自衛隊がファンタジー世界に召喚されますた@創作発表板・分家

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Turo428

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 俗にペンタゴンと呼ばれるワシントンD.Cのほど近くにある五角形の庁舎の異名は、世界中に知れ渡っている。
その建物の中には世界中の軍の情報が集まると言われ、世界中からその情報を狙われる、現代の情報戦の
最前線の一つである。
 ある朝、その建物の中で情報管理担当の官僚達が大慌てに慌てていた。
「長官! 大変です!」
 青い顔をした官僚がペンタゴンの三階に位置する国防長官の執務室に入ってきたのは、昼食前の時分のこと
だった。
 ノックをして扉を開けた官僚の目に、まず部屋の正面に鎮座する大仰な執務席が映った。が、この机の前に
部屋の主が座っていることは稀である。
 官僚が主のいつもの特等席である部屋の隅の書棚の前に目をやると、額の両脇から頭頂付近まではげ
上がった面長顔が目立つ、老齢の男が立っていた。
 彼は眼鏡のつるをきゅっとずり上げて、官僚の言葉の続きを促した。
「何が大変かね」
「厳重に保管されていたはずの極秘資料が忽然と姿を消してしまいました!」
「あっ、そう」
 国防長官は気のない返事をすると、あごに手を当てて何やら思案し出したようだった。彼はしばらく考え込んだ
後、手招きをして官僚を近くに呼び寄せた。
 目の前の官僚に彼は小声で言った。
「コピーはあるの?」
「はい」
「原本は手違いで廃棄したことにしよう。あと重要な資料は紙じゃなくて電子データで保存するように…それから」
 国防長官はさらに声を低めて言った。
「この事は内々で処理したまえ。後の処理は丁寧に、ね」
 厳重にセキュリティが敷かれ、明らかに誰も立ち入っていないはずの所から資料が紛失したということが公に
なるのは、"事情を知る人間にとって"とても好ましくない出来事である。なかったことにするのは当然の対応だった。
 叱責されずにほっとした官僚が去った後、国防長官はすぐに大統領に電話をかけた。
 数回のコールの後、電話口に大統領が出るや彼はこう切り出した。
「大統領、一緒に昼食でもいかがでしょうか」
「また随分いきなりだね」
 大統領が了承すると、彼はすぐに通用口に車を用意するようにと側近に言付けた。

 大統領官邸内、大統領の私室に小洒落たテーブルと椅子が用意され、注文を取りに来た給仕に簡単な
食事を頼むと、大統領は腕を組んで椅子の背もたれに寄りかかった。
「さて…楽しいランチという訳にはいかないようだね」
 疲れた様子で椅子に腰掛けた国防長官は大きくため息をつき、話を切り出した。
「あんまり露骨にやってきたのでびっくりしましたよ、私は」
「何をだね」
「国防総省の資料が盗まれたんですよ」
「誰に」
「ロシアですよ、ロシア」
「そうなの?」
「証拠がないのが証拠ですよ」
「そんないきなり断定しなさんでも」
「人事じゃないですよ大統領! これからどうするか対策しないと…」
 まくし立てる国防長官の様子を、冷めた目で見ていた大統領が呟いた。
「対策ねえ。君らもロシアの最新鋭機の設計図を頂いてきたのだろう?」

