しとしと雨が降り注ぐ中、4人の男達が進んでゆく
「うッ……」
4人の中の一人、
ドナテロ・ヴェルサスはうめき声を上げると、自分の肩にある星型の痣を押さえた
アナスイにウェザーの事を聞かれるまで、すっかりこの痣の存在を失念していたのだ。
エンリコ・プッチの言葉によれば、この痣は元々ジョースター家の人間にのみ発現する物らしい。
ジョースター家の人間で無い自分達に、この痣があるのは
自分達の父、
ディオ・ブランドーが100年前に、
ジョナサン・ジョースターという男の体を
死闘の末、首から下まで乗っ取ったからなのだと言う。
最初に、この話を聞いた時「そんな荒唐無稽な話があるか」と思わず突っ込みを入れた自分に、
神父は目を見据えてこう言ったのだ「私の話が嘘かどうかは、ここにいる君が一番よくわかるのではないか?」と。
くやしいが、プッチの言う通りだった。病室に集められた、自分と同じ痣を持つ若者達、ウンガロとリキエル。
いきなり、自分の異母兄弟だと紹介された時は驚いたが、不思議と納得している自分がいたからだ。
体では無く心が、理性では無く魂が。この二人を兄弟として認めたという事なのだろう。
(そして続けてあの野郎はこう言いやがった……)
出生の秘密を暴露されて戸惑う自分達に、プッチはこう言ったのだ「ジョースターと同じ痣を持つ君達なら
ジョナサン・ジョースターのひ孫、
空条承太郎とその娘、
空条徐倫の居場所を感じ取れるはずだ。
ここまで言えばわかるね、私の言いたい事が。私を「天国」へと押し上げるためには、君達の存在は不可欠なのだ
…………協力してくれるかい?」その言葉にヴェルサスは従った。
プッチの言葉で自信を取り戻し、前を向いて歩けるようになったから。
不幸続きの自分の人生に、何らかの意味を見いだせたと思ったから。
だが、今自分がいる「バトル・ロワイヤル」において神父の言葉が持つ意味はそれだけでは無い。
(つまり俺が、空条徐倫の居場所を感じ取れるってことじゃねぇか!)
徐倫の位置さえわかってしまえば、彼女と鉢合わせないように行動する事も可能である。
そう思って、先ほどから痣に意識を集中し、「探って」みたのだが
(1……2……3……4ッ!?何でこんなに多いんだよ!どれが空条徐倫なのかわかんねぇぞ!)
空条徐倫以外の星型の痣を持つ者達まで、カウントしているのだろう
よく考えたら、プッチと一緒に病院で徐倫を待ちかまえていた時も、リキエルと徐倫の存在を一緒に感じ取っていた。
しかも「大体、北の方に二人いるんじゃないかなぁ」「北東に一人いる、気がする」「南に一人……あれ?近い?」
といった漠然とした物である。はっきり言ってまるで役に立たない。
その絶望感が、冒頭のうめき声に繋がるのだが。
「どうかしましたか、ヴェルサス?」
もう一つの絶望感の原因がやってきた。
自分の声を聞いてか、先ほどから自分の目の前で、アナスイとティムに相談していた
ティッツァーノが戻って来たのだ。
ヴェルサスはうっと言葉を詰まらせた、2時間ほど前に自分の勘違いを発端にして
こんな可愛い子が女の子のわけないじゃないか、という事をリアルに体験してしまったのである。
その時の事を思い出すだけで羞恥心で死にたくなる、「穴があったら入りたい」という諺があるが
今から地面を『アンダー・ワールド』で100mほど掘りこんで、その中でしばらく泣いていたい気分である。
自分の様子をみかねたのか、「大丈夫ですか?」とティッツァーノが声をかけて来た。
本人は気遣っているのだろうが、今のヴェルサスにとっては傷口に塩を塗り込む行為でしかない。
「何で男なんだよぉぉぉぉぉぉッ!俺が何したっつーんですか神様!!」
あァァァんまりだァァアァWHOOOOOOOHHHHHHHH!!
