- 25.受け入れよう!
おはようございます、と天使が言った。
こんにちは、と天使が言った。
こんばんは、と天使が言った。
始まりはその言葉……その一番初めは、少し嬉しかった。
この虚ろな体が、ほんの少し。
この体は何にも縛られない。
窮屈な世界にも。退屈な日常にも。
……ううん、一つだけあったっけ。
私を縛るもの。
私を繋ぎとめてくれる、存在。
それが……『彼女』。
狭い、閉ざされた空間。
他人の居ない空間。
そこに、こなたは居た。
こんにちは、と天使が言った。
こんばんは、と天使が言った。
始まりはその言葉……その一番初めは、少し嬉しかった。
この虚ろな体が、ほんの少し。
この体は何にも縛られない。
窮屈な世界にも。退屈な日常にも。
……ううん、一つだけあったっけ。
私を縛るもの。
私を繋ぎとめてくれる、存在。
それが……『彼女』。
狭い、閉ざされた空間。
他人の居ない空間。
そこに、こなたは居た。
誰かの泣き声が耳を劈く。
音のない拍手が、これほど五月蝿いとは思わなかった。
黒と白で埋め尽くされた葬斎場に、人が溢れている。
つかさのクラスメイトとか、親戚とか……私もよく知っている人ばかり。
その誰もが……つかさの死を弔っていた。
世界の何処かで誰かが居なくなっても、世界は何事もなく回る。
それはきっと、神様が言ってるのかもしれない。
悲しんだらいけませんよ、って。
なんかどっかの天使みたいな口調になったわ……まぁいいけど。
悲しみ続けることに、意味がないのは分かってる。
そんなの意味はない。居なくなった人だって、それを望んでるわけない。
それでも……心は納得してくれない。
「終わったね」
「……うん」
全ての工程を終えた後に、こなたが小声で私を呼ぶ。
その姿は……当然制服だ。
学生ならその姿は一般的。でもこなたが着ると何処か違和感なのは多分、初めて見た所為なのかも。
「泉」
その時、誰かがこなたに声をかける。
見覚えのあるその姿に、こなたが軽く会釈する。
「お久しぶりです、黒井先生」
黒い衣装に身を包んだその姿は、何処か艶っぽかった。
こなたの担任……黒井先生。
こなたの動悸は、もう激しくなる事はなかった。
これからもきっと大丈夫……こなたは向き合えたんだ、他人の存在に。
「……もう、大丈夫なんか?」
先生にとっても、ここでこなたと出会えたのは意外だったのだろう。
こなたの話ではよく家を訪問していたらしい。
その度に会うこともせず、追い返していたらしいけど。
「はい……心配かけました」
「……」
しおらしく謝るこなたに、黒井先生に少し笑みが戻る。
そして……。
「そうか、ほんなら」
「ふぇ? ……んぎゃぁっ!」
「んぎゃっ!」
と、私もつられて叫び声が漏れる。
脳天に響く痛み。黒井先生の拳が、こなたに落下した所為だ。
「今まで何回足運ばせた思うとるんや……まぁ、今ので勘弁したる」
「うぅ……体罰反対」
「体罰やない、愛の鞭や!」
そう言って笑う先生。
だけど今自分の居る場所を思い出し、少し表情が憂う。
「柊の最後……一緒におったらしいな、高良も」
「……はい」
みゆきの名前が出て、少しこなたにも緊張が走る。
そして、つかさの最後の言葉も蘇る。
『ゆきちゃんが全部は言うなって言うの』
みゆきは、知ってるんだ。
つかさが見たものを。
つかさが言った、『ありえない』状況を。
「今日は、高良さんは?」
「……さすがにショックだったみたいや」
と、首を振る。
葬儀にみゆきの姿はなかった。
避けられた……ってのは考えすぎだろう。
目の前で親友が飛び降り、命を落とした……ショックは大きいはずだ。
親友……か。
私はみゆきの事は、そう思ってる。
みゆきも多分……一緒、だと思う。
つかさは言った。
あの時、『もう一人』が居た……と。
それは私の記憶の中には登場しない、三人目。
多分それは、事実。
そしてその三人目が……私を殺した、誰か?
そうだ……それしか、もう選択肢は残っていない。
じゃあそれは、誰?
どうしてつかさもみゆきも、それを隠すの?
