第25話 血闘、竜母対空母
1482年5月24日 午前10時 グンリーラ島北北西70マイル沖
第16任務部隊の旗艦、空母エンタープライズの艦橋上で、スプルーアンス少将は紙面に書かれている
文字を何度も見通していた。
「敵機動部隊発見。位置は艦隊より北北西・・・・・北北西か。」
スプルーアンスは司令官席から立ち上がり、ブローニング大佐に紙を返した。
「どうやら、シホールアンル軍はただでは返してくれないらしい。こちらも見つかった以上、
敵も用意していたワイバーンを押し立ててくるだろう。参謀長、攻撃隊を発進させよう。」
「分かりました!」
ブローニング大佐は敬礼すると、マレー艦長に命令を伝えた。
やがて、エンタープライズの格納庫から、次々に攻撃隊の各機が飛行甲板に上げられた。
「急げ!シホットのワイバーンはこっちの艦載機よりも発艦するのが早いんだぞ!
ぼやぼやしていると全員ステーキにされちまうぞ!」
古参の兵曹や士官は、あちこちで部下を叱咤して作業を速めようとし、部下達もそれに答えるかのようにテキパキと動いた。
スプルーアンス達は、艦橋の張り出し通路に出て、作業の様子を眺めていた。
「ネイレハーツには、潜水艦部隊がいたのだが、報告では北に向かったと言っていた。だが、
なぜか敵はこの近くまでやって来た。ラウス君、敵機動部隊の指揮官は、どうやらかなりのやり手のようだな。」
「性格からして、相当なイタズラ好きなのでしょう。わざわざ大きく迂回して来るなんて、
自分が司令官だったらめんどくさくてやってられないっすね。」
ラウスがいつもの口調で答えた。
「相手を騙す事も、戦争だよ。敵にこうするぞと仕掛け、乗ってきた所で思いもよらぬ攻撃をするという事は、
古来から良くある事だ。敵の司令官はそれが得意と見える。」
「しかし司令官、攻撃隊の総数がエンタープライズの50機のみでは、いささか少ないではありませんか?
ここはやはり、ニュートン部隊にも参加してもらったほうがいいかもしれませんが。」
ブローニング大佐が進言するが、スプルーアンスは頭を振った。
「ミスターブローニング、敵の艦隊が、あの機動部隊のみという保障はあるかね?」
「い、いえ。ありません。」
「そう、保障はない。他にも敵の艦隊が、グンリーラに向かって来る可能性もある。敵にとって、私達の
正規空母は忌々しい存在だ。それを潰す機会があれば、竜母の2、3隻か、水上部隊を送る事は考えられる。
それに、TF15は南方100マイルの遠方にいるから、攻撃隊を飛ばしても敵に追いつかない。
さっき話した通り、TF15は万が一の事態に備えてもらう。」
ここで言葉を区切ったスプルーアンスは、珍しくニヤリと笑みを浮かべた。
「我々の任務は、グンリーラ島のバルランド軍部隊を無事脱出させる事だ。その為には、戦力分散の危険を顧ず、
グンリーラに向かう敵を叩けるだけ叩き、追い払わねばな。」
敵機動部隊発見の報が届いた後、スプルーアンスはTF15のサラトガにいるニュートン少将に敵機動部隊発見を伝えた。
ニュートン少将はTF16に加わって敵竜母を殲滅すると言ってきた。
だが、スプルーアンスは敵の艦隊が正面の敵竜母部隊だけではないかもしれぬと思っていた。
合衆国海軍、とりわけ正規空母は、シホールアンル軍にとって死神に等しいほどの被害を与えてきている。
その忌々しい正規空母を沈める為に艦隊を派遣しているのならば、敵は必ずもう1個艦隊を投入して
くるはず、と、スプルーアンスは踏んでいた。
そのため、しきりに攻撃参加を繰り返すTF15司令部にスプルーアンスは待ったをかけ、しばらく
待機してもらいたいと伝えた。
ニュートンとしては、スプルーアンスは同格の司令官であるからその言い伝えを破ることも出来たが、
慎重深いスプルーアンスが言うのならば、それもあり得るかも知れぬと確信したニュートンは、しばらくは
割り当てられた哨戒海域で待機することにした。
その代わり、F4F1個中隊を艦隊上空に派遣する事をTF16に伝え、スプルーアンスはこれを受け入れた。
話をしている間にも作業は着々と進み、10時30分には、攻撃隊のTBFアベンジャー14機、
SBDドーントレス16機、当初より数を増やされたF4F20機が飛行甲板に上げられた。
「艦長、発艦準備完了です!」
マレー大佐は飛行長のジェニングス中佐の言葉を聞くと、次の命令を出した。
「面舵一杯!」
「面舵一杯、アイ・サー!」
マレー艦長の指示通りに、操舵員が舵を回す。
エンタープライズの艦体が28ノットのスピードで右に振られる。
TF16の寮艦もエンタープライズの動きに合わせ、定位置から離れずに続航してくる。
エンタープライズが風上に立つと、頃合よしと判断したマレー大佐は発艦を命じた。
午前10時45分、エンタープライズの飛行甲板から次々と攻撃隊が発艦していき、11時までに
50機の攻撃隊は、シホールアンル機動部隊に向かって行った。
そして、発艦を終えて10分後、
「レーダーに反応!北北西40マイル付近より未確認編隊接近中!我が艦隊の針路と交錯します!」
CICから未確認編隊接近中との報告が艦橋に入る。
「ニュートン部隊からの応援は?」
「現在、南方30マイル付近より我が艦隊に向けて接近中です。」
「そうか。いよいよだな。」
スプルーアンス少将は、これから始まるであろう戦闘を脳裏に浮かべると、身が引き締まる思いだった。
これまでの海戦とは、全く様相の異なる物。互いに飛行物体を遥か彼方に飛ばし合い、
肉眼では全く見えぬ互いの母艦を潰し合う戦い。
空母決戦が行われるのだ。それも、現世界とは違う、ファンタジーのような世界で。
「幻想的な世界での機動部隊決戦か。メルヘンチックな部分もあれば、私達のような軍人を震わせる部分もある、
か。一番戦いたかったのは、ビルであろうな・・・・」
スプルーアンスは、病院のベッドでイライラしながら日を過ごすハルゼーの姿を思い起こした。
出撃前に面会した時、自分が思うようにやれと言い伝えられたが、自分のやり方はハルゼーから見たら正しいであろうか?
ひょっとして、不合格の評価を与えられるのではないか?
積極果敢がモットーであるハルゼーであれば、投入可能戦力は全て敵に叩きつける。
それなのに、自分は念の為とは言え、空母を出し惜しみしてしまった。
(いや、この海域の現状が、そうさせてしまったのだ。どんなに優秀な司令官でも、自分と同じような
判断を下すかもしれない。何しろ、ここはシホールアンル軍の内庭なのだから)
スプルーアンスはそう思うと、置いていたコーヒーをすすった。
コーヒーは苦かったが、その分体が引き締まるように感じた。
午前11時17分 グンリーラ島北北西80マイル沖
「見えた、TF16だ。」
空母サラトガ戦闘機隊の隊長である、ジョン・サッチ少佐は、海上を走る一群の艦艇を見た。
見たところ、TF16は整然とした隊形で航行している。ワイバーンはまだTF16に殺到していないのだろう。
そうと分かると、サッチ少佐は安心した。
「隊長、前方に味方機です。」
2番機を務めるジェイク・パーク中尉が無線機越しに伝えてきた。
前方2000メートルの位置に、エンタープライズから発艦したF4Fが編隊を組んでいる。
数は20機近くいるだろうか。
「VF-3指揮官機、こちらエンタープライズだ。敵の大編隊が艦隊の正面20マイル付近にいる。
VF-6と共同して追い払ってくれ。」
「こちらVF-3指揮官機、了解した。」
サッチ少佐はエンタープライズの管制官にそう返事した。
サッチ達サラトガ戦闘機隊12機の命令は、TF16に迫るワイバーン編隊を阻止する事だ。
だが、大編隊と言うからには、敵は少なくとも60騎以上はいるかもしれない。
阻止できるかな?とサッチは呟くが、今は敵と出会い、仕合うのが先だ。
「こちらVF-6指揮官機。サッチ、聞こえるか?」
「聞こえてるよ。グレント、助っ人にやって来たぜ。」
サッチ少佐は微笑みながら、VF-6の指揮官機の名を呼んだ。
「シホット共を歓迎してやるぞ。付いて来い!」
「了解。」
サッチ少佐はそう答えると、部下の機と共にエンタープライズ隊を追いかけていく。
やがて、そいつらは姿を現した。
「こちらVF-6指揮官機、全機へ。お客さんの登場だ。おもてなししてやれ!」
「「ラジャー!」」
無線機からVF-6のメンバーが威勢の良い声を出す。
「VF-3指揮官機より、見ての通りだ。これより突撃する!」
「「ラジャー!!」」
こちらも負けじと、部下達が張りの良い声で返してきた。現在、高度は4500メートル。
前方遠くに、翼を上下運動させながらやってくる飛行物体が見えた。
高度は3000メートルと言う所だろう。数はかなり多い。
「畜生・・・・結構居やがるな。80騎はいるかもしれん。」
サッチは数の多さに舌打ちした。80騎だとすると、20騎以上は確実に護衛がいる。
エンタープライズ隊のみでは手に余るから、こちら側も2個小隊を送って援護する必要がある。
そして、攻撃担当は他の2個小隊の役目となる。
「第3、第4小隊は攻撃用ワイバーンを攻撃しろ。1機でも多く叩き落せ。第1、第2小隊は俺に続け。
戦闘ワイバーンを引っ掻き回す。」
サッチが指示を伝え終わると同時に、エンタープライズ隊が敵の戦闘ワイバーンに突っかかって行った。
エンタープライズ隊は20機しか発艦させられなかったが、敵のワイバーンはざっと、25、6騎はいるようだ。
突っ込んでいったワイルドキャットが両翼から12.7ミリ機銃をぶっ放す。
ワイバーンもドラゴンの口から緑や紫色の光弾をたたき出した。
「突っ込むぞ!」
サッチは突入する事を決め、機種を下方のワイバーンに向けた。
ワイルドキャットの1200馬力エンジンが調子よく回り、機体の速度がみるみる上昇していく。
エンタープライズ隊のF4Fが12.7ミリ機銃を撃ちながら、ワイバーンの群れを通過していく。
1騎のワイバーンが正面から12.7ミリ弾をぶち込まれて、前面を見るも無残に破壊されて力なく墜落していく。
次に、ワイルドキャットが機首に光弾数発をまともに食らわされた。
3枚のプロペラが木っ端微塵に吹き飛び、エンジンを破壊されたワイルドキャットもまた、ワイバーンの
後を追うようにして落ちていった。
互いに1機ずつ失いながら、ワイバーンは新たに現れた編隊に向けて突進する。
サッチ少佐は、正面から突っ込んでくるワイバーンを睨み据えた。
「行くぞ!」
サッチはそう喚くと、あっという間に距離が縮まったそのワイバーンに12.7ミリ機銃を放った。
ダダダダダダダ!という軽快な発射音が鳴り、曳光弾がワイバーンに注がれる。
曳光弾はワイバーンを包み込むように飛んでいったが、命中した様子も無くワイバーンも光弾を放ちながら右横を飛びぬけた。
すぐに後続のワイバーンに照準を当て、機銃弾を叩き込む。しかし、この銃撃も外れた。
光弾がサッチの機体に殺到した。咄嗟に右に横滑りをさせる。機体の左横スレスレに光弾が抜けていった。
「危ない。もう少しでエンジンをやられていた。」
サッチはそう呟く。短い時間でワイバーン編隊との遭遇戦は終わった。
F4Fはそのまま急降下を続けて一旦離脱する。
ワイバーンとの正面戦闘で、各機ともバラバラになってしまったが、それでもワイバーンの対処の仕方は忘れていないようだ。
この時、エンタープライズ隊は上昇して戦闘ワイバーンには向かわず、攻撃ワイバーンに殺到しようとした。
しかし、敵も心得ているもので、後ろから追いすがって来た。
不意に、後方から光弾を叩き込まれたワイルドキャットが、水平尾翼と吹っ飛ばされて落ちていく。
サッチは、この時初めて気が付いた。
「いかんな・・・・敵のワイバーンは水平速度であまり差が無い。
それに、ありゃあどう考えても500キロは出ているな。」
サッチが思った事。
それは、敵がワイバーンの新種を投入している事である。
形や色具合は前に戦ったワイバーンと変わらないのだが、スピードはやや速くなっている。
