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【Side 空条承太郎】

「会場全体を、禁止エリアに……!?」

放送が終わるなり、エルメェスが歯を軋らせる。
放送は、過去のそれと比べて情報量が多かった。
多ければいいというものでもなく、考えが整理できないまま、思い思いの感想を口にしだす。

「それだけじゃあねえ……ヴァレンタインの奴、カーズの居場所を明かしやがった!」

アナスイも同様に、戦意を昂らせるように言い放つ。
突如追加されたタイムリミットも相まって、目下の最重要人物の動向に注目するのは、致し方ないこと。

「落ち着け」

承太郎の一声で、しんと静まり返る一行。
呼吸を挟む間をおいて、元々放送を聞き逃すまいとしていた目的を、当初の目的を振り返る。

「アナスイ」
「わかってますよ。見ての通り、おれは生きている……なのに、放送で名を呼ばれた」
「だな。アナスイの首輪は機能を停止しているとみていい」

放送内容は、死亡判定の誤認があったことを示していた。
『残り人数は20人を切った』との発言もあり、アナスイが死亡者として扱われているのは明らか。

「映像による監視はない、ってことですか?」
「この際、どちらでも関係がなさそうだ。どうやら大統領は、決着を焦っているみてーだしな。
 カーズが本当に誰かと結託して脱出を目論んでいるなら、わざわざあんなことは言わない。
 参加者が集まって首輪を解除、なんてことがあれば……大統領にとって不利なだけだ」

康一の質問に、承太郎は明確な見解を出せなかった。
承太郎もまた、大統領の暴挙に意図を見出せないでいたのだ。
大統領は決着を焦っている、という推測はできても、その背景が読み取れない。
状況が切迫しているなか、下手な考えは休むに似たり、答えが出ないならなおさらだ。
今は早急な行動こそが求められている。

「カーズの元へ向かうのかい?」

エルメェスが車のキーを承太郎に渡しつつ、問う。

「それなんだが……あっちの方角から『声』がするんだ」
「声?」

東を指した承太郎の指先を、康一が眺める。
音を操る『エコーズ』とて、遠くの音を聞き分けるほどの聴覚は有していなかった。
だが承太郎は、卓越した感覚を持つ『スター・プラチナ』を有する。
殺し合い開幕直後、地図にして1エリア以上離れての、康一の避難勧告を聞き取ったという実体験もある。

「カーズがどうとか……細かい内容が聞き取れないが」
「罠だってことを、伝えようとしてるんでしょうか?」

カーズの動向が益を生むと信じがたい一行からすれば、康一の意見はそれらしく聞こえる。
かつて康一が置かれた状況の再現であれば、今度こそ声の主を救い上げたいところだろう。

「承太郎さんの聞いた『声』そのものが罠、って可能性もあるが」

アナスイが一拍おいて意見具申する。

「遠巻きに観察して、奇襲を受けそうならDIOに対処してもらえばいい」

承太郎は運転席の扉を開けながら言い、ちらと車のボンネットを見やる。
逃走手段がある。闘争手段も、先手を打てる。
アナスイの指摘はもっともだが、罠が待ち構えていたとして一枚上手に立てると、承太郎は判断したのだ。

「助けを求める声なら……放っておけないしな」

ジョナサンも、我先にと車に向かう。
DIOの力を振るうことに躊躇いはないし、自分も先導に立つという意志を込めての動き。
率いられるように一同、車に向かうかと思いきや。

「ちょっとだけいい? 死者が出なければ、全域が禁止エリアになるって話」

放送後でさえ沈黙を保っていたシーラEが急に口を開いたことで、皆の乗車が遮られた。
控えめに手を挙げて、言葉を続ける。

「いざとなったらって話だけど……最初に私を切り捨てて。
 というか、私から切り捨てる。
 ジョルノ様の無事が確認できた今……この命を投げ打つ準備は、とうにできている」

澄んだ声で言ってのけたシーラE。
ジョルノ・ジョバァーナとの邂逅を切望していた彼女でも、熱のない言葉だった。
命を投げ打つ。何の執着も躊躇いもなく、それが役目だとばかりに言ってのけた。
覚悟ではなく摂理。命の在りよう、人生のスタンスの話。
康一と歳は離れていないのに、生きている世界は交わることなく、もはや根本から違っていた。
ともに過ごした時間が短いから分かり合えなかった、とかではなく、シーラEは『そういう風にできている』。
自身の危うさを顧みる機会が、本来の歴史であれば与えられたはずなのに。

「そんなこと、言わないでください」

康一の言葉は、呟きのような、祈りのような紡がれ方で。
もしかしたら届かないんじゃあないか、響いていないんじゃあないかという頼りなさ。
届かないからこその祈りだった。

シーラEは無言で、自動車のトランクを開ける。
それから皆が乗車するまでの間、誰も言葉を交わさなかった。

 ★


『ムーロロ、聞こえるか?』
「……ディエゴ、か?」

『オール・アロング・ウォッチタワー』は、本体ムーロロと視聴覚を共有する。
そのため、トランプ越しに声を伝達することは造作もない。
電話機やトランシーバーのように声をそのまま、とはいかないが、タイムラグはないに等しい。
スタンドを通しての念話なので、腹部に異常をきたしても履行可能。
放送が終わって間もなく、ディエゴの声を伝えるため、ムーロロのトランプの一枚が舞うように立ち上がった。

「何の用……」
『傑作だとは思わないか、ムーロロ?』

トランプは生やした両手を大きく広げ、舞台役者のように胸を張った姿勢をとる。
『オール・アロング・ウォッチタワー』は、スタンド能力を誤認させるために小芝居を演じさせることがある。
意図して演じさせているだけであって、今はディエゴの言葉をそのまま伝えているはず。
はずなのに、トランプが発する声は小憎たらしく芝居がかっていた。

『会場全体が禁止エリアになりかねない危機感。
 迫るタイムリミット。
 そこで最大級の危険人物、カーズの居場所を大公開。
 こりゃスゴい! お前さんの望んでいた『カーズ討伐同盟』はお前さんが頑張るまでもなく、自然結成されること請け合いだ』

トランプは純粋にディエゴの発話を再現した結果、嫌味ったらしい口調で喋っているようだった。
何が言いたい? と聞き返すことのないムーロロ。黙ったまま、言われるがまま。

『何の用だ、だと? ふざけるのも大概にしろよ。
 放送までに来い、と言ったよな? 会場の中央……先行して、恐竜化したトランプを向かわせたが、反応なしと来た』

芝居口調は、いつの間にか解けていた。

『指示したくせに出迎え無しとは、いいご身分だな。恐竜はついさっき帰還させた。
 いや……今その恐竜トランプを通して話してるんだ、わざわざ説明するまでもなかったな』

集合場所に一切の人影無し。
ディエゴ視点、交渉成立に見せかけて罠を仕掛けた、と悲観的観測もできる。
しかしディエゴの見解は、もっと悲観的でありつつ、芯を食っていた。

『ダンマリか……黙ったままなら、何があったか当ててやろうか?
 交渉は決裂したんだろ?
 ジョルノの反撃を受けてスタンド操作が雑になったから、おれを監視していたお前のトランプはセッコの泥に足を取られた、違うか?』

