまま、彼は後ろの海図台で海図を見据えながら部下と話す航海長の背後に近付いた。
「やあレニー」
「これは艦長。あけましておめでとうございます」
「おめでとう。去年は何とかくたばらずに済んだな」
「はは。今年も去年と同様、無事に生き残りたいものです」
「これは艦長。あけましておめでとうございます」
「おめでとう。去年は何とかくたばらずに済んだな」
「はは。今年も去年と同様、無事に生き残りたいものです」
キャッスル・アリス航海長を務めるレニー・ボールドウィン大尉は、伸びた無精ひげを撫でながらベルンハルトに答えた。
「今はどの辺だ?」
「この辺りですな」
「この辺りですな」
ボールドウィンは、海図の一点をコンパスで指す。
キャッスル・アリスは、シェルフィクル沖を通り過ぎ、西に向かって航行しつつある。
位置はシェルフィクルより方位260度、南西390マイル。
目標海域であるポイントDまでは、あと400マイル(640キロ)はある。
キャッスル・アリスは、昼間は潜行し、夜間は浮上しながら航行しているため、一日に平均200キロ。調子の良い時には、300キロほどは移動している。
このまま何事もなく進み続ければ、早くて明後日。遅くても4日以内には作戦海域に到達できるであろう。
位置はシェルフィクルより方位260度、南西390マイル。
目標海域であるポイントDまでは、あと400マイル(640キロ)はある。
キャッスル・アリスは、昼間は潜行し、夜間は浮上しながら航行しているため、一日に平均200キロ。調子の良い時には、300キロほどは移動している。
このまま何事もなく進み続ければ、早くて明後日。遅くても4日以内には作戦海域に到達できるであろう。
「シホットの連中は、主力部隊が壊滅したとはいえ、警戒用の哨戒艦や駆逐艦はたんまり残っているようで哨戒網は未だに厚いですが、シェルフィクルを
過ぎた辺りからは警戒も手薄になっていますな」
「敵はどうやら、シェルフィクルから東側付近を重点的に警戒しとるようだ。哨戒艦の数からして、第5艦隊所属の空母機動部隊への警戒か、あるいは、
俺達潜水艦部隊に対する対潜哨戒だろう。沿岸航路は是が非でも守り通さんと行かんからな」
「とはいえ、敵さんも遠洋哨戒を行うほど余裕が無いのか……沿岸から300マイル近く離れた沖には哨戒艦がおりませんね」
「情報によると、シホールアンル海軍は少なからぬ数の哨戒艦艇を北方航路沿いに東海岸へ向けて回航したとあった。沖まで哨戒網を張ろうにも、
艦艇不足で満足に哨戒出来ない事は、確かにあり得る話だ」
「出航前に伝えられた敵状報告では、12月15日から16日未明にかけて、駆逐艦を主体とした小型艦多数がシェルフィクル沖を通過し、シュヴィウィルグ運河へ
向けて航行中とあります。シホールアンル海軍の意図は不明ではありますが、敵はその数日前に、第3艦隊所属の空母機動部隊によってシギアル港所属の艦艇に
多大な損害を受けているため、その補填として本土領西岸部に駐留する海軍部隊の一部を、東海岸防衛に転用した事は容易に想像できますな」
過ぎた辺りからは警戒も手薄になっていますな」
「敵はどうやら、シェルフィクルから東側付近を重点的に警戒しとるようだ。哨戒艦の数からして、第5艦隊所属の空母機動部隊への警戒か、あるいは、
俺達潜水艦部隊に対する対潜哨戒だろう。沿岸航路は是が非でも守り通さんと行かんからな」
「とはいえ、敵さんも遠洋哨戒を行うほど余裕が無いのか……沿岸から300マイル近く離れた沖には哨戒艦がおりませんね」
「情報によると、シホールアンル海軍は少なからぬ数の哨戒艦艇を北方航路沿いに東海岸へ向けて回航したとあった。沖まで哨戒網を張ろうにも、
艦艇不足で満足に哨戒出来ない事は、確かにあり得る話だ」
「出航前に伝えられた敵状報告では、12月15日から16日未明にかけて、駆逐艦を主体とした小型艦多数がシェルフィクル沖を通過し、シュヴィウィルグ運河へ
向けて航行中とあります。シホールアンル海軍の意図は不明ではありますが、敵はその数日前に、第3艦隊所属の空母機動部隊によってシギアル港所属の艦艇に
多大な損害を受けているため、その補填として本土領西岸部に駐留する海軍部隊の一部を、東海岸防衛に転用した事は容易に想像できますな」
ボールドウィン航海長が言うと、ベルンハルト艦長も無言で頭を頷かせた。
「とは言え、油断は禁物だ。今まで通り、警戒を厳としつつ、目的地に向かうぞ」
ベルンハルトが自分を戒めるかのようにそう言った時、背後から別の士官に声を掛けられた。
「これは艦長。明けましておめでとうございます」
「やあ飛行長。無事に新年を迎える事ができたな」
「やあ飛行長。無事に新年を迎える事ができたな」
振り向いたベルンハルトは、キャッスル・アリスの飛行長を務めるウェイグ・ローリンソン大尉にそう返した。
「機体の調子はどうだね?」
「今の所、異常はありません。パイロット達も無事に年を越す事ができて喜んでおりますよ」
「ふむ。意気軒高といったところか」
「今の所、異常はありません。パイロット達も無事に年を越す事ができて喜んでおりますよ」
「ふむ。意気軒高といったところか」
ベルンハルトはローリンソン大尉に返事を送りつつ、2名の艦載機搭乗員の顔を思い出した。
キャッスル・アリスが搭載するSO3Aシーラビットを操る2名のクルーはいずれも若く、実戦経験も豊富だ。
今度の哨戒作戦では、キャッスル・アリスと、同型艦であるシー・ダンプティの艦載機が重要な役割を担う事になる。
作戦開始時期が近い事もあって、次第に士気も高まりつつあるようだ。
キャッスル・アリスが搭載するSO3Aシーラビットを操る2名のクルーはいずれも若く、実戦経験も豊富だ。
今度の哨戒作戦では、キャッスル・アリスと、同型艦であるシー・ダンプティの艦載機が重要な役割を担う事になる。
作戦開始時期が近い事もあって、次第に士気も高まりつつあるようだ。
