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二人のジングルベル

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効きすぎのエアコンみたいな冷たい冬の風がカーテンをわずかに揺らし、
遠くからジングルベルの愉快な音楽が聞える。
部屋のテレビもミニコンポも持ち主の意思におとなしくしたがって沈黙を守っていて、
会話のない部屋でジングルベルの音楽に少しだけ身をゆだねながらかがみは
ベッドの上で目を閉じていた。
「じんぐるべーる、じんぐるべーる、すずがーなるー……」
自分にも聞えない小さな声で、ささやくように歌う。でもすぐにそんな気力も萎えてしまって、
またため息をついて体をごろごろと転がした。
窓から入るひんやりした風が、ほっぺたをそっと撫でた。
「はあ……」
せっかくのクリスマスイヴだというのに、随分と景気の悪いため息だと自分でも思う。
いつもにぎやかなこの部屋も、自分ひとりしかいないとひどく静かに感じられた。
いつもだったらつかさに、みゆきに、……それにこなたが居てくれて楽しくおしゃべりしたり、
ゲームをしたり。そんな『当たり前』が最近はとんとご無沙汰で、正直心細かった。
冬休みだから仕方ないけど、みんなが予定あるのに自分だけ一人ぼっちなのはさびしい。
部屋着にしているグレーのジーンズの縫い目をすり抜けて、冷たい風が足に
まとわりついては離れていく。そろそろ新しい服買いたいなあと思いながら、かがみはつま先をこすり合わせた。
「さむい……」
ちらりと窓の外を見やると、少しだけ雪が降り始めていた。
さすがに風邪を引くのはいやだったから窓を閉めて暖房をつけた。
古いやつだったから、あんまりあったかくなった気がしない。
ジングルベルが聞えなくなると耳鳴りがして、自分が一人ぼっちだという現実をあらためて突きつけられた気がした。
こらえきれなくなってこなたが貸してくれたアニメソングのCDをつけた。
妙にアップテンポで落ち着かなくて、すぐに消してしまった。
「はぁーあ」
天井を見つめても何もない。
しばらくぼぅっとしていると携帯電話がじりりり、とレトロなベルの着メロを鳴らした。つかさだ。

「はい、もしもし」
『あ、お姉ちゃん。どう?そっち何もない?』
なんだか申し訳なさそうな声で言う。相変わらず優しいコだ。
「んー、まあね。何もない。本当、何もなくてちょっとしんどいわ」
『ごめんね、私だけ……』
「いいっていいって。友達とパーティーなんてそうそうないんだから楽しみなさいって」
『う、うん……今日泊まりだから帰れないけど、何かあったら連絡してね』
「はーいはい。それじゃ切るわよ。友達に悪いでしょ」
『うん。じゃあ、またあとで電話するね』
ぴっと通話を切った。枕元に携帯をおくと、また大きいため息が出てしまった。
ほんの短い会話でもちょっとは気晴らしになったけど、やっぱりすぐにまた寂しくなってしまう。
またつかさから電話あったら、ちょっと長話につきあってもらおう。
そうは思っても、かがみの頭に浮かぶのはつかさではなくて、海のように真青な髪の『あの子』だった。
「電話くらいよこしたっていいじゃないかよぅ」
また携帯を握って恨めしげに言う。
この一週間、何度となくこっちから連絡をとろうと思った。
でも『あの子』は親戚ご一同と旅行に行っている真っ最中でなんだか気が引けたし、そもそも
彼女は携帯電話を携帯しない人間だ。かけたところで連絡がとれるとは思わなかった。
「私たち恋人じゃないのかよぅ……バカこなた……」
手でくるくると携帯電話を玩び、また枕元に置いた。