ムーロロは、集合の伝令役とは別に監視用のトランプをディエゴにつけていた。
しかしムーロロは『遺体の脊椎』による跳躍後、精神・肉体が健常でなかったために、スタンド操作が一時的に煩雑になった。
そこで同時間帯にジョニィ・セッコの戦闘があったので、ディエゴを見張るトランプが液状化に巻き込まれてしまったのだ。
ジョルノとの交渉に出向き、『話がまとまった』と宣言後に、スタンドの異変――ディエゴからして、ムーロロに不測の事態があったと見るのは当然。
交渉決裂とまで言い切ったのは、状況証拠から見た予想、ハッタリ。
ハッタリだが、ムーロロからの反論がないようでは、正解と教えているようなもの。

「お前……わざと巻き込んだだろう……!」
『おっ、やっと口を開いたな。だが返す言葉はそれでいいのか? もう少し考えてからものを言ったらどうだ?』

ムーロロの怒りを一顧だにせず、トランプは軽い口調でディエゴの主張を代弁する。

『おれは親切だからなあ、わざとかどうか答えてやるよ……ありゃあ『事故』さ、セッコの暴走から何まで、な。
 結果的に得る物があったから良しとしたが。
 話を戻すが、結局お前は交渉決裂の報告をしないまま、虚偽の情報でおれを惑わせた。言い訳できるならしてみせろ。
 いや……やっぱりやめておこう、何も言うな。もう弁明する気もないと見た』

ディエゴが意図的に監視トランプを沈めたか、本当に事故だったのか――大した違いはない。
ディエゴはムーロロの異変を看破した、ムーロロは自身の異変を報告・連絡・相談いずれもしなかった。
ビジネスライクな付き合いと言いつつ、付き合ううえで必要な最低限の信頼さえ、ムーロロは損なった――他ならぬムーロロ自身の手で。
ディエゴ視点、ムーロロは恥知らずの裏切り者。

『殺し合い開始から今の今まで、進行役(ディーラー)は大統領だった。
 ゲームの支配者気取ってたお前はとんだ道化、いやそれどころか、蚊帳の外なのさ』

ここぞとばかりに、ディエゴがトランプ越しに畳みかけてくる。
ムーロロが思い起こすのは、ジョルノに重い一撃を食らい、壁に叩きつけられた屈辱。
スポットライトが当たらないまま、みじめに倒れ伏す自分の姿。

『おれとお前の違いは、あのDIOと明確に組んだかどうか、だ』

ムーロロが結んだ関係性は薄く、広い。
なればこそ、広く恨みを買っている。
DIOとの関係にしても、ディエゴはビジネスライクなお付き合い、ムーロロは手広くやってきた。
手広くやって買った恨み、耳を揃えてツケを払う順番が回ってきただけの話。

『ご存じポーカー……古くからの格言があるだろう?
 『周りを見渡してカモがいないのなら、誰がカモなのか明白である』。
 これ以上の説明が要るか?』

文脈からして、カモ=ムーロロ なのは自明。
ムーロロは察する――ディエゴは、自分を売るつもりだ、と。
恐竜化したトランプを一枚所有しているディエゴは、他参加者とともにムーロロを探索できる立場にある。
ジョルノ・ジョバァーナの能力なんて、うってつけだ。

ムーロロにヘイトを集中させようにも、ディエゴもジョニィ・ジョースター越しに悪評は広まっているはず、簡単に信用は得られまい。
そんな、秒もかからず思いつきそうな反論さえ、ムーロロはしなかった。
他人の粗探しより重要なのは、ムーロロが置かれた状況。
ディエゴはムーロロに見切りをつけた、という覆しようのない事実。
つまりは都合よく利用できる味方も、隠れてやり過ごす逃げ場もないということ。

(復讐は……何よりも優先して果たされなきゃあならねえ)

カーズの討伐同盟――と言えるほどの連帯感があるかは別にして――おそらく自然結成すると、ムーロロは見立てている。
ディエゴも同一の見解であると、先ほど皮肉交じりに語っていた。
ただしディエゴは、マンハッタントリニティ教会に割って入るほどの正義感もなければ、勝算も持っていない。
ムーロロが付け入る隙は、まさしくその点にある。
目先の怒りや苛立ちを晴らすため、孤立無援の身であってなお、ムーロロはすべてを利用しようとする。

「ディエゴ」

たっぷりと。気まずさや苛立ちを抱えてしまいかねないほどにたっぷりと時間をかけた後。
ムーロロが口を開く。

「おれの持っている情報を全て渡す」
『そいつは大盤振る舞い……何を要求されるか、わかったもんじゃあないな』

ディエゴは急な手の平返しに苦笑して、一歩身を引いた様子だった。
信用を取り戻すために出し惜しみしないどころか媚びが見える姿勢はまるで、一発逆転を狙う借金まみれのギャンブラー。
有り金全てをbetしてまでムーロロが得たいものは。

『それで……おれにどうしてほしい? 飲み物でも欲しいのか?』
「これからおれがやることに、一切手出し口出しするな」

ムーロロが得たいものは、復讐者になる資格。
恥や外聞かなぐり捨てて、賭けに出る。

「おれに必要なのは……一世一代の大勝負だ」

 ★


「どどどどど、どうするシーザー!
 いいい、急がねえと、トリッシュだけじゃあねえ! おれたちまで!」

放送が終わってからというものの、ナランチャは慌てふためいている。
手足をせわしなく動かし、おどおど、わたわたといった擬態語が似合う振る舞い。
早い話がナランチャは、自分が何をすべきか見いだせていなかった。

「あれ……? でもカーズは徒党を組んで脱出を目論んでるって言ってたし、カーズは敵じゃあないのか……?
 トリッシュも、プロシュートとかいうのも生きてるみたいだし……おれもうわかんねぇ~~~ッ!」

やがて、ナランチャは両手で頭を搔きむしる。
しばらくやっても理路が整然としないので、やがて静まったものの。
今度はシーザーが、放送を振り返って新たな気付きを得る。

「ワムウが死んだ……? そうだ、解毒剤は!?」

シーザーは跳ねるように立ち上がり、落ち着き払っていた様相を異にする。

「おれの親友が体内に毒の指輪を仕込まれてて、その解毒剤がワムウの付けてるピアスの中に入ってる!
 はやくあいつに持ってってやらねえと、もうほとんど時間も残ってねえんだッ!!」
「解毒剤ィ? それって、ノートに書いてあるこれのことか?」

慌てふためくシーザーと対照的に、玉美があっけらかんと言ってのける。
玉美は、千帆のデイパックから取り出したであろうノートを開き、シーザーに見せつける。

『B-4 古代環状列石に、橋沢育朗の遺体。ワムウが消滅した跡に、解毒剤のピアス』

ノートの記載は、その一文で終わっていた。
慌ててノートを奪い取ったシーザー、頁をパラパラとめくって、記載を遡る。

「遺書……? にしてはピンポイント過ぎるな……。それに、顔写真付きの名簿と、筆跡が違う。
 ホチキス止めされてたり、ところどころ小説みたいな文字運びなのも気になるが……。
 おれの知ってるワムウと、ちゃんと身体的特徴が一致する」

