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Bridal March ~ 愛婚行進曲

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だれでも歓迎! 編集
それから三日。
家の中ではまるで変わらない私達、当たり前だけど。
私は比較的空いてる車両に立って、携帯を取り出した。
うん、いつもより早めに出た甲斐あって今日は余裕で間に合いそうだ。
ついでにいつもより人ごみも少ない。
課長、時間にうっさいからなー。
もちろん出勤前はお母さんに見送られた、ただそれだけだが、私にはそれだけでウィ○ーINゼリー10個分のエネルギー補充に匹敵する。
今日もなるべく早めに帰る様にしてお母さんとの時間を一分一秒でも長く作らな……。

そこまで考えていた時、急に臀部に不快な感触を覚えた。
触られている。
首だけを動かして後ろを見ると、若干頭の薄そうな小太りのオヤジが、私の尻を撫でている。
触り方といい、体の隠し方といい、恐らく昨日今日に初めて痴漢を犯したという訳では無いだろう、ほぼ間違いなく常習……。
こういうの相手に泣き寝入りしなきゃならない女ってのも辛いわね、今までそんな女を見つけては痴漢を繰り返していたのだろうか。
だが私は当然容赦する気など無い、特に、こういう男には――――。
今は離れている手を、再び私の尻に伸びるまで待った。
私が一回目で何の反応も起こさなかった事から既に泣き寝入りするものとタカをくくっているんだろう。
だから、近いうちにまた―――。
読みどおりだった、再びオヤジに手が私の尻に伸び、接触。
その瞬間、私はその手を掴んだ。
「……!!」
オヤジの顔が明らかに動揺する。
そして私は勢いよく後ろを振り返り、憎々しい痴漢オヤジの顔を見つめるとニコッと微笑を投げかけ……。
「オジサマ、私と一緒に次の駅で降りましょーか?」
会社は遅刻するだろうが、もはやそんなの関係無い。
オヤジの顔に焦りが出た、私を力でふってもぎ放とうとするオヤジの手を離さぬまま、腕を逆の方に捻り上げてやった。
「~~~~~~!!!!!!」
声にならない悲鳴をあげるオヤジ、それでも抵抗しようとするオヤジに対して今度は鳩尾に突きを入れて黙らせた。
ナメんじゃないわよ、これでも空手の段位取ってんのよ。
そのまま次の駅でオヤジを強制的に電車から出し、歩かせる。
そこでオヤジは女々しく言い訳を始め、更には財布を出し諭吉を五枚取り出して示談金だの何だのとぬかしてきた。
更に頭に来た私は、その金をはたき落とし、更なるスピードでオヤジを連行していく。
そして、駅事務所に文字通り「蹴りこんで」やった。
「このオジサマ痴漢の恐らく常習犯ですので、よろしくお願いしますね?」
常習だろうがそうでなかろうが知った事か、私が痴漢された事実に変わりはないのだから。
呆気に取られる事務員を残し、再び私はホームに戻った。


「柊~~?」
課長のいがらな声、言うまでも無いが、遅刻。
「すみません課長、ちょっと電車の中で一悶着ありまして」
「っかぁ~~、まぁ取り合えず座っていい」
半ば呆れたような顔をしながら課長が手を振る、私は言われた通りに席に座った。
「ちょっといのり、どしたのォ?」
同僚仲間のサエがイスを近づけて寄ってきた。
「今回私は本当に被害者だもん」
そう言って私は机にうなだれる、それを横目に苦笑する友人。
「柊、お前は少し遅刻が多いのをなんとかしろ、それさえ除けば優秀なんだぞ?」
課長は会社の成績の事を言ってるのだろうが、正直私はあまし興味が無い。
ただやれと言われた事をこなしてるだけの話、それで順位が上と言われても何の執着も持てない。
「いのり、前回何位だっけ?」
サエは私とは違って成績を気にするタイプなのか、たまにこういう事を聞いてくる。
「三位だったと思うわ」
言い捨てる様に答える、そんな数字の順位だけで、サエから見れば私は尊敬の対象になるらしい。
単純というか何と言うか……まぁ私も悪い気は全くしないのだが。
「今回の売上目標は600、少しでもこの数字に近づける様に誠心誠意……」
部長の退屈なミーティングを聞き流しながら、私は今日の予定を頭の中で整理する。
仕事終わったら取り合えず夕食の買出しして、でーお母さんに……。
「ねぇいのり」
思考中に横からサエの言葉が割り込む。
「どしたのサエ」
一時思考を中断し、サエに振り向く。
「坂上さん、何か昼休みにいのりを昼食に誘うみたいよ」
「はぁ?」
坂上君、成績優秀でルックスも良く、女性社員からも人気が高い。
私も彼とは仲は良い方で、よく昼食を共に食べたりするものだ。
「そんなのいつもの事じゃない、それがどうしたの?」
「何ていうのかな、いつもと空気違うのよ、思いつめてる感じ?何かそんな、う~~ん」
何だかよくわからないが、要するにいつもと違うらしい、悩み事でもあるのかもしれない。
「ま、昼食の時にでもわかるでしょ」