予定だと二週間の大型旅行だそうで、いろんな場所の温泉を巡るツアーらしい。
温泉かあ。いいなあ。私も行きたいなあ。
慰めにそんなことを考えても虚しいだけでまたため息が出てしまった。
キッチンでコーヒーを入れて、静かな音楽(やっぱりこなたが貸してくれたアニメソングだ)を
聞きながら窓をのぞいた。
道行く人々はみんな『清しこの夜』を待ち焦がれているようで、笑顔がこぼれて楽しそうだった。
胸がぎゅっとした。
一番つらいのは、両親と姉が三人で旅行に行っていることでも、つかさが友達の家にお泊りに行ってる
ことでも、自分だけ予定がないことでもない。
こなたがいないことだ。
二週間くらいなら平気、と思ってたけど一週間でもう寂しくて仕方ない。自分で思ってたよりこなたの
こと好きだったんだなあ、としみじみ考えてもなんの慰めにもならなかった。
それにやっぱり、クリスマスイヴくらいは恋人と一緒に過ごしたかった、と思う。
できるだけ時間をかけてコーヒーを飲んだらやることがなくなってしまった。半分拗ねてベッドに
倒れこんだ。
このまま明日になっちゃえばいいなあ。しょうがないから、明日は一人でゲームセンターでも
行こうかなあ……。
ぼんやりしてきた頭でそんなことを考えていると、そのうちゆっくりと意識が遠のいていった。

しばらくうとうとしていると、突然さっきのアップテンポなアニメソングが耳に入った。
驚いて飛び起きると、携帯電話がけたたましい音を立て、おおげさなくらい大きくバイブレーションしていた。
大急ぎで電話をとった。この曲は、こなたがかけてきたときの曲だ。
「も、もしもし」
『やっほお、かがみ。愛しいこなたですよー』
「愛しくなんかないわよ」
思わず憎まれ口を叩いた。
私がこんな寂しい思いしてるのに、こんなあっけらかんとした声出しちゃって!
「どうしたのよ。温泉はいいの?」
『いやあ、温泉もいいんだけどね。さすがにアニメ見られないしゲームもできないし。そっち方面の話も
 できないからしんどくなってきちゃってさ。それに今日イヴじゃん?どうしても話したくなっちゃってさ』
「私はあんたの暇つぶし相手か」
話しながら、だんだん自分の声が涙声になってきているのに気づいた。
こんな他愛もない話でも、やっぱりこなたの声を聞くと安心する。心があったかくなる。
一週間ぶりに聞けたどうしようもないくらい愛しい声は、かがみにはとても嬉しかった。
『あれ、かがみ泣いてる?』
「な、泣いてないわよ!!」
『わわ。わかったよ、そんな大きい声出さないでよ……。どっちにしてもかがみ、寂しいでしょ?』
「……まあ、ちょっとね」
『えっへへー。そんでさ、ちょっといいこと考えちゃったんだ、私』
「いいこと?」
『そ。すっごくいいこと。っていうかプレゼント、あげようと思ってさ。かがみ、きっとびっくりするよ』
「プレゼント?何よ、もったいぶらないで言いなさいよ」
『んふふ、それはねえ』

ぴんぽーん。

「………!」
ばたばたと普段ならさせないような足音を立てて、玄関に向かって駆け出した。
二重のカギを開けて、思いきりドアを開けた。

「はーい、こんばんは」
携帯を耳に当てたまま、こなたがにへら、と笑った。
喉の奥に何かつまった感覚がして、何もいえなかった。
「あれ、やっぱダメだったかな、この演出。アニメならもっとラブラブになるフラグ立つと思うんだけど」
「………なんで、ここに?」
「ん。抜け出してきた」
やっとこさ言葉をひねり出すと、こなたはやっぱりあっけらかんと言い放った。
「こう、スキを見てね。あとでお父さんに怒られる気がするけど、でもいいんだ。
 かがみと一緒にいたかったしねー。ほら、ケンタッキーとお菓子とジュースとー。
 あとケーキ買ってきた。一緒に食べよ」
「こなたぁ……」
「わ」
思わず目からぽろっと涙がこぼれてしまったが、もうそんなの気にしてられなかった。
こなたの小さい体を、そっと抱きしめた。
「さびしかったよぉ……」
「うんうん。私も寂しかった。あー、ほら。泣かない泣かない。今日はずっと一緒にいたげるから」
「ほんと?ほんとに?」
「うん。私がウソついたことある?」
「……ある」
「ありゃりゃ」
思わず目を見合わせて、小さく笑いあった。あ、とこなたが思い出したように手を叩いた。
「忘れてた。かがみ」
「ん?」
「メリークリスマス」
また、にへらと笑った。雪は少し弱くなっていて、その中に立つこなたはすごく可愛かった。
「うん。メリークリスマス、こなた」
頬に手を添えて、一度だけキスをした。
遠くから、ジングルベルの愉快な音楽が聞えていた。

おわり



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