最後にそれだけ。
その真実だけ……私は、知らなくてはいけない。
音のない拍手が、これほど五月蝿いとは思わなかった。
黒と白で埋め尽くされた葬斎場に、人が溢れている。
つかさのクラスメイトとか、親戚とか……私もよく知っている人ばかり。
その誰もが……つかさの死を弔っていた。
世界の何処かで誰かが居なくなっても、世界は何事もなく回る。
それはきっと、神様が言ってるのかもしれない。
悲しんだらいけませんよ、って。
なんかどっかの天使みたいな口調になったわ……まぁいいけど。
悲しみ続けることに、意味がないのは分かってる。
そんなの意味はない。居なくなった人だって、それを望んでるわけない。
それでも……心は納得してくれない。
「終わったね」
「……うん」
全ての工程を終えた後に、こなたが小声で私を呼ぶ。
その姿は……当然制服だ。
学生ならその姿は一般的。でもこなたが着ると何処か違和感なのは多分、初めて見た所為なのかも。
「泉」
その時、誰かがこなたに声をかける。
見覚えのあるその姿に、こなたが軽く会釈する。
「お久しぶりです、黒井先生」
黒い衣装に身を包んだその姿は、何処か艶っぽかった。
こなたの担任……黒井先生。
こなたの動悸は、もう激しくなる事はなかった。
これからもきっと大丈夫……こなたは向き合えたんだ、他人の存在に。
「……もう、大丈夫なんか?」
先生にとっても、ここでこなたと出会えたのは意外だったのだろう。
こなたの話ではよく家を訪問していたらしい。
その度に会うこともせず、追い返していたらしいけど。
「はい……心配かけました」
「……」
しおらしく謝るこなたに、黒井先生に少し笑みが戻る。
そして……。
「そうか、ほんなら」
「ふぇ? ……んぎゃぁっ!」
「んぎゃっ!」
と、私もつられて叫び声が漏れる。
脳天に響く痛み。黒井先生の拳が、こなたに落下した所為だ。
「今まで何回足運ばせた思うとるんや……まぁ、今ので勘弁したる」
「うぅ……体罰反対」
「体罰やない、愛の鞭や!」
そう言って笑う先生。
だけど今自分の居る場所を思い出し、少し表情が憂う。
「柊の最後……一緒におったらしいな、高良も」
「……はい」
みゆきの名前が出て、少しこなたにも緊張が走る。
そして、つかさの最後の言葉も蘇る。
『ゆきちゃんが全部は言うなって言うの』
みゆきは、知ってるんだ。
つかさが見たものを。
つかさが言った、『ありえない』状況を。
「今日は、高良さんは?」
「……さすがにショックだったみたいや」
と、首を振る。
葬儀にみゆきの姿はなかった。
避けられた……ってのは考えすぎだろう。
目の前で親友が飛び降り、命を落とした……ショックは大きいはずだ。
親友……か。
私はみゆきの事は、そう思ってる。
みゆきも多分……一緒、だと思う。
つかさは言った。
あの時、『もう一人』が居た……と。
それは私の記憶の中には登場しない、三人目。
多分それは、事実。
そしてその三人目が……私を殺した、誰か?
そうだ……それしか、もう選択肢は残っていない。
じゃあそれは、誰?
どうしてつかさもみゆきも、それを隠すの?
最後にそれだけ。
その真実だけ……私は、知らなくてはいけない。
善行を積みなさい、と天使が言った。
そうすれば生き返れるでしょう、と笑顔で言った。
その癖、散々な目に会わされた。
それを恨んでるわけじゃない。
それなりに楽しかったし、彼女なりに気を遣ってくれたんだと思う。
きっと、彼女は知っていたんだ。
私を待っている……非情な現実を。
そうすれば生き返れるでしょう、と笑顔で言った。
その癖、散々な目に会わされた。
それを恨んでるわけじゃない。
それなりに楽しかったし、彼女なりに気を遣ってくれたんだと思う。
きっと、彼女は知っていたんだ。
私を待っている……非情な現実を。
「泉、泉ー。なんや遅刻かー?」
目の前数メートルの前の扉から、黒井先生の声が漏れる。
それが耳に入り、こなたが最後のスパートを駆ける。
結構運動も出来るのね、陸上でもやればいいのに……今度薦めてみようかな。
まさかアニメが見れないから、とか言い出さないわよね?
