「貴様が私のマスターかえ?」
召喚は、成功した。
高級ホテルの一室。二人の人物が相対している。
「マスター、などと止してくださいまし。確かにわたくし、エミリア・オルトリッジこそが貴方をこの場に呼び寄せました。此度の召喚に応じていただけた事、恐悦の極みにございます」
膝をつき、深々と頭を下げながら言う。
「しかし、わたくしは貴方をサーヴァント、下僕だなどと思ってはおりません」
「ほう。なかなかに殊勝ではないか。その態度を見るに、私が何者であるか、知ったうえで召喚したと見たぞ」
ゆっくりと顔を上げる。
「ええ、勿論にございます。しかし、どうかその名を、御身自らの口で教えていただきたいのです」
「くははっ、なるほどのう。よいだろう」
妖艶に笑うその姿は、見た目には絶世の美女にしか見えない。
「我が名は、
ディオニュソス。世に名高き、豊穣と酩酊の神よ。おっと、今は一応、英霊の身であったか」
―――やはり。
やはり、やはり成功した。
七つあるサーヴァントのクラスの中で唯一、意図的に呼び出すことの出来るクラス。
バーサーカー。
本来であれば、それは、力の弱い英霊の性能を底上げする為に使われるとされる。或いは潤沢な魔力を用意する術があれば、強力な英霊をより強力に高めることも出来るだろう。
(しかしそれは、凡夫の発想……!)
本来呼び出す事の叶わない神霊を、狂気によって英霊に堕とす。それが時計塔の秀才、エミリア・オルトリッジの発想だった。
再び頭を下げながら、エミリアの顔には笑みが浮かんでいた。
神を従える。そのまま神霊としての力を発揮できるわけではないと言え、これはこの戦いにおいて大きなアドバンテージになるだろう。
否、戦いにおいてだけではない。時計塔に戻った後のエミリアにとっても、この事実は大きな名声となる。
非凡なる魔術の才に加え、先を見据える慧眼あってこそ、エミリアは時計塔にて一目置かれる存在なのだ。
愉しそうにどこからか取り出した酒を煽るバーサーカー、ディオニュソスを見やる。
(今は礼を尽くしましょう、神よ。しかし、所詮貴方はサーヴァント。下僕に過ぎない)
先の言葉とは裏腹に、エミリアの胸の内にバーサーカーへの畏敬の念など無い。
元は神霊なれど、今は英霊の写し身。ただの使い魔。道具に過ぎない。
あらゆるものを利用し、のし上がってきた。今回の戦いも、何も変わりはしない。
この便利な道具を思うまま利用し、エミリアは聖杯戦争に勝利するだろう。
「のう、娘よ。いい加減面を上げても構わぬぞ」
「はっ。ありがとうございます、神よ」
ぞくり、と。顔を上げたエミリアの背に、悪寒が走った。
バーサーカーの目。それが、己の心中の全てを見透かしているように思えたからだ。
「のう娘よ。私はな、ヒトというものが好きなのだ」
「はっ…」
バーサーカーの突然の言葉に、虚をつかれ上手く反応が取れない。
「必死に考えを巡らし、上に立つものを欺き、内心で嘲笑う。そんな浅ましい姿を見てもな。可愛くて仕方ないのよ」
「それ、は……」
心臓が、大きく脈を打つ。
気付かれている?まさか。まさか。
くふふ、と神は笑った。
心臓の音がうるさい。視界がグラグラと揺れる。頭の中がグルグルと渦巻いる。
「結局最後には、私の為に踊ってくれるからのう」
神が言う。
視界が相変わらず揺れていて、考えが上手く纏まらない。
果たしてそれが、動揺によるモノではないと、彼女は気づいただろうか。
「そろそろ酒が回った頃だのう」
神の声を聞くだけで、エミリアの心は歓喜でいっぱいになる。
エミリアは道具だった。その身、その心の全ては、ただ神のためにあった。
「私の為に、存分に働いておくれ。可愛い可愛い、人の子よ」
「はい!お任せください!」
身体を喜びに震わせながら、答える。
全てはただ神のために。エミリアの頬を、歓喜の涙が伝った。