千帆は小説の原案をノートにまとめていた。
小説の原案と言いつつ自身の生き様を、行動の軌跡を記した文字列だったが、最後の記載だけは違った。
吉良吉影の暗殺がうまくいかなかった時のための予防線として。
吉良吉影の暗殺がうまくいった後の行動指針を示す備忘録として。
現実を小説化するという信念を曲げてまで、メモ書きを残していたのだ。
加えて、ワムウの人となり、触れるだけで肉を食らう特徴を直前に記していた。
シーザー目線、『ワムウ=誇り高い戦士』という部分はピンと来ていない様子だが、シーザーはひとまず納得した。

「フフフ……トリッシュ様への貢献ポイント、+10ってところか」
「何基準のポイントだよ、それは」

ほくそ笑む玉美に、冷ややかな目線で応えるシーザー。
玉美に功績があったのは確かだが、下心丸出しのしたり顔が癪に障ったシーザーには、プラスマイナスゼロの評価に落ち着いてしまっていた。
宮本輝之輔がすっくと立ちあがる。

「その解毒剤……ぼくに捜索させてくれませんか? 幸い、B-4ならここから遠くない位置だ。
 それに正直、ぼくのスタンドは戦闘向きとは言い難い。
 放送じゃあカーズは脱出を狙ってるって言ってたけど、一度会った身としては、とてもじゃあないが信じられない……。
 カーズの元へ向かうのは気が引ける。万が一でも戦闘になるのは避けたいんだ」

宮本は、放送のせいで進められなかった本題を果たそうとする。
秘密裏に解毒剤を手に入れ、カーズの対処は任せる、が宮本にとってのベストと判断。
優先すべきは自分の命。死の結婚指輪の排除。
そのためになら、多少秘密事を抱えても構わなかった。
シーザーは腹積もりが決まっていたのだろう、宮本に静かにうなずいた。

「カーズの居場所は分かった。解毒剤も何とかなる。
 放送で挑発されたからと言って、カーズは拠点を変えるような真似はしないだろう。
 来るなら来い、迎え撃つ、って感じにな……。
 ありがとう、宮本。遺品の整理が終わったら、カーズの元へ向かわせてもらう」

シーザーは笑みを浮かべて言った。
先ほどのような焦燥感あふれる面相は影もなく、決意を込めての言葉だった。
波紋戦士の使命――本懐を遂げるための懸念事項は片付きつつあり、ようやく迷いのない歩を進めていけると、そんな確信を込めての言葉。
シーザーは、宮本以外の面々に顔を向ける。

「お前たちには強制しない。宮本と同行するもよし、逃げるもよし、だ」
「囚われのトリッシュ様を放置しておけるわけねえだろ」

玉美が即答。
カーズと戦う覚悟があるかはともかく、トリッシュへの忠義は確か。
だよな、とだけシーザーが答える。
残る一人と一匹、相変わらず頭を抱えているナランチャを保留として、シーザーは下方にいる仲間に視線を落とす。

「イギーは……ってどうした?」
「グルルルル……ガウ、ガウッ!」
「ひえっ」

突如イギーが、爪を研ぐ猫のように両前足で宮本のすねを引っ搔いた。
力を込めて爪を立てているわけではなく、何かを訴えかけるようなモーション。
首を上に向け吠え続ける犬の意図を、人間観察に長ける宮本は読みかねていた。

「どうした? ポケットが気になるのか?」

比較的付き合いの長いシーザーが、イギーの目線の先に注目した。
目線は宮本の右腰ポケットに向いている。
慌てて収納物を引きずり出す宮本。取り出したるは、5cm四辺に小さく折りたたまれた紙。

「紙……?」
「何でも紙にしまえるのがぼくのスタンド能力だ。
 ただ、その……細かい説明は省くが、生物相手だと事前準備なしじゃ条件を満たせない。
 この紙に包まれているのはほとんど死にかけの参加者で、緊急避難のために紙にした。今のままなら死ぬことはないよ」

宮本は能力の詳細も、紙にした経緯も明かせないので、簡潔な説明でごまかす。
解毒剤回収後に合流する可能性が高い相手なので、ヘタにウソをついて脚色するより、本当のことだけ言っておいた方が賢明だ。
宮本が解説する途中、いつの間にかイギーはおとなしく座っていた。
首は相変わらず上に向けられており、宮本が指先でつまんだ紙に向けられているのは明らか。

「この犬は、死にかけの参加者が発する、人間では感じ取れないにおいに反応したってところじゃあないかな」
「死にかけ……? おい、それって!」

会話に入り込めていなかったナランチャが、声を張り上げる。

「その参加者、どんな服装をしていた?」

シーザーもナランチャ同様、『死にかけの参加者』に覚えがあった。

「穴がぼこぼこに空いたスーツで」
「フーゴだ!」

宮本が説明を終えるのを待たず、ナランチャが食い気味に即答した。

「フーゴ! 無事だったんだな! いや、ほとんど死にかけってことは無事じゃあないのか?」
「そうか、突然姿が消えたから、誘拐されたもんだとばかり……。
 放送で名前を呼ばれなかったから無事とは思っていたが、一刻の猶予もない怪我だったから不思議だったんだ。
 よかった、本当に……!」

ナランチャもシーザーも、口々に歓喜の声を上げる。
宮本はそんな二人を前に、伏し目がちになっていた。

「混乱させて済まない……」
「いや、いいんだ。おかげで宮本、君のことをより信用して、解毒剤の回収を任せられる。
 この殺し合いの支給品が、君の能力が関わっているように見えても……きっと、何か理由がありそうだ」
「そこは、ぼくも本当によくわかってなくて……」

宮本の心持ちは悲喜こもごも。
解毒剤の在処を聞き出す交渉道具としても用無しになったフーゴを、助けたという体で無難に話題を合わせたら感謝された、というむずかゆさ。
それで終わればよかったのだが、支給品について謂れのない尋問を思い起こされては素直に喜べず。
支給品と宮本の関わりは、一日たっても解明できぬまま付きまとう。

「ぼくが持っていても仕方ないし、フーゴは君たちに譲るよ。治療できる参加者がいたら渡してくれ。
 紙を開けば、フーゴは出てくる。破いたら無事では済まないから、気を付けなよ。
 さて、B-4だったな。解毒剤は急いだほうがいいんだろ? 手に入れ次第、ぼくもマンハッタントリニティ教会に向かう。
 カーズと戦うつもりなら……幸運を祈るよ」
「ああ、そっちもな」

シーザーに紙を手渡すや否や、宮本は北方へ駆ける。
解毒剤が目当てだからというのもあるが、笑顔溢れるシーザー達の顔に向き合えなかったために。
どうしようもなく分かり合えない立場だと、見せつけられているようで。

(干からびた腕のことも気になるが、自分の命が最優先。ぼくは、ぼくさえ良ければいい)

