信じられないものを見た。
それが藤原千花の感想だった。
藤原千花の目の前で、大場結衣、天野司郎、神田あかねの3名が死んでいた。
奇妙な音に引かれて訪れた喫茶店。音の出処であるAEDはあかねの胸へと繋がれている。そしてその体からは体温が無かった。
それが藤原千花の感想だった。
藤原千花の目の前で、大場結衣、天野司郎、神田あかねの3名が死んでいた。
奇妙な音に引かれて訪れた喫茶店。音の出処であるAEDはあかねの胸へと繋がれている。そしてその体からは体温が無かった。
「か……神田……くん?」
千花が名前を知るのは3人の中で1人だけ、つい3時間ほど前まで共にこの殺し合いの場で同行していたあかねだけだ。
そのあかねが明らかに死体となって横たわっている。その事実に戦慄しながらも、改めて手を伸ばした。
指先で触れた肌は、おおよそ人間のものとは思えない冷たさだ。冷え症の人間でもここまで冷たいことはない。生気なき者の温度に、静電気が流れたように手を引っ込める。信じたくなくても、その死は確実なものであった。
そのあかねが明らかに死体となって横たわっている。その事実に戦慄しながらも、改めて手を伸ばした。
指先で触れた肌は、おおよそ人間のものとは思えない冷たさだ。冷え症の人間でもここまで冷たいことはない。生気なき者の温度に、静電気が流れたように手を引っ込める。信じたくなくても、その死は確実なものであった。
(どうして……なにが……)
ふだんの調子のままではいられない。この殺し合いに巻き込まれて初めて見る死体は、千花に命の奪い合いを理解させるには充分なものだった。あるいはこの場で見つけた死体が全て赤の他人ならば話は違ったかもしれないが、はぐれて探していた知り合いが死んでいたとなれば認めざるを得なかった。
驚愕した時の反応というものは人間いくつかある。それが友人でない程度の顔見知りだった場合の千花の反応は、停止だった。困惑、悲哀、恐怖、様々な感情が混ざり合い、千花から動きを奪う。やっとその体が動いたのは、人の気配を感じたからだ。
驚愕した時の反応というものは人間いくつかある。それが友人でない程度の顔見知りだった場合の千花の反応は、停止だった。困惑、悲哀、恐怖、様々な感情が混ざり合い、千花から動きを奪う。やっとその体が動いたのは、人の気配を感じたからだ。
「な、なに……」
「……殺し合いに乗っていません。少し、話せますか。」
「……殺し合いに乗っていません。少し、話せますか。」
店の奥から足音が聞こえ、身を固くする千花の前に現れたのは、年下であろう少年だ。年齢は、千花とあかねの間ほどだろうか。どことなく儚げな雰囲気が似ている美少年である。色白の顔の横に手を上げハンズアップの格好で現れた。
「綾瀬留衣です。」
そう言うとじっと千花の顔を見る。10秒ほど経つもそれきり瞬きもせずに千花を見つめ続ける。返答を待っているのだろう。怪しいと言えば怪しいのだが、空気に当てられてかそれとも他の理由か、千花も名前を告げた。
「藤原さん、3つ聞きたいことがあります、いいですか?」
「う、うん。」
「ありがとうございます。このぐらいの身長の女の子を見ませんでしたか。髪は茶色で、目が大きくて、もしかしたらオレンジのリボンの着いた制服を着ているかもしれません。」
「ううん、私が会ったのは君と、その……」
「……すみません……この人は……知り合いですか?」
「うん……神田あかねくん。ここで最初に出会ったのがこの子だったんだけど、はぐれちゃって、そうしたら……」
「……最後の質問です、今は何年ですか?」
「…………うん?」
「う、うん。」
「ありがとうございます。このぐらいの身長の女の子を見ませんでしたか。髪は茶色で、目が大きくて、もしかしたらオレンジのリボンの着いた制服を着ているかもしれません。」
「ううん、私が会ったのは君と、その……」
