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マシマロ(2)

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マシマロより続く
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
 §かなた

 でも、ちょっとだけ棘が残ったんだ。
 その棘は最初は小さな物だったけど、あたしの中でだんだんおっきくなっていった。

『お父さんがいなくてかわいそう』
 ひろ君はそういった。
 それはあたしとかママとかお母さんがかわいそうだっていったんだと思う。
 けれど、この頃あたしは逆のことを考える。

『お父さんがかわいそう』

 お父さんはママのことが本当に好きで結婚したんだと思う。それで、あたしが産まれたんだ。そう、あたしはお父さんとママの子どもだ。
 ママはお父さんと離婚した。だから、ママとお父さんはもう他人だ。それはいい。本当はよくないけど、とりあえずいい。
 でも、じゃあ、あたしは?
 お父さんは、大好きだった妻をなくしただけじゃなく、娘も奪われたってことになるんじゃないかって思った。そう、たとえママとお父さんが離婚しても、あたしはお父さんの子どもだ。

 お母さんの子どもじゃなくって。

 それに気がついたとき、力が抜けて道ばたに座りこみそうになった。あたしとお母さんは血が繋がってない。あたしはお母さんの子どもじゃないんだ。

 ママはお母さんのために家事をしてあげてる。広い家を隅々まで掃除して、毎日栄養を考えて献立をたてて、疲れて帰ってくるお母さんを優しく出迎えてあげてる。
 でも、あたしはお母さんのためになにかできるわけじゃない。
 お母さんが必死に働いて稼いできたお金で育ててもらって、宿題みてもらったり、遊びに連れていってもらったりしてるだけだ。
 あたしは――お母さんにとってなんなんだろう? そしてお父さんにとっては?

 そう考えると、そわそわしてなにも手がつかなくなった。そのことばかりが頭の中でぐるぐるして、いてもたってもいられなくなる。
 いっそ直接お母さんに聞いてみようか。
 そうも思うのだけれど、お父さんの話を持ちだしたときのママたちの反応を思い浮かべると、切りだせなかった。
 リビングでゲームしながらだらだらとボケとツッコミをしてる二人をみて、この空気を壊したくないと思った。
 だから、一人で決意した。

 お父さんに会いにいってみよう。

 会いにいってどうなるかはわからない。なにを聞きたいのかもわからない。けれど他になにをすればいいのか思いつかなかった。
 とにかく会いにいって話をしたら、なにかの整理ができるかもしれない。そう思った。

 ママのPCにこっそりログインする。パスワードがわからなくて困ったけれど、“tsundere”とか“mikosan”とか色々試してみて“meganekkogekilove”で通った。
 やっぱりママは人として色々とアレだ。お母さんの気持ちがちょっとだけわかった。
“あんたもなんでそんなパスわかるのよ!”お母さんの幻が突っ込んできたけど、それを振り払って捜し物を続ける。
 アドレス帳を開いてみていくと、やっぱりみつかった。

 あたしの昔の名字。もう随分昔に忘れた名前。同じ名前の男の人。

 更新データのタイムスタンプは一年前。これならちゃんと最新の住所だ。
 自分の部屋に戻って検索する。松土駅にいくには、糖武線で北千寿までいって、常盤線に乗り換えればいいらしい。
 お母さんに内緒でよくママと秋葉まではいくから、糖武線急行から日々谷線への乗り換えで北千寿の駅には何度も降りたことがある。
 大丈夫、一人でいける。
 地図をプリントアウトして、松土駅からお父さんの家までの道のりをチェックした。
 ケータイもノートパソコンももっていけない。いまどきのモバイルにはなんでもGPSがついてて、もし位置情報の検索をしたら、あたしがお父さんに会いにいったってわかってしまう。
 ママたちに心配させたくなかった。

 決行の日曜日がやってきた。

「ママ、お母さん、あたしでかけるね。さきちゃん家で宿題一緒にやるんだ」
 リビングでのほほんとしてたママたちに声をかけると、二人とも「はーい」といって玄関まで見送りにきてくれた。
 泉家のルールでは、誰かがでかけるときにはみんなで玄関まで見送りにいかないといけない。
 ルールは他にも“ゲームは一日三時間まで”とか“毎月第一日曜は必ず三人で過ごす”とか“チョココロネはごはんじゃなくておやつ”とか色々あって、もし破るとお母さんに“ゆーざいはんけつ”されちゃうので大変だ。