再び地面につっぷして泣き始めたヴェルサスに、
うるさいですよ、とティッツァーノが無情にフロントチョークを決めた。
* *
「あの二人どうするんだよ、ティム」
傍から見れば、じゃれあってるだけにしか見えないティッツァーノとヴェルサスの様子を
横目で眺めながら、
ナルシソ・アナスイは
マウンテン・ティムに問う。
聞かれたティムは、締めあげられて酸素不足のため変色し始めたヴェルサスの様子を、何となく見ながら答える。
「そうだな、愛は性別の壁を必要とはしていない、人を愛することで一番大事なのは外見では無く
相手を思いやる気持ち、それだけなのだろうな」
「まぁ、俺も自分が女だったとしても徐倫に告白してただろうしな。って違うぞ。
俺が言いたかったのは、あの二人を完全に信用出来るかってことだ」
先ほどあったばかりの人間というのもあるが、問題はティッツァーノだ。
「相手に嘘をつかせる程度の能力」と彼は説明したが、自分達はそのスタンドのビジョンすら見ていないのである
つまり、「相手に嘘をつかせる程度の能力」という説明そのものが、嘘であるという可能性があるのだ。
それに……とアナスイは思う。
(あのヴェルサスって野郎、明らかに俺の顔見てビビッてやがった。
初めは、俺の殺人犯としての顔を知っててビビッてるのかと思ったが、先ほどから様子を見る限り、どうもそんな感じじゃねぇ。
あの反応は、俺の事を殺人犯以外の人間として知ってる奴の顔だぜ……?)
プッチ神父もこの殺し合いに参加させられている以上、この男がその手先であるという事もありえるのだ。
警戒はしておくに越したことは無い。
体に張り詰めさせたアナスイに、ティムは優しく声をかける。
「そう気張る事はないさ、俺が見る限りあの二人は白だ。俺の保安官としての目を信用してくれ。
それよりも……気がついていたか?」
「ああ、わかってるぜティム。雨が降る方に進もうと言ったオレが悪かった、この雨はウェザーにとっては
こいつらを撒くための物だったんだ!クソッ!」
未だにギャイギャイと揉めてるティッツァーノとヴェルサスに振り替えると、アナスイは大声で叫ぶ。
「お前らいつまでもイチャついてんじゃねーぞッ!何かいやがる!警戒しろッ!!」
べ、別にイチャついてなんかいねーよ!という抗議の声は無視し、アナスイは地面に『ダイバー・ダウン』を潜航させる。
慌ててヴェルサスが『アンダーワールド』を出すのが見える。
ティムも既に手にロープを構え、戦闘態勢は万全のようだ。
ティッツァーノは、スタンドビジョンを出さない。
出せないのか、ティムの様にスタンドビジョンを持たないタイプなのかは判断出来なかった。
(うだうだ考えててもしょうがねぇ、目の前の物から一つずつ片づけてゆく!
お願いだから無事でいてくれよ、徐倫。こいつらをなんとかしたら、すぐに行くから。)
ざあざあと降りしきる雨の中、水煙に紛れる4人の人影が―――6人になった。
* *
「ちょっ……おまっ……やめてマジで苦しッ!キブ!ギブギブギブギブギブ!!」
ばしばしと自分の腕を叩くヴェルサスに、ティッツァーノは腕の戒めを解く。解放されたヴェルサスはゲホゲホと咳きこんだ。
苦しげに、酸素を供給を行う相手を見ながら
ティッツァーノはヴェルサスの呼吸が落ち着くのを見計らって、再び首に腕を回す。
また締め上げられるのかと、体を強張らせるヴェルサスを手元に引き寄せ、耳元で小声で囁く。
「首は締めませんから、このままで少し私の話を聞いて下さい」
「何だよ」
「貴方、あのアナスイという男の事、何か知ってるのではありませんか?」
「うぇッ!?……いやほらアレだよアレ、バラバラ殺人のナルシソ・アナスイ!
新聞にもでっかく載ってたから知ってたんだよ、お前だって名前くらいは聞いた事あるだろ?」
嘘だな、とティッツァーノは思う。
アナスイが殺人犯だというのは、本人も自己申告してきたのもあるし本当だろう。
だが、長年ギャングをやってきたティッツァーノの目は誤魔化せない。
(君の反応は、殺人犯を目にした時の一般人の物じゃない
まるで、旧知の人物にいきなり出会ったかのような驚き方なんだよ!)