水平速度でも、ワイルドキャットに抜かれていたはずなのに、このワイバーン達はワイルドキャットに追いすがっている。
差はワイルドキャットがやはり早いが、以前のように無様に置いて行かれるという事は起きていない。
異変を察知したエンタープライズ隊の指揮官機は、新たに1機を落とされた所で反撃しろと命じたのか、
全機がワイバーンに向けて反転した。
たちまち乱戦が始まった。VF-6所属機も、VF-3所属機も入り乱れてワイバーンと戦った。
「総合性能はF4Fが上のようだが、いずれにしろ、数が増えれば味方もやりやすくなる。早めに手助けに行かんとな。」
サッチは、愛機を乱戦の巷にへと向けた。
愛機を空戦域に向け始めてから数分が立った時、不意に2機の飛行物体が飛び出してきた。
不本意な事に、ワイルドキャットがワイバーンに追い回されている。
「あいつ、新人だな。」
サッチはワイルドキャットの動きを見て確信した。
ワイルドキャットは動かし易い戦闘機であるが、それでも経験未熟な新人とベテランでは大きく差が出る。
「一皮向けるためにも、俺が教えてやるか。」
そう呟くと、サッチは機種をその2つの飛行物体に向ける。
ワイルドキャットは、動きはぎこちないと思われたが、ワイバーンの光弾が殺到してくる時はサッと右や左に
ジグザグ運動を行って避けている。
「ふむ、避けるのは上手いようだな。」
サッチはそう呟きながら、ワイルドキャットに合わせてジグザグに動くワイバーンに狙いをつける。
不思議な事に、ワイバーンは後ろのサッチに全く気が付いていない。
彼は見越し角を決めると、
「後ろががらあきだぜ、シホット。」
機銃をぶっ放した。たちまち、胴と言わず翼と言わず、無数の機銃弾が突き刺さり、醜いボロ布状に変換した。
12.7ミリ弾に抉られたワイバーンは左の翼をちぎられて、錐揉みになりながら海面に直行した。
「やっと1騎撃墜、か。」
サッチ少佐はため息をつくと、すかさず周囲を見渡し、敵がいない事を確認する。
「援護、ありがとうございます!」
「ああ、どうってことないさ。」
助けられたワイルドキャットのパイロットが無線機で礼を言い、サッチも芸の無い答えを返した。
「エンタープライズの所属機だな。俺はサラトガ隊のサッチ少佐だ。大丈夫か?」
「2、3発くらいましたが、機体に異常はありません。」
「さっきの避け方、なかなか上手かったぞ。君は新人のようだが、筋はあるようだな。
だが、今度からは気を付けろ。奴ら、食らい付いたらなかなか離れてくれんからな。」
「ハッ、分かりました。」
しょうがない奴だ、とサッチは呟いて、脳裏に助けた時の光景を思い出した。
彼は、頭の中で何かがひらめいたような感じがした。
「敵編隊接近!」
CICからスピーカー越しに状況が伝えられて来た。
艦隊では、既に全艦が高角砲や機銃に取り付き、来るべき物を待っていた。
「敵騎、30機以上が向かいつつあり。」
その報告を聞くなり、マレー大佐は顔をしかめる。
「32機のF4Fでは、やはり無理がありましたか。」
「敵も気合を入れてかかって来るんだ。そう簡単には行くまいよ。」
スプルーアンス少将は、そう言ってマレー大佐を宥めた。
「30機か・・・・・ちと多いですな。」
ブローニング大佐は不安げな表情で言う。
本音を言えば、20機弱にまで減らしたかったのだが、戦闘機の数が足りない以上、後は艦隊の
対空砲火でどれだけ防ぎ、マレー大佐の操艦術でどれだけ避けられるかに掛けるしかない。
スプルーアンスは、ラウスに視線を向けた。いつもはのほほんとしている彼だが、心なしか、緊張しているように見える。
そのラウスが、スプルーアンスの視線に気付いた。
「ちょっと、緊張しちまって。」
「緊張するのが当たり前さ。そうしないと、人間は馬鹿になってしまう。」
「司令官は怖くないんすか?」
「怖いさ。」
スプルーアンスは小さな声でそう答えた。
「しかし、それを表には出さんよ。とにかく、後は敵が来るのを待つだけだ。」
その時、
「駆逐艦が射撃を開始しました!」
見張りの声が艦橋に伝わって来た。
この時、ワイバーン隊の先頭は、輪形陣の左側から侵入を開始していた。
エンタープライズを守るのは、重巡洋艦ノーザンプトン、シカゴ、ペンサコラ、軽巡洋艦ブルックリン、
ホノルル、駆逐艦ファラガット以下の11隻、計17隻が輪形陣を張って備えている。
一番最初に高角砲を撃ったのは、駆逐艦のファラガットである。
スプルーアンスは、高角砲弾が炸裂する中を飛行するワイバーン群を、双眼鏡でみつめた。
「参謀長、どうやら敵は低空からの攻撃は行わないようだ。ワイバーンは全て上にいる。」
よく見ると、ガルクレルフ沖海戦でみられたような、雷撃機顔負けの低空飛行をするワイバーンは1騎も見当たらない。
「撃ち方始め!」
マレー艦長が傍らで命じた。
エンタープライズに搭載されている38口径5インチ単装砲4門が咆哮する。
高度3000メートル付近を飛行するワイバーンの周囲に、高角砲弾の黒い花が無数に咲く。
唐突に、1騎のワイバーンが翼の上下運動をやめると、真っ逆さまに落ちていった。
次に別のワイバーンに異変が起きた。高角砲弾が至近距離で炸裂するが、ワイバーンはそのまま飛行を続ける。
いきなり胴体が真っ二つに分かれた。それぞれの部分が血のような物を吹き散らしながら海面に落下した。
その時、5つの影が急激に高度を落とし始めた。その影、ワイバーン達が志向している先には、駆逐艦のファラガットがいた。
「ワイバーン群の一部がファラガットに向かいます!」
見張りの叫び声が響く中、ファラガットがやにわに動き始めた。
ファラガットは搭載されている5門の5インチ砲や6丁の12.7ミリ機銃を激しく撃ちまくった。
1騎のワイバーンが、高度1200で御者である竜騎士を真っ先に射殺された。指示を下す御者が居なくなって
勝手に上昇しようとしたワイバーンの顔面に、炸裂した高角砲弾の断片がモロに突き刺さり、一瞬のうちにワイバーンも
竜騎士の後を追った。
悲しい事に、ファラガットの上げた戦果はこれだけであった。残り4騎のワイバーンは次々に150リンル爆弾を投下した。
ファラガットの艦長は咄嗟に取り舵一杯を命じた。
ファラガットの艦首が左に振られた直後、右舷側の海面に至近弾が落下して水柱を立ち上げる。
左舷側の機銃員2名が波にひっさらわれ、それを見た仲間絶叫を発した時、ファラガットの中央部に爆弾が命中した。
衝撃に誰もが飛び上がった直後、今度は後部第4砲塔の部分に爆弾が突き刺さり、第3甲板で炸裂した。
爆風は周囲の区画を難なくぶち破って舵機室に暴れ込み、そこに詰めていた兵を全員なぎ倒した。
エンタープライズの艦橋では、ファラガットが被弾し、次第に落伍していくのが見て取れた。
「ファラガット被弾!落伍していきます!」
濛々たる黒煙を噴きながら、ファラガットは定位置に付こうと奮闘するが、その努力を嘲笑うかのように、
新たに1発の爆弾が中央部に命中する。
止めともいえる1発で、ファラガットの落伍は決定的となった。
ファラガットが落伍した事で、輪形陣の左側に穴が開いた。その穴から、後続のワイバーン群が続々と侵入してくる。
そのワイバーン群に対しても、TF16の全艦が向けられるだけの5インチ砲を動員して、盛大に“おもてなし”をする。
高角砲弾の炸裂に、ワイバーンは右に左に、爆風で煽られるが、すぐに姿勢を立て直して、尚も輪形陣の中央に迫りつつある。
刻一刻と距離を詰めるうちに、対空砲火は熾烈さを増した。
5インチ砲のみの応戦が続く中、1隻の巡洋艦が図太い火箭を連続で放った。
軽巡のホノルルだ。
「ホノルルには、40ミリ機銃が積んであったな。」
スプルーアンスはブローニング大佐に聞いた。
「はい。試験的に、28ミリ機銃を40ミリ4連装機銃に換えています。」
ブローニングの言う通り、ホノルルには40ミリ4連装機銃が4基16丁搭載されており、
そのうちの8丁が高度を2700メートル付近に下げた先頭のワイバーンに向けて放たれている。
40ミリ機銃を発射してから早くも、1騎のワイバーンが左右の翼を叩き切られて砲弾の如く墜落した。
もう1騎は40ミリ弾に首を切断されてそのまま絶命し、竜騎士の悲鳴もろとも海中に落下して血混じりの飛沫を散らした。
「やるな。」
スプルーアンスはホノルルの奮迅に感嘆したように呟く。
更に3騎がホノルルや寮艦に叩き落されたが、それはかえって危険を自ら呼び込む結果となった。
突然、2、3騎ずつに分かれた一群のワイバーンが、あろうことか、ファラガットの時と同じように急降下を始めた。
ドーントレスと比べても遜色ない急角度からの突っ込みに、狙われたホノルルと重巡のシカゴはたまったものではない。
すぐに照準を自艦に向かって来るワイバーンに切り替える。
ワイバーンの1騎が集中射撃を受けて吹き飛ばされたが、残った1騎がホノルルに、2騎がシカゴに爆弾を投下した。
シカゴ、ホノルルの艦長は緊急操舵で回避しようとした。最初に、シカゴの左舷側海面と、右舷側海面に水柱が吹き上がった。
「シカゴ、回避に成功!」
見張りはシカゴが回避に成功したのだから、ホノルルも回避に成功するはずだと思った。
それは、ホノルルの後部甲板で起きた閃光が否定した。
ズドーン!というおどろおどろしい轟音が鳴り響き、ホノルルの後部が黒煙に包まれた。
「ホノルル被弾しました!」
その言葉に、エンタープライズの艦橋上は色めき立った。ホノルルは後部の第4砲塔に直撃弾を受けてしまった。
爆弾は6インチ3連装砲塔の天蓋を叩き割って内部で炸裂した。
炸裂の瞬間、無人の砲塔内では死者こそいなかったが、砲自体は完全に破壊されて、もはや使い物にならなかった。
「いかん、ワイバーンが護衛艦を攻撃したせいで、艦隊の隊列が。」
スプルーアンスはまずいと思った。
恐らく、ワイバーン群は咄嗟にファラガットやホノルル、シカゴを狙ったのだろうが、それが隊列の乱れ
と言う思わぬ副産物を生んでしまった。
そのため、エンタープライズの左舷側の守りは、戦闘開始と比べて大きく減っている。
「左舷上空よりワイバーン10騎!急降下して来る!」
エンタープライズの左舷側上空から、ついにワイバーンが向かって来た。
その10ほどの粒は、音は全く発していないが、それだけに不気味さが増大する。
エンタープライズの艦橋前、後部に取り付けられている28ミリ4連装機銃が射撃を開始した。
4基16丁の機銃はけたたましい音を発して機銃弾を叩き出し、曳光弾がワイバーンに突進していく。
エンタープライズのみならず、前方のノーザンプトン、右舷側の護衛艦も激しく高角砲、機銃を撃ちまくった。
濃密な弾幕に、たちまち2騎のワイバーンが摑まり、引き裂かれた。
次いで、20ミリ機銃も射撃に加わると、対空砲火はより熾烈さを増した。
さらに2騎のワイバーンが撃墜されるが、ワイバーン隊は怯む様子を見せず、そのまま急降下を続ける。
「取り舵一杯!」
マレー大佐はワイバーンの高度が1600を切った時に、咄嗟に命じた。
「取り舵一杯、アイアイサー!」
操舵員が復唱しながら舵をぶん回した。予め、取り舵に入れていたため、舵の利き少し早い。
やや間を置いて、エンタープライズの19800トンの艦体が、重そうな形に似合わぬ旋回半径を描いて回頭した。
その時、高度500まで降下したワイバーンが爆弾を投下する。
爆弾がエンタープライズの右舷側後部の海面に落下して水柱を吹き上げた。
次に2番騎が爆弾を落としたが、その直後に高角砲弾の直撃を受けて四散した。
2番騎の爆弾は同じく右舷側後部海面であったが、位置が近かったため、エンタープライズは
尻を蹴飛ばされたように後部から突き上げられた。
3番騎が爆弾を投下する事も無く、機銃弾をしこたま振るわれた後、血を撒き散らしながら
左舷側に落下し、海面に飛沫を上げる。
4番騎が続いて降下し、爆弾を投下して来た。
4番騎は寮騎の投弾を見て修正したのだろう、投下した爆弾は危うくエンタープライズに命中するかと思われた。