「で?何悩んでんの?」
私は坂上君と食堂に来ていた。
「今日は俺が奢るよ」とか言って、随分気前いいわね、もちろん訳ありなんでしょうけど。
「悩んでるって……俺が?」
「他に誰がいんの?そんな顔してたら私じゃなくたってわかるでしょうに」
本当は前もってサエから聞いていただけなんだけど、さっさと話を進める為にこう言った。
「何か、お前には隠し事できないな……」
観念したように坂上君が呟く。
くどいようだが、私はただ単にサエから聞いていただけの話だが。



「なぁ、柊……」
坂上君がそこまで口にした所で、何を言いたいのか、何となくわかった気がした。
――――私が好きだとか言うんじゃ……。
もしハズレたらすごい恥ずかしい事になりそうだが、やはりと言うべきか、その通りだった。
「いま付き合ってる男、いるのか……?」
付き合ってる男は、いない。
男は、ね。
「俺と付き合って欲しいんだ、駄目か?」
私は彼の目を見た。
一部の心無い妬み男からは顔だけだの節操無しだの言われてる彼だが、実際はピュアな所がよく目立つ。
こうやって私の答えを待っている今も、その様子はまるで初めて告白をした中学生のような感じ……。
対照的に私は、顔色一つ変えていない無表情のままだった、こう言うと変な自慢に聞こえるかも知れないが、男に告白されたのは別段初めてではない。
もちろん、すぐに玉砕させていたのだが……。
坂上君、私は彼が好きだった、ルックスがいいだけあって初めて見た時はそれなりに胸もはずんだ。
実際に友達になってみて楽しかった。
だが、それ以上の感慨はまるで無かった。
いくら「好き」と言っても所詮は友人レベルの「好き」である。
私がお母さんに抱いている「それ」と比べれば、文字通り雲泥の差であった。
私は彼と友人ではいたいが、恋人にはなれない、もう私の心は一人に占領された状態なのだから。
だから彼の為にも私の為にも、私は考える素振りも見せずにこう言い切った。
「ごめんね坂上君、私にはもう「いる」から」
「……」
彼が少し目を見開く、そんなに意外だったのかしら……私に断られるのが。
少しして、彼が無理に笑顔を作った。
「そっか、いや、ごめんな、そうだよな」
上手く繕えてないみたいだ、断られたのが意外だったからなのか、それとも、もしかして本当に初めての失恋だったからなのか、私にはわからない。
彼とは最近よく二人で飲みに行った事もあったし、私が好意を持っていると誤解されても仕方が無かったのかもしれないが……。
「だから、今まで通り「友達」としてやっていこう?っていうのは、虫がいいのかな?」
「ごめんな、告った手前、今すぐ元通りに取り繕える程器用な性格してないから……」
彼は下を向きながら告げた。
そういうもん、なのかしら、彼の気持ちがわからなかった、ったく、こんな事なら学生時代にまともな恋の一つでもしとくんだった。
「坂上君なら、私なんかよりよほど釣り合った女、いっぱい見つかるわよきっと」
もちろん、慰めにも何にもならない上目目線の台詞かもしれないが、そう言うしかなかった。
「ハハ……」
ただただ、寂しげな視線を含んで笑う彼の目をこれ以上直視できずに顔をそむけた。
結局私はその場で坂上君と別れ、自分が食べた分を清算してその場を後にした。