「我々はコピーを取ってきたのです。原本は持ってきてません」
 彼らが国防上、異界を通した、いわば亜空間ミサイルの他にもう一つ懸念していた事態。それは人の往来が
自由になってしまうということである。
 ゲートは対ゲート結界を使わない限り、世界のどこにでも開くことができる。人のいる場所でもいない場所でも、
自由自在だ。そこでは税関や国境警備など何の意味もない。
 ペンタゴンでの事件のように、事前に場所さえわかっていれば誰も入れないはずの倉庫に入って資料を盗んで
くることなど造作もないことだ。
「こちらも同じことをやっているとはいえ、スパイは入り放題、機密情報はだだ漏れ。表立たないようにという暗黙の
了解があるからまだいいものの、これからどうなることやら…」
 自国アメリカは言うに及ばず、すでにロシア、日本も諜報員を大幅に増やし、世界中に放っているはずである。
異界の秘密を知る者がさらに増えたなら、未曾有の混乱を引き起こすだろう事が容易に想像できた。
 部屋の扉がノックされ、給仕がクラブハウスサンドを大皿に盛り付けてやってきた。テーブルの上に置かれた
サンドイッチにさっそく手を伸ばし、大統領は言った。
「ややこしい話だな。ではこれから合衆国が取るべき選択肢を聞こうか」
 右手の人差し指を一つ、上に立てて国防長官は言った。
「結局、取るべき道は一つしかないのです。ロシアと共存する時間が長くなればなるほど、混乱が混乱を生み、
やがて破綻に至るでしょう」
 大統領はサンドイッチをかじるとゆっくりと咀嚼した。
「むぐむぐ…戦わなかった場合だ、情報が第三国に漏れるまでどの程度の猶予があると思うかね? 長官」
「まず一年以内には。何か大きな出来事があればもっと早いかもしれません」
 もう他国も感づいているかもしれないという予感は二人とも持っていた。基地の部隊が大移動を繰り返すのを
偵察衛星を持っている国が見逃すはずはない。一年という期間はこの当事国がとぼけにとぼけきっての数字である。
「ロシアと戦って、負けたらどうなる」
「負けは許されません」
 国防長官はきっぱり言うと、彼もまたサンドイッチを手に取り口の中に詰め込んだ。
 しばしの沈黙の後、ようやく口の中のものを片付けた国防長官が決意を込めて言った。
「この戦いは『勝ち』『負け』『引き分け』の他に『双方負け』の結末もあります。このうち『負け』と『双方負け』は
何としても回避しなければなりません。そのような状況になったなら、チェス盤をひっくり返すしかありませんな」
 チェス盤をひっくり返すという言葉の表す意味は一つ。大統領は眉間にしわを寄せ、弱ったようにため息をついた。
「全て焼き尽くすのだな? 我々の世界でないとはいえ、悪夢のような話だ」
「良い夢が現実になるのは好ましい事ですが、悪夢は夢のままに終わらせなければ……大統領」
 大統領は給仕を呼びコーヒーを頼んだ後、足を組み直して言った。
「各結果の条件を聞こうか」
「はい。勝ちの条件は先に異世界の相手から手を切らせる事です。お互い自ら手を引く事は考えにくいですし、
負けが確定的なら戦略核の使用に躊躇はないでしょうから、それだけです。負けはロシアにそれをされること。
引き分けはお互いに異世界から手を引き、全てなかったことに。双方負けは異世界の情報が第三国に漏れて
収拾不可能になることです」
「……切れ目の入った綱をお互いに切らないように綱引きするという訳だね。大変な戦争だ」
 大統領は先への不安からか終始眉間にしわを作っていたが、長官にはそれなりの勝算があった。米国は異界が
滅びても困りはしない、しかし地球世界での立場の逆転を狙っている分だけ、ロシアは異界へのこだわりが少しだけ
強いに違いない。そこで主導権が取れる、と。
 長官と差し向かいの椅子から離れ、側にあった黒い革張りのソファにどん、と尻を落ち着けた大統領はしばらく
沈黙したままであった。
 やがて給仕がコーヒーを持ってきた。大統領はブラックコーヒーの入ったカップと皿をソファの上で受け取り、
すすった。そしてカップから口を離し、静かに言った。
「半年以内だ。必ず勝利したまえ」

 ボレアリアとフォリシアの国境付近、大森林上空を飛行する四機のフランカーが編隊を組み、敵の首都
リクマイスへ向けて進路を取っていた。
 飛行機雲も引かずに静かに飛ぶその機体の、緩やかに後方へと流れる流線型の翼の表面は、奇妙な図形、
紋章で埋め尽くされている。
 異界の民が見れば一目でわかる、魔方陣である。

