彼らは飢えていた。
腹を満たしたい。渇きを癒したい。
欲求を満たすため、本能の命じるままに、彼らは群れとなって麓の明かりを目指そうとしていた。
明かりのあるところには、食べ物がある。
暖かくて柔らかく、そして弱い。
彼らは、本能でそれを知っていた。
獲物を待ちきれず、共食いを始める者もいたが、大半の者らは、一目散に明かりを目指していた。
それを、上空から静かに監視している者が居る事も知らずに。
腹を満たしたい。渇きを癒したい。
欲求を満たすため、本能の命じるままに、彼らは群れとなって麓の明かりを目指そうとしていた。
明かりのあるところには、食べ物がある。
暖かくて柔らかく、そして弱い。
彼らは、本能でそれを知っていた。
獲物を待ちきれず、共食いを始める者もいたが、大半の者らは、一目散に明かりを目指していた。
それを、上空から静かに監視している者が居る事も知らずに。
「丸蟲! やっぱり、丸蟲の群れだ!」
「おお、こんなに沢山……もうおしまいだぁ……」
「おお、こんなに沢山……もうおしまいだぁ……」
村外れに設置された大きな板に映し出される光景に、村の年寄り達が絶望の声を上げた。
数百年に一度の大繁殖を終えた節足動物の大群が村に押し寄せようとしている様は、確かに恐怖と生理的な嫌悪感を覚える光景だ。
数百年に一度の大繁殖を終えた節足動物の大群が村に押し寄せようとしている様は、確かに恐怖と生理的な嫌悪感を覚える光景だ。
「なあ、頼む! あんた達の馬車で若い連中だけでも逃がしてやってくれ……!」
立派な狼耳をペタンと伏せ、尻尾を力なく項垂れて、マルミミビトに縋りつく姿からは、かつて村の豪傑と謳われていた男達とはとても思えなかった。
「おお、こりゃ凄いな! まるで、目の前に居るみたいにはっきりと見えるぞ!」
「マルミミビトが使う魔法は便利だなぁ!」
「マルミミビトが使う魔法は便利だなぁ!」
慌てふためく年寄り達とは対照的に、若者達はマルミミビトが使う魔法に興味津々の様子だった。
離れた場所の光景を、こんなに鮮明に映しだすなんて、元老院付きの上級魔道士による遠見の術でも不可能だ。
離れた場所の光景を、こんなに鮮明に映しだすなんて、元老院付きの上級魔道士による遠見の術でも不可能だ。
「えー、ただいまより、害獣駆除を行います」
魔法板の近くにいる奇妙な斑服姿のマルミミビトが、大きなツクシのような拡声魔法器を口元に叫んでいた。
干、ひび割れてはいたが、その声は離れた位置にいるセツコのところまではっきりと届いていた。
あれも、彼らの使う魔法の一つなのだろうことは想像に難くない。
干、ひび割れてはいたが、その声は離れた位置にいるセツコのところまではっきりと届いていた。
あれも、彼らの使う魔法の一つなのだろうことは想像に難くない。
突然、村の近くに出現した斑服の魔道士達。
格好も奇妙だったが、それ以上に奇妙なのは耳だ。
耳に一切毛が生えておらず、丸い。そして、尻尾も無い。
こんな人間が存在するなんて、未だかつて見たことも聞いたことも無かった。
不思議なことに言葉は通じたので、意志の疎通は不可能ではなかったが、村の長老連中――さっき嘆いていた老人達だ――は彼らマルミミビトを警戒して、村に入れようとしなかったのだ。
マルミミビトの頭目は、根気強く説得を試みていたが、年寄り連中はまるで取り合おうとしない。
それどころか、耳が丸いことや尻尾を持たないことをあげつらって、出来損ない呼ばわりする者までいる始末だった。
状況が変わったのは、皮肉なことに、いま自分達を悩ませている丸蟲だった。
交渉の最中に、突如として、大量の丸蟲が、村に押し寄せてきたのだ。