正直、彼からの告白が嬉しくなかったという訳ではない。
その事「自体」は嬉しいのだ。
だから私は自問自答してみる。
仮に私が迫ったあの夜、お母さんに完全拒絶され、今の関係が無かったら……この場で坂上君を受け入れていたのだろうか?と。
アンサーはすぐに出た、答えは……否。
女々しくも、それでもお母さんを愛していた筈だ、理屈じゃくて単純な結論、自分の事は自分が一番理解している。
だから、お母さんとの今の関係が成立した時の至上の喜びも……全く忘れてはいない。
私はその時の出来事に記憶を走らせた。

そして記憶は飛ぶ、私が無理やりに近い形で初めてお母さんと関係を持った日から一週間後位の話……。
その一週間、お母さんは表面上、まるで変わった素振りを見せなかった、まるであの夜の事をまるっきり覚えていないかのように。
ただし、一つ、違った点があった。
……私と目を合わそうとしなかった事だ。
お母さんのその仕草で、私は今更ながら自分の犯したものの大きさに気づいた。
ほんと、遅すぎる、今思い返しても。
その時の私の中には絶望しか残っていなかった。
だが、所詮は自業自得、お母さんに目も合わせてもらえない、その原因を作ったのは誰だ?私だ。
私はここである事を決めた……もうこの家にいられない、家族関係を崩壊させる基盤を作った私には……ここにいる資格すら無い。
それに、ここに残っててはまたお母さんに同じ仕打ちをしてしまうとも限らない、今の私の理性には「もうしません」という自信がない。
かと言ってこっそり出て行ってから連絡無しではいくら何でも心配かけるだけだ、最悪警察に捜索願届けを出されるなんて事もあり得る。
だから、部屋に置手紙を置き、出て行った後に会社から手紙とメールを送る方法を取るつもりでいた。
卑怯なやり方かもしれないが、家族皆の前で「家を出ます」とは言えそうに無かった。
間違いなく、私の決心は折れてしまうだろう、あの暖かい光景の前では……。
そこから更に二日間、、家族にはバレない様に部屋の中でトランクケースに必要分な荷物だけ積める。
他の物はこの家に全部残していくつもりだった。
何かに活用してくれるなら良し、邪魔と処分されるならそれも良し……着替え一式、会社の書類道具、あとは……。
写真、お母さんとのツーショットの写真、これだけは処分されては困る。
これは自分で持つ、自分の住む所が決まるまではサエの部屋に居候させてもらう事になった。
最後に、泣きべそタイムだ。
誰にもバレない様に、部屋の隅で静かに泣いた。

こうして決行の日、私は表面上普通通りに家族と接した。
普通に妹達としゃべり、普通に夕飯の手伝いをし、普通に皆とテレビを見、普通におやすみの言葉を交わした。
深夜2時、まつり、そしてかがみやつかさの部屋を覗く。
電気は消えており、暗い部屋の向こうに寝静まっている妹達。
静かに謝罪の言葉と別れの言葉を告げて、トランクを持って下へおりる。
部屋の明かりは皆消えている、もう暫くはここには戻ってこれない、だから少しでもこの家を目に刻んでおきたかった。
そうして、私は玄関へ出る。
外へ出て神社を一瞥、神職の娘でありながら随分罰当たりな事をしたもんだわ……と今更ながらに思った。
最後に、家と神社に向かって深くお辞儀をした、それから神社に背を向け、夜の外へ―――――。

『いのり……こんな遅くに何処へいくの?』

―――――最後の最後で、引き止められた。



そして私は、深夜の町をお母さんと肩を並べて歩いていた。
『少し、散歩でもしましょうか』
その言葉に従ったからだ。
歩いている最中、お母さんはやはり一言も言葉を口にはしなかった。
何も聞こうとはしない、何も答えようとはしない。
ただ、お母さんは少し肌寒そうにしていた、だから私は静かに、着ていたコートをお母さんにかけた。
そう、今思えば三日前にマフラーをかけてあげたあのシーンと酷似している。
そして……。
『ねぇ……』
指さされた建物、それは、ラブホテル。
『ここに、入らない?』
この誘いも、今思えばやはり三日前と重なっていた。
――――――誘った人物が私ではなくお母さんであった事を除けば。

