【Scene.8 interlude】

   am2:59 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~


「む…… ここは?」
「おお、目を覚ましたかね!」

音石が意識を取り戻したのは、ワムウと激突寸前になった1時間ほど後のことだった。
ワムウをツェペリが説得、気絶した音石明をトニオが介抱し、一行はホテル1階の大階段前のロビーに場所を移していた。
ここはかつて、現世でワムウがシーザーを葬り去った場所でもある。
ここならば新たにホテルに誰かが来たとき、すぐに対応することができるからだった。

この場所に移動してから、様々な情報交換がなされていた。



   am2:07 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~


「ワムウくん。君は吸血鬼か?」

単刀直入に切り出したのはツェペリだった。
DIOという別の吸血鬼の存在を知っていたダンとJ・ガイルがこの言葉に息を飲み、トニオは1人困惑していた。
そして、ワムウはツェペリを笑い飛ばす。

「フフフ 吸血鬼のことを知っているかッ! 確かに人間から見れば共通する部分も多いが、おれはそうじゃあない。
吸血鬼は人間が石仮面を被ることで変態するが、おれは生まれながらに人間を超えた生命体だ」

カーズエシディシの名前を出さぬように気を付け、ワムウは簡単に柱の男と呼ばれる生物の説明を行う。
何故、こんなにも容易く口を割ってしまったのか。
それも下等な生物と見下していた人間を相手に。

ワムウ自身にもよくわからなかった。
シーザーと同じ姓を持つこのツェペリという男に興味を持ったのかもしれない。
もしくは、ワムウにしてみればほんの数時間前に戦い、戦士として自分よりも高みへと立ったジョセフ・ジョースターへの敬意なのかもしれない。



一方のツェペリは複雑な面持ちだった。
もしワムウが吸血鬼ならば、有無を言わさず倒してしまうつもりだった。

だが、ワムウはそうではない。
柱の男たちは吸血鬼のように太陽や波紋を嫌うが、人間の血を渇望したり自我を失ったりはしない。
むしろ大半の人間よりは利己的で理知的で、なにより強かった。

石仮面を作り出した種族の仲間だというが、『種族の罪』を『個人の罪』として問いたくはない。それではただの八つ当たりだ。
人間を軽視したり音石との戦いに挑んだりと好戦的な面も目立つが、それでも敵対する意志は(今のところ)ないという。
味方から失うにはあまりにも惜しく、そして敵とするにはあまりにも強大な存在だった。
好戦的なこの男を見張る必要も少なからずある。
敵対するのはまだ早い。


ワムウにとっても、ツェペリは今のところ敵対する相手ではなかった。
波紋の戦士を根絶やしにすることがカーズの目的だったが、ワムウの今の目的はJOJOの仇を討ち、誇りを取り戻すこと。
この人間たちとの同盟関係を結んだことも、シーザーと関わりのあるであろうこのツェペリの存在に興味を持ったことがほとんどである。
トニオ、ダン、J・ガイル、そして音石はついでに過ぎなかった。

今はまだ、仲間でいるメリットがある。
だが名簿が配られて、参加者の中にカーズがいるのならば……
そしてツェペリがカーズにとっての障害になる人間だと判断したときは、ワムウは容易く同盟を破棄することも考えられるだろう。




次の質問も、ツェペリから投げかけられた。


「ワムウくん。君はわしのことを『シーザー・ツェペリの関係者』ではないかと聞いた。
たしかにわしの姓はツェペリじゃが、わしの親族にそんな人間はおらんぞ?」

この言葉には、逆にワムウが驚かされた。
ワムウはツェペリの年の頃からシーザーの父親ではないかと当たりをつけていた。
だがこのウィル・ツェペリの故郷に残してきた一人息子の名は『マリオ』なのだと言う。

仕方なくワムウはJOJOことジョセフ・ジョースターの名を出し、見せしめとして殺された彼の復讐が目的だということを告げる。
するとツェペリも別のJOJO、ジョナサン・ジョースターという男にちょうど会いにいくところだったというではないか。
そしてそこにトニオが割って入る。
ジョセフ・ジョースターという人物を自分は知っていて、自分の友人(仗助)がそのジョセフの親族であるという。
ややこしい家系なのでジョセフと仗助が親子であることはあえて伏せたが、自分の知るジョセフは既に80歳近い老人であること。
そして見せしめで殺されてしまった白いコートを着た男性こそがジョセフの孫・空条承太郎だということを話した。