しかも、さっき締め上げた時に気づいたのだが、ヴェルサスの肩に星型の痣があるのが見えた。
ここに来る前まで、自分とスクアーロが追いかけていた裏切り者、ジョルノ・ジョバーナと同じ形の痣が。
よく考えれば、自分はこの男の事を何も知らない、知っている事といえば
「過去を掘り起こす」スタンドを持ち、幸せになりたいという気持ちは人一倍強いという事だけ。
「って、いいかげんに腕どけろよティッツァーノ!ティッツァ!」
その声に、ティッツァーノはわれに返った、知らず知らずの内にまた締め上げていたらしい。
ったく、と首をさするヴェルサスにティッツァーノは静かに言う。
「ヴェルサス、貴方の事で一つだけわかった事があります」
ずっと気になってはいたのだ、彼を見ていると何故こんなに苛立つのか、
彼を見ていると、何故スクアーロの事ばかり考えてしまうのか。
その答えは、さっき彼が自分の名前をある呼び方で呼んだ事に気づいた。
「似てるんですよ、貴方は。スクアーロに……私の相棒に……」
優しい、だけど遠くを見るような目つきで見つめられてヴェルサスはたじろぐ。
「何だよ……お前そいつに会いたいのかよ」
「ええ、とてもね」
寂しそうに微笑まれると、何だか居心地が悪くなる。
ヴェルサスはティッツァーノから視線を外し、そして何かに気づいたかのように目を細めた。
その視線の先には、水煙にまぎれるように二つの人影が立ちふさがっている。
「あれは……?ウェザーじゃねぇな、誰だ?」
「これだけ離れた距離から、あの人影を「ウェザーじゃない」と判断出来るという事は
やっぱり貴方初めから、ウェザーという人の事を知ってたんですね……」
「へ?あ、違ッ!この、それは!?」
「お前らいつまでもイチャついてんじゃねーぞッ!何かいやがる!警戒しろッ!!」
「べっ、別にイチャついてなんかいねーよ!」
と叫び返しながら、ヴェルサスは『アンダー・ワールド』を出現させる。
自分も、スタンドは出せないが周りを警戒する。
自分達の前に立ちふさがったまま動かない二人に対し、ティムはロープを握りしめ問いかける。
「そこの二人!こちらはこの殺し合いに乗っていない!もし君達も同じように乗っていなければ
両手を上にあげて、戦闘の意思が無い事を示して欲しい!」
だが、二つの人影は動かない。
聞こえていなかったか?そういぶかしんだティムが、相手に向かって足を踏み出した瞬間だった。
「ティムッ!」
ティムの肩に、拳ほどの大きさの水の塊がへばり付き、さらには口の中に潜り込もうとしている。
『アクア・ネックレス』水素を媒介にして動き回る、水で出来た死の首飾りだ。
このスタンドに潜り込まれたが最後、内側から操られるか、最悪の場合、陸の上で溺死させられてしまう。
だが、それは。
「!?」
潜り込まれた場合の話だ。
ティムは『アクア・ネックレス』が自分に潜り込もうとした瞬間、自分の顔をロープでバラバラにしていた。
『アクア・ネックレス』は突然の事態に付いてゆけず、口と本来ならば喉があるべきはずの場所で立ち往生している。
「『ダイバー・ダウン』ッ!空にしたペットボトルごとティムの体内に「潜航」させる!」
『ダイバー・ダウン』がペットボトルを手に持ったまま「潜航」し―――といっても
ペットボトルそのものは体に入れることは出来ないので、ペットボトルは体の外に出ている形になるが……
そして、金魚すくいでもやるような形で、『アクア・ネックレス』はペットボトルの中に閉じ込められた。
アナスイがそれを素早くキャッチし、蓋をキュッと締める。
「す……すげぇ……」
呆然とヴェルサスが呟く。
アナスイとティム、スタンドを手足のごとく使いこなしているのもあるが
彼らの一番素晴らしい所は、その状況判断能力なのだろう。
またたく間に、襲いかかって来たスタンドを無力化した二人を見て、ティッツァーノもそう思う。
ペッドボトルの中で、ジタバタと悪あがきをする「アクア・ネックレス」を持ちながらアナスイが叫ぶ。
「そこの二人!お前のスタンドは無力化した!最後通告だ!
すぐさま投降しなきゃ、殺されても文句はいえねぇと思え!」
だが、そこまで言われても目の前の二人は動かない。
いや、これは動かないのでは無い、動けないのだ、この二人は歩く事も呼吸をするこすらも出来ない!
