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『4seasons』 夏/窓枠の花(第五話)

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『4seasons』 夏/窓枠の花(第四話)より続く
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

§6

 ガラリと窓を開けると、途端に蝉の声が飛び込んできて驚いた。夏のさかりであるから
には蝉が鳴いていて当たり前なのだけれど、伏せっているときにはこんな大音声すら耳に
入っていなかったのだ。
 遠く雲雀の啼く声が聞こえる。一体どの辺りを飛んでいるのだろう。見つけようと思って
青い空を探してみたけれど、さんさんと輝く太陽が眩しくて眼を開けていられなかった。
 どこにでもある、夏の朝の風景だった。
 蝉も、鳥も、空も、雲も。私があんな状態であっても我関せずと、いつも通りの日々を
変わらず過ごしていたのだろう。
 それは、不思議と好ましいことに思えた。
 病床で自分のことばかり考えながら過ごしていると、自分とそれ以外との境界がわかり
づらくなる。こんな風に自分と関わりなく回っている世界を見て、私はやっと日常に帰れた
気がした。
 うーんと大きく伸びをすると、身体がばきばきと音を立てる。
 眩暈がするほど気持ちよくて、自然と吐息が漏れだした。
「やっぱり健康っていいなー……」
 声に出して云うと、一層強くそう思えるのだった。

 一階に降りると、なぜか居間に家族が勢揃いしていた。
 お母さん、お父さん、まつりお姉ちゃん、いのりお姉ちゃん、そしてつかさ
「あれ? みんなどうしたのよ。雁首そろえて集まっちゃって」
 私がそう云うと、お母さんが呆れたように云った。
「あなたねぇ。どうしたのじゃないわよ。やっと本調子になったみたいだから、ちゃんと
あなたの顔を見ておこうと集まってるんじゃない」
「えー、何よそれ、たかが夏風邪で大げさなんじゃない?」
「あら、それもそうかもしれないわね。じゃあ、快気祝いで買っておいたこれ、かがみは
いらない、と……」
 意地悪くそう云っていのりお姉ちゃんがテーブルに置いたものは、一玉五千円はしそうな
大きなマスクメロンだった。
“みんなで食べちゃおっか”なんてニヤニヤ笑いながら云ういのりお姉ちゃんに、私は
持ち合わせがある限りの白旗を揚げまくったのだ。

「なんかまつりお姉ちゃんの分だけ大きくない?」
「細かいこと云うなって。大体これ、私もお金出したんだからいいんだよ」
「はぁ? お金出したからいいって、それじゃ私の快気祝いになってないじゃないのよ」
「こらこら二人とも、喧嘩はよしなさい。お父さんのあげるから、な?」
「もう、あなた……どうせじゃれあってるだけなんですから」
「なんで私がかがみとじゃれあわないといけないのよ。じゃれあうっていうのは、かがみと
つかさみたいなのを云うんだよ?」
「え、えへへ…」
「つかさって云えば、かがみはちゃんとつかさにお礼云った? この子、ずっとつきっきりで
看病してたのよ」
 いのりお姉ちゃんがそう云ったとき、幸せそうにメロンを咀嚼していたつかさが少しだけ
哀しそうな顔をした。
 恐らく誰も気づいてはいないはずだ。その表情の変化に気づけるのは、双子として共に
生きてきた私だけ。
「うん、ちゃんと云ったわよ、ね、つかさ?」
「うん! それにね、わたしずっとお姉ちゃんにお世話になりっぱなしだったから、少しだけ
恩返しできて嬉しいんだよー」
「そうかそうか」
 お父さんもお母さんもいのりお姉ちゃんも、つかさを見て楽しそうに笑っている。いつも
にこにこと無邪気なつかさは我が家のアイドルで、特にいのりお姉ちゃんは、歳の離れた
妹が可愛いと云って溺愛しているのだ。もっとも、歳の離れた妹なら私も同じはずなの
だけれど。
 そんな即座に自分にダメージが跳ね返ってくるだろう無粋なつっこみは、しないほうが
いいのだろう。

