ひねくれていたかと言われれば、そうだったとは思う。
別のもっと適切な言葉で言い換えれば、私には勇気がなかった。
真正面から投げられた直球ストレートに思い切りバットをぶん回す勇気がなかった。
普段つかさにしっかりしなさいって偉そうに言うわりに、実は私も小心者だったのだ。
それを後悔しているかと言われれば……実はひどく後悔している。もしあのとき、
バットの真心であのストレートをとらえていたら、きっと今とは違った『今』があったはずなのだ。
でも、その『今』は、手放しで喜べるものだったのか。
だからといって、『今』現在、私がここでこうしている『今』のほうが正しかったのか。
わからない。わからないけど、でも確かにあったはずの『それ』に、私はいまだに後ろ髪を
引かれているのだった。
そろそろセミの鳴く声もまばらになってきた初秋の午後。
いつになくセンチメンタルで哲学的な気分になりながら、私は横たわっていたベンチから体を起こして
大きく伸びをした。
今日はもう授業もないから本当なら今頃帰りの電車の中なのだが、なぜか不意にあの日の
ことを思い出してしまって、ハムスターが回転車を回すみたいに終わりの無い自問自答に頭を
めぐらせていた。
昨日の雨がしみこんだキャンパスから、嫌いじゃない匂いがした。
ベンチに背を預けて空を見ると、なんとも言えない切ない私の気分とは反対に、太陽が夏の終わりを
告げるようにきらきらと輝いていた。
……帰ろうかな。
ベンチを立って、携帯を開いた。今日はつかさが夕飯の当番だから。
あの子、すぐ自分の順番忘れるんだから。
おっと、私も忘れちゃいけないことが一つ。
今日は、コンプティークの発売日なのだ。
正門に足を向けて、やっぱり当番を忘れていたつかさに軽いため息をつきながら、私は駅前の大型書店で
ほかに買うものがなかったか頭をめぐらせた。
別のもっと適切な言葉で言い換えれば、私には勇気がなかった。
真正面から投げられた直球ストレートに思い切りバットをぶん回す勇気がなかった。
普段つかさにしっかりしなさいって偉そうに言うわりに、実は私も小心者だったのだ。
それを後悔しているかと言われれば……実はひどく後悔している。もしあのとき、
バットの真心であのストレートをとらえていたら、きっと今とは違った『今』があったはずなのだ。
でも、その『今』は、手放しで喜べるものだったのか。
だからといって、『今』現在、私がここでこうしている『今』のほうが正しかったのか。
わからない。わからないけど、でも確かにあったはずの『それ』に、私はいまだに後ろ髪を
引かれているのだった。
そろそろセミの鳴く声もまばらになってきた初秋の午後。
いつになくセンチメンタルで哲学的な気分になりながら、私は横たわっていたベンチから体を起こして
大きく伸びをした。
今日はもう授業もないから本当なら今頃帰りの電車の中なのだが、なぜか不意にあの日の
ことを思い出してしまって、ハムスターが回転車を回すみたいに終わりの無い自問自答に頭を
めぐらせていた。
昨日の雨がしみこんだキャンパスから、嫌いじゃない匂いがした。
ベンチに背を預けて空を見ると、なんとも言えない切ない私の気分とは反対に、太陽が夏の終わりを
告げるようにきらきらと輝いていた。
……帰ろうかな。
ベンチを立って、携帯を開いた。今日はつかさが夕飯の当番だから。
あの子、すぐ自分の順番忘れるんだから。
おっと、私も忘れちゃいけないことが一つ。
今日は、コンプティークの発売日なのだ。
正門に足を向けて、やっぱり当番を忘れていたつかさに軽いため息をつきながら、私は駅前の大型書店で
ほかに買うものがなかったか頭をめぐらせた。
◆
「就職する?」
自分でもあまりに間の抜けた返事だったと思う。
というか、目の前の少女が冗談としか思えない言葉を口にしたのだ。ムリもないと思ってほしい。
「うん」
そろそろこの校舎ともお別れな時期が近づいた、それでもいつも通りな教室でのランチタイム。チョココロネに
頭(結局細いほうが頭らしい)からかぶりつきながら、こなたはなんでもないことのようにこっくりとうなづいた。
「ウソでしょ」
「ホントだよ」
「何の仕事?」
「コラムニスト。会社の近くのアパート借りて一人暮らしでやってくつもり」
私と歳が変わらない女の子が高校卒業と同時に就職するというのも眉唾モノだが、こと対人関係において
親しい間柄の人間を除けば、コミュニケーションスキルゼロのこいつが一人暮らしというのも衝撃的である。
そもそも必要以上に主観的な観点しか持たないこいつに、コラムニストなんていう大仰なものが務まるのか。
「……やっぱりウソでしょ?大体あんたを雇ってくれるとこなんてあるの?」
「ん。コンプティーク」
口に含んだコロネをごくりと飲み込んで、こなたは言葉を続けた。
「ほら私、コンプティークによくハガキ投稿してるでしょ?こないだ送ったのが編集者の目に
止まったみたいでさ。新しいコーナー作るから、もしよかったらそこでコラム書いてみないかって、
連絡来ちゃってさ。正直大学行く気もあんまなかったし、いいかなーって」
「あんた……」
そんなんでいいの?だって、一雑誌の一コラムの原稿料だけで食べていけるわけ?