「……すみません……この人は……知り合いですか?」
「うん……神田あかねくん。ここで最初に出会ったのがこの子だったんだけど、はぐれちゃって、そうしたら……」
「……最後の質問です、今は何年ですか?」
「…………うん?」
質問の意図が飲み込めない。今が何年か、などというわかりきった答えを聞かれて、それまでつっかえながらも答えていた口が塞がる。困惑していてもわかりやすい質問ならば答えられるし答えていくうちに落ち着くものだが、これにはさすがに困惑が勝る。
疑問に思いながらも回答した千花を、留衣と名乗った少年はまたじっと見た。今度は回答を待つというよりは、言われたことを自分の中で噛み砕くような、そんな目の伏せ方をしている。しばらくそうしていた留衣は顎から手を離すと、「橋口さん、出てきてください」と店の奥に声をかけた。
その言葉に答えるように出てきた少女に驚く千花に、更に驚きの言葉が発せられた。
疑問に思いながらも回答した千花を、留衣と名乗った少年はまたじっと見た。今度は回答を待つというよりは、言われたことを自分の中で噛み砕くような、そんな目の伏せ方をしている。しばらくそうしていた留衣は顎から手を離すと、「橋口さん、出てきてください」と店の奥に声をかけた。
その言葉に答えるように出てきた少女に驚く千花に、更に驚きの言葉が発せられた。
「落ち着いて聞いてください。オレたちは違う時代の人間かもしれません。」
書き置きを残して、3人の死体は冷蔵庫に入れた。放置するわけにはいかないのだ、ここから逃げて警察か何かに通報した時に、なるべく綺麗な形で死体を保存しておけば、遺族も捜査する人も助かるだろうという考えだ。
果たしてそんな組織なりがあるのか?とは留衣も思うのだが、時間を操る化物なりがいるなら、それに対抗する人間もいると見ていた。
果たしてそんな組織なりがあるのか?とは留衣も思うのだが、時間を操る化物なりがいるなら、それに対抗する人間もいると見ていた。
「見えてきました、水族館です。」
「場所を変えたかったのはわかるけど、なんで水族館?」
「……看板を、見かけたから……」
「場所を変えたかったのはわかるけど、なんで水族館?」
「……看板を、見かけたから……」
留衣がこの殺し合いの場で初めて出会った少女、橋口純子が聞いてくる。互いに数時間誰とも会わずじまいのところで出会って以来の仲だ。といっても、その直後に純子の仲間である天野の死体を見つけたので情報交換どころでは無かったのだが。
留衣にとって幸運だったのは、純子が普通の中学生よりは修羅場に関わってきたことだ。喫茶店のドアを開けたらクラスメイトが死体になっているのを目にした時は当然動揺したが、それでも冷静さを失うことはなかった。なにぶんヤクザなりの関わらないほうがいいものに仲間といっしょに首を突っ込んだり巻き込まれたりしてきた彼女だ、ショックは受けても、気丈に振る舞うことはなんとかできた。
なにより、事前に聞かされていた違う時代から参加者が集められているという荒唐無稽な考察が、天野の死から現実感をいまひとつ奪っていた。
留衣にとって幸運だったのは、純子が普通の中学生よりは修羅場に関わってきたことだ。喫茶店のドアを開けたらクラスメイトが死体になっているのを目にした時は当然動揺したが、それでも冷静さを失うことはなかった。なにぶんヤクザなりの関わらないほうがいいものに仲間といっしょに首を突っ込んだり巻き込まれたりしてきた彼女だ、ショックは受けても、気丈に振る舞うことはなんとかできた。
なにより、事前に聞かされていた違う時代から参加者が集められているという荒唐無稽な考察が、天野の死から現実感をいまひとつ奪っていた。
(オレも橋口さんも藤原さんもみんなバラバラの時代から集められて殺し合わされている……あの……犯人は、平成の日本の中高生を集めて殺し合わせる気なのか?)