そのまま勢いよく扉に手をかけ、スライドした扉が轟音を立てる。
「ストップっ、遅刻じゃないですっ!」
バス停から全速力で走ったため、肩で息。
しかも途中で転んだからちょっと頭打った……うぅ、毎度ながら理不尽な痛みよね。
「おー、なんや久しぶりやなぁ……それで、何で遅れたんや?」
「え、えとですねー……人助け?」
まさかギリギリまで寝てたとは言えるはずもない。
しかも電車は乗り過ごすはバスは乗り損ねるは……朝のホームルームに間に合ったのは奇跡と言ってもいいわね。
「ほぅほぅ、そら仕方ないわなぁー」
「ですよねー、困ったもんです」
……まぁ、そんな言い訳通じるわけないんだけど。
「それで、何のゲームの話や? それ」
「……うぐぅ」
逃げようとした所で後ろ首を掴まれ、首が締まる。
そのやり取りを懐かしく感じたのか、先生の口から笑みがこぼれたのを私は見逃さなかった。
「ほれ、席はそこや……開いてるやろ」
その手が離れ、席を誘導される。
その姿を、クラス中の皆が笑っていた。
……。
そう、こなたは今……学校に来ている。
制服を着て、朝ちゃんと起きて……はなかったか。
数ヶ月ぶりに訪れた学校に、こなたはどんな気持ちだろう。
伝わってくるのは、不安や心配。
それでもクラスの皆の暖かい笑顔の歓迎に、それも少しずつ消えていった。
だけどまだ……つかさの傷跡は、皆に残っている。
見慣れた席の空白が、皆の心を締め上げる。
それが視界に入るたびに、少しずつ空気が暗くなる。
残された人たちの心の傷は、その人が立ち向かうしかない。
少し、天使の言った意味が分かった気がする。
つかさの行為が……罪だ、と。
「私、自分のクラス……行くね」
こなたに小声で言う。
どうせ誰にも聞こえないのに、つい気を遣ってしまうのはもう、性分かもしれない。
それに首を振ったこなたを確認した後に、私のクラスへ向かう。
少し急いでいたのは、気の所為じゃない。
どうしても私は、居合わせたかった。
……私の、『最後』の場に。
「今日は、辛いお知らせがある」
私の教室の中は、少し緊張感が漂っていた。
担当の先生が暗い表情で教壇に立っている。
それに反応して騒がしかった声も静まっていく。
その静寂を確認してから……先生が告げた。
「柊が、学校を辞めることになった」
喧騒がクラスに広がる。
その中で、先生が続けて言う。
私の病状……もう、勉強なんか出来ない事。喋れない事。動けない事。
そして最後に、つかさの事も。
……分かってるはずなのに、やっぱり辛かった。
泣いてくれる子が沢山居た。
その中の一人が日下部で、心を絞られる。
峰岸に抱きついて泣くその姿は、天使と私のそれを思い出させる。
日下部は前だって、無理して笑ってくれた。
落ち込む峰岸を、励ましてくれた。
でもそれは……希望があったから。
いつか、私が帰って来るという希望。
希望の全てが断ち切られた時、人は……どうしようもなく、脆い。
ホームルームが終わっても、日下部は泣いていた。
日下部が馬鹿な事言って、私がそれをからかって。
あとは日下部が峰岸に泣きついて……そんな日々はもう、戻ってこない。
こんな体になって、初めて分かる。
私はそんな当たり前の世界が……大好きだったんだなって。
でももう、それが続くことはない。
それは他の世界……他の私がきっと、味わってくれる。
知らないの? 世界には無限の樹形図がある。
私はその一つ……あはは、SF小説の読みすぎね。
細かい説明は面倒だからいいわよね、どっかの抜けた天使にでも聞いて。
そこの世界にはきっとつかさも居る。
私も居る。
みゆきも日下部も峰岸も他の皆も。
もしかしたらその輪の中には……こなたが居るのかもしれない。
そうだったら……いいな。
目の前数メートルの前の扉から、黒井先生の声が漏れる。
それが耳に入り、こなたが最後のスパートを駆ける。
結構運動も出来るのね、陸上でもやればいいのに……今度薦めてみようかな。
まさかアニメが見れないから、とか言い出さないわよね?