ティムが気づいて叫ぶ
・・・・・・・・
「こいつらは人形だアナスイ!誰かが操っていやがったんだ!」
その声と共に、水で出来たハンバーグの様な髪型をした人形と、ドリアンみたいな体型の人形が
まるで、糸が切れた操り人形のようにバッシャンと水たまりの中へ倒れ込んだ。
この二つの水で出来た人形は、囮だったのだ。
「ティ……ティッツァ……」
ヴェルサスが、震える声で自分の名前を呼ぶ。
彼の視線をたどって自分の胸を見れば、赤い染みがみるみるうちに広がってゆく所だった。
そう、あの二つの人形は囮。
そちらに攻撃を集中させ、後方にいる自分達の油断を誘うための……
焼けつくような痛みを胸に感じながら、ガクリと膝をつく自分をヴェルサスが抱きとめるのを感じる。
一体どうやって攻撃された?
俺とヴェルサスには、どんなスタンドも近づいてこなかったはずだ。
痛みで霞むティッツァーノの視界の中、雨粒の中にミイラのようなスタンドの姿が映った気がした。
* *
青い顔をしながら、自分達の元を離れていったティッツァーノを見送りながらティムは思う。
ティッツァーノ、自分の事を、ギャングだと名乗ったあの青年。
ティム自身は保安官であるものの、ギャングや殺人犯に偏見を持っているわけではない。
彼は他人の評分よりも、自分の目で見た物を信用するタチだし
実際に話してみるまで、その人間性は図れないものだと考えているからだ。
ティムが考えこんでいるのは、ティッツァーノの出自に関してではない、彼の話した会話の内容についてだ。
彼は「自分は裏切り者の一派と、暗殺チームと敵対している」と言った。
この情報は正しいと判断するべきだろう、自分の置かれている立ち位置を明確に示すことは、このような状況であれば、必須の事だ。
誤情報は誤情報を生む、彼の様なタイプの人間がそのくらいの事を分かっていないはずがない。
この話が正しければ、彼は二つのチームから命を狙われるような
ギャングの中でも重要なポストに、ついていたのではないだろうか。
だが、彼は一言もその事を話していない。
(面識の無い人間にも、知られちゃまずいポストに付いていたのか?)
もしくは、自分達を経由して他人に伝わると、さらにマズイ事でも起きるのだろうか。
彼等と話した時に気づいたが、自分とティッツァーノ達の年代には時間差がかなりある。
ティッツァーノの顔色が変わったのも、年代の話をした時だったな、とティムは思う。
彼がくわしく自分の事を話さなかったのは、その辺に理由があるのかもしれなかった。
ここで一つ言っておこう、ティムはティッツァーノがくわしい情報を提示しなかった事を怒っているのではない。
むしろ、この状況では当然の事だろうと考えている。
自分に不利なカードは伏せ、自分に痛みのない情報だけを相手に与える、駆け引きにおける基本である。
ティッツァーノからは、もうかなり情報を引き出せている、これ以上の情報提供を望むのは酷だろう。
ティムはちらりと、自分の隣を歩くアナスイを見る。
今までに考えた事をアナスイに話すつもりは無い、彼は徐倫の事だけでも手いっぱいなのだ
確信の持てない不安材料を与えて、不信感を植え付ける事はしたくなかった。
このような「殺し合い」という特殊な状況で、何が引き金で悲劇が起こるかわからない。
不確定な材料は出来る限り自分の胸に秘めておこう、必要となった時にアナスイに話せばいい。
そんな事を考えていると、アナスイが自分に向かって「あの二人をどうする?」と聞いてきた。
その言葉に適当にボケて返しながら、ティムはさらに思考する。
それに、あの二人は俺達二人に危害を加える理由も無ければ、危害を加える方法すらない。
「嘘をつかせる能力」「過去を掘り返す能力」これだけでは、殺し合いを生き抜くのは無理だろう。
早いが話、二人ともてっとりばやく、戦闘能力の高い味方が欲しかったのではないだろうか。
そのために、あそこまで情報提供を惜しまなかったと考えれば合点がいく。
「そう気張る事はないさ、俺が見る限りあの二人は白だ。俺の保安官としての目を信用してくれ。
それよりも……気がついていたか?」
ティムはアナスイを宥めながら、注意を前方の不審者へと向けさせる。
水煙にまぎれるように立つ、二つの人影。
この雨の中、流れ落ちる水滴を拭いもせずにぼーっと突っ立っている。
また、一筋縄でいかなそうな奴が出てきたな。
俺の獲物が縄だけにってか?
