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天地開闢

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記紀

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古事記【原文】 古事記【現代語】 日本書紀【現代語】 日本書紀【原文】 備考
昔、まだ天と地が混じり、陰陽の区別もなく
、鶏卵の中身のように固まらなかった中、ほ
の暗くぼんやりと何かが芽生えていた。 
古、天地未剖、陰陽不
分、渾沌如鶏子、溟涬
而含牙。
やがて、澄んで明るいものは、上昇して天と
なり、重く濁ったものは、下に溜まって地面
となった。
及其淸陽者薄靡而爲天
・重濁者淹滯而爲地、
澄んで明るいものはまとまりやすかったが、
重く濁ったものが固まるのには時間を要した
精妙之合搏易、重濁之
凝竭難。
それゆえ、先に天が出来上がり、地面はその
後に出来た。それから、神が生まれた。
故、天先成而地後定。
然後、神聖、生其中焉
それ故、天地開闢の初め、国土が固まらない
様子は、魚が水面に浮いている状態に例えら
れる。
故曰、開闢之初、洲壞
浮漂、譬猶游魚之浮水
上也。
そんな時、天地に葦が生えるように、ある物
が生じた。間もなくそれが神となり、国常立
尊と名乗られた。
于時、天地之中生一物
、狀如葦牙。便化爲神
、號國常立尊。至貴曰
尊、自餘曰命、並訓美
舉等也。下皆效此。
次に国狭槌尊、次に豊斟渟尊と、全部で三人
の男性神が生まれた。
次國狹槌尊、次豐斟渟
尊、凡三神矣。乾道獨
化、所以、成此純男。
別伝1では、天地が初めて分かれたとき中に
浮くものから国常立尊(国底立尊)が生まれ
た。続いて国狭槌尊(国狭立尊)、次に豊国
主尊(豊組野尊・豊香節野尊・浮経野豊買尊
・豊国野尊・豊齧野尊・葉木国野尊・見野尊
)が生まれた。
一書曰、天地初判、一
物在於虛中、狀貌難言
。其中自有化生之神、
號國常立尊、亦曰國底
立尊。次國狹槌尊、亦
曰國狹立尊。次豐國主
尊、亦曰豐組野尊、亦
曰豐香節野尊、亦曰浮
經野豐買尊、亦曰豐國
野尊、亦曰豐囓野尊、
亦曰葉木國野尊、亦曰
見野尊。
別伝2では、昔、大地が出来上がる前は、水
に浮かんだ油のように漂っていた。そんな中
、国の中に葦が生えるように生まれた神があ
った。可美葦牙彦舅尊という。次に国常立尊
。次に国狭槌尊が生まれた。なお、葉木国は
ハコクニと、可美はウマシと読む。
一書曰、古、國稚地稚
之時、譬猶浮膏而漂蕩
。于時、國中生物、狀
如葦牙之抽出也。因此
有化生之神、號可美葦
牙彥舅尊。次國常立尊
。次國狹槌尊。葉木國
、此云播舉矩爾。可美
、此云于麻時。
別伝3では、天地がまじりあった状態の頃に
、初めて可美葦牙彦舅尊という神人があった
。次に国底立尊があった。なお、彦舅はヒコ
ジと読む。
一書曰、天地混成之時
、始有神人焉、號可美
葦牙彥舅尊。次國底立
尊。彥舅、此云比古尼
別伝4では、天と地が初めて分かれると同時
に現れた神がいた。名を国常立尊という。次
に現れた神は国狭槌尊という。
一書曰、天地初判、始
有倶生之神、號國常立
尊、次國狹槌尊。
天地初發之時、於高天
原成神名、天之御中主
神訓高下天、云阿麻。
下效此、
天地が初めて現れた時に、高天原に出現され
た神様は、天之御中主神と申します。
また、高天原に現れた神の名は、天御中主尊
という。
又曰、高天原所生神名
、曰天御中主尊、
高天原
├茨城県:多賀郡
群馬県:生犬穴
├富山県:高天原湿原
├山梨県:身曾岐神社
├長野県:高天原山
静岡県:山田屋旅館(廃業)
├三重県:神路山
├奈良県:御所市高天
├和歌山:丹生都比売神社
├鳥取県:八頭町
├鳥取県:若桜町舂米
├岡山県:蒜山高原
広島県:広島市
├長崎県:壱岐市
├熊本県:幣立神宮
├宮崎県:高千穂町
└宮崎県:高原町
次高御產巢日神、 次に高御産巣日神、 次に高皇産霊尊、 次高皇産靈尊、