「遅くても、明後日には作戦海域に達するだろう。その時には、よろしく頼むぞ」
「承知しております。うちのクルーは必ず成し遂げますよ」
「承知しております。うちのクルーは必ず成し遂げますよ」
ローリンソン大尉は自信満々に答えた。
「飛行長がああ言うのならば、次の作戦は楽勝でしょうな」
「そうなるといいんだがね」
「そうなるといいんだがね」
ベルンハルトがそう言うと、ローリンソンとボールドウィンは互いに顔を見合わせて苦笑し合った。
「潜水艦乗りは常に慎重に……だ。何しろ、防御力に関しては最も脆いからな。慎重に過ぎる事はないさ」
「その通りですな」
「その通りですな」
艦長の戒めの言葉に対し、ボールドウィンが相槌を打った。
「おっと…年始早々無駄に緊張させてすまんな。そういえば、飛行長の所の部下達は今どうしてるかね?」
「飛行科員は総出で新年の祝いをやっとる所です。耳をすませば聞こえてきますよ」
「飛行科員は総出で新年の祝いをやっとる所です。耳をすませば聞こえてきますよ」
ローリンソンは、耳を傾ける仕草を交えながらベルンハルトに答えた。
「皆、概ね楽しんどるようだな」
「酒が飲めん事に関して、少しばかり不満を言っていましたが、それ以外は充分に満足しているようです」
「そこは仕方ないさ。合衆国海軍は禁酒だからな。今ある物で我慢してもらおう」
「酒が飲めん事に関して、少しばかり不満を言っていましたが、それ以外は充分に満足しているようです」
「そこは仕方ないさ。合衆国海軍は禁酒だからな。今ある物で我慢してもらおう」
ベルンハルトはそう言うと、海図台から離れた。
「ひとまず、飛行科員の宴席に顔を出してみるか」
彼はニヤリと笑みを浮かべつつ、飛行科員のいる居住区画に向けて足を進めていった。
1月3日 午前9時40分 ノア・エルカ列島ロアルカ島沖東方60マイル地点
第109駆逐隊の属する駆逐艦フロイクリは、同じ隊に所属する僚艦3隻と、輸送船30隻、他の護衛艦8隻と共に
帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速力で航行していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は艦長席に座って、副長と会話を交わしていた。
帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速力で航行していた。
フロイクリ艦長ルシド・フェヴェンナ中佐は艦長席に座って、副長と会話を交わしていた。
「今の所、本土西岸部は天候不順のままのようですな」
「こっちとしては好都合の状況と、言いたいではあるが……空母機動部隊に襲われなくても、海中の敵潜水艦からの
攻撃は十二分に考えられる。私としては、もっと多くの護衛艦が必要だと思うのだがな」
「やはり、12隻では足りませんか?」
「こっちとしては好都合の状況と、言いたいではあるが……空母機動部隊に襲われなくても、海中の敵潜水艦からの
攻撃は十二分に考えられる。私としては、もっと多くの護衛艦が必要だと思うのだがな」
「やはり、12隻では足りませんか?」
副長のロンド・ネルス少佐は眉をひそめながら聞いてくる。
「足りんな。アメリカ軍の潜水艦は、同盟国の魔法技術のお陰で隠密性に優れている。その影響でこちらの生命反応探知装置が
役立たずになってしまった。そうなると、護衛艦を増やして海の見張りを強化する必要がある。30隻の輸送船を護衛するなら……
せめて、護衛艦は16隻。欲を言って20隻は欲しいところだ」
「本国では、新式の金属探知魔法の開発に成功し、順次実戦配備が予定されているようですが」
「前線に行き渡るには、最低でもあと半年か1年は必要と言われているぞ。急場には間に合わんよ」
「半年か1年ですか……」
「とにかく、俺達は今ある物でやっていくしかない。出航前にも言ったが、特に対潜警戒は厳となせ」
「はっ。重ねて通達いたします」
役立たずになってしまった。そうなると、護衛艦を増やして海の見張りを強化する必要がある。30隻の輸送船を護衛するなら……
せめて、護衛艦は16隻。欲を言って20隻は欲しいところだ」
「本国では、新式の金属探知魔法の開発に成功し、順次実戦配備が予定されているようですが」
「前線に行き渡るには、最低でもあと半年か1年は必要と言われているぞ。急場には間に合わんよ」
「半年か1年ですか……」
「とにかく、俺達は今ある物でやっていくしかない。出航前にも言ったが、特に対潜警戒は厳となせ」
「はっ。重ねて通達いたします」
副長はそう答えてからフェヴェンナの傍を離れた。
「それにしても……レーミア湾海戦から今日に至るまで、よく生き残れたと思ったが……こうして見ると、生き残れた事が
良かったかどうか分からなくなるな」
良かったかどうか分からなくなるな」
駆逐艦フロイクリは、1483年12月にスルイグラム級駆逐艦の14番艦として竣工し、以降は竜母機動部隊の護衛に従事した後
、昨年1月のレーミア湾海戦では第109駆逐隊の一員として米駆逐艦部隊と激しい砲撃戦を行った後、撤退中の味方戦艦部隊の
援護を行い、追撃するアイオワ級戦艦2隻を相手に、僚艦と共にシホールアンル海軍初となる水上艦による統制雷撃を行い、魚雷を
複数命中させて2隻とも大破させるという戦果を挙げた。
その後は再編に取り掛かった第4機動艦隊の護衛艦として任務をこなし続けたが、第2次レビリンイクル沖海戦が始まる前、機動部隊と
共に出航する直前になって機関不調となり、フロイクリは修理のため港に留まった。
その後、第4機動艦隊はアメリカ第5艦隊との決戦に敗北し、港には傷ついた竜母や護衛艦群が帰ってきた。
12月16日に、機関の修理が完了したフロイクリは、僚艦と共にノア・エルカ列島-本土西岸の航路護衛の任を受け、一路ロアルカ島に
向けて出港した。
同駆逐隊は12月20日にロアルカ島のリヴァントナ港に入港した後、護衛対象である輸送艦がロアルカ島に集結し、同島にて生産された
