名前のない怪物達

彼女が立つのは平原のど真ん中。
二つのレンズ越しに確認したのは大きな『穴』だ。
それは離れた位置に建つ施設の壁にぽっかりと開いている。
あまりにも不自然で、異様な光景であることは明白だ。

「んー…?」

双眼鏡を覗き、『刑務所』の穴を確認しているのは蒼を基調とした装いの女性。
霍青娥。堕ちた仙人―――邪仙と呼ばれる存在である。
光学迷彩スーツの『バッテリー』が切れており、今はその姿を晒している。当人は特に気にしている様子は見せていないが。
ともかく、彼女が気になっていたのは刑務所の壁に開かれた穴である。
力によって強引に破壊された痕跡は見当たらない。その穴は綺麗な丸い形、言わば真円の形状なのだ。
自分の能力でもあのような穴を開けることは不可能ではないが…。
それに僅かに覗ける穴の中を見る限り、テーブルや椅子などの幾つかの物資が不自然な形で損壊しているのも見受けられる。
一体どんな力によって為された技なのだろうか?…何となく気になってくる。
好奇心が再び彼女の胸の内に込み上げてきた。

「…とりあえず、寄ってみましょうかっ」

暢気な態度で鼻歌を歌いながら、彼女は双眼鏡を仕舞い込み刑務所へと向かっていく。
名簿を見る限りでも博麗の巫女を始めとした数多の猛者が集っている殺し合いだ。
まだまだ見ぬ面白い参加者が存在しているかもしれない。
折角なので興味深い物には首を突っ込むつもりだし、あの施設の状況は個人的に気になることでもあった。
「あの方」への手土産になるものも見つかるかもしれない。
とはいえ、最優先は保身。危険だと判断したら離れることも視野に入れている。

「~♪」

だが、それよりも興味が勝っているのも事実。
飽くなき好奇心に動かされるがまま、彼女は動き出す。


◆◆◆◆◆◆



GDS刑務所、女子監1階。
ジョニィと蓮子は広い食堂の奥に存在するキッチンの中にいた。
まず食糧の確保だ。キッチンを見渡す限りでも調理道具などそれなりの物資が見受けられるのが解った。
どうやらあちこちの棚の中にも食糧がしっかりと保管されている。
見た限り、会場内である程度の食糧は現地調達可能らしい。他の物資も同様に施設内で見つけられるかもしれない。
ただ、一先ず今は目の前の物資からだ。二人はそのまま物色と回収の作業に移った。


「…ねえ、ジョニィ」
キッチン内の棚や冷蔵庫に存在する食糧を蓮子とジョニィは二人で漁っている。
食堂での見張りはヨーヨーマッに任せている。射程距離ギリギリの位置で留まらせ、周囲を監視させているのだ。
ヨーヨーマッが見張りとなる中で二人は黙々と食料庫の物資を漁っていたが、ふと蓮子が話しかけてきた。
何だ?と短く声を発しながらジョニィは蓮子の方へと軽く目を向ける。

「ジョニィって、『レース』で親友と出会ったって言ってたけど…」
「ああ」
「貴方ってレーサーか何かなの?」

食糧を眺めつつデイパックに仕舞い込みながら蓮子が聞いてきたのは、ふとした疑問だった。
何か会話をしたかっただけなのか、それとも本当に気になっただけなのか。
ジョニィは突然の質問に少しばかり呆気に取られるも、ほんの僅かに考え込むような素振りをした後に彼女の問いかけに対し答える。

「…そういえば、身の程を話してなかったな。何というか、僕はジョッキーをやっているんだ」
「ジョッキー?ってことは、騎手なのね」
「ああ、一時期は色々ともてはやされていたさ」

フッと口元に僅かながら笑みを浮かべながらジョニィは答える。
それにしても、急にレースのことについて触れられるとは思っていなかった。今は『殺し合い』という極限の状況下であるが故に尚更だ。
とはいえ、何気ない話題であろうと会話を交わせばは少しでも蓮子の緊張を解せるかもしれない。
闘いに身を置いたことのない蓮子にとって、肩の力を抜くことは必要だろう。そう思ってジョニィは彼女の会話に快く答えた。

「尤も、一度は僕自身の傲慢さのせいで…栄光も、誇りも、生きる意味も、何もかも失っていた。
 そんな僕が、また歩き出せるようになったきっかけが『ジャイロ』との出会いだったんだ」