そのまま勢いよく扉に手をかけ、スライドした扉が轟音を立てる。
「ストップっ、遅刻じゃないですっ!」
バス停から全速力で走ったため、肩で息。
しかも途中で転んだからちょっと頭打った……うぅ、毎度ながら理不尽な痛みよね。
「おー、なんや久しぶりやなぁ……それで、何で遅れたんや?」
「え、えとですねー……人助け?」
まさかギリギリまで寝てたとは言えるはずもない。
しかも電車は乗り過ごすはバスは乗り損ねるは……朝のホームルームに間に合ったのは奇跡と言ってもいいわね。
「ほぅほぅ、そら仕方ないわなぁー」
「ですよねー、困ったもんです」
……まぁ、そんな言い訳通じるわけないんだけど。
「それで、何のゲームの話や? それ」
「……うぐぅ」
逃げようとした所で後ろ首を掴まれ、首が締まる。
そのやり取りを懐かしく感じたのか、先生の口から笑みがこぼれたのを私は見逃さなかった。
「ほれ、席はそこや……開いてるやろ」
その手が離れ、席を誘導される。
その姿を、クラス中の皆が笑っていた。
……。
そう、こなたは今……学校に来ている。
制服を着て、朝ちゃんと起きて……はなかったか。
数ヶ月ぶりに訪れた学校に、こなたはどんな気持ちだろう。
伝わってくるのは、不安や心配。
それでもクラスの皆の暖かい笑顔の歓迎に、それも少しずつ消えていった。
だけどまだ……つかさの傷跡は、皆に残っている。
見慣れた席の空白が、皆の心を締め上げる。
それが視界に入るたびに、少しずつ空気が暗くなる。
残された人たちの心の傷は、その人が立ち向かうしかない。
少し、天使の言った意味が分かった気がする。
つかさの行為が……罪だ、と。
「私、自分のクラス……行くね」
こなたに小声で言う。
どうせ誰にも聞こえないのに、つい気を遣ってしまうのはもう、性分かもしれない。
それに首を振ったこなたを確認した後に、私のクラスへ向かう。
少し急いでいたのは、気の所為じゃない。
どうしても私は、居合わせたかった。
……私の、『最後』の場に。
「今日は、辛いお知らせがある」
私の教室の中は、少し緊張感が漂っていた。
担当の先生が暗い表情で教壇に立っている。
それに反応して騒がしかった声も静まっていく。
その静寂を確認してから……先生が告げた。
「柊が、学校を辞めることになった」
喧騒がクラスに広がる。
その中で、先生が続けて言う。
私の病状……もう、勉強なんか出来ない事。喋れない事。動けない事。
そして最後に、つかさの事も。
……分かってるはずなのに、やっぱり辛かった。
泣いてくれる子が沢山居た。
その中の一人が日下部で、心を絞られる。
峰岸に抱きついて泣くその姿は、天使と私のそれを思い出させる。
日下部は前だって、無理して笑ってくれた。
落ち込む峰岸を、励ましてくれた。
でもそれは……希望があったから。
いつか、私が帰って来るという希望。
希望の全てが断ち切られた時、人は……どうしようもなく、脆い。
ホームルームが終わっても、日下部は泣いていた。
日下部が馬鹿な事言って、私がそれをからかって。
あとは日下部が峰岸に泣きついて……そんな日々はもう、戻ってこない。
こんな体になって、初めて分かる。
私はそんな当たり前の世界が……大好きだったんだなって。
でももう、それが続くことはない。
それは他の世界……他の私がきっと、味わってくれる。
知らないの? 世界には無限の樹形図がある。
私はその一つ……あはは、SF小説の読みすぎね。
細かい説明は面倒だからいいわよね、どっかの抜けた天使にでも聞いて。
そこの世界にはきっとつかさも居る。
私も居る。
みゆきも日下部も峰岸も他の皆も。
もしかしたらその輪の中には……こなたが居るのかもしれない。
そうだったら……いいな。
貴方は殺された、と天使が言った。
それは私の妹だと、ゆたかちゃんが言った。
世界が、黒く滲んだ。
だけどその暗雲に……光が差した。
こなたが言った。
そんなはずない、って。
信じよう、って。
一緒に……前に進もう、って。
それは私の妹だと、ゆたかちゃんが言った。
世界が、黒く滲んだ。
だけどその暗雲に……光が差した。
こなたが言った。
そんなはずない、って。
信じよう、って。
一緒に……前に進もう、って。
「……そっか、それでみさおは?」
「今は保健室に……まだ、ショックみたいで」
峰岸が話しかけている相手は、日下部のお兄さん。
その彼に会いに今は三年の教室へ。
泣き止まない日下部を保健室まで連れて行き、そのままここまで直行した。
ホームルームと授業の間はほとんどない。
だからすでに授業開始のチャイムは鳴り、他の生徒の姿は見当たらない。
その無音の階段を、二人が下っていく。
「すいません……授業があったのに」
「いやいいよ、みさおが心配だし」
峰岸もきっと感じ取ったんだろう。