これもまた今にして思ってみれば、私はこの時、お母さんに試されていたんじゃないか、と思った。
ホテルに入ろうというお母さんの誘いを私が拒否していれば、あの夜の事は一夜の過ちとして片付ける事が出来るかもしれない、と。
そして、元の家族に戻れるかもしれない。
お母さんは優しいから、私がそれを望めば、元に戻ってくれたのかもしれない、あの時のいのりはどうかしていたのよ、と。
では、私が誘いに乗ったら?
……もちろん私の答えは後者だった。

二人で部屋に入る。
お母さんは何も言わない。
私は何故誘ったのかの真意を問いただすことも出来ない。
そこまでの理性が残されていなかったからかも知れない。
だから私は、
『何で……』
そこまで口にするのが手一杯だった。
『いのりが今どうしたいかを知りたかったの、それと、私自身の……』
お母さん自身の答えはわからない、でも私がどうしたいのかと問われれば、
そんな事、決まりきっている。
『言っていいの?』
『言って頂戴、いのりが直接』


お母さんに、同じ仕打ちをしてはいけない、その一身で家を出る決意までしたというのに……。
私の抑えはあっけなく崩壊してしまった。
結局、もう収まりがつかない所まで来てしまった。
『抱かせて、お母さん、お願い』
まるでオブラートに包まぬ私の願いを聞き、お母さんはゆっくりとベッドに横になった。
『後はいのりの好きにして頂戴、今日はただ、全部いのりに任せるから』
その後は理性がもたず、よく覚えていない。
ただひたすら、お母さんを抱いた、それだけ。
お母さんを隅々まで感じた、その時の私はもう人間ですらなかった。
行為の最中、私は何度もうわ言の様に呟いた。
おかあさん、私もう、死んじゃう、もう、おかあさん』
そんな私と一緒に、堕ちてくれたお母さん。
朝になっても、裸のまま抱き合ってた。
お母さんは寝息をたてていたが、私はずっとその顔に見入っていた。
『出ていかないで、いのり』
その言葉が寝言だったのか、それとも、私に言ってくれた言葉だったのか。
だが、そんな事はどうでもいい事だった。
もう私はその言葉を聞いただけで、この上ない幸福感に浸れていたのだから。
『私、あそこにいてもいい?』
寝息をたてるお母さんの髪を梳きながら呟いた、文字通り、もう死ぬ程お母さんが愛しい。
こんな都合の良い展開、こんな罰当たりに許されるのか。
それも、もうどうでもいい、確かに私が今一番欲しかったものは、この手にある。
これでもう、欲しいものが無くなってしまったな―――――。

――――それから私はお母さんと一緒に家に戻り、トランクからまた荷物を元に戻した、もちろん自分の部屋でこっそりと。
泣き笑いしながら、はたから見ると気持ち悪く映ったかもしれない。
お父さんやまつり達にいつもと同じ様に「おはよう」の挨拶を交わしている光景を不思議に感じながらも……。
私は欲しかった「幸せ」を手にした事を実感していた。

……それから、今のお母さんと私の関係が継続しているに至っている。

――――私は回想を打ち切り、時間を見る。
……既に昼休みは終わろうとしていた。
全く休みをとった気がしなかった。
人間の体とは不便に出来ているもので、もう休み時間が無いとわかった途端、軽い眠気に襲われる。
私はトイレに寄り、顔に軽く冷水をうたせてから、職場に戻った。
席につくと、サエがイスを動かしてこっちに近づいてくる。
「ねぇねぇ、坂上さん何だって?ひょっとして恋愛相談とかそんなやつ?」
自分が告白された、とは言わなかった。
そんな事言いふらす趣味は無いし、坂上君の事も考えた上で、
「そんなとこね」
とだけ答えた、恋愛相談という点に関しては本当でもあるのだから嘘は言ってないだろう、と心の中で遠まわしな言い訳をしながら。