『ジャイロ』。その名前を聞いて、蓮子が少しばかり反応を見せる。
出会った直後の情報交換の際にジョニィの口から聞いた名前。ジョニィの捜す『親友』のことだと彼女はすぐに思い出す。

「彼と出会っていなかったら、今の僕はきっといなかったハズだ。また、彼と会いたい」

親友について静かに語るジョニィの表情は、どこか生き生きしているようにも思える。
大切な思い出を追憶するようであり、口元に微笑が浮かぶその姿は嬉しそうにも見えた。
そんな彼の表情を見て、蓮子もまた口元が自然と緩む。

「ジョニィは、本当にその親友のことが好きなんだね」
「ああ。ジャイロは、僕の掛け替えの無い親友だ…心からそう思っている」

そう語るジョニィを見て、蓮子は何となく羨ましく思う。
ジャイロという人は、親友であるジョニィからこれ程までに大切に想われているのだ。
信頼出来る本当の親友とは、まさにこうゆうものなのだろう。
…メリーは、私をどう思ってるんだろうか?私は…恥ずかしいから、面と向かってはっきりとは言わないけど。
メリーのことは親友だと思ってるし…掛け替えの無い相棒。少なくとも私はそう思ってる。
きっとメリーもそう思ってくれてるはずだ。私はそう信じたい…いや、信じよう。
あの娘は私の相棒なんだから。
確信にも近い信頼が蓮子の胸に込み上げ、自然と口元に微笑みが浮かぶ。





互いの親友のこと、経歴などの他愛のない会話が暫しの間続く。
親友について話す時のジョニィと同様、メリーのことについて話す蓮子はどこか楽しそうに見えた。
会話を交わしつつ、蓮子の親友であるメリーの話を聞きつつジョニィは内心思考する。

(メリー…蓮子の親友。彼女も、どうか無事でいてほしいが…)

ジョニィが名簿を確認した限りでは90名もの参加者が会場内に存在しており、その中にはジョニィの知っている危険人物の名も複数名見受けられた。


ディエゴ・ブランドー。レース内で遺体と優勝を巡り、何度も争った天才ジョッキー。

ファニー・ヴァレンタイン。遺体を手に入れるべく暗躍を繰り返していた合衆国大統領。

リンゴォ・ロードアゲイン。大統領の部下にして、生粋の決闘者。


いずれもジャイロと同じく『死んだはずの人間』であるのが気になったが…そのことに関してはいずれ考えるとしよう。
大切なのは『警戒すべき人間が少なくともこの会場内に数名いる』ということだ。
それ以外にも参加者の大半が『見知らぬ者達』である以上、信用の出来ない者だって沢山いるだろう。
開始早々に殺し合いに乗っている参加者も何人いるか解らない。
もしかしたら、自分が予想している以上に乗っている参加者が多い可能性もある。

(そうなった際に危険なのは、蓮子と同様に戦いの経験を持たないメリーだ)

蓮子の場合は支給品によるスタンドの発現(DISCという円盤によって発現したとジョニィは聞いている)、そして開始早々に殺し合いに乗っていないジョニィに遭遇するという幸運を手繰り寄せている。
しかし、まだ安否を確認出来ていないメリーはどうだろうか?もしかしたら、今もたった一人で怯えているのかもしれない。
信頼出来るような頼れる人物とも遭えず、恐怖に震えているのかもしれない。
ジャイロはまだいい。彼には力がある。だけどメリーにはそれがない。
故に物資の回収後、メリーの捜索及び安否の確認は可能な限り早い内に行いたいとジョニィは考えていた。


とりあえず、今はまずはこの食糧を積め終えることが先ではあるが。


◆◆◆◆◆◆



『………………。』


キッチンの出入り口に暢気な表情で突っ立っているのは一体のスタンド。
現在の『本体』である蓮子によって見張りを命じられたヨーヨーマッだ。
そのぼけっとした姿は、一見まともに見張っているのかさえ疑いたくなる。
しかしその視線は食堂へと隈無く向けられており、決して警戒は解かない。
主から命じられた『命令』は淡々と、着実にこなす。ヨーヨーマッは僕としては優秀な存在なのである。
見張りの最中、彼は脳内で思考を行う。彼が思い返していたのは、自らの主人のこと。そしてこの『殺し合い』のこと。

(…やれやれ、今回の『ご主人様』は大丈夫でしょうか)
優勝と言う生還の道ではなく、親友との友情を選択した宇佐見蓮子
怪奇に真っ向から立ち向かうと彼女は言っていた。主催に抗い、ゲームから脱出する方法を模索しようと言うのだ。
その後に出会ったジョニィ・ジョースター、彼も親友を捜しているとのこと。恐らく蓮子と同様の方針だろう。