各種物資を積み込むまで洋上にて訓練を行った。
第109駆逐隊は、第2時レビリンイクル沖海戦で壊滅した同部隊を再建したものであり、元々は最新鋭のスルイグラム級で構成されていたが、
海戦後はガテ級駆逐艦やマブナル級駆逐艦といった比較的旧式の駆逐艦と共に隊を編成しているため、文字通り寄せ集めの部隊となっている。
このため、艦隊運動に関しては幾分不安が残っており、敵の攻撃を受けた場合、効果的に迎撃できるか分からなかった。
とはいえ、各艦とも就役してから数年は経ち、実戦経験も積んでいるため、連携さえ取れれば何とか任務をこなせると考える者も居る。
第109駆逐隊の旗艦である駆逐艦メリヌグラムに座乗するタパリ・ラーブス大佐はそう確信しているが、フェヴェンナ中佐はそれでも
不安を拭えなかった。
、昨年1月のレーミア湾海戦では第109駆逐隊の一員として米駆逐艦部隊と激しい砲撃戦を行った後、撤退中の味方戦艦部隊の
援護を行い、追撃するアイオワ級戦艦2隻を相手に、僚艦と共にシホールアンル海軍初となる水上艦による統制雷撃を行い、魚雷を
複数命中させて2隻とも大破させるという戦果を挙げた。
その後は再編に取り掛かった第4機動艦隊の護衛艦として任務をこなし続けたが、第2次レビリンイクル沖海戦が始まる前、機動部隊と
共に出航する直前になって機関不調となり、フロイクリは修理のため港に留まった。
その後、第4機動艦隊はアメリカ第5艦隊との決戦に敗北し、港には傷ついた竜母や護衛艦群が帰ってきた。
12月16日に、機関の修理が完了したフロイクリは、僚艦と共にノア・エルカ列島-本土西岸の航路護衛の任を受け、一路ロアルカ島に
向けて出港した。
同駆逐隊は12月20日にロアルカ島のリヴァントナ港に入港した後、護衛対象である輸送艦がロアルカ島に集結し、同島にて生産された
各種物資を積み込むまで洋上にて訓練を行った。
第109駆逐隊は、第2時レビリンイクル沖海戦で壊滅した同部隊を再建したものであり、元々は最新鋭のスルイグラム級で構成されていたが、
海戦後はガテ級駆逐艦やマブナル級駆逐艦といった比較的旧式の駆逐艦と共に隊を編成しているため、文字通り寄せ集めの部隊となっている。
このため、艦隊運動に関しては幾分不安が残っており、敵の攻撃を受けた場合、効果的に迎撃できるか分からなかった。
とはいえ、各艦とも就役してから数年は経ち、実戦経験も積んでいるため、連携さえ取れれば何とか任務をこなせると考える者も居る。
第109駆逐隊の旗艦である駆逐艦メリヌグラムに座乗するタパリ・ラーブス大佐はそう確信しているが、フェヴェンナ中佐はそれでも
不安を拭えなかった。
「しかし、敵さんは今後、この航路にも多数の潜水艦を派遣するかもしれませんな」
「ラーブス司令は出港前の会議で、敵潜水艦の襲撃は、少なくとも1月中旬までは行われないであろうから、それまでは気楽に護衛任務を
こなせられるが、それ以降は気を引き締めてかかろうと言われていた」
「ラーブス司令は出港前の会議で、敵潜水艦の襲撃は、少なくとも1月中旬までは行われないであろうから、それまでは気楽に護衛任務を
こなせられるが、それ以降は気を引き締めてかかろうと言われていた」
ネルス副長に対して、フェヴェンナ艦長は眉間に皴を寄せながら言う。
「だが、司令は楽観的過ぎると私は思っとるよ」
「そういえば、司令は今回がこの戦争での初の実戦でしたな……」
「一応、実戦経験が無い訳ではないのだが、それも北大陸統一戦の頃の経験だ。ラーブス司令はアメリカが戦争に加わる直前になって本国の
地上勤務に転属され、それが昨年の12月中旬までずっと続いていた。対米戦に関して言えばただの新米に等しい。着任前には色々と資料を
見て勉強したようだが、私からしてみれば全く足りんと思うな」
「そういえば、司令は今回がこの戦争での初の実戦でしたな……」
「一応、実戦経験が無い訳ではないのだが、それも北大陸統一戦の頃の経験だ。ラーブス司令はアメリカが戦争に加わる直前になって本国の
地上勤務に転属され、それが昨年の12月中旬までずっと続いていた。対米戦に関して言えばただの新米に等しい。着任前には色々と資料を
見て勉強したようだが、私からしてみれば全く足りんと思うな」
フェヴェンナ艦長はそう言うと、深く溜息を吐く。
「既に海軍の主力部隊を失った帝国は北岸以外、すべての制海権を敵に奪取されたに等しい。それはつまり、敵はいつでも、各地の航路を
襲撃できる態勢を整えたという事だ。この航路だって、敵の潜水艦部隊が進出を終えて俺達を待ち伏せているかもしれんぞ」
襲撃できる態勢を整えたという事だ。この航路だって、敵の潜水艦部隊が進出を終えて俺達を待ち伏せているかもしれんぞ」
ネルス副長は艦長の言葉を聞いた後、しばし黙考してから口を開く。
「確かにそうでしょうが……潜水艦の襲撃だけで済みますかね」
「………済まんだろうな」
「………済まんだろうな」
フェヴェンナは自虐めいた笑みを浮かべながら、副長に返した。
帝国本土西岸部の制海権を失った以上、潜水艦の襲撃のみで済むはずがない。
むしろ、潜水艦の襲撃は破局の手始めに過ぎず、その後は、主力部隊を葬った敵の高速機動部隊が周辺海域に跳梁し、航路を往来する護送船団を
片端から食らい尽くしていくであろう。
帝国本土西岸部の制海権を失った以上、潜水艦の襲撃のみで済むはずがない。
むしろ、潜水艦の襲撃は破局の手始めに過ぎず、その後は、主力部隊を葬った敵の高速機動部隊が周辺海域に跳梁し、航路を往来する護送船団を
片端から食らい尽くしていくであろう。
「せめて……残りの竜母が使えればな」
「第4機動艦隊の残存竜母に戦闘ワイバーンを満載してくれれば、せめて防衛だけは出来そうなものですが。上層部はいったい何をしているんですかね」
「第4機動艦隊の残存竜母に戦闘ワイバーンを満載してくれれば、せめて防衛だけは出来そうなものですが。上層部はいったい何をしているんですかね」