鋏のような大顎と、弓矢や剣を通さない鎧のような外殻を持つ丸蟲は、これまでにも村の畑や牧場に出没しては、農作物や家畜に被害を与えることがあり、時には村人が襲われることもあった。
しかし、集団で村を襲うなどということはこれまで皆無だった。
今にして思えば、それが丸蟲の大繁殖の前兆だったのかもしれない。
格好も奇妙だったが、それ以上に奇妙なのは耳だ。
耳に一切毛が生えておらず、丸い。そして、尻尾も無い。
こんな人間が存在するなんて、未だかつて見たことも聞いたことも無かった。
不思議なことに言葉は通じたので、意志の疎通は不可能ではなかったが、村の長老連中――さっき嘆いていた老人達だ――は彼らマルミミビトを警戒して、村に入れようとしなかったのだ。
マルミミビトの頭目は、根気強く説得を試みていたが、年寄り連中はまるで取り合おうとしない。
それどころか、耳が丸いことや尻尾を持たないことをあげつらって、出来損ない呼ばわりする者までいる始末だった。
状況が変わったのは、皮肉なことに、いま自分達を悩ませている丸蟲だった。
交渉の最中に、突如として、大量の丸蟲が、村に押し寄せてきたのだ。
鋏のような大顎と、弓矢や剣を通さない鎧のような外殻を持つ丸蟲は、これまでにも村の畑や牧場に出没しては、農作物や家畜に被害を与えることがあり、時には村人が襲われることもあった。
しかし、集団で村を襲うなどということはこれまで皆無だった。
今にして思えば、それが丸蟲の大繁殖の前兆だったのかもしれない。
「自衛隊法第83条に基づき、害獣駆除を行う」
頭目らしき壮年の男が叫ぶと、マルミミビト達は整然と動き出した。
丸蟲の前に間隔をあけて広く立ちはだかり、手にした黒い杖から次々に魔法を放ったのだ。
彼らが乗ってきた八輪の魔法馬車も戦いに加わり、馬車の上部から上半身を出した魔道士が、魔法を連発していた。
彼らの魔法は、丸蟲の光沢のある硬い甲殻を簡単に貫き、物の数分で数十匹はいたはずの恐るべき害虫が、瞬く間に一掃されてしまったのだ。
人間の大人ぐらいの大きさで、かつ硬い外殻を持つ丸蟲は、完全武装の兵士が十数人がかりでようやく一体倒せるかという恐ろしい蟲だ。
もし、村への侵入を許せば、村の住人にかなりの被害が出ていたことは想像に難くない。
丸蟲の前に間隔をあけて広く立ちはだかり、手にした黒い杖から次々に魔法を放ったのだ。
彼らが乗ってきた八輪の魔法馬車も戦いに加わり、馬車の上部から上半身を出した魔道士が、魔法を連発していた。
彼らの魔法は、丸蟲の光沢のある硬い甲殻を簡単に貫き、物の数分で数十匹はいたはずの恐るべき害虫が、瞬く間に一掃されてしまったのだ。
人間の大人ぐらいの大きさで、かつ硬い外殻を持つ丸蟲は、完全武装の兵士が十数人がかりでようやく一体倒せるかという恐ろしい蟲だ。
もし、村への侵入を許せば、村の住人にかなりの被害が出ていたことは想像に難くない。
丸蟲を撃退したマルミミビトの口からは、更に驚くべき情報がもたらされた。
山頂付近では、更に大量の丸蟲が蠢いており、いつ山を下って雪崩込んで来るか分らないと言うのだ。
もちろん、どうやってそんな事を知ったのかと疑問をぶつけた者もいたが、「ゆーえーびー」なるもので調べたと言っていた。
説明を聞く限りでは、魔道士の使う式神のようなものらしかった。
危険だからと避難を促すマルミミビト達だったが、この期に及んで頭の固い長老達は信じようとしなかった。
しかし、村の外で何をしようとも関与しないとも言った。
山頂付近では、更に大量の丸蟲が蠢いており、いつ山を下って雪崩込んで来るか分らないと言うのだ。
もちろん、どうやってそんな事を知ったのかと疑問をぶつけた者もいたが、「ゆーえーびー」なるもので調べたと言っていた。
説明を聞く限りでは、魔道士の使う式神のようなものらしかった。
