自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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 「あなた方の置かれた状況は理解しました。 しかしそちらには残念ですが、我々はあなた方に手を貸すことはできません」

 佐野は憲長に対し毅然とした表情できっぱりとそう言い放った。
 一方憲長は少年期特有の幼さと大人っぽさの両方の特徴を備えた健康的な肌色の顔に余裕の笑みを
保ちながらも表情にやや困惑というか、理解できないといった感情が浮かんでいる。
 憲長が自衛隊に要求したのは、一言で言えば彼の指揮下に入る前提で浅野との戦に力を貸せと言うことであった。
 その交換条件として提示したのは自衛隊員の身の安全と黒田勢の監視下に置いた上での領内での
自由行動の認可、そして糧食など生活必需品の供与、
 さらに戦で功績を挙げた場合の褒章を黒田勢の兵に対するものと同様に扱うといったものであった。

 佐野が憲長から説明された、ここ緒張(おはり)と呼ばれる地域一帯の情勢はあまり安定しているとはいえないものだ。
 元々この地域を朝廷から任命された守護役の黒田家という一族は、憲長の父正憲が当主を務める
黒田家の本家筋にあるが、既に直系の血筋は絶えて久しく
 同様の黒田の家名を名乗る複数の分家が領土を割譲しあった上でお互いに反目しあう状態が現在まで40年近くに渡って続いている。
 さらに近隣の地域を根城にする浅野家とは緒張領を縦断し東西を繋ぐ街道の利権(通行料や関税、
また運送業に関連するもの)を巡って何度も戦となる事態に発展している。
 利権争いとは言っても簡単に言えば、領土の境目の定義とそれに付随した影響力・支配権、そして街道沿いの町の帰属問題である。
 街道と領土そのものは黒田の支配下にあるが、利権関係では浅野とその影響下にある商人が大きく侵食して来ている。
 浅野は街道近辺の経済を握った上で実質的な領土の支配権も黒田から切り取ろうとしているのだ。
 こうした事はこの国の現在、特に珍しくない。
 国を統一し支配すべき朝廷の力と権威は今は過去のもので、それぞれの地域を守護役や土豪勢力が勝手に支配したり領土を奪い合ったりしている。
 フソウの国土は麻のごとく乱れ、後に戦国期と呼ばれる時代が永く続いている。 憲長もそのような時代に生まれた世代の一人であった。

 まるで、日本の戦国時代と同じだな、と佐野は思った。
 もっとも同様の時代は西洋東洋問わず人類社会は一度は経験する時代ではある。
 まだこの異邦の世界に来て数日ではあるが、気候風土や風俗、建築様式、服装、はては言語まで日本と似通った
(それでいて微妙な差異を持つ)文化と歴史を持つこの国に奇妙な親近感さえ浮かぶ。
 しかし、日本国陸上自衛隊の自衛官であり部隊を預かる佐野茂男3尉としては、こう答えざるを得なかった。

 「我々はあくまでも日本国に帰属する陸上自衛隊員であり、現在もその指揮下にあります。 自衛隊法から言っても、
国民の代表である政府の閣議決定の裁可なしに独断であなた方の勢力に手を貸すことも、また装備を使用することもできません。
 緊急時における人道的な支援、例えば民間人の支援や救助といったものに手を差し伸べることは解釈上問題ないでしょうが、
あなたの要求されたことは明らかに、我々に武力介入をして欲しいと言う事です…それはできません。
 ただ我々全員の身の安全のため、自衛のために最低限の実力行使による脅威の排除が認められるのみです」

 佐野の言ったことはその言葉の大部分が酷く現代的な言い回しと単語であり、彼らのこの時代の概念に
理解または対応できるかどうかはかなり不安な物があった。
 しかし、佐野はどこまでもこういう言い方しかできない男だと、佐野自身も自覚するとおりだ。
 言ってから、少し不味ったかな、と後悔する。 が、すぐにやめた。 いったん口から流れ出た物はなんとやらである。
 憲長は難しい顔をしてしばらく無言で考えていた。
 佐野はその間、1秒が1分であるかのような緊張した時間をすごしていた。
 やはり、理解の範疇の外であったか、それとも怒らせてしまっただろうか、少し冷や汗のような物が流れた感覚がした。