カーズに従うでも、出し抜くでもなく、無難で堅実な安全策。
宮本はカーズの被害者、責められる謂れはないが、自分を優先してばかりでは誰も寄り添うこともなく。

アドリブで上っ面の言葉だけ繕っても、宮本輝之輔には真実を打ち明けられる『味方』など、誰一人いないのだ。

 ★

シーザー達が、宮本の背を遠くに眺めるころになってようやく。
デイパックに『フーゴと化した紙』をしまおうとしたシーザーの袖を、ナランチャが掴んだ。

「シーザー……。譲ってくれねえか?」
「……ナランチャ?」
「正直、カーズは怖え……。面と向かったら、戦うことはできないかもしれねぇ。
 だけどよ……きっと、ジョルノは来ると思うんだ。ジョルノになら、重症だっていうフーゴも治療できる!
 ブチャラティのチームとして、フーゴを渡す役目は誰かに任せるわけにいかねえ!」

ナランチャのカーズに対する畏怖の念、シーザーの説得があっても消えたわけではない。
だが、曲がりなりにもカーズの元へ向かう動機を、ナランチャは見出した。

「そういうことなら、任せたぞ」

シーザーは両掌で包み込むように丁重に、紙をナランチャに渡す。
ナランチャが紙をポケットにしまい込むさまを見届けたシーザーは、足元に視線を移す。
視線の先、イギーはシーザーの足元をゆったりと旋回し、まだかまだかと待ちかねている様子。

「イギー……。おれたちについてきてくれるのか。いや、お前はガム目当てか?」

しゃがんだシーザーは、板ガムを一枚イギーに差し出す。
ガムを見るや否やイギーは、前足後ろ足をきちんと揃え、『おすわり』の状態でガムを食む。
ちょっと前まで宮本に吠えてたのに現金な奴だ、とシーザーはクスリと笑った。

イギーの心境としては――

(ジョルノ……煙突頭か。それに、死にかけの穴ぼこスーツ。
 無事を見届けたいわけじゃあねえが、さっきの頼りない男より、こっちについてく方がマシだな。
 どのみちめんどくせえことに変わりねえんだよな……カーズとやらの相手は、他の誰かに盾になってもらうとするぜ)

――と、シーザーの推察通り内心に大義のようなものはなく、消去法で行先を決めていた。
放送の内容も、理解したうえで『カーズが首輪外してくれるならいいけど、ぜってー嘘だろ』程度。
面倒事が控えているからこそ、イギーは不本意ながら、コーヒーガムを箱ごと奪う暴挙に出なかった。
人間に媚びるのは御免被るが、従順なふりをしておけば庇護の恩恵に預かれる、という期待。
好物を前にしても打算で動くほどの危機感を、イギーもまた抱えていた。

「よし、準備を万全にしてとっととトリッシュ様の元へ向かうとしようぜ!」
「急に仕切りだしたな、玉美」
「あ? 文句あんのかよナンパ野郎」

ずっと宮本との会話に入れていなかった玉美が、忘れてもらっては困るとばかりに意志表明。
会話に入れなかったのも無理はない。フーゴに対する思い入れもなく、なーんかトリッシュと会話をすることが多かったという印象くらいしか持っていなかったため。
会話が多いと言っても両者は親密な関係ということはなく、もともと護衛対象だったのとフーゴ元来の物腰柔らかさから、円滑な情報交換ができたというだけ。
だけなのだが、区別がつかない玉美からしたら気に食わなかったのだろう。

「『エアロスミス』で近づくやつがいないか見ておくから、二人とも早く頼むぜ」

ともあれ、道具の分配は急務。
千帆の装備や支給品は放送前後でほとんど確認していた。
その中でも真っ先に目につく武器――千帆の拳銃と弾薬は、装備が心もとない玉美に渡ることに。
シーザーが放送前に手にした顔写真付き名簿や手紙、ノートはシーザーが受け持つこととなり。
使い道がありそうな応急手当セットや地下の地図は玉美が譲り受け、千帆分の分配は打ち切りとなった。
次は、地に伏す中年男性の遺品整理に。

「おっさんが背負っている、デカい機械はなんなんだ?」
「紫外線照射装置……おれの知っているものと違うが、ライトの形状からしておそらくそうだろう。
 だが、壊れていて使い物にならない。カーズ相手にも有効だろうに惜しいが、仕方ないな」

照射装置はナチスとスピードワゴン財団の科学力が結集した成果物。
シーザーは実物を見たことはないが、シュトロハイムの眼球に装備された装置を見ており、似通った形状から同一規格だと推理した。
照射部のライトが割れていてはお荷物なので、放置することに。

「……?」

シーザーは中年男性のデイパックを漁る前に、死体の胸元が気になり、右腕を下に横向けにする。
一輪の薔薇が、胸に添えられていた。
体重をかけられていただろうに優美な花弁を保ったままで、しかしラフな服装のワンポイントとしてはキザったらしく、どこか浮いている。
すっと薔薇を抜き取ったシーザーは、感嘆の声を漏らす。

「何だ、この薔薇は……。波紋が込められているのはわかるが、触れても流れ出る気配がない」

通常、薔薇における樹液のように水分を含む物質であれば、手を放しても波紋を残留させられる。
ただしそれも一時的なもので、生物非生物問わず、触れてしまえば放出される。
支給品の薔薇は、そんな波紋の原理原則から外れた存在だった。
鋭く尖った茎の先端に軽く触れるシーザー。
微弱な痺れを感じ、薔薇の仕様を瞬時に理解した。

「茎から突き刺した時だけ流れる仕組み……。おれたちの波紋法は、そんなこともできるのか。
 原理がよくわからんが、この薔薇に波紋を込めた人は、相当な使い手のようだな」

弱い波紋だったので武器として有効かわからないが、シーザーも胸元に挿しておくことに。
玉美がケッとからかうような声を上げたが、シーザーは無視を決め込む。
更にデイパックを漁ると、メモ書きのような紙が。

「『ジョニイ・ジョースターに渡せ。彼だけが使える』……。ジョニイ……どこかで聞いたような」
「ジョニィなら会ったことあるぜ!」
「ああ、そうだったなナランチャ。おれは知らないが君らは会ってるんだった」

シーザーとトリッシュの邂逅後、二人は互いの経緯を話し合った。
その中で出たジョニィ・ジョースターの名前。
トリッシュから伝え聞いたジョナサンの話では、ジョセフの親族ではなさそうとのことで、シーザーには人物像がいまいちつかめていない。
ともあれ、肝心のジョニィが行方知れずとあっては配達しようもない。

「会った時に渡すか。ジョニィにしか使えないみたいだし、中身がわからないのも怖いしな。
 サイズによっちゃあ、お荷物になっちまう」

開封しない以上は誰が持っても不公平感はないということで、シーザーが所持することに。
以降のデイパック調査は、大きな旨味が無かった。
特筆すべきことと言えば、中年男性のデイパックを漁っているうちに女性の右手首が出てきて、玉美が大騒ぎするトラブルを経たくらい。
殺人鬼の残酷な趣味の一環、千帆が狙われた理由としてシーザーは片付けた。
出てきた物品は食料品等の共通の支給品を除けば、既に玉美が持っている地下の地図と、ボールペンに爪切りのみ。
言ってしまえばガラクタだったので放置することとなった。
少年が持っていた自動拳銃は、玉美は銃を装備済み、ナランチャはスタンドで射撃可能なため、シーザーが拝借。
一通り荷物の確認は済んだが、放置されている武器は、最後に一つだけあった。