 まつりお姉ちゃんは、私とつかさを不思議そうに見て、それでも何も云わなかった。

 今はその気遣いがありがたい。
 あんな状態の私を拾って世話を焼いてくれたのに、何も訊かないでいてくれている。
 正直なところ、私はまつりお姉ちゃんのことがあまり好きじゃない。
 他人の心情に無頓着で、思ったことをすぐに口に出す。好意のつもりで自分の好みを押し
つける。そのくせ短気で、思い通りにいかないとすぐにぶすっとする。
 それでもこんなときには、私たちは否応なく家族なのだと思い知らされるのだ。好きとか
嫌いとか、馬が合うとか合わないとか、人間同士だからそれはあるけれど。
 そんなことを全部吹っ飛ばして、私たちは家族なのだ。
 だから誰かの危機だと思えば骨身を惜しまず助けるし、何も訊かずに夜通し面倒を見たりも
するのだろう。
 思い出す。
 去年の暮れ、まつりお姉ちゃんがぐでんぐでんに酔いつぶれて帰宅したときのこと。
口が開いたショルダーバッグを引きずって、片方のヒールが折れたまま。
 なにがあったのかはわからない。それでもそれはいつものまつりお姉ちゃんではありえなかった。
 起きていたのは私だけで、下手にみんなに知られたくはないだろうからと。
 吐瀉物で窒息しないように落ち着くまでみていたし、処理もした。財布を捜しに駅まで
歩いていったりもした。嫌だったけれど、それをしないという選択肢は頭によぎったことも
なかった。
 同じようなことがまたあったら、私は迷いもせずに手助けをするのだろうし、きっとまつり
お姉ちゃんにしてもそうだろう。
 そんな想いを込めて見ていたら、何を勘違いしたのかまつりお姉ちゃんは。
「そんな眼で見ても上げないわよ。メロン、もう食べちゃったもん」
 なんて云って、メロンの皮をひらひらと振った。馬鹿かこの人は。

 ――前言撤回。少しは迷うと思う。


 やがてそんな家族たちも一人減り二人減りしていった。仕事に、ゼミに、遊びにでかけて
いって、居間に残ったのは私とつかさだけだった。
 ふうわりと風が吹き寄せる度に、風鈴がチリンチリンと高い音を立てて踊る。張られた
すだれが漂うように揺れて、横たわったつかさの肌に複雑な影を落としていた。それは
水面下に差し込む光の紋様にも似ていて、まるで海の底にいるみたいだった。
 ジーワジーワと蝉が鳴いている。潮騒のように鳴いている。
 つかさは畳の一点を見つめて動かない。
 云わないといけないこと、話さないといけないことはたくさんあるけれど、たくさんありすぎて
何から話せばいいのかわからなかった。
 だから私も畳にべったりと寝そべりながら、肘をついて庭を眺めている。
 築山泉水庭園の池で、錦鯉が泳いでいた。ぱしゃりと跳ねると、強い陽射しに水しぶきが
きらきらと輝いた。
 その音に、つかさも池の方を見たかなと思って振り向くと、つかさはいつの間にかじっと
私を見つめていた。

「……ごめんね」

 その顔をみた途端、私の口からは考えるより先に言葉が漏れ出した。
 心配かけてごめんね。
 迷惑かけてごめんね。
 今まで黙っててごめんね。
 こなたのこと、好きになっちゃってごめんね。
 云ってみて初めて、それこそ私が云いたかった言葉なのだと気がついた。
「……なんで謝るの? お姉ちゃん、謝らないといけないようなこと、なにもしてないもん」
 横たわったまま。両手を力なく投げ出して、眼だけは私を見つめながらつかさは云う。
「……それでも、ごめんね。こなたは、つかさが最初に仲良くなった子なのに……なんか、さ」
「……そんなの……。こなちゃんのことは大好きだけど、わたしはそんな気持ちになれないし……」
「そう……そうだよね……」
 私が呟くと、つかさは急に上体を起こして私のほうににじり寄ってきた。
 じっと私を見つめるつかさの眼が大きくて綺麗で、思わず知らず惹きこまれそうになる。
桔梗色の瞳に同じ色の私の瞳が映っていた。無限の合わせ鏡のように映る双子の瞳。
「……不思議だね。お姉ちゃんとわたし、同じお腹からでてきて、同じものを見てきて、
ずっと一緒に生きてきたのに。お姉ちゃんは女の子を好きになれる人で、わたしはそうじゃない……」
 つかさは小首を傾げて本当に不思議そうに云う。
 まるで今日始めてあった人を見るような眼をしていた。
「ついこの間まで、わたし、お姉ちゃんとわたしの二人で一人だって、ずっと思ってた。
……なんか上手く云えないけど……お姉ちゃんだけは、お姉ちゃんじゃなくって、“わたし”
なんだって……」
「……わかるよ。云わなくってもわかるよ。――私も、同じだったから」
 いつからだろう。
 いつから、私たちは分かれてしまったのだろう。
 同じ子宮で一つの胎盤を共有した。同じ血を、栄養を、ホルモンを、酸素を二人で分けあった。
 同じ時に産まれ、同じ産湯に浸かり、同じ母乳を吸って、同じように大きくなって、同じ
言葉を喋って。
 初めて立ち上がったとき、私たちはお互いを支え合っていた。
 私の視界から、片時もつかさが離れたことはなかった。つかさの視界から、片時も私が
離れたことはなかった。
 そうだ、いつでも一緒だったのだ。
 二人で過ごしてきた膨大な時間。それが自然と思い浮かんでくる。思い出にある情景は、
その一つ一つが雪のように朧気で。
 海底のようなこの部屋に、思い出がマリンスノーみたいに降り注ぐ。

