眠気を誘うバスの振動にどうにか抗いながら、私は半眼で前方を睨む。
視界に捉えるのは、うちの学校の制服を着た三人の男子生徒たち。
糟日部駅前で私たちと一緒に乗り込んだときは二人だったのだが、
二つ目の停留所でもう一人が合流して三人組になった。
最後列に座る私たちに対して、彼らはほぼ最前列に立っているから、話し声は聞こえない。
だからこの場で観察する意味は実はない。
ないのだが、やはり見ずにはいられない。
三人組の男子生徒。
そのキーワードは、どうしても、二日前に昇降口で聞いたあの会話の主たちを連想してしまう。
全員、特徴らしい特徴はない。
今までにも一緒になったことがあるのかどうかすら曖昧だ。
昨日日下部たちと一緒に登校したときには見かけなかった……はず。
――と、
目が合った。
「……」
「……」
何かの拍子に後方、つまりこちらの方を向いた彼らのうち一人と、視線が数瞬、交錯する。
そして次の瞬間、私は顔ごと目を逸らした。
入れ替わって視界に納まる、黄色いリボンと長いアホ毛。つかさとこなただ。
やばい。
よりにもよってコイツの前で男子のことを凝視してしまうなんて。また何か言われる。
……と、身構えたのだけど。
こなたは眠そうな――と形容するには妙に真剣に思える面持ちで何もない空間を見据えていて、
こちらに気をかけている様子はなかった。
やや、安堵。
と同時にまた何か、得体の知れないモヤモヤが胸に湧き上がってくる。
思えば駅前で合流したときからこんな感じだった。口数少なく、ずっと何かを考えているような。
一方のつかさは、そんなこなたの様子をちらちらと窺っている。
昨晩に比べていくらかすっきりした表情をしているものの、どこか緊張している感じ。
「ねえ、こなちゃん」
そしてとうとう、我慢できなくなったらしい。
「ん?」
こなたがこちらに向き直る。
単に呼びかけに応じてつかさを振り返っただけなんだろうけど、
何故だか私は逃げるように目を逸らし、再び顔を正面に戻した。二人の表情が見えなくなる。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「んー……ちょっとね。戦略のシュミレーションをね」
『シミュ』レーションな。
呑気な声に胸中でツッコむ。
「ただの地味キャラだと思ってたのが意外と強敵でさ。攻略に手間取ってるトコ」
ゲームの話か。
こっちの気も知らないで、いい気なもんだ。
「そ、そうなんだ。えっと……頑張ってね?」
「ん。ありがとつかさ」
そんな二人に届かないよう、私はこっそりとため息を吐いた。
視界に捉えるのは、うちの学校の制服を着た三人の男子生徒たち。
糟日部駅前で私たちと一緒に乗り込んだときは二人だったのだが、
二つ目の停留所でもう一人が合流して三人組になった。
最後列に座る私たちに対して、彼らはほぼ最前列に立っているから、話し声は聞こえない。
だからこの場で観察する意味は実はない。
ないのだが、やはり見ずにはいられない。
三人組の男子生徒。
そのキーワードは、どうしても、二日前に昇降口で聞いたあの会話の主たちを連想してしまう。
全員、特徴らしい特徴はない。
今までにも一緒になったことがあるのかどうかすら曖昧だ。
昨日日下部たちと一緒に登校したときには見かけなかった……はず。
――と、
目が合った。
「……」
「……」
何かの拍子に後方、つまりこちらの方を向いた彼らのうち一人と、視線が数瞬、交錯する。
そして次の瞬間、私は顔ごと目を逸らした。
入れ替わって視界に納まる、黄色いリボンと長いアホ毛。つかさとこなただ。
やばい。
よりにもよってコイツの前で男子のことを凝視してしまうなんて。また何か言われる。
……と、身構えたのだけど。
こなたは眠そうな――と形容するには妙に真剣に思える面持ちで何もない空間を見据えていて、
こちらに気をかけている様子はなかった。
やや、安堵。
と同時にまた何か、得体の知れないモヤモヤが胸に湧き上がってくる。
思えば駅前で合流したときからこんな感じだった。口数少なく、ずっと何かを考えているような。
一方のつかさは、そんなこなたの様子をちらちらと窺っている。
昨晩に比べていくらかすっきりした表情をしているものの、どこか緊張している感じ。
「ねえ、こなちゃん」
そしてとうとう、我慢できなくなったらしい。
「ん?」
こなたがこちらに向き直る。
単に呼びかけに応じてつかさを振り返っただけなんだろうけど、
何故だか私は逃げるように目を逸らし、再び顔を正面に戻した。二人の表情が見えなくなる。
「どうしたの? 何か考えごと?」
「んー……ちょっとね。戦略のシュミレーションをね」
『シミュ』レーションな。
呑気な声に胸中でツッコむ。
「ただの地味キャラだと思ってたのが意外と強敵でさ。攻略に手間取ってるトコ」
ゲームの話か。
こっちの気も知らないで、いい気なもんだ。
「そ、そうなんだ。えっと……頑張ってね?」
「ん。ありがとつかさ」
そんな二人に届かないよう、私はこっそりとため息を吐いた。
私は今、三つの懸案事項を同時に抱えている。
一つは、例の男子三人組の件。
彼ら自体がどうというのではなく、その正体がどうしても気になってしまう私自身が問題なのだ。
判明したところで何にもならないというのに。むしろ逆に気まずいだけだというのに。
だから早く忘れたい、という件。
二つ目は、つかさのこと。昨晩受けた相談ごとについて。
っていっても、これについても片は付いてはいるのだ、一応は。
一つは、例の男子三人組の件。
彼ら自体がどうというのではなく、その正体がどうしても気になってしまう私自身が問題なのだ。
判明したところで何にもならないというのに。むしろ逆に気まずいだけだというのに。
だから早く忘れたい、という件。
二つ目は、つかさのこと。昨晩受けた相談ごとについて。
っていっても、これについても片は付いてはいるのだ、一応は。
“……分からないわよ、そんなの”
“でも、抵抗がないってだけなんでしょ?”
