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星に願いを 第6話

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 6. (かがみ視点)


 私、柊かがみは、午後4時50分過ぎにコスプレ喫茶の扉をくぐった。
 すぐに店長とおぼしき男性が、声をかけてくる。
「今日はハルヒで頼むよ」
「はあ…… 」
 今日のコスチューム・プレイ、即ちコスプレは『涼宮ハルヒの憂鬱』
の主人公とのことだ。
 一度、みゆきやつかさとここに来た時に、こなたが演じていたのを
見ていたし、原作自体は最新刊まで既読なので、彼女の性格や仕草、
台詞は把握しているつもりだ。

 宇宙人や未来人、超能力者を信じるエキセントリックな性格だけど、
本当は主人公が気になって仕方がない、ごく普通の少女というのが私の評だ。
 バイトの時間が始まって、接客をしてみると、男性客が大半を占めるが、
女性客も一定の割合で訪れていることに驚いた。
 男性客には『ご主人様』、女性客には『お嬢様』というのも
理解しにくいところである。

 一応、ハルヒの真似をして接客をしたつもりだけれど、どこまで
似せることできたのかは分からない。
 日曜日の夕方ということで、6時を過ぎた辺りからは、客がひっきりなしに
押し寄せて、てんてこ舞いという状態だったから、正直なところ、
注文を捌くので手一杯だった。
 ただ、今日はステージが無かったのは、今の私にとっては幸いだった。
 あの激しいダンスは、とても無理。

 午後8時にバイトが終わり、留学生のパトリシアさん(この前の学園祭
で親しくなったから今後はパティと呼ぶことにする)と、更衣室で
着替えをしながら話す。
「今日のこなたはちょっと変デスネ? 」
 制服の袖を脱がそうとする手が止まった。私は、慎重に言葉を選んで
ゆっくりと口を開く。
「どうしてそう思うの? 」
「言われるととても困りマスガ、萌え分が不足しているカンジデ、かわりに
ツンデレ分が5割ましだった気がシマス」
「あのねえ…… たぶん、あなたの気のせいよ」
「そう、デスカ」
 私はごまかしたが、彼女は首をしきりに捻っていた。

 パティと別れて外に出ると、冷たい北風が差し込むように吹いてきて、
私は思わず両腕で身体を抱きしめる。
 季節は秋から冬へ向けて、着実に進んでいる。

 空を見上げると、ビルの隙間からいくつかの星が瞬いている。ひときわ明るく
東の空に輝いている星に目がとまった。
 あの星から地球まで、光が届くのに8年以上かかる。  
 8年後、私は何をしているのだろう。
 志望している弁護士になっているのか、それとも、別の道に進んでるのか。
 駅の改札口をくぐり、泉家に向かう電車に身体を揺らしながら、
とりとめのない思考の海に身をゆだねる。

 こなたはどうなんだろう? アイツの進路は本当に予想できない。
 いつのまにか、ふっといなくなってしまいそうな不安がよぎる。
 もし、こなたが消えてしまったら…… 私は自分で生み出した悪い想像に
身震いした。


 翌朝――

 明日の朝になれば、元に戻るという期待も少しはあったが、目が覚めても
『こなた』の姿のままで、私はひどく落胆した。
 何か事件がおこらなければ、元に戻らないのだろうか。
 昔読んだ小説で、二人が絡み合って階段から落ちてことがきっかけで、
人格が入れ替わった話があったけれど、
 その時は、もう一度階段から落ちて元に戻るという結末だった。
 今回の私たちはどうやったら元に戻るのだろう。

 癖のある長髪をブラシでとかしながら、私は鏡に映った『こなた』の
顔をじっと見つめた。
 瞳の下のほくろと頭に跳ねる毛がトレードマークの小柄で、
悪戯そうな表情が似合う少女。
「お姉ちゃん。そろそろ行こう」
「うん」
 こなたのお父さんが居間にいるから、ゆたかちゃんは、さりげなく
気を遣ってくれる。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
 家の外の空気はひんやりしていたけど、朝の陽光が冷気を少しづつ
払ってくれる。
 黄色に染まった銀杏並木をくぐりながら、私達は駅へと歩いていく。

「かがみ先輩って、とても強いんですね」
「えっ? 」
 ゆたかちゃんが私を見上げている。
「どうしてそんな風に思うの? 」
「上手くいえないんですけど。私だったら、もし誰かと
入れ替わったりしたら、不安で何も出来なくなってしまうはずです。
でも、かがみ先輩は、すごく冷静に対応していますから」

「まあ。私には手のかかる妹がいるから、しっかりしないとね」
「つかさ…… 先輩ですか?」
「そうね」
 つかさが小学生の時に、いじめられたりした頃は、よく相手の男子と
喧嘩もしたっけ。当時から強気な性格だった。
 守らなきゃって意識が強かったのだろう。
「そうだったんですか。お姉ちゃんはかがみ先輩の話を良くしますけど、
先輩から直接お話できるのは新鮮です」
 輝くような瞳を見せながら、ゆたかちゃんは言った。

