自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

皇国召喚 ~壬午の大転移~43

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turo428

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皇国海軍の空母が巡洋艦や駆逐艦を従えて東大陸に向かうのは久しぶりの事だ。
北方諸国同盟との戦争の長期化に備え、空母飛鷹と隼鷹が極北洋を進んでいた。

「対空電探に感あり。飛んでいる友軍機はありませんし、この反射波なら飛竜と見てまず間違いありません」
「飛竜……だと?」
「はい。反応の大きさから見て1騎か2騎ですが」
「いや、そういう事ではない。ここは最も近い陸地から300km以上離れているのに、何故飛竜が居るのかという事だ」
「事実飛竜なら、マルロー王国の飛竜母艦という可能性が大です」
「そうだろうな。不味い事になった……」
2隻の空母はセルシーに飛行機を輸送する為、格納庫と飛行甲板は陸上機で満載になっており、戦闘運用可能な機体は存在しない。
随伴する重巡洋艦の青葉、衣笠が搭載している計4機の零式水偵がこの場で戦闘運用可能な航空機の全てである。
航空母艦という軍艦の存在や性能は極力秘匿しておきたい皇国軍にとっては、最悪のタイミングであった。
艦載気球という可能性もあるが、どちらにせよ敵の航空偵察隊である事に違いは無い。

「やり過ごせそうか?」
「難しいですね。最悪2時間ほど全力で逃げ回る事になります。予定航路復帰まで考えると5、6時間を逸します」
戦隊司令官の提督は非常に大雑把な海図を広げ、元居た世界の同じ位置の海図と比較しながら、一点を指差した。
「この季節、風向きは北西である事が多いらしい。すると飛竜の飛んできた方向からして、敵艦隊の位置はこの辺りになる」
作戦参謀や航海参謀も、当然そうだという感じで頷く。
「東大陸での、燃料の補給支援は滞りないな?」
「はい。帰途に使用する物資を積んだ支援艦艇は既にフレータル環礁に投錨待機中です」
「宜しい。衣笠は水偵で直掩に就き、青葉は敵艦隊を襲撃!」
提督の決断は早かった。
「しかし少なくとも飛竜母艦を伴うであろうという以外、敵艦隊の規模が不明です」
「だから直接確かめに行かせるのだろう」
「水偵で確かめてからでも遅くは無いでしょう」
「気付かれて警戒されると、襲撃も困難になる」
作戦参謀が危険性を説くが、提督の決心は揺るがない。
大規模な飛竜隊が居たら、無傷では済まなくなる可能性が出てくる。
飛竜母艦の主たる任務は遠方の敵艦隊捜索だが、飛竜は爆装可能なのだ。
飛行甲板上に露天係止されている機体も含め、輸送中の機体は燃料や弾薬を積んでいないから、
艦の燃料庫や弾薬庫まで攻撃が届かなければ誘爆という心配はまず無いが、被弾1発でも手痛い損害には繋がる。

飛鷹と隼鷹が伴うのは重巡の青葉、衣笠と吹雪型駆逐艦4隻のみ。巡洋艦1個小隊と駆逐隊1個という訳だ。
この状況で巡洋艦を2隻とも分派し、空母の護衛を駆逐隊だけにしてしまうのはそれこそ危険が大きい。
かといって、護衛戦力を単純に二分割して巡洋艦1隻と駆逐艦2隻を差し向けると、空振った時や別に敵戦力が発覚した時の予備が無くなる。
重巡洋艦であればこの世界の軍艦に対しては絶大な威力の主砲を持つから、対空脅威を除けば相手の射程外から一方的な蹂躙が可能だ。
奇襲に成功すれば、対空脅威の源である飛竜母艦をアウトレンジから沈めてしまえる可能性も出てくる。
青葉型も吹雪型もどちらも主砲門数は6門だが、一撃の威力が劣る駆逐艦では無駄な手数を要する。
それに、零式水偵は飛竜相手なら戦闘機としても使えるので、青葉単艦でも直掩機を得られる。
所詮水偵だが、高角砲と機銃のみで対抗するよりは対空戦闘の選択肢が増えるのは事実だ。