実は留衣は江戸時代にタイムスリップしたことがある。その時の経験から自分が時間移動などに巻き込まれた可能性に行き着くのに時間はかからなかった。それは見覚えのないカレンダーからもすぐに気づくものだ。文字も数字も読めないが、デザインや祝日からどれが何月のものかくらいはわかる。そうしてわかったことが、自分が認識する今日の曜日がカレンダーとズレていることだ。
その説明を受けたことで純子も理解はした。納得はできないが、そういうものだと受け止めて動ける柔軟さはある。そして出会ったのが純子であったのは幸運な偶然でもあった。これがもう少し後の時間軸から来た純子の仲間であれば、終戦間際の大日本帝国にタイムスリップするハメになったことからすんなりと説明を受け入れて、千花が来るより早く喫茶店を後にしていた可能性が高かっただろう。
その純子が鼻を鳴らす。「待ってみんな」と前へと出ると一同の歩みを止めさせた。「ねえ、血の臭いがしない?」
そう言われて臭いなど気にしていられなかった千花も、かすかに漂っている生臭い鉄錆の臭いに気づいた。濃い霧のせいかこれまでの間ほとんど臭いを感じていなかったのもあって、一度気がつくと気になって仕方がない。
その説明を受けたことで純子も理解はした。納得はできないが、そういうものだと受け止めて動ける柔軟さはある。そして出会ったのが純子であったのは幸運な偶然でもあった。これがもう少し後の時間軸から来た純子の仲間であれば、終戦間際の大日本帝国にタイムスリップするハメになったことからすんなりと説明を受け入れて、千花が来るより早く喫茶店を後にしていた可能性が高かっただろう。
その純子が鼻を鳴らす。「待ってみんな」と前へと出ると一同の歩みを止めさせた。「ねえ、血の臭いがしない?」
そう言われて臭いなど気にしていられなかった千花も、かすかに漂っている生臭い鉄錆の臭いに気づいた。濃い霧のせいかこれまでの間ほとんど臭いを感じていなかったのもあって、一度気がつくと気になって仕方がない。
「中からかな……」
留衣は水族館の入り口へと近づいた。屋外とは思えないほど不気味な無風だったが、館内は空調が入っているのだろう。意識を張るとほんのかすかに風が吹き出しているのを感じる。
「どうします?」
「行こうよ、今度は手遅れにならないかもしれない。」
「……そ、そうだよ。」
「……わかりました。」
「行こうよ、今度は手遅れにならないかもしれない。」
「……そ、そうだよ。」
「……わかりました。」
留衣の問いに逡巡した千花だが、その横で即答した純子の言葉を聞いて便乗するように同意する。わざわざ怪しい場所に入るなどこんな殺し合いの場ではさすがにしたくないのだが、こんな殺し合いの場だからこそ家族や友人が巻き込まれている可能性を考えついて、そちらへの心配が勝る。
ズボンに挟み込んでいた拳銃を取り出した留衣を先頭に、3人はゆっくりと水族館へと足を踏み入れた。
ズボンに挟み込んでいた拳銃を取り出した留衣を先頭に、3人はゆっくりと水族館へと足を踏み入れた。
「この血……まだ乾いてないのか?」
立ち入った場所は、どうやらまだ水族館の外側らしい。片方には館内への入り口が、もう片方にはここまで目印にしてきた高架が続いている。それが鉄道との直通だということに、改札口があることで気づく。そしてその一部が破損していることに千花が気づいた時だ。留衣が指差した数カ所の地面には、水族館と改札を繋ぐように血痕があった。
「誰か最近戦ったってこと?」
「まって、霧が濃いから蒸発が遅いのかも。」
「慎重に行きましょう……まずは駅から調べようと思います。」
「まって、霧が濃いから蒸発が遅いのかも。」
「慎重に行きましょう……まずは駅から調べようと思います。」
落ち着いた留衣の言葉に、千花は血痕を見つけた驚きよりも彼への興味のほうが勝る。まだ中学生らしいが、生徒会の仲間を思い出させるような聡明さを感じる。千花が見つけた改札口の破損も、撃ち込まれた弾丸から直ぐに銃撃によるものだと判断した。そのまま駅構内を調べると、血痕はホームで途切れている。どうやらモノレールに乗り込んだか、あるいはモノレールを降りて水族館へと向かったと、千花たちは結論づけた。