「宿題は自分でやらないとだめだよ。友達にみせてもらうだけじゃ自分のためにならないんだからねー」
 靴を履いてるあたしにママがそう声をかけると、
「あ、あんたがいうな、あんたがーー!! どんだけ私の宿題みにきたと思ってるんだ!」
 ってお母さんが突っ込んだ。
「やだなーかがみ。子どもの前で親の威厳つぶすようなこといわないでよね。ってか本当に気づいてなかったの? あんなの、かがみと一緒にいたくてわざとやってなかったに決まってるじゃん」
「え……あ……そ、そうだったんだ……」
 途端に顔を赤くするお母さんをみて、ママはくふくふと笑いながらいった。
「もー。ホントかがみんは三十八になっても可愛いなー」

「ゴ、ゴチソウサマデス……」

 ほっとくとどこまでも婦婦漫才をしてそうだったので、そういってドアを開けてでていった。
「晩ご飯までには帰ってくるんだよ~」
「車に気をつけなよ!」

 ママたちに手を振りかえしながら、あたしは駅に向かって歩いていった。
 本当にママとお母さんは仲がいい。

 ――あたしが不安になるほどに。


 緑色のラインが入った電車に揺られて、ごとごとと進む。粗川の河川敷では野球をやってる人たちがいて、高く打ち上げられた白いボールが青い空に消えていくのがみえた。
 この胸に渦巻く不安も、一緒に空に消えていってしまえばいいのに。そんな風に思った。
 彩瀬、亀在、金街。吾立区から褐飾区を通り、江渡川を渡る。
 そうすると、途端に東京の街並から、埼玉に似た郊外の景色にかわる。
 千葉県松土市。お父さんが今住んでいる街だ。

 こぢんまりとした、二階建ての一軒家だった。小さな前庭にはプランターが置かれていて、色とりどりの花が咲いていた。
 何度も表札をみて、間違いがないか確認する。
 どうしよう、どうしよう。決心がつかないでしばらくうろうろと歩き回った。
 でもここまで来ておいて、引き返すわけにはいかない。どうせあたしはあの呼び鈴を押すんだ。だったら今押してしまえばいい。
 そう思って震える指で呼び鈴を押した。

 ――ドアを開けたのは知らない女の人だった。

「あら、どこの子?」
 清楚な感じの人だった。
 この家に住み慣れていて、自分がここにいることになんの疑問も抱いてない。そんな
雰囲気をもっていた。
 その女の人はお腹が膨らんでいて――

 あ、赤ちゃん、そこにいるんだ。

 そう思ったとき、目の前の光景の意味がわかって――あたしは逃げ出した。

「あ、ちょっと! あなたもしかして…」
 よびかける声を無視して走り続ける。
 次々と涙が目尻にふくれあがっていって、ポロポロと零れ落ちていく。

 あたし馬鹿だ。お父さんだって、いつまでもあたしたちのことを引きずってるわけにはいかなかったんだ。
 お父さんには、もうお父さんの人生があるんだ。あたしは、もうよその子なんだ。

 心臓が張り裂けそうにばくばくと音をたてている。
 息が上がって、呼吸が苦しくなる。
 もう走れなくなって、立ち止まった。
 はーっはーっと荒い息を整えて、気持ちを落ち着かせようとする。
 ぐしぐしと涙を袖で拭って、自分に話しかけた。