3人の話が噛み合わない。
そして更に情報交換を交わされることによって、恐るべき事実が発覚した。
ツェペリとワムウ、そしてワムウとトニオの間には、それぞれ50年以上の時代の差があったのだ。
この時、5人は改めて主催者のありえない、そしてかつてなく強大な力を理解した。
推測でしかないがワムウと戦ったシーザーはウィル・ツェペリの孫。
ジョセフもおそらくジョナサンの孫で、ワムウと戦った後ジョセフはその後家庭を築き、トニオらと出会ったのだろう。


「そうか…… まだ見ぬわしの未来の孫の仇がお主になるということか………
なんとも、複雑な気分じゃのう………」

ツェペリのその言葉によって全員に緊張が走るが、ツェペリは今からワムウをどうこうするつもりはないようだった。
なぜシーザーとワムウが敵対するようになったのか、その詳しい経緯は聞いていない。
ツェペリがショックを受けたことは孫がワムウの手で殺されたことではなく、自分の呪われた運命が自分の子孫の命までをも奪ってしまっていたことだ。
妻や子を石仮面の呪縛から守るため、自分は家族を捨てた。
だが、未来の子孫たちはまだ波紋の修行をし、呪われた運命に立ち向かっていくのだというのだ。


情報交換のさなか、J・ガイルとダンはほとんど相槌を打つ程度で聞く側に回っていたが、内心では様々な事実に驚愕していた。
J・ガイルにとっては、ワムウの目的を知れたことこそ一番の収穫だった。
最初に感じたワムウの怒りの感情は、やはり見せしめの3人を殺されたことによるものだった。
こんな出で立ちをしているが、根はお人好しなのだ。
扱いづらい男ではあるが、ワムウを仲間にできたのはやはり幸運だった。

だが、あの承太郎の隣にいた若い男がジョセフ・ジョースターだということは驚いた。
そしてトニオという男の話だと、自分の時代の10年後である1999年にも承太郎、ジョセフは健在だという。
DIOはどうなったのか、10年後自分は生きているのか?
えも言わぬ不安をJ・ガイルは感じていた。


スティーリー・ダンもJ・ガイルとほとんど同じだったが、ダンにはJ・ガイルには無いひとつの情報があった。
ダンもJ・ガイルもほとんど自分の情報を漏らさない。
このメンバーの中で仲間として溶け込むには、DIOという邪悪の手先だという背景は隠しておきたい。
この二人はお互いに顔も名前も能力も知らない間柄だった。
だが、ダンの方はJ・ガイルの正体に気がついていた。

ダンの直接の上司はエンヤ婆と呼ばれる魔女だった。エンヤ婆の息子もスタンド使いであり、DIOの配下であるという。
そして、エンヤ婆もこのJ・ガイルと同じ『両右手』なのだ。

先ほどの初対面でこのJ・ガイルが話に聞いていたエンヤ婆の息子であることはすぐにわかった。
エンヤ婆は自分が始末したし、その息子もすでに死んでいるという話だったが、時代を越えて人間が集められているのだとすると合点がいく。

もちろんダンはまだこのことを誰にも話していない。
だがダンはここで1つ、J・ガイルの弱みを握ったといってもいい。
ダンもJ・ガイルも、DIOの配下であったことは隠しておきたいのだ。


だが素性を話さないダンとJ・ガイルについて、ツェペリはある程度の警戒心を持っていた(トニオは何の疑いも持っていないが)。
仲間になるよう勧めたのはツェペリ自身であったが、この2人はトニオと違いカタギではない雰囲気があった。
それに、仮に2人が元々善人であったとしても、これは殺し合いゲーム。
いつ誰が妙な気を起こしてしまっても不思議ではないからだ。


ツェペリたちの話が終わったあと、最後にトニオが自分の素性を話す。
故郷に弟を残して家で同然で料理人になったこと、日本に住みたくさんの友人ができたこと。
トニオの話から得られる情報にこれといって役に立ちそうなものはなかった。
だがトニオのその明るい性格からか、ショックを受けていたツェペリの気分はいくらかマシになったようだ。
そしてトニオが一通り話し終えた頃、気絶していた音石明が目を覚ました。