「こなたは、私のことをどう話しているのかな? 」
「え、えっと…… 昨日のお昼も少しお話しましたが、とっても
素敵な先輩です。いつも口癖のように…… 」
 言いかけて、ゆたかちゃんは慌てて口をつぐむ。
「口癖のように何かしら?」
 ゆたかちゃんは、顔を赤らめて俯いたままだ。でも、聞かなくては
いけないことがある。
「ゆ・た・かちゃん。こなたは私のことを、何っていってたの? 」
「えっ、あの、その」
 ぐいっと顔を近づけられて、ゆたかちゃんはおろおろする。
 しかし、私の押しの強さに負けて、うなだれながら話してくれた。
「かがみ先輩は『私の嫁』って…… 」
「全く、もうっ」
 私は、長い髪の先をいじりながらため息をついた。何で、私が
こなたの『嫁』なの? 
 こなたが私の『嫁』ならわかるけど…… いや、私は何を考えているんだ。
「どうしたんですか? 」
 きょとんとした顔でゆたかちゃんが私を見上げていた。

 校舎でゆたかちゃんと別れた私は、こなたのクラスに入った。
 こんな形で長年の夢がかなうとは、皮肉すぎる。
 教室を見渡すと、みゆきが自席で教科書を開いていた。
「おはようございます。こなたさん」
「おはよ。みゆき」
 言った瞬間、みゆきの瞳が大きく見開かれ、私は自分のミスに気がついた。
「おはよう。みゆきさん」
 ぎこちなく言い直す。こなたが、みゆきのことを「さん」付け
していたことを、すっかり忘れていた。
 みゆきは首をかしげている。気まずい沈黙に耐え切れなくなった
私は口を開いた。

「もう教科書、開いているの? 」
「ええ。今日は世界史の小テストがありますから」
「えっ? 」
「黒井先生が、先週末のホームルームで話されていましたけど」
 こなたの奴、伝えるの忘れていたな。何の準備もしていない。
「みゆきさん。範囲はどこっ」
「18~19世紀のヨーロッパ史で、産業革命についてですよ」
 みゆきは教科書を開いて、該当するページを丁寧に教えてくれた。
「ありがと」
 私はみゆきに礼を言って、急いでこなたの机の中に手を突っ込む。
 こなたは教科書を全部机においていくという荒業使いだから、
探すのに手間取ったけど、世界史の教科書は何とか見つかった。
「落書きだらけだな」
 ため息をつきながら教科書をパラパラとめくる。世界史は
どちらかというと苦手な科目だ。
 私が必死で頭に叩き込んでいる時に、つかさが教室に入ってきた。

「おはよう。ゆきちゃん。おね、あっ、こなちゃん」
「おはようございます」
「おはよ」
 何とか言い間違えなかったのは、ラッキーというべきだろう。
 それにしても、名前を呼ぶだけでこんなに苦労するとは
先が思いやられる。 
「つかさ。ちょっとこっちにきて」
 トレードマークのリボンを揺らしているつかさに、私は声をかけた。
「なに? 」
 私は、つかさの耳元で囁いた。
「昨日は、こなた、大丈夫だったかしら? 」
 つかさは曖昧な表情になってしばらく黙っていたが。
「うん。お姉ちゃんが心配することは何もないよ」
 つかさの言葉に何かひっかかりを覚えたけど、今は世界史の
テストが気になっており、それ以上の注意を向けることは
できなかった。

 始業時間ぎりぎりになって、黒井先生が飛び込むようにやってきた。
 短いHRの後、「今日は小テストやで。ちゃんと勉強
しとったら簡単な問題や」と、いいながらプリントを配る。
 小テストと侮るなかれ。進学校である陵桜は一定以下の点だと
小テストといえども補習がある。
 世界史は知っているか、知っていないかが全てを分けるので、
テストの準備をしていないと非常に厳しい。
 冷や汗を垂らしながら小テストを終え、隣の席の人に渡して採点を頼む。
 結果は20問中13問正解で65点。60点未満が補習なので結構
あぶなかった。
 ぶっつけ本番での実力が不足しているということが分かっただけ
良しとしなくてはならない。

 1時間目が終わって、教科書を閉まっていると、黒井先生に呼び止められた。
「おい、泉」
「何、でしょう」
「ネトゲの寝落ちはあかんで。パーティの皆に謝らなあかん」
「はい…… 」
 私は完全に無実なのだが、今は『こなた』の姿をしているので素直に
謝らなくてはいけない。
「ごめんなさい」
「まあ、私も夜遅くまで引っ張ったのがあかんかった。今後はちょっと
自重することにするわ」
 小声で囁くと、黒井先生は片手をあげながら歩み去っていった。
 さほど怒ってはおらず、むしろ、こなたを夜遅くまで起こしていたことを
反省しているようだ。私は、黒井先生にむしろ好感を覚えた。