“だから、誰か女の子を好きになったとか、女の子で興奮するとか、そういうのは……”
“分からないってあんた……ああ、ごめんごめん。怒ってないから”
“うーん……じゃあ、男の子相手ならどうなの? 抵抗があるのかないのか”
“……ある、か”
“……”
“いや、ってゆーか逆にそれ、男の子を怖がってるだけ、ってことはない?”
“例えば……そうね。パトリシアさん。あの子が料理できないってことで世話焼きに行ったのよね?”
“もし男の子が相手でも、同じことできた?”
“――うーん……じゃあやっぱり、同性なら安心できるってだけなんじゃない?”
“じゃあ大丈夫よ”
“うん。その区別がつかないってレベルなら、おかしいってことはないと思う”
“だからまぁ、あんまり気に病むことはないわよ”
“でも、抵抗がないってだけなんでしょ?”
“だから、誰か女の子を好きになったとか、女の子で興奮するとか、そういうのは……”
“分からないってあんた……ああ、ごめんごめん。怒ってないから”
“うーん……じゃあ、男の子相手ならどうなの? 抵抗があるのかないのか”
“……ある、か”
“……”
“いや、ってゆーか逆にそれ、男の子を怖がってるだけ、ってことはない?”
“例えば……そうね。パトリシアさん。あの子が料理できないってことで世話焼きに行ったのよね?”
“もし男の子が相手でも、同じことできた?”
“――うーん……じゃあやっぱり、同性なら安心できるってだけなんじゃない?”
“じゃあ大丈夫よ”
“うん。その区別がつかないってレベルなら、おかしいってことはないと思う”
“だからまぁ、あんまり気に病むことはないわよ”
そんな感じで。
だけど、あんなのでよかったのかという思いが、やはりどうしても消えない。
間違ったことを言ったという意識はない。
でも同時に、真正面からまっすぐに向き合ったとも言い切れない。
問題を摩り替えただけなんじゃないか、はぐらかしてしまったんじゃないのか、と。
つかさは、ありがとうって笑ってくれたけど、その笑顔も騙して手に入れたもののようで後味が悪い。
だからもう少し真剣に向き合わなくてはならない、という件。
そしてそこから派生したのが最後の三つ目。一つ目の問題とも微妙に関係している。
すなわち、こなたについてだ。
というわけで今現在、奇しくもバスの車内というこの狭い空間に三つが顔を揃えていることになる。
だからといって、というかむしろ逆に、身動きが取れない。
だけど、あんなのでよかったのかという思いが、やはりどうしても消えない。
間違ったことを言ったという意識はない。
でも同時に、真正面からまっすぐに向き合ったとも言い切れない。
問題を摩り替えただけなんじゃないか、はぐらかしてしまったんじゃないのか、と。
つかさは、ありがとうって笑ってくれたけど、その笑顔も騙して手に入れたもののようで後味が悪い。
だからもう少し真剣に向き合わなくてはならない、という件。
そしてそこから派生したのが最後の三つ目。一つ目の問題とも微妙に関係している。
すなわち、こなたについてだ。
というわけで今現在、奇しくもバスの車内というこの狭い空間に三つが顔を揃えていることになる。
だからといって、というかむしろ逆に、身動きが取れない。
「――ま、どーなるにしても今日中に決着はつくから、だいじょぶだよ」
「だいじょうぶ、って?」
「明日には持ち越さないってコト」
「あー、そっか」
ああ、そうか。明日は岩崎さんの誕生会があるんだったわね。
忘れてたわ。
「あ、そうだ。そういえばお姉ちゃん」
と、つかさがこちらを振り返る。
「昨日訊くの忘れてたんだけど、どんなの買ったの? プレゼント」
「……」
忘れてた!
そうだった。つかさに料理関係に専念してもらうため、私が二人分用意することになってたんだった。
どうしよう。
完っ全に忘れてた。
「お姉ちゃん?」
「――あ、ああ、うん。その……ね? 昨日は良さそうなのが見つからなかったから、今日、街まで
出て探そうかなって。だから――まだ買ってない」
って何見栄張ってんのよ私。
こんなの、つかさはともかくこなたには簡単に……って。
ちょっと。
なんでこっちを見てすらいないのよ。
いや別に見て欲しいわけじゃないけど。むしろ追及されない方が助かるんだけど、でも。
だけどそのなんていうか、そういう無関心って、どうなの?
「そうなんだ。……ごめんね? 難しかった?」
「う、ううん。大丈夫。簡単よ。ぬいぐるみでしょ? ま、まあ何を買うかはだいたい決めてるから、
大丈夫よ。うん」
ウソです。ぜんぜんまったくこれっぽっちも決まってません。
「じゃあ、お願いしちゃうね?」
「……ええ。任せて」
訂正。懸案事項は四つだった。
ああ、もう。
何やってんのよ私は。
「だいじょうぶ、って?」
「明日には持ち越さないってコト」
「あー、そっか」
ああ、そうか。明日は岩崎さんの誕生会があるんだったわね。
忘れてたわ。
「あ、そうだ。そういえばお姉ちゃん」
と、つかさがこちらを振り返る。
「昨日訊くの忘れてたんだけど、どんなの買ったの? プレゼント」
「……」
忘れてた!