「水族館で誰かに襲われて、急いでモノレールに逃げ込んだんじゃないかな?」
「それか、どこかで襲われて、怪我を手当できそうな大きな建物を探して、水族館へ逃げた。」
「どっちもありえると……」
「それじゃ、水族館行く?」
「そうですね……」
「それか、どこかで襲われて、怪我を手当できそうな大きな建物を探して、水族館へ逃げた。」
「どっちもありえると……」
「それじゃ、水族館行く?」
「そうですね……」
同意しながらも留衣は少し考える。ここまで互いにした情報交換は名前をはじめほんの僅かだ。危険な場所に踏み入る前に落ち着いて話せるのはここが最後のタイミングだろう。
熟慮断行、四字熟語で人となりをあらわすならばそんな言葉が当てはまる留衣だ。他の2人が何を言おうとも、だからこそ一度落ち着こうと訴えるのが普段の彼だ。
熟慮断行、四字熟語で人となりをあらわすならばそんな言葉が当てはまる留衣だ。他の2人が何を言おうとも、だからこそ一度落ち着こうと訴えるのが普段の彼だ。
「……行きましょう。」
そうしなかったのは、直感だ。あるいは恐怖か。直ぐにでも水族館を調べなければ誰かが死ぬんじゃないか、それが自分の友人や家族、そして彼女である磯崎蘭ではないかと、柄にも無く焦った。
果たして、もと来た道を歩いて水族館へと入ると、すぐに異変に気がついた。人の気配がする。おそらく息の音だ。そして、強まった血の臭い。
純子が千花と留衣の服を引っ張り目配せする。そして拳銃の安全装置を慎重に外した。入ってきた時の自動ドアの音よりも金属音が響いた気がして、3人に緊張が走る。留衣もピストルを両手で構え直すと、壁に背を預けるようにして歩く純子を見習って、反対側の壁に背をくっつけながら歩き出した。
純子が千花と留衣の服を引っ張り目配せする。そして拳銃の安全装置を慎重に外した。入ってきた時の自動ドアの音よりも金属音が響いた気がして、3人に緊張が走る。留衣もピストルを両手で構え直すと、壁に背を預けるようにして歩く純子を見習って、反対側の壁に背をくっつけながら歩き出した。
「橋口ちゃん……」
「ひゃっ、な、なんですか?」
「銃の予備とか持ってないかなって。」
「持ってなかったんですか? はい。」
「ありがと! さっき落としちゃってたみたいで。あ、ショットガン……」
「ひゃっ、な、なんですか?」
「銃の予備とか持ってないかなって。」
「持ってなかったんですか? はい。」
「ありがと! さっき落としちゃってたみたいで。あ、ショットガン……」
小声でやり取りしながら純子が後ろ手に渡したソードオフショットガンをギョッとしつつ千花は受け取る。思いの外ゴツい武器に、こんなんどこに隠してたんだとかこれ使える自信がないとか言いたくなるが、貰っておいてそれはさすがに失礼かなと珍しく自重する。
(いやここは逆にツッコむべきだったかな。)
「みんな……」
「みんな……」
通路の反対側の壁際を歩く留衣が、小さいがよく通る声で呼びかけると共に手で制止した。そしてその手を千花たちの前にある曲がり角を曲がった辺りへと向ける。2人に伝わったのを確認すると、留衣は険しい顔をして銃口をそちらに向けた。
何かがいる。
3人は互いにアイコンタクトをすると、同時に飛び出した。
何かがいる。
3人は互いにアイコンタクトをすると、同時に飛び出した。
「な──」
その声なき声が誰から発せられたのかはわからない。だが3人の思いが同じものだったのは確実だった。
死体だ。
赤ん坊の死体が床に転がっている。
頭の一部が吹き飛び、中身がこぼれているのだ。黄色い服に身を包んだその幼児は、生前は愛嬌のある顔をしていたのだろうが、今は血の気の無い顔と、血の流れ出た頭を、柔らかな茶髪を境にして地面に落ちている。
まかり間違っても弔われたりなどしていない、単なるゴミや何かのように床に野原ひまわりの射殺体が落ちていた。
死体だ。
赤ん坊の死体が床に転がっている。
