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ガラスの壁 第6話

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 6. (こなた視点)


 私の懐に飛び込んだゆーちゃんは、大粒の涙で頬を濡らしている。
 しかし、私は、華奢な身体を受け止めながら、嗚咽を漏らす背中をさすって
あげることしかできない。
 ゆーちゃんは声が涸れるまで泣いた後にようやく顔を上げたけれど、瞼のまわりが
真っ赤に腫れてしまっている。
 そして、暫くしてから、ぽつりぽつりと今日の出来事を話し始めた。

「ゆーちゃん。今日は帰ろう」
「えっ、でも」
 私の言葉に、ゆーちゃんは躊躇っている。
「あの教室にいると、もっと具合が悪くなると思うから」
「う、うん…… 」
 私は、校舎の入り口で待っているように伝えると、ゆーちゃんのクラスまで
一直線に向かい、扉を乱暴に開ける。
 教室の中には半数以上の生徒がおり、大きな音を立てて入ってきた闖入者に
視線が集中した。

 私は、周囲に構わず、ゆーちゃんの席までずんずんと歩き、机の中にある
教科書とノートを次々に鞄の中に入れていく。
「あ、あの、泉先輩? 」
 ひよりんこと、田村ひよりちゃんが瞼をぱちくりさせながら、声をかけてくる。

 私はとまどっている彼女に伝言をお願いする。
「ゆーちゃんは体調不良で早退すると伝えてくれるかな」
「は…… はいっス」
 私の厳しい表情にたじろいたのか、彼女はコクコクと頷いた。

「コナタ、ユタカどうしたのデスカ? 」
 一方、パティは事情が分からないという顔をして尋ねてくる。
「パティ、教室にいなかったの? 」
「ヒヨリと、ミナミと、食堂に行ってましたカラ」
 大きな胸を揺らしながらパティは答えた。
 ふーん。この3人がいなかったから、『あの連中』はゆーちゃんに
馬鹿な事を言ったのか。


 私は、ゆーちゃんの鞄を掴むと、教室の隅で佇んでいる女子生徒に向かう。
 教室にいる生徒の誰もが私の姿を目で追っているが、そんなの関係ない。
「え…… あっ」
 急に上級生に迫られてあたふたしている、これといって特徴のない顔つきをした
生徒の前に立ちはだかると、空いている方の手で胸倉を掴み、思いっきり捻り上げる。
「ひいっ 」
 半ば宙に浮いて爪先立ちになった少女の口から、悲鳴混じりの叫び声があがった。

「あなた。ゆーちゃんに酷い事いったね」
 私の声と表情は、既に氷点の遥か下にまで冷え切っている。
「ごめんなさいっ…… 泉せんぱい、ゆるしてくださいっ」
 冷汗と鼻水と涙をだらだらと流しながら、憐みを誘おうとしてひたすら許しを乞う姿は
酷くみっともなくて滑稽だ。
 大体、悪いと分かっているのに何故やるのか、とても理解できない。

「文句があるなら、私に直接言いなさい」
 ごく低い声で言うと、彼女は機械仕掛けの人形のように何度も頷いた。
 いかにも小人っぽい振舞いを見せてくれた女子生徒に冷たい一瞥をくれてから、
掴んでいた制服を放すと、よろめいて何度か咳き込み、放心したように
地面にへたり込んだ。

 この空間に立っていること自体が、嫌になってきてしまうな――

 私は、静まり返った教室を出る為、軋んだ音を立てながら扉を開けた。
 廊下に出る間際に、突き刺すような視線を感じて後ろを振り返ると、
岩崎みなみちゃんが、物凄い形相で睨んでいる。
 しかし、私は何もいわずに立ち去った。


 ゆーちゃんのクラスを出てから、荷物を取りに行くために、3年B組に戻り、
自席の脇にかけてある鞄を持ち上げる。
 基本的に、教科書やノートは置きっぱなしにするのでとても軽い。
 そのまま教室を出ようとすると、つかさが声をかけてきた。