そうだった。つかさに料理関係に専念してもらうため、私が二人分用意することになってたんだった。
どうしよう。
完っ全に忘れてた。
「お姉ちゃん?」
「――あ、ああ、うん。その……ね? 昨日は良さそうなのが見つからなかったから、今日、街まで
出て探そうかなって。だから――まだ買ってない」
って何見栄張ってんのよ私。
こんなの、つかさはともかくこなたには簡単に……って。
ちょっと。
なんでこっちを見てすらいないのよ。
いや別に見て欲しいわけじゃないけど。むしろ追及されない方が助かるんだけど、でも。
だけどそのなんていうか、そういう無関心って、どうなの?
「そうなんだ。……ごめんね? 難しかった?」
「う、ううん。大丈夫。簡単よ。ぬいぐるみでしょ? ま、まあ何を買うかはだいたい決めてるから、
大丈夫よ。うん」
ウソです。ぜんぜんまったくこれっぽっちも決まってません。
「じゃあ、お願いしちゃうね?」
「……ええ。任せて」
訂正。懸案事項は四つだった。
ああ、もう。
何やってんのよ私は。
☆
教室の窓から見上げる空は、私の心を映したかのような薄暗い灰色だった。
型に嵌まった表現。
何度もなんども何かで読んだり聞いたりしたけど、そのたびに傲慢な台詞だと感じていた。
どうして人一人の心情が空模様と結びついたりするのよ、なんて。
けど、まあ。
今は分からないでもない。確かにこんな気分のときはそんぐらい思わなくちゃやってらんないわ。
空回りっていうか、目に見える全てに手が届かないような、そんな感覚。
「はぁ~~…………」
長い長いため息をついて、机に突っ伏す。どうしてだろう。いつの間にか放課後になっている。
一応ノートだけは機械的に取った覚えはあるけど、頭に入っているかどうかは怪しい。
ああもう、受験生だってのに。
考えることが多すぎる。考えても仕方のないことも多すぎる。
「どうしろってのよ……」
男子三人のことは、一番どうでもいいはずなのにしつこく頭に浮かんできて鬱陶しい。
ちなみに朝のバスで乗り合わせた彼らは一年生の靴箱に消えた。
岩崎さんへのプレゼントのことは、とりあえず一番優先度が高いけど、
今この場所で思い悩んでも仕方のないことだ。街に出てからでないと。
つかさの悩みについては、こなたの問題が片付かなくては先に進めない。
本人が一応納得している様子なので、心情的にはともかく、実際の優先度はあまり高くないのが救いか。
そしてこなたのことは、いくら考えても答えが出ない。何をどう考えればいいのかすらよく分からない。
昨夜、つかさに退路を立たれる前の考察で、無意識のうちに避けてしまっていた問題。
型に嵌まった表現。
何度もなんども何かで読んだり聞いたりしたけど、そのたびに傲慢な台詞だと感じていた。
どうして人一人の心情が空模様と結びついたりするのよ、なんて。
けど、まあ。
今は分からないでもない。確かにこんな気分のときはそんぐらい思わなくちゃやってらんないわ。
空回りっていうか、目に見える全てに手が届かないような、そんな感覚。
「はぁ~~…………」
長い長いため息をついて、机に突っ伏す。どうしてだろう。いつの間にか放課後になっている。
一応ノートだけは機械的に取った覚えはあるけど、頭に入っているかどうかは怪しい。
ああもう、受験生だってのに。
考えることが多すぎる。考えても仕方のないことも多すぎる。
「どうしろってのよ……」
男子三人のことは、一番どうでもいいはずなのにしつこく頭に浮かんできて鬱陶しい。
ちなみに朝のバスで乗り合わせた彼らは一年生の靴箱に消えた。
岩崎さんへのプレゼントのことは、とりあえず一番優先度が高いけど、
今この場所で思い悩んでも仕方のないことだ。街に出てからでないと。
つかさの悩みについては、こなたの問題が片付かなくては先に進めない。
本人が一応納得している様子なので、心情的にはともかく、実際の優先度はあまり高くないのが救いか。
そしてこなたのことは、いくら考えても答えが出ない。何をどう考えればいいのかすらよく分からない。
昨夜、つかさに退路を立たれる前の考察で、無意識のうちに避けてしまっていた問題。
つまり――私にとってアイツが何か、なんて。
一言でいえば『親友』だ。四時間考えてその結論に達した。
でもそうとしか言いようがないのに。そのはずなのに、それじゃ納得できない。
だって同じく親友であるはずのみゆきや、日下部や峰岸だとこんな風に悩まないから。
つまり、何らかの特別な感情を抱いていることになる。なってしまう。
ただしそれは恋愛感情の類では、ない。
だって、その……キスとか。そういうことをしたいとかは思わないし。
いや、そういうんじゃなくて。
昨日、あれから考えてみたのよ。つかさの話を聞いたあと。無理やりにいろいろ想像してみたの。
忌避感や嫌悪感が意外とないのはびっくりだったけど、それでもしたいって気にはならなかった。
朝だって直に顔を合わせてみてもドキドキとかはしなかったし。
そしてそれは、やっぱり他の友だちに対しても同じことなわけで。
堂々巡り。
八方ふさがり。
結局私は、昨日の夜から一歩も進めていないのだった。
でもそうとしか言いようがないのに。そのはずなのに、それじゃ納得できない。
だって同じく親友であるはずのみゆきや、日下部や峰岸だとこんな風に悩まないから。