「青葉より“本艦は別命により戦隊を離脱。敵艦隊の攻撃に移る”です」
「よし。衣笠は艦載機の発進準備。本隊は予定航路を進む」
飛鷹、隼鷹を中心に輪形陣を組んだ艦隊がノイリート島へ向かうのを横目に、青葉は“敵艦隊”へと転針した。


「衣笠1号機より入電。向かってくる飛翔体は、やはり飛竜です! 国籍識別表はマルロー王国!」
既に目視可能な距離になっており、双眼鏡を覗く見張り員も2騎の飛竜を確認した。
水偵を一旦退かせると、飛鷹、隼鷹、衣笠と駆逐隊は主砲と高角砲に仰角を取り、向かってくる飛竜に狙いをつける。
皇国軍艦である事は解るだろうが、初めて見るであろう空母の艦影を正確に確認するには、この世界の望遠鏡ではまだ遠いだろう。
「味方機は退避したな? 照準を合わせた艦は自由に発砲せよ。生かして帰すな!」
対空電探には現在交戦中の相手しか映っていないが、衣笠の水偵は念の為に周辺警戒と上空直掩を続けていた。
別方向から急に敵が来た時に対応したり、逃げる敵を追撃するには予め上空に居る必要があるからだ。

衣笠の主砲から対空用榴散弾が発射されるのを合図に、飛鷹、隼鷹と衣笠の高角砲、駆逐隊の主砲が火を噴く。
次いで本命の対空射撃となる各艦に装備された40mm、20mm、12.7mmと7.62mmの機銃から火線が上がる。
50門を超える対空砲(高角砲と兼用砲)に数十丁の対空機銃の圧力は相当なものだ。

対する飛竜騎士は逃げの一手だ。
艦隊に情報を持ち帰らねばならないのだから交戦している暇など無い。
皇国軍の軍艦は異様だったが、それ以上に異彩を放つのは陣形の中央に2隻ある、上に何かが載せられた箱型の船。
中央にあって周囲から匿われるようにあるという事は、皇国軍にとって重要な艦なのだろう。
周囲に比較物の無い大海原だが、巨大な艦影は長さだけでも一等戦列艦の2倍以上はあるだろう事は容易に分かった。
今まで見た事も無い形状の皇国艦という貴重な情報は、何が何でも本部に持ち帰らねばならない。

しかし皇国軍の対空砲火の苛烈さは想像以上だった。
噂には聞いていたが、実体験としてその場にいる恐怖感は言い知れぬものがある。
何とか回避運動を続けながらその場を離脱しようともがいていたが、ついに炸裂した砲頭の破片が飛竜の腹部に突き刺さった。
即死する程では無かったが、体力が削られて飛行能力が落ちれば続けて被弾する危険性が上がる。
墜落すれば、そこは冷たい海。生きたまま着水出来ても凍死か溺死という運命が待っている。
(苦しいだろうが、頑張ってくれ、相棒!)
人馬一体という言葉があるが、飛竜は馬より断然扱い難い動物である。
馬は良く言えば従順、悪く言えば臆病な気質だが、飛竜のそれは真逆だ。
竜士や調教師の長年の努力と技術の蓄積によって“兵器としての飛竜”が成立している。
幼い頃から寝食を共にしているといっても過言ではない竜士にとって、苦しむ飛竜の姿は心に刺さる。
自分自身もそうだが、傷付きながらも普段どおり手綱に応えてくれる飛竜を簡単に死なせはしない。
そういう思いを胸に、竜士は母艦隊を目指していた。

だが、何とか皇国軍の対空砲火の射程外に逃がれられたと安堵した途端、零式水偵が立ち塞がるように針路を遮った。
全力で飛べば皇国軍艦より速い飛竜だが、皇国軍が誇る飛行機には太刀打ちできない。しかも今は全力どころか負傷中。
必死に回避運動を続けていても、完全に見失わせなければ皇国艦隊に追いつかれてまた集中砲火を浴びる事になるだろう。
そしてこんな状況が長時間続けば、被弾せずとも飛竜の体力が尽きて冷たい海に墜落だ。