 ふわふわ。
 ふわふわ。

 思い出が舞い落ちてきて、降り積もる。
 二人で過ごした時が降り積もる。

 小学校の入学式、別のクラスに引き離されて泣き出した。
 赤い夕焼けが怖くって、二人で手を繋いで走って帰った。
 私が自転車とぶつかって鎖骨を折ったとき、つかさは自分で自分の骨も折ろうとした。
 図工の時間、みんなが両親の絵を描いていた中、私とつかさだけはお互いのことを描いていた。
 林間学校、つかさはこっそり私の布団に忍び込んできて、朝になってクラス中からからかわれた。
 つかさの悪口を云った男子に殴りかかったけれど、それで一番傷ついたのがつかさなのだと
その夜に気がついた。
 私がもらったラブレター、つかさが勝手に捨ててしまって、しばらく口を利かなかった。
 大晦日に二人で徹夜をして、なんだか大人になれた気がした。
 こっそりお酒を飲んでみた日、二人で折り重なってぶっ倒れた。
 陵桜の合格通知が届いたとき、つかさは安堵のあまり泣き崩れた。
 権現道の桜並木を一緒に歩いた。

 そしてこなたと出会った。
 そしてみゆきと出会った。

 私の人生の中で、あらゆる場面につかさがいたのに。
 それは半身のようにいつでもそこにあったのに。

 私たちは、いつの間にか違ってしまったのだ。

 つかさはもう、私の半身ではありえなかった。
 私たちはまるでお互いの性格を補うように、正反対の性格に育った。
 細かくて理知的で気むずかしい私と、大らかで情緒的でおだやかなつかさ。それはまるで、
互いが互いの周囲を回り一つの重力場を作り出す、二重連星の恒星のように。
 けれどそのバランスは壊滅的に崩れ、もはや元の関係には戻れない。
 私はつかさの身体にすら欲情することができる。けれどつかさはそうじゃない。
 それはもう、同じ人間ではありえない。
 つかさはもう、私とは違う別の個人だ。大事な大事な、可愛い妹だ。

 二人の道が一本に交わることは、もう、二度とない。

「明日、こなたに会いに行こうと思うんだ」
 私がそういうと、つかさは静かにうなずいた。

 ――大学に受かったら、一人暮らしをしよう。
 そう、思った。


§7

 この家にくるのも久しぶりだ。
 といっても精々一ヶ月半来ていないくらいでそう感じるのだから、いかに私が泉家に入り浸って
いたのかがわかるというものだ。
 思えば去年の秋口まで一度も来たことがないことを不思議に思うほど、泉家の空気は私に
しっくり合っていた。
 勝手口の脇に自転車を止めて、玄関に向かう。
 呼び鈴の下に相変わらず“犬”のマークが張られたままになっているのを見て、思わず
口元がほころんだ。
 それはこなたが中二の冬に亡くしてしまったという、犬の“惣一郎さん”の忘れ形見だ。
 そのことを教えてくれたときのこなたの寂しそうな顔を思い出す。
 こなたはあまり家のことや昔のことを話す子ではなかったから、こなたがそんな顔をしている
というのに、私は少しだけ嬉しかった。
 一年生のころもそれとなく家族構成のことを訊ねたし、家に行ってみたいそぶりもみせたのだ。
けれどこなたはその度にはぐらかしていたから、あまり家族のことに触れて欲しくはないのだと
思っていた。
 けれど二年生になってしばらくしてから、こなたは色々なことを話してくれるようになった。
 お母さんのこと、お父さんのこと、家のこと、子供の頃のこと。
 それはきっと、一年つきあってきてやっと私たちに気を許してくれたからだと、そう思っている。
 こなたはいつも明るくてハイテンションで飄々としているから、みんなは脳天気な子だと
誤解しているけれど。
 本当は誰よりも繊細で優しくて、そして人間関係に臆病なのだと、私は知っている。

