2011.2.7 亀山ゼミ 個人発表 担当:菊地明暢
日本人の死生観・人生観について―『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』を読んで―
0. 背景
冬休みに実家に帰った際、立ち寄った近所の書店で本書がふと目に留まった。まず題名から、今の日本人は「さようなら」といって別れることは少ないのではないか、という疑問が沸き、興味をもって内容をすこし見てみた。するとなかなか真面目な本で、自分の勉強したい分野とも関わっているようだった。そこで、なぜ「さようなら」と別れるのか、といっているのだから、その逆(なぜ「さようなら」と別れなくなったのか)も分かるだろうと思い、読んでみることにした。
1. 本書の構成と概要
竹内整一『日本人はなぜ「さようなら」と別れるのか』(ちくま新書、2009)
第1章 「さらば」「さようなら」という言葉の歴史
第2章 死の臨床と死生観
第3章 日本人の死生観における「今日」の生と「明日」の死
第4章 「いまは」の思想
第5章 不可避としての「さようなら」
第6章 「さようなら」と「あきらめ」と「かなしみ」
第7章 出会いと別れの形而上学
第8章 「さようなら」としての死
第2章 死の臨床と死生観
第3章 日本人の死生観における「今日」の生と「明日」の死
第4章 「いまは」の思想
第5章 不可避としての「さようなら」
第6章 「さようなら」と「あきらめ」と「かなしみ」
第7章 出会いと別れの形而上学
第8章 「さようなら」としての死
一、「さようなら」という言葉の歴史(第1章)
①「さらば」の二つの用法
「さようなら」という言葉は近代以降多く使われるようになった言葉で、それ以前には平安時代から「さらば」という言葉が使われていた。「さらば」とは「然(さ)らば」であり、もともとは「先行の事柄を受けて、後続の事柄が起こることを示す」接続詞で、意味は「それならば。それでは。しからば。」である。(小学館『日本国語大辞典』)
例えば、平安初期に書かれたとされる最古の作り物語にはこうある。
例えば、平安初期に書かれたとされる最古の作り物語にはこうある。
さらばいかがはせん。難き物なり共仰せごとに従ひて求めにまからん (『竹取物語』)
―そういうことであれば、どうにもならない。たとえ困難であろうとも、それを求めに参りましょう。
この場合の「さらば」はまったくの接続詞であり、別れの意味合いは含まれていない。
しかしこの言葉は、同じ平安時代に、別れの意味合いでも用いられている。
さらばよと別れしときにいはませばわれも涙におぼほれなまし (伊勢『後撰和歌集』)
―あの時にあなたが「さらばよ」といって別れてくださったなら、私も涙におぼれたであろうに
きちんと「さらば」と言ってくれなかったから、別れを別れと認識できず涙を流せなかった、という怨み言である。
これらの意味の中間として、接続詞としての「さらば」が、その受ける言葉の中身によって別れ言葉に近づいてくる、というものがある。例えば、
兵既に寺内に打入たれば、紛れて御出あるべき方もなし。さらば、よし自害せんと思食(おぼしめし)て、・・・(『太平記』)
兵隊が既に討ち入ってきて、何かに紛れて逃げることはできそうもない、という状況。それを受けて、「さらば、よし」自害しようとお思いになって、云々。
ここでは、[「さらば」は接続詞ではあるが、自害というような一種の別れ、終わりを告げる言葉が]後に繋がると、[その「さらば」は紙一重のところで別れ言葉の意味合いを獲得してくる]。
特に、「さらば、よし」や「いざ、さらば」のように、[ある弾みを付けて総括・決意する]ようなときには、接続詞と別れ言葉との区別がつかなくなる。
②近世以降の「さらば」「さようなら」
ここでは、[「さらば」は接続詞ではあるが、自害というような一種の別れ、終わりを告げる言葉が]後に繋がると、[その「さらば」は紙一重のところで別れ言葉の意味合いを獲得してくる]。
特に、「さらば、よし」や「いざ、さらば」のように、[ある弾みを付けて総括・決意する]ようなときには、接続詞と別れ言葉との区別がつかなくなる。
②近世以降の「さらば」「さようなら」
中世までは接続詞としての用法が中心で、中世以降別れ言葉としての用法が多くなる。(『日本国語大辞典』)
中世後期 「さらばさらば」
近世中期 「さらばの鳥」 「おさらば」 (気の知れた町人同士の挨拶言葉として)