「ウエェ~~~~ッ、その剣……ぬ、抜き取るのかよォ~~~~~~ッ!」
「……刺さったままでは、可哀そうだしな」

いくら殺人鬼とて死後の尊厳は守られるべきだろうと、シーザーは死体に刺さった刀身を引き抜く。
透き通るように抜かれた太刀は、血糊を寄せ付けることなく、輝きを保つ。
一級の芸術品として見とれる間もなく――シーザーは叫びを聞いた。

『クソ―――ッ! あのガキ、オレ様のことを雑に扱いやがってッ! しまいにゃ叩き折られるしよぉ―――ッ!
 時間が経っても、メチャ許せねえぜッ!』
「うわっ!」

カランと音を立てて、刀身が石畳に落ちた。
シーザーは目をぱちくりさせながら、恐る恐る、再度つまむように刃物を拾い上げる。

『た、頼むよォーッ 拾ってくれェーッ! 急に叫んだのは悪かった! もう孤独は沢山なんだァー!』
「こ、この刀が、喋っているのか……?」
『あ、拾ってくれた? そう、オレ様はこの刀の作り手、そのスタンドが宿って生き続ける、刀のスタンド『アヌビス神』!
 このスタンドの使い方、知りたいか? 知りたいよなァ~ッ?
 単なる刀と思うなかれ! その無限の力を知りたければとっととオレ様に従って
 うわ投げようとしないでヤメテェーッ!!!』

あまりにも偉そうでイラついたので、つい。
そう、シーザーはついつい遥か彼方に刀身を投げようと、大きく振りかぶっていた。

「いいから教えろよ」

急いでいるんだから早くしてくれ、という文句を喉元で抑え、シーザーは振りかぶった姿勢を正して尋ねる。

『え~~~、コホン。オレ様の能力は2つ(ホントは3つだが)!
 『物体をすり抜けて攻撃が出来る』! そして、『相手の攻撃を『覚えて』強化出来る』!』
「強化したところで、叩き折られたんじゃあ世話ないな」
『う、……うるせぇ―――! あのガキが突き刺したまま放置するから叩き折られたんであって、普通に切りつける分には絶ェェェーッ対に負けない自信があるッ!』
「自己申告かよ」
『だぁぁ――――――やかましぃッ! とにかくオレ様を存分にふるってみろ! 持ち手はなくなったが切れ味は保証するぜ!
 そうだ、何ならそこのガキを試し切りしてみたらどうだ? 服を透過して胴だけを真っ二つにしてやろう!
 ……お、そうそう、抜き身だと危ないから鞘に納めましてぇ、そしたらカバンにしまい込んでぇー……、ってコラ―――――――――ッ!』

スチャ、と小気味いい音を立て、『アヌビス神』の刀身が近場にあった鞘に納刀された。
納刀を終えたシーザーは、肩を落として大きくため息を吐く。

「どうしたんだよシーザー、誰と話してたんだ?」
「えぇ……今の声、お前たちには聞こえなかったのか? 持ってる奴にだけ聞こえるのか?」

鞘を見つめながら、げんなりした表情でシーザーが嘆く。
ナランチャも玉美も、何のことだかさっぱり、と返すだけで、シーザーが無駄に疲弊しただけのやり取りだった。

「刀、しかも刃部分だけか……。
 おれは得物を握ったままでは、得意のシャボン戦法ができない。
 それに三人とも距離を置いた攻撃手段を持っているから、いまさら剣を持ったところで、だ。
 イギーに咥えさせる、なんて器用な真似できるはずもなし。何の役に立つかわからんな……」

シーザーは、しかし、台詞に反して鞘をデイパックからはみ出させるまま、しまい込む。

「だが、放置しないでって懇願されちゃあ、あまりにもカワイソーだからな。
 それに……スタンド使いでないおれだからこそ、使い道があるかもしれない」

シーザーは生粋の波紋使い。スタンド使いとの戦闘経験はあっても、経験則が通用するものではない。
だからこそシーザーは確信めいて思う――『経験則が通用しない』は、カーズも事情が同じはずだ、と。
波紋の一族と認識されていれば、なおさら『武器型のスタンド』で不意の一撃を入れるチャンスがあるのではないか、と。
『アヌビス神』の泣き言はこの際、無視するとして。

「持ち手の方は……何もなし、か」

少年の傍らに転がっていた、折れた刀のグリップ部分。
握った途端にまた置いていかないでくれと泣き言聞かされた日にはどうしていただろう、と、シーザーは再度大きくため息を吐く。
先ほどとは違い、安堵のため息だった。

「支給品の整理は終えた。あとは馬だが……」

カーズ離脱直後の千帆の捜索は、距離が離れていないであろう事情を踏まえて、小回りの利く徒歩を選んだ。
シルバー・バレットは近場に留め、放置するままだったので、来た道を戻る形に。
ほどなくして、係留地点に戻ってきたのだが。

「おかしいな、千帆を追うときにここに留めたはずなんだが」

馬は影もなく消え去っていた。
手綱を周辺の塀に縛り付けていたのだが、手綱ごと消えてしまっていた。

「手綱が切れたり、千切れたわけじゃあないのなら、自然にほどけたか、誰かがほどいたか……。しっかり結んだはずなんだが」
「あの嬢ちゃん追いかけなきゃって慌ててたんだから、結び目が緩かったとか、そういうこともあるだろ。
 つーか、馬なんてどうでもいいって! 教会まで距離が近いし、どのみち3人で馬には乗れねえんだ」
「どうでもいいは言いすぎだが……玉美の言うとおりだな。さっきあったバイクもそうだが、まとまって移動するには不便だものな。
 ただ、近くに馬を奪ったやつがいるかもしれない。警戒を怠るなよ」

シーザーの忠告に、ナランチャが首肯する。
『エアロスミス』で生物の探知は可能だし、人間と馬は呼吸量に違いがあるから区別もつくが、そうまでして馬を探すメリットはない。
馬を放牧した盗人に警戒を向ける方が有意義。

「カーズ……お前が何を企もうと、構うもんか。父の仇、取らせてもらう!」

紆余曲折あったが、双葉千帆の行動をきっかけに3人と1匹は奮い立ち、同じ道を歩む。
千帆に芽生えた覚悟の双葉は、見事蝶となって羽ばたいた。
その羽ばたきは嵐を、大いなる渦を巻き起こすことになるだろうか。