今の日下部には、支えてあげられる人が必要だと。
そしてそれは峰岸には出来ない。
その理由は……簡単だ。
「みさちゃんがあんなに泣いたの……初めて見たかもしれません」
「……」
幼馴染の峰岸がそうなんだ……私だって初めてだった。
日下部が、あんなに声をあげて泣くのを見るのは。
「あやのちゃんは?」
「えっ……」
階段を下りる足が止まる。
それに峰岸も足を止め、二人の視線が交わる。
お兄さんは少し下に居るから、丁度峰岸の視界は彼で一杯のはずだ。
「ちゃんと、泣いたかい?」
「……っ」
お兄さんの言葉に、峰岸が視線を逸らす。
そんな暇がなかったのは、私がよく知ってる。
それが……峰岸には日下部を支えられない理由。
泣き出した日下部を一番に支えたのは峰岸だった。
その彼女を支えるので、精一杯で……峰岸に悲しむ時間なんてなかった。
でも、私は見た。
お兄さんと顔をあわせた時の、一瞬の苦悶の表情を。
本当は、すぐにでも抱きついて泣きたかったはずなのに。
もう我慢が出来ないくらいに、悲しみに震えているはずなのに。
それでもそれを……堪えた。
その居場所をもっと、必要にしている人が居たから。
「み、みさちゃんが、待ってるから……行きましょう」
お兄さんの横を抜け、階段を下りていく峰岸。
その視線は、彼を見ることはなかった。
だから、だったのかもしれない。
その足が止まった……いや、止められた。
その手を、掴まれたから。
お兄さんに……想いを寄せる、彼に。
「ちゃんと、泣いたかい?」
「あ……」
質問を繰り返したのと、同時だった。
峰岸の頬から……涙が零れたのは。
「やっ、違っ……」
掴まれた手を振り解き、涙を拭く。
でも、そんな涙が止まるはずないのは……当然だ。
私がそうだったように、峰岸の眼から涙が溢れていく。
日下部と一緒に抱き合って、泣く事も出来た。
それでもしなかったのきっと……支えたかったから。
幼馴染の彼女を、いつも支えてくれた彼女を。
「違うんです……違う、からっ見ないでっ」
「……」
その言葉に、お兄さんが踵を返した。
だからと言って、立ち去るわけじゃない。
抱きしめて「これなら見えないだろ?」とか言うわけじゃない……いやそれただの変態だから。
「見ないよ、見られたくないなら見ない……でも一人は嫌だろ?」
一人で泣くのは、辛い。
ただ自問自答して、自己嫌悪が募っていくだけ。
……少し分かった気がする。
峰岸が、彼に惹かれている理由が。
「ぇ……っ」
その彼から、声が漏れた。
それは驚きの声。
それも当然かもしれない。
峰岸の体が、彼の背中に預けられたから。
「あやの……ちゃん?」
突然の状況に、彼が戸惑う。
背中に身を預けられ、泣かれているこの状況を上手く理解出来ないらしい。
だけど振り向いて峰岸の顔を見ようとはしなかった。
見ない、と彼は言ったから。
「私……言われたんです」
戸惑いながらも、峰岸の言葉に耳を傾ける。
涙で擦れた声。
それで必死に言葉を紡いでいく。
「伝えられる間に伝えないと……伝えられなくなった時後悔するって」
それは……いつかのこなたの言葉。
想い人と峰岸を自分に重ねた……同情の言葉。
「その意味が、分かった気がします」
そこまできて、私にもようやく分かる。
峰岸が……何を伝えようとしているのかが。
私がこんな体になって、きっと思い知らされたのかもしれない。
別れという、単純で……悲しい言葉を。
「私、貴方の事……」
その言葉の続きはもう、聞こえなかった。
重なる二人を背に私はその場所から離れたから。
その先はきっと、二人だけの言葉だから。
二人きりの、世界だから。
「今は保健室に……まだ、ショックみたいで」
峰岸が話しかけている相手は、日下部のお兄さん。
その彼に会いに今は三年の教室へ。
泣き止まない日下部を保健室まで連れて行き、そのままここまで直行した。
ホームルームと授業の間はほとんどない。
だからすでに授業開始のチャイムは鳴り、他の生徒の姿は見当たらない。
その無音の階段を、二人が下っていく。
「すいません……授業があったのに」
「いやいいよ、みさおが心配だし」
峰岸もきっと感じ取ったんだろう。
今の日下部には、支えてあげられる人が必要だと。
そしてそれは峰岸には出来ない。
その理由は……簡単だ。
「みさちゃんがあんなに泣いたの……初めて見たかもしれません」
「……」
幼馴染の峰岸がそうなんだ……私だって初めてだった。
日下部が、あんなに声をあげて泣くのを見るのは。
「あやのちゃんは?」
「えっ……」
階段を下りる足が止まる。
それに峰岸も足を止め、二人の視線が交わる。
お兄さんは少し下に居るから、丁度峰岸の視界は彼で一杯のはずだ。
「ちゃんと、泣いたかい?」
「……っ」
お兄さんの言葉に、峰岸が視線を逸らす。
