地球と変わらぬ青い空に、突き出す尖塔が日光の照り返しを受けて白く輝いていた。尖塔の元には支配者の威厳を誇示する城。白く塗られた城下を一望する城である。華美な装飾は控えられていて、シンプルに、強固に作られていた。
城下を離れること数キロほどの野原で先遣隊は待っていた。国王からの入城許可をもらうために使者が事情を説明しに先に発ったのである。
「ここが首都か。戦時にしては活気があるな」
眼前に広がる建物の群れを大勢の人が引っ切り無しに通り過ぎていく。荷車を引いた人、背負子で大量に荷物を背負った人、観光に訪れたであろう若者…皆が大通りから少し離れたところに止まる異様な乗り物と見たことのない服を着た兵隊を訝しげに覗いていくのだった。
小一時間も経った頃、街の方から馬に乗った騎兵と思われる数人の部隊がこちらに近付いてきた。彼らは装甲車を不思議な顔で見回した後、威圧的に話しかけてきたが言葉がわからない。隊員も隊長の久口も首をひねるばかりだった。
「埒があきませんね。どうしましょうか?」
近くの隊員が久口にささやいた。
「まあ事情を説明しろ、か退去しろ、のどっちかだというのはわかるけどな…参ったね」
「お前等、そこで何をしてる!」
遠くから、聞き慣れた使者の声が響いてきた。道の向こうからおそらく王室の紋章であろう文様が刻印された馬車が近づいてくる。使者は窓から身を乗り出して騎兵達に引くように指示していた。
やがて馬車が隊の側に止まり、騎兵は敬礼の姿勢で車を降りる使者を迎えた。
「衛兵が失礼した。命令が行き渡ってなかったようだ」
使者はバツの悪そうな顔で詫びを入れた。
「いやいや、街を守る任務を果たしている彼らに罪はないですから。彼らから見ればどうしても変な人ですからね…自分達は」
「これから彼らにもきちんと認識して頂く…入城の許可が出ました。行きましょう」
ドルン、と車列のエンジンがかかり、馬車の後について進み始めた。動物の引く車しか見たことのない市民は自動車に奇異の視線を送りながら、彼らの行列を見送った。
城門を過ぎた広場で彼らの車列は停止した。その車列をはるか上空の尖塔の中ほどにあるテラスから見下ろす人間がいた。
「不思議な乗り物だのう。動物が引くでもなく勝手に走るのか」
車列を見ながらつぶやいた老人に、側に控える男が答えた。
「報告によりますと何でも油を燃やして走る『自動車』と呼ばれる乗り物だとか…」
「ふむ。油を燃やして走るとは意味がわからんな。まあその辺の説明も聞くとしよう。では謁見の間に下りるとしようか」
「は」
金糸で装飾されたローブを翻し、初老の男はゆっくりとテラスの階段を降りていった。
久口は使者の後について謁見の間に入った。鎧と槍の衛兵が立ち並ぶ中、迷彩服の隊員はまさに異色の存在であった。目の前に引かれた赤いじゅうたんの先には、テラスにいた老人が待ち焦がれたように目を輝かせていた。
「この指輪を。翻訳の魔法が封じてあるのでこちらの言葉も理解できるようになるはずです」
使者は久口に魔方陣の意匠の施された銀の指輪を手渡した。彼が小指に付けると絨毯の向こうの男が話し始めた。
「この度は我が国の要請に応じて、よく来て下さった。私はこの国ボレアリアを治めるゲルク8世という者だ」
「そちらの世界での友好の証は手を握ることと聞いた」
王は彼に歩み寄ると、右手を差し出し悪戯っぽく笑った。
「ボレアリア先遣隊隊長、1等陸尉久口慶彦と申します。よろしくお願いします」
習慣も相当に違うだろう、要らぬ失礼はしないかと内心おっかなびっくりであった彼も、思わぬ気遣いに顔を緩めた。こちらの情報をどこから得たのはわからないが、使者もそれなりの知識を持っていたのだから、あちらには多少の予備知識はあるようであった。