【Scene.9 スタンド講釈】

   am3:12 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~


現在このロビーに集まっているのはツェペリ、トニオ、ダン、J・ガイル、音石明、ワムウの6人だ。

「………とまあ、大体こう言うわけじゃ。どうじゃ、わしらの仲間に入らんか?」

目を覚ました音石明に、ツェペリは自分たちの知る情報を要約して伝える。
ワムウやツェペリは気に入らない相手だったが、仲間入りを拒否できる空気ではない。
それに、殺し合いゲームもまだ序盤。
生き残るためには、ここで大勢の仲間を手に入れるのも悪くないかもしれない。
しばらく思案した後、音石は顎を上下させ了解の意を示す。

「そうか、それはよかった! ところで、君の名前を教えてくれんか?」
「……音石明だ」
「え―――? 音石サン?」

名前を名乗った音石の言葉に、トニオが反応を示した。

「どうかしたかね?トニオくん」

ツェペリの質問に、トニオは言葉を詰まらせる。
トニオは音石明と面識こそなかったが、その名前だけは聞いたことがあった。
あまり、良い評判ではない。
なんでも音石明は虹村億泰の兄の仇であり、スピードワゴン財団に逮捕された犯罪者だと聞いていた。
現在は刑務所に服役しているという話だったが、時代を越えて人間が集められたのならば、この音石はいつの音石だ?

罪を犯す前の音石なのか。
億泰の兄を殺した頃の音石なのか。
それとも罪を償った後の音石なのか。

そもそも、この音石明という青年は本当に自分が話に聞いた『音石』なのだろうか?

「俺がどうかしたのか? コックさんよ……」
「イエ…… なんでもありません」

とにかく、人の悪い評判をたやすく話すべきではない。
トニオは音石明のことをよく知らないのだから。


「ところで音石くん、君が目を覚ますのを待っていたのじゃ。君がワムウくんを迎え撃つときに見せた、あの『金色に光る鳥』のようなものは何だね?」

突然、ツェペリがそう切り出した。
その言葉を聞いて、トニオはすっかり忘れていた『スタンド』についての講釈をはじめる。
ワムウも『スタンド』という未知の能力に興味を持ち、耳を傾ける。

トニオは自らのスタンド『パール・ジャム』を出現させ、能力を説明し始めた。
音石も、既に見られてしまったのだから仕方がないと『レッド・ホット・チリペッパー』の姿を見せる。
音石の方は能力を細かく説明したりはしなかった。

前置きも無く始まったこの会話の流れに、ダンはひどく焦っていた。
自分がツェペリに仕向けた『ラバーズ』がバレてしまうかもしれない。
しかしダンは、何故ツェペリはスタンドが見えるのか、という疑問も感じていた。
スタンドを持たない当のツェペリ、ワムウも同じ疑問を持っていた。

「ふむ、何故わしらにもその『スタンド』が見えるんじゃろうか? このバトル・ロワイアルというゲームが関係しているのか……?
やはり、まだまだわからんことだらけじゃのう……?
ところでダンくん、J・ガイルくん、もしかして君らもスタンド使いなのかね?」

ついに来た、この質問。ダンは……

「………いえ、私は何も…… しかし私の目にも『何故か』そのスタンドは見えるようです」

嘘を吐く。
使い方の難しい『ラバーズ』の本体であるからこそ、スタンド使いであることは隠しておきたい。
「スタンド使い」であるかどうか、その判断に使う最適のリトマス試験紙は、『スタンドが見えるかどうか』ということだった。
だが、ツェペリのような「非スタンド使い」にも何故かスタンドが見える。
そういうことならば、ダンは嘘を突き通すことが出来るかもしれない。
自分がスタンド使いであることをばらすことは御免だった。

「……俺はスタンド使いだ。能力は、まあ戦闘向きだと思ってもらってもいい。それ以上は話したくねェがな」

J・ガイルはダンとは違い、素直にスタンド使いであることを話す。
このあたりは、2人の性格と目的の違いが出た。

J・ガイルの目的はワムウに取り入ることだ。
無力な一般人であるとワムウに自己紹介すると、足手纏いだと切り捨てられる可能性もある。
実際、「戦闘向きのスタンド使い」であると話した時、ワムウは少し興味を持ったような笑みを見せた。
ツェペリが「どんな能力なのか見せてくれ」とさらに追求をするが、J・ガイルは口を割らない。