そんな暇がなかったのは、私がよく知ってる。
それが……峰岸には日下部を支えられない理由。
泣き出した日下部を一番に支えたのは峰岸だった。
その彼女を支えるので、精一杯で……峰岸に悲しむ時間なんてなかった。
でも、私は見た。
お兄さんと顔をあわせた時の、一瞬の苦悶の表情を。
本当は、すぐにでも抱きついて泣きたかったはずなのに。
もう我慢が出来ないくらいに、悲しみに震えているはずなのに。
それでもそれを……堪えた。
その居場所をもっと、必要にしている人が居たから。
「み、みさちゃんが、待ってるから……行きましょう」
お兄さんの横を抜け、階段を下りていく峰岸。
その視線は、彼を見ることはなかった。
だから、だったのかもしれない。
その足が止まった……いや、止められた。
その手を、掴まれたから。
お兄さんに……想いを寄せる、彼に。
「ちゃんと、泣いたかい?」
「あ……」
質問を繰り返したのと、同時だった。
峰岸の頬から……涙が零れたのは。
「やっ、違っ……」
掴まれた手を振り解き、涙を拭く。
でも、そんな涙が止まるはずないのは……当然だ。
私がそうだったように、峰岸の眼から涙が溢れていく。
日下部と一緒に抱き合って、泣く事も出来た。
それでもしなかったのきっと……支えたかったから。
幼馴染の彼女を、いつも支えてくれた彼女を。
「違うんです……違う、からっ見ないでっ」
「……」
その言葉に、お兄さんが踵を返した。
だからと言って、立ち去るわけじゃない。
抱きしめて「これなら見えないだろ?」とか言うわけじゃない……いやそれただの変態だから。
「見ないよ、見られたくないなら見ない……でも一人は嫌だろ?」
一人で泣くのは、辛い。
ただ自問自答して、自己嫌悪が募っていくだけ。
……少し分かった気がする。
峰岸が、彼に惹かれている理由が。
「ぇ……っ」
その彼から、声が漏れた。
それは驚きの声。
それも当然かもしれない。
峰岸の体が、彼の背中に預けられたから。
「あやの……ちゃん?」
突然の状況に、彼が戸惑う。
背中に身を預けられ、泣かれているこの状況を上手く理解出来ないらしい。
だけど振り向いて峰岸の顔を見ようとはしなかった。
見ない、と彼は言ったから。
「私……言われたんです」
戸惑いながらも、峰岸の言葉に耳を傾ける。
涙で擦れた声。
それで必死に言葉を紡いでいく。
「伝えられる間に伝えないと……伝えられなくなった時後悔するって」
それは……いつかのこなたの言葉。
想い人と峰岸を自分に重ねた……同情の言葉。
「その意味が、分かった気がします」
そこまできて、私にもようやく分かる。
峰岸が……何を伝えようとしているのかが。
私がこんな体になって、きっと思い知らされたのかもしれない。
別れという、単純で……悲しい言葉を。
「私、貴方の事……」
その言葉の続きはもう、聞こえなかった。
重なる二人を背に私はその場所から離れたから。
その先はきっと、二人だけの言葉だから。
二人きりの、世界だから。
私は死んだと、つかさが言った。
その世界に絶望して、つかさは身を投げた。
何も出来ない体。
何も出来ない私。
そんな世界は、死んでるのも同じだった。
だから私もつかさに習った。
世界に絶望して、自らを諦めようとした。
……でも、こなたが言った。
生きてるって。
それでも、生きてるって。
それだけが私の……支えだった。
その世界に絶望して、つかさは身を投げた。
何も出来ない体。
何も出来ない私。
そんな世界は、死んでるのも同じだった。
だから私もつかさに習った。
世界に絶望して、自らを諦めようとした。
……でも、こなたが言った。
生きてるって。
それでも、生きてるって。
それだけが私の……支えだった。
授業が終わって、こなたと二人で保健室に寄った。
ホームルームが終わって急いだので、峰岸の姿はなかった。
居るのはベッドに日下部だけ。
泣き疲れたのか、今は布団に包まって寝ている。
もうすぐ峰岸が来て、起こしてくれる。
ううん、多分二人で手でも繋いで来るかもね……お兄さんと。
っと、邪推はよくないか。
「……ごめんね、日下部」
私の言葉と共に、こなたが日下部を撫でる。
手の感覚が伝わって、まるで私が撫でている気分。
ううん、一緒よね……共有してるんだから。
「今まで……ありがと」
私に出来るのは、これだけだ。
その言葉を言って回るしか、私には出来ない。
それは、伝わらない言葉だけど……言いたかった。
今まで私と時間を重ねてくれた皆に、ただそれだけを。
これで最後、日下部が……最後の一人。
「ひぃ……らぎぃ」
漏れた声に驚いたけど、寝言だったみたい。
その時に零れた涙も、こなたが指で拭ってくれた。
ごめん、は謝る言葉。
それは別れへの謝罪じゃなくて……悲しませた事への謝罪。
だって……そうでしょ?