ネルス副長は眉をひそめながら不平を言うが、フェヴェンナは頭を振りながらそれを否定する。
「竜母はあっても、使えるワイバーンと竜騎士が絶対的に足りんのだ」
フェヴェンナは人差し指を上げながら言う。
「12月の決戦前、第4機動艦隊のワイバーンは960騎あったが、海戦後は270騎にまで減らされている。その損失を首都や後方に
待機していた予備部隊で補う筈だったが、その予備の一部が首都攻防戦でほぼ壊滅して、第4機動艦隊のワイバーン戦力は400騎しかおらん。
そして、海軍全体で保有しているワイバーンは、育成中の個体も含めて800騎にも満たない。そして何より……」
待機していた予備部隊で補う筈だったが、その予備の一部が首都攻防戦でほぼ壊滅して、第4機動艦隊のワイバーン戦力は400騎しかおらん。
そして、海軍全体で保有しているワイバーンは、育成中の個体も含めて800騎にも満たない。そして何より……」
彼は人差し指を収めた後、両腕でバツ印を描いた。
「練度が圧倒的に足りない。今や、海軍ワイバーン隊はその大半が素人で、玄人なんかほんの一握りしか残っておらん。腕のいい奴は、
大半が戦死したか、再起不能にされてしまったよ」
大半が戦死したか、再起不能にされてしまったよ」
「と言う事は……出したくても出せないという訳ですな」
「そういう事さ」
「そういう事さ」
フェヴェンナは諦観の念を表しながらそう返す。
「それに、残存竜母が総力出撃し、全力で護衛してくれたとしても……強大なアメリカ機動部隊の事だ。圧倒的な艦載機数でもって味方竜母を
全滅させようとし、現に全滅するだろう」
「……負け戦ここに極まれり、ですか」
「認めたくないが、そうなってしまっているな。でなきゃ、艦隊型駆逐艦として作られたフロイクリが、輸送艦の護衛に付くはずがない。
船団護衛には哨戒艦で事足りる事だ」
全滅させようとし、現に全滅するだろう」
「……負け戦ここに極まれり、ですか」
「認めたくないが、そうなってしまっているな。でなきゃ、艦隊型駆逐艦として作られたフロイクリが、輸送艦の護衛に付くはずがない。
船団護衛には哨戒艦で事足りる事だ」
フェヴェンナは再びため息を吐きながら、ネルスにそう語った。
「とはいえ……任務はこうして与えられた訳だ。敵はこうしている間にも、手ぐすね引いて待っているかもしれん。愚痴を言っている場合ではなさそうだ」
「確かに……あ、そう言えば」
「確かに……あ、そう言えば」
ネルスは何かを思い出した。
「航海長が今後の道程について意見を申し述べたいと言っておりました」
「ふむ……航海長はいつもの場所か?」
「はい」
「よろしい。会って話をするか」
「ふむ……航海長はいつもの場所か?」
「はい」
「よろしい。会って話をするか」
フェヴェンナは艦長席から立つと、航海艦橋に向かった。
程なくして、彼は海図台の上で航路を確認する航海長に声を掛けた。
程なくして、彼は海図台の上で航路を確認する航海長に声を掛けた。
「航海長」
「艦長……副長からお話は聞いたようですな」
「艦長……副長からお話は聞いたようですな」
駆逐艦フロイクリ航海長を務めるハヴァクノ・ホインツァム大尉はあっけらかんとした表情でフェヴェンナの顔を見据えた。
ホインツァム大尉は今年で29歳になる海軍士官だ。
顔は年齢の割に皴が多く、目が細くて小さいため、傍目では常に目を閉じていると思われている。
ホインツァム大尉は今年で29歳になる海軍士官だ。
顔は年齢の割に皴が多く、目が細くて小さいため、傍目では常に目を閉じていると思われている。
しかし、実際には柔和な表情を浮かべる事が多く、実戦経験も豊富なため、とても頼りになる士官でもある。
「今後の事で相談があるようだな」
「ええ。そうです」
「ええ。そうです」
ホインツァム航海長は、ずれた略帽を直しながら、海図上にペン先を向けた。
「現在、我が船団は帝国本土西岸部にあるホーントゥレア港に向けて8リンル(16ノット)の速度でジグザグ航行をしております。
現在の速度で行くなら、予定では4日後の1月7日夜半にホーントゥレア港に到達できます。ただし、それは……敵潜水艦の妨害を
受ける事無く、順調に進んだ場合の話です」
現在の速度で行くなら、予定では4日後の1月7日夜半にホーントゥレア港に到達できます。ただし、それは……敵潜水艦の妨害を
受ける事無く、順調に進んだ場合の話です」
ホィンツアム航海長は、無言でペン先を右に走らせる。
そして、航路の中間海域で止め、そこに大きな丸い円を描いた。
そして、航路の中間海域で止め、そこに大きな丸い円を描いた。
「もし敵の潜水艦が進出した場合、恐らくは、この辺りの海域まで進出し、網を張っている可能性があります」
「…この辺までか。となると、明日の夜半頃からは対潜警戒を厳にして備えるべきか」
「…この辺までか。となると、明日の夜半頃からは対潜警戒を厳にして備えるべきか」
フェヴェンナはそう言いつつ、顔をホィンツアム航海長に向ける。
「それで、君は私に意見を申し述べたいそうだな。となると、私に艦隊の針路を変えるよう、意見具申を行うようにと言いたいのかね?」
「いえ、私が懸念しておりますのは、もっと別の問題です」
「別の問題……それはどういう事だね?」
「いえ、私が懸念しておりますのは、もっと別の問題です」
「別の問題……それはどういう事だね?」
ホィンツアムは目線を海図に移しながら質問に答え始める。
「我々は、海の中だけではなく、空も警戒するべきではないでしょうか」
「空……だと?」
「艦長は出港前におっしゃられていましたな。アメリカ海軍は、偵察機を搭載した新型潜水艦を就役させたと海軍情報部から前線部隊に
通達があった……と」
「ああ……確かにそう言ったが」
「空……だと?」
「艦長は出港前におっしゃられていましたな。アメリカ海軍は、偵察機を搭載した新型潜水艦を就役させたと海軍情報部から前線部隊に
