私は、普通の女の子になりたかった。
「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。」
父は魔術師で、母は魔術師の妻だった。だから私は、当たり前のように魔術師になった。
「降り立つ風には壁を。 四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」
幼い頃から普通の子供と同じように学校に通っていた。それが幸運だったのか、或いは不幸だったのか、私には分からない。
普通を知ると言う事は、少なくとも「魔術師としての私」には悪影響だっただろう。
「閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。閉じよ(みたせ)。」
魔術師とはどういう存在なのか。一体何を目指すべきなのか。昔から父は私に言って聞かせた。
私が、お前が、或いはお前の娘が、孫が、やがて根源に至るのだ。父はそんな風に言ったけれど、他の魔術師と言うものを知らない私の目にも、父に才能が無いことは明らかだった。そしてその娘である私自身も。
だからなのかは分からないけれど、父の言葉は私にとってはただの夢物語だった。
「繰り返すつどに五度。」
本当は、魔術師になんてなりたくなかった。
「ただ、満たされる刻を破却する」
なんの実感も、目的もないまま、私は魔術師であり続けた。それは、父が死んだ後も変わらなかった。
「――――告げる。」
魔法陣が、光を発する。
聖杯戦争。万能の願望機を巡る戦い。なんの才能も持たない私が根源へと至る、恐らく唯一の手段。
本当は、根源になど興味はないのに。それなのに私は、その戦いに臨もうとしている。父の遺言に従い、ただ、流されるままに。
なんて馬鹿げているのだろう。なんの理由もなく、命を賭けようとしているなんて。
「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。」
この儀式が成功すれば、聖杯戦争を戦い抜くためのしもべ、サーヴァントが召喚される。
人類史に名だたる者。座より呼び出されし、英雄達の魂。
正直、私には過ぎたものだ。
「聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」
魔法陣が光を増していく。
「誓いを此処に。」
―――失敗しちゃえばいいのに。
ふと、思った。
「我は常世総ての善と成る者、」
この期に及んで、私という人間は。なんて浅ましいのだろう。
「我は常世総ての悪を敷く者。」
魔法陣が更に輝きを増す。おそらくは、これが最後。
「汝三大の言霊を纏う七天、」
詠唱が終わる。儀式が、完成する。
「抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――!」
最後の一節を、唱えた―――。
「…………あれ?」
何も、起こらなかった。
「まさか、本当に失敗……?」
乾いた笑いが出る。
しかし、そもそも最初から失敗の可能性はあったのだ。確かに令呪は宿ってはいたが、召喚に当たって重要となる触媒を、私は何も用意していない。いや、用意出来なかったと言うべきか。
元々大した家系ではない上に、魔術師として半人前以下のまま家を継ぐことになってしまった私には、伝手と呼べるものが全くない。だから、触媒を使用しないままに召喚の儀式を行った。
触媒を使用しなければ、聖杯は通常マスターに相応しい英霊を選び、呼び寄せると言う。
―――私には、相応しい英霊がいなかった…?
だとすれば余りにも情けない事実だが、失敗の理由としてはそれらしいのではないか。
フゥ、と溜息をつき、右手の甲を見やる。
「でもこれ、どうなるんだろ…?」
そこには未だ、聖杯戦争の参加者たる証の令呪が刻まれている。
「取り敢えず、監督者さんってのに会ってみるしか無いのかな…」
私がそう呟いた時だった。
「失礼いたします」
よく通る、綺麗な声だった。
「ふぇっ…?」
いつの間にか、美女が背後に立っていた。
「えっと、どちら様ですかって言うか扉は鍵がかかってたのにいつの間に…」
いや、違う。これは。これは。
「もしかして、私の召喚したサーヴァントさん……?」
「いえ、少し違います」
否定されてしまった。殆ど確信を持った質問だったのだが。
しかし彼女がサーヴァントであること自体は間違いないはずだ。目を凝らせば、サーヴァントたる彼女の情報の一端が見える。マスターとなるもの皆に備わる力だ。
だとすると、彼女は他の誰かのサーヴァントと言う事になる。
「いやいやいや!まっ、待って!待ってください!私、召喚には失敗しちゃったみたいで!今襲われるとすごく困ると言うか!降参するので見逃して頂きたくて!」
焦る私を見て、謎のサーヴァントは、クスリ、と笑った。
「ごめんなさい。勘違いをさせてしまったようですわね」
「へっ?」
呆然とする私に、彼女は笑顔のまま続ける。
「私は、貴女のサーヴァントです。そこに間違いはありません」
「でも、さっきの質問には…」
「そう、先程の質問には否、と答えました。私は貴女のサーヴァントですが、貴女によって召喚されたサーヴァントでは無いのです」
つまり、どういう?話が、全く呑み込めない。
「このような形になったのは、私にとっても予想できなかった事なのです。いえ、正確には、どのような形になるのか予想できなかったと言うべきでしょうか」
何はともあれ、と彼女は改めて居住まいを直して言う。
「私は
ランサーのサーヴァント。真名を
ロンギヌスと申します。どうか、私の身勝手な戦いに、貴女の御力を貸していただきたいのです」
そうして彼女は、深々と頭を下げた。
「えーっと、はい、喜んで…?」
流されるままに、私は応える。信じるものなんて、何も持たないまま。