「これからも、よろしくお願いね」
こなたは言ってくれた。
生きていれば、時間を重ねられる。
それは、生きてるから。
それが……生きるという事だから。
きっともう、日下部の馬鹿な発言に声を張る事もない。
返事をする事も、からかう事もない。
ただ耳を……傾けるだけ。
それでも、いい。
「行こっ、かがみ」
「……うん」
最後に乱れた布団を直し、もう一度日下部にかけてあげる。
負けないでね、日下部。
そしてまた……一緒に笑いましょ。
馬鹿みたいな話で、何気ない会話で。
私、頑張って生きるから。
頑張って……受け入れるから。
どんな姿になっても、醜い体になっても
だからずっと……友達でいてね。
友達で、いようね。
私がもう、生きてここに来ることはない。
そうね……この姿のままなら、少しくらいはいいのかな。
まだ私は、生き返るだけの善行を積んでない。
だからそれくらい、きっと許してくれる。
誰がって? まぁそうね……神様とかよ。
あはは、そんなの居るわけないとか思ってる?
分かんないわよ? 私なんか天使に会ったんだから。
馬鹿で、抜けてて、頼りない天使。
だけど凄く……優しい天使。
……調子に乗るから、そんな事言ってやらないけどね。
ふん、いい気味よ。
そうね……いつか心の整理が出来たら、言うから。
「ありがとう」って。
でもそれは、全部が終わってからかな。
私の最後には、立ち会えた。
皆にお礼も、謝罪も言えた。
あとやり残した事は……一つだけ。
会いに行こう、『みゆき』に。
そこにきっと真実がある。
それを、みゆきは知ってる。
だからもう一度天使に会うのは、その後だ。
ゆたかちゃんの件もその後。
……ううん、もしかしたら一緒に片付くかもしれないわね。
私の事件。ゆたかちゃんの事件。
二つの交わらない事件。
だけどその二つをもし……みゆきの知る『何か』が結んでいたら?
つかさにはゆたかちゃんの事件は無理だった。
それは警察の、成美さんが教えてくれた。
そして呈した……合わないピースの可能性を。
そしてつかさが教えてくれた。
事件の時私の傍にいた……『もう一人』の、存在を。
これが多分、最後のピース。
そこにどんな答えが待っていたとしても。
そこにどんな真実が待っていたとしても。
私はそれを……受け入れてみせる。
それが私の、生きるという事だから。
ホームルームが終わって急いだので、峰岸の姿はなかった。
居るのはベッドに日下部だけ。
泣き疲れたのか、今は布団に包まって寝ている。
もうすぐ峰岸が来て、起こしてくれる。
ううん、多分二人で手でも繋いで来るかもね……お兄さんと。
っと、邪推はよくないか。
「……ごめんね、日下部」
私の言葉と共に、こなたが日下部を撫でる。
手の感覚が伝わって、まるで私が撫でている気分。
ううん、一緒よね……共有してるんだから。
「今まで……ありがと」
私に出来るのは、これだけだ。
その言葉を言って回るしか、私には出来ない。
それは、伝わらない言葉だけど……言いたかった。
今まで私と時間を重ねてくれた皆に、ただそれだけを。
これで最後、日下部が……最後の一人。
「ひぃ……らぎぃ」
漏れた声に驚いたけど、寝言だったみたい。
その時に零れた涙も、こなたが指で拭ってくれた。
ごめん、は謝る言葉。
それは別れへの謝罪じゃなくて……悲しませた事への謝罪。
だって……そうでしょ?