「危ないぞ!」
マレー大佐が注意を喚起した時、左舷前部側海面からズズーン!という突き上げるような衝撃が艦体を揺さぶった。
「直撃か!?」
「い、いえ。至近弾です!」
「至近弾か。なにはともあれ、あと少しだ」
と、スプルーアンスが言った直後、5番騎の放った爆弾が前部甲板に吸い込まれた。
マレー大佐がぎょっとなった時、ズダァーン!というこれまで経験した事の無い衝撃に、スプルーアンスらは飛び上がった。
5番騎の爆弾は、前部エレベーターより後方2メートルに命中した。
爆弾は飛行甲板を突き破って格納甲板に躍り出ると、格納甲板の床に当たった瞬間炸裂した。
そこで作業をしていた整備兵4人がミンチにされ、F4F1機が爆風に転倒し、舷側にぶつかって工具類を辺りに散らした。
「ワイバーン9騎、突っ込んで来まーす!」
見張りの言葉に、マレー大佐は顔を歪めた。
「次から次へと!」
彼がそう怒声を発する間にも、ワイバーン群はみるみるうちにエンタープライズに迫って来た。
先の被弾で、黒煙が飛行甲板上を流れている。そのため、艦橋前、後部の28ミリ43連装機銃座は、ろくに狙いを付ける事が出来なかった。
「煙が何だ!それでも撃て!撃てば当たるぞ!」
28ミリ機銃の指揮官は、そう怒鳴りながら尻込む兵を叱咤し、射撃を続行させる。
「面舵一杯!」
マレー大佐は次の指示を下した。
取り舵を取っていたエンタープライズの艦首が、真を置いて今度は右に振られ始める。
寮艦もなるべく、エンタープライズの援護を務めるべく、定位置から離れまいと努力するが、もはや隊形は崩れていた。
「こいつはまずいな・・・・」
スプルーアンスは困惑した表情でそう呻いた。
相互支援が欠けた今の状態では、ビッグEは少ない援護の元で応戦しないといけない。
予想はしたくなかったが、スプルーアンスは敵の錬度からして、あと何発かは食らうと確信していた。
ワイバーン群もただでは済まない。被弾して弱まるどころか、ますます猛り狂ったエンタープライズの
対空砲火は、高度1200にまで迫った先頭機を撃墜した。
それから立て続けに2騎が顔面や胴体に機銃弾や高角砲弾を浴びせられて、あの世に直行させられた。
報復はすぐに叩き返された。まず1発目が、左舷側の5インチ砲座に命中した。
その次の瞬間、2門の単装砲は間で起きた爆発に粉砕され、兵員12名死傷してしまった。
5インチ砲は1門がちぎり飛ばされ、もう1門が装填機構や照準機構を破壊されて、溶鉱炉行きの鉄屑に変換された。
2発目が左舷側に至近弾となり、機銃員3人を海に引きずり込むと、3発目が後部エレベーターに命中した。
命中の瞬間、その場で炸裂した爆弾はエレベーターを真っ二つに叩き折り、上降を不可能な状態にした。
もはや、エンタープライズが空母としての機能を失ったのは明白であった。
それだけでは飽き足らず、ワイバーン群はもう2発爆弾を叩きつけた。
その爆弾は中央部、後部の飛行甲板をぶち破り格納甲板で炸裂した。
中央部で炸裂した爆弾は、周囲を滅茶苦茶に叩き壊したが、不幸中の幸いで、死傷者は出なかった。
後部に命中した爆弾は、格納甲板に躍り出るや、そこで駐機していたドーントレス3機をまとめて粉砕した。
エンタープライズは、完全に空母としての機能を失っていた。
左舷側の高角砲座に1発、飛行甲板に4発の爆弾を受けたエンタープライズは、今、乗員が総出で懸命の消火活動を行っている。
「司令官・・・・・」
マレー大佐が、青白くなった表情をスプルーアンスに向けた。
ラウスは、高鳴っている鼓動を抑えながら、衛生兵の手当てを受けつつ、会話に聞き耳を立てた。
ラウスは、爆弾命中の際、壁に叩きつけられて腕と額を傷付けていた。
傷自体は大した事無かったが、出血は多く、スプルーアンスはすぐに衛生兵を呼ぶように支持した。
そのスプルーアンスも、割れたスリットガラスの破片で腕に切り傷を負っているが、本人は適当に
ハンカチを結んで応急処置を施したのみである。
「ビッグEを傷付けてしまい、申し訳ありません。」
マレー大佐は、泣き出しそうな表情で謝った。
エンタープライズの損害は深刻だった。
5発の命中箇所のうち、左舷側の高角砲座に受けた被害はまだ許容できる。
しかし、問題は飛行甲板上に受けたものだ。
特に、前、中、後部の3基のエレベーターのうち、前部エレベーター、後部エレベーターが壊された。
前部エレベーターは、被弾の影響で上降機構が破壊され、エレベーターを取り替えないといけないほどであったが、
後部エレベーター、エレベーターそのものが完全に破壊されてしまい、その周囲の被害も悲惨さを極め、
前部の被害が可愛く見える程であった。
だが、スプルーアンスは頭を振った。
「別に誤る必要は無い。君の操艦のおかげで、なんとか5発を受けたに留めた。
それに、エンタープライズは空母としては使えなくなったが、格納甲板より下は損害も少ない。
判定は大破だろうが、決して沈むわけではないのだ。そう気を落とすこともあるまい。」
「はっ。」
彼の言葉に、マレー大佐は頷いた。
「それに、矢はこっちも放った。後は、君やビルが鍛えたボーイズの報告を待とう。」
5月24日 午前11時50分 グンリーラ島北北西180マイル沖
エンタープライズから発艦した50機の攻撃隊は、敵の予想位置を目指して進んでいた。
シホールアンル機動部隊を発見したアベンジャーは、位置を打電した後、通信が途絶えた。
結果はどうなったか、彼らは知っている。
命を掛けて伝えてくれた情報を元に、パイロット達は、アベンジャーと、TF16の敵討ちを胸に、
眦を決して敵に向かいつつあった。
「エンタープライズ、被弾・・・・との事です。」
攻撃隊指揮官を務める、VB-6のウェイド・マクラスキー少佐は、その報告を聞くと内心、悔しさで一杯になった
空母同士の海戦では、わが合衆国海軍のほうが実力は上だと彼は思っていた。
だが、離艦性能に関しては、垂直離着陸の可能なワイバーンのほうが早く、自分達が発艦を負えた頃には、
シホールアンルのワイバーン隊は行程の半分を過ぎていた。
悔しい事だが、敵にも出来る奴はいるのだと、マクラスキーはそう思った。
「他に何か報告は無いか?」
彼は、怜悧な口調で聞いた。
「エンタープライズの他に、駆逐艦のファラガットと軽巡のホノルルが被弾したようです。」
「やってくれたな、シホット。」
マクラスキー少佐は憎らしげに呻いた。その時、
「ウェイド!2時方向に何か居るぞ!」
護衛戦闘機隊の隊長機が何かを発見したのだろう。マクラスキー少佐に伝えてきた。
彼はもしや、と思い、言われた方向に視線を向ける。
雲の途切れた海上に、何かの影が群れを成して浮かんでいる。陣形を組んだ艦列。
その中央にある平べったい甲板。紛れも無く、空母であった。
「あいつはシホットの機動部隊だ!全機へ、敵を見つけたぞ!」
マクラスキー少佐は、興奮を抑えた口調で全機に告げた。
「ウェイド、1時方向にボディガードだ。」
「OK。ワイバーンの相手は任せた。俺達はあのギャング共に殴り込みをかける。」
護衛についていた戦闘機隊が、攻撃隊から離れて、前方から接近してくるワイバーンに向かっていく。
ワイバーンとF4Fの数はほぼ同数である。
そう間を置かずに、ワイルドキャットとワイバーンが空中戦を始めた。
マクラスキーは、ワイバーンの2、3騎は向かって来るかと、しばらく身構えていたが、乱戦の巷から抜け出てくるF4Fはいない。
どうやら、戦闘機隊は見事に、その責務を果たしているようだ。
(感謝するぜ。)
マクラスキーは、ワイバーンと激戦を繰り広げるF4Fに対し、内心でそう呟きながら、視線を敵機動部隊に向ける。
敵艦隊は、整然とした隊形で、25ノット以上はありそうなスピードで航行を続けている。
まるで、たかが2、30機程度の攻撃機なぞ屁でもないわと言っているかのようだった。
「これより攻撃目標の振り分けを行う。艦爆隊第1、第2小隊は敵竜母1番艦、第3、第4小隊は2番艦を狙え。
グッドラック!」
指示を受け取った各小隊が、それぞれの目標に向かっていく。
「敵は大軍だ。心してかかれ。」
無線機に、雷撃隊指揮官の声が入って来る。雷撃隊も攻撃目標を振り分けたのだろう。
ドーントレス隊が高度を2500から4000に上げつつある中、アベンジャー隊は第1、第2小隊が
竜母1番艦、第3、第4小隊が2番艦に向かう。
ドーントレスが高度を上げながら、敵機動部隊の右側から侵入を始めた。
前方に高射砲弾らしきものが炸裂する。
敵艦隊も応戦を開始したのだろう。
高空から迫ろうとするドーントレス隊にはかなりの量の高射砲が射撃をしているのだろう、炸裂の煙が明らかに多い。
「奴ら、対空砲火を強化しているみたいですな。レアルタ島沖海戦の時より、密度が濃いように見えます。」
後部座席のファレル兵曹が言って来た。
「お前もそう思うか?」
「ええ。こうなると、50機かそこらで来たのは、ちょっとばかり良い判断ではなかったのでは?」
「この少ない数で、何とかするさ。」
その直後、ズダァン!という音が鳴り、機体にガツン!と破片が当たる音がした。
「うぉっ!?」
マクラスキーは驚いた。一瞬やられたかなと焦ったが、計器類には何ら異常は無い。
「ファレル!大丈夫か?」
「大丈夫ですぜ!」
ファレル兵曹は威勢のいい声で返事した。その直後、彼の眼前で、4番機が左主翼を吹き飛ばされた。
「4番機被弾!」
「!!」
マクラスキー少佐は、束の間胸が痛んだ。
だが、後ろ振り返る事は無かった。対空砲火は益々激しさを増す。
マクラスキーは、残った機が投弾を終えるまで、撃墜されないでくれと祈った。
どれほど時間が立ったか実感が無かったが、気が付けば、目標の竜母はすぐ下に居た。
「突っ込むぞ!」
マクラスキーはそう言うと、操縦桿を前に倒した。
ドーントレスの機体が海面を向き、目の前にエンタープライズと共通する姿を持つ、竜母が見えた。
形からして、エンタープライズよりはやや小さいように見えるが、それでも18000トンほどはあるだろう。
巨艦である事に間違いは無い。甲板には、エレベーターのようなものが3つほど見える。
両翼の穴の開いたハニカムフラップが立ち上がり、次第に甲高い音がなり始めた。
竜母は、右舷側から襲ってくるドーントレスを避けようと、面舵に艦首を回しつつある。
「2400・・・2200・・・2000」
ファレル兵曹が高度計を読み上げる。次第に、急降下の際に伴うGが強くなり始めた。
マクラスキーは動きを慎重に、回頭する竜母に合わせる様にする。
竜母は、高度1700あたりで魔道銃を撃ちまくってきた。
視界に高射砲弾の炸裂のみならず、カラフルな光弾まで加わって視界を不明瞭にしていく。
「クソ、こいつは難しいぞ。」
マクラスキーはそう呟く。
「1200・・・1000・・・800・・・600!」
マクラスキーは反射的に、爆弾を投下した。
腹から1000ポンド爆弾が放たれ、回頭する竜母めがけて落下していく。
エンジン音が唸りを上げ、機体が水平に戻りつつある。高度300で水平に戻った時、
「クッ・・・至近弾です!」
ファレルの悔しそうな声が聞こえた。
左舷側に立ち上がった水柱に、ヘルクレンス少将は思わず肝を潰した。
「や、やべえぜ。」
その呟きも、次のドーントレスの甲高い轟音にかき消された。
轟音が極大に達すると、代わりにグオオオーン!という発動機特有のエンジン音が上空を通り過ぎる。
ザバーン!という下から突き上げるような衝撃が、チョルモールの9020ラッグの巨体にしかと伝わった。
「聞いてみるのと、実際に食らうのとでは、大違いですな!」
主任参謀が興奮したような口調でヘルクレンスに言った。
ヘルクレンスも言い返そうとした時、突然ダァーン!という大音響が鳴り響き、チョルモールが大地震のように揺れ動いた。
その揺れが収まらないうちに、2度目、3度目と大地震が繰り返し発生する。
(まるで、空き缶に放り込まれて、外から叩きまくられているようだ!)