 震える指で呼び鈴を押すと、チャイムの音が響き渡る。

 私はここに決着をつけにやってきた。

 思い出す。風邪で寝込んだ私にこなたが会いに来てくれた日のことを。私が寝ぼけて抱きついて
しまった日のことを。
 あのとき、私は混乱していてそのことに思い至らなかったけれど、後で冷静になってから
気づいたことがある。

 やはり、こなたが私に性的な関心を抱いていることはありえないのだと。

 あのときのこなたの反応。突然私に抱きすくめられて、こなたは照れるでもなく慌てるでもなく、
ただ困惑していた。
 強く抱き締める私に対して、ただ痛いから離してくれと云った。
 なんでこんなことをするのかわからない、そういう顔をして。
 もしこなたが女性性に対して性的指向を持っていたら、そういう反応をするはずがないと思った。
 それは最初からわかっていたことだった。
 こなたが同性愛者/両性愛者だったら、普段からあんなに気軽にスキンシップをしてくる
はずもない。あんな風に無邪気に触れられるのは、相手に性的な関心がないからに他ならない。
 わかっていたことだけれど、改めてその事実を突きつけられると、やはり酷く落ち込んだ。

 ドアが開いて、こなたが顔を出した。
「……や、久しぶり」
「……四日前に会ったばっかだろ」
「あはっ、そいえばそうだっけー。なんか随分会ってない気がしてたよ」
 招かれるままこなたの部屋に入ると、その匂いにくらりとする。忘れていた、この部屋は
こんなにもこなたの匂いでいっぱいだったのだ。
 それは別に体臭や香水の匂いではないし、ことさらに強い香りというわけでもなかったけれど。
それでもそれは明確にこなたの匂いなのだ。
 この部屋はこなたがずっと暮らしてきた空間で、隅々にまでこなたの意志が働いている。
 なんだかこなたの胎内に取り込まれたような気持ちになった。今までの私は、よくこんな
部屋で安らぐことができたものだ。あの頃からは随分遠いところにきたと思った。
 小さなノックのあと、ゆたかちゃんが部屋に入ってきた。
「かがみ先輩、いらっしゃい」
 そう云って、持ってきた麦茶をテーブルに置いてくれた。お礼を云う私に微笑むけど、
なんだか少し緊張しているようにみえる。
 こなたは私とのことをどの程度話しているのだろう。それが気になったけれども、訊いて
どうなるものでもなかった。

 ゆたかちゃんが出て行くと、部屋に沈黙が訪れる。こなたはベッドに寄りかかって、
ちびちびと麦茶を舐めていた。
 つかさのときと違って、この沈黙は気詰まりだ。
「……こなた、その、色々とごめん!」
 私はがばりと手をついて謝った。
「やめてよ。かがみはきっと、謝らないといけないようなこと、なんもしてないよ」
 まるでつかさみたいなことを云う。
「そんなことない! 実際あんたが云ったみたいに、このところあんたのこと避けてたのは
確かだし、会わないようにしてたのも本当だもの。……それに、お見舞いに来てくれた日
だって……」
「うん、まあ……」
 こなたは口ごもってもごもごしたあと、雰囲気を変えるようにことさら明るく云った。
「あー、まあ、あんときはへこんだよね。わたしだって勇気出して会いに行ったのに、
追い返されるとはねー」
「……う、ごめん…」
「それに、寝ぼけて抱きしめられるとは思わなかったよ。ぬふふ、やっぱりあれ、オトコが
出てくるエッチな夢でもみてたのかな?」
 いつもの猫口になった口元に手を当てて、意地悪そうに笑う。

 私はそれに顔を赤らめてそっぽを向いた。
 今まで何度も繰りかえしてきたように。
 こなたにからかわれる度に見せてきた反応を思い出して。

 大丈夫、きっと上手くやれている。

「あー、やっぱりオトコなんだぁー! 誰かな? 誰かな? かがみんの想い人は一体誰かな?」
「う、うるさい、うるさーい! 真面目な話してるときにちゃかすなよ!」
 嬉しそうに頬をつついてくるこなたを振り払って叫んだ。

