「早急に鍵をはめ直してくれ、ジョースターさん」
「ですが、ポルナレフさん……!」
「今はギリギリしがみついているか、どれほど持つかわからない」
ポルナレフの言葉で、慌ててジョルノがジョセフから鍵を奪い、亀の甲羅にはめた。
「すみません。霊体も……魂も『生きている』ものとして引っ張られるのか」
額の汗をぬぐうジョルノ。
普段ならあり得ない凡ミスの猛省を込めて。
聡明なジョルノとて、疲労や不可思議現象によって思考が鈍っていた。
「ああ……。ジョースターさんのために説明しておくと……私はとある戦いで肉体を失った。
今は亀のスタンドに住まっているが、鍵を外すと部屋から引きずり出されるまま、天に昇ってしまう」
「ほんとに成仏しちまうところだったんだな……。フランス人なだけに」
ジョセフが緊張を解きほぐすための軽口を叩いても、互いに続く言葉なく、沈黙が続く。
「中で話そう」
鍵の宝玉から声がするや否や、小さなポルナレフの上半身が飛び出る。
半透明の躰が、幽体であることを、この世ならざる身であることを物語っていた。
亀内部の部屋に降り立ったジョセフとジョルノは、倒れこむようにベットに座る。
行方をくらませたムーロロのことを思うと心労が絶えない二人だが、徒労であることは十分に理解している。
「まずは落ち着きたまえ、ジョルノ。ムーロロを追うあてはあるのか?」
「……ない、です」
ジョルノの判断が早ければ、ムーロロの所持していた品をハエに変化させ、探知器にできたかもしれない。
だが、ムーロロの切り替えの早さゆえか、ムーロロの精神的欠落ゆえか。
試しにハエに変えた部屋の残置物は『ムーロロの所持品』として認識されず、ジョルノの周囲を漂うだけだった。
「できないことに時間を割くのは、無駄なことだ」
自戒を込めてジョルノが言う。
「ここから君たちは筆談で頼む」
筆記用具を取り出す二人。
盗聴の可能性――ムーロロがトランプをこっそり部屋内部に忍ばせている可能性は消えない。
放送を考慮すると、トランプ探索に時間をかける暇もない。
だが、それではポルナレフも筆談をする必要があるのでは、とジョルノが目線で訴えるも。
「私は、というより、この亀はムーロロに支給され、今こうして君たちに渡るまでずっとムーロロが所有していた。
放送が迫っている中、無駄話をしているわけにもいかない。重要なことを伝える。
『私が支給される前』の話だ」
ポルナレフは、そんなジョルノの抗議を意に介さず、話を進める。
ジョルノは、理由を問いただそうとしなかった。第四回放送まで1時間を切っている、時間が惜しいのは確かだ。
「まず、君たちを亀の中に入れた理由だが、会場内にはカメラが設置されており、首輪によって起動する。
私が無事であることからもわかるように、この亀の内部にはカメラが設置されていないのだ。
集音機――盗聴機能もあるが、首輪をつけていない者が話す分には、声量を絞れば拾われることはない」
ジョルノらにとって、全て、初耳の情報だ。
初耳の情報を、ポルナレフはさも当たり前に、世間話の一つのように言ってのけた。
『やけに詳しいな』
ジョセフが筆談で、当然の疑問を表す。
「私が『支給される前』に、スティール氏やファニー・ヴァレンタインが会話しているのを聞いたのだ」
「!?」
その一言に、ひときわ大きく反応したジョルノ。
『接触した?』
ジョルノは未だ手指が思い通りに動かないゆえ、汚い筆跡ながらも簡潔に、要点だけ書き表す。
「接触、は言い過ぎだな。一方的に話を聞いただけなのだから。
さっきも言ったが、大統領に私の存在が認知されていたなら、何らかの対処が行われていただろうしな。
幸いにも参加者に渡す支給品の数や選別はスティール氏に一任されていたから、気づかなかったのだろう。
私が支給品としてこの世界に呼び寄せられたときに、大統領の話を盗み聞くことができた理由としては、そんなところだ。
それと、支給品はスティール氏に一任、と言っても『SBRレース関係者の物品には慎重を期する』という条件付きで、だ。」