ヘルクレンスはそう思った。
最後に、後部に爆弾が命中すると、チョルモールに向かっていたドーントレスは全機が投弾を終えて、どこぞに飛び去っていった。
「前部格納庫に火災発生!」
「第3甲板作業室に火災!人手をよこしてください!」
「こちら機関室、魔道士1人が負傷!補充員を使います!」
各所から被害報告が届けられる。ヘルクレンス少将は、まだ脅威が去っていない事を知っていた。
「次は雷撃機だ!デヴァステーターが来るぞ!」
ヘルクレンスは、慌てふためく艦橋要因の頭に、刻み込むように叫んだ。
確かに、雷撃機は輪形陣に迫っていた。だが、
「図体がでかいから、デヴァステーターより扱いにくいと思っていたが、
グラマン鉄工所はいい仕事をしてくれるねぇ。」
その雷撃機はデヴァステーターではなかった。
グラマンTBFアベンジャー。TBDデヴァステーターの後継機として、実戦投入された新鋭艦攻である。
機体は前のデヴァステーターと比べて大きくなったが、扱い易く、防御力、速力が向上し、
早くも雷撃機乗りからは好評となっている。
そのアベンジャー群は、時速340キロのスピードで、高度30メートルの低空を進んでいた。
アベンジャーに対して高評価を与えた1人である、ジム・クレイマン少佐は、愛機を敵の竜母に誘導しつつあった。
彼の左右には、3機の寮機が展開している。反対の左舷側からは、第2小隊が目の前の竜母に向かっている。
第1、第2小隊のアベンジャー8機で、間の前で黒煙を吹き上げる竜母を挟み撃ちにしようと言うのだ。
竜母は、ドーントレス隊の急降下爆撃を受けて、飛行甲板から黒煙を吹き上げているが、スピードは全く衰えていない。
機関部に被害を及ぼすような深手は、ついに負わせられなかったのかもしれない。
それでも、飛行甲板は目茶目茶に破壊されているから、いくら垂直離着陸が可能なワイバーンとは言え、住家があのような状態では、
着艦もままならないだろう。
「勝負はこれからだ。シホット!」
クレイマン少佐は、そう叫ぶと、愛機を敵1番艦の前方に合わせる。
雷撃の際、遠方から敵艦の真横方向に直接魚雷を投下するのは、タブーである。
敵艦も高速で動き、当然回避も行うのだから、敵艦の未来位置を狙って行う必要がある。
敵機動部隊の対空砲火はなかなか熾烈だが、クレイマン少佐はそんなものは見えないとばかりに、
ただひたすら、目の前の竜母を見続ける。
カンカン!と高角砲弾の破片が当たり、海面が光弾の弾着で沸き立つが、アベンジャー群は臆せず進み続ける。
唐突に、バックミラーに炎が見えた。
「2番機が!!」
後ろの部下が悲痛な叫び声を上げた。2番機は光弾の集中射撃を受けてしまった。
いくら頑丈な機体といえど、無限に耐えられるはずが無い。
胴体部に集中した射弾は、アベンジャーの燃料タンクに踊り込んで発火させた。
それのみならず、機首に連続して命中した光弾はエンジン内部を破壊し、推力を著しく低下させた。
バランスを失った2番機は滑り込むように海面に落下し、水柱を吹き上げた。
仲間を失ったと言えど、アベンジャーの突撃は止まるはずも無かった。
距離は、1000メートルに迫った。
「魚雷投下!」
クレイマン少佐が叫ぶと、開かれた胴体内から思い魚雷が落下し、海に踊り込んだ。
彼は機体を、竜母の後方に回り込ませた。
竜母の後方から、左舷側に出たクレイマン少佐は、左舷側から向かいつつあった第2小隊が一瞬見えたような気がした。
その時、
「敵艦に魚雷命中!水柱が2本上がりました!」
部下の戦果報告が耳に届いた時、彼はようやく、満足気な笑みを浮かべた。
「左舷からも魚雷!避けられません!」
右舷前部と、中央部に受けた雷撃に、速力を大幅に落としたチョルモールには、避けろと言う事自体出来ぬ相談であった。
ズドオーン!という下から突き上げる衝撃が伝わる。
この被雷で、チョルモールの艦体は海面から飛び上がった。
前進していたチョルモールは、一瞬停止したが、再び前に進み始めた。
その速度は、10分前までの快速ぶりとは程遠いものであった。
「ゼルアレも魚雷を食らいました!」
見張りからの言葉に、ヘルクレンス少将は絶望に顔を歪めた。
ゼルアレは、爆弾1発を前部甲板に受けていたが、1発だけなら速度も落ちないし、なんとか竜母としての
機能を維持できるなと思った。
だが、魚雷を食らったからには、1発のみとは言え船体にかかるダメージは相当な物だ。
「たった50機未満の敵機ごときに、してやられた・・・・・
ヨークタウン級を大破確実に追い込んだというのに・・・・・」
アメリカ軍艦載機から空襲を受ける直前、攻撃隊から駆逐艦1隻を撃沈し、ヨークタウン級空母1隻に
爆弾5または7を命中させて大破に追い込んだと魔法通信があった。
「これなら勝ったようなものだ!たかだか50機未満の敵飛空挺なぞ、さっさと追い散らすぞ!」
と言って、将兵の士気は最高潮に達した。
それもそうであろう。開戦以来悩まされてきたアメリカ正規空母のうちの1隻を血祭りにあげたのだから。
だが、味方空母やられた敵艦載機の攻撃は熾烈であった。
直衛のワイバーンは一向に攻撃機に近づけず、攻撃機はこれまでの鬱憤をはらすかのようにここぞと暴れ回った。
特に、デヴァステーターとは似ても似つかぬ、ごつい雷撃機はなかなか落としにくく、辛うじて2機を叩き落したのみだ。
「艦長、チョルモールは助かりそうか?」
「・・・・・・正直申しますと。火災のほうはなんとかなるかもしれませんが、浸水は徐々に拡大しつつあります。
火災を消し止めても、浸水量は既に限界に達しつつありますので・・・。」
アベンジャーの放った魚雷は、チョルモールに致命的な損害を与えていた。
特に、右舷の命中箇所には膨大な海水が流れており、応急修理班が仲間を犠牲に防水扉を閉めても、すぐに破られる始末であった。
「分かった。俺も、無為に兵を失うような事はしたくねえ。艦長が良いと思う方法でやってくれ。
それから、決して艦と残るような事はするな。お前はこの戦闘を経験した生き証人だ。この経験を後に生かすためにも、
絶対に生き残れ。」
「・・・・分かりました。」
艦長は礼をすると、伝声管を通じて総員退去を命じ始めた。
「司令官。ゼルアレより通信です。それと、これはたった今入った通信です。」
ヘルクレンスは、ゼルアレからの通信に目を通した。
ゼルアレは、左舷中央部に魚雷を食らい、出し得る速度は9リンルが限界と報告して来た。
13リンル出せる高速艦が、9リンルしか出ない鈍足艦に変えるほど、アメリカ軍の魚雷は強力であると印象付けられた。
次に、ヘルクレンスはたった今入って来た通信に目を通した。
「アメリカ軍という奴らは、本当に抜け目が無いな。」
その通信文には、巡洋艦部隊に敵の偵察機出現、と書かれていた。
1482年5月25日 午前9時 グンリーラ島南方150マイル沖
バルランド軍強襲部隊の司令官である、クリンド中将は、甲板上で右舷側に見える空母を眺めていた。
空母は輸送船団より少し離れた場所で、数隻の駆逐艦、巡洋艦に付き添われながら、船団と同じスピードで航行している。
ここからは、望遠鏡でうっすらとでしか分からないが、平べったい甲板が酷く傷つき、まるで戦に破れた敗残者のようだ。
「彼らの献身的な行動があったからこそ、私達はこうして祖国への帰還の途につけるのだな。」
クリンド中将には、敗残者に対するような嫌味や、蔑みは全く見られない。
むしろ感動しているのかと思えるような口ぶりだ。
「聞く所によれば、シホールアンルの竜母は2隻だったようだが、それをわずか1隻で叩きのめすとは、
アメリカ軍もやるものだ。」
「第16任務部隊には、殊更優秀な飛行気乗りが集まっていますよ。
TF16でなければ、今頃どうなっていた頃か。」
側にいたストライカー大尉は淡々とした口調で呟いた。
昨日、シホールアンル軍現るの報告を受け取った時、救援部隊の同様は相当な物であった。
現れた敵水上部隊は、竜母が2隻中心の機動部隊に、巡洋艦が中心の快速部隊であった。
バルランド兵達は、その報を聞いた瞬間、誰もが絶望的な表情になったが、別段取り乱す様子も無く、
収容作業はスペースを早めて続行された。
午後2時、護衛のTF16、15から敵艦隊撃退の報告が入った時は、泊地中は歓喜の渦に巻き込まれ、
収容作業にも一層弾みがつき、夕方には全員の収容が完了し、グンリーラ島を後にした。
そして、今に至るのである。
「とりあえず、我々バルランドは、あなた方に大きな借りができたな。この借りはいずれ返したいものだ。
ストライカー大尉。改めて、貴国の配慮に感謝するよ。」
クリンド中将はそう言いながら、右手を差し出した。ストライカー大尉は苦笑しながらも、その手を握った。
節くれだったクリンド中将の手は、程よく暖かかった。
史上初の機動部隊同士の決戦となったグンリーラ沖海戦は、双方が相討ちになるという激烈な海戦であった。
アメリカ海軍は、駆逐艦ファラガットを撃沈され、空母エンタープライズが大破、軽巡ホノルルが小破し、
航空機は艦隊上空の戦闘や、敵機動部隊との戦闘でF4F18機、SBD6機、アベンジャー2機を喪失、
海没機やTF15の被害も加えると47機を失った。
だが、得た戦果は、竜母1隻撃沈、1隻大破。ワイバーン89騎を撃墜、又は海没させるというもので、
午後にTF15が行った巡洋艦部隊の空襲で更に巡洋艦1隻撃沈、2隻を大破させ、後に潜水艦部隊が
駆逐艦2隻を撃沈した。
この海戦で、アメリカ海軍は、敵制海権下での友軍部隊救助という難事をやってのけただけではなく、
機動部隊同士の決戦において勝者の立場になるという偉業を達成した。
アメリカはその後も、防御の姿勢で過ごす事になるが、この海戦の結果はシホールアンル海軍の威信を
完膚なきまでに打ち砕いた物となり、南大陸諸国は大きく勇気づけられた。
1482年5月24日 午前10時 グンリーラ島北北西70マイル沖
第16任務部隊の旗艦、空母エンタープライズの艦橋上で、スプルーアンス少将は紙面に書かれている
文字を何度も見通していた。
「敵機動部隊発見。位置は艦隊より北北西・・・・・北北西か。」
スプルーアンスは司令官席から立ち上がり、ブローニング大佐に紙を返した。
「どうやら、シホールアンル軍はただでは返してくれないらしい。こちらも見つかった以上、
敵も用意していたワイバーンを押し立ててくるだろう。参謀長、攻撃隊を発進させよう。」
「分かりました!」
ブローニング大佐は敬礼すると、マレー艦長に命令を伝えた。
やがて、エンタープライズの格納庫から、次々に攻撃隊の各機が飛行甲板に上げられた。
「急げ!シホットのワイバーンはこっちの艦載機よりも発艦するのが早いんだぞ!