「近衛筆頭補佐官フワン・シエリ、大儀であった。引き続き彼らの世話は一任する」
「はっ」
使者は国王の言葉に深く頭を下げた。
その夜、歓迎の晩餐会が催され、隊員達が異界の酒に酔っていた頃、使者フワンが椅子に座っていた久口に小さく耳打ちした。
「話がある。外に出よう」
迎賓館の中庭には、豪勢な彫像の噴水がそびえ立っていた。彫像の乙女が肩にかけた水がめからとめどなく水があふれ出る噴水の横、王直属の近衛隊の制服の男が口を開いた。
「軍の幹部らが君らのことを快く思っていない…自分らがふがいないせいでこうして異界から援軍を呼ばなければならなくなったのを棚に上げて、仕方の無い奴らだ。本来なら我々近衛隊が説得しなければならなかったのだが、どうもね」
フワンはため息をついて一旦息をついた。
「…護国卿、実質軍のトップだな。そいつが頭の固い奴で『魔法も使えぬ異界の兵に何ができる!』と。彼らに協力を拒まれたらまずい」
久口はその話の続きを瞬時に理解した。
「つまり、力を見せろ、と」
フワンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の力がふがいなくてすまない。装備もあまり持ってきてないだろうが、何とかやってもらえないか」
久口は心配には及ばないと、首を振った。むしろ嬉しそうな表情すら浮かべたことに、フワンは内心驚いた。
「こちらでは『縛り』は無いからね。存分にやらせて頂こう。隊員達も体がなまってしょうがないと嘆いていたところだ」
先遣隊が持ってきた武器はそれほど多くはなかった。装輪装甲車に乗っている擲弾銃が一つ、隊員分の自動小銃と迫撃砲、携帯SAM、対戦車ロケット、野外炊具、野外洗濯セットなど携帯武器が中心である。地上の他国への派遣とは無関係なのでおおっぴらに武器使用できるとはいえ、先遣隊ということで様子見、戦闘はないという話だった。
腕試しとはいえ、どんな敵と戦わされるかわからない。久口は内心少し動揺していたが、表に出すと立場が悪くなると思い、笑顔の仮面で顔を覆った。
城下を離れること数キロほどの野原で先遣隊は待っていた。国王からの入城許可をもらうために使者が事情を説明しに先に発ったのである。
「ここが首都か。戦時にしては活気があるな」
眼前に広がる建物の群れを大勢の人が引っ切り無しに通り過ぎていく。荷車を引いた人、背負子で大量に荷物を背負った人、観光に訪れたであろう若者…皆が大通りから少し離れたところに止まる異様な乗り物と見たことのない服を着た兵隊を訝しげに覗いていくのだった。
小一時間も経った頃、街の方から馬に乗った騎兵と思われる数人の部隊がこちらに近付いてきた。彼らは装甲車を不思議な顔で見回した後、威圧的に話しかけてきたが言葉がわからない。隊員も隊長の久口も首をひねるばかりだった。
「埒があきませんね。どうしましょうか?」
近くの隊員が久口にささやいた。
「まあ事情を説明しろ、か退去しろ、のどっちかだというのはわかるけどな…参ったね」
「お前等、そこで何をしてる!」
遠くから、聞き慣れた使者の声が響いてきた。道の向こうからおそらく王室の紋章であろう文様が刻印された馬車が近づいてくる。使者は窓から身を乗り出して騎兵達に引くように指示していた。
やがて馬車が隊の側に止まり、騎兵は敬礼の姿勢で車を降りる使者を迎えた。
「衛兵が失礼した。命令が行き渡ってなかったようだ」
使者はバツの悪そうな顔で詫びを入れた。
「いやいや、街を守る任務を果たしている彼らに罪はないですから。彼らから見ればどうしても変な人ですからね…自分達は」
「これから彼らにもきちんと認識して頂く…入城の許可が出ました。行きましょう」
ドルン、と車列のエンジンがかかり、馬車の後について進み始めた。動物の引く車しか見たことのない市民は自動車に奇異の視線を送りながら、彼らの行列を見送った。