危険だからと避難を促すマルミミビト達だったが、この期に及んで頭の固い長老達は信じようとしなかった。
しかし、村の外で何をしようとも関与しないとも言った。
それからの彼らの行動は素早かった。
村外れの空き地に、天に向かって塔のようにそそり立つ幾つもの大筒を並べ始めたのだ。
大筒の下には平べったい帯で包まれた車輪が並んでおり、大筒はそれを転がして自力で動いていた。
なるほど、あのような仕組みになっているのであれば、悪路であっても難なく移動できるのかもしれない。
大筒が並んでいる場所とは別のところからは、斑色で尻尾の生えた卵のようなものが、羽虫のような音を立てながら、荷台の車から飛び立って行くのが見えた。
あれが、「ゆーえーびー」とかいう式神らしい。
セツコも含め、村の人間が遠巻きにそれを見守っていると、今度は彼女達に良く見えるように、大きな板を設置しはじめた。
暫くして、村人の間から驚嘆の声が上がった。
そこには、空を飛んでいるかのような映像が映し出されたからだ。
映像の視点は、山肌を縫うように飛びながら、山頂のほうへ向かっているようだった。
さっき飛んで行った式神の視点なのだということに気付くまで、それほど時間は掛からなかった。
そして、そこに映し出されたのが、山肌を埋め尽くすようにして蠢く蟲の群だったのだ。
村外れの空き地に、天に向かって塔のようにそそり立つ幾つもの大筒を並べ始めたのだ。
大筒の下には平べったい帯で包まれた車輪が並んでおり、大筒はそれを転がして自力で動いていた。
なるほど、あのような仕組みになっているのであれば、悪路であっても難なく移動できるのかもしれない。
大筒が並んでいる場所とは別のところからは、斑色で尻尾の生えた卵のようなものが、羽虫のような音を立てながら、荷台の車から飛び立って行くのが見えた。
あれが、「ゆーえーびー」とかいう式神らしい。
セツコも含め、村の人間が遠巻きにそれを見守っていると、今度は彼女達に良く見えるように、大きな板を設置しはじめた。
暫くして、村人の間から驚嘆の声が上がった。
そこには、空を飛んでいるかのような映像が映し出されたからだ。
映像の視点は、山肌を縫うように飛びながら、山頂のほうへ向かっているようだった。
さっき飛んで行った式神の視点なのだということに気付くまで、それほど時間は掛からなかった。
そして、そこに映し出されたのが、山肌を埋め尽くすようにして蠢く蟲の群だったのだ。
「正面のスクリーンをご覧ください」
魔法板の表示は、式神の視点から、何かの図形や矢印が描かれた絵に変わっていた。
どうやら、村の位置や丸蟲の進路、迎え撃つ手段などを分りやすく説明するためのもののようだ。
拡声魔法器で叫んでいるマルミミビトによると、聳え立つ大筒は「ジューゴリュー」というらしい。
リューとは、おそらく竜のことなのだろう。
あの先端部分から、竜の吐息のような火炎でも吐き出すのだろうか。
セツコがあれこれ考えている間にも、マルミミのヒトの話は続いた。
どうやら、村の位置や丸蟲の進路、迎え撃つ手段などを分りやすく説明するためのもののようだ。
拡声魔法器で叫んでいるマルミミビトによると、聳え立つ大筒は「ジューゴリュー」というらしい。
リューとは、おそらく竜のことなのだろう。
あの先端部分から、竜の吐息のような火炎でも吐き出すのだろうか。
セツコがあれこれ考えている間にも、マルミミのヒトの話は続いた。
「射撃を行う際、非常に大きな音が出ます。こちらの隊員が赤い旗を振って合図するので、その際は耳を塞ぐなどしてください」
すると、「ジューゴリュー」の近くにいる別のマルミミビトが、大きな赤い旗を振り回して見せた。
あれが振り回されると、魔法が発動されるようだ。