「待っていてくだされ、トリッシュ様! この玉美、一世一代の大勝負に向かいます!」
「だから何でお前が仕切るんだよ玉美」

 ★

【Side ジョルノ・ジョバァーナ、ジョセフ・ジョースター】

「……話を続けましょう」
「いいのか?」

放送を聞き終えたのち、最初に口を開いたのはジョルノだった。
死者の情報、時間制限、カーズの本拠地大公開。
土石流のごとく迫る情報量、一つ一つに時間を割くような真似をジョルノはしなかった。
ポルナレフがムーロロの行動経緯を事細かに説明しなかったのと同様、悠長な真似をしていられないから。

「追加ルールの時間制限……逆に考えれば、1時間の猶予はあります」

無駄を省く、という自戒の念が込められた圧のある語調だった。
1時間以内に決着をつける。決着は、何も正規の方法に限られない。
主催者陣営の介入という潜脱行為は既にまかり通っている。利用しない手はない。
ジョルノは、ロギンスとメッシーナとに交互に目を配り、情報提供を促す。

「とはいえ、ほとんど話したようなものだ。
 カーズはこの赤石と、自身が開発した石仮面とを組み合わせ、究極の生物となることを目的とする。
 カーズに赤石が渡るのを阻止するために我々が先回りして入手し、JOJOに渡した、というわけだ」
「これがわれわれにできる精いっぱいだった。主催者であるヴァレンタインの動きは、申し訳ないが掴めていない。
 今の放送も、あんな無茶苦茶な通達があると知っていれば先に教えていた」

期待していた返答ではなかったためか、ジョセフとジョルノは眉根を寄せる。
ロギンス・メッシーナ視点、参加者の動向は柱の男と波紋使いをメインに観察していたのだろうと、先ほどまでの会話の節々に匂わせていた。
主催者陣営の情報が得られないなら得られないで、切り替える必要がある。
喫緊の課題への対応。最大の危険人物、カーズへの対処。

「カーズのもとに向かうなら、われわれも力を貸す」
「波紋戦士としての役目を、今度こそ果たそう」

では実際問題、メッシーナとロギンスをどう生かすべきか。
カーズ相手に波紋使い二人は心強いが、対スタンド戦がありうる戦況では連携も心もとない。
正規の参加者と違い首輪がない、というメリットもあるにはあるが、禁止エリアを利用した戦法を採るにはD-4エリアは不向き。
なにより問題なのは、正規の参加者ではないので、当然『死者2名で1時間延長』のルールには当てはまらないこと。
カーズからしたら戦うメリットがなく、部外者の相手をしないのが正解になる。
本当に首輪解除の見込みがあるならば、逃げの一手をとられるのは最悪。
やはり、大統領の提示したルールに則り、血を血で洗う殺戮劇を繰り広げなければならないのか。

「……赤石をカーズとの交渉道具にできねぇかな?」

しかしジョセフは大統領の挑発に乗らず、戦闘を避ける方針を打ち出した。
そして、着目したのは波紋使いではなく、赤石。

「首輪解除をお願いする代わりに、ということですか?」
「解除の見立てが整ってたら、な。首輪解除が罠だとしても、休戦協定に持っていくくらいなら」

大統領がわざわざ首輪解除という明るいニュースを提供する意味はない。
大統領の罠か、カーズの罠か、という見方をするのが自然。
だが、カーズの首輪解除手段が真偽どちらであろうと、赤石の価値は不変。
カーズは海老を前にした鯛のように食いついてくれることだろう。
赤石を餌として利用し、1時間の猶予を無益な争いで消費するバッドケースを回避するのが最善と、ジョセフは踏んだ。

問題があるとすれば――

「反対だ!」
「柱の男に赤石を渡さないのが、我々の使命!」

――メッシーナとロギンスの反発。

「託すって言ったばっかじゃあねえかよ~~~ッ!」

ジョセフは額に手を当ててオーバーに仰け反った。
ジョセフの心境、発想が師範に却下されたショック半分、赤石を守る使命を負っていては反発は当然の帰結という納得が半分。
交渉案は柔軟な発想を受け入れる若者と、保守的な中年の対立という、ありがちな構図に着地する。
提案したのが師範の主リサリサであれば、余計な対立も生まれなかっただろうに。
そんな膠着状態から、全く別の視点で切り込むものが、一人。

「カーズに渡るのがマズいなら、何で赤石を壊さなかったんですか?」

きょとんとした顔で、ジョルノが問いかける。

「究極の生物になるのを阻止したいんですよね? 話を聞く限り、赤石は一点物の貴重品って様子ですし。
 石仮面は支給品がなくても、カーズが自力で作成している可能性がありますが」
「あー……、それはおれが昔通った道だジョルノ」

気だるげに、気まずそうにジョセフが正論を遮る。
ジョセフの視線の先は、師範代二人。
その二人もまた、やれやれといった落胆の色を見せる。

「部外者からすれば、当然の反応だ」
「言い伝えなのだ。赤石なしでは、柱の一族を『なお』倒せなくなるとの言い伝えだ」

落胆はジョルノの無知を指摘するものではなく、理由を聞いても納得してもらえないだろう、という諦観の現れ。
自発的な理由からではなく、誰とも知れぬ者からの言伝だから、ではすんなりとは呑み込めまい。
恐れを知らぬ若者ジョルノは呑み込めなかった。理詰めの正論攻勢は、なおも続く。

「言い伝えなんか信じてるんですか?
 赤石は波紋使いにとって強力な武器とはいえ、赤石なしで死亡した柱の男がいるってことも、あなたたちは知っているじゃあないですか」

ジョルノの主張、始まりはなぜ赤石を壊さなかったのか、だったものの。
そこから発展し、『使命とやらに従う必要はない』にシフトしていた。
彼我戦力差も見えない中のアドバンテージがあるのだから、あらゆる方向での用途を練るのが若者の柔軟性。
波紋使いの武器、という正規の用途にこだわらない。

「壊せばあいつら泣いて悔しがるぜって、おれも言ったんだけどな。
 でも、カーズが赤石を追い求めるから、行動予測が立てやすいって利点はある。
 カーズに切断されそうになったとき、赤石を盾にしたらたいそう悔しがって、攻撃をやめてたぜ」

ジョセフとて師範代たちを擁護したいわけではなかったが、経験則から赤石の有用性を語る。
スイス・イタリア国境付近の雪原での、カーズとの赤石の奪い合いという経験談。
ロギンスは当然知らないし、メッシーナも左腕が健在なので知らない可能性があるが、特に反応がなかった。
師範代の記憶にないジョセフの経験を問い詰めるより、赤石の使い道が重要だからだろう。
決戦兵器として運用する攻撃的用途か、和平の献上品とする守備的用途か。
メッシーナとロギンスは、ううむと唸るだけで、二の言が続かない。
古くからの習わしを破る決断、短時間では下せるはずもなく、赤石を見つめ合っても結論は出ないまま。

再びの膠着状態を断ち切ったのは、やはり別方向からの介入だった。

「その話、詳しく聞かせてください」

天井から、ひらりと一枚の紙が舞い降り、開帳され――

「「「「!?」」」」」

――色黒の、すらりとした少年が姿を現した。

「あまり時間がない。
 簡単に言えば、ぼくもその二人と同じく、主催者陣営で……大統領を裏切ってここまで来た。
 ぼくの作戦に、協力願いたい」

少年は一礼したものの、名を名乗らない。
事態が切迫している証左と言えば聞こえはいいが、不躾な振る舞い、要求を素直に飲むはずもなく。
ロギンスもメッシーナも、ジョセフでさえも不意突かれたまま、困惑しきりにうろたえる。
ジョルノも遅れて、内在する分身、『ゴールド・エクスペリエンス』を発現。