つまり、何らかの特別な感情を抱いていることになる。なってしまう。
ただしそれは恋愛感情の類では、ない。
だって、その……キスとか。そういうことをしたいとかは思わないし。
いや、そういうんじゃなくて。
昨日、あれから考えてみたのよ。つかさの話を聞いたあと。無理やりにいろいろ想像してみたの。
忌避感や嫌悪感が意外とないのはびっくりだったけど、それでもしたいって気にはならなかった。
朝だって直に顔を合わせてみてもドキドキとかはしなかったし。
そしてそれは、やっぱり他の友だちに対しても同じことなわけで。
堂々巡り。
八方ふさがり。
結局私は、昨日の夜から一歩も進めていないのだった。
「――なあ、ひーらギ?」
と、またそこに新たな頭痛の種になりそうなのがやってきた。
突っ伏したまま首だけを回して向き直る。
頬に張り付いていたノートのページが巻き込まれて折れ曲がり、押しつぶされた。どうでもいい。
「帰らねぇの?」
珍しく気遣わしげな声で、日下部。隣にはこれまた珍しく笑みを消した、それでも優しげな峰岸。
ちらりと周囲を探ると、残っている生徒の数は半分ほどになっていた。
「……帰るわよ」
のっそりと、身を起こす。
だけどそれ以上は動かない。二人から目を逸らし、窓の外を見上げる。
相変わらず見通しの効かない、のっぺりとした曇り空。
かといって雨が降りそうってほどでもない、どっちつかずの空。
イライラする。
「また寝てねぇの?」
「……ええ」
まあ、二日連続でこんな調子だもんね。さすがのコイツも心配になるか。
「なんで寝てねぇんだ?」
そしてそう簡単には引き下がってくれなくなってる、と。
「みさちゃん……」
いいのよ峰岸。
分かってる。
分かってるのよ。コイツは悪くないって。少なくとも悪気はないんだって。
だから。
だから謝ろうと。謝って笑おうと。
そう思ったのに。
と、またそこに新たな頭痛の種になりそうなのがやってきた。
突っ伏したまま首だけを回して向き直る。
頬に張り付いていたノートのページが巻き込まれて折れ曲がり、押しつぶされた。どうでもいい。
「帰らねぇの?」
珍しく気遣わしげな声で、日下部。隣にはこれまた珍しく笑みを消した、それでも優しげな峰岸。
ちらりと周囲を探ると、残っている生徒の数は半分ほどになっていた。
「……帰るわよ」
のっそりと、身を起こす。
だけどそれ以上は動かない。二人から目を逸らし、窓の外を見上げる。
相変わらず見通しの効かない、のっぺりとした曇り空。
かといって雨が降りそうってほどでもない、どっちつかずの空。
イライラする。
「また寝てねぇの?」
「……ええ」
まあ、二日連続でこんな調子だもんね。さすがのコイツも心配になるか。
「なんで寝てねぇんだ?」
そしてそう簡単には引き下がってくれなくなってる、と。
「みさちゃん……」
いいのよ峰岸。
分かってる。
分かってるのよ。コイツは悪くないって。少なくとも悪気はないんだって。
だから。
だから謝ろうと。謝って笑おうと。
そう思ったのに。
「――ちびっ子とケンカでもしたのか?」
「っ……!」
このタイミングで、それか。
言うに事欠いて、それか。
「ちょっとみさちゃんっ」
「んみゅ……だって」
だってじゃないわよ。
なんでそんなこと言うのよ。
元はといえば――元はといえば、あんたが……!
このタイミングで、それか。
言うに事欠いて、それか。
「ちょっとみさちゃんっ」
「んみゅ……だって」
だってじゃないわよ。
なんでそんなこと言うのよ。
元はといえば――元はといえば、あんたが……!
……日下部が?
「な、なんだよ、ひーらギ」
気が付くと。
私に睨まれた日下部が、峰岸の肩の後ろに隠れるようにして背を丸めていた。
いや、待って。
ちょっと待って。
日下部が、元はといえば、なに?
私、今、何を言おうと――思おうとした?
気が付くと。
私に睨まれた日下部が、峰岸の肩の後ろに隠れるようにして背を丸めていた。
いや、待って。
ちょっと待って。
日下部が、元はといえば、なに?
私、今、何を言おうと――思おうとした?
――元はといえば、あんたが。
――あんたが、原因でしょう。
――あんたが、余計なこと言って割り込んできたからでしょう。
――あんたが、原因でしょう。
――あんたが、余計なこと言って割り込んできたからでしょう。
なに、それ。
ありえない。
確かに今のこの“かわりばんこ”を最初に言い出して、望んだのは日下部だ。
だけどそのための勝負に、この子は負けた。
にもかかわらず、それが実現したのは、どうして?
私がそう言ったからじゃないの?
別にいいわよと、ある意味でこの子の気持ちも努力も全部無視して、そう言ったからじゃないの?
それなのに今さら、「あんたのせいで」?
何よそれ。有り得ない。
そんなの、許されるわけがないじゃない!
ありえない。
確かに今のこの“かわりばんこ”を最初に言い出して、望んだのは日下部だ。
だけどそのための勝負に、この子は負けた。
にもかかわらず、それが実現したのは、どうして?
私がそう言ったからじゃないの?
別にいいわよと、ある意味でこの子の気持ちも努力も全部無視して、そう言ったからじゃないの?
それなのに今さら、「あんたのせいで」?
何よそれ。有り得ない。
そんなの、許されるわけがないじゃない!