(私は少なくとも『荒木飛呂彦』の力は理解している)


直後にヨーヨーマッが脳裏に浮かべたのは『スタンドDISC』を支給品として導入した張本人である主催者の一人・荒木飛呂彦。
自身をDISCへと変えたエンリコ・プッチ神父よりも遥かに強大であり、畏怖すべき存在。
まさしく神と称するに相応しい男。自分はあの男の『圧倒的な力』を知っている、逆らえるなどとは到底思えない。

―――あの男の力を、直に見ているのだから。

だからこそヨーヨーマッは、蓮子やジョニィの『殺し合いに乗らない』というゲームそのものに抗う姿勢に対し消極的な姿勢を示している。

ただし、主催者への対抗手段があるとなれば話は別だ。
自分の理解の範疇では荒木と太田に逆らえる等とは思えない。しかし、彼らの力さえ出し抜ける程の『手段』があるとすれば。
『勝算』が見込めるとすれば、全面的に従おう。今のヨーヨーマッは本体に追従し、サポートすることが役目。ゲームにおいて本体の命を守るのも一つの役目である。
故に死に急がせるようなことはさせてはならない。命を投げ打つような真似をさせてはならない。
だが、勝てる道筋さえ見つかれば文句は無い。勝算のある闘いに異議を唱えるつもりは無いし、そうなったならば自分はそれに黙って従うだけ。

(…とはいえ、もし主催者への反抗が『無謀な行為』に過ぎないと判断した時は)

その時はご主人様を説得するつもりだ。
先程も述べたように、主をまざまざと死にに行かせるつもり等毛頭無い。
勝ち目の無い勝負に挑ませるわけにはいかない。ご主人様を護ることが役割なのだから、死へ向かわせるという事態は避けなければならないのだ。
そもそもこの場において『対主催』という方針を選んでいること自体が無謀に近いといえば近い行為ではある。
しかしそれもまたあくまで本体の意向だ。非合理的な方針に苦言を呈することはあれど、それに直接背くようなことはしない。
形はどうあれ、ヨーヨーマッは基本的には本体の『味方』なのだから。

とはいえ、現状まだまだゲームの序盤。他の参加者とも殆ど遭遇出来ていない以上、今の所は様子見と行きたい。
ご主人様―――宇佐見蓮子様の合理性を判断するのも、暫しの観察を終えてからでいい。

「――ヨーヨーマッ。終わったよ」

後方から『本体』の呼びかけが聞こえてきたのは、思考を重ねていた時から直ぐ後のこと。
どうやらご主人様達が作業を終えたようだ。




『お疲れ様です、ご主人様』

軽い会釈と共にヨーヨーマッがキッチンから出てきた蓮子達に労いの言葉をかけた。
見張りの仕事ありがとね、と蓮子は短く礼を言う。
ご主人様からの礼に畏まった態度を見せつつ、ヨーヨーマッは周囲を見渡す。

『見張っておりましたが、特に来訪者はいらっしゃりませんでしたァ。異常事態も特にありません。…ご主人様、次はどちらへ?』
「とりあえず、廊下に出て適当な部屋を捜してみるわよ。出来れば医務室辺り」

蓮子がそう言いつつ、ジョニィと共にヨーヨーマッの傍を通り過ぎる。
「さ、行くよ」と蓮子が軽く目配せをしつつ。それを承諾したヨーヨーマッはのそのそと蓮子、ジョニィに追従するように歩いて行く。
食糧を回収した以上、この食堂にはもう用は無い。可能ならば、次に回収したいのは包帯などの医療道具。
応急処置の為の道具は出来る限り手に入れておきたい、とジョニィと蓮子は考えていた。
殺し合いは恐らく長期戦。90人の参加者によるサバイバルゲーム、いつ怪我をして致命傷を負うかも解らない状況下だ。
その際の為の保険と成り得る道具は、出来るだけ回収しておきたい。
蓮子とジョニィは横並びに歩き、食堂の出入り口の扉へと向かう。ヨーヨーマッも少しばかりの距離を開けて彼らに追従する。
そして蓮子が、扉にゆっくりと手をかけ―――――







ガ オ ン ッ ! ! !


「…え?」

扉を開けようとした蓮子が、ぽかんと声を上げる。
顔を左側へと向ける。奇妙な破壊音と共に、食堂の少し離れた場所の壁に何の脈絡も無く『大きな球状の穴』が開いたのだ。
突如発生した唐突な現象に唖然とする蓮子とジョニィ。
そして、『異変』は再び起こる。


――― ガ オ ン ッ ! !