スタンド使いにとって、スタンドが他人にバレることは不利でしかない。
そしてこのメンバーたちと仲間であり続けるために、自衛のため能力は黙っていたいと申し出た。
自分の能力について話したくない音石明も、J・ガイルの意見に同調する。
いかにも、もっともらしい理由。
そして半分以上は事実であった。

スタンドの講釈を一通り終え、ツェペリは次の議題を切り出した。

「ところで、この放置されていたデイパックについてなんじゃが……」




【Scene.10 役者が揃って……】

   am3:26 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~


(なんだ、こいつらまだ気がついていないのか………)

目を覚ました音石が5人の人間の顔を見比べた時、初めにそう思った。
この短時間で参加者間の時代の差に気がついた人間は少ないだろう。
なるほど、ツェペリらの持つ情報と推察力、戦闘力はなかなかのものだろうが、どこか抜けている。

ツェペリは202号室に放置されていたデイパックの持ち主を、いまだに探していた。
気絶していた音石明も自分のデイパックを所持していた。
結局、彼も持ち主ではなかったのだ。

だがこの音石は、このデイパックの持ち主が誰なのか知っていた。
そしてその持ち主が、今どこにいるのかも。

『スタンド』で全てを見ていたからだ。
だが、直接彼らにそのことを話すことはない。
スタンド能力の秘密はできるだけ隠しておきたい。

だいたい持ち主を探しているのならば、なぜデイパックの中身を確認しないのだ。


「………ツェペリさん。持ち主のことがわかるかもしれません。とりあえず、デイパックの中身を検めてみませんか?」
「ふむ、確かにそうじゃのう」

音石にそれとなく促され、持ち主不明のデイパックの中を調べてみることにした。
ツェペリは、開いたデイパックの中から開封されていない支給品の紙を3枚見つけた。

「ふむ、この持ち主の彼は支給品3つのようじゃな。持ち主不在で勝手に開けるのは忍びないが、ひとつ開けさせてもらおうか。」

ツェペリは1枚の紙を取り出し、開いてみる。
中から飛び出したのは――――――

「ふむ、拳銃じゃな」

(な……なに?)

「わしなんかティーカップセットだけじゃったのにな。まともな武器が配布されることもあるんじゃあないか」

(拳銃…… こんどこそ『本物』の拳銃じゃあねえか………)

「しかし、こんな武器が支給品だったとしたら、荷物を置いて逃げるのは余計におかしな話じゃな」
「ツェ…… ツェペリさん! その拳銃、私に使わせてくれませんか?」

まっさきにそう切り出したのはスティーリー・ダンだった。

「ほら見てください! 私も支給品は『3つ』でしたが、内容は散々なものだったんですよ!」

ダンは自分のデイパックから支給品を取り出す。
中から出てきたのはブーメラン、おもちゃのダーツセット、そして一見本物にも見えるおもちゃの拳銃だった。
その無人のデイパックと同じ、3つも支給品を貰っていたにもかかわらず全て外れだった。
そうやって自分の運の無さと無力さをアピールする事で、ダンは拳銃という強力な武器を譲ってもらいたかった。

「ねえ、いいでしょう? トニオさんもJ・ガイルさんも音石くんも『スタンド』を持っている。
ツェペリさんやワムウさんだってお強いでしょう。 私だけ無力なんて不公平じゃあないか!?
誰も持ち主がいないのならば、私が持っていても構わないでしょう!?」
「ふうん、そうじゃのう……」

必死に懇願するダン。
ツェペリはこのダンを信用して拳銃を渡してしまっていいものか、と思案しながら2つ目の支給品を開封する。
出てきたのは瓶入りのウイスキーだった。
さすがに酔っ払うわけにもいかないし拳銃ほどの当たりではなかったが、傷の消毒に使えるし火炎瓶としても使える。
ダンの支給品と比べても、全くのハズレというわけでもないだろう。

最後に3つ目の紙を開封した。
中から飛び出したのは――――

(はあ…… はあ…… み、見つかった………)

色黒の若い少年だった。
秘密を知っていた音石以外の全員が唖然としている。
ワムウでさえも驚きを隠せない様子だ。

「………なんとまあ。もしかしてお主がこのデイパックの持ち主か?」

あの時ツェペリに声をかけられ、咄嗟に自らのスタンド『エニグマ』で自分自身を紙に変え自分のデイパックに隠れ潜んでいた。
紙になった彼の体は他の支給品と同様、開けば元に戻る。
持ち主不在かと思われていたデイパックにずっと隠れ潜んでいたエニグマの少年。
宮本輝之輔がついに6人の前に姿を現した。