そりゃ収入ある男の人と結婚すれば、半ば趣味みたいには続けられるだろうけど。
せっかくそこそこの大学に受かったんだし、ちゃんと卒業してそれなりのOLにでもなったほうが人生は安定する
でしょう。アニメゲームに生きるのもいいけど、それはもう趣味の一つだって割り切ったほうがあんたのためになるわよ。
たかがハガキ一枚で、大事なんであろう新コーナーの担当を決める編集に心の中でだけ突っ込みを入れながら、
一気にまくしたてた。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。ライトノベルのレーベルも立ち上げるらしくて。
そこでも一冊、書いてみないかだって。それにもしダメでもユイ姉さんとこで警官やってもいいし」
たはー、と笑った。こいつは、もう。相変わらず人生を甘く見てるというか、度を越して楽観的だ。
「就職する?」
自分でもあまりに間の抜けた返事だったと思う。
というか、目の前の少女が冗談としか思えない言葉を口にしたのだ。ムリもないと思ってほしい。
「うん」
そろそろこの校舎ともお別れな時期が近づいた、それでもいつも通りな教室でのランチタイム。チョココロネに
頭(結局細いほうが頭らしい)からかぶりつきながら、こなたはなんでもないことのようにこっくりとうなづいた。
「ウソでしょ」
「ホントだよ」
「何の仕事?」
「コラムニスト。会社の近くのアパート借りて一人暮らしでやってくつもり」
私と歳が変わらない女の子が高校卒業と同時に就職するというのも眉唾モノだが、こと対人関係において
親しい間柄の人間を除けば、コミュニケーションスキルゼロのこいつが一人暮らしというのも衝撃的である。
そもそも必要以上に主観的な観点しか持たないこいつに、コラムニストなんていう大仰なものが務まるのか。
「……やっぱりウソでしょ?大体あんたを雇ってくれるとこなんてあるの?」
「ん。コンプティーク」
口に含んだコロネをごくりと飲み込んで、こなたは言葉を続けた。
「ほら私、コンプティークによくハガキ投稿してるでしょ?こないだ送ったのが編集者の目に
止まったみたいでさ。新しいコーナー作るから、もしよかったらそこでコラム書いてみないかって、
連絡来ちゃってさ。正直大学行く気もあんまなかったし、いいかなーって」
「あんた……」
そんなんでいいの?だって、一雑誌の一コラムの原稿料だけで食べていけるわけ?
そりゃ収入ある男の人と結婚すれば、半ば趣味みたいには続けられるだろうけど。
せっかくそこそこの大学に受かったんだし、ちゃんと卒業してそれなりのOLにでもなったほうが人生は安定する
でしょう。アニメゲームに生きるのもいいけど、それはもう趣味の一つだって割り切ったほうがあんたのためになるわよ。
たかがハガキ一枚で、大事なんであろう新コーナーの担当を決める編集に心の中でだけ突っ込みを入れながら、
一気にまくしたてた。
「ああ、だいじょぶだいじょぶ。ライトノベルのレーベルも立ち上げるらしくて。
そこでも一冊、書いてみないかだって。それにもしダメでもユイ姉さんとこで警官やってもいいし」
たはー、と笑った。こいつは、もう。相変わらず人生を甘く見てるというか、度を越して楽観的だ。
……そりゃ、こいつに計り知れない文才があるのは認める。お父さんの真似事だって言って
いつか書いてくれたマンガの二字創作、すっごい面白かった。別の雑誌で表彰もされてた。
でもだからって、本当に世の中に通じるの?生きていけるの?
私を頼ってきたって、世話なんかしてやれないわよ。
大体、あの娘がかわいくて仕方ないお父さんにどうやって一人暮らしを納得させたんだか。
言いたいことは山ほどあったけど、全部のどの奥から出てこなかった。
だってこいつが、すっごいいい笑顔してたから。いつものあっけらかんとしたカンジじゃなくて、本当に心底
嬉しそうな顔。
だったら、私には何も言えないじゃないか。
「そっか。まあ、あんたがいいならそれもいいかもね。全く、卒業間際だってのにとんだサプライズだわ」
「あはは。かがみとつかさは大学同じトコ決まったんだっけ?」
「まあね」
私は結局法律系の大学に進学を決めていた。
つかさも何を思ったか三年になってから猛勉強を初め、なんと私と同じところに受かってしまったのだ。
『お姉ちゃんと一緒にいたかったから』とは言っていたが、人間の底力というものは侮れない。
家からだと結構遠いから、大学近くのマンションに部屋を借りるつもりだ。
「姉妹二人だけでマンション住まいか……うーん。背徳的だけどやっぱり萌え」
「はいはいストップストップ。多分あんたが望むような展開は天地がひっくり返ってもない」
初めて出会ったときから話題が全く変わらないこのちっこい女の子に苦笑しながら、私はちらりと
カレンダーに視線を移した。
もう二月も終わる。短い春休みの間に三月が終わって、新しい四月が来る。
そのとき、私はもうここにはいない。こなたも、つかさも、みゆきも。
私はつかさと一緒だけど、みんなそれぞれ違う道を進む。違う生き方を生きる。違う場所で生きる。
そう。違う場所で。
「……春休みさ」
「ん?」
「また、どっか遊びに行こうか。みんなで。みんな一緒で」
「いいね。最後の思い出作り」
私の提案に、こなたはにっこり笑ってくれた。
いつか書いてくれたマンガの二字創作、すっごい面白かった。別の雑誌で表彰もされてた。
でもだからって、本当に世の中に通じるの?生きていけるの?