「……ごめん、日下部」
「へ?」
「うん。ごめんね。峰岸も。なんか、睨んじゃったりして」
笑う。
笑顔を作る。
「……最近ね、ちょっと勉強が思うようにはかどらなくってさ。下手したらあんたにも抜かれちゃうかも、
なーんて……」
今にもひび割れて剥がれ落ちてしまいそうな脆い仮面だけど。
これ以外を見せるよりはよっぽどマシだと信じて。
「ま、さすがにそれは大げさなんだけど……でも参るわー。この時期にこんなことになっちゃうなんて、
どうしちゃったのかしらねぇ、ははは……」
私は笑う。
「……」
「……」
二人に反応はない。
いや、返答がないだけで、その顔には疑念と非難、そして心配の色がありありと浮かんでいる。
ウソをつくな、友だちじゃないのか――そう言っている。
だけど、それでも。
「――そっか」
日下部は。
「ベンキョのコトだったら、あたしらじゃチカラになんねーか……」
そう言って。
こいつにはまるで似合わない力ない笑みを浮かべて、引き下がってくれた。
「そう、ね……悪いけど……」
「いーよいーよ。そんじゃ、あたしら帰るから」
「ん……」
「……じゃ、またな。――行こーぜあやの」
「うん。――またね、柊ちゃん」
ああ、峰岸。
心の中だけで思う。あんたが正しかった、って。
あんたの言うとおり、日下部は確かに「良い子」だわ。
「……」
ふと、思う。
明日の岩崎さんの誕生会に、二人を誘えばいいんじゃないか。
知らない仲じゃないらしいし。喜んでくれるだろうから、お詫びにもなる。
いや、でも。
話が急すぎるかも知れない。予定があったら逆に気を使わせるだけになってしまう。
「あ……」
そんな風に迷っているうちに、しかし二人は扉の向こうに消えてしまった。
あとを追う気には、なれなかった。
「へ?」
「うん。ごめんね。峰岸も。なんか、睨んじゃったりして」
笑う。
笑顔を作る。
「……最近ね、ちょっと勉強が思うようにはかどらなくってさ。下手したらあんたにも抜かれちゃうかも、
なーんて……」
今にもひび割れて剥がれ落ちてしまいそうな脆い仮面だけど。
これ以外を見せるよりはよっぽどマシだと信じて。
「ま、さすがにそれは大げさなんだけど……でも参るわー。この時期にこんなことになっちゃうなんて、
どうしちゃったのかしらねぇ、ははは……」
私は笑う。
「……」
「……」
二人に反応はない。
いや、返答がないだけで、その顔には疑念と非難、そして心配の色がありありと浮かんでいる。
ウソをつくな、友だちじゃないのか――そう言っている。
だけど、それでも。
「――そっか」
日下部は。
「ベンキョのコトだったら、あたしらじゃチカラになんねーか……」
そう言って。
こいつにはまるで似合わない力ない笑みを浮かべて、引き下がってくれた。
「そう、ね……悪いけど……」
「いーよいーよ。そんじゃ、あたしら帰るから」
「ん……」
「……じゃ、またな。――行こーぜあやの」
「うん。――またね、柊ちゃん」
ああ、峰岸。
心の中だけで思う。あんたが正しかった、って。
あんたの言うとおり、日下部は確かに「良い子」だわ。
「……」
ふと、思う。
明日の岩崎さんの誕生会に、二人を誘えばいいんじゃないか。
知らない仲じゃないらしいし。喜んでくれるだろうから、お詫びにもなる。
いや、でも。
話が急すぎるかも知れない。予定があったら逆に気を使わせるだけになってしまう。
「あ……」
そんな風に迷っているうちに、しかし二人は扉の向こうに消えてしまった。
あとを追う気には、なれなかった。
そしてまた一人になる。
「……どぅしよ、っかな……」
思考の一部が空気に漏れ出す。
どうしようって、何言ってるんだか。帰るだけよ。
今日はこなたたちと一緒の日だから、B組に行って……ああ、『こなたたち』って思っちゃった。
『つかさたち』じゃなく。
「はぁ……」
ノートの上にまた突っ伏す。あとでちゃんと読めるのかな、これ。どうでも……よくは、ないわよねぇ。
でも今は、どうにかしようとか思えない。
「……どぅしよ、っかな……」
思考の一部が空気に漏れ出す。
どうしようって、何言ってるんだか。帰るだけよ。
今日はこなたたちと一緒の日だから、B組に行って……ああ、『こなたたち』って思っちゃった。
『つかさたち』じゃなく。
「はぁ……」
ノートの上にまた突っ伏す。あとでちゃんと読めるのかな、これ。どうでも……よくは、ないわよねぇ。
でも今は、どうにかしようとか思えない。
“――ちびっ子と仲良くなー”
“――泉ちゃんが待ってるわよ”
“――泉ちゃんが待ってるわよ”
脳裏に再生される、声。声。声。
“――こなちゃん、言ってたよ?”
“――せっかくかがみさんが来てらっしゃいますのに、泉さんは――”
“――せっかくかがみさんが来てらっしゃいますのに、泉さんは――”
イライラする。
“――いつも、お姉ちゃんがお世話になってます”
“――あれー? 泉先輩は一緒じゃないんスか?”
“――Oh、アナタがコナタのヨメですネ?”
“――あれー? 泉先輩は一緒じゃないんスか?”
“――Oh、アナタがコナタのヨメですネ?”