『――――――。』

蓮子達の後方に立っていたヨーヨーマッの左半身が、瞬時に『消し飛んだ』。
実体を持った斬撃や衝撃によって吹き飛ばされたワケではない。
まるで『半円状に身体の半分を綺麗に削り取られた』かのようだった。
全く未知の攻撃を喰らったヨーヨーマッに、普段のような苦痛に喘ぐ恍惚の声を上げるような余裕も無い。
ただ唖然としたように、その場で突っ立っていた。

あまりにも突然の事象を前にして蓮子の頭が上手く働かない。
身体の半分を消し飛ばされたヨーヨーマッの姿が視界に映る。
蓮子はヨーヨーマッに向けて、声を上げようとした。


―――しかし、『異変』は間髪を入れず立て続けに発生する。



ガ オ ン ッ ! ! ! !


ガ オ ン ッ ! ! ! !


ガ オ ン ッ ! ! ! !



「な、…!?」

咄嗟に爪を構えていたジョニィは目を見開き、驚愕の声を上げる。
あちこちの床に、天井に、複数の『穴』が開く。
それとほぼ同時に、食堂に存在するテーブルや椅子などが次々と『消滅』を遂げていた。
あるものは跡形も無く消し飛び、あるものは一部の残骸を遺して消滅。

食堂に存在する物体が幾つも消し飛んだ直後に、中央に『何か』が姿を現す。
それはまるで髑髏の怪物のような。あるいは、禍々しい鬼のような。
兎に角、その『何か』は口から自らの胴体を吐き出しつつ――――少しずつ、その正体を露にしていく。



「こいつは…!」
瞬間、ジョニィは確信した。さっきの奇怪な現象を起こしたのは、こいつだということを。
こいつの正体が『スタンド』であるということを。
そして、このスタンドは明確な『殺意』と共に先程の『攻撃』を行ったということを―――!




「―――蓮子、逃げろッ!!『スタンド攻撃』だァァァーーーーーーーーーーーーッ!!!」


鬼気迫る表情で、ジョニィは叫ぶ。
直後に直ぐさま右手を構え、『敵』のスタンドへと向けた―――!

少しばかり驚いた様子を見せた蓮子は、身構えるジョニィに対し声をかけようとする。
一人で食い止めるつもりなのか。危険だ、一緒に逃げよう。そう口に出したかった。
だが、ジョニィは決して蓮子の方へと振り向かない。無言で、『敵』に対し右手を構えている。
その時に蓮子は理解する。ジョニィは本気で『現れた敵』を倒すつもりなのだ、と。
恐らく、自分という存在が此処にいては…足手纏いになってしまうのだろう。
ならば―――ジョニィの意図を汲むべきだと、蓮子はその場で判断する。
直後に蓮子は扉を開き、廊下へと走り出した。ヨーヨーマッも主人に追従し、失われた半身を少しずつ再生させながらぎこちなく彼女を追いかけていく…

逃げ往く蓮子達を背に、ジョニィは『爪』を構える。
上半身のみを吐き出した髑髏のスタンドの口から、一人の男が顔を覗かせる。
ハートの飾りを付け、長髪を持った鋭い眼光の男。髑髏のスタンド―――『クリーム』の本体。
目の前に立ちはだかるジョニィ、そして逃げ往く蓮子とヨーヨーマッの姿を確認。

「『スタンド使い』が、二人か…」

酷く冷たい瞳で、男―――『ヴァニラ・アイス』はジョニィを見下し、静かに呟く。

「貴様ら全員、我が『クリーム』の暗黒空間にバラまいてやる」

そして、発せられたのは死刑宣告。
ジョニィ、そして蓮子を仕留めんとする殺意を剥き出しにした。


禍々しい殺意を前にしながらも、ジョニィは動じぬまま爪を構える。

「…あんたは、此処で止めさせて貰う」

鋭い視線を向けるジョニィの爪が纏うモノは黄金に輝くスタンドエネルギー。
その力に呼応するかの如く、ジョニィの傍に『スタンド』が出現する。
それは小さな妖精にも似た薄い桃色のビジョン。

来るか―――ヴァニラ・アイスは、目の前の男が仕掛けてくることを察知する。
ジョニィもまた、ヴァニラを説得の余地のない殺人者であると理解していた。
故に彼は情けも容赦も無く、冷徹に目の前の男を仕留めるべく『爪』を構える。