私を頼ってきたって、世話なんかしてやれないわよ。
大体、あの娘がかわいくて仕方ないお父さんにどうやって一人暮らしを納得させたんだか。
言いたいことは山ほどあったけど、全部のどの奥から出てこなかった。
だってこいつが、すっごいいい笑顔してたから。いつものあっけらかんとしたカンジじゃなくて、本当に心底
嬉しそうな顔。
だったら、私には何も言えないじゃないか。
「そっか。まあ、あんたがいいならそれもいいかもね。全く、卒業間際だってのにとんだサプライズだわ」
「あはは。かがみとつかさは大学同じトコ決まったんだっけ?」
「まあね」
私は結局法律系の大学に進学を決めていた。
つかさも何を思ったか三年になってから猛勉強を初め、なんと私と同じところに受かってしまったのだ。
『お姉ちゃんと一緒にいたかったから』とは言っていたが、人間の底力というものは侮れない。
家からだと結構遠いから、大学近くのマンションに部屋を借りるつもりだ。
「姉妹二人だけでマンション住まいか……うーん。背徳的だけどやっぱり萌え」
「はいはいストップストップ。多分あんたが望むような展開は天地がひっくり返ってもない」
初めて出会ったときから話題が全く変わらないこのちっこい女の子に苦笑しながら、私はちらりと
カレンダーに視線を移した。
もう二月も終わる。短い春休みの間に三月が終わって、新しい四月が来る。
そのとき、私はもうここにはいない。こなたも、つかさも、みゆきも。
私はつかさと一緒だけど、みんなそれぞれ違う道を進む。違う生き方を生きる。違う場所で生きる。
そう。違う場所で。
「……春休みさ」
「ん?」
「また、どっか遊びに行こうか。みんなで。みんな一緒で」
「いいね。最後の思い出作り」
私の提案に、こなたはにっこり笑ってくれた。
◆
「ただいまー」
「あ、おかえり、お姉ちゃん。今日はカレーだよー」
家の外からでもわかるカレーの匂いに、私は胸を躍らせた。カレーは大好きだ。
「今日は遅かったね。レポート?」
「ううん。ちょっと考え事」
「学校で?」
「そ、学校で」
「ふうん……」
珍しい、とでも言いたげな顔だったつかさだが、鍋がコトコトいうのを見てすぐにそっちに気を戻した。
私は部屋に戻って、電気をつけた。
結構いいマンションで、つかさと私の部屋は別々になっている。おまけにキッチン、居間、お風呂まで
完備である。これで家賃はお手ごろ。我ながらよく見つけたと感心する良い物件だ。
ちょっと汚いかな、とは思ったけど、なんとなく体がだるい気がしてそのままベッドに身を倒した。
キッチンからカレーの香ばしい匂いがほのかにする。
横に目を移すと、コンプティークでいっぱいの本棚があった。ここ三年、毎月三冊ずつ買っている。
保存用、観賞用と、念のためのもう一冊保存用。いつだったかな。こなたが、欲しいグッズは三つ買うって
言ってた。あのときはよくわからなかったけど、今私がやってるの、まさにそれだな。思わず苦笑してしまった。
天井を見上げたまま目を閉じると、ぼうっとした頭の中でこなたが笑っているのが見えた。
……会いたい、のかな。私。
横たわったままベッドの下に手を伸ばした。高校の卒業アルバムが、少しだけほこりをかぶっていた。
やたらきっちりしたハードカバーのページをぱらぱらとめくった。
こなたがいた。あの、なんともいえないにへら、といった顔で笑っていた。おかしくなって、少しだけ笑った。
こなたとは、卒業式の日から一度も会っていない。
式の次の日には、私たちより一足速く一人暮らしのためのアパートに越してしまって、一応お別れの
挨拶はしたけど十分な言葉を送ることはできなかったと思う。
仕事も忙しいだろうし、気軽なメールも送っていない。
ものぐさな彼女のことだ。アドレスも、あの時のまま変えていないだろう。
携帯を手にとって、電話帳にまだ残っているそのアドレスに、何か打とうとした。でも、指が動かなかった。
「ただいまー」
「あ、おかえり、お姉ちゃん。今日はカレーだよー」
家の外からでもわかるカレーの匂いに、私は胸を躍らせた。カレーは大好きだ。
「今日は遅かったね。レポート?」
「ううん。ちょっと考え事」
「学校で?」
「そ、学校で」
「ふうん……」
珍しい、とでも言いたげな顔だったつかさだが、鍋がコトコトいうのを見てすぐにそっちに気を戻した。
私は部屋に戻って、電気をつけた。
結構いいマンションで、つかさと私の部屋は別々になっている。おまけにキッチン、居間、お風呂まで
完備である。これで家賃はお手ごろ。我ながらよく見つけたと感心する良い物件だ。
ちょっと汚いかな、とは思ったけど、なんとなく体がだるい気がしてそのままベッドに身を倒した。
キッチンからカレーの香ばしい匂いがほのかにする。
横に目を移すと、コンプティークでいっぱいの本棚があった。ここ三年、毎月三冊ずつ買っている。