 「わからん」

 少し俯き加減で考え込んでいた憲長がようやく顔を上げて言い放ったのはその一言だった。

 「…が、お主らがお主らの軍法のようなもので、自由に身動きできんというのはわかった」

 佐野は次の言葉に意外、というか意表を突かれすぎて驚嘆した。
 とても自分の言い方では理解できないだろう、半ば以上そう思い始めていたからだった。
 まあ、全部を理解したわけではないのは少年自身が言うとおりだろう。
 が、あの言い方で要点だけを把握したのだから、奇跡と言っていい。

 「まあ、確かに、軍というものはそうであるべきだのう。 が、しかし、”臣既に命を受けて軍に将たり、
将の軍にある君命もなお聞かざる事あり”という言葉もあるが?」

 憲長はさらに自衛隊のそうした体質を賞賛するようなそぶりでいいつつ、切り替えしてきた。
 佐野が再び驚いたのは、それは孫武の故事の一説であったからだ。
 この世界にも孫子と同じ事を言った人間が居るのだろうか? いや、孫子の兵法と同じ事を考えた人間ぐらいはいるのかもしれないが…

 「それでもなお、我々は我々に課せられた規定を逸脱するようなことはできません。 我々は文民、
あなた方でいう主君の統制下を自ら離れるようなことがあれば、規律も統率も何もかも失ってしまうでしょう」

 佐野は内心のいくばくかの動揺を抑えつつ、やはり毅然と対応した。
 この対応が本当に正しいのかどうか、もしかしたら自分はこれまでの言い方や選択のしかたを間違えた
かもしれないという思いは少なからずあった。
 しかし、佐野はどこまでも自衛官であった。 頭が固いと言われても仕方が無い。
 部下を窮地に追いやる事態に発展するかもしれないが、自分は自衛隊に入る事を決めたその日から、
こういう生き方しかできないとわかっていたからだ。

 「なるほどな。 武士は二君にまみえず、か。 それもよかろう…だが、それはいささか双方にとって都合が悪い」

 天井を仰ぐ憲長の、賞賛とため息の混じった言葉は次の瞬間酷く酷薄な声質にうって変わった。
 まだ年端の行かぬ憲長の、佐野を睨み付ける両目に鋭い肉食獣のような、殺気のこもった意思が宿り、
年齢と体格で差をつけているはずの佐野の全身を射すくめた。
 それは現代の軍人…否、刀と刀で命を取り合ういくさ人、”武士”と言うべきそれと、いずれ一国一城を預かる
主君となるべき黒田の跡継ぎの冷徹な決断力のなせる、あまりにもシビアな、少年の年頃には似つかわぬ非情な意思の顕れだった。
 いや、それともこの世界のこの時代の人間ならば、少年であってもそれを見につけていることは当たり前なのかもしれない。
 それは、仮にも”軍組織の指揮官”としての佐野ならば、同様に考え、決断することも十分考えられるような、「答え」であった。

 「お主らがどうあっても我らの味方になってくれぬというのであれば、お主もお主の部下もろとも、
殺してしまわねばならぬ。 これだけの武器を持った勢力、敵になるやもしれぬ者を解放してやることもできぬのでな。
 まあ、助命と引き換えに力を貸すか、武器の使い方を教えるという者がおればそれでよいとしよう?」



 明らかな殺気を乗せた視線をぶつけてくる憲長に対し、佐野3尉は微動だにできずにいた。
 少しでも視線をそらせば、何かに負けてしまうような気がした。
 これが本当に15、6歳の少年の気迫だろうか、佐野は肌を刃物で薄く切り裂かれるようなこの空気を
浴び続けても未だに頭のどこかで信じられない思いでいる。
 半ば無意識に、佐野は尻のポケットに手を伸ばしそこに隠し持っている小さな金属の感触を確かめた。
 それはたった一発であったが、89式小銃の弾丸だった。
 部下の一人が、武装解除の際に装てんしていた弾丸を薬室から排きょうした時に、上手く隠し持っていた物を牢内で佐野に渡したものだ。
 なにかのチャンスがあって小銃を取り戻したときに、使えることがあるかもしれない、そういった考えからのものだった。
 むろん佐野はそんな機会など来ないだろうし、1発だけ持っていても何の役にも立たないと言ったが。
 が、この武器蔵の中には自分と少年、黒田憲長の二人きりだ。 護衛がどこかに隠れているのかもしれないが、見た感じ隠れるところは少ない。
 蔵の外から内部をうかがえる場所など離れた位置に潜んでいるのなら、とっさに彼を助けに入ろうとしても、必ず間が空く。
 さあ、どうする。 相手は既に自分を、自分たちを殺すつもりでいるのだろう。 ならばこちらから先手をうつべきか?
 小銃はすぐ手を伸ばせば届くような距離に並べてあるし、憲長自身も手に持っている。
 大人と子供の体格差もある、奪おうと思えば奪えるだろう。 上手くすれば人質に取れるかもしれない。
 その後は、どうする? 座敷牢の部下たちをここへ連れてこさせるように命令できれば、あとはこちらのものだ。
 小銃も戦車も全て蔵の中にある。 ここに無い分の車両は隣の蔵にでも入れてあるだろう。
 装備を全て取り戻し、ここから脱出する。 あくまですべて上手くいけば、だが。
 そして失敗すれば、そこで終わりだ。