 高校生活は意外と忙しい。あっという間に4限が過ぎて昼休みになり、
いつもの4人が集まった。
 しかし、今日はぎこちない会話になることを覚悟している。
 こなたと私が入れ替わっている事実を、みゆきだけが知らない。つまり、
私は『こなた』になりきり、こなたは『私』を演じなければならないのだ。
 事態のややこしさに辟易して、どうにも箸が進まない。
「どうされたのですか。こなたさん」
「ちょっと食欲がなくて」
「そうですか…… あまり無理をしないでくださいね」
 心配げに私を気遣ってくれるみゆきに対して罪悪感が生まれる。
 しかし――

「こなちゃんは、恋煩いだね」
 突拍子も無い発言をしたつかさに、私は目を白黒とさせた。
「な、何いってんの。つかさ」
「恋をすると、いろいろ悩んで食欲とか体調がおかしくなることが
あるんだよ…… それが恋煩」
 つかさが私に向ける瞳が、とてつもなく冷えていることに気が
ついて愕然となる。私は思わず口走った。

「つかさ。昨日何があったの? 」
 私は、つかさと、こなたを交互に見比べながら言った。
「何も…… なかったよ。何も」
 黙っていたつかさが、囁くように言った。
 今まで見たことがない程、表情に暗い影が見える。

「今日のみなさん。どこか変ですよ」
 みゆきが戸惑いながら眉をひそめる。いつものまったりとした
空気は微塵も無くて、心を切り裂きそうな、冷ややかな空気を
4人が包む。

「ゆきちゃんは、関係ないから」
 つかさの発言にみゆきの表情が固まる。
「ちょっと、つかさっ」
 流石に焦った私は、つかさをたしなめようと声をあげた。しかし――
「分かりました。でも、抱えきれなくなったら話してください」
 みゆきの冷静な対応で、私たちは間違いなく救われた。
 その後は、特に不穏な空気が流れることもなく(かといって急に
親密さが戻ったわけではないが)とにかく、何事も無く昼食を
終えることができた。

 私はみゆきに、私とこなたが入れ替わったことを伝えるべきか
どうか迷っている。
 素直に話せば納得してもらえるし、困った時に力になって
貰えるだろう。
 一方で、みゆきには敢えて教えない方が、私達を正しい方向に
導いてくれるのではないか、という根拠の無い期待も生じていた。
 人間、モノを知れば、必ずしも正しい判断ができるとは限らない。
 時と場合によっては、埒外にいる人間の方が、事態の渦中で
混乱している者より本質がみえる場合がある。
 結局、私はみゆきには、入れ替わった事実を伝えなかった。
 吉とでるか凶とでるかは、まさに神のみぞ知るだろう。

 放課後、帰宅しようと教科書をかばんに詰め込んでいる時に、
こなたが声をかけてきた。
「かがみ、一緒に帰ろう」
 ずいぶんストレートな物言いだな。
「ゲーマーズに寄るとかじゃなくて? 」
 私は、ちょっとからかうような口調を作っていったけど、
私の姿をしたこなたの瞳は真剣だった。
「分かった。ちょっと待ってて」
 秋の日はつるべ落とし。5時を回れば外は暗くなってしまう。
私達は、学校から程近い喫茶店に入った。
「どうしたのって聞くまでも無いか」
「うん」
 こなたには、いつもの闊達さが欠けている。
「私に話したいことがあるんでしょ」
「まあ、隠していても仕方ないよね」
 こなたは珍しくため息をつくと、注文したレモンティのコップを
手に取り、唇を湿らしてから、昨日の夕方の出来事を話し始めた。

「嘘。でしょ」
 つかさがこなたを押し倒したという話は、私にとっては
これ以上ない衝撃だった。
「いろいろ重いなって感じだよ」
「そう…… 」
 つかさがこなたを好きという事実よりも、つかさが心理的に
追い詰められていたことを、全く知らなかったことがショックだった。
 双子なのに、ずっと一緒に過ごしていたのに、つかさを分かっている
つもりで、実は全然知らなかったのだ。

「どうすればいいのか、分からなくてね」
「あんたの好きなゲームだと、この先どうなるの? 」
 私は、ストローに口を付けながら尋ねた。
「うーん。やっぱりご都合的な結末になるかな」
「みんなが分かり合ってハッピーになれる? 」
「そうだね。中には鬱展開で終わるのもあるけど」
「そっか」
 私は紅茶に口をつけながら、ため息をついた。
 無言の時間が過ぎる。いつも騒がしい私達にとっては珍しい程
長い沈黙。
 店内に静かに流れるクラシックと、まばらに座っている他の客の声が
時折、聞こえるだけだ。
「こなた」
「ん? 」
「つかさの事、お願い。今の私は一緒にいてあげられないから」
「分かった」
 こなたはいたって真面目な口調で頷いた。 


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星に願いを 第7話へ続く











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