通達があった……と」
「ああ……確かにそう言ったが」
フェヴェンナは、ロアルカ島の西方方面艦隊司令部で行われた出港前の会議で、司令部の魔道参謀より米海軍の動向や敵新型艦の
配備状況などを一通り聞かされた。
その中に、
配備状況などを一通り聞かされた。
その中に、
「米海軍は航空機搭載の新型潜水艦を複数就役させ、完熟訓練を行っている模様」
と、素っ気ない一文が混ざっていた。
それをフェヴェンナは艦の主要幹部らにも伝えたが、フェヴェンナ自身は通達しただけで、その未知の新型艦の存在をすっかり忘れていた。
それをフェヴェンナは艦の主要幹部らにも伝えたが、フェヴェンナ自身は通達しただけで、その未知の新型艦の存在をすっかり忘れていた。
「だが、例の新型艦は前線で発見されたという報告が上がっていないと聞く。それに、新型艦は完熟訓練の真っ最中のようだから、俺達が
その艦の心配をする必要はないと思うが」
「本当にそう思われているのですか……正直申しまして、私はその情報を真に受ける事はできませんな」
その艦の心配をする必要はないと思うが」
「本当にそう思われているのですか……正直申しまして、私はその情報を真に受ける事はできませんな」
ホィンツアムは険しい表情を浮かべながら、艦長の言葉を否定した。
「海軍情報部は時折、情報分析が満足にできていない事があります。艦長も知っとるでしょう?リプライザルショックの事を」
「それなら無論知っているよ。エセックス級のガワだけ大きくしたと思われていた新型空母が、実際はガワだけではなく、戦艦顔負けの
驚異的な防御力を有していた事。そして、それを知った竜騎士の一部が出撃を拒否した事もな」
「表には出ていませんが、竜騎士達の衝撃と憤慨ぶりは凄まじい物だったと聞き及んでおります。そんな情報部がもたらした情報を完璧に
信じ込むのは危ないのではありませんか?」
「しかしだな、航海長。情報部も常に間違った情報を伝えている訳ではないのだ。そう目くじらを立てる事もあるまい」
「……確かに、そうでしょうな」
「それなら無論知っているよ。エセックス級のガワだけ大きくしたと思われていた新型空母が、実際はガワだけではなく、戦艦顔負けの
驚異的な防御力を有していた事。そして、それを知った竜騎士の一部が出撃を拒否した事もな」
「表には出ていませんが、竜騎士達の衝撃と憤慨ぶりは凄まじい物だったと聞き及んでおります。そんな情報部がもたらした情報を完璧に
信じ込むのは危ないのではありませんか?」
「しかしだな、航海長。情報部も常に間違った情報を伝えている訳ではないのだ。そう目くじらを立てる事もあるまい」
「……確かに、そうでしょうな」
ホィンツアムは顔を頷かせてそう返すが、尚も言葉を続ける。
「ですが、その新型艦が前線に出ていないとしても……そういった類の新型艦は存在するのです。航空掩護の無い護送船団にとって、
これは非常にきつい事だと思いませんか?」
「……言われてみれば。確かに」
これは非常にきつい事だと思いませんか?」
「……言われてみれば。確かに」
フェヴェンナは、ホィンツアムの言わんとしている事を理解し始めた。
「元々、護送船団を監視する潜水艦は、海中からこちら側の陣容を確認しているようですが、それは潜水艦が襲撃地点に到達するやや前の海域で
行われる事。それはつまり、直前までこちらの数は把握できていないという事です。ですが……航空偵察が事前に行われてしまえばどうなります?
敵は襲撃を行う遥か前から、航空偵察によって船団の艦数をほぼ正確に突き止める事が可能になり、それによってある船団は駆逐艦が多いから
襲わなくていい。ある船団は護衛が少ないから襲撃に最適……と言う事を予め判断できるのです。これは大事ですよ」
「ああ……よくよく考えてみたら、とんでもない事になるな」
「しかも、これは敵が制空権を持っていない海域でも、こちら側に航空掩護が全く無ければ、その新型艦1隻混じるだけで、先ほど言った事が
間違いなく可能になります。今日のように、複数の護衛艦を付けて船団を形成する事を、我が帝国は毎時のようにできる訳ではありません。
時には護送船団を送り出す傍ら、輸送艦数隻だけで同時に外洋へ送り出す事もありますから……」
行われる事。それはつまり、直前までこちらの数は把握できていないという事です。ですが……航空偵察が事前に行われてしまえばどうなります?
敵は襲撃を行う遥か前から、航空偵察によって船団の艦数をほぼ正確に突き止める事が可能になり、それによってある船団は駆逐艦が多いから
襲わなくていい。ある船団は護衛が少ないから襲撃に最適……と言う事を予め判断できるのです。これは大事ですよ」
「ああ……よくよく考えてみたら、とんでもない事になるな」
「しかも、これは敵が制空権を持っていない海域でも、こちら側に航空掩護が全く無ければ、その新型艦1隻混じるだけで、先ほど言った事が
間違いなく可能になります。今日のように、複数の護衛艦を付けて船団を形成する事を、我が帝国は毎時のようにできる訳ではありません。
時には護送船団を送り出す傍ら、輸送艦数隻だけで同時に外洋へ送り出す事もありますから……」
ホィンツアムは無意識のうちに頭を抱えていた。
「下手すると、敵機動部隊が暴れ込むまでもなく、輸送艦は片端から沈められてしまう恐れがあります」
彼はそう言いながら、持っていたペンの後ろで海図を数度叩く。
「この航路は、敵の新型艦の性能を試すには最適な航路と言っても過言ではありません。もし敵が新型艦を実戦投入していた場合、我が軍の
対潜作戦はより厳しい物になります」
「潜水艦に偵察機を搭載……か。まったく、とんでもない国と戦争をおっぱじめやがったもんだ」
対潜作戦はより厳しい物になります」
「潜水艦に偵察機を搭載……か。まったく、とんでもない国と戦争をおっぱじめやがったもんだ」
フェヴェンナは渋面を浮かべたまま、顔を海図に近付ける。