「へぇ~~、ね、ね、相手誰だか聞いた?」
嬉々としてそんな事を聞いてくる、好奇心旺盛というか何と言うか……。
でも私は彼女のこういう屈託の無い所が嫌いではない、苦笑いを浮かべながら彼女に視線を移し、
「残念だけど、相手までは聞いてないわ」
と言っておいた、サエは「な~んだ」と言わんばかりに頬を膨らませる、ひょっとして坂上君に気があったりするのかしら。
そうであればもちろん喜んで応援させてもらうのだが、ついさっき当の本人をフったばかりの私がそういう行動に出れば、嫌味と捕えられかねない。
だから私はこれ以上何も言わずにPCに目を移した。
「坂上さんの好きな人かぁ、私だったりしないかなぁ……」
そのサエの呟きを聞いてしまい、申し訳ない気分とも、何ともいえない心境になったのを表には出さずに仕事に没頭する事にした。

ふ……ぅ。
退勤まであと十分、でもこの十分が意外と長い。
入念に見直しをする
「いのり、何か食べてく?」
「ん~……」
夕食の買い物は……後でもいいかな。
既に私のお腹は軽い悲鳴をあげていたからだ。
昼はロクに食べなかったからなー、坂上君のせいで。
「そうね、軽く食べていこっか」
「じゃー決まり!私ロッカールームで待ってるから」
そんなサエに頷いて、私は何気なく窓から下を覗き見る。
―――――瞬間。
ガタンッ
「ごめんサエ、やっぱ私帰るわ」
「え?、ちょっといきなり何で!?いのりい~~!?」
嘆き叫ぶサエをシカトしてとっととタイムカードを押し、足早にロッカールームへ。
その時私の着替えの早さは入社以来最速タイムでは無いかと思う程早く……。
まるでショットガンの様にロッカールームを飛び出し。
別段早く来る様になる訳でも無いのに、意味無くエレベーターの↓ボタンを連打する。
着いたエレベーターに飛び乗りまたもや1Fボタンを連打。
エレベーターが開き、走って出口へ、そこには……。
「お母さん、どうしてここいるの?」
「たまには一緒に帰ろうかと思って」
そう言って子供の様に微笑む母を軽く抱きしめたくなる衝動に駆られるも、流石に人前で自重する程度の理性は持ち合わせていた。
ああもう私これでお腹いっぱい。
文字通り私のお腹はもう鳴らなくなっていた、何て現金な……。
「一緒に、買物いきましょう」
そう言って私の手を取るお母さん。
「ちょ、お母さん」
流石に人前で手をつなぐのは……しかも会社の前で、サエあたりに見られでもしたら……。
「?」
だが首をかしげるお母さんの仕草に私はすぐさま敗北し、そのまま駅へと二人で歩いていった、もちろん手は繋いだまま。


「ただいまー」
「あ、おかえりー、お母さんとお姉ちゃん帰ってきたよ」
最初に出迎えてくれたのはつかさだった、それからかがみとまつりが出てきた。
「さ、皆もう居間に集まってて、すぐにご飯の準備しちゃうから」
お母さんがそう声をかけると素直に従う妹達。
だが、そんな中、まつりの目の色が、というより私を見る目がいつもと違った様に見えたのは気のせいだったのだろうか。