「1騎、撃墜!」
隼鷹の艦橋で、双眼鏡に目を凝らしてた司令官に待望の戦果が届いた。
間近で炸裂した高角砲弾が飛竜と共に竜士の胴体を吹き飛ばしたのだ。
ボロボロになった飛竜は悲鳴を上げる事すら叶わず力尽きて落下していく。
「全ての砲火を残りの飛竜に集中!」
2隻の空母、重巡洋艦、そして4隻の駆逐艦の持てる火力が単騎になった飛竜を包囲する。
高角砲が炸裂する度に周囲を揺さぶる黒煙。空を切り裂くように狙い撃つ曳光弾。
程無くして、最後の力を振り絞っていた飛竜も火力に抗えず海に没した。

「敵、飛竜騎士が1人、海面にて生存している模様」
水偵からの報告は、一番聞きたくないものだった。まだ生存しているからには救助しますか? という事だから。
墜落して、そのまま海面に叩きつけられて死んでくれれば良かったのに……。司令部の誰もがそう思った。
自身は満身創痍となりながら、海面に軟着水して騎士を守ったのだ。騎士と飛竜の素晴らしい絆である。
「衣笠で救助すればいい。厳重に拘禁していれば良かろう」
「空母を発見した当人ですが」
「青葉も捕虜を連れてくるだろう。合流すれば、どのみちそうなる。
 見捨てたり、わざわざ機銃で止めを刺しても寝覚めが悪かろう?」

皇国軍は皇国版飛竜母艦のようなものを運用している。というのはリンド王国に限らず列強国の見立てだ。
皇国軍の情報部門や前線部隊の指揮官も、そこのところを隠してはいない。わざわざ公言はしないが、聞かれれば答えている。
飛竜母艦を持っているというのは列強国のステータスでもあるから、そのものは無くても皇国版飛竜母艦は持ってるというのは、外交上の強みにもなる。
あとは、それがどんな形状で、どんな能力があり、何隻あるのか。という核心部分が問題。
皇国軍はこの部分を可能な限り秘匿したいと考えていているが、それもいつまでも隠し通せると思っている者もまた居ない。

両大陸間の国交と通商が増えれば、いずれはそれなりに詳細な情報が伝わるだろう。
だから、皇国軍では“皇国版飛竜母艦”として、旧式で小型の鳳翔や龍驤などをとりあえず広報用に用いる事を検討している。
空母としては小型だが、この世界の船舶の規模からすれば十分過ぎるほど巨大だし、何より同盟国、友好国に対しても嘘を吐かなくて済む。
当面は“皇国軍はこういうのをあと何隻か持っています”と宣伝すればいいし、艦内見学だって部分的には認める方向性で国防省は動いている。

要は、この戦争中は空母の具体的な能力を秘匿出来ればよく、戦後にそれが明らかになっても問題はないし、それは既定路線という事だ。
洋上で救助しても、その後はノイリート島か大内洋上に停泊している捕虜収容船に預ければ、戦後の捕虜返還までは秘匿可能となる。

勿論、死んでいてくれれば艦を停止して救助する手間も無かったが、軍服など遺品を回収して所属や名前を確認する意味はあった。
飛竜騎士というのは貴族や騎士の子弟か、平民でも準貴族同等の有力者の子弟が多くを占めるから、情報量も多い。

「とりあえずこの場は収まった。雷を青葉の増援に回そう」
駆逐艦3隻を警戒に当たらせ、衣笠は漂流する飛竜騎士を回収した。


本隊から離脱して単独行動中の青葉は“敵艦隊”の潜伏する想定海域に近づくと、水偵を発進させた。
海域は絞られるとは言え、半径数十km以上はある。正確な位置を割り出して有利な態勢を整える為に、5時間以上の滞空性能を持つ水偵の支援は必要だった。
1機は偵察に出て、残りの1機は60kg爆弾と機銃弾を満載して“戦闘待機”状態である。