ここ数日のものから、数ヶ月前のものまで。浮かんでは消えて。
私とこなたを結びつけるような台詞の数々。消えては浮かんで。
そして最後に残って響くのは、引き金となった顔も知らない誰かの声。
私とこなたを結びつけるような台詞の数々。消えては浮かんで。
そして最後に残って響くのは、引き金となった顔も知らない誰かの声。
“――柊姉には、泉さんがいますからね”
「ちくしょう……」
こなたもこなただ。
アイツがいつもベタベタくっついてくるから。
こなたもこなただ。
アイツがいつもベタベタくっついてくるから。
“――かがみって、意外とかわいいよね”
“――もぉ~、寂しんぼさんだなぁかがみんは~”
“――もぉ~、寂しんぼさんだなぁかがみんは~”
ああもうちくしょう。顔が熱い。
そんなことばっかり言うから変な噂を立てられるのよ。たまにはもっと――
そんなことばっかり言うから変な噂を立てられるのよ。たまにはもっと――
“――ホント甘えんぼさんだねぇ、つかさは”
え?
“――歩く萌え要素だからね、みゆきさんって”
“――みさきちも良いキャラしてるよね”
“――みさきちも良いキャラしてるよね”
あれ、ちょっと……
“――ゆーちゃんは可愛いなぁもぉ”
“――ひよりんもけっこー萌えキャラじゃん?”
“――カッコイイよねぇみなみちゃん”
“――パティはもう反則でしょ常識で考えて”
“――セバスチャンが臭くってさー”
“――ひよりんもけっこー萌えキャラじゃん?”
“――カッコイイよねぇみなみちゃん”
“――パティはもう反則でしょ常識で考えて”
“――セバスチャンが臭くってさー”
いや待てなんだ最後の。誰だ。
じゃなくて。
……私だけじゃ、ない?
思わず腰を浮かし、けどまたすぐに下ろす。右を見て、また前を見て。頭に手を伸ばしかけて、
やっぱり下ろす。ノートのシワを今さら延ばす。カバンに手を伸ばして、引っ込める。
思いっきり挙動不審だ。
こなたにとって、私は、数ある友人の一人に過ぎない。
ただそれだけのことに、こんなにも動揺してしまうなんて。
今朝も妙に無関心だった。
それに、そういえば、訊いてくる気配がない。この“かわりばんこ”の件について。
私には伝える意思があることを、つかさには話した。それなのに。
いや――そうだった。向こうから訊いてきたらという条件付きだった。
そのつかさも何も言ってない。
こなたに何も訊かれていない? でも、そうとも言ってない。私は何も聞いてない。
自分の悩みと明日の岩崎さんの件で忘れてるのかしら。
ありそうな話だ。
違う。つかさのことは、悪いけど関係ない。それよりも今はこなたのこと。
どうしてアイツは、何も訊かない? 何も言ってこない?
……関心がないの?
ううん、前に一度訊かれた。一週間か十日ぐらい前に。一度だけ。
じゃなくて。
……私だけじゃ、ない?
思わず腰を浮かし、けどまたすぐに下ろす。右を見て、また前を見て。頭に手を伸ばしかけて、
やっぱり下ろす。ノートのシワを今さら延ばす。カバンに手を伸ばして、引っ込める。
思いっきり挙動不審だ。
こなたにとって、私は、数ある友人の一人に過ぎない。
ただそれだけのことに、こんなにも動揺してしまうなんて。
今朝も妙に無関心だった。
それに、そういえば、訊いてくる気配がない。この“かわりばんこ”の件について。
私には伝える意思があることを、つかさには話した。それなのに。
いや――そうだった。向こうから訊いてきたらという条件付きだった。
そのつかさも何も言ってない。
こなたに何も訊かれていない? でも、そうとも言ってない。私は何も聞いてない。
自分の悩みと明日の岩崎さんの件で忘れてるのかしら。
ありそうな話だ。
違う。つかさのことは、悪いけど関係ない。それよりも今はこなたのこと。
どうしてアイツは、何も訊かない? 何も言ってこない?
……関心がないの?
ううん、前に一度訊かれた。一週間か十日ぐらい前に。一度だけ。
“――なんかさ、かがみ。最近あんまりこっち来ないよね?”
うん。確かに、訊かれた。昼休みだった。いつものようにチョココロネをほおばりながら。
私は……私は? なんて答えた?
「えっと……あれ? え、えぇっと……」
憶えてない。
なんとなく、だとか、そんな適当なことを言った気もするけど。思い出せない。
ただ、本当の理由は言わなかった。
からかわれたくないという自尊心から、私は誤魔化しを口にしたんだ。
私は……私は? なんて答えた?
「えっと……あれ? え、えぇっと……」
憶えてない。
なんとなく、だとか、そんな適当なことを言った気もするけど。思い出せない。
ただ、本当の理由は言わなかった。
からかわれたくないという自尊心から、私は誤魔化しを口にしたんだ。
……だから、なの?
脈絡なく。
そんな思いが、突然に湧き上がった。
私が本当のことを言わなかった。だからこなたは私に無関心になった。そんな図式が完成する。
何よそれ。
まるで成り立ってない。筋道も何もあったもんじゃない。そんな考え、都合がよすぎる。
都合?
都合って、なに? そうだとしたら、何がどう都合がいいっていうの?
待ってよ。
それってつまり。
本当のことを言いさえすれば、こなたも元に戻ってくれるとか、そういう考え方なわけ?
それじゃまるで、私の方が構って欲しがってるみたいじゃない。
ってゆーか先に距離を置いたのは私の方だから――いや、でも、別のそんなつもりはなくて、
日下部が――違う。だからその、そもそも「元に戻る」ってなんなのよ。
また会いに来てくれるようになるって?