 佐野は興奮と緊張感で脳が急速に冷えていくような感覚を覚えていた。
 仕掛けるのはいつだ、今かそれとも1秒あとか? 待て、本当に今行動すべきなのか?
 安易な考えではないのか? 上手くいきそうに思えても、どこかに見落としは無いのか?
 そう佐野が逡巡していると、憲長がふっ…と表情を崩し、漂わせていた鋭い殺気を雲散霧消させた。

 「…と、我が父である黒田正憲なら命じるであろうな。 が、俺は違う」

 憲長はさっきまでの気迫にみちた顔からうってかわっていたずら小僧のような明るい表情で笑い、
佐野は拍子抜けに思わずぽかん、と口を開いた。

 「どうした、お主。 なにやら恐ろしげな顔をしておったぞ。 まるで赤鬼のような」

 そう言いながら声を出して笑う。 少年はなにが可笑しいのだろうか、というくらいに大げさに笑っていた。
 この変貌の落差ぶりに憲長にからかわれたのか、それとも本気で殺すつもりだったのか、
どこまでが本気か佐野は急にわからなくなった。
 いや、半ば以上本気だったのだろう。 それほどまでに先ほどの憲長の殺気は真に迫ったものがあった。
 大の大人が自分の半分も人生を積んでいないような少年に圧倒されかかる…その上、相手に反応した
自分の殺意と緊張が表情に出てしまっていたのを読まれた上、
 肩透かしまでくらわされたとなると納得しかねない気持ちもあったが、大人を手玉にとるほどこの少年は
将、軍人としての才覚があるという事なのだろうか?
 あるいは、憲長だけでなくこの世界の人間は少年の時分からして我々現代日本人とはメンタリティというか精神構造が違うのかもしれない。
 スイッチをオンオフするかのように、人を殺す時とそうでない時を使い分けられる…いや、そういうふうに演技しているだけなのか?
 佐野は一時的にとはいえ緊張から開放されながら、困惑から抜け出せないでいた。

 「さて、話の続きだ。 まあ、どのみちお主らをこのまま放置しておくわけにも行かぬ。
お主らほどの武力を持った一党を、野放しにしておくうつけはおらぬまい?」

 憲長は抱えていた89式小銃を、他の並べられた装備類の列にゆっくりと戻しながら言う。

 「仮に、お主らを解放して、どこへ行くなり好きにさせたとしよう。 だが、黒田はお主らに緩衝せぬとて、
浅野は違かろうよ。 既にお主らは浅野らと一戦交えておるからの。  まあ浅野もそのままお主らと戦う下策はとるまい、
和議でも持ちかけてこようぞ。 だが、浅野はやはりお主らに黒田と戦えと条件を持ち出してくるだろう、な。
 お主、その時も俺に言ったように断るつもりか?」

 佐野は、はっとして言葉が出なかった。
 先ほど説明されたとおり、黒田と浅野がこの地で覇権を巡って争っているのなら、そこを通行する限り
自分たちはその戦いに否応なく巻き込まれることになるのだ。
 そして浅野という勢力が、黒田のように、憲長のようにこちらの言い分を(ある程度とはいえ)寛容に受け止めてくれる保障はどこにもない。
 憲長が脅したように、断れば自分たちは皆殺しにされるだろう。 殺されずに逃げ延びることができたとしても、
ここは自分たちの知る現代日本ではないのだ。
 どこへ行っても同様のことが起こり、味方になるか、敵として戦うかの選択を強いられる。
 中立不干渉を貫きたくてもそれはこっちの事情だ、黒田も浅野もどこの勢力でもそれに付き合ってくれる道理は無い。
 強大な武力を持ったどこにも従わない勢力はそこに存在するだけで恐怖と敵意の対象だ。
 味方につけることが無理となれば、万一敵となった場合を恐れて必ず攻撃してくる。 あるいは、こちらの武器を奪おうと襲ってくることもあるだろう。