 これでよかったんだ。お父さんはお父さんで、幸せな家庭を作ってるんだってわかって。
 あたしはもう、ママとお母さんの子どもなんだ。そこから考え始めればいいんだ。

 そう思ったら少し気が楽になった。こうなることを望んでいたんじゃないか。今のお父さんの暮らしを知って、気持ちの整理をつけることを。

 落ち着いたところで、周りを見回す余裕ができた。

 知らない家、知らない通り、知らない街。
 それに気づいて、背筋が凍りつく。

 ――あたし、どっちからきたんだろう。

 空が、重くのしかかってくるように感じた。


 §こなた

「かなた、遅いなー……」
 わたしは野菜をざく切りにしながら、窓の外を眺めてつぶやいた。
 そろそろ陽も暮れかける頃だ。
 最近あの子は料理の手伝いを積極的にしてくれていた。この時間まで戻らないのは珍しい。
 なんだか悪い予感がした。
 この頃あの子は少しおかしかったから。
 それでもわたしたちを避けている風でもなく、むしろ必要以上にかがみに甘えている様子だったから、それほど気にはしていなかった。
 もう少し長引くようだったら手助けが必要かな。そう思っていた矢先、今日はなにかふっきれたような様子だったから安心していたのだけれど。

「かなた、まだ戻らないのかしらね?」
 かがみが声をかけてくる。
 ぐったりした様子でテーブルに突っ伏しながら、上目遣いでわたしを見上げてる。
 久しぶりに二人で濃密な時間を長いこと過ごしてしまった。
 そのときのかがみの様子を思い出すと、ほこほこと顔がほころぶ。
 けれど、かなたのことを考えると、そんな幸福感も暗い不安感に塗りつぶされていってしまうのだ。

「遅いよね……電話してみようか」
「そうね、って私がするわよ」
 包丁をおいて手を洗おうとするわたしを押しとどめて、かがみはかなたのケータイに電話をかけた。

 かなたの部屋から、あの子の着メロが流れてきた。

 思わず、もっていた包丁を取り落としてしまった。
 ――悪い予感が、当たった気がした。


「こなた! あの子、さきちゃん家どころか、誰の家にもお邪魔してないって!」
 かがみがパニック寸前という感じで叫ぶ。
 わたしも引きずられてしまいそうになるけど、どっちかが冷静じゃないといけないと思うから、ぐっと自制する。
 考える、考える。あの子がなんでわたしたちに嘘をついたのか。
 あの子は簡単に人を騙そうとする子じゃない。親バカといわれようとも、それは断言できる。
 あの子はまっすぐに育ってくれた。それは、ひとえにかがみがあの子のことも愛してくれたから。凜と立ってあの子に範を示してくれたからだ。
 ――あの子が嘘をつくとしたら、それはきっと、誰かのことを思ってだ。

 そう考えたとき、答えがわかったきがした。

「かがみ、――君に電話してみるね。あの子、お父さんに会いにいったのかも」

 かがみは外にあの子を探しにいってくれた。ありがたい。かがみにだけはこんな所をみせたくはなかった。
 震える指で番号を呼び出して、通話ボタンを押す。呼び出し音がすごく長く感じた。

『……こなた?』

 懐かしい声が聞こえてくる。ベッドの中でわたしにたくさん愛をささやいた声。
 でも、ときめくことはなかった。今もかがみの声を聞いたときに感じる、あの感情は浮かんでこなかった。ただ懐かしいだけだった。
 ――わたしは、なんて薄情な女だろう。そう自嘲する。
 ぎこちない挨拶を交わしたあと、事情を話した。
 彼は慌てた様子で『ちょっと待って』というと電話を保留にした。
 奥さんと、話しているのだろう。
 しばらくして電話にでた彼がいった。
『……小学校高学年くらいの女の子が、訪ねてきたらしい』

 ――かなた。
 どんな思いであの子は彼の元に会いにいったのだろう。奥さんがでたとき、あの子のなかでどんな感情が吹き荒れたことだろう。
 そう思うと、自然と涙が溢れてきた。

 彼は『俺も捜すよ』っていってくれたけど、断った。昔の妻子に未練があるような態度をみせたら、今妊娠中の奥さんはどれだけ不安に思うだろう。
 そういったら、彼もそれに気づいたらしく、悲しそうに『わかった』っていった。
 本当に優しい人だと思う。あの人には幸せになって欲しかった。


 §かがみ

 つかさに事情を話すと、自分の家のことみたいに心配してくれた。
 もしかしたらすぐ帰ってくるかもしれないから、家で待機しててほしい。そういうと快く引き受けてくれた。
 妹の優しさにずっと頼ってきたのは、本当は私のほうなのかもしれない。そんなことを考える。