保存用、観賞用と、念のためのもう一冊保存用。いつだったかな。こなたが、欲しいグッズは三つ買うって
言ってた。あのときはよくわからなかったけど、今私がやってるの、まさにそれだな。思わず苦笑してしまった。
天井を見上げたまま目を閉じると、ぼうっとした頭の中でこなたが笑っているのが見えた。
……会いたい、のかな。私。
横たわったままベッドの下に手を伸ばした。高校の卒業アルバムが、少しだけほこりをかぶっていた。
やたらきっちりしたハードカバーのページをぱらぱらとめくった。
こなたがいた。あの、なんともいえないにへら、といった顔で笑っていた。おかしくなって、少しだけ笑った。
こなたとは、卒業式の日から一度も会っていない。
式の次の日には、私たちより一足速く一人暮らしのためのアパートに越してしまって、一応お別れの
挨拶はしたけど十分な言葉を送ることはできなかったと思う。
仕事も忙しいだろうし、気軽なメールも送っていない。
ものぐさな彼女のことだ。アドレスも、あの時のまま変えていないだろう。
携帯を手にとって、電話帳にまだ残っているそのアドレスに、何か打とうとした。でも、指が動かなかった。
「お姉ちゃん、ごはんー」
「ん。はーい」
携帯を閉じて、体を起こした。何を言ったらいいのか考えながら。
ああ、そういえば今月号のコンプティーク、買ってきたんだった。鞄から三冊のうち表紙が折れ曲がっているのを
取り出した。これが観賞用ね。持ったままキッチンに入ると、もうつかさがカレーとサラダを並べ終えていた。
「おまたせ。今日はチキンカレーでーす」
「わお。つかさのカレー美味しいわよねえ。……と、その前にちょっとだけいい?」
コンプティークを持って聞いてみる。
「いいよ。こなちゃんの読むんでしょ?」
「ん。短いコラムだからすぐ終わる」
椅子にかけて、ページをめくる。『KONATA's ROOM』っていうあんまり捻りがきいていないタイトルだったけど、
独特の文体が人気らしくてまだまだ続くみたいだった。そういえば、ライトノベルのほうももうすぐ新刊出るって
先月号に書いてあったな。
「……」
「……ねえ、お姉ちゃん?」
「ん?」
「こなちゃんに、会いたいね」
いつになく寂しげなつかさの顔に、思わず言葉がつまった。
「お姉ちゃんも会いたいでしょう?」
「……そうね」
律儀にかがみが読み終えるのを待っているつかさは、どこかすがるような声だった。
「ゆきちゃんも呼んでさ。また四人で遊びに行きたいね……」
胸が痛かった。
だって、そう。
こなたと連絡がとれないのは、きっと私のせいだったから。
ううん、違う。こなたと連絡を『とらない』のは、私に今でも勇気がなかったからだ。
「ん。はーい」
携帯を閉じて、体を起こした。何を言ったらいいのか考えながら。
ああ、そういえば今月号のコンプティーク、買ってきたんだった。鞄から三冊のうち表紙が折れ曲がっているのを
取り出した。これが観賞用ね。持ったままキッチンに入ると、もうつかさがカレーとサラダを並べ終えていた。
「おまたせ。今日はチキンカレーでーす」
「わお。つかさのカレー美味しいわよねえ。……と、その前にちょっとだけいい?」
コンプティークを持って聞いてみる。
「いいよ。こなちゃんの読むんでしょ?」
「ん。短いコラムだからすぐ終わる」
椅子にかけて、ページをめくる。『KONATA's ROOM』っていうあんまり捻りがきいていないタイトルだったけど、
独特の文体が人気らしくてまだまだ続くみたいだった。そういえば、ライトノベルのほうももうすぐ新刊出るって
先月号に書いてあったな。
「……」
「……ねえ、お姉ちゃん?」
「ん?」
「こなちゃんに、会いたいね」
いつになく寂しげなつかさの顔に、思わず言葉がつまった。
「お姉ちゃんも会いたいでしょう?」
「……そうね」
律儀にかがみが読み終えるのを待っているつかさは、どこかすがるような声だった。
「ゆきちゃんも呼んでさ。また四人で遊びに行きたいね……」
胸が痛かった。
だって、そう。
こなたと連絡がとれないのは、きっと私のせいだったから。
ううん、違う。こなたと連絡を『とらない』のは、私に今でも勇気がなかったからだ。
◆
つつ、と机に指を這わせると、夕方のオレンジの光に温かさを持った木の質感が伝わる。
左手に持った卒業証書が、やけに重かった。
高校生活最後のイベント、卒業式がついさっき終わった。
在校生送辞。卒業生答辞。校歌。卒業生代表の言葉。
卒業証書授与。『仰げば尊し』。『送る言葉』……
頭にくっきり残っている、鮮明な映像。つかさが泣いていた。みゆきも泣いていた。
みんなが泣いていた。この三年間に思いを馳せていた。
思えば、随分はやく過ぎ去った三年間だった。