そして、二人は自身の精神のエネルギーを己がスタンドに収束させる。
睨み合うように二人は相対する。

―――『漆黒の殺意』が、衝突する。



「―――『タスク』ッ!!」

「―――『クリーム』ッ!!」




闘いの火蓋を切ったのはジョニィ。彼の指先から真っ先に爪弾が放たれる。
放たれた爪弾を目にしたヴァニラは『クリーム』の右腕を一振りさせ、爪弾を弾く。

「…爪を弾丸にして放つ能力、か。フン、他愛も無い」

ヴァニラの言葉に耳を向けることも無く、ジョニィは一定の距離を保ちつつ左手からも爪弾を発射。
狙うは僅かに顔を出しているヴァニラの顔面目掛けて。
だが、ヴァニラは冷静にクリームの口の中へと顔を隠し―――クリームもまた、自らの上半身を勢いよく飲み込む!

そして、『身体の全て』を飲み込み…その姿が完全に消滅。
同時に爪弾もまるで一瞬で消し飛ばされたかの様に『消え失せた』。


 ガ オ ン ッ ! ! ! !


直後にクリームが先程まで浮遊していた地点の床が円形に『削り取られる』!
ジョニィは瞬時に危険を感じ取った。さっきも確認したが、アレは確実に『ヤバい』。
直ぐさま距離を取るべく、彼は開かれた扉から廊下へと逃げるように走って行く―――


廊下を突き進み、突き当たりの壁にて彼は動きを止める。

「来い…ッ!」

10m前後の長い廊下の奥、突き当たりの壁を背にしたジョニィは右手を構える。
廊下の壁際に追い詰められたが、ジョニィから見て右側へと向かって通路は続いている。
彼の人指し指の上で『爪』がキュルキュルと回転し、傍には妖精のような小さなビジョンが変わらずに浮遊している。
ジョニィ・ジョースターのスタンド能力『タスク ACT1』。
爪を回転させ、弾丸のように放つ能力。本来ならば黄金回転の力を借りることで能力の進化系であるACT2以降を任意で発動することが出来る。
しかし黄金の回転とは、自然界の中に存在する「黄金長方形」を見つけ出すことで発動出来る技術。
そう、あくまで黄金長方形が形作られるのは『自然界の中』なのだ。
此処は囚人を収監する刑務所。人間の手で造り出された、言わば人為的な施設。

そんな場に『黄金長方形』など何処にも存在しない。
自然界の中に在るスケールなど見つけられるワケがない。
『黄金の回転』を使うことが出来ない今、発動出来るのはACT1のみ。

爪を構えてから静寂の時が暫し流れ続ける。
敵の攻撃らしき物が、一向に見受けられない。
奴はその姿を透明にすることが出来る以上、視認することは困難だ。
沈黙が逆に不気味にさえ感じる。奴は、一体何処から―――

(―――『何処』だ?奴は、何処から来る――――)

警戒と緊張を高めながら、ジョニィはその爪を構え続ける。
敵の能力は未知数。たった一人とはいえ、脅威であることは明白。
決して油断をしてはいけない。気を抜けば、狩り殺されるだけだ―――!


―――ガオンッ!

ジョニィから見て10m先、通路の右側の壁に『球状の穴』。

―――ガオンッ!!

9m先、通路の左側の壁に『球状の穴』。

―――ガオンッ!!!

8m先、通路の左側の壁に『球状の穴』。

―――ガオンッ!!!!

7m先、通路の右側の壁に『球状の穴』―――!



(来たか…ッ!)

距離を縮めてくるかのように次々と通路の壁に開く『穴』をジョニィは目の当たりにする。
まるで障害物をも無視してジグザグに移動しているようにも見える。
姿は確認出来ない。だが、敵は着実にこちらに迫り来る。
それは確かに理解出来た。敵の能力の全貌は未だに解らない。
解ることは二つ。『敵は不可視の状態になって攻撃を行う』こと。
そして『触れたものを一瞬で消滅させる』ということだ!



「うおおおおおおおおおおォォォォォォォォ―――――――――――――――ッ!!」

ジョニィは雄叫びを挙げ、右手の指先から次々と爪弾を前方へと向けて放つ。
回転と共に飛んでいく弾丸は―――ジョニィからの距離にして5mの地点で消滅。
その直後。間髪を容れず左側の通路の壁に、削り取られたような『球状の穴』が生まれる。
壁に開く『穴』が次第にこちらへと近付いてくる。少しずつ距離を詰めてきている―――!