 ロシアがフォリシアと交流を持ってすぐに計画し、三ヶ月で実用に乗せた、この急造の戦闘機達は魔法の
雷撃や衝撃波を放つのでも、姿を消すのでもない。
 ただ一つ、シンプルに戦闘機に必要な機能を魔法によって追求したモデルである。
 『ファーストルック、ファーストキル』
 ラプターが実現していた戦闘機の理想を、ロシア空軍は魔法の力によって覆そうとしたのだった。
 いかに近付くまで発見されないかではなく、こちらの機体が遠くから敵に見えてしまうなら、さらにその遠く
から自分達が発見できればよい、というポリシーの元に、タンデム後座に遠見の術を操るための魔道師を乗せた。
 おかげで戦闘機の操作をパイロットが一人で行わなければならなくなったが、代わりに目視、電波、赤外線
領域全てに格段の有効距離が手に入った。
 そもそもこのアイディアは異界側で昔に考案されていたものだったのだが、彼らが偵察に使う鳥類は概して
眼がよく、また遠見の魔方陣の効力を上げるにはかなりの面積を要するため、鳥に体長を超える魔方陣を
ぶら下げるのでは飛行に邪魔でろくに飛べない、ということで採用されていなかった。それを聞きつけたロシア
高官がヒントを得て、今回の改修が施された訳である。
「訓練のときは死ぬかと思いました」
 隊長機の後部座席に乗る魔道師が笑いながら言った。
 フォリシア軍の魔道師隊から派遣されるや、戦闘機という未知の乗り物に乗せられ空中を振り回されたのだから
無理もない。次々と脱落していく魔道師の中で使い物になるまで残ったのは、結局十数人のみだった。
 そして今までに用意できたマジックフランカーは六機のみである。三ヶ月の突貫工事にしては上出来、と
露大統領が褒めてくれたとはいえ、これで圧倒的物量の米軍に立ち向かえるのかといぶかしむ声も露空軍の
中から聞こえてきていた。
「この三ヶ月、訓練の日々によく耐えてくれた。いよいよ実戦だが緊張するか?」
 前の席に座る露パイロットの言葉に魔道師は少しむっとした顔で答えた。
「飛行機は初心者ですが、こう見えても私は歴戦の魔道師。新兵扱いはやめて頂きたい」
「ああ、すまん、期待しているよ。無事に戻ったらウォッカで一杯やろう」
 会話する彼らの機の前方には前衛のフランカー二機が先行していた。もちろん彼らにも魔法の改造が施されている。
 しばらく畑と平屋建ての慎ましい家が並ぶ農村の上空を飛んだ彼らのはるか前に、敵機は忽然と姿を現した。
 E-2と護衛のF-16二機である。
 異世界と関わってまだ日が浅く、それほど信頼を得ているわけでもない米軍が各地にレーダーサイトを建てて
見張るというわけにはいかない。地上には移動式の簡易レーダーがいくつかあるだけだ。
 カバーできない地域を補うため、こうして早期警戒機が時折、異世界の空を見回っていた。
「奴等、気付きやがったな。慌てて引き返していくぜ。F-16じゃスホーイにゃ勝てねえもんな」
「追いますか? 隊長」
 脇に控える列機から無線が入った。
「逃げる相手を追うにはちょっと遠い。ま、すぐに本命が来るさ」
 通常であれば、四百キロ先から天上の神の如く下界を見渡す早期警戒機が戦闘機を発見したとしても、戦闘機の
方が先に彼らを発見する道理はない。
 だが、魔法の眼を持っている彼らは違う。
「敵早期警戒機、F-16二機、方位六○、四百キロ。合図を待て」
「了解」
 前線のフランカーに指示を送った隊長は、改めて遠見の魔法に感心した。
「こりゃあいい、まるで機体に大口径の望遠鏡を積んでるようなもんだ」
「望遠鏡…とは何ですか?」
 後部座席で魔道師が怪訝な顔で聞いた。
 異世界に望遠鏡はない。このような魔法があるなら、わざわざレンズを組み合わせて遠くを見る道具を作る
必要もないのである。
「星を見るための道具だよ。帰ったらゆっくりと説明してやろう。もうすぐ奴等が本命の敵を呼んでくる。見逃すんじゃ
ねえぞ!」
 程なくして、はるか北東の高空に新たな敵影が現れた。まず後方に電子戦機、引き返してきた早期警戒機と
護衛、そして彼らが待ち望んでいたF-22四機である。
「前衛、目標が見えているか? 挨拶代わりの花火をブチ込んでやれ」
「了解」
 前衛のフランカーに備え付けられた大型ミサイルは、かつて米国も開発し、捨てたものであった。