でも、これまでの私の短い人生でもっとも充実した三年間だった。
楽しかった。楽しかった。両手をあげて、高らかに言ってやりたいくらい。本当に楽しかった。
「……あ」
ぽろ、と涙がこぼれてしまって、制服の袖でぐしぐし拭いた。
どうせこれを着るのも今日で最後だ。ちょっとくらい汚れちゃってもいいだろう。
顔を上げて、窓から校庭を見下ろした。いつも野球部が、サッカー部が、アメフト部が忙しそうに
走り回っているグラウンドに誰もいなかった。
この静かな空間に、私一人。卒業式が終わって、みんなが笑ったり、泣いたりしながら帰っていった
少しあと。こなたから、五時にこの教室に来るように言われた。
ただし、つかさには言わないで。一人で、来て。
そう言っていた。
用事あるから、と言って、つかさを先に帰らせてはや二時間。そろそろ時間なんだけど。
「かがみ」
「ん」
からからとドアを開けると、こなたのアホ毛がぴょこんと跳ねた。
左脇に、卒業証書を抱えて。
「……」
「……」
どことなくいつもと空気が違って、二人とも黙っていた。
つつ、と机に指を這わせると、夕方のオレンジの光に温かさを持った木の質感が伝わる。
左手に持った卒業証書が、やけに重かった。
高校生活最後のイベント、卒業式がついさっき終わった。
在校生送辞。卒業生答辞。校歌。卒業生代表の言葉。
卒業証書授与。『仰げば尊し』。『送る言葉』……
頭にくっきり残っている、鮮明な映像。つかさが泣いていた。みゆきも泣いていた。
みんなが泣いていた。この三年間に思いを馳せていた。
思えば、随分はやく過ぎ去った三年間だった。
でも、これまでの私の短い人生でもっとも充実した三年間だった。
楽しかった。楽しかった。両手をあげて、高らかに言ってやりたいくらい。本当に楽しかった。
「……あ」
ぽろ、と涙がこぼれてしまって、制服の袖でぐしぐし拭いた。
どうせこれを着るのも今日で最後だ。ちょっとくらい汚れちゃってもいいだろう。
顔を上げて、窓から校庭を見下ろした。いつも野球部が、サッカー部が、アメフト部が忙しそうに
走り回っているグラウンドに誰もいなかった。
この静かな空間に、私一人。卒業式が終わって、みんなが笑ったり、泣いたりしながら帰っていった
少しあと。こなたから、五時にこの教室に来るように言われた。
ただし、つかさには言わないで。一人で、来て。
そう言っていた。
用事あるから、と言って、つかさを先に帰らせてはや二時間。そろそろ時間なんだけど。
「かがみ」
「ん」
からからとドアを開けると、こなたのアホ毛がぴょこんと跳ねた。
左脇に、卒業証書を抱えて。
「……」
「……」
どことなくいつもと空気が違って、二人とも黙っていた。
「あ、あのさ」
「ん?」
「……卒業、しちゃったね」
「……そうね」
バツが悪そうな顔をしていたこなたが、ようやく口を開いた。
「色々、あったね」
「そうね。あんたと一緒で、なんだかんだで楽しかった」
こらえきれなくて、こなたから目をそらした。もうすぐお別れなんだと思うと、泣いちゃいそうだった。
「私も。みんながいて、本当に楽しかった。……でも」
「?」
「みんながいたから楽しかった、けど。かがみは特別だった」
ぽかん、とした顔をしてたと思う。
こなたは、そのとき初めて本当に真剣な顔を見せた。
胸に手を当てて、こなたは深呼吸した。どきどきしているのだろうか。なんだか、ひどく顔が赤かった。
「ね、かがみ」
「なに?」
「これからヘンなことするけど、許してね」
私の返事を待たずに、こなたがふっと私の体に触れた。
ぎゅ。
私の胸に顔をうずめて、こなたは思い切り私の体に抱きついた。
「わわわ。何、どうしたの?」
「……」
「え?」
こなたの口があるあたりから、小さい声が聞こえた。
「ごめん、何言って……」
「一緒にいたい」
「ん?」
「……卒業、しちゃったね」
「……そうね」
バツが悪そうな顔をしていたこなたが、ようやく口を開いた。
「色々、あったね」
「そうね。あんたと一緒で、なんだかんだで楽しかった」
こらえきれなくて、こなたから目をそらした。もうすぐお別れなんだと思うと、泣いちゃいそうだった。
「私も。みんながいて、本当に楽しかった。……でも」
「?」
「みんながいたから楽しかった、けど。かがみは特別だった」
ぽかん、とした顔をしてたと思う。
こなたは、そのとき初めて本当に真剣な顔を見せた。
胸に手を当てて、こなたは深呼吸した。どきどきしているのだろうか。なんだか、ひどく顔が赤かった。
「ね、かがみ」
「なに?」
「これからヘンなことするけど、許してね」
私の返事を待たずに、こなたがふっと私の体に触れた。
ぎゅ。
私の胸に顔をうずめて、こなたは思い切り私の体に抱きついた。
「わわわ。何、どうしたの?」
「……」
「え?」