偵察機が発艦してから約1時間。
「2号機より入電。艦隊発見。マルロー王国旗を視認。数は8、位置は――」
「北北東に20浬か。24ktに増速し急行せよ! 風上を向いたら速やかに1号機を発艦させろ!」


青葉2号機が接敵した頃、マルロー王国艦隊は大慌てで戦闘準備を行っていた。
西の空から友軍の飛竜が帰って来たと思ったら、皇国軍の飛竜だったのだから。
「動ける飛竜は全部上げろ! 対空戦闘!」
鐘と太鼓が打ち鳴らされ、下士官の吹く号笛の音に従って水兵達が慌しく
旋回砲に散弾を込め、ロケット弾やマスケットの射撃体勢を整える。
旗艦の飛竜母艦に信号旗が掲げられると、早くも発砲が始まった。

各艦から対空射撃が行われるが、そもそもが爆装して鈍重な動きの飛竜に対する気休めのようなもの。
対空砲弾、ロケット弾は見当違いの場所で炸裂し、高速で飛ぶ青葉2号機にはかすりもしない。
程無くして、水平線から黒煙を吐きながら迫る大型の軍艦が姿を現した。

飛竜母艦の弱点は、皇国の航空母艦同様に飛竜の発着時である。
狭い艦の出入りで邪魔にならないよう、帆の全部あるいは殆どを畳まねばならないので、艦の速度は落ち舵の効きも悪くなる。
ちょうど味方が戻ってくる筈の時間だった為、帆を畳んで漂流するように待機していた矢先の敵襲に大慌ての艦内。
飛竜の発着を諦めて展帆作業を優先させるか、畳帆しているのを逆手にとって飛竜を出撃させるか。
今から展帆を始めても、艦が風に乗るまでに襲撃を受けるだろう。だったら時間稼ぎも兼ねて出撃させた方が良い。
と同時に、最悪の事態に備えて手紙をしたため、艦長室の窓から本国の海軍司令部宛の伝書鳩を放った。
そこには『皇国飛竜1騎及び全長1シウスの皇国大型軍艦1隻と交戦状態に入れり』という簡潔な内容と日時が記されていた。


艦内に居る飛竜は全部で9騎だが、全てが飛び立てる状態ではない。
準備が整っているのは、空母艦隊と交戦した2騎の帰艦と交代する形で飛び立つ予定だった2騎だけだ。
残りは休憩中であり、眠っているものも居る。
食事が終わった飛竜を追加で2騎投入できるかできないか微妙な線だった。
対空砲撃や銃撃で甲板は硝煙に包まれるが、それも飛竜が最上甲板に姿を現すまでだ。
火薬の臭いには慣れされているが、飛竜の視界を妨げないよう発着艦時の火器使用は戒められている。



青葉の艦橋では双眼鏡で目視確認する見張り員と、電探の反応を照合して索敵結果を確認していた。
「敵艦隊の艦影確認……飛竜母艦1、一層ないし二層甲板の戦列艦またはフリゲート7! 上空には飛竜が2騎!」
「第一目標は飛竜母艦と飛竜だ。最優先で叩け」
先に到着した水偵が既に旋回機銃で上空の飛竜を追い回しているが、やはり戦闘機ではない身ではなかなか命中弾が出ない。
機銃弾に余裕が無いので、あまり派手に連射出来ないといった消極的な理由もあったが、後方旋回機銃しか無いのも大きい。
敵艦隊の詳細確認と味方艦到着までの時間稼ぎという任は果たしたと判断した水偵機長は、
敵の増援等を警戒した周辺哨戒に任務を切り替え、敵艦隊との交戦を青葉にバトンタッチした。
青葉の3基ある20.3cm連装砲が飛竜母艦を捉え、高角砲と機銃は飛竜に狙いをつける。
飛竜の居住空間を確保する為に砲列甲板が無く、船体の大きさに比して帆柱と帆桁が少ない飛竜母艦の判別は比較的容易だ。