 そして、なによりも…そうしたことを続けて逃げ回っていればいずれ車両の燃料も、戦車の砲弾も尽きる。

 「小なりとはいえ一軍を率いる器ならば、頭のめぐりも良いであろう。 つまり、そういう事だ。
お主らは我らに加勢し、我ら黒田はお主らを庇護する、それのみでしかお主らは自分を守れぬ。
 それとも、お主はお主の家臣ともども犬死覚悟で戦ってみるか? 十重二十重に囲まれ切り刻まれるだけぞ」

 そう言いながら笑う憲長の目は笑っておらず、わずかに先ほどの殺気を視線に乗せてきた。
 抵抗を試みたところで負けは見えている、よせ。 佐野は憲長が瞳でそう言っている気がした。

 佐野はしばし瞑目し、息をゆっくりと吐いた。 是非も無い、というのはこのような事を言うのだろう。
 他に選択肢はなく、状況もそれを許さない。
 この奇異な世界に迷い込んでしまった時点で、太平洋戦争開戦に踏み切ったかつての日本同様、
袋小路にはまっていた状態だったのだ。
 言うなれば戦略的敗北の前に政略的に敗北している。
 だが、それでも佐野は自分の判断だけで、自らの拠り所とすべきものから自身と部下とを逸脱させるわけにはいかなかった。
 ゆっくりと目を開き、憲長に向かって願い出る。

 「…部下たちと協議する時間をいただけますか」

 既に望む回答を得たつもりでいるのか満足そうに笑む憲長から佐野が得た猶予は1日であった。



 牢内。
 鹿島3尉は佐野のから憲長から言われた全てを聞き終えると、胸ポケットをごそごそ手で探りながら発言した。
 彼の手の動きは煙草を探しての物だったが、武装解除をしたときに他の個人装具と一緒にうっかり提出してしまったので、無い。
 ニコチンが切れてきた当初はイライラして落ち着きが無く、牢生活とともに禁煙開始から二日たった今でも
手は時々煙草を捜し求めてごそごそやっている。

 「…それで、佐野さんの考えはどうなんですか。 ここまで来たらもう決まっているんでしょう」

 鹿島の言葉は暗に、同じ結論、というか選択の余地などないということに賛同していることを示していた。
 他にどうしようもないのである。 部下たちの生命の安全を第一にすべきなら、黒田に従って彼らのために戦うしかない。
 だが、「自衛官」としての最後の理性が佐野をしてその決断に一歩踏み出せなくさせていた。
 それは、同時にもう一つの重要な決断をしなければならないからだ。 佐野と鹿島はしばし無言のまま視線を交し合った。
 佐野は頑迷で保守的、鹿島は柔軟に臨機応変と考え方の方向性に多少の違いはあったがこの時考えていることはお互い同じだった。
 そして同様に同じ一つのことで悩み、そして、お互いに決断に踏み出すべきだ、と確認しあった。

 「小川、奈良、両隣の牢の連中に声かけて、皆声の届く範囲にできるだけ近寄れ。 全員に大事な話がある」

 鹿島が偵察隊の部下に指示し、ほどなく佐野たちのいる牢の左右隣の隊員全員が牢の片側に寄る。
 何人かは格子を強く握り締め、不安と緊張の混じった面持ちでいる。
 やがて、佐野3尉は全員に地下牢内の全員に聞こえるよう、明瞭な声で話し始めた。

 「全員には申し訳ないが、今日の彼ら、我々を捕虜としている黒田軍の申し出により、
我々は彼らに協力して黒田軍の敵対勢力と戦う事になった。
 代わりに我々は身の安全の保障と一定の行動の自由を与えられる。 それ以外には、我々は自身の
生き延びる方策を得ることができない。
 知ってのとおり我々の置かれた状況は非常な事態である。 本体からの連絡は途絶、救援もおそらく望めないだろう。
我々に求められるのは、まずは生き延びることだ。
 生き延びなくては、我々の知るあの日本に帰還することも叶わない。 だが、黒田軍に協力するということは、
我々が自衛官であることを前提にするなら、到底許容できないことだ。 …よって」

 佐野はそこで言葉を切り、深呼吸をした。 そして、入営以来の日々の過ぎ去りし記憶を走馬灯のように短く振り返り、決断を下した。
 佐野の5本の指がOD色の装衣に縫い付けられた3尉の階級章をわしづかみにし、引きちぎるように剥ぎ取る。
 それを見た部下たちの誰もが、驚愕し、思わず声を漏らした。
 伊庭も、その中の一人だった。