「「「「いただきます」」」」
そして夕食タイム、やはりまつりだけは、何処と無く思いつめたような表情をしていた。
……何か、あったのだろうか。

夕食を終えると、私は部屋に戻り、買ってきたばかりの小説を取り出した。
今度ドラマ化もされるらしいが、そっちにはあんまり興味無い、多分ドラマだとまるきり別の代物になっているに違いない。
だが、袋を開けた所でドアを叩く音があった。
「どうぞー」
私がそう言うと、ドアがガチャリと開く、立っていたのはまつりだった。
「姉さん、今いい?」
「いいわよ、座んな」
まつりはいつもの明るさを隠した表情で、私の横に腰掛ける。
何かの相談事だろうか、ずっと考え込んでいた様だし、
「どうしたのまつり、何かあった?」
私がそう聞くと、まつりは視線をこちらに向け。
「何かあったのは……姉さん達の方でしょ?」
そこまで言われ、私は急に言葉に表せないような不安を覚えた。
姉さん「達」……?
まさか……。
「ねぇ、お母さんと何があったの?」
その不安が音をたてて大きくなった。
「……何のこと?」
私は内なる動揺を決して表には出さぬ様にし、さも今初めて聞きましたと言ったような表情を作ってみせた。
歴とした証拠をつきつけられぬ限り、私は最後までとぼけ抜くつもりでいた。
が……。
「私、見たんだ、姉さんとお母さんが、その……」
その先を聞きたくなかった、だがまつりは言葉を下した。
「―――二人で、ホテルに入っていくところ」
一度はまぬがれたと思っていた絶望が、再び私の上に重くのしかかった。
もう、言い逃れはきかない。
私一人だけならともかく、この場合お母さんも責められる対象になる。
せめてそれだけは避けなければと必死に頭を振り絞る。
絶望の淵にたたされた私にまつりは、
「ごめん、最近お母さんと姉さん、二人でよく深夜に出かけてたでしょ、だから、おかしいなって思って」
「気づいてたのね……」
「うん……それで、後を尾けたら……」
その先の言葉は不要だった、その時に「見た」のだろう。


私は、口をつぐんで黙っている。
そんな私にまつりは決して先を即そうとはせず、黙って私を見ていた。
「……」
私は何度も何度も息を整えて……。
握り締めた手のひらが汗でベトベトになっているのを感じながら……。
静かに、口を開いた。
「……うん、そう、愛してるのよ私、お母さんを……」
それを聞いたまつりの表情は見えない、見れない。
次に紡がれるまつりの言葉が怖かった、何を言われてしまうのか。
ただ私が罵倒されるだけならまだいい、だが、最悪は……。
考えたくない、耳を塞いでしまいたかった。
「そっ……か」
まつりは深い息と共にそう呟いた。
私が恐る恐るまつりの方を向くと、表面上、変わった様子は見せていない。
どころか……まるで、いつもの表情に戻ったような、つっかえが取れたような、そんな顔をしていた。
私が都合よくそう思い込みたかっただけかもしれないが……。
「やっぱりそうだったんだ」
「ごめんね……」
「んーん、姉さんの口から直に聞きたかっただけだから」
そう言ったまつりの表情に侮蔑の色は見られない。
「何とも、思わないの?」
思わずそう聞いた私に、まつりは、
「思うわよ」
とはっきり言った、当たり前だけど。
母娘で同姓なんて、どう考えても普通では無い、流石にそれ位わかってるつもりだ、だけど……。
「でもきっと理屈じゃないのよね……そういうのって」
もっと動揺するかと思っていたまつりはずっと冷静で、遂には達観したような台詞を吐いた。
「もっと、驚くと思ってた、普通は驚くもんじゃないの?」
そう聞いた私に、まつりは意外な答えを返した。
「まぁ、前例があるっていうか、その、妹達がさ……」
妹達、かがみとつかさが?
「まさか、あの二人が?」
「別にあの二人がどうこうってんじゃなくて、こなたちゃんの方かな」
「こなたちゃんと、かがみ達が、つまりそういう……?」
「かがみはどうだかわかんないけど、少なくともつかさとこなたちゃんはそうね、部屋の中でやたらとキスしてるの見るし」
「……」
今度は私が驚愕する番だった、仲がいいとは思っていたけど、まさかそういう関係とは……。