頭の一部が吹き飛び、中身がこぼれているのだ。黄色い服に身を包んだその幼児は、生前は愛嬌のある顔をしていたのだろうが、今は血の気の無い顔と、血の流れ出た頭を、柔らかな茶髪を境にして地面に落ちている。
まかり間違っても弔われたりなどしていない、単なるゴミや何かのように床に野原ひまわりの射殺体が落ちていた。
「ひどい……」
「橋口さん。」
「橋口さん。」
とっさに駆け寄る純子を留衣が呼び止めるが、それを言い終わるより早く赤ん坊を抱き上げる。その途端に頭から中身がどろりとうどんのように転がり出た。
ぺちゃ、という軽い音ともに、落下の自重に耐えられなかったのかゆっくりと広まっていき、汁を出す。なるほど、赤ん坊の脳みそというものは、落とすとこぼした麺のようになるのかと純子は思った。
後ろでは、千花と留衣がえづいていた。タフな神経をしている2人でもさすがに堪えたのだが、純子はそれを冷静に聞いていた。目の前の温もりない赤ん坊への悲しみが、吐き気すらもどこかへとやってしまっているのだろうか。弟や妹のことを思い出して抱きしめずにはいられなかった。
それが上辺だけの冷静さだと気づくことなく、留衣はふらつきながらも歩き出す。純子に近づくのではなく、通り過ぎると、通路の先に落ちているもう一つの死体に近づいた。
純子は全く視界に入っていなかったが、そもそも留衣が最初に感じた気配はそちらの方だ。ひまわりの死体とは違って、こちらは成人男性のようである。スーツの腕の部分を赤く染めて、それがズボンから床へと続いている。その首筋に慎重に触れた留衣の表情が変わった。すぐに床に銃を置くと、肩に手を当てて呼びかけた。この人はまだ死んでいない。わずかだが、脈拍があり呼吸をしている。壁に持たれるように床に座り込んだこの中年男性は、それでも生きているのだ。
ぺちゃ、という軽い音ともに、落下の自重に耐えられなかったのかゆっくりと広まっていき、汁を出す。なるほど、赤ん坊の脳みそというものは、落とすとこぼした麺のようになるのかと純子は思った。
後ろでは、千花と留衣がえづいていた。タフな神経をしている2人でもさすがに堪えたのだが、純子はそれを冷静に聞いていた。目の前の温もりない赤ん坊への悲しみが、吐き気すらもどこかへとやってしまっているのだろうか。弟や妹のことを思い出して抱きしめずにはいられなかった。
それが上辺だけの冷静さだと気づくことなく、留衣はふらつきながらも歩き出す。純子に近づくのではなく、通り過ぎると、通路の先に落ちているもう一つの死体に近づいた。
純子は全く視界に入っていなかったが、そもそも留衣が最初に感じた気配はそちらの方だ。ひまわりの死体とは違って、こちらは成人男性のようである。スーツの腕の部分を赤く染めて、それがズボンから床へと続いている。その首筋に慎重に触れた留衣の表情が変わった。すぐに床に銃を置くと、肩に手を当てて呼びかけた。この人はまだ死んでいない。わずかだが、脈拍があり呼吸をしている。壁に持たれるように床に座り込んだこの中年男性は、それでも生きているのだ。
「……だ。」
「大丈夫ですか、大丈夫ですか。」
「大丈夫ですか、大丈夫ですか。」
腕組みするようにも、腹を抱えて蹲るようにも見える男性は、留衣が肩を揺するとわずかだが反応があった。言葉を発したので耳元に口を寄せる。
「……げ……んだ。」
「げんださん、ですか?」
「げんださん、ですか?」
男は今にも死にそうな息づかいだ。聞き取りにくいが、それでも必死に声を出しているように思えて留衣はより注意深く耳を傾ける。
「──げるんだぁ……」
(──にげるんだ。)
(──にげるんだ。)
そして留衣は人の言葉によく耳を傾けるからすぐに察せられた。逃げるんだ、という言葉を。
ピン、という金属音が聞こえた。出どころはすぐ近くだ。肩に当てていた手への感触から男が動いたのと音は同時。
すぐに目を下へと向ける。
男の手には手榴弾が握られていた。
ピン、という金属音が聞こえた。出どころはすぐ近くだ。肩に当てていた手への感触から男が動いたのと音は同時。
すぐに目を下へと向ける。
男の手には手榴弾が握られていた。
「! みんな離れて!」