ぼやぼやしていると全員ステーキにされちまうぞ!」
古参の兵曹や士官は、あちこちで部下を叱咤して作業を速めようとし、部下達もそれに答えるかのようにテキパキと動いた。
スプルーアンス達は、艦橋の張り出し通路に出て、作業の様子を眺めていた。
「ネイレハーツには、潜水艦部隊がいたのだが、報告では北に向かったと言っていた。だが、
なぜか敵はこの近くまでやって来た。ラウス君、敵機動部隊の指揮官は、どうやらかなりのやり手のようだな。」
「性格からして、相当なイタズラ好きなのでしょう。わざわざ大きく迂回して来るなんて、
自分が司令官だったらめんどくさくてやってられないっすね。」
ラウスがいつもの口調で答えた。
「相手を騙す事も、戦争だよ。敵にこうするぞと仕掛け、乗ってきた所で思いもよらぬ攻撃をするという事は、
古来から良くある事だ。敵の司令官はそれが得意と見える。」
「しかし司令官、攻撃隊の総数がエンタープライズの50機のみでは、いささか少ないではありませんか?
ここはやはり、ニュートン部隊にも参加してもらったほうがいいかもしれませんが。」
ブローニング大佐が進言するが、スプルーアンスは頭を振った。
「ミスターブローニング、敵の艦隊が、あの機動部隊のみという保障はあるかね?」
「い、いえ。ありません。」
「そう、保障はない。他にも敵の艦隊が、グンリーラに向かって来る可能性もある。敵にとって、私達の
正規空母は忌々しい存在だ。それを潰す機会があれば、竜母の2、3隻か、水上部隊を送る事は考えられる。
それに、TF15は南方100マイルの遠方にいるから、攻撃隊を飛ばしても敵に追いつかない。
さっき話した通り、TF15は万が一の事態に備えてもらう。」
ここで言葉を区切ったスプルーアンスは、珍しくニヤリと笑みを浮かべた。
「我々の任務は、グンリーラ島のバルランド軍部隊を無事脱出させる事だ。その為には、戦力分散の危険を顧ず、
グンリーラに向かう敵を叩けるだけ叩き、追い払わねばな。」
敵機動部隊発見の報が届いた後、スプルーアンスはTF15のサラトガにいるニュートン少将に敵機動部隊発見を伝えた。
ニュートン少将はTF16に加わって敵竜母を殲滅すると言ってきた。
だが、スプルーアンスは敵の艦隊が正面の敵竜母部隊だけではないかもしれぬと思っていた。
合衆国海軍、とりわけ正規空母は、シホールアンル軍にとって死神に等しいほどの被害を与えてきている。
その忌々しい正規空母を沈める為に艦隊を派遣しているのならば、敵は必ずもう1個艦隊を投入して
くるはず、と、スプルーアンスは踏んでいた。
そのため、しきりに攻撃参加を繰り返すTF15司令部にスプルーアンスは待ったをかけ、しばらく
待機してもらいたいと伝えた。
ニュートンとしては、スプルーアンスは同格の司令官であるからその言い伝えを破ることも出来たが、
慎重深いスプルーアンスが言うのならば、それもあり得るかも知れぬと確信したニュートンは、しばらくは
割り当てられた哨戒海域で待機することにした。
その代わり、F4F1個中隊を艦隊上空に派遣する事をTF16に伝え、スプルーアンスはこれを受け入れた。
話をしている間にも作業は着々と進み、10時30分には、攻撃隊のTBFアベンジャー14機、
SBDドーントレス16機、当初より数を増やされたF4F20機が飛行甲板に上げられた。
「艦長、発艦準備完了です!」
マレー大佐は飛行長のジェニングス中佐の言葉を聞くと、次の命令を出した。
「面舵一杯!」
「面舵一杯、アイ・サー!」
マレー艦長の指示通りに、操舵員が舵を回す。
エンタープライズの艦体が28ノットのスピードで右に振られる。
TF16の寮艦もエンタープライズの動きに合わせ、定位置から離れずに続航してくる。
エンタープライズが風上に立つと、頃合よしと判断したマレー大佐は発艦を命じた。
午前10時45分、エンタープライズの飛行甲板から次々と攻撃隊が発艦していき、11時までに
50機の攻撃隊は、シホールアンル機動部隊に向かって行った。
そして、発艦を終えて10分後、
「レーダーに反応!北北西40マイル付近より未確認編隊接近中!我が艦隊の針路と交錯します!」
CICから未確認編隊接近中との報告が艦橋に入る。
「ニュートン部隊からの応援は?」
「現在、南方30マイル付近より我が艦隊に向けて接近中です。」
「そうか。いよいよだな。」
スプルーアンス少将は、これから始まるであろう戦闘を脳裏に浮かべると、身が引き締まる思いだった。
これまでの海戦とは、全く様相の異なる物。互いに飛行物体を遥か彼方に飛ばし合い、
肉眼では全く見えぬ互いの母艦を潰し合う戦い。
空母決戦が行われるのだ。それも、現世界とは違う、ファンタジーのような世界で。
「幻想的な世界での機動部隊決戦か。メルヘンチックな部分もあれば、私達のような軍人を震わせる部分もある、
か。一番戦いたかったのは、ビルであろうな・・・・」
スプルーアンスは、病院のベッドでイライラしながら日を過ごすハルゼーの姿を思い起こした。
出撃前に面会した時、自分が思うようにやれと言い伝えられたが、自分のやり方はハルゼーから見たら正しいであろうか?
ひょっとして、不合格の評価を与えられるのではないか?
積極果敢がモットーであるハルゼーであれば、投入可能戦力は全て敵に叩きつける。
それなのに、自分は念の為とは言え、空母を出し惜しみしてしまった。
(いや、この海域の現状が、そうさせてしまったのだ。どんなに優秀な司令官でも、自分と同じような
判断を下すかもしれない。何しろ、ここはシホールアンル軍の内庭なのだから)
スプルーアンスはそう思うと、置いていたコーヒーをすすった。
コーヒーは苦かったが、その分体が引き締まるように感じた。
午前11時17分 グンリーラ島北北西80マイル沖
「見えた、TF16だ。」
空母サラトガ戦闘機隊の隊長である、ジョン・サッチ少佐は、海上を走る一群の艦艇を見た。
見たところ、TF16は整然とした隊形で航行している。ワイバーンはまだTF16に殺到していないのだろう。
そうと分かると、サッチ少佐は安心した。
「隊長、前方に味方機です。」
2番機を務めるジェイク・パーク中尉が無線機越しに伝えてきた。
前方2000メートルの位置に、エンタープライズから発艦したF4Fが編隊を組んでいる。
数は20機近くいるだろうか。
「VF-3指揮官機、こちらエンタープライズだ。敵の大編隊が艦隊の正面20マイル付近にいる。
VF-6と共同して追い払ってくれ。」
「こちらVF-3指揮官機、了解した。」
サッチ少佐はエンタープライズの管制官にそう返事した。
サッチ達サラトガ戦闘機隊12機の命令は、TF16に迫るワイバーン編隊を阻止する事だ。
だが、大編隊と言うからには、敵は少なくとも60騎以上はいるかもしれない。
阻止できるかな?とサッチは呟くが、今は敵と出会い、仕合うのが先だ。
「こちらVF-6指揮官機。サッチ、聞こえるか?」
「聞こえてるよ。グレント、助っ人にやって来たぜ。」
サッチ少佐は微笑みながら、VF-6の指揮官機の名を呼んだ。
「シホット共を歓迎してやるぞ。付いて来い!」
「了解。」
サッチ少佐はそう答えると、部下の機と共にエンタープライズ隊を追いかけていく。
やがて、そいつらは姿を現した。
「こちらVF-6指揮官機、全機へ。お客さんの登場だ。おもてなししてやれ!」
「「ラジャー!」」
無線機からVF-6のメンバーが威勢の良い声を出す。
「VF-3指揮官機より、見ての通りだ。これより突撃する!」
「「ラジャー!!」」
こちらも負けじと、部下達が張りの良い声で返してきた。現在、高度は4500メートル。
前方遠くに、翼を上下運動させながらやってくる飛行物体が見えた。
高度は3000メートルと言う所だろう。数はかなり多い。
「畜生・・・・結構居やがるな。80騎はいるかもしれん。」
サッチは数の多さに舌打ちした。80騎だとすると、20騎以上は確実に護衛がいる。
エンタープライズ隊のみでは手に余るから、こちら側も2個小隊を送って援護する必要がある。
そして、攻撃担当は他の2個小隊の役目となる。
「第3、第4小隊は攻撃用ワイバーンを攻撃しろ。1機でも多く叩き落せ。第1、第2小隊は俺に続け。
戦闘ワイバーンを引っ掻き回す。」
サッチが指示を伝え終わると同時に、エンタープライズ隊が敵の戦闘ワイバーンに突っかかって行った。
エンタープライズ隊は20機しか発艦させられなかったが、敵のワイバーンはざっと、25、6騎はいるようだ。
突っ込んでいったワイルドキャットが両翼から12.7ミリ機銃をぶっ放す。
ワイバーンもドラゴンの口から緑や紫色の光弾をたたき出した。
「突っ込むぞ!」
サッチは突入する事を決め、機種を下方のワイバーンに向けた。
ワイルドキャットの1200馬力エンジンが調子よく回り、機体の速度がみるみる上昇していく。
エンタープライズ隊のF4Fが12.7ミリ機銃を撃ちながら、ワイバーンの群れを通過していく。
1騎のワイバーンが正面から12.7ミリ弾をぶち込まれて、前面を見るも無残に破壊されて力なく墜落していく。
次に、ワイルドキャットが機首に光弾数発をまともに食らわされた。
3枚のプロペラが木っ端微塵に吹き飛び、エンジンを破壊されたワイルドキャットもまた、ワイバーンの
後を追うようにして落ちていった。
互いに1機ずつ失いながら、ワイバーンは新たに現れた編隊に向けて突進する。
サッチ少佐は、正面から突っ込んでくるワイバーンを睨み据えた。
「行くぞ!」
サッチはそう喚くと、あっという間に距離が縮まったそのワイバーンに12.7ミリ機銃を放った。
ダダダダダダダ!という軽快な発射音が鳴り、曳光弾がワイバーンに注がれる。
曳光弾はワイバーンを包み込むように飛んでいったが、命中した様子も無くワイバーンも光弾を放ちながら右横を飛びぬけた。
すぐに後続のワイバーンに照準を当て、機銃弾を叩き込む。しかし、この銃撃も外れた。
光弾がサッチの機体に殺到した。咄嗟に右に横滑りをさせる。機体の左横スレスレに光弾が抜けていった。
「危ない。もう少しでエンジンをやられていた。」
サッチはそう呟く。短い時間でワイバーン編隊との遭遇戦は終わった。
F4Fはそのまま急降下を続けて一旦離脱する。
ワイバーンとの正面戦闘で、各機ともバラバラになってしまったが、それでもワイバーンの対処の仕方は忘れていないようだ。
この時、エンタープライズ隊は上昇して戦闘ワイバーンには向かわず、攻撃ワイバーンに殺到しようとした。
しかし、敵も心得ているもので、後ろから追いすがって来た。
不意に、後方から光弾を叩き込まれたワイルドキャットが、水平尾翼と吹っ飛ばされて落ちていく。
サッチは、この時初めて気が付いた。
「いかんな・・・・敵のワイバーンは水平速度であまり差が無い。
それに、ありゃあどう考えても500キロは出ているな。」
サッチが思った事。
それは、敵がワイバーンの新種を投入している事である。
形や色具合は前に戦ったワイバーンと変わらないのだが、スピードはやや速くなっている。
水平速度でも、ワイルドキャットに抜かれていたはずなのに、このワイバーン達はワイルドキャットに追いすがっている。
差はワイルドキャットがやはり早いが、以前のように無様に置いて行かれるという事は起きていない。
異変を察知したエンタープライズ隊の指揮官機は、新たに1機を落とされた所で反撃しろと命じたのか、
全機がワイバーンに向けて反転した。
たちまち乱戦が始まった。VF-6所属機も、VF-3所属機も入り乱れてワイバーンと戦った。
「総合性能はF4Fが上のようだが、いずれにしろ、数が増えれば味方もやりやすくなる。早めに手助けに行かんとな。」