少し前までムーロロの動向を気にかけていたジョルノも、ジョセフも、ポルナレフの一言一句を聞き逃すまいとしている。
目の上のタンコブ・がん細胞と形容した邪魔者とか、参加者間の同盟とかは、まったくもって小さな問題と化していた。
「話が逸れた。今まで伝えたことより、遥かに重要なことを伝える」
首輪、監視方法、支給品の分配方法。どれ一つとっても、重大な情報だ。
それらの上を行く重要機密。ジョルノでさえも息を呑む。
ポルナレフが続けた言葉。
予想外、想定外。驚天動地、前代未聞。
「私は『ファニー・ヴァレンタインがこのバトル・ロワイアルを主催している理由』と『目的』を知っている」
「「!?」」
時が止まったかのように、筆が躍動しなくなる。
『最重要ですね』
五、六針が進んだころだろうか、ジョルノが筆談を再開する。
思考が止まるのも無理はない。
ジョルノらは主催者の本拠地とか弱点とか、そういうレベルの話を想定していたのに、全く別角度の話だったのだから。
「これが最優先で伝えるべき事項だ。簡潔に教えよう。
知ったうえで、君たちは誰に、どこまで伝えるべきか、慎重にならなくてはならない。
大統領がSBRレース関係者だという立場を踏まえて聞けば、私の言っている意味が分かると思う」
★
「……以上だ」
『確かに、全員に伝えるわけにはいかないですね』
『SBRレース関係者の物品支給に慎重になった理由も察しが付く』
ポルナレフの説明を聞く間、ジョルノとジョセフは、特段の異論を挟まなかった。
全てが初出の情報なのだ、疑念を抱こうとすれば無限にできるし、反論の余地は皆無。
『ポルナレフの見聞きしたものが正しい』前提で、筆談する。
『大統領は倒してもいいが、最終的に遺体は一つも欠けることなく一か所に集まっていてほしいな』
『会場内にあるものは集中させておきたいですね』
「ムーロロの指令からして、現状、参加者を中央に寄せようとする動きがみられる。
支給品には遺体が含まれているわけだが、大統領曰く、遺体はひかれ合うそうだ。
自然、遺体も中央に集約するだろう」
ポルナレフの情報から、真っ先に解決しなければならないのは遺体の行方であると、三者間で共通認識が生まれた。
といっても、ノーヒントで宝探しや墓荒らしをすることはなく、成り行きに任せる方針。
「大統領の目的、特にSBRレース参加者のディエゴに伝えるわけにはいかない。
判断を迷うのは、
ジョニィ・ジョースターだ。彼がどう動くか……その判断が肝要だ」
ジョルノが静かにうなずく。
ジョニィ・ジョースター。ジョナサン伝での情報はあるが、動向もスタンスも図りかねる『ジョジョ』。
彼の存在をどこまで介入させるべきなのか、ジョルノは考えあぐねていた。
「ところで」
ポルナレフが一息ついたとばかりに、目線を正面から上に向ける。
「先ほどから何者かに見られている気がするのだが」
慌てて天を仰ぐジョルノ。遅れてジョセフも反応。
亀が生み出した部屋の天井は、鍵の宝石を通して外の様子を窺える。
よって、誰かが亀を盗み見ているのなら視認できるはずなのだが、天窓を覆うのは夜闇だけ。
「んだよ、驚かすなよポルナ……」
言いかけて、ジョセフは慌てて振り向く。
「な……にッ!」
背後に仁王立つ、二人の男。
つまり、亀の外から盗み聞いていると分かった瞬間に、『音もなく部屋に降り立った』ということ。
「『ゴールド・エクス……」
「待て、ジョルノッ! 二人は味方だ!」
ジョルノがスタンドヴィジョンを放出させ臨戦態勢をとっても、侵入者二人は腕を組んで微動だにしなかった。
二者ともに、筋骨隆々とした益荒男。
背丈も服装も似通っており、コックのような縦長帽子もお揃いで被っている。
違いといえば、一人は鼻下の髭を長く伸ばし、もう一人は髭が生えていないくらい。
そんな二人を、ジョセフは一目見て、味方と称した。
「味方!? ジョセフ、彼らは一体……?」
「ああ、間違いなく味方だ。だが、どうしてだ……? あんたらは名簿に名前がなかったはずだ!」
ジョセフが知る二人組。