ティムは手にいロープを握りしめると、二つの人影に向かって一歩踏み出した。
* *
「隠れろ、Jガイル。誰か出てくる。」
イケメン四人組に、Jガイルとアンジェロが襲いかかる少し前。
サンタルチア駅前の広場の隅で、コソコソと動く二つの人影があった。
ブラックモアと
ウェザー・リポートが、
第二回放送時に駅を襲撃するという話を聞いたJガイルとアンジェロは
一足お先にサンタルチア駅周辺を、散策する事に決めたのだった。
反射物の位置や、蛇口や水道管の場所を探っておけば、戦う時に有利だからである。
ヴァニラ・アイスVSブラックモア+ウェザー・リポートを離れた所で観戦し
弱った方にとどめを刺す、それが先ほど二人が出した決断だった。
サンタルチア駅から、バタバタと飛び出してきた妙な髪型の男
中で何があったのかは知らないが、恐怖で顔を引き攣らせていた。
「アレッシー?」
「ああ、俺の同僚で、自分よりも弱い奴や子供をいじめてスカッとするのが趣味の男だ」
「俺と気が合いそうな奴だな、俺も子供をいじめるのは好きだぜぇ?」
いじめ過ぎて殺しちまう事もよくあるけどな、とアンジェロは笑う。
「どうする?あのアレッシーとかいう男も俺達の仲間に引き入れるか?」
「いや、やめておこう。アレッシーが駅から飛び出して来たってことは、ヴァニラに殺されかかったんだろ
俺達もここから駅に近づくと、ヴァニラに気づかれるかもしれん。それに」
「うわ、あいつの支給品バイクかよ」
「そういうこった」
バイクに乗って一目散に逃げてゆくアレッシーを横目に、Jガイルとアンジェロは駅を迂回して北上する事にした。
ウェザーはまだ雨を降らし続けてくれている、自分達は雨雲を追いかける形になった。
アンジェロの「アクア・ネックレス」には水分が、Jガイルの「ハングドマン」には反射物が必要だからだ。
そして、北上した彼らが見た物とは。
今度はJガイルが尋ねる番だった。
ラバーソールに食い破られた事を示す二つの死体、もっともその大半は食い散らされ
学生服の端切れくらいしか、その身元を判別出来るものはなかった。
東方仗助は制服を改造していたのが幸いだった、彼の顔はわからなくとも、その服を見れば誰だか一発でわかる。
特に、彼に恨みを持つ者なら、なおさらだろう。
「俺をムショ行きにしやがった奴の孫だよ、こっちの死体は知らねえな
同じ学生服だから、同じ学校の奴だったんだろ」
思い出すのも忌々しい、とばかりにアンジェロは吐き捨てる、よほど嫌な目にでも遭わされたのだろう。
そんな相方の様子を見ていたJガイルが、いいことを思いついたとばかりに右手と右手を打ち鳴らした。
「アンジェロ、お前のスタンドでその二つの死体を、元の姿に化けさせることは出来ないか?」
聞かれたアンジェロは、一瞬だけ怪訝な顔をしたものの直ぐにその意図に気づき「アクア・ネックレス」を発動させる。
水たまりからゴボゴボと、二つの死体にスタンドが注ぎ込まれてゆく。
むき出しの骨に肉づけをするように、水が纏わりついてゆく。
以前、彼が東方邸で年代物のウイスキーに化けたのと同じ要領である。
しばらくして、二つの死体は実体を取り戻し、ゆらりと立ち上がった。
「あーだめだ、この状態にする事は出来るけど、近くで見たらばれるな」
「二つの死体」に化けた己のスタンドを見ながら
アンジェロが残念そうに首を振る、だがJガイルはニヤリと口を歪める
「それがいいんじゃぁねえか……、遠目から人影が立ってるってわかるだけで十分だぜ」
アンジェロもニヤリと笑い返す。
「で、俺達はこの死体にホイホイ近づいてきた奴らを美味しく頂いちまうってわけだ」
二人は顔を見合せてゲラゲラと笑い合った。