すぐさま掴みとる。実物の手榴弾など見たのは初めてだが、冒険の中で危ない目にあったことは何度もある。蘭や名波翠のような能力者でなくても、直感でわかる。これは危険だと。
どこに投げるべきかなど、投げてから考えた。とにかく遠くへと投げようと、反射的に自分たちが歩いてきたのとは逆方向へと投げる。投げてから気がつく。曲がり角を曲がったところにいたということは、自分はもちろん純子も被害を受ける。千花はまだ後ろにいるから大丈夫だろうか。投げるのであれば別方向に。考えが加速していきまとまりをなくしていく。それが走馬灯ということに気づく前に、留衣の頭部に爆発した手榴弾の破片が飛び込んだ。
どこに投げるべきかなど、投げてから考えた。とにかく遠くへと投げようと、反射的に自分たちが歩いてきたのとは逆方向へと投げる。投げてから気がつく。曲がり角を曲がったところにいたということは、自分はもちろん純子も被害を受ける。千花はまだ後ろにいるから大丈夫だろうか。投げるのであれば別方向に。考えが加速していきまとまりをなくしていく。それが走馬灯ということに気づく前に、留衣の頭部に爆発した手榴弾の破片が飛び込んだ。
「ウププッ……ウププププ! はい死んだぁ!」
爆発した手榴弾の振動を感じて、通路の先から顔を出す男は、声を抑えながらも笑いを抑えられず喜色満面の顔をしていた。
男の名前は片桐安十郎、日本犯罪史上最低の殺人鬼と呼ばれた脱獄囚であり、スタンド使いと呼ばれる異能力者である。
アンジェロは木村孝一郎にひまわりを殺させた後も引き続き水族館に潜伏していた。水族館が彼のスタンド『アクア・ネックレス』に適した環境だから、というのは建前のようなもの。彼はこれまでの間、木村を嬲るのを楽しんでいたのだ。
『アクア・ネックレス』は人体を操作することも条件次第では可能である。そんなことを知らない木村はなぜ自分が凶行に及んだのかをわからず困惑し、錯乱し、自殺しようとすれば『アクア・ネックレス』に止められ、それを自分の生き汚さだと思い込み、また錯乱する。それを何時間も観察し続けていたのだ。
そこに現れたのが千花たちだ。喫茶店で襲った方の千花と勘違いした彼はすぐに新しい遊び道具にすることに決め、古い玩具の処分も兼ねて爆破トラップにすることにした。結果は大成功、木村は死に、留衣も頭部から出血し重傷、純子も負傷し、また千花の目の前で死体を作ってやった。
男の名前は片桐安十郎、日本犯罪史上最低の殺人鬼と呼ばれた脱獄囚であり、スタンド使いと呼ばれる異能力者である。
アンジェロは木村孝一郎にひまわりを殺させた後も引き続き水族館に潜伏していた。水族館が彼のスタンド『アクア・ネックレス』に適した環境だから、というのは建前のようなもの。彼はこれまでの間、木村を嬲るのを楽しんでいたのだ。
『アクア・ネックレス』は人体を操作することも条件次第では可能である。そんなことを知らない木村はなぜ自分が凶行に及んだのかをわからず困惑し、錯乱し、自殺しようとすれば『アクア・ネックレス』に止められ、それを自分の生き汚さだと思い込み、また錯乱する。それを何時間も観察し続けていたのだ。
そこに現れたのが千花たちだ。喫茶店で襲った方の千花と勘違いした彼はすぐに新しい遊び道具にすることに決め、古い玩具の処分も兼ねて爆破トラップにすることにした。結果は大成功、木村は死に、留衣も頭部から出血し重傷、純子も負傷し、また千花の目の前で死体を作ってやった。
「いい気になってるヤツが、破滅するのは楽しいぜ。ヒヒ。」
それもこれも、千花が持つ側の人間だと思ったからだ。アンジェロにとって幸せを実感するのは、千花のような人間を地獄に叩き落とす時。生意気にもまたイケメンを引き連れていたメスブタをやり込めることほど楽しいことはない。
「は、橋口ちゃん!? 綾瀬くん!?」
「いっ……あ、ああ!!」
「……」
「重傷1、軽傷1ってところか。」
「いっ……あ、ああ!!」
「……」
「重傷1、軽傷1ってところか。」