ジョセフも一目置く二人組。
不意に亀の部屋に侵入されたにもかかわらず、信頼を置けた二人組、その正体は――
「メッシーナ! それにロギンス!」
――かつての、ジョセフの師だった。
「『師範代』をつけんか、JOJO」
「またシゴキを受けたいのか?」
「ああ、すまねえ……って、そんなことはどうでもいいだろ!」
メッシーナ、ロギンスの順で窘められるジョセフ。
ジョセフは反省の弁もなく、溢れる疑問にひたすら困惑していた。
数多ある疑問のうち、最たる異変をジョルノが先んじて指摘する。
「首輪が、ない……?」
参加者に等しく架せられた装飾品が、メッシーナとロギンスにはなかった。
殺し合いのルールに囚われない人員、ということは明らか。
「おれはメッシーナ、こいつはロギンス。簡単に言えば、我々はヴァレンタイン大統領のもとで動いていたが、先ほど裏切った」
「JOJO……おまえに協力するためだ」
先ほどと同じく、メッシーナ、ロギンスの順で語る。
話す順番を決めているのは、初対面のジョルノが区別つくように、という配慮だろう。
分かりやすくていいな、とジョセフはからかうも、両者の区別より先にハッキリさせたいことがある。
「いきなり現れて、信じろっていうんですか?」
「おれはジョルノほどあんたらを疑ってるわけじゃあねえがよ……なんで今さら協力なんて言い出したんだ?
最初から裏切ればよかったじゃあねえか」
メッシーナとロギンスは、痛いところを突かれたとばかりに、ぐぬぬと歯を食いしばる。
やむにやまれぬ事情があったのだと、表情から窺えた。
「理由は様々ある。まず、我々はスタンドとやらを視認できない」
「殺し合いに参加した者たちは素質に関係なく見えるようだが、我々には見えないのだ」
「確かに……ぼくがスタンドを顕わにした時も、お二人は何の反応もなかった」
ジョルノは『ゴールド・エクスペリエンス』を出現させたのみで、拳を振るっていない。
とはいえ、スタンド使いとの戦闘経験有無に関係なく、『見えている』なら相応の反応があるはずだ。
なのに、腕組みを維持したままで、目線をスタンドに向けることもしなかった。
これでは大統領どころか、多くの参加者に引けを取る。不可視の超能力に対抗するには、技術だけでは心もとない。
「そして大きな理由がもう一つ。もともと我々に与えられた役目は、柱の男が太陽光を浴びて石化した場合に、排除することだった」
「柱の男は太陽光が弱点だが、太陽光だけでは完全には消滅しない。ゆえに首輪も稼働し続けるらしい。強力な波紋でなければ、奴らを消滅させられないのだ」
「どういうことです?」
「ジョルノ達には柱の男は太陽の光に弱いって説明したが、太陽光――自然界レベルの紫外線だと、石みたいになって活動を制止するだけなんだ。
その状態でも、触れた生物を食らって生き永らえることができる。
完全に消滅させるには、ロギンスの言ったとおり波紋エネルギーをブチ込むか、それこそ細胞レベルまで分解しねえといけねえ」
ジョセフは、かつて倒した
サンタナの顛末から、柱の男の耐久力を回顧する。
石化したサンタナはスピードワゴン財団が回収後、アメリカに移送され、24時間体制で紫外線にさらされ続けた。
当時の紫外線の照射装置は改善の余地があったが、ともあれ、絶命に至らしめられなかったという事実がある。
「会場と本部を行き来するのにも制限があったのだ」
「移動用の端末がこれだ。原理は分からんが、我々二人しか移動できず、しかも『往復4回』しか使えない」
ロギンスが懐から取り出したるは、手のひらサイズの板状の機械。
「なんでそんな、中途半端な回数を……?」
「……柱の男の人数、か」
ジョルノが浮かべた疑問、ジョセフは即座に解消する。
「そうだ。『柱の男たちの死骸の排除』が、我々の役目。そして移動回数4回は、ここまでで使い果たした」
「1回目は、
エシディシの遺体の排除。太陽光を浴びて脱落したことで、石化した遺体が残っていたのだ」
ジョセフやジョルノは知る由もないが――エシディシの肉体で活動した『人間』は、自ら太陽光を浴びて自殺を図った。