「これからも、よろしくお願いね」
こなたは言ってくれた。
生きていれば、時間を重ねられる。
それは、生きてるから。
それが……生きるという事だから。
きっともう、日下部の馬鹿な発言に声を張る事もない。
返事をする事も、からかう事もない。
ただ耳を……傾けるだけ。
それでも、いい。
「行こっ、かがみ」
「……うん」
最後に乱れた布団を直し、もう一度日下部にかけてあげる。
負けないでね、日下部。
そしてまた……一緒に笑いましょ。
馬鹿みたいな話で、何気ない会話で。
私、頑張って生きるから。
頑張って……受け入れるから。
どんな姿になっても、醜い体になっても
だからずっと……友達でいてね。
友達で、いようね。
私がもう、生きてここに来ることはない。
そうね……この姿のままなら、少しくらいはいいのかな。
まだ私は、生き返るだけの善行を積んでない。
だからそれくらい、きっと許してくれる。
誰がって? まぁそうね……神様とかよ。
あはは、そんなの居るわけないとか思ってる?
分かんないわよ? 私なんか天使に会ったんだから。
馬鹿で、抜けてて、頼りない天使。
だけど凄く……優しい天使。
……調子に乗るから、そんな事言ってやらないけどね。
ふん、いい気味よ。
そうね……いつか心の整理が出来たら、言うから。
「ありがとう」って。
でもそれは、全部が終わってからかな。
私の最後には、立ち会えた。
皆にお礼も、謝罪も言えた。
あとやり残した事は……一つだけ。
会いに行こう、『みゆき』に。
そこにきっと真実がある。
それを、みゆきは知ってる。
だからもう一度天使に会うのは、その後だ。
ゆたかちゃんの件もその後。
……ううん、もしかしたら一緒に片付くかもしれないわね。
私の事件。ゆたかちゃんの事件。
二つの交わらない事件。
だけどその二つをもし……みゆきの知る『何か』が結んでいたら?
つかさにはゆたかちゃんの事件は無理だった。
それは警察の、成美さんが教えてくれた。
そして呈した……合わないピースの可能性を。
そしてつかさが教えてくれた。
事件の時私の傍にいた……『もう一人』の、存在を。
これが多分、最後のピース。
そこにどんな答えが待っていたとしても。
そこにどんな真実が待っていたとしても。
私はそれを……受け入れてみせる。
それが私の、生きるという事だから。
……結論から言おう。
私はこれからみゆきの家に行く。
その先で……真実を知ることになる。
全ての、真実を。
そして思い知らされる。
世界はどうしようもないくらい鈍(にび)色で。
どうしようもないくらい理不尽で。
どうしようもないくらい……何も、ない事を。
そう……何も。
私が知りたかったのは真実。
それがどんな答えだろうと、その先にあるものは変わらない。
その先にあるのは動けない体。
その先にあるのは喋れない体。
それは『0』……何もない、不自由な体。
でも、違ったんだ。
私のそれは決して、『0』じゃない。
だって私には……皆が居る。
こなたが居る。
何もない体でも……誰かが、支えてくれるから。
それだけで私は現実と向き合える。
現実を、受け入れられる。
そう勝手に……『思い込んでいた』。
私はこれからみゆきの家に行く。
その先で……真実を知ることになる。
全ての、真実を。
そして思い知らされる。
世界はどうしようもないくらい鈍(にび)色で。
どうしようもないくらい理不尽で。
どうしようもないくらい……何も、ない事を。
そう……何も。
私が知りたかったのは真実。
それがどんな答えだろうと、その先にあるものは変わらない。
その先にあるのは動けない体。
その先にあるのは喋れない体。
それは『0』……何もない、不自由な体。
でも、違ったんだ。
私のそれは決して、『0』じゃない。
だって私には……皆が居る。
こなたが居る。
何もない体でも……誰かが、支えてくれるから。
それだけで私は現実と向き合える。
現実を、受け入れられる。
そう勝手に……『思い込んでいた』。
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- 今回で大分ポイント上がった予感 -- 名無しさん (2008-02-16 06:27:09)
- うわぁ…また泣かされそうな臭いがするよ… -- 名無しさん (2008-02-09 22:57:52)
- 楽しみにしてました!楽しみにしてます! -- 名無しさん (2008-02-09 00:35:04)