既に木村のことなど頭になく、残った3人でどう遊ぶかを考える。先の喫茶店での経験からギリギリまで姿を見せる気はない。まずはコーヒーでも飲みながらあのピンク頭が無駄な応急手当をするところでも眺めるかと悪辣なことを考えていると、ふと音が聞こえてきた。近づいてきているそれは、足音だ。
(なにっ、ちぃっ、他にも誰かいたのか。)
「どうしたんだ! 誰かいるのか!」
「どうしたんだ! 誰かいるのか!」
そして男の声も聞こえてきた。物陰から覗くが、姿が見えない。声は聞こえるのに動きは警戒心がある、あるいはこういう場に慣れている。
(素人じゃねえな。)
「警察だ! 誰かいるなら返事をしてくれ!」
(Trapか? それとも戦闘が起きているのか? とにかく警察がいるとわかれば迂闊な行動はやりにくいだろう。)
「助けて! と、突然爆発して!」
(若い女性の声、10代から20代か、待ち伏せか囮に使われてるか……)
「OK! 今そっちに行く!」
(Trapか? それとも戦闘が起きているのか? とにかく警察がいるとわかれば迂闊な行動はやりにくいだろう。)
「助けて! と、突然爆発して!」
(若い女性の声、10代から20代か、待ち伏せか囮に使われてるか……)
「OK! 今そっちに行く!」
口ではそう言いながら環は素早くクリアリングを始めた。もしアンジェロがその場に残っていれば発見は免れなかったであろう。胡散臭いイケメンではあるが、優秀な頭脳を持つ警官である環は、安易に千花に近づいたりなどしない。既に死者が出ているらしい水族館に単独で突入しているのだ、銃撃戦になることも想定済みである。
クリアリングを済ませると、その場からすぐに離れる。千花の声のしてきた方向から、その後ろに出るように迂回する。
クリアリングを済ませると、その場からすぐに離れる。千花の声のしてきた方向から、その後ろに出るように迂回する。
「橋口ちゃん、しっかり!」
「だ、大丈夫……綾瀬は?」
「……」
(あれだな。)
「だ、大丈夫……綾瀬は?」
「……」
(あれだな。)
サブマシンガンの銃口を千花の頭へと合わせ、ややあって下ろす。薄いピンクの髪の女子校生が、2人の倒れている人影に話しかけている。推定無罪と見るには充分だろう。
まもなく第一放送が流れようという水族館は新しい局面を迎えた。
【0558 『西部』水族館】
【藤原千花@かぐや様は告らせたい―天才たちの恋愛頭脳戦― まんがノベライズ 恋のバトルのはじまり編@集英社みらい文庫】
【目標】
●大目標
殺し合いから脱出する。
●小目標
橋口ちゃんと綾瀬くんを助ける。
【目標】
●大目標
殺し合いから脱出する。
●小目標
橋口ちゃんと綾瀬くんを助ける。
【綾瀬留衣@宇宙からの訪問者 テレパシー少女「蘭」事件ノート9(テレパシー少女「蘭」事件ノートシリーズ)@講談社青い鳥文庫】
●大目標
知り合いと合流して脱出する。
●小目標
???
●大目標
知り合いと合流して脱出する。
●小目標
???
【橋口純子@ぼくらのデスゲーム(ぼくらシリーズ)@角川つばさ文庫】
●大目標
殺し合いから脱出する。
●中目標
仲間を探す。
●小目標
???
●大目標
殺し合いから脱出する。
●中目標
仲間を探す。
●小目標
???
【片桐安十郎@ジョジョの奇妙な冒険 ダイヤモンドは砕けない 第一章 映画ノベライズ みらい文庫版@集英社みらい文庫】
【目標】
●大目標
殺す。
●小目標
自称警察を警戒。
【目標】
●大目標
殺す。
●小目標
自称警察を警戒。
【灰城環@天才謎解きバトラーズQ vs.大脱出! 超巨大遊園地(天才謎解きバトラーズQシリーズ)@角川つばさ文庫】
【目標】
●大目標
今回の事件がリドルズによるものの可能性を考えつつ巻き込まれた人間を保護する。
●中目標
協力できる参加者を集める。
●小目標
水族館にいる危険人物を逮捕する。
【目標】
●大目標
今回の事件がリドルズによるものの可能性を考えつつ巻き込まれた人間を保護する。
●中目標
協力できる参加者を集める。
●小目標
水族館にいる危険人物を逮捕する。
【脱落】
【木村孝一郎@死神デッドライン(1) さまよう魂を救え!(死神デッドラインシリーズ)@角川つばさ文庫】