エシディシの記憶では太陽光が肉体に致命を与える、としていたからこその選択。
だが、戦士として再起不能になっても、生命体としては活動を続けられる状態にあった。
よって、トドメを二人の波紋戦士が下すことに。
「サンタナは首輪爆破とガス爆発で死亡し、
ワムウの遺体は散り散りになったため、会場への移動は2回分の余裕があった」
「2回目はスティーブン・スティール氏に依頼された支給品の回収。3回目は我々の目的のため、支給品の回収を行った」
ロギンスがやや気まずそうな顔をしたのを察して、メッシーナが補足を入れる。
「いまロギンスはスティール氏に依頼された……と言ったが、我々が回収した後、ヴァレンタイン大統領に『私からスティール氏を通して依頼した』と言われたよ。
第三回放送でスティール氏が犠牲になったことから、見え透いた嘘だったが……スタンドのない我々では、大統領に太刀打ちできない」
「結局、回収した支給品は大統領に渡すことになった。『干からびた遺体の左腕』をな」
「「!!」」
先ほどまで気にしていた遺体の行方。
そのうちの一つを、ジョルノたちはようやく知ることになる。
「……続けてくれ」
ややあって、ポルナレフが沈黙を破る。
2回目の潜入は実質成果なしで、3回目の動向が気になったために。
「スティール氏に遺体の回収を依頼されたのが第三回放送直前。2回目の会場潜入は第三回放送直後。
その時には我々もスティール氏の味方をするべく、反逆の準備を整えようとしていた。
地図で言うところの【B-4】の『左腕』を回収するだけでなく、近場に放置された支給品を漁ったのだ。
強い武器なら、信頼のおける者に譲ろうと思ってな。大した成果は得られなかったが」
「そして3回目の会場潜入。我々の目的のため探していた支給品――川の下流に流された物を回収した。
JOJOに渡すか、シーザーに渡すか迷ったが……同行者の少なさから我々を警戒せずに済むだろうJOJO、お前に合流することにしたのだ」
メッシーナは懐から丁重に取り出した物を、テーブルに置いた。
「これで何かをするというわけではない―――重要なのは『奴』に、
カーズにこれを渡してはならないということ………」
「JOJO、おまえに託そう」
テーブル中央に静かに置かれた『それ』は、深紅の輝きを放つ。
「こ、これは……エイジャの赤石じゃあねえか!」
ジョセフも、ジョルノも四半日ぶりに再び相まみえる、古代の至宝。
託されたジョセフもあっけにとられているうちに。
『――時刻は24時、日付が変わる真夜中の時間だ』
放送が始まった。
★
シーザー・アントニオ・ツェペリはサイコメトラーでもなければ名探偵でもない。
三者三様の死体を前に、事件の始終などわかるはずもなかった。
『バイツァ・ダスト』が引き起こした、勝者のいない戦いの顛末など。
「千帆……いったい、何があったんだ」
シーザーはうつぶせになった千帆を必要以上に動かさないまま、彼女が背負うデイパックを開く。
「お、おい! 荷物漁ろうってのかよ!」
玉美は、シーザーを指さし非難を浴びせる。
ナンパ野郎でもやっていいことと悪いことがある、と言わんばかりの剣幕で。
「トリッシュに、任されたんだ」
呟くように、シーザーは言った。
玉美への反論というよりは、シーザー自身に言い聞かせるように、言葉が続く。
「千帆たちの死を……何も知らないまま関係ないで済ませるのは、トリッシュにも千帆にも……顔向けできない」
シーザー・アントニオ・ツェペリはサイコメトラーでもなければ名探偵でもない。
それでも、真実にたどり着こうとする意志を持ち合わせていた。
自己満足かもしれなくても、誇り高き血族の意志を示そう、と。
「ただのキザ野郎じゃあねえってことか」
玉美は、罪悪感を抱えたシーザーを前にしても『錠前』を発動しなかった。
真実にたどり着こうとする意志に、感銘を受けたために。
「でもなんかムカつくぜ~~~ッ! トリッシュ様の目につかねえところでもカッコつけるなんてよォ~~~!