 頬はきっと赤いだろうけれど、心はどこまでも醒めている。

「あ、あれはその……。そういうこともちょっとはあったけど……」
 言葉を濁し、小声で云う。
「それより、風邪じゃなくてインフルエンザだったから、あんたに移しはしないかって心配
だったし……、喧嘩したばっかだったし、お風呂入れてなくて自分の臭いとか凄い気に
なってて……で、なんか色々混乱しちゃってね……本当、ごめん」
 神妙に見えるように、顔を伏せた。

 それは全て用意してきた言葉だ。
 多少のイレギュラーはあったけれど、上手くやれていると思う。

 上手に嘘を吐くコツは、変にディティールを作らず本当の中に織り交ぜることだ。

「そっか……うん、わかる、かな……」
「……ほんとは、来てくれて嬉しかったんだからね」
 こなたの手に触れて、軽く握った。
 普通の、同性の友達同士でするような触れ方で。
 自然で、当たり前であるかのような握り方で。

 ざわめく劣情は心の中で何重にも封をして。
 それが漏れないように、決して溢れないように。

「そ、そっか……。やー、なんかこういうの照れるねー」
 桜色に染まった頬を空いている方の手で掻きながら、こなたが云う。
「おいおい、普段ツンデレツンデレ云っといて、いざデレたらあんたが照れんのかよ」
「む……むう」
「それでさ、そもそもの発端。なんで私があんたのこと避けようとしてたのか、聞きたい
でしょ?」
「うん、聞かせて」

 ――私は語った。私は騙った。

 進路のことで迷っていたこと。みゆきに差をつけられて焦っていたこと。伸びない成績に
悩んでいたこと。
 それなのにこなたがのほほんとしているから。本当はやればできるのにやらないで遊ん
でいるから。
 将来のこととか、やりたいこととか、私はこなたのことをこんなに気にしてるのに、こなたは
何一つ考えようとしてなくて。それがなんだか悔しくて哀しくて。
 だから、勉強を見てあげたりしなければ、こなたも自分でやろうとするかもしれないと。
勉強で忙しいから会えないと云えば、こなたも自分もやらないといけないと思ってくれる
かもしれないと。
 それが、そんなにこなたのことを傷つけるなんて思っていなかったと、改めて考えると
自分が非道いことをしていると気づいて青ざめたと、そう云った。

 ――涙を流しながら。

 その涙は嘘じゃない。本心を隠して心にもないことを云う私が哀しくて、自己憐憫で流した
涙だった。
 けれどこの涙はきっとこの嘘を補強してくれることだろう。

 ――私は、上手に嘘を吐こう。
 この感情が人を傷つけてしまうのなら。
 この棘が誰かの心に刺さってしまうのなら。
 私はそれを鎧ってしまおう。決して表に出ないように、鋼鉄の鎧で覆い隠そう。
 たとえその内側で、棘が私の身体に刺さったとしても。
 大丈夫、自分が傷つくだけなら、私はこれからも生きていける。
 きっとそれが普通になる。痛みを抱えて生きるのが普通になる。
 人間は意外と強いから。
 いつかそれにも慣れるから。

 ――だから私は上手に嘘を吐こう。
 避けることはもうしない。
 逃げることももうしない。
 伝えることも、決してしない。

 そんな感情などないかのように。
 まるで普通の異性愛者のように。
 私は完璧な演技をしよう。
 そうしてこの人生を楽しもう。
 せめてこの劇場に幕が降りるまで。

「かがみ……ごめんね。わたしの方こそ、本当、怠けてばっかで。やらないといけない
こと先送りしてばっかで……。かがみはそんなにわたしのこと考えてくれてるのに……」

 そう云って涙ぐむこなたの額に私の額をこつんとくっつけた。

「私たち……たまにこんな風にすれ違うかもしれないけど、それでも私、ずっとこなたと
友達でいられたらいいなって、思ってる」
「……うん、かがみ。わたしもだよ。わたしたち、ずっとずっと、友達だからね!」
 顔を真っ赤に染めながら嬉しそうに笑うこなたが本当に可愛くて。
 頬を伝う涙の軌跡が驚くほど綺麗で。
 私は心で血を流す。