優先目標である飛竜母艦は爆弾を抱えて出撃した水偵1号機の攻撃によって損傷を受け火災が発生していたが、
すぐには沈没しそうになく無力化に成功したと言える確信が持てないので、優先順位に変更は無い。
8インチの通常弾は良好な弾道を描きながら、敵艦隊に吸い込まれるように飛翔していった。
重装甲の戦艦に対しては効果が薄いが、逆に言えば戦艦以外の水上戦闘艦艇には十分な打撃力を有する砲弾である。
火災が発生する事で強度が落ちた木造の船体は弾頭炸裂の衝撃波により崩壊し、食い止められない浸水により傾斜が限界を超え、転覆した。
脱出した水兵達は床や壁の破片などにしがみつくが、飛竜にはそれが不可能だから、船が沈没するのに任せて飲み込まれていくしかない。
最後の伝書鳩に託された手紙には『皇国大型軍艦の攻撃により轟沈。全ての搭載飛竜が艦と運命を共にせり』と書かれていた。

「真っ先に飛竜母艦を狙うとは、騎士道精神の欠片も無い野蛮人め……」
列強国同士の戦争でも、別に飛竜母艦を狙ってはいけないという条約がある訳でも不文律がある訳でもない。
ただ戦闘艦を同伴している艦隊が接近戦を演じる段階になれば、ほぼ非武装に等しい飛竜母艦から狙っていく意義は無い。
脅威度の高い方を優先的に狙うのが当然で、それは即ち多くの大砲と海兵を乗せている戦列艦やフリゲートとなる。
それら戦闘艦を撃破、拿捕すれば、飛竜母艦に抵抗する術は無く降伏するしかなくなる。無傷で拿捕出来る訳だ。
結果として、飛竜母艦は狙わないし狙われないという現実が表れるのだが、皇国軍は平気でそれを破った。

大急ぎで飛び立った飛竜は、特に爆装している訳でもない。
攻撃手段は飛竜騎士の持つカービンとピストルとサーベルのみ。
それで青葉に攻撃をかけようとしても、射程が圧倒的に足りない。
乗り込んで白兵戦に持ち込めれば奇跡のようなものだ。

飛竜母艦を沈没させられたマルロー王国艦隊は、残りの戦闘艦で海域を離脱すべく針路を変更した。
所期の作戦目的は失敗した。何とか風下につけて逃げ回り、夜間や悪天候に期待するしかない。
風向きは概ね北西。つまり極北洋からマルロー王国に帰還するに際しては追い風なのだ。
順風でも皇国海軍の方が速いという情報は得ているが、闇夜に紛れるなどして一旦姿を隠せば、帰還する望みはある。
青葉が対水上電探を装備しているという事を知らないし、そもそも電探という存在を知らないから抱ける希望であるが……。

皇国軍は、主戦場に対しては積極的だがそれ以外に対しては消極的だ。
今の所、マルロー王国本土の沿岸を艦砲射撃しに来るような素振りは無い。
故にノイリート島から十分に離れれば、それ以上は追って来ないというのが王国海軍司令部の分析である。
願望といっても良かったが、それでも“リンド王国やノイリート島での攻勢準備が整うまでは”という条件付き。
だからノイリート島の様子を探る目的で派遣された艦隊だったのだが、それが返り討ちにあってしまったのだった。
この海域で大型艦が出張ってくる事態となると、攻勢準備が整ったか整いつつあるという事になる。
決定的な情報は何としても持ち帰らなければならない。


「撃沈した敵艦から脱出した漂流者を救助したいところだが……可能かな?」
「敵艦隊は退却しつつあるようですが、こちらの停船を見たら反転して来るかも知れません」
「仕方のないところだが……」
飛竜母艦という最大の脅威は排除したが、単艦行動中に迂闊な真似は出来ない。
敵の3倍速い皇国軍艦とは言え、一旦停止してしまえば帆船でも追いつけるのだ。
「漂流者は自力で何とかしてもらうしかない。敵艦隊を追撃する」