おれも手伝って手柄上げて、トリッシュ様に褒めてもらうかんな!」
感銘を受けたのだが、玉美本人はプライドが邪魔して公には認めたくないようで、歯を食いしばって地団太踏んだ。
「そういう『やってます』アピールするところがダメなんじゃあねえの、玉美」
「アギ」
玉美の器の小ささにナランチャは呆れ顔。
イギーも同意するかのように鳴き声を上げる。
「ぼくも手伝うよ。本当は埋葬してやりたいが、放送が近い」
そう言って
宮本輝之輔は、死体を前にしゃがみこんだ。
宮本とシーザーは、まず千帆のデイパックからペットボトルや食料など、死因特定に重要でなさそうなものを取り出していく。
やがて、厚みのある本にたどり着く。
「名簿……? おれたちの持っているものと違って、写真付きだ」
パラパラと冊子をめくるうち、端を折り曲げたページを開く。
「
吉良吉影……殺人鬼!? どうやら君の言っていた通り……千帆はこの吉良吉影に襲われたようだな。
急に別行動をとったのは不思議だが」
さまざま書き込みがされていたものの、参加者150名の内容を逐一追っている暇はない。
宮本の証言も相まって千帆の顛末の裏付けが取れたので、シーザーも深い興味を持つことなく、ページをめくる手は乱雑になっていった。
デイパック漁りは宮本と後から加わった玉美に任せていたのでタイムロスはないが、名簿から真新しい情報は得られず。
「そういえば名乗ってなかったな……ぼくは宮本輝之輔です。ところで……さっきシーザーって呼ばれてた気がするんだが」
「ああ、シーザー・アントニオ・ツェペリはおれだが」
宮本はデイパックを漁る手を止め、シーザーに顔を向ける。
顔を向けるなり、ほっと息を吐き、胸をなでおろす。
心臓に抱える毒薬のせいで胸中穏やかでなかったが、解毒剤のヒントを得られる相手に、ようやく巡り合えたのだ。
「よかった、ちょうど聞きたいことが……」
『――時刻は24時、日付が変わる真夜中の時間だ』
放送が始まった。
★
カンノーロ・ムーロロの状況は最悪だった。
殺し合い始まって以降、最大の――なんて表現では解像度が低い。
そもそも殺し合いをしている時点で、大多数にとっての最悪だろうから。
ギャングの一員であるムーロロも同様、マイナスからのスタート。そこからの転落、二段底。
つまるところ、カンノーロ・ムーロロの状況は人生始まって以来の最悪、どん底だった。
まず腹部の傷が応急措置を施してなお深く、ムーロロに後手を強いた。
どれほど迷いのない意志で歩みを進めようと、肉体が伴わなれば意味がない。
『オール・アロング・ウォッチタワー』に戦車のキャタピラやバケツリレーの要領でムーロロ自身を運ばせることも考えた。
だが、振動が傷口に響いて取り止め。
スタンドを行使しての高速移動は、命を削る最後の手段として温存することに。
そのスタンド分隊から得られた情報も、総じてムーロロには逆風だった。
カーズはどうやら首輪の解除に本気で挑むつもりらしい。
プロシュートやトリッシュが聞き入っている様子を見るに、カーズを悪党として討伐同盟を持ちかける説得力は減退する。
蓮見琢磨は吉良吉影、
双葉千帆と仲良く心中した。
ジョナサンとの合流を目論んだので手駒候補から除外したが、なんにせよ手札となりうる択が一つ減ったのだ。
シーザーらはフーゴ、ナランチャの存在がネックとなっていて、そこに宮本輝之輔も合流してしまった。