「大丈夫だ、ジョルノ。
 彼が、無理やり従わされていた主催者陣営であることは、私が保証しよう」

ポルナレフがジョルノを手で制し、休戦を促す。
幽体となり、スタンドも失われた身なので、その身一つで壁となるには頼りない。
だが、ポルナレフには少年のスタンスはどうあれ、『大統領を裏切った』という一点で確証があった。

「幽霊……? なんで、ぼくのことを」
「私は支給品として、ずっとこの亀の中にいた。大統領が、君に『協力を要請』しているところを盗み聞きしていたよ、宮本輝之輔くん」
「……なるほど」

亀の部屋に在中していたポルナレフは、『参加者でない』宮本輝之輔を目撃していたから。
『参加者でない』宮本は、ゲームへの協力を強制され、抵抗した際に『何人かの宮本』の殺戮ショーが繰り広げられた。
その一部始終、ポルナレフもまた見聞きしていたのだ。

「テメーが大統領が放った刺客なら、亀ごとおれたちをブッ潰せば終わりだしな。
 で? 何の用だ? 手短に頼むぜ」

ジョセフは話を聞く姿勢を見せつつも、未だ宮本に怪訝な瞳を向ける。
宮本がポケットから取り出したるは、侵入した時と同じくらいの大きさの白紙。
テーブルクロスをはためかせるように紙を開くと、ゴトリと音を立てて、しわがれた腕がテーブルに落ちる。
それは、否が応でも宮本を反逆者と信用せざるを得なくなる、最高の手土産。

「これは……もしかして」
「メッシーナとロギンスが回収したっていう、『遺体』か!?」
「ああ、間違いない!」
「われわれが手にして、大統領に渡した左腕だ!」

『遺体の左腕』――参加者も部外者も驚嘆に値するアイテムだったが、そんなことは些事だとばかりに宮本の説明が始まる。

「まずはお礼を言いたい。
 ぼくはバトル・ロワイアル本部への移動手段を持ちますが、ぼく一人だけしか移動できないという制約がある。
 でも、ぼくのスタンド能力は見ていただいた通り『物体や生物を紙にしまえる』。
 ムーロロから亀を奪ってくれたおかげで、亀に入った参加者を、一度に大統領の下へ送り届けることができる」

参加者を一人一人紙にして持ち運ぶのは手間と時間がかかり、現実的でない。
しかし、亀一匹だけであれば恐怖のサインの見極めは一匹分のみで済む。
主催者の本拠地の所在を突き止める必要がない、圧倒的ショートカットルート、圧倒的短期決戦。
『ココ・ジャンボ』が信頼のおける対主催陣営に渡ったことこそが、宮本が第四回放送直後に会場に降り立った理由。
なりふり構わず、介入を決めた理由。

「ただ、大統領を倒すにあたって、できるだけ強い参加者を連れていきたい。
 空条承太郎やジョニィ・ジョースターあたりが理想でしょうか。
 だからこそ、カーズや他参加者との交戦で、彼らの命が失われる事態は絶対に避けたい」
「なら、どうするんだ?」

ジョセフの質問に、一度姿勢を正した宮本。
両の目を見つめ返して、宣誓するように宣言する。

「先にカーズを始末します。この作戦に協力してほしい」

にわかには信じがたい決意表明。
不老不死の怪物で、悪辣非道の邪鬼、カーズを討伐する手段を持ち合わせている。そう豪語しているのだから。
対抗手段となる波紋法の使い手三名が集うこの場でさえも、積極体制に移れなかった程の相手。
宮本はそんな巨悪を前に、会場外で事態の行く末見守ることを、良しとしなかった。
自らの命を危険に晒してでも、賭けに出る。

「簡単なことじゃあない。でも、安全圏で過ごしてるだけじゃあ勝てない。だからぼくは会場に降り立ったんだ。
 ぼくらがやらなきゃあならないのは……一世一代の大勝負です」

 ★

【Side カーズ】
【D-4 マンハッタントリニティ教会】

「……何を身構える必要がある?」

放送を聞き終えたカーズが、わずかに首を傾げながら問う。
視線の先、プロシュートとトリッシュは、低くかがむような臨戦態勢。
スタンドは発現させないまま。
カーズの支給品――書物を破って披露した頁には、スタンドの情報が記載されていた。
書物の厚みからして、全参加者分の情報はゆうにある。
ヴィジョンを見せた時点で手の内を明かすのと同義だと、二人とも察しがついていたのだ。

「1時間ごとに2人殺せば延長、死者が出なければ打ち切り……。
 首輪の機構がまだ分かっていなかった第三回放送時点で、場当たり的に綱渡りなどとほざくことなく、手を打っておけばよいものを。
 ここにきて急に、下手くそな誘導……つまらん脅し。こんなことで、このカーズを操ろうなどと……反吐が出る」
「ヴァレンタインには、その権限があるんだろ」

カーズは大統領の脅しに屈しない、そう主張するもプロシュートは警戒を解かないまま。
カーズも大統領も、流されるままにはいそうですかと、言っていること全てを受容できる相手ではない。
どんな横暴もまかり通せてしまう暴君のご機嫌取りをする気は、さらさらなかった。

「堂々と首輪の仕組みを語ったのだ、強硬手段に打って出ることは想定内。
 だが、即時で首輪爆破をしないからには『この程度しかできない』、というのも想定内だ」

睨むプロシュートを意に介さず、カーズは持論を展開する。
カーズの考察が全くの的外れであるならば、名指しの非難との整合性が取れない。
大統領の意図は汲み取れないままだが、なおもカーズの批判は続く。

「第三回放送時点で禁止エリアを増やせばいいものを、ヴァレンタインはそうしなかった。
 『手を打っておけば』と言っておいてなんだが、ヤツ自身も、ルールに反した行動はとれないらしい。
 手動で首輪爆破もできるらしいが、明確なルール違反なしに爆破できないのは、首輪の機構を語ったおれが生きていることからも明らかだ」

ヴァレンタインですらルールの従属者だとしたら、首輪や禁止エリアというルールを担う『遺体』は何なのか。
上位存在、とでも言うのだろうか――そんな疑問をプロシュートは浮かべる。
なんにせよ、カーズはこれっぽっちの恐れも見せていない。

「で、だ。おれは貴様らを攻撃しない。ならば……どうする?」

諸手を横に広げて、無防備な姿勢を見せつけるカーズ。
当然、ご自慢の隠し刀、輝彩滑刀を展開することなく。デイパックも床に放置して。
課せられた時間制限など、忘れてしまったかのように。

