とある魔術の禁書目録 自作ss保管庫

Part06

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第2章 超電磁砲の恋


6. 「The Door into Summer」


 上条当麻と御坂美琴が結ばれたのは、春も盛りを過ぎた頃。
 あれから平穏な日々は過ぎ、初めての夏が近付いてきた。
 今は梅雨真っ盛りの6月も下旬。
 美琴が上条の部屋に泊まるときは、ベッドの上で猫のように戯れてくる。
 上条はそんな美琴に苦笑しつつも、いつも名状しがたい暖かなものを、胸の中に感じている。

――「ね~とうまぁ~だいしゅきぃ~ね~」
――「ねぇ……とうま……キス……してぇ……」

 昼間はかわいい子猫が甘えるように、夜の帳が下りる頃は、獲物を狙う女豹のように変化した。
 されど誇り高い猫族同様、彼女は惰性に馴れ合うことを嫌う。
 上条は、そんな美琴に、今ではすっかり魅了されてしまっていた。

「ねぇ、当麻。今年の夏はどうするの?」
「どうって、何かしたいことあるのか?」
「私ね、海に行きたい」

 ここ学園都市は東京都下西部に位置するため、海が無い。
 また高位能力者はセキュリティ上の問題もあり、むやみと「外」へは出られない。
 その為、美琴にとっては、夏の海での海水浴とは夢のひとつでもある。
 かねがね、季節の中では夏が一番好きと言っていた彼女にとって、恋人と行く海水浴とはまさに憧れの世界なのだ。

「どうしたら、私の『夏』は手に入るのかな……。
昔、よく思ってた。
私の夏はどこにあるのかなって。
ある日、どこかのドアを開けたら、そこが夏への入口だったらいいなって。
どっかの小説みたいだけどね」
「なら俺と一緒に、そのドア開けて、海に行こうか?」
「うん。嬉しい!当麻のこと大好き!」
「じゃ、今度水着買いに行こうな」
「えへへ……とうま……だいすきぃ……」


 そんなある日の夜、上条は部屋の窓から、街の明かりをじっと眺める物憂げな表情の美琴に気が付いた。
 彼女は不安と憂愁に満ちた、遠くを見るような目をしていた。

「どうした、美琴。何か気になることでも?」
「あ、いや、なんでもないの……」

 そう言うと、安心したように上条に笑いかけた。

「お前……でもさっきの顔……」

 美琴は、不安を吹き飛ばそうと言わんばかりに明るく答えた。

「ちょうど4年前の今頃だったのよ。私が当麻と初めて会ったのは……」
「あ……そうなんだっけか……」
「そう。当麻の記憶には無いけどね……。
でも今となっては、私には大切な思い出……」
「――すまん……」
「あ、ごめんなさい。そんなつもりじゃないのよ。
それに記憶喪失は当麻の責任じゃないんだし……。
ちょっと寂しくなっちゃっただけ……ほんとごめんなさい……」

 上条を傷つけたかと思ったのか、あわてた様子に、そんな美琴をいじらしく思った上条は、彼女の傍に近付くと、そっと抱き締めた。

「大丈夫だ。心配してくれてありがとな……」

 抱き締められた美琴は、少し涙目で上条の顔を見ていた。

「――もしあの時、当麻と出会ってなかったら、私、今頃どうなっていたかって思ったの……。
そうしたらなんか、どうしようもなく不安になっちゃって……。
こんなの……、あの時全部置いてきたはずなのに……。
あの時……誓ったはずなのに……」


 上条は美琴の頭を、右手でやさしく撫ぜた。

「何を置いてきたんだ……?何を誓ったんだ……?」
「――当麻をロシアで救えなかった時、私の気持ちは死んだの」
「――美琴……」
「だから今の私は昔の私じゃないのかも……」
「……」
「私のこと、こんな尽くす女だと思ってた?」
「ん、俺はそうだと思ってたんだが違うのか?」
「昔の私は、もっとわがままで、自分勝手で、ジコチューで、素直じゃなかったわ」
「そうだったな……」
「だけど、ロシアで当麻が行方不明になったとき、私、自分を殺したの。
私の力じゃ、当麻と一緒に戦えない。
当麻の力になれないってわかったから。
あの時ほど悔しくて、悔しくて、自分がどうしようもなく惨めに思ったのは生まれて初めてだった。
だったらせめて、当麻の笑顔だけでも守れたらって思ったの」
「俺は美琴がいるだけで笑顔になれるさ」
「今はね、そうかもしれない。
でもあの頃、当麻の中にはインデックスがいた。
だから当麻が笑っていられるように、当麻さえ幸せになればいいって思った。
当麻のことだけを考えるようにしたの。
当麻が喜んでくれるなら、私はどうなってもいいって決めた」
「お前、そうまでして……」
「最初はつらかったわ。当麻の笑顔は私に向いていない。
そう思うだけで胸が締め付けられるようだった。
でも、当麻が傷ついて、苦しむのを見るよりはずっとマシだと思った。
当麻を失うことを思えば、私の前に居てさえくれるなら、それ以上何も望まない。
御坂美琴は、上条当麻とを愛している。
その思いだけを『自分だけの現実』にすると決めてきたの。
そうしたら不安も何も感じないようになった。
だって最初から、私にはそれ以外、何も無かったことに気が付いたんだもの。
失うものなんてなにもね。
あとは当麻の帰る場所だけでも守ろうって誓って……。
でも、今は違う……。そう思ったら……もう……ダ……メ……」

 そう言うと美琴は上条の胸にすがって泣き出した。

「――当麻を……失うことが……こんなに……怖かったなんて……」

 上条はそのまま何も言わず、そのまま彼女を抱き締め続けた。
 美琴は今まで戦ってきたんだと気が付いた。
 俺のために、全てをなげうって。
 こんな儚げで、泣き虫で、どうしようもなくいとおしい彼女を見たのは、いつ以来だろうか。
 だからこそ、上条はそんな美琴を必ず守ってやりたいと思った。

「もう独りで戦わなくてもいいんだ。
美琴のおかげで俺は救われた。
だから次は俺がお前を救ってやる。
お前とお前の周りの世界と、そしてお前の帰る場所を守ってやる。
おれは絶対にお前から離れたりはしない。
どこに居ても、何があっても、最後は必ず生きてお前の元に帰ると誓う。
美琴、お前は俺と一緒に、夏への扉を開けに行くんだろ?
だから何の心配もいらない。
俺達の未来は、過去よりずっと素敵だと思うからさ……」
「――ああお願い……忘れさせて……優しくなんてしないで……狂いそうだから……」
「忘れさせてやるとも。そんな過去の幻想、おれのこの手で全てぶち壊してやるよ……」

 上条は熱く、激しく貪るように口付けた。
 美琴も激しくそれに応じた。

「とうま……めちゃくちゃに……こわして……早く……お願い……ん……はぁん……」

 雨音がいつしかまた大きくなっていた。
 それに重なるように、恋人達の救いを求め合う声が物憂げに響く。
 梅雨の夜はまだ長い。


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