城門を過ぎた広場で彼らの車列は停止した。その車列をはるか上空の尖塔の中ほどにあるテラスから見下ろす人間がいた。
「不思議な乗り物だのう。動物が引くでもなく勝手に走るのか」
車列を見ながらつぶやいた老人に、側に控える男が答えた。
「報告によりますと何でも油を燃やして走る『自動車』と呼ばれる乗り物だとか…」
「ふむ。油を燃やして走るとは意味がわからんな。まあその辺の説明も聞くとしよう。では謁見の間に下りるとしようか」
「は」
金糸で装飾されたローブを翻し、初老の男はゆっくりとテラスの階段を降りていった。
久口は使者の後について謁見の間に入った。鎧と槍の衛兵が立ち並ぶ中、迷彩服の隊員はまさに異色の存在であった。目の前に引かれた赤いじゅうたんの先には、テラスにいた老人が待ち焦がれたように目を輝かせていた。
「この指輪を。翻訳の魔法が封じてあるのでこちらの言葉も理解できるようになるはずです」
使者は久口に魔方陣の意匠の施された銀の指輪を手渡した。彼が小指に付けると絨毯の向こうの男が話し始めた。
「この度は我が国の要請に応じて、よく来て下さった。私はこの国ボレアリアを治めるゲルク8世という者だ」
「そちらの世界での友好の証は手を握ることと聞いた」
王は彼に歩み寄ると、右手を差し出し悪戯っぽく笑った。
「ボレアリア先遣隊隊長、1等陸尉久口慶彦と申します。よろしくお願いします」
習慣も相当に違うだろう、要らぬ失礼はしないかと内心おっかなびっくりであった彼も、思わぬ気遣いに顔を緩めた。こちらの情報をどこから得たのはわからないが、使者もそれなりの知識を持っていたのだから、あちらには多少の予備知識はあるようであった。
「近衛筆頭補佐官フワン・シエリ、大儀であった。引き続き彼らの世話は一任する」
「はっ」
使者は国王の言葉に深く頭を下げた。
その夜、歓迎の晩餐会が催され、隊員達が異界の酒に酔っていた頃、使者フワンが椅子に座っていた久口に小さく耳打ちした。
「話がある。外に出よう」
迎賓館の中庭には、豪勢な彫像の噴水がそびえ立っていた。彫像の乙女が肩にかけた水がめからとめどなく水があふれ出る噴水の横、王直属の近衛隊の制服の男が口を開いた。
「軍の幹部らが君らのことを快く思っていない…自分らがふがいないせいでこうして異界から援軍を呼ばなければならなくなったのを棚に上げて、仕方の無い奴らだ。本来なら我々近衛隊が説得しなければならなかったのだが、どうもね」
フワンはため息をついて一旦息をついた。
「…護国卿、実質軍のトップだな。そいつが頭の固い奴で『魔法も使えぬ異界の兵に何ができる!』と。彼らに協力を拒まれたらまずい」
久口はその話の続きを瞬時に理解した。
「つまり、力を見せろ、と」
フワンは申し訳なさそうに頭を下げた。
「私の力がふがいなくてすまない。装備もあまり持ってきてないだろうが、何とかやってもらえないか」
久口は心配には及ばないと、首を振った。むしろ嬉しそうな表情すら浮かべたことに、フワンは内心驚いた。
「こちらでは『縛り』は無いからね。存分にやらせて頂こう。隊員達も体がなまってしょうがないと嘆いていたところだ」
先遣隊が持ってきた武器はそれほど多くはなかった。装輪装甲車に乗っている擲弾銃が一つ、隊員分の自動小銃と迫撃砲、携帯SAM、対戦車ロケット、野外炊具、野外洗濯セットなど携帯武器が中心である。地上の他国への派遣とは無関係なのでおおっぴらに武器使用できるとはいえ、先遣隊ということで様子見、戦闘はないという話だった。
腕試しとはいえ、どんな敵と戦わされるかわからない。久口は内心少し動揺していたが、表に出すと立場が悪くなると思い、笑顔の仮面で顔を覆った。