 ゆいさんが運転をひきうけてくれた。私もこなたも冷静に運転できる自信がなかったから、ありがたかった。
「松土署の知り合いに連絡しといたよ。捜索願いじゃないから、普通の巡回くらいしかしてもらえないと思うけど……」
 ゆいさんがいってくれた。

 車中では次々と悪い考えが浮かんできて離れなかった。
 犯罪に巻き込まれてるのかもしれない。事故にあったかもしれない。寂しくてないてるかもしれない。寒くて凍えてるかもしれない。
 でも思いはいつも一つのところに戻ってくる。

「どうして、私たちに相談してくれなかったんだろう……」

 爪を噛みながらつぶやく。呻くような声がでてきた。
「私…私、そんなに信用されてなかったのかな……あの子に……」

 できる限りの愛情を注いできたつもりだった。
 最初はこなたの子どもだから愛してあげないといけないって思った。でも、すぐにそんな思いはどこかにいってしまった。気づけば他でもないあの子のことが大好きになっていた。

「ちがうよ……ちがうよかがみ。あの子は、多分お父さんの話をしたときのわたしたちの反応みて、聞けないって思っちゃったんだよ……」
 こなたは私の手をさすりながらいってくれる。
「かがみも知ってるでしょ……あの子はそういう子。人の痛みも喜びも、まるで自分のことみたいに引き受けて、一緒に泣いたり笑ったりする子だよ……」

 そうだ、こなたのいうとおりだ。私もあの子のことを信じてあげないといけない。
 だから私はこなたにいった。
「……本当、そういう周りの感情に敏感ですぐ気を遣うとこ、あんたそっくりだわ」
 そういうと、こなたは答えて、
「ふふ、それでいて、辛いのに気丈に振る舞って心配かけさせまいとするところなんて、かがみそっくりだよね」
 っていってくれた。

「強く……強くならなきゃね……わたしたち、いままでよりずっと……
 どちらからともなく手を握り合って、誓う。あの子のために、自分たちのためにも。


 松土につき、二人でわかれて捜し始めた。
 ゆいさんは松土署にいって、なにか通報が届いてないかを聞きにいってくれた。

 コンビニ、ファミレス、公園、ファストフード店。
 あの子がいそうなところをしらみつぶしにあたる。店員にかなたの服装をいって、こんな子がこなかったかと問いかける。こういうときケータイは便利だ。どんな店がどこにあるかわかるし、GPSで現在地も掴める。
 だからこそケータイをもってないあの子のことが心配だった。
 普段はケータイを開けばすぐに場所がわかるから、つい地理を頭にいれることを怠ってしまうのだ。
 いない。どこにもいない。
 そもそも松土にいないかもしれない。
 途中の駅で寄り道して、そこで事故にあってるのかも。倖手で降りてどこかに隠れてるのかも。
 でも一番確率が高いのが松土で迷子になっていることだ。それ以外の、あまり想像したくないことは、今は考えても仕方がないと思った。

「ああ、なんか12時くらいに、女の子が泣きながらおにぎり買っていったっすよ」
 あるコンビニの店員がそういったとき、信じられない思いで問い返してしまった。店員は同じことを繰りかえす。

 ――みつけた。

 慌てて手近なものを買って、礼をいって飛びだしていった。
 あの店員は、小学生の女の子が深夜12時にコンビニで泣いていて、なにも思うところがなかったのだろうか。
 ちらと心の片隅で思ったけれど、今はそんなことを考えている場合じゃない。

 ――かなた。この近くに、どこかにあの子がいる。
 見つけなくては、捜さなくては。
 抱きしめてあげなくては。

 空はもう、白みはじめていた。


 §かなた

 さむい、ねむい、お腹すいた。

 道を捜しているうちに、なんだか全部どうでもよくなってきた。
 空も真っ暗になって、今が何時かもわからない。
 あたし、なんでこんなところを歩いてるんだろう。
 昨日まではあの家で、ママとお母さんと一緒に笑ってたのに。
 ママに会いたい。お母さんに会いたい。
 そう思うとまた泣けてきて仕方がなかった。