 ロシア軍機のはるか先にいた早期警戒機は、AWACSの調整の遅れにより到着するまでしばらくかかるという
事情で、その間の指揮を任されていた。

 彼らが異変に気づいたのは、それからすぐのことだった。
「本機にレーダー照射……ロックオン?」
 レーダー波を見ていた操作員は最初、機器の誤検知ではないかと思った。
「ハハハ、そんな…相手は四百キロの先だぞ? ロックオンなどできる訳がないだろう」
 他の操作員も誤検知だろうと笑い飛ばしたが、次の瞬間、その余裕は吹き飛ばされた。
「フランカー、ミサイル発射!」
 その報を聞いた操作員たちはひどく慌てた。彼らはどうせ威嚇の応酬程度だろうとたかをくくっていたのだ。
ロシアには対AWACS用超長射程ミサイルが存在することは噂に聞いていたが、まさかいきなりここで使ってくる
とは誰も思っていなかった。
「回避、回避! チャフを放出しろ!」
「レーダー停止! ミサイルのパッシブレーダーに探知させるな!」
 ミサイルは回避行動をとる警戒機に対して、確実に軌道を修正しながら加速、接近していく。それは誘導に
中間アップデート機能を追加したこの機体のためだけの試作品だった。
 操作員はここにきてようやく先程の反応が誤検知ではないことに気がついた。
「バカな、バカな! あの距離から『ロックオン』だと!? 信じられん!」
 警戒機へと同時に電子戦機へも長射程ミサイルは発射されていた。こちらの中の人間もまた混乱中だった。
「くそう、こりゃパッシブ誘導じゃねえ! どうやってあんな遠くから…ミサイルは迎撃できないのか!?」
 先行していたラプターが迎撃を試みるが、マッハ四以上の高速で飛ぶ飛行物体に何かが当たる訳もない。
あざ笑うかのようにそれは彼らの横を通り過ぎていった。
 必死の回避機動もむなしく、鈍重な彼らにロシアの鉄槌が振り下ろされたのはそれから間もなくの事であった。

 二機の撃墜を確認して、ロシア軍機の隊長は機内で小躍りして喜んだ。
「見ろ、ラプターどもめ、司令塔がいなくなって右往左往だぜ!」
 戦闘機同士の情報連携が主となる並列共有型の露軍と違い、米軍は管制機が頭脳となり指令を下す
トップダウン型である。きめ細かく統制された機動ができるのは米軍型の方だが、頭脳が消えたときの痛手は
ロシアの比ではない。
 混乱に乗じてラプターを一機ずつすり潰してやろうと考えていた隊長だった。
 が、予想に反して米軍機はそそくさと機体の鼻を元来た方へと差し向けた。
 隊長はその早い判断に感心した。
「いい判断だ…が、天下のアメリカ軍ともあろう者がそんな簡単に逃げちゃいけねえなあ。全機追撃するぞ!」
 逃げるラプターを彼らも大急ぎで追撃に回る。
 しかし何しろ距離が遠い。機動力ではフランカーをも上回るといわれるラプターに追いかけっこで勝とうというのは
並大抵ではない。
「まだ腹にでかい荷物抱えてる奴は撃っちまえよ!」
 長距離ミサイルを残したままの僚機に隊長が声をかけた。
「まだ200キロ以上あります。当たりませんよ」
「当たらなくていい。『ステルス機がアウトレンジされた』これだけ相手が理解すれば十分だ」
「了解。発射します」
 再び長距離ミサイルが米軍機へ向けて発射された。これは先程の対AWACSミサイルとは違い、射程は少々
短いものの機動力が大幅に強化されている。圧倒的な機動力を誇る戦闘機に当たる確率はさすがに低いものの、
ひらりとかわせるというものでもない。
 ラプターの機内にロックオンの甲高い警報音が鳴り響く。
 事態を受けたパイロットの反応はやはり同じようなものであった。
「このラプターを! あの距離でロックオンだと!? 夢でも見ているのか!?」
 とはいえ、信じようが信じまいがミサイルが一直線に向かってきているのは事実である。避けない訳にはいかない。
 フレア、チャフを放出し、ロックオンされたラプターは急旋回でミサイルを撒きにかかった。
「よし、追うぞ。AMRAAMの射程に入るなよ」
 ロシアのミサイルの射程はそのほとんどが西側のミサイルより長大である。しかし近年では、アビオニクスの
不備やステルス性によりその優位を生かせなくなっていた。
 それが異世界で魔法の力を借りることにより蘇った。彼らは相手が何もできない位置から一方的に攻撃できるのだ。
 一方、必死の回避機動を続けるラプターに対し、ミサイルは正確に彼の後を追い、まさに直撃する寸前だった。
 それは突如軌道をはずれ、あらぬ方向に飛んでいってしまった。ラプターが最後に放出した新型のフレアに
反応したのだった。
 ミサイル内蔵のレーダーは本機のレーダーと違い魔法で強化されている訳ではない。ステルス機はごく短距離
でしか探知できないため、使い物にならないのだ。