近世後期 「さようなら」 (「さようならば」から。「さらば」は文語的に使用)
近世中期 「さらばの鳥」 「おさらば」 (気の知れた町人同士の挨拶言葉として)
近世後期 「さようなら」 (「さようならば」から。「さらば」は文語的に使用)
例えば、
仰げば尊し 我が師の恩 教えの庭にも はや幾年
思えばいと疾し この年月 今こそ別れめ いざさらば (文部省唱歌「仰げば尊し」)
思えばいと疾し この年月 今こそ別れめ いざさらば (文部省唱歌「仰げば尊し」)
「今こそ別れめ」とは「今こそ、別れよう」(係り結び「こそ~め」)である。
本来は「さらば」は接続詞として、「いざさらば、今こそ別れめ」であったはずだが、「さらば」が自立した別れ言葉となったことで、「今こそ別れめ、いざさらば」という表現がまったく不自然でなくなっている。
本来は「さらば」は接続詞として、「いざさらば、今こそ別れめ」であったはずだが、「さらば」が自立した別れ言葉となったことで、「今こそ別れめ、いざさらば」という表現がまったく不自然でなくなっている。
二、日本人の死生観、人生観について(第3-5章)
①「今日」の生と「明日」の死
[日本人の死生観には、(中略)「明日」の死を意識しながらも、なおその「明日」をエポケー(判断を中止:筆者注)して「今日」を「今日」として快く生きようとする発想]がある。
例えば、『万葉集』巻三の、大伴旅人(665-731)「酒を讃むる歌」にこうある。
例えば、『万葉集』巻三の、大伴旅人(665-731)「酒を讃むる歌」にこうある。
この世にし楽しくあらば来む世には虫に鳥にも吾はなりなむ
生ける者つひにも死ぬる者にあればこの世なる間は楽しくをあらな
生ける者つひにも死ぬる者にあればこの世なる間は楽しくをあらな
―この世において楽しいということであれば、来世、虫になろうが鳥になろうがかまいはしない。
あるいは、生きている者がかならず死ぬということであれば、私はこの世にある間は楽しく生きていたい。
あるいは、生きている者がかならず死ぬということであれば、私はこの世にある間は楽しく生きていたい。
または、吉田兼好の「つれづれ」という考え方。
「つれづれ」:
[「明日」のさきにおいた目的によって「今日」の自分を手段化しない]、無目的の状態。つまり、[今やることがそのまま目的になっているあり方]。やりたいことをやること。
[「明日」のさきにおいた目的によって「今日」の自分を手段化しない]、無目的の状態。つまり、[今やることがそのまま目的になっているあり方]。やりたいことをやること。
江戸・元禄の『葉隠』にみられる武士道という生き方では、
武士道と云ふは死ぬことと見つけたり
と説く。武士の倫理である「名」「恥」といった概念は徹底してこの世でのあり方であり、一般的に武士たちにとって、来世的なものは強くは求められない。武士道においてはひたすらこの世において生き切るということが「死ぬこと」の実質的な意味である。
○「つぎつぎとなりゆくいきほひ」(丸山眞男)
[それぞれの民族神話においては、その宇宙創成の想像力や記述様式のあり方のうちに、その民族における発想や思考の基本的な枠組みをたずねる手がかりを求めることができる](丸山眞男「歴史意識の「古層」」、1972)
『古事記』の書き出しにこうある。
『古事記』の書き出しにこうある。
天地(あめつち)の初発(はじめ)の時、高天(たかま)の原に成りませる神の名は、天(あめ)の御中主(みなかぬし)の神。次に高御産巣日(たかみむすび)の神。次に神産巣日(かみむすび)の神。・・・・・・次に国稚(わか)く、浮ける脂の如くして水母(くらげ)なす漂へる時に、葦(あし)芽(かび)のごとく萌え騰(あ)がる物に因りて成りませる神の名は、・・・・・・。次に、・・・・・・、次に、・・・・・・次に伊耶那岐(いざなぎ)の神。次に妹(いも)伊(い)耶(ざ)那(な)美(み)の神。
丸山によれば、ここに見られる自動詞の「なる」「なりゆく」論理から、「つぎつぎとなりゆくいきほひ」という[日本人の「歴史意識の古層」]が見出せるという。
それは、[「初発」のエネルギーを推進力として「世界」が噴射され、そのまま無限に進行・展開してゆく様子] (傍点は筆者)で、[生物の「おのずから」なる発芽・生長・増殖のイメージ]と重ねられる。
それは、[「初発」のエネルギーを推進力として「世界」が噴射され、そのまま無限に進行・展開してゆく様子] (傍点は筆者)で、[生物の「おのずから」なる発芽・生長・増殖のイメージ]と重ねられる。