 これは多分罰なんだ。あたしは思う。

 嘘をついてでかけたことへの罰。ママに隠し事をした罰。――お母さんを、疑った罰。

 あまりにもお腹がすいたから、コンビニでおにぎりを買って公園で食べた。
 お腹はふくれたけど、気持ちは満たされなかった。
 寒かったから、コートを身体にまきつけて、ベンチで丸まった。
 夜の公園は青暗い闇に閉ざされていて、うかびあがる滑り台やジャングルジムが、見知らぬ怪物みたいにみえる。
 いつしかあたしは眠りにおちていた。

 ――夢のなかで、だれかが呼んだ気がした。

 それは懐かしくて暖かくて、今すごく聞きたい声。
 薄く目を開けると、夜はもう白みはじめていて、地平線のビルの向こうがほのかに赤みがかっている。
 吐く息が白く湯気になっていて、その寒さに身震いする。

 また、声が聞こえる。あたしのことを呼ぶ声。

 駆け寄ってくる跫音が聞こえる。

 ふりむくと、青い夜の名残の中、赤い朝焼けを背負い、紫の女のひとが立っていた。
 お母さんだった。 
 お母さんが、信じられないような顔をして、はーはーと息を荒げながらあたしをみつめてる。
 あたしも信じられなかった。でも、どこからどうみてもお母さんだった。
 こんな地の果てみたいな街までどうやって飛んできたんだろう。どうやって、あたしをみつけてくれたんだろう。

「かなた……」

「お母さ…」
「かなたあああぁぁぁぁぁーー!!」
 嬉しくて抱きつこうとしたけれど、それより早くお母さんの方があたしに抱きついてきた。
 信じられないことに、お母さんはあたしの身体に取り縋って、わんわんと泣き出した。
「しんぱ…心配したんだからね……うぇ……もう、ばか、ばかぁ…」

 あのお母さんが。
 裁判官として国を背負って立つお母さんが。一喝しただけで沢山の大人の人を怖がらせるお母さんが。いつも背筋を伸ばして、あたしが悪いことをすると怒るお母さんが。
「もう……もう……私に黙っていなくなったりしないで!!」
 子どもが駄々をこねるみたいないいかたで、あたしに懇願する。

 お母さんに会えたら聞きたいってことがいっぱいあった。
 あたしは本当にお母さんの子どもでいいの? とか、本当はあたしが邪魔っけだったりしない? とか、ママとあたしどっちが好きなの? とか。

 でもそんなことは全部どうでもよくなった。もう聞く必要なんてなかった。
 あたしはなんて馬鹿なんだろう。答えなんて、最初からわかってたのに。なんで信じられなかったんだろう。
「ごめ…ごめんなさい……ごめんなさぁい……うあぁぁ……」
 胸がいっぱいになって、次から次へと涙がでてきてとまらなかった。

 二人でずっと抱き合ったまま、わんわんと泣いた。

 お母さんからは、もうお母さんの匂いはしなかった。

 あたしとママとお母さんの――同じ家の、同じ匂いがした。


 §エピローグ

 ママも少し後にきてくれた。
 ママもすごいぼろぼろになってたけど、ちっちゃい身体であたしとお母さんを二人とも抱きしめてくれた。
 そのあと三人で警察署に向かった。そこでゆいおばさんが待ってくれているらしい。
 あたしは色んな人に迷惑かけちゃったんだ。そう思うと情けなかった。
 そのとき、ママが突然変なことをいいだした。

「かなた、肩車しよう!」

 あたしは慌てて返事する。
「ええぇぇっ! なにいうのママ! あたしもう5年生だよ? ママと身長そんな変わんないよ?」
「いいからいいから、しよう!」
 ママがそんな風にスイッチが入っちゃったときは、なにをいっても無駄だって知ってた。
 お母さんも苦笑しながら、「乗ってあげなさいよ」っていう。
 だからあたしは、ひざまづいているママにまたがった。
 首とか背中とか、すごいちっちゃいなって思う。ママがこんなにちっちゃかったなんて、知らなかった。

「ふんぬらばー!」
 ママはそういって、顔を真っ赤にして立ち上がった。
「……だ、だいじょうぶ?」
「だいじょーぶ、だいじょーぶ。まだかなたひとりくらいなら支えられるよ」
 ママは笑いながらそういった。
「それよりかなた、なにがみえる?」
 いわれて周りを見回した。