おかしいじゃない。行ってたのは私の方――いやそれはつかさにであって――ってゆーか。
待って。
ちょっと待って。
おかしい。さっきから、おかしい。訳が分からない。思考がバラバラだ。
どこからおかしくなった?
ええと……そうだ。都合がいいとかどうとか。うん。そこがまずおかしい。おかしかった。
本当のことを言おうがどうしようが関係ないのよ。
だって。
だってこなたは。
そんな思いが、突然に湧き上がった。
私が本当のことを言わなかった。だからこなたは私に無関心になった。そんな図式が完成する。
何よそれ。
まるで成り立ってない。筋道も何もあったもんじゃない。そんな考え、都合がよすぎる。
都合?
都合って、なに? そうだとしたら、何がどう都合がいいっていうの?
待ってよ。
それってつまり。
本当のことを言いさえすれば、こなたも元に戻ってくれるとか、そういう考え方なわけ?
それじゃまるで、私の方が構って欲しがってるみたいじゃない。
ってゆーか先に距離を置いたのは私の方だから――いや、でも、別のそんなつもりはなくて、
日下部が――違う。だからその、そもそも「元に戻る」ってなんなのよ。
また会いに来てくれるようになるって?
おかしいじゃない。行ってたのは私の方――いやそれはつかさにであって――ってゆーか。
待って。
ちょっと待って。
おかしい。さっきから、おかしい。訳が分からない。思考がバラバラだ。
どこからおかしくなった?
ええと……そうだ。都合がいいとかどうとか。うん。そこがまずおかしい。おかしかった。
本当のことを言おうがどうしようが関係ないのよ。
だって。
だってこなたは。
こなたは、最初から私のことなんか少しも気にしてないから。
「――っ!?」
ガタン、と。
椅子を鳴らして立ち上がる。何ごとかと集まる視線。
一瞬怯んだけど、その拍子に泳いだ視線が、ある一点に吸い寄せられるようにして止まる。
黒板上の時計。
日下部たちが出て行ってから、まだ数分しか経っていない。HRが終わってからも、まだ五分少々。
なら、まだ間に合う。
ガタン、と。
椅子を鳴らして立ち上がる。何ごとかと集まる視線。
一瞬怯んだけど、その拍子に泳いだ視線が、ある一点に吸い寄せられるようにして止まる。
黒板上の時計。
日下部たちが出て行ってから、まだ数分しか経っていない。HRが終わってからも、まだ五分少々。
なら、まだ間に合う。
――何に?
「……ああ、もう……」
嘲笑うかのような疑問の声を、しかし無視。強引にねじ伏せて黙らせる。
もういい。
そんなのは、もういい。もう分かった。
いや、分からない。
そう、分からない。
だから確かめる。確かめなきゃいけない。そうしないといけないということが、分かった。
そのためには、まず。
嘲笑うかのような疑問の声を、しかし無視。強引にねじ伏せて黙らせる。
もういい。
そんなのは、もういい。もう分かった。
いや、分からない。
そう、分からない。
だから確かめる。確かめなきゃいけない。そうしないといけないということが、分かった。
そのためには、まず。
「――ぁああっ! もおっ!」
分かったわよ。
行ってやるわよ。
行って、会って、向き合って、それで何かもかもすっきり白黒つけてやろうじゃないの!
行ってやるわよ。
行って、会って、向き合って、それで何かもかもすっきり白黒つけてやろうじゃないの!
カバンを引っつかみ、机の上に叩きつけ、ノートや教科書を強引に詰め込む。
きびすを返して、引きっぱなしの椅子もそのままに、足音を蹴立てて教室の扉に向かう。
進路上にいた何人かのクラスメイトが怯えたように次々と飛びのいていく。
開け放されていた扉をくぐり、廊下を進み、こちらは閉まっていたB組の扉を乱暴に引き開けた。
室内にいたほとんど全ての生徒から集まる注目を、無視。視線を巡らし目当ての人物を探す。
だけど。
「お、お姉ちゃん?」
「どうか、されたのですか? かがみさん……」
「――こなたは?」
恐る恐るといった感じで言ってきたつかさとみゆきを、半ば無視して問いかける。
息を呑む二人。ちくりと生じる罪悪感。例の三人もこの場にいるはずでは、との危惧。
しかしそれらも、全て無視。
「こなたは、どこ」
「か、かえっ……っちゃ、った」
「あ、あの、何か急ぎの用事があるとかで……」
手を取り合って縮こまる妹と親友。さらに無視、というか、気遣うだけの余裕がない。
そんなものは日下部と峰岸と、そのあとの一人相撲で使い切ってしまった。
代わりに、胸いっぱいに怒りに似た、だけど怒りではない何かが渦巻いている。
「どこに行ったの」
「ご……ごめんなさい……聞いてないの……」
「かがみさん、あの、落ち着いてください。泉さんが、何か……」
「知らないならいいわ」
言い捨てて、背を向ける。
「自分で探す」
再び生徒たちを蹴散らしながら早足に入り口まで戻り――そこでようやく自制が働いてくれた。
立ち止まって、扉の枠に手を置いて。
「ごめん。あんたたちは、悪くないから」
だけどそれだけ言うのが精一杯。
そしてまたブレーキを手放す。
廊下を突き進み、階段を駆け下り、一階の廊下走り抜けてクラスの靴箱に飛び込んだところで、
「――柊ちゃん?」
なぜか峰岸と出くわした。
一人だ。日下部と一緒のはずじゃなかったか。
だけどそんな疑問も、存在もろとも、やはり無視。