 そのため、彼らが装備するミサイルのシーカーは赤外線シーカーに取り替えられていた。最新鋭機は赤外線
対策もされているとはいえ、電波に比べれば格段に探知距離は広い。
「クソッ、はずれたか! …少し遠いか…よし、引き揚げだな」
 彼らと敵との距離は中距離ミサイルで追い詰めるにはまだ少々距離があった。隊長は追撃をやめ、列機に
退却を指示した。
「隊長! ラプターを叩き落すチャンスです! 追いましょう!」
 あっさり退却を決めた隊長に対し、部下たちは口々にまだいけると反論した。が、隊長はすぐに拒絶した。
「この戦いのルールを忘れたか? 時間かけすぎると後ろから敵が出てくるぜ」
 陣取りゲームとも評される、このゲートを賭けた異界の攻略法はまさに対ゲート結界の争奪戦に他ならない。
 ゲートを新設するには数時間ほどかかるのだが、既存のゲートの魔方陣を描き換えて、現出する座標をいじる
ならば大体一時間程度ですむ。
 艦船の場合、一時間では空に開くゲートから撃ち出される対艦ミサイルの射程から逃れられない。だから、
この異世界の戦いにおいて、軍艦は潜水艦以外使用できないに等しい扱いになっている。
 飛行機ならば一時間あれば地平線の彼方まで飛んでいくので、そうした心配はない。だが、深追いすると
当然、後ろにゲートが開いて挟み撃ちされる危険性が増す訳だ。
 相手の対ゲート結界を潰し、自らの対ゲート結界を作り、それで初めて安心できる領域になるのである。
「ここで焦って追わずとも、アウトレンジされた理由がわからんうちは虎の子のラプターどころか、F-15さえ
うかつには出せんだろうよ。ロシアなら『整備不良で壊れた』と言えば皆納得するが、あちらはそうじゃない。
できれば今回でAWACSを落としておきたかったところだが、早期警戒機と電子戦機、十分な戦果と言っていい」
 戦功をあげようとはやる部下をなだめ、引き返した隊長は、唐突に後席の魔道師へ話しかけた。
「上を見てみろ。地上より濃い青だろう? 最高上昇高度まで昇れば昼間の星が見れるかもしれんぞ?」
「……おおっ」
 魔道師は空を見上げた。地上では見たことのない澄んだ紺色であった。
 突然勝手のわからぬ異国に派遣され、訓練に必死で空を観察することなどとてもできなかった。最初の戦いを
終わらせた今、彼は初めてゆっくりと空を見た。
 鳥よりはるかに高いところから雲海を見下ろし、音より速い速さで飛んだ者は、この世界では自分たち、
派遣組の魔道師以外にはいないに違いない。
「地べたに這いつくばってたら真っ平らにしか見えん大地も、この高度なら丸い、ということが一目でわかるな。
貴重な体験だ、故郷に帰ったら家族に自慢してやれ」
「やはりもっともっと上空に上がったら完全な球になるのですか? 星の姿というのはどういうものなのか、
興味があります」
 当然だが異世界に自らの星の姿を見たものは一人もいない。
 隊長は誇らしげに言った。
「俺らの世界で最初に宇宙、地球の外に出たのは我が国のガガーリン大佐だ。彼は『地球は青かった』と言った。
きっとこちらの星も青く美しいのだろうな」