これで7人、役者は揃った。




【Scene.11 崩壊への兆し】

   am3:40 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~


「宮本くん……といったな。別にわしらは君をどうこうするつもりはない。安心してくれ」
「そうデス。そこで話を聞いていたなら知っているでショウ? 私たちはみな仲間なんですよ。安心してください」

宮本は怯えて隠れていただけだ。
ツェペリは彼を安心させるため声をかける。
トニオもそれに続いた。

だが、他の4人は宮本に対してひとつの不信感を抱いていた。
その中でももっとも宮本を恐怖させていたワムウが、真っ先に切り出す。

「ツェペリ! そのミヤモトという小僧のスタンド、このゲームの主催者と関係あるのではないのか!?」
「ひいッ」

怒気を込めたワムウの言葉に、宮本は両目をつぶって恐怖する。
宮本のスタンドは人や物を紙にして持ち歩くことができる能力。
これは、ワムウらにばらまかれている支給品の配布方法と同じなのだ。
宮本が主催者側に関わっている人間なのではないか、と考えるのはいたって自然な流れだ。

「知らねえ! 僕が一番わかんないんだよ! なんで支給品が僕の能力で紙になってるんだよ!?
なんで僕がこんな目に合わないといけないんだよォ!? 助けてください! 僕は死にたくない!」
「ワムウくん、結論を急ぐな! 彼は怯えているだけだ! 怖がらせるようなことを言うんじゃあない!!」

ツェペリの説得にワムウは「まあいい」とだけ応え、再び腕を組んで壁にもたれかかる。
納得したわけでもないが、ワムウにしても結論を急ぐことはない。
だが、この宮本が主催者につながる何か秘密を持っている可能性は大いにある。

これは「時代の差」や「スタンド能力」、そして「ツェペリ」以上にいい収穫をしたかもしれない、とワムウは笑う。


「ダンくん、すまないがこの拳銃は宮本くんに返すぞ。彼は怖がっているし、元々は彼に支給されたものだ。納得してくれよ」
(納得いかねェ――――!)

自分の支給品を全部見せてしまったのは、何がなんでも拳銃を手に入れたかったからだ。
持ち主がいない支給品ならば、交渉次第で手に入れられるんじゃあないか?
そう考えたが、まさか本人が中から出てくるとは思わなかった。
いや、今更持ち主が現れるとは思ってもみなかった。
計算外もいいところだ。

「ダンさん、ワタシの支給品を使ってクダサイ。私には武器は必要ありませんカラ」

ダンの様子を見て、トニオが自分の支給品を手渡す。
トニオの支給品は小さな折りたたみナイフと十字架のネックレスの2つであった。
ダンは折りたたみナイフという武器らしい武器をようやく手に入れたが、拳銃と比べて随分グレードが下がってしまった。
やはりダンは納得いかない。

そしてダンの提案で、一行は全員に配布された支給品をそれぞれ確認し合うことにした。
ワムウは興味なさげにデイパックを放り投げ、傍観し始めた。

ツェペリが中を検める。
ワムウの支給品はボクシングのグローブとエレキギターだった。
それを見たとき、音石が自分のエレキギターであると主張した。
ワムウも特に興味を示さず、エレキギターは音石自身が所持することとなった。

(ヒヒヒやったぜ! このギターさえあれば百人力だッ! 理屈はねェが、こいつを手にした俺は誰にも負ける気がしねェぜ!)

ギターさえ手に入れれば支給品の確認にも興味を失ったのか、音石は自分のデイパックをツェペリに渡し、ギターを愛で始めた。
しかたなくツェペリらは音石の支給品も確かめる。
既に開封済みだった音石の支給品は、少年ジャンプと缶ビールだった。
確かにこれでは本人が興味を失ってしまっていても仕方がない。
音石の支給品もスティーリー・ダンと大差のないハズレ支給品だった。

そして最後にJ・ガイルの支給品。
J・ガイルがデイパックから取り出したのは、大型のアーミーナイフ、そして会場全体の地下地図であった。
実はこれ、元々は空条ホリィの支給品であり、J・ガイルものではない。
J・ガイルの元々の支給品はバイクと包丁。
バイクはホテル付近の建物に隠してあり、包丁も捨ててきたのだ。