(再び試したが、やはり『爪弾』も通用しないか―――!)

爪弾を発射した直後、再生した爪を回転させいつでも爪弾を放てる状態のまま『敵』から逃げるように突き当たりの右側の通路を走る。
一定の距離は保たなければいけない。至近距離で戦闘を挑めば、奴の『能力』の餌食になる。
だが、ある程度の時間稼ぎは行わなければない。
蓮子。彼女はスタンドを保有しているとはいえ、闘いの世界に身を置いている訳ではない。
そう、ごく普通の女の子に過ぎないのだ。あの男を、逃がした蓮子に追い付かせるわけにはいかない。
奴に追い付かれれば、蓮子は間違いなく容易く殺される…!
故に限界まで自分が時間を稼がなくてはならない。あの男を、止めなければならない!

「ちょこまかと…よく逃げるものだ」

ジョニィが走る中、先程までジョニィが立っていた廊下の突き当たりの地点に『それ』は姿を現す。
髑髏のような顔を持つスタンド。その口から少しずつ飲み込んでいた上半身が吐き出されていく。
そしてスタンドの口から『男の顔』が現れ、外を覗き見るように周囲を見渡していた。

(あのスタンドは攻防一体…はっきり言って、無敵の能力)

後方へと目を向けながら、ジョニィは思考する。
奴のスタンド(確か『クリーム』と言っていた)の能力。全貌は不明だが、触れたものを瞬時に消滅させる。
「最強の矛」と「最強の盾」を兼ね備えた強力無比な能力。

(ヤツの口の中に入り込んでる間は、あらゆる攻撃が通用しなくなる)

そう、爪弾すらも一瞬で消し飛ばされたのだ。
それどころか軌道上に存在する物をいとも容易く消滅させてみせた。
本体あの中にいる限り、こちらからの攻撃は一切届かないだろう。
『身を隠している』だけで、彼は無敵なのだから


(―――なら、何故あいつはわざわざ口の中から顔を出す?)


ふと、脳裏に疑問が浮かぶ。
隠れているだけで無敵になれる能力ならば、わざわざあの口の中から顔を出す意味が無い。
自らの隙を晒しているようなものだ。周囲の様子を確認し、こちらへと顔を向けてきたヴァニラを見る。
ジョニィは思い出す。奴が現れた時のことを。
奴は蓮子や自分に攻撃を与えず、ヨーヨーマッや周囲の物体を破壊しただけだった。
それもかなりデタラメな破壊の仕方。無造作にあちこちのテーブルや椅子等を消し飛ばしていたのだ。

(まさか、あいつ―――『見えていない』のか?)

ジョニィの思考は結論に到達する。
奴はあの口の中から顔を出さない限り外の様子が『見えない』のでは?
そうでもない限り奴がわざわざ顔を出す意味が分からない。
…これは恐らく『アタリ』だろう。無駄の多い攻撃の軌道、無敵の能力で隠れているというのにわざわざ隙を晒す所…
奴が顔を出すことには意味がある。そう、『敵』の位置を確認している。

無敵と思っていた能力だが―――どうやら、弱点もあるらしい。




「逃がさんぞ、小僧」

鬼のような憤怒の表情で睨み、再びジョニィを見据えるヴァニラ。
ジョニィの位置を確認した直後に彼は再びクリームの口の中へと身を隠す。
後方へと向き、後退をしながらジョニィは爪を再び構える。


奴の攻撃が、再び来る。


少しの間だけ顔を出してくる奴の隙を突くこと。
奴を蓮子に近付かせずに極力時間稼ぎを行うこと。
可能ならば―――奴を仕留めること。

目の前の強敵を前に、ジョニィは思考を整理させる。
圧倒的な力だ。だが、明確な弱点が存在する以上勝ち目が無い訳ではない。

(これも、使うべきだろうな)

『支給品』。
蓮子と遭遇した後に確認し、懐に忍ばせていた『それ』を確認する。
かつて一人の鉄球使いが使用していた『武器』。
その破壊力、そして厄介な能力は重々承知している。
かつてのジョニィが直接戦った相手なのだから、当然だ。

―――『壊れゆく鉄球“レッキングボール”』。

ネアポリスの鉄球使いが生み出した、『戦闘技術』。
こんなものまで支給されているとは思わなかったが、武器としては大いに使えるだろう。
奴の視界を狂わせることだって出来るかもしれない。
存分に活用させてもらう。
姿を消滅させたヴァニラのいる方向を見据え、ジョニィは静かに呟く。