[「究極目標などというものはない」]
[どこまでも「おのずから」「なる」という自然生成の観念を中核にしている]
(⇔ラテン語“natura”、中国語“自然”=[「ものごとの本質、あるべき秩序といったもう一つの重大な含意がある」])
[どこまでも「おのずから」「なる」という自然生成の観念を中核にしている]
(⇔ラテン語“natura”、中国語“自然”=[「ものごとの本質、あるべき秩序といったもう一つの重大な含意がある」])
②「おのずから」と無常観
中世において無常観や輪廻思想が広まる。
色は匂へど散りぬるを わが世誰ぞ常ならむ 有為の奥山今日超えて 浅き夢見じ酔ひもせず
―匂うがごとく咲きほころうとも、あらゆる花は散ってしまう。この世において一体誰が何が常であろうか、何一つ常なるものはない。だから私はこんな有為転変の無常世界を超えて行こう。こちらで浅い夢なんか見ていないで、酔っ払ってなんかいないで。
丸山によれば、こうした仏教的な現世厭離や諸行無常といった考え方と、「おのずから」の考え方が摩擦牽引しあった結果、[「今日」という「いま」の肯定を、けっして「永遠の相のもと」の肯定ではなく、「不断にうつろいゆくものとしての現在」の肯定としてあらしめた]という。(cf. 大伴旅人の歌)
ここから、[この世の出来事を一つの「こと」の連なりとしてとらえ、その一齣一齣を、踏まえ、味わい、確認することによって、次に移っていく、移りうる、といった発想]が日本人にはある、とする。
(ex.「以上です」「起立・礼・着席」)
(ex.「以上です」「起立・礼・着席」)
また、加藤周一は、日本人の死生観一般を以下のようにまとめる。(傍点は筆者)
一般に日本人の死に対する態度は、感情的には「宇宙」の秩序の、知的には自然の秩序の、あきらめをもっての受け入れということになる。その背景は、死と日常生活上との断絶、すなわち、死の残酷で劇的な非日常性を、強調しなかった文化である。
(『日本人の死生観』加藤、1975)
(『日本人の死生観』加藤、1975)
③「一隅」という考え方
このような加藤周一の「自然の秩序の、あきらめをもっての受け入れ」とは、「おのずから」と「無常」との摩擦を止揚し受け入れるということでもある。
磯部忠正(1909-1996)の指摘によれば、
磯部忠正(1909-1996)の指摘によれば、
いつのまにか日本人は、人間をも含めて動いている自然のいのちのリズムとでも言うべき流れに身をまかせる、一種の「こつ」を心得るようになった。己の力や意思をも包んで、すべて興るのも亡びるのも、生きるのも死ぬのも、この大きなリズムの一節であるという、無常観を基礎とした諦念である。
(『「無常」の構造』)
(『「無常」の構造』)
このようなわれわれの存在を大きな自然の「一節」ととらえる考え方は、志賀直哉の文にもみられる。
人間が出来て、何千万年になるか知らないが、その間に数え切れない人間が生れ、生き、死んで行った。私もその一人として生れ、今生きているのだが、例えて云えば、悠々流れるナイルの水の一滴のようなもので、その一滴は後にも前にもこの私だけで、何万年遡っても私はいず、何万年経っても再び生れては来ないのだ。しかも尚その私は、依然として大河の一滴に過ぎない。それで差し支えないのだ。
(「ナイルの水の一滴」)
(「ナイルの水の一滴」)
ここでは、「ナイルの水の一滴」は「一滴に過ぎない」が、唯一無二の一回限りのものとして確認されている。
磯部の「一節」、志賀の「一滴」は、伝統的に「一隅(いちぐう、ひとすみ)」と云われてきた考え方につながる。
「一隅」とは、大きな自然のリズム、あるいはナイルといった[絶対無限の全部はけっして知りえないけれども、それぞれの占める「一隅」においては確実にそれに連なっているという考え方]である。(ex. 「八百万の神々」)
「一隅」とは、大きな自然のリズム、あるいはナイルといった[絶対無限の全部はけっして知りえないけれども、それぞれの占める「一隅」においては確実にそれに連なっているという考え方]である。(ex. 「八百万の神々」)
三、「さようであるならば」としての「さようなら」と、「そうならなければならないならば」としての「さようなら」(第6章)
①「こと」と「もの」(荒木博之『やまとことばの人類学』より)
○「こと」という世界の捉え方
綺麗な花だこと!