 赤い赤い朝焼けが世界中を覆っていて、違う国にきたみたいだった。いままでみたことがない高い視界でみると、なんだか色々なものが違ってみえた。
 素直にそういうと、ママはあたしにこういった。

「かなた、あなたが今みてる世界は、わたしもかがみもみたことがない世界なんだよ」

 そっか、今みてる視界は、お母さんが飛び上がっても届かないくらいに高いんだ。
 そう思ってると、ママが続けてこういった。

「あなたはね、わたしたちが辿りつけないところにいって、わたしたちが知らない景色をみることができるんだよ。
 全然知らない言葉を喋る友達と、聞いた事もない国で過ごすことになるかもね。人生なんて、ほんとなにがあるかわかんないもんだよ。

 ……でもね、かなた。あなたがわたしたちの元を飛び立って、遥か彼方に行ったとしても──たとえあなたがわたしたちのことを忘れたとしても──わたしたち三人は、ずっとずっと、家族だよ」

 そのときママがいったこと。あたしにはまだちょっとわからないことがあった。
 ママたちがいけないのにあたしがいけるところなんて、思いつかなかった。
 ママたちが知らないことなんて想像がつかなかった。
 ママたちのことを忘れることなんて絶対ないのにって思った。

 でも凄く大切なことをいってると思ったから、忘れないように何度も何度も頭のなかで繰りかえした。

 そうしてるうちに、ママはプルプルと震えだしたかと思うと、
「ごめ、もう、げんかーーーい!」
 といってしゃがみ込んでしまった。

「あわわわ、だ、だからいったのにぃ~!」
 そういってあたしがママからおりると、お母さんもあわてて駆け寄ってきて、ママの腰に手を当てた。
「ふひ~、や、やっぱわたしももう歳なのかな~。いや違う、かなたが太ったんだ! なんたってかがみの子どもだからね!」
「ほー、そりゃどういう意味だ?」
 じとーっとした目でママをみつめるお母さん。

 またやってる。
 おかしくて、声をたてて笑った。
 やっぱりママとお母さんは、世界一仲がいい。

 あたしはそんな二人に両手を差し出した。
「はいっ」
 あたしがそういうと、二人は嬉しそうに微笑んで、あたしの手を握ってくれた。

 ――訂正。あたしたち三人は世界一仲がいい。

 左手はママ、右手はお母さん。
 三人で手を繋いで。

 あたしたちは、世界一幸せな家族だ。

(了)











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  • 読んでて泣けてきた
    最高です -- FOAF (2012-06-27 20:18:44)
  • 二次創作で泣いたのは初めてでした。
    子供を虐待する馬鹿親に読ませてやりたい。 -- 名無しさん (2010-03-06 06:39:32)
  • 読んでて自然に涙が出ちゃいました…
    読むの4回目なのに初めて読むような感覚になりますね

    作者さんありがとうございました!
    そして5つ下に自分も激しく同意です! -- 名無しさん (2009-11-27 08:07:01)
  • 4つ下に激しく同意
    そして
    この作品を公開してくださり、ありがとう -- 白夜 (2009-11-25 00:21:30)
  • ↓すいません 前作よんできました

    弁護士じゃないんですね
    m(__)m
    -- オビ下チェックは基本 (2009-10-20 16:55:18)
  • GJ!!!!!!

    メチャクチャよかったです!!!

    かがみの職業、弁護士じゃね?ってのも どうでもよくなるぐらいGJ!!!