サッチは、愛機を乱戦の巷にへと向けた。
愛機を空戦域に向け始めてから数分が立った時、不意に2機の飛行物体が飛び出してきた。
不本意な事に、ワイルドキャットがワイバーンに追い回されている。
「あいつ、新人だな。」
サッチはワイルドキャットの動きを見て確信した。
ワイルドキャットは動かし易い戦闘機であるが、それでも経験未熟な新人とベテランでは大きく差が出る。
「一皮向けるためにも、俺が教えてやるか。」
そう呟くと、サッチは機種をその2つの飛行物体に向ける。
ワイルドキャットは、動きはぎこちないと思われたが、ワイバーンの光弾が殺到してくる時はサッと右や左に
ジグザグ運動を行って避けている。
「ふむ、避けるのは上手いようだな。」
サッチはそう呟きながら、ワイルドキャットに合わせてジグザグに動くワイバーンに狙いをつける。
不思議な事に、ワイバーンは後ろのサッチに全く気が付いていない。
彼は見越し角を決めると、
「後ろががらあきだぜ、シホット。」
機銃をぶっ放した。たちまち、胴と言わず翼と言わず、無数の機銃弾が突き刺さり、醜いボロ布状に変換した。
12.7ミリ弾に抉られたワイバーンは左の翼をちぎられて、錐揉みになりながら海面に直行した。
「やっと1騎撃墜、か。」
サッチ少佐はため息をつくと、すかさず周囲を見渡し、敵がいない事を確認する。
「援護、ありがとうございます!」
「ああ、どうってことないさ。」
助けられたワイルドキャットのパイロットが無線機で礼を言い、サッチも芸の無い答えを返した。
「エンタープライズの所属機だな。俺はサラトガ隊のサッチ少佐だ。大丈夫か?」
「2、3発くらいましたが、機体に異常はありません。」
「さっきの避け方、なかなか上手かったぞ。君は新人のようだが、筋はあるようだな。
だが、今度からは気を付けろ。奴ら、食らい付いたらなかなか離れてくれんからな。」
「ハッ、分かりました。」
しょうがない奴だ、とサッチは呟いて、脳裏に助けた時の光景を思い出した。
彼は、頭の中で何かがひらめいたような感じがした。
「敵編隊接近!」
CICからスピーカー越しに状況が伝えられて来た。
艦隊では、既に全艦が高角砲や機銃に取り付き、来るべき物を待っていた。
「敵騎、30機以上が向かいつつあり。」
その報告を聞くなり、マレー大佐は顔をしかめる。
「32機のF4Fでは、やはり無理がありましたか。」
「敵も気合を入れてかかって来るんだ。そう簡単には行くまいよ。」
スプルーアンス少将は、そう言ってマレー大佐を宥めた。
「30機か・・・・・ちと多いですな。」
ブローニング大佐は不安げな表情で言う。
本音を言えば、20機弱にまで減らしたかったのだが、戦闘機の数が足りない以上、後は艦隊の
対空砲火でどれだけ防ぎ、マレー大佐の操艦術でどれだけ避けられるかに掛けるしかない。
スプルーアンスは、ラウスに視線を向けた。いつもはのほほんとしている彼だが、心なしか、緊張しているように見える。
そのラウスが、スプルーアンスの視線に気付いた。
「ちょっと、緊張しちまって。」
「緊張するのが当たり前さ。そうしないと、人間は馬鹿になってしまう。」
「司令官は怖くないんすか?」
「怖いさ。」
スプルーアンスは小さな声でそう答えた。
「しかし、それを表には出さんよ。とにかく、後は敵が来るのを待つだけだ。」
その時、
「駆逐艦が射撃を開始しました!」
見張りの声が艦橋に伝わって来た。
この時、ワイバーン隊の先頭は、輪形陣の左側から侵入を開始していた。
エンタープライズを守るのは、重巡洋艦ノーザンプトン、シカゴ、ペンサコラ、軽巡洋艦ブルックリン、
ホノルル、駆逐艦ファラガット以下の11隻、計17隻が輪形陣を張って備えている。
一番最初に高角砲を撃ったのは、駆逐艦のファラガットである。
スプルーアンスは、高角砲弾が炸裂する中を飛行するワイバーン群を、双眼鏡でみつめた。
「参謀長、どうやら敵は低空からの攻撃は行わないようだ。ワイバーンは全て上にいる。」
よく見ると、ガルクレルフ沖海戦でみられたような、雷撃機顔負けの低空飛行をするワイバーンは1騎も見当たらない。
「撃ち方始め!」
マレー艦長が傍らで命じた。
エンタープライズに搭載されている38口径5インチ単装砲4門が咆哮する。
高度3000メートル付近を飛行するワイバーンの周囲に、高角砲弾の黒い花が無数に咲く。
唐突に、1騎のワイバーンが翼の上下運動をやめると、真っ逆さまに落ちていった。
次に別のワイバーンに異変が起きた。高角砲弾が至近距離で炸裂するが、ワイバーンはそのまま飛行を続ける。
いきなり胴体が真っ二つに分かれた。それぞれの部分が血のような物を吹き散らしながら海面に落下した。
その時、5つの影が急激に高度を落とし始めた。その影、ワイバーン達が志向している先には、駆逐艦のファラガットがいた。
「ワイバーン群の一部がファラガットに向かいます!」
見張りの叫び声が響く中、ファラガットがやにわに動き始めた。
ファラガットは搭載されている5門の5インチ砲や6丁の12.7ミリ機銃を激しく撃ちまくった。
1騎のワイバーンが、高度1200で御者である竜騎士を真っ先に射殺された。指示を下す御者が居なくなって
勝手に上昇しようとしたワイバーンの顔面に、炸裂した高角砲弾の断片がモロに突き刺さり、一瞬のうちにワイバーンも
竜騎士の後を追った。
悲しい事に、ファラガットの上げた戦果はこれだけであった。残り4騎のワイバーンは次々に150リンル爆弾を投下した。
ファラガットの艦長は咄嗟に取り舵一杯を命じた。
ファラガットの艦首が左に振られた直後、右舷側の海面に至近弾が落下して水柱を立ち上げる。
左舷側の機銃員2名が波にひっさらわれ、それを見た仲間絶叫を発した時、ファラガットの中央部に爆弾が命中した。
衝撃に誰もが飛び上がった直後、今度は後部第4砲塔の部分に爆弾が突き刺さり、第3甲板で炸裂した。
爆風は周囲の区画を難なくぶち破って舵機室に暴れ込み、そこに詰めていた兵を全員なぎ倒した。
エンタープライズの艦橋では、ファラガットが被弾し、次第に落伍していくのが見て取れた。
「ファラガット被弾!落伍していきます!」
濛々たる黒煙を噴きながら、ファラガットは定位置に付こうと奮闘するが、その努力を嘲笑うかのように、
新たに1発の爆弾が中央部に命中する。
止めともいえる1発で、ファラガットの落伍は決定的となった。
ファラガットが落伍した事で、輪形陣の左側に穴が開いた。その穴から、後続のワイバーン群が続々と侵入してくる。
そのワイバーン群に対しても、TF16の全艦が向けられるだけの5インチ砲を動員して、盛大に“おもてなし”をする。
高角砲弾の炸裂に、ワイバーンは右に左に、爆風で煽られるが、すぐに姿勢を立て直して、尚も輪形陣の中央に迫りつつある。
刻一刻と距離を詰めるうちに、対空砲火は熾烈さを増した。
5インチ砲のみの応戦が続く中、1隻の巡洋艦が図太い火箭を連続で放った。
軽巡のホノルルだ。
「ホノルルには、40ミリ機銃が積んであったな。」
スプルーアンスはブローニング大佐に聞いた。
「はい。試験的に、28ミリ機銃を40ミリ4連装機銃に換えています。」
ブローニングの言う通り、ホノルルには40ミリ4連装機銃が4基16丁搭載されており、
そのうちの8丁が高度を2700メートル付近に下げた先頭のワイバーンに向けて放たれている。
40ミリ機銃を発射してから早くも、1騎のワイバーンが左右の翼を叩き切られて砲弾の如く墜落した。
もう1騎は40ミリ弾に首を切断されてそのまま絶命し、竜騎士の悲鳴もろとも海中に落下して血混じりの飛沫を散らした。
「やるな。」
スプルーアンスはホノルルの奮迅に感嘆したように呟く。
更に3騎がホノルルや寮艦に叩き落されたが、それはかえって危険を自ら呼び込む結果となった。
突然、2、3騎ずつに分かれた一群のワイバーンが、あろうことか、ファラガットの時と同じように急降下を始めた。
ドーントレスと比べても遜色ない急角度からの突っ込みに、狙われたホノルルと重巡のシカゴはたまったものではない。
すぐに照準を自艦に向かって来るワイバーンに切り替える。
ワイバーンの1騎が集中射撃を受けて吹き飛ばされたが、残った1騎がホノルルに、2騎がシカゴに爆弾を投下した。
シカゴ、ホノルルの艦長は緊急操舵で回避しようとした。最初に、シカゴの左舷側海面と、右舷側海面に水柱が吹き上がった。
「シカゴ、回避に成功!」
見張りはシカゴが回避に成功したのだから、ホノルルも回避に成功するはずだと思った。
それは、ホノルルの後部甲板で起きた閃光が否定した。
ズドーン!というおどろおどろしい轟音が鳴り響き、ホノルルの後部が黒煙に包まれた。
「ホノルル被弾しました!」
その言葉に、エンタープライズの艦橋上は色めき立った。ホノルルは後部の第4砲塔に直撃弾を受けてしまった。
爆弾は6インチ3連装砲塔の天蓋を叩き割って内部で炸裂した。
炸裂の瞬間、無人の砲塔内では死者こそいなかったが、砲自体は完全に破壊されて、もはや使い物にならなかった。
「いかん、ワイバーンが護衛艦を攻撃したせいで、艦隊の隊列が。」
スプルーアンスはまずいと思った。
恐らく、ワイバーン群は咄嗟にファラガットやホノルル、シカゴを狙ったのだろうが、それが隊列の乱れ
と言う思わぬ副産物を生んでしまった。
そのため、エンタープライズの左舷側の守りは、戦闘開始と比べて大きく減っている。
「左舷上空よりワイバーン10騎!急降下して来る!」
エンタープライズの左舷側上空から、ついにワイバーンが向かって来た。
その10ほどの粒は、音は全く発していないが、それだけに不気味さが増大する。
エンタープライズの艦橋前、後部に取り付けられている28ミリ4連装機銃が射撃を開始した。
4基16丁の機銃はけたたましい音を発して機銃弾を叩き出し、曳光弾がワイバーンに突進していく。
エンタープライズのみならず、前方のノーザンプトン、右舷側の護衛艦も激しく高角砲、機銃を撃ちまくった。
濃密な弾幕に、たちまち2騎のワイバーンが摑まり、引き裂かれた。
次いで、20ミリ機銃も射撃に加わると、対空砲火はより熾烈さを増した。
さらに2騎のワイバーンが撃墜されるが、ワイバーン隊は怯む様子を見せず、そのまま急降下を続ける。
「取り舵一杯!」
マレー大佐はワイバーンの高度が1600を切った時に、咄嗟に命じた。
「取り舵一杯、アイアイサー!」
操舵員が復唱しながら舵をぶん回した。予め、取り舵に入れていたため、舵の利き少し早い。
やや間を置いて、エンタープライズの19800トンの艦体が、重そうな形に似合わぬ旋回半径を描いて回頭した。
その時、高度500まで降下したワイバーンが爆弾を投下する。
爆弾がエンタープライズの右舷側後部の海面に落下して水柱を吹き上げた。
次に2番騎が爆弾を落としたが、その直後に高角砲弾の直撃を受けて四散した。
2番騎の爆弾は同じく右舷側後部海面であったが、位置が近かったため、エンタープライズは
尻を蹴飛ばされたように後部から突き上げられた。
3番騎が爆弾を投下する事も無く、機銃弾をしこたま振るわれた後、血を撒き散らしながら
左舷側に落下し、海面に飛沫を上げる。
4番騎が続いて降下し、爆弾を投下して来た。
4番騎は寮騎の投弾を見て修正したのだろう、投下した爆弾は危うくエンタープライズに命中するかと思われた。
「危ないぞ!」
マレー大佐が注意を喚起した時、左舷前部側海面からズズーン!という突き上げるような衝撃が艦体を揺さぶった。
「直撃か!?」
「い、いえ。至近弾です!」
「至近弾か。なにはともあれ、あと少しだ」