「ど、どうしたの? そんなに慌て――」
「ごめん、急いでるの」
言い捨て、靴を履き替えて校舎から躍り出る。
声が追ってきたりはしなかった。怖がらせてしまったか。
ごめん、と胸中でもう一度詫びながらも足は止まらず、校門を抜け、たたらを踏んで立ち止まる。
バス停に並ぶ生徒たち。
アイツの姿はない。
すぐに見切りをつけ、徒歩で、走って駅へと向かう。道行く人たちが振り返る。無視、無視、無視。
いくつかの角を曲がったところでようやく思いついて、ポケットから携帯電話を取り出した。
画面をろくに見もせずに目当ての番号を呼び出して発信。
呼び出し音。
一つ、二つ、三つ、四つ。
待つ間も走り続ける。
五つ、六つ、七つ、八つ。
信号につかまり、足踏み。
十一、十二、十三、十四……
「なんで出ないのよ……」
足が止まる。
また家に置きっぱなしなのだろうか。
二十……いくつだ。分からない。頬を伝った生ぬるい雫を、制服の袖で乱暴にぬぐう。
汗だ。
走ったから。九月で、まだまだ暑いから。
信号が青に変わる。
「なんで……」
足は止まったまま。
どこからか冷たい風が吹きつけて、汗が引いていく。
「なんで出ないのよ……っ!!」
ポツリ、ポツリと。
歩道のコンクリートタイルに穿たれる丸い染み。
同じく、重力に従って手が落ちる。指が終了ボタンを勝手に押し込む。
電源が、切れた。
空を見上げる。
灰色に滲む一面の曇り空。
雨なんか、一滴も降っちゃいなかった。
きびすを返して、引きっぱなしの椅子もそのままに、足音を蹴立てて教室の扉に向かう。
進路上にいた何人かのクラスメイトが怯えたように次々と飛びのいていく。
開け放されていた扉をくぐり、廊下を進み、こちらは閉まっていたB組の扉を乱暴に引き開けた。
室内にいたほとんど全ての生徒から集まる注目を、無視。視線を巡らし目当ての人物を探す。
だけど。
「お、お姉ちゃん?」
「どうか、されたのですか? かがみさん……」
「――こなたは?」
恐る恐るといった感じで言ってきたつかさとみゆきを、半ば無視して問いかける。
息を呑む二人。ちくりと生じる罪悪感。例の三人もこの場にいるはずでは、との危惧。
しかしそれらも、全て無視。
「こなたは、どこ」
「か、かえっ……っちゃ、った」
「あ、あの、何か急ぎの用事があるとかで……」
手を取り合って縮こまる妹と親友。さらに無視、というか、気遣うだけの余裕がない。
そんなものは日下部と峰岸と、そのあとの一人相撲で使い切ってしまった。
代わりに、胸いっぱいに怒りに似た、だけど怒りではない何かが渦巻いている。
「どこに行ったの」
「ご……ごめんなさい……聞いてないの……」
「かがみさん、あの、落ち着いてください。泉さんが、何か……」
「知らないならいいわ」
言い捨てて、背を向ける。
「自分で探す」
再び生徒たちを蹴散らしながら早足に入り口まで戻り――そこでようやく自制が働いてくれた。
立ち止まって、扉の枠に手を置いて。
「ごめん。あんたたちは、悪くないから」
だけどそれだけ言うのが精一杯。
そしてまたブレーキを手放す。
廊下を突き進み、階段を駆け下り、一階の廊下走り抜けてクラスの靴箱に飛び込んだところで、
「――柊ちゃん?」
なぜか峰岸と出くわした。
一人だ。日下部と一緒のはずじゃなかったか。
だけどそんな疑問も、存在もろとも、やはり無視。
「ど、どうしたの? そんなに慌て――」
「ごめん、急いでるの」
言い捨て、靴を履き替えて校舎から躍り出る。
声が追ってきたりはしなかった。怖がらせてしまったか。
ごめん、と胸中でもう一度詫びながらも足は止まらず、校門を抜け、たたらを踏んで立ち止まる。
バス停に並ぶ生徒たち。
アイツの姿はない。
すぐに見切りをつけ、徒歩で、走って駅へと向かう。道行く人たちが振り返る。無視、無視、無視。
いくつかの角を曲がったところでようやく思いついて、ポケットから携帯電話を取り出した。
画面をろくに見もせずに目当ての番号を呼び出して発信。
呼び出し音。
一つ、二つ、三つ、四つ。
待つ間も走り続ける。
五つ、六つ、七つ、八つ。
信号につかまり、足踏み。
十一、十二、十三、十四……
「なんで出ないのよ……」
足が止まる。
また家に置きっぱなしなのだろうか。
二十……いくつだ。分からない。頬を伝った生ぬるい雫を、制服の袖で乱暴にぬぐう。
汗だ。
走ったから。九月で、まだまだ暑いから。
信号が青に変わる。
「なんで……」
足は止まったまま。
どこからか冷たい風が吹きつけて、汗が引いていく。
「なんで出ないのよ……っ!!」
ポツリ、ポツリと。
歩道のコンクリートタイルに穿たれる丸い染み。
同じく、重力に従って手が落ちる。指が終了ボタンを勝手に押し込む。
電源が、切れた。
空を見上げる。
灰色に滲む一面の曇り空。
雨なんか、一滴も降っちゃいなかった。
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- ↓メドレーリレー・バースデー -- 名無しさん (2008-03-20 14:56:01)
- 続き読みたいな…
-- 名無しさん (2008-03-20 12:27:52) - 続きが気になり過ぎる!! -- 名無しさん (2008-02-05 23:09:23)