こなたの口があるあたりから、小さい声が聞こえた。
「ごめん、何言って……」
「一緒にいたい」
世界が停止した。
「かがみと、一緒にいたい。離れたくない。一緒に暮らしたい」
「こな……」
「つかさが一緒でもいい。かがみと、同じ場所で暮らしたい。かがみと、かがみと……ずっと、一緒にいたい……」
少しだけ体を離して、こなたは蚊の鳴くような声で言った。
小さい、小さい声だった。切な声だった。
私は、真正面から受け止められなかった。
「こな……」
「つかさが一緒でもいい。かがみと、同じ場所で暮らしたい。かがみと、かがみと……ずっと、一緒にいたい……」
少しだけ体を離して、こなたは蚊の鳴くような声で言った。
小さい、小さい声だった。切な声だった。
私は、真正面から受け止められなかった。
「……」
「……」
何も動かない。二人とも、何もしゃべらない。ただただ、私はこなたの目を見詰めていた。
わけのわからない、何かすごく大きな力に心臓を握られたような感覚。頭を無数の言葉が飛び交って、
無数の星が飛び交って、ただただこなたの目のきれいな色だけを見詰めていた。
「……」
何も動かない。二人とも、何もしゃべらない。ただただ、私はこなたの目を見詰めていた。
わけのわからない、何かすごく大きな力に心臓を握られたような感覚。頭を無数の言葉が飛び交って、
無数の星が飛び交って、ただただこなたの目のきれいな色だけを見詰めていた。
「な、なーんちゃって、ね?」
こなたがぱっと体を離して、ぎこちない笑みを浮かべた。
「やだなあ。ジョークに決まってるじゃん。卒業式だしさ、こういうイベント一度でいいからナマで
体験してみたかったんだよねえ。あ、あはは……」
「な……なーんだ、そっか。さ、さすがにびっくりしたわよ、あはは」
私もバカみたいに笑った。ぜんぜん、おかしくなんてなかったのに。
「……それじゃあ、帰ろうか。送別会、やってくれるんでしょ?」
「……うん。つかさがクッキー焼いてるよ」
「わお。かがみも作ったの?」
「一応ね」
「あはは。それじゃ、楽しみ、だなあ……」
どちらともなく手を繋ごうとしても、指が触れただけでしっかり握れなかった。
こなたの目から一筋光るものが落ちたのが見えた気がしたが、無理矢理見なかったことにした。
結局、こなたは私の家で送別会をした翌朝、そのまま引っ越してしまったのだ。
こなたがぱっと体を離して、ぎこちない笑みを浮かべた。
「やだなあ。ジョークに決まってるじゃん。卒業式だしさ、こういうイベント一度でいいからナマで
体験してみたかったんだよねえ。あ、あはは……」
「な……なーんだ、そっか。さ、さすがにびっくりしたわよ、あはは」
私もバカみたいに笑った。ぜんぜん、おかしくなんてなかったのに。
「……それじゃあ、帰ろうか。送別会、やってくれるんでしょ?」
「……うん。つかさがクッキー焼いてるよ」
「わお。かがみも作ったの?」
「一応ね」
「あはは。それじゃ、楽しみ、だなあ……」
どちらともなく手を繋ごうとしても、指が触れただけでしっかり握れなかった。
こなたの目から一筋光るものが落ちたのが見えた気がしたが、無理矢理見なかったことにした。
結局、こなたは私の家で送別会をした翌朝、そのまま引っ越してしまったのだ。
◆
「……」
つかさの言葉に、私は卒業式の日のあのことを思い出していた。
こなたは、どういうつもりで言ったのだろう。
ううん、わかってる。こなたの目は、どうしようもないくらいに、全力でまっすぐに本気だった。
断言できる。あれは冗談なんかじゃない。あれは、絶対に本気だった。
相手が男の子だとか、女の子だとか、そういうのは今は瑣末な問題にしか思えなかった。
泉こなたは、たぶん人生で初めての『告白』を、私にしてくれた。
私みたいな、かわいくない女にしてくれた。
でも私は彼女の告白を受け止められなかった。だって私が、こなたのことをどう思っているかわからなかったから。
……この際だから本当のことを言う。私は、怖くなったのだ。恋愛というものをしたことがなかった
私は、女の子が女の子に惹かれるという状態は異常なものに違いないという思考に縛られていた。
だから保留した。
こなたのことは、私もなんとなく友達以上の存在だと思っていた。
でも、一般社会の倫理に無意識のうちに照らして、女の子同士の恋愛なんてダメだとブレーキをかけた。
自分の気持ちが固まっていないことを理由にして、こなたへの返答を保留したのだ。
返事がいつできるかなんてわからない、もしかしたら一生答えないかもしれない保留。
ひどすぎる。こんなの、保留じゃなくて単なる逃げだ。
逃げて逃げて、何も言わないまま三年が過ぎた。
そのくせ私は、毎月コンプティークを買って勝手にこなたとつながりを保ったままだと思っているのだ。