    心が暖まりました!…あれ…変だな………景色が滲んでみえる……



    -- オビ下チェックは基本 (2009-10-20 12:54:49)
  • ↓激しく同意!
    -- 鏡ちゃん (2009-09-27 11:27:19)
  • らきすたという枠を越えて、これは百合というか同性愛問題の作品として評価されるべき -- 名無しさん (2009-05-21 12:11:36)
  • GJだよ! -- (=ω=・)b (2009-03-28 06:07:58)
  • 家族の素早さを作者はよく分かってくれているな。とにかくGJ!! -- 名無しさん (2008-09-22 00:47:12)
  • この題材から生まれる問題をちゃんと解決した上でのGODEND
    暖かかったです -- 名無しさん (2008-08-11 20:22:01)
  • さっきから目から汗が出てきて止まらなんで
    水分補給に逝って来るわ -- 名無しさん (2008-08-01 21:58:15)
  • 作者GJ 誰か映画化してくれ  -- 名無しさん (2008-08-01 02:42:27)
  • 読んだのはこれが2回目だけど・・・!
    なるべく堪えてたつもりだけど・・・!
    やっぱり1回目読んだときと同様に涙が頬を・・・w 名作です!!GJ!
    -- 名無しさん (2008-07-10 22:47:54)
  • 不覚にもホロッときた・・・ -- 名無しさん (2008-07-09 08:12:31)
  • 暖かい…すごく暖かいよ…こなた、かがみ、そしてかなたちゃんいつまでもお幸せに… -- 名無しさん (2008-07-08 00:33:12)
  • この家族には、幸せになってもらいたい。 -- 名無しさん (2008-07-06 23:32:04)
  • 家族愛とは何か···わかったような気がする。こなたの旦那さんいい人過ぎて泣ける -- 名無しさん (2008-04-30 07:03:52)
  • 言いたい事は2つ。GJ。そして、素晴らしい感動をありがとう。 -- 名無しさん (2008-04-30 06:44:36)
  • とにかく素晴らしかった!GJです!欲を言うならまだこの三人を読んでいたい、
    ということですかねw -- 名無しさん (2008-04-03 22:24:48)
  • あ~‥‥成る程。一番最初に思ったことが、それでした。かがみとこなたが好き合っているのがすごく分かって、かなたの気持ちもよく分かって‥すごかったです!こういう作品をまた、書いてくださいね?? -- フウリ (2008-03-27 01:36:55)
  • 16-187氏の作品、幾つか読ませていただいてますが――
    どれも素晴らしすぎます! 次を読むのが楽しみです! -- 名無しさん (2008-03-23 15:37:12)
  • 脳内で鮮明に映像化された -- 名無しさん (2008-03-21 20:07:18)
  • あれ、目頭が熱いや・・・ -- 名無しさん (2008-03-20 01:42:14)
  • これは良作すぎる‥(;ω;) -- 名無しさん (2008-03-09 01:49:49)
  • こなたが男と寝たのかと思うと… -- 名無しさん (2008-03-08 23:18:23)
  • あれ…?景色が滲んできたよ… -- 名無しさん (2008-02-11 23:41:49)
  • 何度も読み返しました -- 名無しさん (2008-01-20 21:45:19)
  • もうだめだ。涙腺崩壊。ありがとう -- 名無しさん (2007-12-27 01:45:25)
  • これ映画化していいよ。
    家族とは何なのかハッキリ解る。 -- 名無しさん (2007-12-17 02:09:04)
  • 太ったんじゃなくて、今まで以上に家族の重みが増したと考えると幸せになれた。
    -- eida (2007-11-10 16:24:56)
  • すごく良かったです…感動しました -- 名無しさん (2007-11-09 01:59:58)
  • 殿堂入り決定!! -- nipul (2007-11-02 11:51:19)
  • いい話だ…そして38なのに今と変わらないかがみとこなたしか思い浮かばない… -- 名無しさん (2007-11-02 02:43:17)
  • これは良作過ぎて……いい意味で言葉が出てこない 超GJ!! -- 名無しさん (2007-10-31 20:29:22)
  • 純粋に泣ける。
    人生で一番泣けた。 -- 名無しさん (2007-10-30 20:45:49)
  • ( ;∀;) イイハナシダナー 感動をありがとう!! -- 名無しさん (2007-10-30 01:21:47)
  • べっべつに感動してるわけじゃないんだからねっ!(;ω;) -- 名無しさん (2007-10-29 22:19:06)
  • 無数に分かれた未来の中で生まれるドラマがあり、
    そうしてラストに心に灯を点すような物語は魔法のようだと思いました。
    いつまでもこの子達が幸せでありますように、と思う優しさを感じました。 -- 名無しさん (2007-10-29 02:22:56)

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