「……航海長。もし、敵が新型潜水艦を投入していた場合、我が艦隊はどの辺りから対空警戒を行った方がいいかね?」
「すぐに行うべきです。今から1分後……いや、1秒後にでも」
「すぐに行うべきです。今から1分後……いや、1秒後にでも」
ホィンツァムは、海図上に書き込んだ敵潜水艦の予想位置を中心に、コンパスで円を描いた。
「敵潜水艦が搭載している艦載機の性能は判明しておりませんが、機体の形状からして敵機動部隊が搭載しているアベンジャーやヘルダイバーを
ベースにして作られていた場合、航続距離もそれと同等か、やや劣る程度と考えた方がよろしいでしょう。となりますと……この円の中範囲内が
敵偵察機の行動半径内であると推定できます」
「半径250ゼルド(700キロ)……護送船団は、間もなく敵の索敵範囲内に入る、と言う事か」
「そうなります。私が即座に対空警戒を行うべきと申したのも、こういう推測に基づいているからです。艦長……」
ベースにして作られていた場合、航続距離もそれと同等か、やや劣る程度と考えた方がよろしいでしょう。となりますと……この円の中範囲内が
敵偵察機の行動半径内であると推定できます」
「半径250ゼルド(700キロ)……護送船団は、間もなく敵の索敵範囲内に入る、と言う事か」
「そうなります。私が即座に対空警戒を行うべきと申したのも、こういう推測に基づいているからです。艦長……」
ホィンツァムはフェヴェンナの横顔をまじまじと見つめる。
「ラーブス司令に意見具申を」
「しかしだな、航海長。君の意見も理解できる。だが、敵新型潜水艦は前線に投入されたという情報は入っておらんのだ。もしかしたら、
この情報は敵の欺瞞工作であり、見えぬ新型艦の情報を流して我が方を混乱させることを考えているかもしれない」
「情報部が新型潜水艦の実戦投入に気付けていない可能性もあり得ますぞ」
「しかしだな、航海長。君の意見も理解できる。だが、敵新型潜水艦は前線に投入されたという情報は入っておらんのだ。もしかしたら、
この情報は敵の欺瞞工作であり、見えぬ新型艦の情報を流して我が方を混乱させることを考えているかもしれない」
「情報部が新型潜水艦の実戦投入に気付けていない可能性もあり得ますぞ」
フェヴェンナはホィンツアムに翻意を促そうとするが、ホィンツアムは頑として譲らない。
「我々は満足に敵状把握を行えず、煮え湯を飲まされ続けてきています。そして、それは今も続いているかもしれないのですぞ。恐れながら……
司令に意見具申を行い、全艦に対空警戒を促す事が、これから予想される敵潜水艦部隊の襲撃を回避、あるいは、損害軽減に繋がるかと、私は思います」
「………」
司令に意見具申を行い、全艦に対空警戒を促す事が、これから予想される敵潜水艦部隊の襲撃を回避、あるいは、損害軽減に繋がるかと、私は思います」
「………」
ホィンツアムの口調は異様に鋭い。
フェヴェンナはしばしの間黙考する。
フェヴェンナはしばしの間黙考する。
(ホィンツアムは、開戦以来、アメリカ海軍と戦い続けた数少ない猛者の1人だ。これまでの経験でホィンツアムの培った勘が、この護送船団に
危機が迫っていると確信させているのだろう。最も、多少怯えすぎのようにも思えるが……)
危機が迫っていると確信させているのだろう。最も、多少怯えすぎのようにも思えるが……)
「艦長……意見具申はできませんか?」
フェヴェンナは、ホィンツアムの怜悧な声で思考を止めた。
「そこまで言うのであれば、いいだろう」
「では……」
「では……」
ホィンツアムの引きつり気味であった表情がやや緩んだ。
「ラーブス司令に、私の名で意見具申を行おう」
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」
フェヴェンナが了承すると、ホィンツアムは張りのある声音で礼を言った。
だが、そこでフェヴェンナは右手を上げた。
だが、そこでフェヴェンナは右手を上げた。
「ただし……司令が私の具申を聞き入れてくれるかは分からんぞ。もしかしたら、その必要はなしとして一蹴されるかもしれん。私もやれるだけ
やって見るが」
「聞き入れてくれないのならば、致し方ありません。そこは覚悟の上です」
「よろしい。それでは、私は旗艦に意見具申を行う事にする。あとは任せろ。引き続き頼むぞ」
「はっ!」
やって見るが」
「聞き入れてくれないのならば、致し方ありません。そこは覚悟の上です」
「よろしい。それでは、私は旗艦に意見具申を行う事にする。あとは任せろ。引き続き頼むぞ」
「はっ!」
フェヴェンナはホィンツアムの肩を軽く叩き、ホィンツアムも短く返事をしてから、元の任務に戻った。
魔導士に自ら起草した通信文を送らせた後、フェヴェンナは艦橋に戻りながら、航海長が海図に記した円を思い出していた。
「敵の潜水艦部隊が航路の中間地点に居座った場合……例の新型潜水艦……航空潜水艦と呼ぶのが正しいだろうが、そいつが同行していれば、
半径250ゼルドの範囲が敵索敵期の範囲内に収まる。それはつまり、450ゼルドに渡る本土との連絡線、その半分以上が敵航空機の監視下に
置かれるという事か……」
半径250ゼルドの範囲が敵索敵期の範囲内に収まる。それはつまり、450ゼルドに渡る本土との連絡線、その半分以上が敵航空機の監視下に
置かれるという事か……」
フェヴェンナは、その冷徹な現実の前に、本気で憂鬱になりかけていた。
海中の潜水艦部隊も恐ろしい。
そして、圧倒的な破壊力を有する敵機動部隊は更に恐ろしい。
だが……一番恐ろしいのは、数少ない安寧の航路さえも、たった1機の偵察機で白日の下に曝け出す例の新型潜水艦ではないのだろうか。
安全海域だと思い、安心して航行していた輸送船は、唐突に表れた偵察機にその素性を調べられ、その情報を基に、敵潜水艦部隊は、より自由に活動できる。
そして、敵潜水艦の魔の手は、いずれは北岸付近にも及んでしまうかもしれない。
彼はそう思うと、背筋が凍り付いてしまった。