次神產巢日神。 続いて神産巣日神、 続いて神皇産霊尊が現れた。 次神皇産靈尊。
此三柱神者、並獨神成
坐而、隱身也。
この御三方は皆お一人で出現され、やがてお
隠れになりました。
皇産霊は「みむすひ」と読む。 皇産靈、此云美武須毗
別伝1では、天地がまだ固まらず、海上の浮
雲に根がないようにふわふわしていた中に、
泥から葦が生えるようにして、ひとつの物が
生まれ、それが人に変化した。名を国常立尊
という。
一書曰、天地未生之時
、譬猶海上浮雲無所根
係。其中生一物、如葦
牙之初生埿中也、便化
爲人、號國常立尊。
次、國稚如浮脂而久羅
下那州多陀用幣流之時
流字以上十字以音、如
葦牙、因萌騰之物而成
神名、
次に国土が出来立てで、水面の脂のように、
クラゲのようにふわふわ漂っている時に、葦
が芽を出す勢いで御出現された神様は、
別伝2では、天地が初めて分かれたときに、
ある物が葦の芽が生えるように空中に生まれ
た。このようにして現れた神を天常立尊とい
う。
一書曰、天地初判、有
物、若葦牙、生於空中
。因此化神、號天常立
尊、
宇摩志阿斯訶備比古遲
神此神名以音、獨神成
坐而、隱身也。
宇摩志阿斯訶備比古遲神といい、 次に可美葦牙彦舅尊が現れた 。 次可美葦牙彥舅尊。
次天之常立神。訓常云
登許、訓立云多知。此
二柱神亦、獨神成坐而
、隱身也。
次に天之常立神といいました。この方々も皆
おひとりで出現された後、お隠れになりまし
た。
上件五柱神者、別天神
以上の五神は、特別な天の神様です。
次成神名、國之常立神
訓常立亦如上、次豐雲
上野神。此二柱神亦、
それから次々に現われ出た神樣は、国之常立
神、豊雲野神、御二方はお一人で出現されま
した。
またある物は浮かんだ油のように空中に生ま
れた。このようにして現れた神を国常立尊と
いう。
又有物、若浮膏、生於
空中。因此化神、號國
常立尊。
次成神名、宇比地邇上
神、次妹須比智邇去神
此二神名以音、
続いて宇比地邇神、須比智邇神、 次に現れた神は、埿土煑尊(泥土根尊)と沙
土煑尊(沙土根尊)という。
次有神、埿土煑尊埿土
、此云于毗尼・沙土煑
尊。沙土、此云須毗尼
。亦曰埿土根尊・沙土
根尊。
次角杙神、次妹活杙神
二柱、
次に角杙神、活杙神、
次意富斗能地神、次妹
大斗乃辨神此二神名亦
以音、
次に意富斗能地神、大斗乃辨神、 次に現れた神は、大戸之道尊(大戸之邊尊・
大戸摩彥尊・大富道尊)と大苫邊尊(大戸摩
姫尊・大富邊尊)という。
次有神、大戸之道尊一
云、大戸之邊・大苫邊
尊。亦曰大戸摩彥尊・
大戸摩姬尊。亦曰大富
道尊・大富邊尊。
次妹阿夜上訶志古泥神
此二神名皆以音、
次に於母陀流神、阿夜訶志古泥神、 次に現れた神は、面足尊と惶根尊(吾屋惶根
尊・忌橿城尊・青橿城根尊・吾屋橿城尊)と
いう。
次有神、面足尊・惶根
尊。亦曰吾屋惶根尊、
亦曰忌橿城尊、亦曰靑
橿城根尊、亦曰吾屋橿
城尊。
次伊邪那岐神、次妹伊
邪那美神。此二神名亦
以音如上。
続いて伊邪那岐神と伊邪那美神が出現されま
した。
次に現れた神は、伊弉諾尊と伊弉冉尊である
次有神、伊弉諾尊・伊
弉冉尊。
別伝1では、この二柱の神は青橿城根尊の子
である。
一書曰、此二神、靑橿
城根尊之子也。
別伝2では、国常立尊が天鏡尊を生み、天鏡
尊が天万尊を生み、天万尊が沫蕩尊を生み、
沫蕩尊が伊弉諾尊を生んだ。沫蕩は、アワナ
ギと読む。
一書曰、國常立尊生天
鏡尊、天鏡尊生天萬尊
、天萬尊生沫蕩尊、沫
蕩尊生伊弉諾尊。沫蕩
、此云阿和那伎。
あわせて八人の神が現れた。これらの八神は
、陰陽が混じり合って成り現れたので、男女
の性がある神である。
凡八神矣、乾坤之道相
參而化、所以、成此男
女。
上件、自國之常立神以
下伊邪那美神以前、幷
稱神世七代。上二柱獨
神、各云一代。次雙十
神、各合二神云一代也
国之常立神から伊邪那美神までを神代七代と
申します。宇比地邇神から以下は御二方で一
代でありました。
国常立尊から伊弉諾尊・伊弉冉尊までを、神
世七代という。
自國常立尊迄伊弉諾尊
・伊弉冉尊、是謂神世
七代者矣。