そしてこの期に及んでなお、私はこなたへの気持ちが固まらないままでいる。
どうしようもないくらいバカな自分に、思わずため息が出てしまった。
「お姉ちゃん?」
「あ……ごめん、なんでもない」
「こなちゃんのこと考えてた?」
「……まあ、ね」
「お姉ちゃん。もしかして、高校の卒業式の日のこと、関係ある?」
「え……」
思わず言葉に詰まった。
つかさには、言ってなかったのに。
「……」
つかさの言葉に、私は卒業式の日のあのことを思い出していた。
こなたは、どういうつもりで言ったのだろう。
ううん、わかってる。こなたの目は、どうしようもないくらいに、全力でまっすぐに本気だった。
断言できる。あれは冗談なんかじゃない。あれは、絶対に本気だった。
相手が男の子だとか、女の子だとか、そういうのは今は瑣末な問題にしか思えなかった。
泉こなたは、たぶん人生で初めての『告白』を、私にしてくれた。
私みたいな、かわいくない女にしてくれた。
でも私は彼女の告白を受け止められなかった。だって私が、こなたのことをどう思っているかわからなかったから。
……この際だから本当のことを言う。私は、怖くなったのだ。恋愛というものをしたことがなかった
私は、女の子が女の子に惹かれるという状態は異常なものに違いないという思考に縛られていた。
だから保留した。
こなたのことは、私もなんとなく友達以上の存在だと思っていた。
でも、一般社会の倫理に無意識のうちに照らして、女の子同士の恋愛なんてダメだとブレーキをかけた。
自分の気持ちが固まっていないことを理由にして、こなたへの返答を保留したのだ。
返事がいつできるかなんてわからない、もしかしたら一生答えないかもしれない保留。
ひどすぎる。こんなの、保留じゃなくて単なる逃げだ。
逃げて逃げて、何も言わないまま三年が過ぎた。
そのくせ私は、毎月コンプティークを買って勝手にこなたとつながりを保ったままだと思っているのだ。
そしてこの期に及んでなお、私はこなたへの気持ちが固まらないままでいる。
どうしようもないくらいバカな自分に、思わずため息が出てしまった。
「お姉ちゃん?」
「あ……ごめん、なんでもない」
「こなちゃんのこと考えてた?」
「……まあ、ね」
「お姉ちゃん。もしかして、高校の卒業式の日のこと、関係ある?」
「え……」
思わず言葉に詰まった。
つかさには、言ってなかったのに。
「わかるよ。送別会のとき、二人とも様子ヘンだったもん」
両手で顔を支えて、つかさがテーブル越しにかがみの目を見詰めた。
子供を諭すような、そんなしゃべり方だった。
「ねえお姉ちゃん。ケンカしたのかとか、私にはわからないけど……一回話しちゃえば、
意外と解決するんじゃないかな」
「……何が?」
「お姉ちゃんの気持ちがだよ」
つかさの声はあくまで優しい。かがみの心に響いた。
「なんとなくわかるよ。最後ちょっと気まずくなってそのまま別れちゃったら、連絡とりづらいよね。
でも私は、それでも会いたかったら電話するよ。会いに行くよ。
話したいことは、話しながら考えればいいじゃない。きっとそういうときに出てきた言葉が、
お姉ちゃんの本当なんだと思う」
「……」
「だから。ね、お姉ちゃん。こなちゃんは、すごくいい子だったでしょ?……ちょっと、ヘンなとこも
あったけど。大丈夫。何があっても、こなちゃんはお姉ちゃんを受け止めてくれるよ。
だから、お姉ちゃんも。こなちゃんが何を言ってきても、受け止めてあげるくらいの気持ちで
いれば、それだけでいいんじゃないかな」
「……」
「お姉ちゃんは、こなちゃんと話したくない?」
「……話したい」
「それなら。何したらいいか、わかるよね?」
この子は、もう。たまに思いっきり私の背中をぐいぐい押してくるなあ。
ふう、とため息をひとつ。
このちょっと間の抜けた双子の妹に小さく笑いかけて、私は小さいスプーンを手に取った。
ちょっと大盛りすぎるライスの山にスプーンを刺して、つかさに笑いかけた。
両手で顔を支えて、つかさがテーブル越しにかがみの目を見詰めた。
子供を諭すような、そんなしゃべり方だった。
「ねえお姉ちゃん。ケンカしたのかとか、私にはわからないけど……一回話しちゃえば、
意外と解決するんじゃないかな」
「……何が?」
「お姉ちゃんの気持ちがだよ」
つかさの声はあくまで優しい。かがみの心に響いた。
「なんとなくわかるよ。最後ちょっと気まずくなってそのまま別れちゃったら、連絡とりづらいよね。
でも私は、それでも会いたかったら電話するよ。会いに行くよ。
話したいことは、話しながら考えればいいじゃない。きっとそういうときに出てきた言葉が、
お姉ちゃんの本当なんだと思う」
「……」
「だから。ね、お姉ちゃん。こなちゃんは、すごくいい子だったでしょ?……ちょっと、ヘンなとこも