宮本が単独行動していれば自陣営に引き入れられたかもしれないが、そんなわずかな可能性も断たれる。
肝心の暗殺ターゲット、ジョルノのもとに尖兵を向かわせたが、亀の中に引きこもられようものなら捜索に難儀するだろう。
見つけたところで、『亀の部屋』視点では天井を経由しなければ観察も侵入もできない。
実質、中の様子を窺うことは不可能。
そして――接触を切望していた
ジョナサン・ジョースターは、よりにもよって
空条承太郎と合流した。
ムーロロの希望進路上に、ジョナサンとの遭遇を遮るかのように、承太郎を乗せた自家用車が邁進。
ムーロロは遠ざかる車に気付かれないよう息をひそめるのに精一杯で、一歩も動けなかった。
承太郎もだが、同行者
シーラEを通して、トランプ使いムーロロの悪評が伝わるのは時間の問題だろう。
最良の選択肢など、笑い話。
勝負の神様は、カンノーロ・ムーロロにカードを配ることさえしなかった、そんな現状。
ターゲットの暗殺以前に、ムーロロ自身の立場が危うい。
孤立無援。四面楚歌。頼れるのは己の手札26枚のみ。
協力関係にある
ディエゴ・ブランドーを拠り所とするのはためらわれた。
所詮ディエゴとはビジネスライクなお付き合い――旨味が無ければ契約解除待ったなしの間柄。
ムーロロが懐中時計を見やれば、長針と短針が天を指すまで、まもなくだった。
「進行役(ディーラー)気取っていたおれは、さぞ愉快な道化だったろう。なあ、ゲームの支配者さんよ」
発した声は声にならず、かすれるような息遣いと混ざって消える。
『――時刻は24時、日付が変わる真夜中の時間だ』
放送が始まった。
★
【Side 空条承太郎】
【C-3とD-3の境界線 橋】
「放送を聞き終えてからの移動にしよう」
承太郎はそう言って、ちらとアナスイを見やる。
首輪の稼働状況次第では、アナスイは放送で名前を呼ばれかねない。
筆談で事前に伝えたので、異論を挟む者はいなかった。
「『しけた』DIOを、元に戻しておきたいしな」
『貴様のせいだろ、承太郎……!』
「黙っててくれって」
ジョナサンの命によって、宙に浮いたおしゃぶりの上下躍動が止まる。
透明の屍と化したDIOは、ジョナサンによって口枷が外せない状態になっている。
口枷のお陰で、姿かたちが見えなくても顔がどちらを向いているか、目立った動きはしていないか、という最低限の監視を行えていた。
「透明なゾンビって、服濡れるんですかね?」
「服は『再現されている』というだけで、布みたいに水を吸ったりはしないみたいだ。
表面が濡れてるだけだから、乾くまでそんなに時間はかからないだろう」
ジョナサンの見解を得た康一は、DIOがいるであろう空間に、おそるおそる『エコーズAct1』の腕を振るった。
2、3回軽く見えない腐肉に触れて、本当だ、とだけ呟く康一。
ジョナサンは波紋のエネルギーを帯びているため、DIOに触れることはない。
触れていないのだが、スタンドを会得した影響で、操作するゾンビの状態を把握できるまでになっていた。
「しかし、放送後の移動はどうするよ? 5人で結構キツキツだったのに、2人増えたら人数オーバーだぜ」
エルメェスの挙げた課題に、真っ先に解決案を提示したのはアナスイだった。
「『ダイバー・ダウン』で車を改造しようにも、資材無しでは難しいだろうな。誰かをトランクに乗せたらどうだ?」