明日までにやっておくこと!
明日までにやっておくこと!
この場合、「こと」とは、そのとき、その場での約束、出来事という意味である。
○「もの」という世界の捉え方
人生は空しいもの!
女ですもの!
女ですもの!
このような[「もの」の使い方には、ある決まったこの世のあり方、世間一般の法則や原理、あるいは集団の論理が表されている] (ex. 「ものわかりのいい人」「もののあはれ」)
このような「もの」的世界においては、人は[他律的・受身的になりやすく、そうしたものに対する「あきらめ」が詠嘆・感慨のおもむきを帯びてくる]
このような「もの」的世界においては、人は[他律的・受身的になりやすく、そうしたものに対する「あきらめ」が詠嘆・感慨のおもむきを帯びてくる]
「もの」→この世の普遍的・集団的な論理・原理にしたがうとき(「おのずから」「無常」)
「こと」→そのときその場での、一回的な出来事についていうとき(「みずから」「一隅」)
「こと」→そのときその場での、一回的な出来事についていうとき(「みずから」「一隅」)
「掛け声」「囃し」「呪言」:
[移り行く「こと」の世界を言葉に表すことによって、その一つ一つを確認し、その場、その場を成就させていこうとすること]
[移り行く「こと」の世界を言葉に表すことによって、その一つ一つを確認し、その場、その場を成就させていこうとすること]
②「さようであるならば」と「そうならなければならないならば」
「さようであるならば」としての「さようなら」とは、
「こと」的世界観における、[そのとき、その場での「こと」から「こと」への確認・移行]の合図であり、[「みずから」の一回的な出来事における確認・了解]である。
「そうならなければならないならば」としての「さようなら」とは、
「もの」的世界観における、原理的・恒常的な、どうにもならないとする「おのずから」(+「無常」)のはたらきを受けとめることである。
これら二つの捉え方は整然と分けられるものではなく、現実には一つの言葉「さようなら」としてある。つまり、どちらも[これまでの状況を受け止め、集約・総括して、そのことを踏まえて次へと移っていこうとすること]である。その総括の中身が、「おのずから」であったり「みずから」であったり、その複合であったりする。
[一回性の「こと」の「さようであるならば」のそれぞれの総括を介して、普遍としての「もの」の「そうならなければならないならば」の承認が成就してくる]
[また逆に、普遍としての「もの」の「そうならなければならないならば」の想起を介して、一回性の「こと」の「さようであるならば」の総括が成就する]
2. 感想・論点
非常に内容が多く上手くまとめきれなかったと思う。このような思想が現実に現代人の「古層」にあるかは別としても、「さようなら」を軸にして日本人の思想史を追うのはとても面白かった。
○「つぎつぎとなりゆくいきほひ」と環境保護
○(最初の興味だった)「なぜ現代人は「さようなら」と言わないか」について
○(最初の興味だった)「なぜ現代人は「さようなら」と言わないか」について