そして、実際この作戦は上手くいった。
『ハングドマン』の攻撃を受け、地面へと崩れ落ちる長髪の男を見ながら、Jガイルはほくそ笑む。
「おい……、俺を早くあのペットボトルから出してくれ……」
「おっと、でも抜けがけして勝手に攻撃したあんたが悪いんだぜ?ほらよ」
『ハングドマン』がペットボトルを一閃する。『アクア・ネックレス』は、ずるりと地面に滑り落ちた。
アナスイとティムが、どこから攻撃されたのかと、うろたえたようだが関係ない。
Jガイルがティッツァーノとヴェルサスを、アンジェロがアナスイとティムを攻撃する、そういう口約束だったが。
「あれ?」
『ハングドマン』で切りつけたはずの、ティッツァーノとヴェルサスの姿が見えない。
どこにいったかと辺りを見回せば、さっきまで二人がいた地面に直径一mほどの穴が開いていた、そこに逃げ込んだらしい。
「なぁ、アンジェロ」
「何だよ、今集中してるから手短にな」
アンジェロはめんどくさそうに言う、アナスイとティムの二人を相手するのは手がかかるのだ。
だが、それにもめげずJガイルは声をかける。
「俺の獲物が地下に穴掘って逃げやがった、穴の中じゃ光がとどかねぇ
悪いけど、俺の獲物とお前の獲物、交換してくれねぇか」
「そりゃしょうがねーな……、分かったぜ、地下だな。
いつもよりスタンドを移動出来る範囲がせまいが、逃がしはしないぜ」
* *
はっ、はっ、はっ、はっ。
明かり一つ灯らぬ真っ暗闇の穴の中を、ヴェルサスはティッツァーノを抱えたまま走る。
彼のスタンド『アンダー・ワールド』は制限により、この殺し合いが始まる前の事は掘り返せないが
普通に地中を掘り進むことは、今まで通り可能であった。
彼等の前を先行して掘っていた『アンダー・ワールド』が振り返って報告する。
「ヴェルサス、イツモヨリホリニクイヨ、シタニイクホドジメンカタイゾ」
「わかってる、ここから離れる事が出来たら何だっていい!出来る限り掘り進め!」
手に抱えるティッツァーノからは、血がどんどん流れだしている。
命に別状はなさそうだが、早く手当をしないとまずいかもしれない。
「ヴェルサス……下ろしてください……」
「馬鹿言うな、その怪我で走らせられるか!」
地中に降りてから、ティッツァーノを襲ったスタンド攻撃は追ってこない
だからといって、この怪我で無理をさせるのは良心が咎める。
そう思って、ティッツァーノの申し出を却下したヴェルサスだが
「違います……私を置いて行って下さい」
「はぁ!?」
ヴェルサスはおもわず足を止めてしまった。
いきなり何を言い出すのかという、自分の怪訝な顔を見ながらティッツァーノは続ける。
「このまま、私を担いで走っても逃げ切れません、私を置いて逃げてください」
「ふざけんなよ!その怪我でここに置いてゆけるわけないだろ!」
ヴェルサスはティッツァーノの胸倉を掴みあげる
「さっきから様子がおかしいぞ、お前。……あいつらに何か言われたのか?」
ティッツァーノは答えない、だがその沈黙が雄弁に答えていた、何かあったのだ。
二人の足元に流れ込む水が、足首に達しようとしていた。
暗闇ゆえ、ティッツァーノの表情はわからなかったが、腕に伝わる震えで彼が何かを耐えているのが感じ取れる。
そして、ティッツァーノは、ぽつりぽつりと話し始めた。
アナスイとティムと情報交換をした時。
(ティッツァーノはギャングなのか)(ええ、イタリアのパッショーネという組織に属していました。
お二人は、アメリカ出身だから知らないと思いますけど)(そうだな、知らないな)
(ん?パッショーネ?)(どうした、アナスイ)(パッショーネって麻薬の取引をやっていた所か?)