トランクに人を乗せる行為、法律を気にしないアウトローだらけの集団でも、倫理的観点から皆、荷物役の指名をためらった。
しばらくして、シーラEがさっそうと挙手。
「私がトランクに入るわ。コーイチがトランクに入るよりスペースが空く。
運転席と助手席に承太郎とジョナサン。後部座席にアナスイ、エルメェス、コーイチで……ギリギリだけど収まるわ」
この場の6人の割振りは、確かに事足りる。
だが、不可視の7人目――DIOをどうするか。
承太郎は既に考えを固めていた。
「ああ、それでいい。DIOはフロントガラスにしがみつかせておけばいい。
いざとなったら、弾避けにできるしな」
宙に浮くおしゃぶりが、ひときわ承太郎に近づいた。
おしゃぶりの上下動はなく、DIOはジョナサンの沈黙命令を遵守している様子で。
「そろそろ時間です」
康一が懐中時計を、皆との身長差を埋めるように上に掲げる。
長針と短針が天を指すまで、まもなくだった。
天のお告げを聞き逃すまいと、筆記用具を取り出す一同。
皆が筆記用具を取り出し終えた頃には、承太郎の鼻先まで近づいていたおしゃぶりは、ボンネットの上に鎮座していた。
「仕事が早いな」
承太郎は感心しきりといった様子で、ジョナサンを讃える。
『――時刻は24時、日付が変わる真夜中の時間だ』
放送が始まった。
★
【Side ジョニィ・ジョースター】
【E-3 中央】
「ハァッ……ハァッ……!」
ジョニィの足取りは重い。
簡素ながら
ルーシー・スティールの埋葬を済ませる間も、その後の道程も、誰とも合流することなく。
ディエゴの進路を追う形をとってはいるが、歩みは不安定だ。
「このくらいの傷がなんだ……! 足が動くなら、進めるんだ」
ジョニィは『ゼロに至る』にあたり、一人立って行動できるまでに成長した。
並び立つ者がいないことを、孤独を成長の一過程ととることもある。
だが、ジョニィ・ジョースターはこれっぽっちも孤独を望んでいなかった。
望んで失ったわけでも、望んで奪われたわけでもない。
結果として、孤立しただけ。
「静かだな……ぼく以外、誰もいないんじゃあないかってくらいに」
殺し合い開始時にアナスイと別れ単独行動をとったのも、孤独を求めたのではなく、目的の不一致によるもので。
ジャイロとの再会――当初思い描いていた手段とは違えど、ジョニィの目的は一貫している。
一貫しているが、それゆえ孤高、並び立てるものは現れそうにない。
理由も目的も不明瞭なファニー・ヴァレンタインを脅してすべてを取り戻そう、なんて目標、誰と共有できようか。
道筋が見えない目標を掲げるようでは、夢物語と笑われても仕方ない。
だが、やるしかないのだ。
ジョニィ・ジョースターは夢物語と笑われようと、揺るがない。
誰にも邪魔をさせないと。結果、並び立つ者がいなくなったとしても。
一世一代の大勝負に向かう覚悟は、とうに済ませたのだ。
ジョニィが懐中時計を見やれば、長針と短針が天を指すまで、まもなくだった。
「静かさは……ほんのちょっとの間だったな」
『――時刻は24時、日付が変わる真夜中の時間だ』
放送が始まった。
★
――全てに決着をつけようではないか。
――放送は以上だ。
★
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時系列順で読む
最終更新:2026年10月10日 09:49