かつん、と一歩分の靴音が響く。
カーズに歩み寄ったのは、トリッシュ。

「『遺体』は……どう取り出すの?」
「解体して摘出、などと悪趣味なことはしない。感じないか? 遺体同士が惹かれあうパワーを」

カーズは床に野ざらしにしていた『遺体の左脚』を鷲掴み、トリッシュの胸元にかざす。
ズキュゥゥゥゥッと、わずかに肉の擦る音がしたのもつかの間。
力の奔流に従うまま、皮と骨との区別がつかない胴体が、トリッシュから排出された。

「私の答えよ。遺体は置いていく」

トリッシュは、何の抵抗もなく遺体を床に安置し、それでカーズへの献上とした。

「でも、あなたに渡すわけじゃあない。
 遺体を得るにふさわしい人がいたとして……きっと、それはあなたじゃあない」
「心得ておこう」

本意かどうかさておき、カーズはトリッシュの忠告を無碍に扱うことはなかった。
カーズに遺体を蒐集する目的はない、と説明したばかりでも、トリッシュは言わずにはいられなかったのだろう。
トリッシュはおずおずと、二歩後ろに引き。
遺体の摘出時には見せなかった苦悶の表情を浮かべ、うずくまるように、胸を押さえて呟いた。

「本当は、ルーシーにそのあたりの事情を聞きたかったのだけれど」

トリッシュの呟きに、返答するものはいなかった。
ルーシー・スティールの名は放送で呼ばれたが、その死を悼む暇もなく事態は進行するばかり。
遺体の究明を志すカーズ、トリッシュが『遺体』について聞き及んでいたことを察しながらもスルー。
死人に口なし、ならば用無し。
気にも留めず、首だけプロシュートに向けて様子を窺う。

「クソッ」

悪態をつくプロシュートは、態度に反し、カーズににじり寄る。
カーズを再度睨みつけるもフフンと鼻で笑われ、沼に杭を打つように手ごたえのない様子。
情けなかろう、不甲斐なかろう、腹立たしかろう。
抵抗できないことが、画期的な逆転策が浮かばないことが。
――なにより、トリッシュに先に決断されたことが。
『ブッ殺すと心の中で思ったのなら、その時スデに行動が終了している』
そんなプロシュートが、与えられた選択肢のうち何を選ぶでもなく二の足を踏んだ。
このまま遺体を渡すのでは、まるで聞き分けのいい犬。まるで母親に付き従う子供――マンモーニ。
プロシュートにとって、かつてない屈辱。

「了承、と受け取ろう」

カーズが『遺体の左脚』を、差し棒のようにプロシュートに向けて間もなく。
落ちた果実を掴んだかのようにぽとりと、プロシュートの左掌に『遺体の心臓』が零れ落ちる。

「ほう……やはり『遺体』には、臓器も含まれるか」

それだけ言って、カーズは遺体の部位に特別強い関心を持たなくった。
プロシュートは『遺体の胴体』に添えるように、心臓を置き去りにすると。
カーズに背を向け、八つ当たりとばかりに、デイパックを地面にたたきつけた。
放送前にカーズの考察を深められたのは収穫かもしれないが、放送以降は状況に流されるまま、プロシュートには一向に勝ち筋が見いだせない。
プロシュートが光り輝く道を進めないのは、過去が影を落としているから。
自らの選択で、切り捨てた存在がいたから。

(小娘一人死んだところで、どうこうなるおれじゃあない)

では千帆は、野垂れ死にした駄犬だろうか。
プロシュートは、『見捨てない』と言った千帆を見殺しにした戦犯と糾弾されても、のうのうと過ごせるだろうか。
プロシュートは答えを持ち合わせていない。答えてくれる者もいない。
呼び寄せられた暗殺チームは全滅したし、育朗も千帆も、この世を去った。
今のプロシュート、まさしく孤立無援。

「遺体は、支給品の金庫に入れておく。壊せるスタンド使いもいるだろうが、時間稼ぎにはなる。
 奪われたところで、このカーズに近づかなければいいだけの話だがな」

カーズはいつの間にやら、黒光りする金庫を取り出していた。
ダイヤル式の金庫で、扉を開いた断面を窺うに、工具やスタンドを用いても破壊は難儀するのが予想された。
薪をくべるようにポイポイと、金庫に『遺体』を放り込んでいくカーズ。
死者への冒涜、などと非難を受けるはずもなし。得体の知れない呪物を封印する程度の認識で、カーズは金庫の扉を閉じる。
当然、ダイヤルロックはプロシュートやトリッシュの死角で設定。
一仕事終えたカーズは、金庫に腰掛ける。

「さて、肝心の実験台だが……もう少し待てば、人数も増えることだろう。
 せっかくヴァレンタインが居場所を通告してくれたのだ、じっくり待つとしよう」

プロシュートは実験台に名乗り出なかった。
カーズが悠長にモルモットを待つ理由があるのだと考えたため。
実験台にふさわしい参加者がいるとして、おそらくプロシュートとトリッシュが条件に当てはまらないため、と推理。
あるいはさんざ反抗的な態度や当てこすりを繰り返したせいで、実験台に選ばれなかったのかもしれない。

「せっかくだ。教会の探索と洒落込もうではないか」

と、待機を言い渡したカーズ本人が、何の心変わりか探索を提案。
トリッシュは何も言わない。このままなら、背を追う形で随伴するだけだろう。
プロシュートは、またもトリッシュとの認識差からか、カーズの提案の意図を手繰り寄せる。

(カーズの奴は、シェルターがどこにあるか知らない……?)

地下シェルターは、教会の裏門・墓地裏に位置する。
カーズが急に探索を提案したのは、シェルターがあることは知っていても、その所在を知らないから、と推察。
プロシュートは内心焦る。このままでは、シェルターの所在が明るみに出るのは時間の問題。
実験台の有無に依らず、首輪解除実験は敢行されるだろう。
そんなプロシュートの心配をよそに、教会の門に向かって歩を進めるカーズ。

(やっぱりか……!
 今いる礼拝堂は地下に通じる階段みたいなものがない、地下に行くなら別の入り口、と踏んだんだ!
 止めたいが、引き留める理由がねえ……! ここで身を盾にして、何分持つか……!)

プロシュートは、先ほど怒りのままデイパックを投げ捨てた。
デイパック内には足止めが可能なグッズがあるも、ここで急にデイパックを漁れば不審極まりない。
カーズが背を向けていたとて、無警戒なわけがない。『遺体』の入った金庫も、背にしているのだから。

(デイパックを開け、目的のブツを取り出し、使うまでに2秒か3秒そこら……賭けてみるか?
 いや、足止めにしかならない……足止めだけでなく、ブッ殺さないことには……)

デイパックを背負っていたところで、中身を探ろうとすればどの道、不審だったろう。
問題は、当初の短絡的行動が連鎖的にプロシュートを追い詰めたこと。

(ブッ殺さないことには……? クソッ、何考えてるんだオレは!
 『ブッ殺す』だと!? こんな局面にもなって……考えるまでもない考え、腑抜けた考えを、このオレがッ!)

迷うまま、惑うまま。
ゴールの見えない思考は、ある男の掛け声でやむなく打ち切られることとなった。

「待ちやがれッ!」

 ★



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最終更新:2026年10月10日 10:43