「―――僕も、お前を『逃がすつもり』なんてない」

瞳に宿らせるのは漆黒の意思。
目の前の敵を仕留めんとする殺意。
闘いはこれからだ。あの男は――――この手で倒す。


【C-2 GDS刑務所・女子監 一階(廊下)/黎明】

【ジョニィ・ジョースター@第7部 スティール・ボール・ラン】
[状態]:疲労(小)、体力消耗(小)
[装備]:壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部
[道具]:不明支給品(0~1)、基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:ジャイロに会いに行く
1:目の前の男(ヴァニラ・アイス)を倒す。
2:蓮子と共に、メリーとジャイロを探す。
3:殺し合いに乗ってない人に会いたい。
[備考]
参戦時期はSBR24巻、ヨーロッパ行の船に乗り込んだ直後です。
蓮子とは、メリーの名前の情報を共有しました。
タスクACT4は制限により使用不可です。

【ヴァニラ・アイス@第3部 スターダストクルセイダース】
[状態]:疲労(微小)、体力消耗(小)
[装備]:なし
[道具]:不明支給品(本人確認済み)、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:DIO様のために皆殺しにする
1:DIO様、貴方のために全てを葬りさりましょう
2:ジョースター一行は最優先で抹殺する
[備考]
参戦時期はジョジョ26巻、DIOに報告する直前です。なので肉体はまだ人間です。
ランダム支給品は本人確認済みです。


『壊れゆく鉄球(レッキングボール)@ジョジョ第7部』
ジョニィ・ジョースターに支給。
ネアポリス出身の元王族護衛官であり鉄球使いのウェカピポが使用していた鉄球。
鉄球には複数の衛星が取り付けられており、鉄球の投擲と共に衛星が放たれる。
衛星の攻撃及び衝撃波を喰らうと『左半身失調』が発生し、短時間だが『左半分』を一切認識できなくなる。


◆◆◆◆◆◆


「はぁっ…はぁっ…」

荒い息を何度もをしながら、彼女は両膝に両手を付けて立ち止まる。
ヨーヨーマッの姿はまだ見受けられない。恐らく、遅れて走ってくるとは思うけれど…
あれから必死に走って、刑務所の屋外まで出てきた。集会でも行えそうな広場だ。
女子監の一階だったが故に、外への出入り口を見つけることにさほど時間はかからなかった。
周囲一体は鉄格子のようなフェンスに包まれており、夜空はまだまだ暗い。無数の星が空に浮かんでいるのが見える。

ふと、夜空を見上げる。
―――星に、月が見える。その時彼女は気付いた。時刻が解る。
少なくとも「星を見ただけで時刻がわかる能力」は正常に機能している。
この会場に置いても蓮子の能力は少なからず健在であることには気付いた。

だが、今はそんなことを気にしている場合ではない。
ジョニィ。彼が、私を逃がして戦ってくれている。
彼を助けたい。此処まで逃げてきたが、どうにかして彼の援護をしたい。
最悪、他の参加者に助けを求めることも視野に入れるつもりだ。
だけど―――焦ってはどうしようもない。冷静に、冷静になれ蓮子。
せめて、何か手段を――――






「 見ぃつけた♪ 」


唐突に背後から聞こえてくる声。
蓮子は咄嗟に振り返ろうとする。
さっきまで気配なんて無かったはずだったのに。
だが、そう思った矢先に彼女は身動きが取れなくなった。

「――――っ!?」

蓮子は背後から裸締めにされ、声を上げる事も出来ずに動きを封じられる。
何度も抵抗しようとするが、相手の力が予想以上に強く腕は全く離れない。
背後から聞こえてくるのはうふふ、と嘲笑うような声だけだ。

「あらあら、そう抵抗為さらずに。私は暴力は好みませんのよ?」

背後から拘束してくる相手の声色はあくまで穏やかだ。
だが、蓮子は背筋がざわめくような感覚を覚えていた。
こいつは何か、危険な存在だ。さっきの奴とはまた、別の意味で――――

『―――ご主人様ッ!!』
ヨーヨーマッが遅れて広場へと駆け付け、声を上げる。
その身の傷は完全に再生し終えており、五体満足の状態だ。
恐らく再生に時間を有し、暫く姿を現すことが出来なかったのかもしれない。
蓮子の方へと近付こうとするも、彼女を拘束する人物はヨーヨーマッを睨むように見る。