(ええ、やっています)(いや、どうでもいい話なんだが独房に入ってたヤクの売人が)
(10年前にパッショーネのボスが代替わりしてから、ヤクを売らなくなったって嘆いてたのを思い出してさ)
「それがどうかしたのかよ、10年前にお前の所のボスが変わったってだけの話だろ
別におかしな話でも、何でもないぜ?」
何故そんなに衝撃を受けるのかわからない、といった体でヴェルサスが尋ねる。
「ヴェルサス、今は何年ですか?」
「2011年だろ」
即座に答えるヴェルサスに、ティッツァーノこう返す。
「私は、2001年だと思ってたんです」
「それが何か……あ」
2011年。2001年。10年前。ギャング抗争。ボスが変わった。あれだけ銃弾を受けて生きているわけが。
それらのキーワードが、グルグルとヴェルサスの頭を支配する。
ちなみに、この質問にアナスイは「2011年」、ティムは「1890年」と答えている。
「まさか、お前と相棒がついてたのって前のボスの側なのか?」
「そうです、だからスクアーロが私が撃たれた後も生きていたとしても
彼はきっと、新しいボスに殺されてしまっている……」
戒律を重んじるギャングが、前のボスについた、しかも親衛隊の男を生かしておくはずがない。
どう考えても、スクアーロの生存は絶望的だった。
暗闇にすすり泣くような音が響く、ティッツァーノは泣いているのかもしれなかった。
ヴェルサスは、そんな彼の様子に声をかけることが出来ずに、何となく足元に目をやった。
穴から流れ込んだ水は、膝の辺りのまで達しようとしていた。
さっきまでは、足首までの深さだったのに?
水の勢いとは、こんなに早いものだったろうか。
「しまった、これはスタンド攻撃かッ!?」
『その通りだぜ!!』
どこからともなく声が聞こえたかと思うと、自分達の足元の水がどんどんせり上がってくる。
せまい穴の中では、流れ込みせり上がってくる水からの逃げ道すらない。
慌てふためく自分達を、ゲラゲラと品の無い笑い声が取り囲む。
『穴の中に逃げ込んだのが運のつきだったな、二人まとめて溺死しな!!』
ヴェルサスとて、無駄に慌てふためいていたわけでは無い。
即座に『アンダー・ワールド』を使い、逃げるための横穴を掘ろうとするが
掘ったはしから、噴水のように水が噴き出してくる。どうやらアンジェロは、この辺りの水道管を破壊したらしい。
二人の周りの土壁も、噴き出した水を含んでドロドロと溶け始めている。
このままじゃ良くて溺死、悪くて泥に埋まって窒息死だ。
「もういいんですヴェルサス、私の事は放っておいて早く逃げて……」
「うるせぇよティッツァ!俺に指図すんな!」
一人だけなら、ここから脱出できるかもしれない。
ここで身軽になれば、地上に逃げる事も可能かもしれない。
だがヴェルサスは、光を失ったティッツァーノの瞳を見て言う。
「しっかりしろよ!アナスイの話がただの勘違いかもしれねーだろうが!
お前がどこで野たれ死のうが、誰に殺されようが、知ったこっちゃねーよ!だけどよ……!だけどよ……!
俺の周りで死なれる事ほど、迷惑な事はねぇんだよ!!」
ぐったりとしたティッツァーノの体を掴みなおし、迫る来る水と泥の中ヴェルサスは吠える。
「やっと、胸をはって自分の人生を歩めるようになったんだ!
俺以外の人間すべてが投げ出したとしても、俺はあきらめてやらねぇ!
どんなに絶望的な状況でも、俺だけはこの泥の中から星を見続けてやるッ!!
こんな所で死ねるかってんだああああああああああああああああああぁぁぁぁぁァァァッ!!!」
二人の囚人が鉄格子から外を眺めた。
一人は泥を見た。
一人は星を見た。
彼はどちらを見たのだろう。
ゴ ヴ ン ッ ! !
突如、ティッツァーノとヴェルサスの周りから水が消えた。
いや、水だけではない、泥も、そしてあれだけぬかるんでいた足場さえも消えている。
ヴェルサス達の立っていた地面は、地下に吸い込まれるように消えてしまった。
そして、ティッツァーノとヴェルサスは、何も無い空中に放り出されていた。
何が起こったのか理解出来なくて、辺りを見回す。
アナスイとティムはともかく、むこうで自分達と同じ様にに落下している
頭のハゲた男と、配達員みたいな男は何者なのだろう。
後、みんながみんな、何が起きたのか理解出来ていないって顔をしているのが笑える。
顔文字で例えるなら。
( ゚д゚ ) ( ゚д゚ ) ( ゚д゚ ) ( ゚д゚ ) ( ゚д゚ )
↑ティム ↑アナスイ ↑Jガイル ↑アンジェロ ↑ティッツァーノ
こっちみんな。
まぁ、俺も同じような表情になってるってのは否めないけどな。
重力に従って自由落下をし始める俺達を、雨が濡らしてゆく。
上空を見上げれば、青味を増す空に、消え損ねた星が一つ見えた気がした。
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最終更新:2009年08月21日 12:28