海中の潜水艦部隊も恐ろしい。
そして、圧倒的な破壊力を有する敵機動部隊は更に恐ろしい。
だが……一番恐ろしいのは、数少ない安寧の航路さえも、たった1機の偵察機で白日の下に曝け出す例の新型潜水艦ではないのだろうか。
安全海域だと思い、安心して航行していた輸送船は、唐突に表れた偵察機にその素性を調べられ、その情報を基に、敵潜水艦部隊は、より自由に活動できる。
そして、敵潜水艦の魔の手は、いずれは北岸付近にも及んでしまうかもしれない。
彼はそう思うと、背筋が凍り付いてしまった。
「それでも……それでも続けねばならんのか。この戦争を…」
フェヴェンナの諦観の混じった声は、艦体に吹き上がった波しぶきの音で?き消された。
1月5日 午前6時30分 ノア・エルカ列島東方600マイル地点
ベルンハルト艦長は、潜望鏡で周囲の海域を慎重に眺め回していた。
やがて、周囲に敵影が無い事を確認すると、ベルンハルトは頷きながら潜望鏡を収めさせた。
やがて、周囲に敵影が無い事を確認すると、ベルンハルトは頷きながら潜望鏡を収めさせた。
「浮上する!メインタンク・ブロー!」
「メインタンク・ブロー、アイ・サー!」
「メインタンク・ブロー、アイ・サー!」
ベルンハルトの指示の下、クルーが手慣れた動きで各種機器を操作し、キャッスル・アリスの艦体を海面へと誘っていく。
海面に長い艦首が現れると、そこから瞬く間に艦体が波飛沫を受けながら洋上に姿を現す。
キャッスル・アリスはその黒い船体を完全に浮かび上がらせると、10ノットの速度で洋上を走り始めた。
艦橋に装備されている対空レーダーと対水上レーダーはひっきりなしに電波を飛ばし、視認範囲外に脅威となる物が居ないか探る。
甲板には我先にと見張り員が躍り出て、艦橋や甲板に陣取って索敵を始めた。
海面に長い艦首が現れると、そこから瞬く間に艦体が波飛沫を受けながら洋上に姿を現す。
キャッスル・アリスはその黒い船体を完全に浮かび上がらせると、10ノットの速度で洋上を走り始めた。
艦橋に装備されている対空レーダーと対水上レーダーはひっきりなしに電波を飛ばし、視認範囲外に脅威となる物が居ないか探る。
甲板には我先にと見張り員が躍り出て、艦橋や甲板に陣取って索敵を始めた。
「艦長。対空レーダー、対水上レーダー、共に敵の姿は映っておりません」
報告を聞いたベルンハルト艦長は、微かに頷く。
「よし。索敵機を出そう。飛行科員は直ちに発艦準備にかかれ!」
ベルンハルトが命令を下すと、飛行科員が待ってましたとばかりに、航空機格納庫に取り付く。
程無くして、格納庫の扉が左右に開け放たれ、中から折り畳まれた水上機が、カタパルトの上に押し出された。
小振りながらも、ほっそりとした機体に、5名の機付き整備員が機体の各所を点検していく。
点検が一通り終わると、ある者は燃料タンクに燃料を入れ、ある者は機銃弾を装填していく。
操縦席に座った整備員はエンジンを始動し、暖機運転を始めた。
アイレックス級潜水艦の艦載機であるSO3Aシーラビットは、胴体の燃料だけで最大1800キロの飛行が可能だが、今回は両翼に2個の
増槽タンクを取り付けている。
増槽を取り付けて飛行した場合、航続距離は2400キロまで伸びるため、パイロットは余裕をもって索敵に専念できる。
浮上から2分後に、艦橋に上がったベルンハルトは、空と洋上の波を交互に見て満足そうな表情を浮かべた。
程無くして、格納庫の扉が左右に開け放たれ、中から折り畳まれた水上機が、カタパルトの上に押し出された。
小振りながらも、ほっそりとした機体に、5名の機付き整備員が機体の各所を点検していく。
点検が一通り終わると、ある者は燃料タンクに燃料を入れ、ある者は機銃弾を装填していく。
操縦席に座った整備員はエンジンを始動し、暖機運転を始めた。
アイレックス級潜水艦の艦載機であるSO3Aシーラビットは、胴体の燃料だけで最大1800キロの飛行が可能だが、今回は両翼に2個の
増槽タンクを取り付けている。
増槽を取り付けて飛行した場合、航続距離は2400キロまで伸びるため、パイロットは余裕をもって索敵に専念できる。
浮上から2分後に、艦橋に上がったベルンハルトは、空と洋上の波を交互に見て満足そうな表情を浮かべた。
「ほほう、これは絶好の索敵日和ですなぁ」
すぐ後ろに付いてきたローリンソン飛行長が、顔に満面の笑みを表しながらベルンハルトに言った。
「多少は荒れた天気が続くかと思っていたが、素晴らしいほどの冬晴れだ。空気がかなり冷たい事を除けば、満点の天気と言えるだろう」
「これなら、索敵もやりやすいでしょう。お、来たか」
「これなら、索敵もやりやすいでしょう。お、来たか」
ローリンソン大尉は、艦橋のハッチから上がってきた2人の飛行服姿の部下に顔を向ける。
部下2人は、ベルンハルト艦長とローリンソン飛行長に対して敬礼を行う。
部下2人は、ベルンハルト艦長とローリンソン飛行長に対して敬礼を行う。
「うむ、ご苦労」
ベルンハルトは、短くそう返してから答礼する。
「ロージア少尉、クライトン兵曹長。待ちに待った出番だ。今日はしっかり働いてもらうぞ」
「「はい!」」
「「はい!」」
キャッスル・アリス搭載機の機長を務めるニュール・ロージア少尉と、パイロットを務めるトリーシャ・クレイトン兵曹長は、気合いの
籠った口調で返事をする。
籠った口調で返事をする。
「先ほど、僚艦であるシー・ダンプティも艦載機の発艦準備を終えつつあると通信が入った。諸君らは、先の打ち合わせ通り、母艦から
西方300マイル(480キロ)まで進出し、洋上を航行していると思しきシホールアンル軍輸送船団を発見し、その詳細を母艦に伝えて
貰いたい。万が一、敵船団に竜母が居た場合、または、機位を見失った場合は即座に索敵を中止し、母艦へ戻って貰う。機体に何らかの
トラブルが発生し、索敵に支障が来す場合も同様である。いいか……必ず帰還するんだ。決して、変な気は起こすなよ?」