あれが振り回されると、魔法が発動されるようだ。
「状況開始!」
その声が合図となった。
それからのことは、あっという間の出来事だった。
赤い旗が勢いよく振られ「ジューゴリュー」が一斉に火を噴いた。
うっかり耳を塞ぐのを忘れた者が、泡を食ってひっくり返っていたり、年寄り達が頭を抱えて蹲っているのが、なんだかおかしかった。
次々と打ち出される「ジューゴリュー」の火炎魔法は、遠雷のような音を立てながら、丸蟲がたむろしていると思われる山頂付近に炸裂していった。
山肌からもうもうと立ち上る煙は、まるで山が噴火しているような、常識はずれな光景だった。
それからのことは、あっという間の出来事だった。
赤い旗が勢いよく振られ「ジューゴリュー」が一斉に火を噴いた。
うっかり耳を塞ぐのを忘れた者が、泡を食ってひっくり返っていたり、年寄り達が頭を抱えて蹲っているのが、なんだかおかしかった。
次々と打ち出される「ジューゴリュー」の火炎魔法は、遠雷のような音を立てながら、丸蟲がたむろしていると思われる山頂付近に炸裂していった。
山肌からもうもうと立ち上る煙は、まるで山が噴火しているような、常識はずれな光景だった。
「だんちゃーく……いま!」
その呪文が唱えられるたびに、式神を通じて魔法板に映し出される丸蟲が弾け飛んでいった。
狂ったように逃げ惑う丸蟲達だったが、竜の火炎から逃れることは出来ず、次々と岩盤の下敷きになったり、跡形も無く四散したり、身体が中途半端にちぎれ、体液を撒き散らしながら悶絶していたりした。
やがて、魔法板に映るのは、その殆どが丸蟲の死骸だけとなった。
まだ何匹か生き残っている個体もいたが、文字通り虫の息だった。
狂ったように逃げ惑う丸蟲達だったが、竜の火炎から逃れることは出来ず、次々と岩盤の下敷きになったり、跡形も無く四散したり、身体が中途半端にちぎれ、体液を撒き散らしながら悶絶していたりした。
やがて、魔法板に映るのは、その殆どが丸蟲の死骸だけとなった。
まだ何匹か生き残っている個体もいたが、文字通り虫の息だった。
「打方、待て」
その声と共に、猛烈な爆音を吹き上げていた「ジューゴリュー」達が、一斉に沈黙した。
「うおおおおー、すげー!!」
「丸蟲がゴミのようだー!!」
「丸蟲がゴミのようだー!!」
尻尾をブンブン振って興奮気味の若者達と、間抜けに大口を開け放ってへたり込んでいる老人達との対比が面白かった。
さすがに小さな子供にとってはショックが大きかったのか、母親に縋りついて大泣きしている子が多かった。
さすがに小さな子供にとってはショックが大きかったのか、母親に縋りついて大泣きしている子が多かった。
「これより、普通科隊員による掃討を行い、駆除の完了となります。今しばらくお騒がせ致しますが、皆様のご理解とご協力をお願いいたします」
すると今度は、それまでじっとしていた斑服の魔道士達が、整然と八輪馬車に乗り込み始めた。
先程の言葉通り、生き残りの丸蟲達に止めを刺しに行くのだろう。
先程の言葉通り、生き残りの丸蟲達に止めを刺しに行くのだろう。
「いいぞー!」
「頑張れ!」
「頑張れ!」
重低音を響かせながら、セツコ達の前を通過していく八輪魔法馬車の車列に、若者達から声援が浴びせられた。
若者達に混じってそれを見送り、最後の一台が通り過ぎようとした時、馬車の上から身を乗り出しているマルビビヒトと目が合った。
気さくに手を振ってきたマルミミビトの笑顔に、セツコは何故か胸の奥が苦しくなった。
若者達に混じってそれを見送り、最後の一台が通り過ぎようとした時、馬車の上から身を乗り出しているマルビビヒトと目が合った。
気さくに手を振ってきたマルミミビトの笑顔に、セツコは何故か胸の奥が苦しくなった。