「…そちらの貴方も下手な真似はしないように。
 この御方の首を掠めること等、私にとっては赤子の手を捻るようなものですから」

先程とは違い、威圧するかのような低い声で言い放つ。
その態度からして、この言葉が単なる脅しではないということは見て取れた。
ヨーヨーマッは動きを止め、『相手』を見据える。

(面倒なことになってしまいましたね。まさかご主人様が新手に捕まってしまうとは)
見た限りでは相当の手練のようだ。迂闊に手出しは出来ないが、かといって何もしないわけにはいかない。
どうにかしてご主人様を彼女から助け出さなければならない。交渉、戦闘…頭を回転させ、脳内で選択肢を並べていく。
当然の如く、『殺害』も視野に入れている。

「にしても、この会場…貴女達のような『人形使い』が何人もいるのね?」

『彼女』はヨーヨーマッを見て、先程までのことを思い返す。
天候を操る能力を持つ殿方も、このヨーヨーマッのような人形を操っていた。
恐らく私が惚れ込んだあの方が使っていた能力もそれと本質的に同じ力なのだろう、と。
どうやらこの会場には、『人形使い』が複数人存在する。

「『あちら』はお取り込み中だったから近寄れなかったけど、貴女みたいな『素人』も紛れ込んでいるなんてねぇ…」



あれらの能力のことは気になっていたし、興味の対象に含まれていた。
あの人形については詳しく知りたかっただけに、この娘のような戦闘の素人に巡り会えたことは幸運だった。
さっきの殿方のような方々はともかく、彼女はこうやって簡単に拘束することが出来るのだから。
それ以外にも、洗いざらい情報を聞いてみたい。―――折角なので、この娘の『面白い使い方』も考えてみたい。
場合によっては、この娘を利用して『刑務所内で争う二人』を出し抜けるかもしれない。

「まっ、でも悪いようにはしないわ…ねえ、お嬢ちゃん?」

ともかく、まずはこのお嬢ちゃんの『面白味』を確かめてみることにしましょうか?



「―――私と、お話しましょう?」


蓮子の耳元で囁かれるのは透き通るような甘美な声。
吐き出される吐息が蓮子の首筋にかかる。
邪仙『霍青娥』は―――不敵に微笑んでいた。


【C-2 GDS刑務所・女子監 広場/黎明】

【宇佐見蓮子@秘封倶楽部】
[状態]:疲労(小)、青娥に拘束されている
[装備]:スタンドDISC「ヨーヨーマッ」@ジョジョ第6部
[道具]:基本支給品、食糧複数
[思考・状況]
基本行動方針:メリーと一緒に此処から脱出する。
1:???
2:ジョニィを助けたい。
3:ジョニィと共に、メリーとジャイロを探す。
4:殺し合いに乗ってない人に会いたい。
[備考]
参戦時期は少なくとも『卯酉東海道』の後です。
ジョニィとは、ジャイロの名前(本名にあらず)の情報を共有しました。
「星を見ただけで今の時間が分かり、月を見ただけで今居る場所が分かる程度の能力」は会場内でも効果を発揮します。

【霍青娥@東方神霊廟】
[状態]:健康
[装備]:河童の光学迷彩スーツ(一定時間使用不可)@東方風神録
[道具]:双眼鏡@現実、基本支給品
[思考・状況]
基本行動方針:気の赴くままに行動する。
1:蓮子を『利用』してみたい。
2:面白そうなことには首を突っ込み、気になった相手には接触してみる。
  先程の殿方(ウェス)が使っていたような「まだ見ぬ力(スタンド)」にも興味。
3:王者のような少年(ジョルノ)に「一目惚れ」。機会があれば後で会ってみたい。
4:時間があれば芳香も探してみる。
[備考]
※参戦時期は神霊廟以降です。
※制限の度合いは後の書き手さんにお任せします。
※光学迷彩スーツのバッテリーは30分前後で切れてしまいます。
 充電切れになった際は1時間後に再び使用可能になるようです。

046:柱の女 投下順 048:お宇佐さまの素い足
045:Strong World 時系列順 048:お宇佐さまの素い足
018:愛し君へ 宇佐見蓮子 058:Stand up~『立ち上がる者』~
018:愛し君へ ジョニィ・ジョースター 058:Stand up~『立ち上がる者』~
018:愛し君へ ヴァニラ・アイス 058:Stand up~『立ち上がる者』~
028:Golden Weather Rhapsody 霍青娥 058:Stand up~『立ち上がる者』~

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最終更新:2013年12月17日 00:30