ワムウに取り入るに当たり、今しがた殺人を終えたばかりの血まみれの包丁を持ち歩いては印象が良くない。
それに、より戦闘に向いているアーミーナイフを手に入れた以上、包丁は用済みだった。

そして何よりも全員の注目を浴びたのが地下地図である。
ただでさえ広大なゲーム会場であるにもかかわらず、これほどまでに巨大な地下迷宮が存在しているとは。

ワムウにとっては特に朗報であり、そして凶報でもあった。
柱の男として日中の活動範囲が増えたことは幸いだったが、現在地の地下から繋がっている施設が問題だった。

『カーズのアジト』。

カーズがゲームに参加している可能性が高くなったように感じられた。
カーズの名を冠する施設が堂々と存在しているという事実も。
そして、できるかぎり再会したくはないカーズのアジトが、自分の現在地のすぐ近くだったということもだ。

ツェペリ、トニオ、ダン、そして宮本らが順番に地下地図の確認をする。
大まかな地下の地形、どの施設が地下とつながっているか、地下施設の名称などを交代で自分の地図に記していく。
ワムウだけは地図を軽く見ただけですべて暗記してしまったようだ。



地図を見る順番を待つ間に、各自でホテル内の探索や休憩をおこなった。

ホテルから地下へ降りる階段も発見した。
ロビーの大階段の裏手の扉をあけると、隠し階段とつながっていた。
他に地下につながる通路は無いようだ。

トニオが支給品のパンを『パール・ジャム』で加工し、いまだ恐怖の抜けない宮本に振舞ったりもしていた。


そして数十分が過ぎ、現在得られる情報交換は終了したように思えた。
ここで一度、それぞれに配布された支給品をまとめておく。

ツェペリ:ウェッジウッドのティーカップセット
トニオ:家出少女のジャックナイフ、スティクス神父の十字架
ダン:ブーメラン、ダーツセット、おもちゃの拳銃
J・ガイル:コンビニ強盗のアーミーナイフ、地下地図
宮本:コルト・パイソン(回転式拳銃)、重ちーのウイスキー
音石:少年ジャンプ、缶ビール
ワムウ:ボクシンググローブ、エレキギター

情報交換、ホテル内の探索、地下地図の確認が完了。
全員で今後の方針を決めるため、ツェペリがロビーの大階段前で仲間たちに集合をかけた。



この不安定な同盟は、このときから崩壊を始めることとなる。


「あれ? 音石サンはどこへ行きましたカ?」

いつの間にか、音石明が忽然と姿を消していた。





【Scene.12 謎の遺体】

   am4:15 ~サンモリッツ廃ホテル周辺 路上~

研究所を後にしたジャイロは、地図に記された施設の中でも近くにあったサンモリッツ廃ホテルを目的地に選んだ。
まっすぐホテルに向かおうかと思っていたジャイロだったが、目的地へと続く路上に違和感を発見した。
舗装された街道に飛び散る黒い染みが、懐中電灯の明かりに照らされる。
医学に携わるジャイロにはそれが何なのかはっきりとわかった。

血痕だ。

そしてジャイロは、近くに民家の窓ガラスが割られ、侵入されていた痕跡を発見する。
中を覗き込むと、血痕は室内のクローゼットまで続いていた。
室内に侵入したジャイロは覚悟を決め、クローゼットの扉を開く。

「なんてこった………」

ジャイロの想像通り、クローゼットの中からは人間の遺体が発見された。



【Scene.13 サンモリッツ廃ホテル 殺人事件】

   am4:23 ~サンモリッツ廃ホテル1階 大階段前ロビー~



急造りの同盟など、崩壊するのは一瞬である。



「音石くん! どこへ行ったのじゃ!」


突如姿を消した音石を、ツェペリと宮本、トニオとダンの4人が二手に分かれて捜索するも、見つからない。
といっても、本気で音石の心配をしているのはツェペリとトニオの2人だけだ。
宮本は恐怖心からツェペリと共に行動しているだけであり、ダンはツェペリに協力しているように見せたいだけだ。
ワムウとJ・ガイルは一応、入口の見張りを任されたが、正直音石明に対する興味は失せていた。
そしてJ・ガイルはワムウに取り入るため、共にいるだけだった。