と、スプルーアンスが言った直後、5番騎の放った爆弾が前部甲板に吸い込まれた。
マレー大佐がぎょっとなった時、ズダァーン!というこれまで経験した事の無い衝撃に、スプルーアンスらは飛び上がった。
5番騎の爆弾は、前部エレベーターより後方2メートルに命中した。
爆弾は飛行甲板を突き破って格納甲板に躍り出ると、格納甲板の床に当たった瞬間炸裂した。
そこで作業をしていた整備兵4人がミンチにされ、F4F1機が爆風に転倒し、舷側にぶつかって工具類を辺りに散らした。
「ワイバーン9騎、突っ込んで来まーす!」
見張りの言葉に、マレー大佐は顔を歪めた。
「次から次へと!」
彼がそう怒声を発する間にも、ワイバーン群はみるみるうちにエンタープライズに迫って来た。
先の被弾で、黒煙が飛行甲板上を流れている。そのため、艦橋前、後部の28ミリ43連装機銃座は、ろくに狙いを付ける事が出来なかった。
「煙が何だ!それでも撃て!撃てば当たるぞ!」
28ミリ機銃の指揮官は、そう怒鳴りながら尻込む兵を叱咤し、射撃を続行させる。
「面舵一杯!」
マレー大佐は次の指示を下した。
取り舵を取っていたエンタープライズの艦首が、真を置いて今度は右に振られ始める。
寮艦もなるべく、エンタープライズの援護を務めるべく、定位置から離れまいと努力するが、もはや隊形は崩れていた。
「こいつはまずいな・・・・」
スプルーアンスは困惑した表情でそう呻いた。
相互支援が欠けた今の状態では、ビッグEは少ない援護の元で応戦しないといけない。
予想はしたくなかったが、スプルーアンスは敵の錬度からして、あと何発かは食らうと確信していた。
ワイバーン群もただでは済まない。被弾して弱まるどころか、ますます猛り狂ったエンタープライズの
対空砲火は、高度1200にまで迫った先頭機を撃墜した。
それから立て続けに2騎が顔面や胴体に機銃弾や高角砲弾を浴びせられて、あの世に直行させられた。
報復はすぐに叩き返された。まず1発目が、左舷側の5インチ砲座に命中した。
その次の瞬間、2門の単装砲は間で起きた爆発に粉砕され、兵員12名死傷してしまった。
5インチ砲は1門がちぎり飛ばされ、もう1門が装填機構や照準機構を破壊されて、溶鉱炉行きの鉄屑に変換された。
2発目が左舷側に至近弾となり、機銃員3人を海に引きずり込むと、3発目が後部エレベーターに命中した。
命中の瞬間、その場で炸裂した爆弾はエレベーターを真っ二つに叩き折り、上降を不可能な状態にした。
もはや、エンタープライズが空母としての機能を失ったのは明白であった。
それだけでは飽き足らず、ワイバーン群はもう2発爆弾を叩きつけた。
その爆弾は中央部、後部の飛行甲板をぶち破り格納甲板で炸裂した。
中央部で炸裂した爆弾は、周囲を滅茶苦茶に叩き壊したが、不幸中の幸いで、死傷者は出なかった。
後部に命中した爆弾は、格納甲板に躍り出るや、そこで駐機していたドーントレス3機をまとめて粉砕した。
エンタープライズは、完全に空母としての機能を失っていた。
左舷側の高角砲座に1発、飛行甲板に4発の爆弾を受けたエンタープライズは、今、乗員が総出で懸命の消火活動を行っている。
「司令官・・・・・」
マレー大佐が、青白くなった表情をスプルーアンスに向けた。
ラウスは、高鳴っている鼓動を抑えながら、衛生兵の手当てを受けつつ、会話に聞き耳を立てた。
ラウスは、爆弾命中の際、壁に叩きつけられて腕と額を傷付けていた。
傷自体は大した事無かったが、出血は多く、スプルーアンスはすぐに衛生兵を呼ぶように支持した。
そのスプルーアンスも、割れたスリットガラスの破片で腕に切り傷を負っているが、本人は適当に
ハンカチを結んで応急処置を施したのみである。
「ビッグEを傷付けてしまい、申し訳ありません。」
マレー大佐は、泣き出しそうな表情で謝った。
エンタープライズの損害は深刻だった。
5発の命中箇所のうち、左舷側の高角砲座に受けた被害はまだ許容できる。
しかし、問題は飛行甲板上に受けたものだ。
特に、前、中、後部の3基のエレベーターのうち、前部エレベーター、後部エレベーターが壊された。
前部エレベーターは、被弾の影響で上降機構が破壊され、エレベーターを取り替えないといけないほどであったが、
後部エレベーター、エレベーターそのものが完全に破壊されてしまい、その周囲の被害も悲惨さを極め、
前部の被害が可愛く見える程であった。
だが、スプルーアンスは頭を振った。
「別に誤る必要は無い。君の操艦のおかげで、なんとか5発を受けたに留めた。
それに、エンタープライズは空母としては使えなくなったが、格納甲板より下は損害も少ない。
判定は大破だろうが、決して沈むわけではないのだ。そう気を落とすこともあるまい。」
「はっ。」
彼の言葉に、マレー大佐は頷いた。
「それに、矢はこっちも放った。後は、君やビルが鍛えたボーイズの報告を待とう。」
5月24日 午前11時50分 グンリーラ島北北西180マイル沖
エンタープライズから発艦した50機の攻撃隊は、敵の予想位置を目指して進んでいた。
シホールアンル機動部隊を発見したアベンジャーは、位置を打電した後、通信が途絶えた。
結果はどうなったか、彼らは知っている。
命を掛けて伝えてくれた情報を元に、パイロット達は、アベンジャーと、TF16の敵討ちを胸に、
眦を決して敵に向かいつつあった。
「エンタープライズ、被弾・・・・との事です。」
攻撃隊指揮官を務める、VB-6のウェイド・マクラスキー少佐は、その報告を聞くと内心、悔しさで一杯になった
空母同士の海戦では、わが合衆国海軍のほうが実力は上だと彼は思っていた。
だが、離艦性能に関しては、垂直離着陸の可能なワイバーンのほうが早く、自分達が発艦を負えた頃には、
シホールアンルのワイバーン隊は行程の半分を過ぎていた。
悔しい事だが、敵にも出来る奴はいるのだと、マクラスキーはそう思った。
「他に何か報告は無いか?」
彼は、怜悧な口調で聞いた。
「エンタープライズの他に、駆逐艦のファラガットと軽巡のホノルルが被弾したようです。」
「やってくれたな、シホット。」
マクラスキー少佐は憎らしげに呻いた。その時、
「ウェイド!2時方向に何か居るぞ!」
護衛戦闘機隊の隊長機が何かを発見したのだろう。マクラスキー少佐に伝えてきた。
彼はもしや、と思い、言われた方向に視線を向ける。
雲の途切れた海上に、何かの影が群れを成して浮かんでいる。陣形を組んだ艦列。
その中央にある平べったい甲板。紛れも無く、空母であった。
「あいつはシホットの機動部隊だ!全機へ、敵を見つけたぞ!」
マクラスキー少佐は、興奮を抑えた口調で全機に告げた。
「ウェイド、1時方向にボディガードだ。」
「OK。ワイバーンの相手は任せた。俺達はあのギャング共に殴り込みをかける。」
護衛についていた戦闘機隊が、攻撃隊から離れて、前方から接近してくるワイバーンに向かっていく。
ワイバーンとF4Fの数はほぼ同数である。
そう間を置かずに、ワイルドキャットとワイバーンが空中戦を始めた。
マクラスキーは、ワイバーンの2、3騎は向かって来るかと、しばらく身構えていたが、乱戦の巷から抜け出てくるF4Fはいない。
どうやら、戦闘機隊は見事に、その責務を果たしているようだ。
(感謝するぜ。)
マクラスキーは、ワイバーンと激戦を繰り広げるF4Fに対し、内心でそう呟きながら、視線を敵機動部隊に向ける。
敵艦隊は、整然とした隊形で、25ノット以上はありそうなスピードで航行を続けている。
まるで、たかが2、30機程度の攻撃機なぞ屁でもないわと言っているかのようだった。
「これより攻撃目標の振り分けを行う。艦爆隊第1、第2小隊は敵竜母1番艦、第3、第4小隊は2番艦を狙え。
グッドラック!」
指示を受け取った各小隊が、それぞれの目標に向かっていく。
「敵は大軍だ。心してかかれ。」
無線機に、雷撃隊指揮官の声が入って来る。雷撃隊も攻撃目標を振り分けたのだろう。
ドーントレス隊が高度を2500から4000に上げつつある中、アベンジャー隊は第1、第2小隊が
竜母1番艦、第3、第4小隊が2番艦に向かう。
ドーントレスが高度を上げながら、敵機動部隊の右側から侵入を始めた。
前方に高射砲弾らしきものが炸裂する。
敵艦隊も応戦を開始したのだろう。
高空から迫ろうとするドーントレス隊にはかなりの量の高射砲が射撃をしているのだろう、炸裂の煙が明らかに多い。
「奴ら、対空砲火を強化しているみたいですな。レアルタ島沖海戦の時より、密度が濃いように見えます。」
後部座席のファレル兵曹が言って来た。
「お前もそう思うか?」
「ええ。こうなると、50機かそこらで来たのは、ちょっとばかり良い判断ではなかったのでは?」
「この少ない数で、何とかするさ。」
その直後、ズダァン!という音が鳴り、機体にガツン!と破片が当たる音がした。
「うぉっ!?」
マクラスキーは驚いた。一瞬やられたかなと焦ったが、計器類には何ら異常は無い。
「ファレル!大丈夫か?」
「大丈夫ですぜ!」
ファレル兵曹は威勢のいい声で返事した。その直後、彼の眼前で、4番機が左主翼を吹き飛ばされた。
「4番機被弾!」
「!!」
マクラスキー少佐は、束の間胸が痛んだ。
だが、後ろ振り返る事は無かった。対空砲火は益々激しさを増す。
マクラスキーは、残った機が投弾を終えるまで、撃墜されないでくれと祈った。
どれほど時間が立ったか実感が無かったが、気が付けば、目標の竜母はすぐ下に居た。
「突っ込むぞ!」
マクラスキーはそう言うと、操縦桿を前に倒した。
ドーントレスの機体が海面を向き、目の前にエンタープライズと共通する姿を持つ、竜母が見えた。
形からして、エンタープライズよりはやや小さいように見えるが、それでも18000トンほどはあるだろう。
巨艦である事に間違いは無い。甲板には、エレベーターのようなものが3つほど見える。
両翼の穴の開いたハニカムフラップが立ち上がり、次第に甲高い音がなり始めた。
竜母は、右舷側から襲ってくるドーントレスを避けようと、面舵に艦首を回しつつある。
「2400・・・2200・・・2000」
ファレル兵曹が高度計を読み上げる。次第に、急降下の際に伴うGが強くなり始めた。
マクラスキーは動きを慎重に、回頭する竜母に合わせる様にする。
竜母は、高度1700あたりで魔道銃を撃ちまくってきた。
視界に高射砲弾の炸裂のみならず、カラフルな光弾まで加わって視界を不明瞭にしていく。
「クソ、こいつは難しいぞ。」
マクラスキーはそう呟く。
「1200・・・1000・・・800・・・600!」
マクラスキーは反射的に、爆弾を投下した。
腹から1000ポンド爆弾が放たれ、回頭する竜母めがけて落下していく。
エンジン音が唸りを上げ、機体が水平に戻りつつある。高度300で水平に戻った時、
「クッ・・・至近弾です!」
ファレルの悔しそうな声が聞こえた。
左舷側に立ち上がった水柱に、ヘルクレンス少将は思わず肝を潰した。
「や、やべえぜ。」
その呟きも、次のドーントレスの甲高い轟音にかき消された。
轟音が極大に達すると、代わりにグオオオーン!という発動機特有のエンジン音が上空を通り過ぎる。
ザバーン!という下から突き上げるような衝撃が、チョルモールの9020ラッグの巨体にしかと伝わった。
「聞いてみるのと、実際に食らうのとでは、大違いですな!」
主任参謀が興奮したような口調でヘルクレンスに言った。
ヘルクレンスも言い返そうとした時、突然ダァーン!という大音響が鳴り響き、チョルモールが大地震のように揺れ動いた。
その揺れが収まらないうちに、2度目、3度目と大地震が繰り返し発生する。
(まるで、空き缶に放り込まれて、外から叩きまくられているようだ!)