 「…私は自衛官であることを放棄する。 それ以外に、この状況を許容しうる手段がない。
…強制ではない。 そうしないと納得できない者のみ、そうせよ」

 自衛官を、自衛隊を捨てた。
 どこまでも保守的で律儀な佐野には、自衛官のまま自衛隊の「規律」を逸脱し日本国以外の特定勢力の元で、
戦争に参加するということはできないことだったのだ。
 鹿島も、それにならった。 続いて、数名の者が無言で、または嗚咽を漏らしながらそれぞれの階級章を剥ぎ取る音が
牢内と両隣の牢から聞こえてきた。

 「…そんな、そんなことしなくたっていいじゃないですか!」

 誰かの叫ぶ声が隣の牢から聞こえてきた。
 だが、さらに自衛官の立場をを捨てるものは続出した。
 何人かはつかみ掛かってまで止めようとし、そんな命令に従う必要はない、いや強制でないと言った!と言い争う声もあった。
 これはけじめなんだ、そう呟いてひざを抱え、泣き出す者もいた。

 「そうだ、強制ではない。 だが俺たちは自衛隊のまま、自衛隊として以外の立場で戦うことはできない」

 剥ぎ取った階級章を腕が震えるほど堅く握り締め、鹿島が言う。
 それに対して、「そんなんで、どうやって部隊の統率をとっていくっていうんですか! もう自衛隊じゃないんでしょう!?
おい、よせよ、やめろ、自衛隊じゃないなら上官でもないんだ、言うことなんか聞く必要ない!」と半泣きになりながら食って掛かる部下がいる。
 だが、結局階級章を剥ぎ取り自衛官を止めた者と留まった者はほぼ半数に分かれた。
 伊庭は、迷った挙句自衛官であることを止めることはできなかった。 
 しかし、このまま佐野や鹿島に従って黒田とともに彼らの戦争に協力するなら、どのみち元の世界に戻ったときに
処罰を受ける行為になるであろう事は変わりがない。
 伊庭が留まった理由は、なんとなく、なんとなく根拠の薄いものだったが、この行為は「自衛官である」という元の世界との
ある種の繋がりを断ち切ることになり、もしかしたら永遠に元の日本に帰る望みを失うのではないか、という不安がよぎったからだ。
 それには、なにかの確証があるわけではない。 未練のようなものだった。

 「俺は、俺は絶対に自衛官をやめないからな! 辞めた奴の命令にも従わない! 戦争になんか参加するもんか!
なんで、なんでみんな戦おうとしないんだ!  俺たちは自衛隊だって、戦って、言うことなんか聞いてやるかって、
あいつらに叩きつけてやらないんだ!? なんで、なんで…」

 伊庭が名前の知らない戦車隊の隊員の一人、留まった組のうちの一人が涙交じりの声で訴え、
他の者たちに肩を抱きよせられ慰めを受けていた。
 彼ら留まったものもそうでないものも、地下牢の中は冷えた空気に加えて沈痛な空気で満ち、ある種通夜のようでもあった。

 1日後、憲長の提示した条件にいくつかを付け足した上で承諾の旨を伝えた佐野は、上機嫌の憲長から明後日の出陣を言い渡された。
 合戦場は最初に自衛隊が黒田と浅野の軍に遭遇した場所とそう離れていない、街道に面した平野部であった。
 佐野も鹿島も自衛官であることに留まった者たちの士気低下や、離反、または逃亡を懸念していたが、
誰一人としてそういうものはおらず黙々と指示に従った。
 彼らなりに現状を受け入れたのかもしれず、あるいは不満を抱えたまま火種が潜伏しているのかもしれなかったが、時間が解決するだろう、と先送りにした。
 佐野にも鹿島にも、自衛官を捨てた決断の心理的影響は大きく、彼らを気遣うだけの余裕はなかったからだ。
 それでも表面上は二人はいつもどおり彼らの指揮官として落ち着いて振舞った。
 それに、不安要素が残っている可能性があるにしても、見える範囲では自衛官を辞めた組と留まった組の間に
対立や確執の様な物は発生せず、部隊の統率も階級章こそ捨てたとはいえなんら変わることは無かったからだ。

 「そういう面では、俺たちは結束が強いってことなんだ」

 合戦に対する準備を進める中で鹿島が伊庭と菊池や小川の前でそう言った事があった。
 伊庭と菊池も、菊池はあの時階級章を剥ぎ取った側にいたが、その付き合いは以前と変わりは無かった。
 少なくとも今は、何の問題の起こる兆しも見えなかった。

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