「こなちゃん、どうしたの? 」
 不安そうな顔を隠そうともせずに尋ねてくる。
「つかさ。今日は早退するから」
「こなちゃん。具合が悪いの? 」
「『具合が悪い』のは、ゆーちゃんだけどね」
 私の簡潔すぎる説明に、つかさはますます思いつめたような表情に
なっている。
「ゆ、ゆたかちゃんが…… 」
 次の言葉が思いつかないみたいで、もどかしげに顔を歪めている。
「そういうことだから」
 私が、後ろを向いて外に出ようとした時、つかさがいきなり抱き付いてきた。

「つかさ…… みんなが見てるよ」
 背中に柔らかくて温かい感触が伝わるけれど、教室にはたくさんの
クラスメイトがいるので、正直言ってかなり恥ずかしい。
「こなちゃん。どこも行かないよね」
「私が、どこかに? 」
 何を言っているのかな?
「つかさ。意味分かんないよ」
「ゆたかちゃんと、遠いところに消えたりしないよね」
 つかさは泣きじゃくりながら、私の背中に頬をあてているけど、何故そんな
途方も無い事を言い出すのか、よく分からない。

「つかさ。変な想像のしすぎだよ」
 向き直ってつかさの頭を撫でて、ポケットから取り出したハンカチを
腫れた瞼に当てる。
「あ、ありがと。こなちゃん」
 つかさが泣きやむのを確認してから、私は教室を後にする。
 背後にいて見えないはずのつかさの視線が、妙に痛かった。


 黒井先生に、事情を説明してから早退する旨を伝える。
 先生はかなり深刻そうな表情をしていたが、すぐに承諾してくれたのは
ありがたかった。
 昇降口に戻ると、ゆーちゃんがほっとしたように微笑んだ。
「ゆーちゃん。大丈夫? 」
「うん。もう平気だよ」
 やっぱりゆーちゃんは笑顔が一番だ。
 ゆーちゃんの笑顔は私を救い、世界を滅ぼす…… わけはないか。
 つかさの影響で変な空想をしてしまったようだ。

 空は澄み渡るように蒼くひろがっている。
 12月とはいえ、風はほとんどなく、昼時ということもあって、
日差しに小春日和のようなぬくもりを感じることができる。
 学校を出てからは、ゆーちゃんと手を繋いで、葉をすっかりと
落とした街路樹の下をのんびりと歩いていく。
 流石に今日は口数は少なかったけど、二人きりの大切な時間を
持てることは嬉しかった。
 この幸せが永遠に続きますようにと願わずにはいられない。

「ねえ。ゆーちゃん」
「なあに。お姉ちゃん」
 私を見上げながら答えてくれるのは、更に小柄なゆーちゃんだけだ。
「今度の週末、どっか行こうか? 」
 ゆーちゃんは顔を綻ばせながら頷く。
「う…… うん! お姉ちゃんと初めてのデートになるんだね」
「あっ、そっか 」
 ゆーちゃんと外出したことは何度もあるけれど、付き合い出してから
二人だけで遊びに出かける、つまり『デート』をするのは初めてになるんだ。

「ゆーちゃん。どこがいいかな。遊園地かな? 」
「えっと、どうしよう」
 急には思いつかないというより、候補地がたくさんありすぎて決められないと
いった感じだ。

「うーん。宿題にしよっか」
「宿題? 」
 ゆーちゃんがきょとんとした顔で尋ねてくる。
「そう。どこにデートに行くか、金曜日までに決めること。もちろん二人に
出された宿題だよ」
「うん。いいよ。おねえちゃん! 」
 ゆーちゃんは弾けるような、満面の笑顔を見せてくれる。
 この笑顔を守る為だったらどんな事でもしてみせると、私は心に固く誓った。

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ガラスの壁 第7話へ続く










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  • 今回もとてもGJ
    -- 九重龍太 (2008-03-23 13:22:38)

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