あったけど。大丈夫。何があっても、こなちゃんはお姉ちゃんを受け止めてくれるよ。
だから、お姉ちゃんも。こなちゃんが何を言ってきても、受け止めてあげるくらいの気持ちで
いれば、それだけでいいんじゃないかな」
「……」
「お姉ちゃんは、こなちゃんと話したくない?」
「……話したい」
「それなら。何したらいいか、わかるよね?」
この子は、もう。たまに思いっきり私の背中をぐいぐい押してくるなあ。
ふう、とため息をひとつ。
このちょっと間の抜けた双子の妹に小さく笑いかけて、私は小さいスプーンを手に取った。
ちょっと大盛りすぎるライスの山にスプーンを刺して、つかさに笑いかけた。
「つかさ。来週の日曜空いてるか、みゆきに連絡してみて」
「え?」
「遊びに行くわよ。四人で」
ぱく、と口にスプーンを運んだ。つかさはあっけに取られた顔をしていたが、すぐにぱあっと
笑って、元気よく『うん!』と言った。
「え?」
「遊びに行くわよ。四人で」
ぱく、と口にスプーンを運んだ。つかさはあっけに取られた顔をしていたが、すぐにぱあっと
笑って、元気よく『うん!』と言った。
「一緒にいたい」って、こなたは言ってくれた。
もし、あそこで私が「うん」と言っていれば、私と、つかさと、こなたの三人でここで暮らしてたかもしれない。
もし、あそこで私が「だめよ」と言っていれば、もう二度とこなたと会うことはなかったかもしれない。
前者にならなかったのは、今考えると本当に残念だ。
ほんの少しずつでも、こなたと一緒にいればもっと早く気持ちを固められたかもしれないからだ。
こなたの気持ちが変わったり、私の気持ちが変わったりすれば、本当に素晴らしい生涯の友達か、
社会の倫理なんか知るもんか、っていう恋人同士になってたのは間違いない。
でも、後者にならなかったのは本当に幸運だ。
だってまだ、もしかしたら、チャンスがあるかもしれないじゃないか。
まだ、本当に素晴らしい生涯の友達か、社会の倫理なんか知るもんかっていう恋人同士になれるかもしれない。
携帯をいじくりながら私は考えていた。さあ、最初になんて言ってやろう。
今更何言ってるんだって言って怒ってきたら、とにかく謝ろう。私が悪いんだから、どんなことを言われても仕方ない。
でも私は信じたかったのだ。
こなたが、それでもちょっとためらいながら『会おう』って言ってくれることを信じたかったのだ。
ごめんね、こなた。こんなバカな私で。こんな自分勝手でどうしようもない、本当にバカな私で。
そして、ありがとう、こなた。こんな私を好きになってくれて。
プルルル、というコール音がやたら長く感じた。
がちゃ。
『……はい、もしもし。泉ですけど』
三年ぶりに聞いた声は相変わらず舌ったらずで、確かにあの泉こなただった。
胸に広がるのは嬉しさ。万感の嬉しさ。大きく深呼吸して、私は最初の言葉を口にした。
「もしもし」
もし、あそこで私が「うん」と言っていれば、私と、つかさと、こなたの三人でここで暮らしてたかもしれない。
もし、あそこで私が「だめよ」と言っていれば、もう二度とこなたと会うことはなかったかもしれない。
前者にならなかったのは、今考えると本当に残念だ。
ほんの少しずつでも、こなたと一緒にいればもっと早く気持ちを固められたかもしれないからだ。
こなたの気持ちが変わったり、私の気持ちが変わったりすれば、本当に素晴らしい生涯の友達か、
社会の倫理なんか知るもんか、っていう恋人同士になってたのは間違いない。
でも、後者にならなかったのは本当に幸運だ。
だってまだ、もしかしたら、チャンスがあるかもしれないじゃないか。
まだ、本当に素晴らしい生涯の友達か、社会の倫理なんか知るもんかっていう恋人同士になれるかもしれない。
携帯をいじくりながら私は考えていた。さあ、最初になんて言ってやろう。
今更何言ってるんだって言って怒ってきたら、とにかく謝ろう。私が悪いんだから、どんなことを言われても仕方ない。
でも私は信じたかったのだ。
こなたが、それでもちょっとためらいながら『会おう』って言ってくれることを信じたかったのだ。
ごめんね、こなた。こんなバカな私で。こんな自分勝手でどうしようもない、本当にバカな私で。
そして、ありがとう、こなた。こんな私を好きになってくれて。
プルルル、というコール音がやたら長く感じた。
がちゃ。
『……はい、もしもし。泉ですけど』
三年ぶりに聞いた声は相変わらず舌ったらずで、確かにあの泉こなただった。
胸に広がるのは嬉しさ。万感の嬉しさ。大きく深呼吸して、私は最初の言葉を口にした。
「もしもし」
おわり
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- どうか続きを!! -- 名無しさん (2009-10-01 17:16:54)