「何か家の家系って同姓好む体質でもあんのかしら」
まつりが場を明るくしようとしてか、急にジョーク(でもないが)を言った。
「まつりはどうなの?」
「まさか、私はノーマルよ、ってごめん、これは差別な言い方ね」
「気にしなくていいわよ、私もそれ位自覚してるから」
そう返してみたものの、私は自分が女性を好む性癖なんて持ってないと思うし、今でもそう思ってる。
お母さんを一番愛してる=女性を好む、なのか?それは違う。
仮に、悪魔で仮にお母さんじゃなかったら他の女性を好きになったか?当然違う。
お母さんが存在していなかったら、私は普通に男性と恋に落ち、結婚し、子供を産んでいたんじゃないか、とさえ思う。
というよりお母さんが存在していない事など、頭で考えても想像できないのでよくはわからないが。
最終的な結論として私はただ単に、お母さんに「惚れた」ということになるのだろうか?
それもまた、軽く聞こえるような気がする、言葉って難しい。
もちろん、無理に納得させようなどとは思っちゃいないが……。
「まつりは、この事知っても、今まで通り私たちと接せる?」
「言ったでしょ?今の問題と家族との事は無関係よ」
……。
何ていうかな、まつりは甘すぎるんじゃないか?
嬉しさのあまり、ついまつりに憎まれ事を思い描いてしまう。
ありがたいくせに、嬉しいくせに。
これ以上無い位に自分の思い願った通りに事が運んだ事に、心の中で涙を流して喜んでるくせに。
「そ」
それでも私は自分の本心を欺けるポーカーフェイスの出来にある意味関心した。
ひょっとして私、役者向いてるかしらね。
「でもさ、これから現実的に、どうすんの?」
と、まつりが再び真剣な表情に戻して尋ねてきた。
「どう……って」
「まさか、ずっとこの関係を隠せると思ってるわけじゃないでしょ?お父さんにも、かがみ達にも、いつかはボロが出るかもしれない」
私が最初に気づいた位なんだから、と付け加えてまつりは私を直視してきた。
「……」
答えられない、答えられる訳もない。
開き直る?お母さんを連れて駆け落ちでもする?それとも元に戻る?
どんな選択を取ろうが、もう、柊家が今まで通りでは無くなる選択肢しかない。
「今すぐ答えろって訳じゃないんだよ」
黙り込む私に、まつりは悪魔でも優しく返事を保留にしてくれた。
こんなんじゃ、どっちが上なんだかわかんないな。
「ただ、いつ答えを強制されるような自体になるかはわからないと思う、だから、姉さんとお母さんで――――」
みんなの前で言える答え、見つけないと―――、と、まつりは私を励ます様に言葉を繋いだ。
「皆が、もし、お父さんやかがみ達が姉さん達を責める側に回ったとしても、私は姉さんの味方でいるから―――――」
最後まで言わせずに、私は思わずまつりを抱きよせていた。


「ごめんなさい、まつり、ありがとう―――」
「ううん、別に、ただ」
一息。
「―――どっちも愛してるなら、引き離されるのはきっとキツいよね」
「……」
「姉さんもこれ以上無い位険しい道選んじゃったもんだねぇ」
「自分でもそう思うわ、でも」
一旦言葉を区切り。
「幸せ、こんな風にお母さんを愛してるって実感できるから」
いちいち聞こえる心臓の鼓動さえお母さんへの想いを訴えている位に。
私は、お母さんが――――。
「皆には、上手く言っておくね、姉さん達のこと」
……。
え?
「皆、姉さんとお母さんの様子が少し変だって事にもう気づいてるんだよ、私みたく確信してる訳ではないみたいだけど」
「……本当?」
「大マジよ、だからこうやって私が一足先に聞きに来たんじゃない、もしかして姉さん達に何かあったのかって」
……上手くやっていたつもりでいたのは、私たちだけだった、という事なのだろうか……。
何か、それはそれでむなしい……。
「今日、姉さんの気持ち聞けて良かった、これで私も堂々と姉さんの援護出来ると思うわ」
どう言葉を返していいのかわからない、が……。
少なくともまつりが、私達を手助けしてくれようとしている事だけは理解できた。
これほど、私達にとって頼もしい味方がいるだろうか?
「さ、これで今日のところの話はまとまったわね、あとは姉さんたちで決めて頂戴」
まつりはスッとベッドから立ち上がった。
そんな頼もしい妹を前にして、一番しっかりしてなくてはならない筈の長女、つまり私は、ボロボロと涙を流していた。
「姉さん、泣かないでよ」
「泣かせたのまつりじゃない」
震える声で抗議、袖で目から出る水を拭いながら。
「はいはい、ごめんね泣かしちゃって」
ニカっと笑ってまつりがハンカチを差し出す、私はそれを受け取ってチーンと鼻をかんだ。

「ゆっくり寝て、姉さん」
「ありがと、まつり」
もう、それしか言葉が無い、まつり。
こんなバカ姉でごめんなさい、こんな……。
……でも、そうとわかっていても、それでも自分でもどうしようも出来ない位、

お母さんを愛してるの――――――



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