 東京近県、某大学の実験室ではただならぬ実験が行われていた。
「…このように賢者の石を触媒にして熱と圧力をかけますと…」
 お忍びで通ってきた首相を前に、主任研究員はまさに得意満面で先ほどから説明を続けていた。
 彼らの眼前に鎮座する超高圧をかけられる精密機器の表示板には、中の熱、圧力の変化の具合が逐一
表示されるようになっている。そのメーターには数百気圧という高圧が示されていた。
「そろそろ頃合でしょうか」
 研究員は機械を停止し、小一時間ほど前に挿入された鉄のサンプルを取り出した。
 研究員は親指大のサンプルをつまみ上げた。入れる前まで鈍い銀色だったそれの輝きは、明らかに派手に
きらめく金色に変わっていた。
「これぞまさに錬金術。鉄を金に精製しました。賢者の石一キロで、金ならば一トン以上精製できる計算です」
 異界と接触を持ったときから密かに続けられていた研究は、ついに完成の目を見たのだった。
「魔法の世界が本当にあるのなら、錬金術もできると思っていたよ。中世の錬金術はおそらく、こちらの世界に
持ち込まれたごくわずかな賢者の石を使って行われたのだろうな」
 異界人が最初に賢者の石を日本に持ち込んだときから、この計画は密かに始まっていた。研究者らがその
性質に目を見張っていたとき、首相はどこからか集めてきた古代の錬金術の資料を持ち込み、彼らにその
研究を検証させた。

 そして今日、技術がほぼ完成した事を受け、極秘の視察と相成った訳である。
「…で、金以外の金属も作れると聞いたけど、どうなの?」
 はい、と頷いた研究員は実験室の棚から様々なサンプルを取り出してきた。
「とりあえず使えそうな金属で今成功しているのは、金、銀、白金、タンタル、タングステン、イリジウム…」
 レアメタルの名前を次々に読み上げる研究員の様子を首相は満足気に眺めていた。
「ウランはできそうかな?」
「まだ試しておりませんが、おそらく可能でしょう。原子量が増えるほど精製できる量も減りますが…」
 首相は数回手を打ち鳴らし、高らかに言い放った。
「素晴らしい! 黄金の国ジパングの復活だ! ハハハハ…ん?」
 悦に浸る首相の携帯電話が急に鳴り出した。興を殺がれた首相は肩をすくめて携帯電話の通話ボタンを押した。
「何かあったかな?」
 報告を聞いた首相の眉間にたちまちしわが刻まれた。それは米軍が緒戦の空戦で敗北すると同時に、露機甲
師団が大進攻、との報だった。
「ロシアもやるねぇ…」
 首相は視察を切り上げ、すぐに東京に引き返すため、公用車に乗り込んだ。後部座席に腰を落ち着けた彼は、
横に座った補佐官に今後の対応を質した。
「例の交渉はもう済んだよね?」
「はい。先方は何も要らないと言っていましたが、後から恨まれても困るので…軍の兵糧が不足気味との事
でしたので五万トンの食糧援助で決着しました」
「いいね。古米が余ってしょうがないから一石二鳥だ。糠臭いのから引き取ってもらおうか」
 政府は自衛隊と米軍で北と東から挟み撃ちにするため、少し前からフォリシアの北方にある小国と領内通過の
ための交渉を行っていた。
 この国は日本が異世界に現れる前は、ボレアリアを圧倒するフォリシアに便乗して領土をかすめ取っていた
経緯がある。
 自衛隊が来てからは獲得した土地を放り出し、我関せずという態度を取ってきたのだが、自衛隊にせっつかれると
途端に態度を変え、両国の友好のため通過を認めると言い出したのだった。もちろんその内情、恐怖で震え
上がっていたのは言うまでもない。
「アメリカがあっさり負けてしまっては元も子もない。陸自の展開を急がせてくれ。もっともアメリカが圧勝して
しまってもまずいのだが………困ったもんだ」
 首相は眉間にしわを寄せたまま渋い笑みを浮かべた。
「『狡兎死して走狗烹らる』と。世知辛いもんですね」
 補佐官の言葉にうんうん、と頷いて首相は続けた。
「政治なんてそんなもんさ…ロシアがいなくなったら次は日本だ。今のうちに我々をはずせない状況を作って
おかなければね。アメリカには頑張ってロシアと正面対決してもらおう。走狗になんてなってたまるか。最後に
笑うのは我々だ」
 そう言うと、首相はフフン、と不敵に笑った。

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