ゆかりの寺社(御朱印視点)

引続き調査中ですので、掲載もれがあるかも知れません。

【おススメ度 ☆☆★★★】普通の御朱印です。

都道府県 寺社名 所在地 備考
山梨県 身曾岐神社 北杜市小淵沢町上笹尾3401 【由】所在地「小渕沢町高天原」は、行政地名ではない。(ビル名のような扱いで、郵便物が届くものと考えら
れる。)なお、身曾岐神社は宗教法人かむながらのみちが所有する神社である。
奈良県 高天寺橋本院 御所市高天350 【由】天津神たちが住まう場所と伝わる。高天寺橋本院の駐車場に石碑が建つ。
和歌山県 丹生都比売神社 伊都郡かつらぎ町上天野230 【由】「当社が鎮座する天野の地は古来、神のみが鎮まる場所とされていました。天野と高野を合わせて神々の
住む天上の「高天原」を意味する地であったのです。」丹生都比売神社の「世界文化遺産」解説文より抜粋
熊本県 幣立神社 上益城郡山都町大野712 【伝】大日本史に見える知保の高千穂嶺が幣立神社の所在地である。なお、幣立神社について、『全国神社名鑑
<下巻>』(全国神社名鑑刊行会/1977年)の「事業」欄に「天下一家の会」とある。

【おススメ度 ☆★★★★】御朱印が頂けるか不明です。

都道府県 寺社名 所在地 備考
岡山県 茅部神社 真庭市蒜山西茅部1501 【噂】高天原比定地である蒜山高原に鎮座する。

【おススメ度 圏外】寺社以外の関連施設です。

都道府県 施設名等 所在地 備考
茨城県 多賀郡 多賀郡 【噂】新井白石は『古史通』において高天原をひらがなでの読みで言語解釈し、常陸国多賀郡と比定した。
群馬県 生犬穴 多野郡上野村 【除】鍾乳洞内の一部エリアの名称としてつけられたものであり、記紀を由縁とするものではない。
富山県 高天原湿原 富山市有峰 【噂】高天原湿原や高天原温泉がある。日帰りは困難。
長野県 高天原山 南佐久郡川上村梓山 【噂】群馬県側の尾根は、1985年8月12日に発生した日本航空123便墜落事故の墜落現場があり、「御巣鷹の尾
根」と命名されている。
静岡県 山田屋旅館(廃業) 伊豆の国市長岡1076-1 【除】平成26年9月廃業。キャッチコピーは「神々の湯 山田屋」。
三重県 神路山 伊勢市宇治今在家町 【噂】三重県伊勢市伊勢神宮内宮の神苑の山。
鳥取県 八頭町 八頭郡八頭町 【噂】「天照大神が八上の霊石山(八頭町)伊勢ヶ平にしばらく行宮した後、帰る際に通った道の途中の地点に
ある。伊勢ヶ平は高天原という名前ではないものの、暫定的にせよ、中央の政治機関があった所とみなしうる。
ここには天照大神が行宮の際、白兎に道案内されたという伝承がある。」Wikipedia
鳥取県 若桜町舂米 八頭郡若桜町舂米 【噂】「鳥取県若桜町舂米のわかさ氷ノ山スキー場には「高天原」の地名・伝承が残っている。」Wikipedia
岡山県 蒜山高原 真庭市 【噂】周辺に「天の岩戸」や「天磐座」と呼ばれていた茅部神社がある。
広島県 広島市 広島市 【除】「広島市営 高天原墓苑」。
福岡県 甘木朝倉地方 朝倉市甘木 【噂】「産能大教授安本美典先生他多くの学者は、高天原は邪馬台国で、それは甘木朝倉地方であり、邪馬台国の女
王卑弥呼は天照大神であるとしている。」『日本発祥の地 卑弥呼の里 あまぎ』の碑 解説文より抜粋
長崎県 壱岐市 壱岐市 【噂】「天ヶ原、高野原等の地名が残り、九州王朝説では天国領域とされている。」Wikipedia
宮崎県 高千穂町 西臼杵郡高千穂町 【噂】同町には「天安河原」や「天岩戸」が存在する。
宮崎県 高原町 西諸県郡高原町 【噂】『三国名勝図會』に「土俗傳へ云、當邑を高原と號するは高天原の略称なり」とあるという。