ヘルクレンスはそう思った。
最後に、後部に爆弾が命中すると、チョルモールに向かっていたドーントレスは全機が投弾を終えて、どこぞに飛び去っていった。
「前部格納庫に火災発生!」
「第3甲板作業室に火災!人手をよこしてください!」
「こちら機関室、魔道士1人が負傷!補充員を使います!」
各所から被害報告が届けられる。ヘルクレンス少将は、まだ脅威が去っていない事を知っていた。
「次は雷撃機だ!デヴァステーターが来るぞ!」
ヘルクレンスは、慌てふためく艦橋要因の頭に、刻み込むように叫んだ。
確かに、雷撃機は輪形陣に迫っていた。だが、
「図体がでかいから、デヴァステーターより扱いにくいと思っていたが、
グラマン鉄工所はいい仕事をしてくれるねぇ。」
その雷撃機はデヴァステーターではなかった。
グラマンTBFアベンジャー。TBDデヴァステーターの後継機として、実戦投入された新鋭艦攻である。
機体は前のデヴァステーターと比べて大きくなったが、扱い易く、防御力、速力が向上し、
早くも雷撃機乗りからは好評となっている。
そのアベンジャー群は、時速340キロのスピードで、高度30メートルの低空を進んでいた。
アベンジャーに対して高評価を与えた1人である、ジム・クレイマン少佐は、愛機を敵の竜母に誘導しつつあった。
彼の左右には、3機の寮機が展開している。反対の左舷側からは、第2小隊が目の前の竜母に向かっている。
第1、第2小隊のアベンジャー8機で、間の前で黒煙を吹き上げる竜母を挟み撃ちにしようと言うのだ。
竜母は、ドーントレス隊の急降下爆撃を受けて、飛行甲板から黒煙を吹き上げているが、スピードは全く衰えていない。
機関部に被害を及ぼすような深手は、ついに負わせられなかったのかもしれない。
それでも、飛行甲板は目茶目茶に破壊されているから、いくら垂直離着陸が可能なワイバーンとは言え、住家があのような状態では、
着艦もままならないだろう。
「勝負はこれからだ。シホット!」
クレイマン少佐は、そう叫ぶと、愛機を敵1番艦の前方に合わせる。
雷撃の際、遠方から敵艦の真横方向に直接魚雷を投下するのは、タブーである。
敵艦も高速で動き、当然回避も行うのだから、敵艦の未来位置を狙って行う必要がある。
敵機動部隊の対空砲火はなかなか熾烈だが、クレイマン少佐はそんなものは見えないとばかりに、
ただひたすら、目の前の竜母を見続ける。
カンカン!と高角砲弾の破片が当たり、海面が光弾の弾着で沸き立つが、アベンジャー群は臆せず進み続ける。
唐突に、バックミラーに炎が見えた。
「2番機が!!」
後ろの部下が悲痛な叫び声を上げた。2番機は光弾の集中射撃を受けてしまった。
いくら頑丈な機体といえど、無限に耐えられるはずが無い。
胴体部に集中した射弾は、アベンジャーの燃料タンクに踊り込んで発火させた。
それのみならず、機首に連続して命中した光弾はエンジン内部を破壊し、推力を著しく低下させた。
バランスを失った2番機は滑り込むように海面に落下し、水柱を吹き上げた。
仲間を失ったと言えど、アベンジャーの突撃は止まるはずも無かった。
距離は、1000メートルに迫った。
「魚雷投下!」
クレイマン少佐が叫ぶと、開かれた胴体内から思い魚雷が落下し、海に踊り込んだ。
彼は機体を、竜母の後方に回り込ませた。
竜母の後方から、左舷側に出たクレイマン少佐は、左舷側から向かいつつあった第2小隊が一瞬見えたような気がした。
その時、
「敵艦に魚雷命中!水柱が2本上がりました!」
部下の戦果報告が耳に届いた時、彼はようやく、満足気な笑みを浮かべた。
「左舷からも魚雷!避けられません!」
右舷前部と、中央部に受けた雷撃に、速力を大幅に落としたチョルモールには、避けろと言う事自体出来ぬ相談であった。
ズドオーン!という下から突き上げる衝撃が伝わる。
この被雷で、チョルモールの艦体は海面から飛び上がった。
前進していたチョルモールは、一瞬停止したが、再び前に進み始めた。
その速度は、10分前までの快速ぶりとは程遠いものであった。
「ゼルアレも魚雷を食らいました!」
見張りからの言葉に、ヘルクレンス少将は絶望に顔を歪めた。
ゼルアレは、爆弾1発を前部甲板に受けていたが、1発だけなら速度も落ちないし、なんとか竜母としての
機能を維持できるなと思った。
だが、魚雷を食らったからには、1発のみとは言え船体にかかるダメージは相当な物だ。
「たった50機未満の敵機ごときに、してやられた・・・・・
ヨークタウン級を大破確実に追い込んだというのに・・・・・」
アメリカ軍艦載機から空襲を受ける直前、攻撃隊から駆逐艦1隻を撃沈し、ヨークタウン級空母1隻に
爆弾5または7を命中させて大破に追い込んだと魔法通信があった。
「これなら勝ったようなものだ!たかだか50機未満の敵飛空挺なぞ、さっさと追い散らすぞ!」
と言って、将兵の士気は最高潮に達した。
それもそうであろう。開戦以来悩まされてきたアメリカ正規空母のうちの1隻を血祭りにあげたのだから。
だが、味方空母やられた敵艦載機の攻撃は熾烈であった。
直衛のワイバーンは一向に攻撃機に近づけず、攻撃機はこれまでの鬱憤をはらすかのようにここぞと暴れ回った。
特に、デヴァステーターとは似ても似つかぬ、ごつい雷撃機はなかなか落としにくく、辛うじて2機を叩き落したのみだ。
「艦長、チョルモールは助かりそうか?」
「・・・・・・正直申しますと。火災のほうはなんとかなるかもしれませんが、浸水は徐々に拡大しつつあります。
火災を消し止めても、浸水量は既に限界に達しつつありますので・・・。」
アベンジャーの放った魚雷は、チョルモールに致命的な損害を与えていた。
特に、右舷の命中箇所には膨大な海水が流れており、応急修理班が仲間を犠牲に防水扉を閉めても、すぐに破られる始末であった。
「分かった。俺も、無為に兵を失うような事はしたくねえ。艦長が良いと思う方法でやってくれ。
それから、決して艦と残るような事はするな。お前はこの戦闘を経験した生き証人だ。この経験を後に生かすためにも、
絶対に生き残れ。」
「・・・・分かりました。」
艦長は礼をすると、伝声管を通じて総員退去を命じ始めた。
「司令官。ゼルアレより通信です。それと、これはたった今入った通信です。」
ヘルクレンスは、ゼルアレからの通信に目を通した。
ゼルアレは、左舷中央部に魚雷を食らい、出し得る速度は9リンルが限界と報告して来た。
13リンル出せる高速艦が、9リンルしか出ない鈍足艦に変えるほど、アメリカ軍の魚雷は強力であると印象付けられた。
次に、ヘルクレンスはたった今入って来た通信に目を通した。
「アメリカ軍という奴らは、本当に抜け目が無いな。」
その通信文には、巡洋艦部隊に敵の偵察機出現、と書かれていた。
1482年5月25日 午前9時 グンリーラ島南方150マイル沖
バルランド軍強襲部隊の司令官である、クリンド中将は、甲板上で右舷側に見える空母を眺めていた。
空母は輸送船団より少し離れた場所で、数隻の駆逐艦、巡洋艦に付き添われながら、船団と同じスピードで航行している。
ここからは、望遠鏡でうっすらとでしか分からないが、平べったい甲板が酷く傷つき、まるで戦に破れた敗残者のようだ。
「彼らの献身的な行動があったからこそ、私達はこうして祖国への帰還の途につけるのだな。」
クリンド中将には、敗残者に対するような嫌味や、蔑みは全く見られない。
むしろ感動しているのかと思えるような口ぶりだ。
「聞く所によれば、シホールアンルの竜母は2隻だったようだが、それをわずか1隻で叩きのめすとは、
アメリカ軍もやるものだ。」
「第16任務部隊には、殊更優秀な飛行気乗りが集まっていますよ。
TF16でなければ、今頃どうなっていた頃か。」
側にいたストライカー大尉は淡々とした口調で呟いた。
昨日、シホールアンル軍現るの報告を受け取った時、救援部隊の同様は相当な物であった。
現れた敵水上部隊は、竜母が2隻中心の機動部隊に、巡洋艦が中心の快速部隊であった。
バルランド兵達は、その報を聞いた瞬間、誰もが絶望的な表情になったが、別段取り乱す様子も無く、
収容作業はスペースを早めて続行された。
午後2時、護衛のTF16、15から敵艦隊撃退の報告が入った時は、泊地中は歓喜の渦に巻き込まれ、
収容作業にも一層弾みがつき、夕方には全員の収容が完了し、グンリーラ島を後にした。
そして、今に至るのである。
「とりあえず、我々バルランドは、あなた方に大きな借りができたな。この借りはいずれ返したいものだ。
ストライカー大尉。改めて、貴国の配慮に感謝するよ。」
クリンド中将はそう言いながら、右手を差し出した。ストライカー大尉は苦笑しながらも、その手を握った。
節くれだったクリンド中将の手は、程よく暖かかった。
史上初の機動部隊同士の決戦となったグンリーラ沖海戦は、双方が相討ちになるという激烈な海戦であった。
アメリカ海軍は、駆逐艦ファラガットを撃沈され、空母エンタープライズが大破、軽巡ホノルルが小破し、
航空機は艦隊上空の戦闘や、敵機動部隊との戦闘でF4F18機、SBD6機、アベンジャー2機を喪失、
海没機やTF15の被害も加えると47機を失った。
だが、得た戦果は、竜母1隻撃沈、1隻大破。ワイバーン89騎を撃墜、又は海没させるというもので、
午後にTF15が行った巡洋艦部隊の空襲で更に巡洋艦1隻撃沈、2隻を大破させ、後に潜水艦部隊が
駆逐艦2隻を撃沈した。
この海戦で、アメリカ海軍は、敵制海権下での友軍部隊救助という難事をやってのけただけではなく、
機動部隊同士の決戦において勝者の立場になるという偉業を達成した。
アメリカはその後も、防御の姿勢で過ごす事になるが、この海戦の結果はシホールアンル海軍の威信を
完膚なきまでに打ち砕いた物となり、南大陸諸国は大きく勇気づけられた。