「だめじゃ、見つからん。波紋のレーダーにも反応せん。どこへ行ってしまったのじゃ?」


ツェペリたちが再びロビーに集合する。
音石を発見することは出来なかった。
そもそも、音石がいついなくなったとかもわからない。
誰が最後に音石を見たのかもわからない。

情報交換が終盤に差し掛かったころ、彼らは個人個人が自由に動きすぎていた。


「けっ、逃げたんじゃあねえのか? 俺たちといることが不安になってよォ……
勝手にいなくなった奴のことなんかほっとけよ」

「私もJ・ガイルさんの意見に賛成です。彼一人の勝手な行動のために時間を費やすことは愚かだと思います」

「ちょっと待ってくれ! J・ガイルくん、ダンくん! それならば、この放置されたエレキギターという楽器はどう説明する?
音石くんはこの楽器を大切にしている様子じゃった! これを置いて一人でどこかへ行くということは妙じゃぞ!」


しびれを切らし始めた2人を宥めながら、ツェペリは出入口のそばの壁際で腕を組んだまま黙っているワムウの顔色を伺った。

「このホテルにおれたち6人以外の気配は感じられない。かと言って、外に出たことも考えられん。
おれは始めからここを動いていない」

ワムウが端的に告げる。
このロビーに移動してきて以来、ワムウは正面入口のそばを動いてはいなかった。
このホテルは正面入口以外の窓や扉は全て封鎖されていて、破壊しない限り外に出ることは出来ない。
4人で手分けして調査したが、破壊された出入口は確認できなかった。

そしてワムウの気配を探る能力の信頼性はツェペリの波紋以上に確かだ。
この建物の中に、人間の形をした生き物は6人しか確認できない。
地下へ逃れたのではないかという可能性も考えられたが、やはりエレキギターを残して行く理由が存在しない。
そして、音石はJ・ガイルの地下地図を確認していない。


ここでJ・ガイルが、新たな可能性を提示する。

「オイ、宮本。人間ひとりの気配が居なくなる……。 おめえがデイパックの中に隠れていた時に似ているよなァ?
おめえが音石を紙にして、隠し持ってるんじゃあねえよなあ?」
「ち、違うッ!」


J・ガイルが宮本に詰め寄り、宮本は怯えてトニオの後ろに隠れてしまった。
だが、トニオも宮本にわずかながら疑念を抱いていた。
このJ・ガイルの考えは、ここにいる誰もが考えた可能性の一つだったからだ。

「まあ待てJ・ガイルくん、落ち着くんじゃ」
「この中で人一人の姿を消してしまえるのはその宮本だけだ。それとも、あんたもグルか? ツェペリさんよ?」
「とにかく、落ち着けJ・ガイル! ここで仲間割れになればそれこそゲーム主催者の思うつぼじゃぞ!」
「うるせえ!!」

しつこく詰め寄るJ・ガイルと、怒気を露わにするツェペリ。
宮本は相変わらず怯えている。トニオは宮本を宥め、ダンは傍観に回っている。
そしてワムウが何を考えているのか、誰にもわからなかった。

「……そういや、ツェペリさんよ。俺たちの支給品は全員2つ以上あったんだが、おめえだけはそのティーカップだけだったようだな?
本当にそれだけなのか? まだ何か隠し持ってるんじゃあないだろうな?
そういえば、あんただけデイパックの中身を開けて見せていないはずだぜ」

「それはわしがとっくに中身を確認し終えていたからじゃ! 他意はない!」

「いいから見せてみやがれッ!!」



J・ガイルがツェペリのデイパックを強引にひったくる。
そしておもむろにそのデイパックの口を開いた。
その瞬間、デイパックの体積をはるかに超える巨大な物体が外に飛び出した。



「何ィ?」
「なんじゃとォ!?」
「ツェ…… ツェペリサンッ!?」
「オイオイ、マジかよ……!」
「……………」
「うわああああああああああッッ!!!」






それは惨劇の幕開けだった。
手品師の見せるイリュージョンのように飛び出した音石明の遺体は、壊れたマリオネットのように力なく倒れ伏せた。
胸に突き立てられた短剣さえなければ生きている人間と変わらない。
天を仰ぎ硬直している彼の表情は、自分が一瞬のうちに殺されてしまったことすら理解していなかった。
この地獄のような光景を目の前に、男たちは驚愕するしかなかった。








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最終更新:2012年03月22日 23:08