 大丈夫。きっと大丈夫。 
 ほら、私はこんなに上手に心を殺せてる。

   ※   ※   ※

 ひび割れて壊れてしまいそうな身体を引きずって、家にたどり着いた。
 このままベッドに倒れ込んでしまいたいけれど、まだやらないといけないことがある。

「……仲直り、してきたよ」
 そう云うと、つかさは哀しそうにうつむいた。
「……そっか……仲直り……。それがお姉ちゃんが決めたことなんだね」
「うん」
「わたし……わたしに、なにかできることないの!? わたし、馬鹿だから、どうしたら
お姉ちゃんのためになるのか、こなちゃんのためになるのかわかんないけど! でも、なん
でもするから!」 
 はじかれたように顔を上げて、つかさは叫んだ。
 私はしばらくその桔梗色の瞳を見ながら考えたけれど、何も思いつかなくて首を振った。
「つかさ……あんたは、あんたはそこでずっと笑ってて欲しい。……あんたが幸せそうに
笑っていれば、私はきっと耐えられるから」
 そう云った私に、つかさは微笑みを浮かべてくれたけれど。
 涙が零れてしまえば、それはもう笑顔とは云えなかった。


 もう眠りたい。
 力なくベッドに倒れ込めば、窓から吹きこんでくる風が、垂れ下がった私の髪を揺らす。

 八月の風は、熱気を孕んで。

 髪と同じように、窓枠の花も揺れていた。

 それは想い人からもらった大切な花。
 少し桜色がかったマーガレット。

 花言葉は『真実の友情』。
 それと『恋占い』。

 そしてもう一つ。あの後みゆきに教えてもらった花言葉が、もう一つある。

『秘められた愛情』。

 それを思い出して、私は乾ききった薄い笑みを浮かべる。
 肌寒い荒野にたった一人佇んでいるような感覚。
 八月の風も、そんな私を暖めるには足りなくて。

 閉じ行く瞳の先、細くなった視界の中で。

 花びらがひとひら、風に吹かれて舞い落ちた。

(了)


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――













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  • かがみって姉さん呼びだよね
    漫画と呼称が違うとやっぱり違和感ある -- 名無しさん (2017-05-11 06:35:16)
  • かがみが切なすぎです(泣) -- チャムチロ (2012-08-14 14:15:02)
  • 全米どころじゃないさ。
    恐らく世界が泣けるだろう。 -- 名無しさん (2009-02-07 01:39:20)
  • 全米が泣いたよ、これはwww
    すごすぎww
    -- taihoo (2008-11-29 02:19:08)
  • 作者GJ 映画化ry -- 名無しさん (2008-08-01 03:38:20)
  • ・・・検索したら有った・・・ -- 名無しさん (2008-04-12 06:17:46)
  • 今気付いたが続きがまだ出てなかった・・・orz
    久々続きが気になって堪らない小説に出会ったな・・・
    っていうか文庫本で出してくれ即買いするから
    そして感想の連投失礼しました -- ファンの一人 (2008-04-12 06:15:57)
  • エロ百合話期待してた俺の汚れが流された。
    百合を見る目が変わるな。当人は真剣なんだよな~。
    しかも片思いかもしれないとかもうね、百合をいやらしい目で見てた俺は猛省するしかない -- 名無しさん (2008-04-12 06:09:45)
  • ここで終わっても有りの様な雰囲気だが続くのか。
    どんな結末を迎えるのか期待より不安が強いですw
    一つの愛の形に苦しむ、かがみんには幸せな結末を望みたい -- 名無しさん (2008-04-12 06:03:26)
  • 同じ性のそれも親友を愛してしまうとこんなにも苦しいのだろうか……かがみの苦しみながら悩んで出た答えに全俺が泣きました。 -- 名無しさん (2008-03-31 05:31:07)
  • 同性愛について考えさせられるな。
    にしてもなんとすきとおった感じのするお話。gjです -- 名無しさん (2008-01-28 00:27:06)
  • ああ、なんだ。ただの神か。いや、まあ、しってたけどさ
    -- 名無しさん (2008-01-26 18:36:09)
  • あなたが神か -- 名無しさん (2008-01-24 13:30:35)
  • 映画みたいに絵が浮かんできます -- 名無しさん (2008-01-20 21:01:49)
  • 神過ぎる・・・
    切ない、清らかな文章で久しぶりに心が震えた -- 名無しさん (2008-01-20 17:24:16)

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