自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

朱き帝國第01話

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913 名前:reden 投稿日:2006/12/29(金) 22:56:17 [ b6zK/Sj2 ]
    こちら、初めて投下させていただきます。



    朱き帝國第01話


     新星暦351年
     
     
     ヴェンツェル・エッカート子爵導師は白亜の空中回廊から、魔術師達が忙しなく動き回る宮城前広場を見下ろしていた。

    「いよいよ、か……」

     口に出して呟くと、胸の奥からある種の感慨がこみ上げてくる。
     宮廷魔術師として、大モラヴィア王国に仕えて30年余り。
     長年の研究成果が漸く実を結ぼうとしているのだ。

    「お師様!こちらにおいででしたか」

     ふと、後ろから声がかかる。
     紫のローブを纏った大柄な青年がこちらに歩いてくる。

    「ゼップ君か。どうしたね?」

    「……儀式の準備が整いました。国王陛下も、既に広場でお待ちです」

    「そうか」

     いよいよだ。もう一度、今度は心の中で呟いて、ヴェンツェルは広場のほうに歩き出そうとする。

    「導師」

    「なにかね」

     大柄な青年魔術師…ゼップは、なにやら言いづらそうに口篭り、ややあって意を決したように口を開いた。

    「本当に、危険は無いのでしょうか」

    「………また、その話かね」

     ヴェンツェルはフゥ、と軽く息を吐いて男に向き直った。

    「既に閣議でも決定した事だよ。リスクに関しても陛下はちゃんと認識しておられる」

    「しかし……異界の大地を丸ごと転移させるなど前代未聞です」

914 名前:reden 投稿日:2006/12/29(金) 22:56:58 [ b6zK/Sj2 ]


     つまりはこういうことだ。

     ヴェンツェルやゼップの母国たるモラヴィア王国は、俗に遺跡王国とか魔法王国などと呼ばれている。
     その名が示す通り、国民の中にしめる魔術師の割合が他国より多く、その国土には太古の魔道文明の遺跡が多数眠っているわけなのだが……問題は彼らモラヴィアの魔術師が使う魔術にあった。

    『秘蹟魔術』

     太古に滅び去った魔法文明において利用されていたという、世界の根源たるマナを直接汲み出すことで奇跡を成すという強力な魔術である。
     351年前、建国王アルブレヒトによって遺跡より発見されたこの古代魔術は、他国で一般に使われている精霊魔術に比べて汎用性、威力ともに非常に優れており、この強大な力を独占したアルブレヒトは(それまでは地方の一豪族に過ぎなかったにも拘らず)大陸北部を覆う大国を一代でうち立てたのだ。
     
     しかし、この魔術の乱用によって大地よりマナを延々と汲み出し続けた報いか、モラヴィアの大地はここ数十年のうちに急速に衰えつつあった。

     それは、大人口の集中する首都や魔術研究都市の近辺より始まった農地の砂漠化と、森林の枯死という形で現れ、時の王国首脳に大きなショックを与えた。
     彼らの覇権の原動力たる古代魔術を今更放棄することなどできない。
     かといって、このまま事態を座視していれば、そう遠くない将来。自分達の国は草木も生えぬ不毛の大地と化すだろう。

     その後いくつもの対応策が講じられたものの、目立った成果はあがらず。最終的に考え出されたのが異界からマナの豊富な大地を召喚し、そこから国土維持に必要なマナを吸い出してしまうというものだった。
     『救世』と名付けられたそのプロジェクトを率いることになったのがヴェンツェルだった。

    「召喚陣には我が国で最も強力な従属魔術が付与されておる。仮にその大地に異界人が紛れ込んでいたとしても、問題にはならんよ」

     ヴェンツェルはそう言って笑った。
     ここでいう従属魔術とは、人の体内で生成される魔力に干渉して、その精神を乗っ取るというものだ。
     逆に言えば、マナから魔力を生成できない者には効果が無いということなのだが、その点に関してヴェンツェルはなんら心配していない。
     人間なら誰しもごく少量の魔力は生成できるはずだし、万一、異界人が魔力を生成する術を持たぬというなら、それこそ我が国の魔術兵団なりを送って制圧してしまえば良い。
     現代において、魔法を運用しない軍など物の数ではないのだから。

    「案ずるには及ばんよ」

     そう言ってヴェンツェルは笑った。

915 名前:reden 投稿日:2006/12/29(金) 22:58:28 [ b6zK/Sj2 ]
    1941年6月21日。モスクワ。

    「困ったものだ」

     赤軍参謀総長ゲオルギー・コンスタンティノヴィッチ・ジューコフ元帥は疲れきった風体で椅子に腰を下ろした。ここはクレムリン宮殿内に設けられた高官用の休憩席である。
     帝政時代の職人が丹精込めて造り上げたアンティーク調の椅子は、彼の背中をやんわりと受け止めた。
     その柔らかな感触に軽く息を吐く。と、後ろから声がかかった。

    「おう。何だ、同志ジューコフ。ここに来てから30分で10年は老け込んだように見えるぞ」

    「……どうかお手柔らかに願いますよ。同志」

     そう言って振り返ると、軍服姿の禿頭の大男がニヤニヤ笑いながら立っていた。
     国防人民委員のセミョーン・ティモシェンコ元帥である。
     
    「その様子だと、色好い返事はもらえなかったようだな」

    「ええ、同志書記長はドイツの攻撃まで、まだ間があると御考えです」

     そう言って溜息を吐いた。
     この時期、ドイツとの開戦に備えて赤軍はかなりの兵力をポーランドに集結させつつあった。
     しかしその大半はスターリンの厳命によって即応体制には無かった。
     
    「第一撃でナチの奇襲を許した場合、このままではウクライナ辺りまで一気に踏み込まれかねません。唯でさえ4年前の…」

    「同志。その先は言いっこなしだぞ」

    「……申し訳ない」

     4年前。
     スターリンの意を受けたNKVD長官エジョフによる赤軍大粛清は、ソヴィエトの軍事システムを主に人材面で半ば麻痺状態にしてしまった。
     なにしろこの粛清劇で元帥5人のうち3人。軍司令官15人のうち13人。軍団長85人のうち62人。師団長・旅団長も半数以上が粛清され、被逮捕者の数はなんと将校だけで2万人にも及んだ。
     はっきり言って軍そのものが瓦解しないのが不思議なほどの数である。
     
    (あれから4年……)

     そうだ。僅か4年だ。
     この程度の期間で将校を、ましてや将軍を育成するなどまず不可能だ。
     現在の赤軍は装備だけが立派な張りぼてに近い、ジューコフはそう思っている。
     ……実際には『張りぼて』というのは言いすぎだったが。この感想は実に的を得たものだった。

    「ともかく、だ。俺もその件に関しては憂慮している。後で同志書記長に進言しておこう。せめて前線への警告だけでも、とな」

    「……ありがとうございます」

     ジューコフは安心したように頷き、ティモシェンコはニッと男臭い笑みを浮かべた。

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