「無論です!何しろ、このロージアが指揮しますからな。飛行長……そして艦長。必ずや、敵船団を発見し、母艦へ戻ります」
「私も、機長と同じであります」
西方300マイル(480キロ)まで進出し、洋上を航行していると思しきシホールアンル軍輸送船団を発見し、その詳細を母艦に伝えて
貰いたい。万が一、敵船団に竜母が居た場合、または、機位を見失った場合は即座に索敵を中止し、母艦へ戻って貰う。機体に何らかの
トラブルが発生し、索敵に支障が来す場合も同様である。いいか……必ず帰還するんだ。決して、変な気は起こすなよ?」
「無論です!何しろ、このロージアが指揮しますからな。飛行長……そして艦長。必ずや、敵船団を発見し、母艦へ戻ります」
「私も、機長と同じであります」
ローリンソンから出撃前の訓示を受けた2人の搭乗員は、自信に満ちた口調でローリンソンとベルンハルトに強く誓った。
「よろしい。では、かかれ!」
2人は無言で敬礼を行うと、足早に艦橋を下り、整備員に取り囲まれた愛機に向かっていった。
整備員から機体の状況を確認したロージア少尉とクレイトン兵曹長は、何度か顔を頷かせてから機体に乗り込んでいく。
ロージア少尉は偵察員席に、クレイトン兵曹長は操縦席に座ると、機付き整備員が一斉に離れ、整備班長がローリンソンに合図を送った。
カタパルト上のシーラビットが、エンジン音をがなり立てる。
整備の行き届いた機首の1350馬力エンジンは快調な音を鳴らしていた。
整備員から機体の状況を確認したロージア少尉とクレイトン兵曹長は、何度か顔を頷かせてから機体に乗り込んでいく。
ロージア少尉は偵察員席に、クレイトン兵曹長は操縦席に座ると、機付き整備員が一斉に離れ、整備班長がローリンソンに合図を送った。
カタパルト上のシーラビットが、エンジン音をがなり立てる。
整備の行き届いた機首の1350馬力エンジンは快調な音を鳴らしていた。
「いやぁ、遂に発艦ですか」
唐突に、後ろから別の声が聞こえてきた。
振り返ると、フード帽を被った臙脂色の服を着た男性士官が立っていた。
振り返ると、フード帽を被った臙脂色の服を着た男性士官が立っていた。
「やぁロイノー少尉。君も艦載機の発艦を見に来たのかね?」
「それだけならまだ良かったんですが」
「それだけならまだ良かったんですが」
ロイノー少尉は頭のフード帽を取る。すると、そこから白い犬耳が湧き出てきた。
フィリト・ロイノー少尉は、カレアント海軍から送られてきた魔導士で、相棒のサーバルト・フェリンスク少尉と共にキャッスル・アリスに
搭載されている生命反応探知妨害装置の管理と操作を任されている。
年は22歳と若く、その長い白髪とカレアント人特有の獣耳はキャッスル・アリス乗員にとってある種の癒しとなっているが、本人はいたって
生真面目であり、暇な時は他の乗員の手伝いもするため、頼りになる居候という地位も確立していた。
ベルンハルトは、ロイノー少尉の含みある言葉が気になり、すぐに問い質そうとしたが、
フィリト・ロイノー少尉は、カレアント海軍から送られてきた魔導士で、相棒のサーバルト・フェリンスク少尉と共にキャッスル・アリスに
搭載されている生命反応探知妨害装置の管理と操作を任されている。
年は22歳と若く、その長い白髪とカレアント人特有の獣耳はキャッスル・アリス乗員にとってある種の癒しとなっているが、本人はいたって
生真面目であり、暇な時は他の乗員の手伝いもするため、頼りになる居候という地位も確立していた。
ベルンハルトは、ロイノー少尉の含みある言葉が気になり、すぐに問い質そうとしたが、
「艦長、発艦準備完了しました!」
飛行長の報告で、ロイノー少尉との会話が途切れてしまった。
「OK。風も良し、波も良し。発艦に必要な条件は全て揃ったな」
ベルンハルトは、周囲を見回しながらそう呟く。
キャッスル・アリスの艦首に波が飛び散り、前部甲板が濡れるが、波はさほど高くなく、揺れも許容範囲内だ。
キャッスル・アリスの艦首に波が飛び散り、前部甲板が濡れるが、波はさほど高くなく、揺れも許容範囲内だ。
「索敵機、発艦せよ!」
ベルンハルトは命令を下した。
甲板にいた飛行科員がフラッグを振る。その次の瞬間、小さな爆発音と共にカタパルト上のシーラビットが前部甲板を駆け抜ける。
一瞬のうちにシーラビットは大空に舞い上がり、機体を載せていた滑車台が甲板前縁部よりやや離れた位置に落下して水しぶきを上げた。
発艦を終えたシーラビットは、キャッスル・アリスの上空をゆっくりと旋回する。
両翼の下と、胴体下部に付けられた大小3つのフロートが、シーラビットの飛行する姿をより一層、優雅な物へと引き立たせていた。
甲板にいた飛行科員がフラッグを振る。その次の瞬間、小さな爆発音と共にカタパルト上のシーラビットが前部甲板を駆け抜ける。
一瞬のうちにシーラビットは大空に舞い上がり、機体を載せていた滑車台が甲板前縁部よりやや離れた位置に落下して水しぶきを上げた。
発艦を終えたシーラビットは、キャッスル・アリスの上空をゆっくりと旋回する。
両翼の下と、胴体下部に付けられた大小3つのフロートが、シーラビットの飛行する姿をより一層、優雅な物へと引き立たせていた。
「これはまた……気持ちよさそうに飛びますねぇ」
発艦風景を見つめていたロイノー少尉は思わず感嘆し、無意識のうち尻尾を左右に振っていた。
「いいだろう、飛行機ってモンは」
ローリンソン飛行長が、ロイノー少尉に向けて自慢気に語り掛けた。
「飛行長の言われる通りですよ。自分もまた乗ってみたいものです」
「お、そう言えばロイノー君」
「お、そう言えばロイノー君」
ふと、先ほどの含みある言葉を思い出したベルンハルトが、ロイノー少尉に顔を向けながら問い質す。
「ここには、発艦風景を見守る目的で来た訳ではないだろう?」
「ああ、そうでした。危うく忘れる所だった……」
「ああ、そうでした。危うく忘れる所だった……」
彼はすまなさそうに頭を下げてから、ベルンハルトに話し始めた。