身曾岐神社
天地と共に生き合い、自然を教典とする“いのちの信仰”古神道、千載にわたり白川神祇伯王家に伝えられてきた“神ながらの道”――神道
中興の祖・井上正鐵への神伝を経て、その真髄をことごとく相承する身曾岐神社。東に世界遺産にも登録された霊峰富士、南に甲斐駒ケ
岳を眺望し、日本列島の中立に屹立する八ヶ岳の南麗、約12万平方米におよぶ自然豊かな青緑の地に定めた万象調和のまほろば「高天
原」。そこに古神道本宮・身曾岐神社は鎮座します。
匠たちの伝統の技が惜しみなく注がれた神明造りの本殿。古神道の神学、「神は火水
なり」を具現した火祥・水祥の両殿。東域には日本伝統文化の象徴として、神池に浮かぶ能楽殿。さらに、門外不出とされた古神道の行法
を伝授する修行の社としての瑞松宮。わが国で唯一、「古神道本宮」の名を冠し、日本の伝統精神文化の原点を正しく伝承する社として、
その神殿群は清々しく甍を連ねています。
身曾岐神社 境内案内

高天寺橋本院
高天寺橋本院の公式サイトへようこそお越し下さいました。
宝宥山 高天寺橋本院は金剛山中腹の広々とした空間の台地にある高野山真言宗の寺院です。
ご本尊の十一面観世音菩薩立像は、木造で高さが5.4mと大きく、「生かせいのちの本像」として信仰を集めています。
当寺院のある場所は日本神話の高天原伝承地とされる場所でもあり、古代より霊地とされてきました。
ご参拝にお越し頂ければ、独特の静寂に包まれた境内のたたずまいを感じ取っていただけることと存じます。
高天寺 橋本院 院主  前田 良仁
高天寺橋本院院主ごあいさつ

丹生都比売神社
(前略)
弘法大師が高野山を選んだ理由として、近年、松田壽夫博士が『丹生の研究』で述べているように「水銀の経済的価値を認めていた弘法
大師は、留学先の唐で学んだ採掘と製造の新技術をもたらし、高野山経営の経済的な裏付けを求めた」との説もあります。しかし、文献
的に高野山においても丹砂が採取された記録は残っておらず、確信にいたるものではありません。
当社が鎮座する天野の地は古来、神のみが鎮まる場所とされていました。天野と高野を合わせて神々の住む天上の「高天原」を意味する
地であったのです。
唐へ留学する以前、若き弘法大師は山野をめぐる修行の歳月を送り、その中で高野山にも足を踏み入れたといわれて
います。根本道場を開く地を求めた弘法大師の脳裏に、それにふさわしい聖地として浮かんだ場所、それが高野山だったのではないでし
ょうか。
(後略)
丹生都比売神社 世界文化遺産


幣立神社
高天原というのは、人類のふるさとと申しますから、広い意味では宇宙界にあるはずですが、せまい意味では筑紫の屋根といわれる、九
州のまん中の幣立神宮となります。なぜならばその宇宙界から、天神がお降りになった所が、外ならぬ幣立神宮であるからであります。
ですからこの宮を太古から高天原日の宮と名づけて、一世(いせ)の宮と申します。
その証しが天神の降臨地に生えたヒノキを、太古か
ら一世内宮(いせうちのみや)とあがめ現在は十代目であるが、日本一の巨檜となり、更に一世外宮(いせさとのみや)と仰がれる神杉
を、天御中主尊のお手植え六代目と伝えています。
県神社庁

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