青葉は敵艦隊の射程外から主砲を撃ちまくる。
射程外といっても距離にして3500m程度であり、重巡の砲戦距離としてはかなりの接近戦だ。
良好な命中率を得られ、合計300発も撃つ頃には旗艦を含む敵艦5隻が沈没ないし大炎上し行動不能に陥った。
途中、増援についた駆逐艦雷も加わり、至近距離からの砲戦は一方的な展開で幕を閉じる。

「艦長、霧が出て来ました。濃霧になる前に……」
「着艦させるしか無いな。ここで貴重な飛行機を失う訳には行かん。水偵の回収を急げ。それと隼鷹に通信。
 “悪天候につき飛行機収容の為、敵艦隊の追撃を中断。収容作業完了次第、追撃を再開する”と伝えろ」
固まって逃げてくれるならいいが、方々に分散されると見失うかも知れない。
頭を抑えるよう走り回っていたが、青葉が停止して行動の自由を得れば別方向に逃げるだろう。

水偵の回収と並行して、漂流者の救助を行う。
青葉は水偵の回収と警戒、雷は漂流者救助、作業は短時間で終わった。
冷たい海に投げ出されて長時間放置されていたので多くは助からなかったが、
艦隊司令官を含む士官と下士官兵を合わせて百人弱の救助に成功。捕虜とした。

その後は霧で視界が悪い中で一夜を過ごし、翌日は霧が晴れた午前中に敵艦隊の捜索を再開したが
結局見つからず、隼鷹から再集結の命令で青葉と雷は本隊と合流。本来の任務を済ませて帰路に着いた。
同時に、この戦闘で得た百人弱の捕虜はノイリート島の預かりとなり、城塞に付随してあった捕虜収容施設に収容される。

飛鷹と隼鷹は航空機輸送任務を終えると、その格納庫に東大陸からの輸入品を積み込んで皇国本土への帰路に就いた。
2隻合わせて飛行機120機、滑空機60機、合計で180機の航空機とその燃料弾薬、予備部品類を輸送し、約300t分の保存食品を持ち帰り、影の武勲艦となったのだ。


城攻めというのは難しい。
これは洋の東西を問わず、また今も昔も程度の差こそあれ軍事的な真理である。
皇国の元あった世界にしてもこの原則は当て嵌まる。
厳重に防護された城や陣地を攻める場合、攻撃側に多大な出血を強いる
というのは皇露戦争でも欧州大戦でも嫌というほど味わっている現実だ。

皇国に占領されたノイリート島を奪還するというのは、城攻めに
なる訳だが、陸続きではないので艦船による兵員輸送が必須となる。

軍人や軍属の殆どは大陸本土に押し付けたが、大多数の島民は未だに島内在住である。
ノイリート島にマルロー王国やセソー大公国の旗が立てば一斉に放棄して皇国の牙城も崩れるだろう。
そんな期待を胸にしても、島内との連絡手段が封鎖されてしまっているから、力押しで上陸してみるしかない。

今回はそれが可能かどうかを確認するという名目で艦隊が派遣されたのだが、
皇国軍はノイリート島を囮として占拠しているだけで、実際の防衛には消極的だから
奇襲すれば一挙に奪還可能である。というセソー大公の意見に何の根拠も無い事が露呈した。

皇国軍のたった1隻の軍艦によって、飛竜母艦を含む偵察艦隊が壊滅した。
この一件によって、元々積極的な艦隊行動を控えていたマルロー王国海軍は
より消極的になり、艦隊保全を最優先する姿勢を露骨に示すようになった。
それにより、マルロー王国軍はシテーン湾の制海権を自ら放棄したも同然となり、
北方諸国同盟軍全体の動きがより鈍るという無視し得ぬ打撃を受けたのである。


皇国軍にとっては、ちょっとした不運、小さな遭遇戦に過ぎなかったこの海戦が、
北方諸国同盟軍へ想定外の打撃を与えたことを知るのは、戦後になってからである。

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